【浩介視点】
おれはおそらく、普通の人よりも記憶力が良い。思い出すと、当時の感覚まで蘇ってくる。それは、母に見張られた勉強部屋での絶望感とか、不登校になったおれに対する父の冷たい視線の恐怖とか、教室の掃除ロッカーに閉じ込められた時の嘔吐したくなるような匂いとか、嫌な思い出に対するフラッシュバックほど鮮明だ。
そんな記憶に囚われてしまった時、おれは急いで記憶の引き出しから、キラキラした光を引っ張りだす。
「慶……」
中三の時、初めて見た眩しい光。高一の時、親友だって言ってくれた時の包み込むみたいな光。そして……
「高校二年。12月23日。恋人になった日」
おれの一世一代の告白に、慶はポロポロと涙をこぼしてくれた。あんなに光り輝いたものを、おれは見たことがない。どんな宝石よりも美しい光。
慶の光がおれを暗闇から救い出してくれる。昔の記憶に押しつぶされそうになっても、慶の光が全てをはねのけてくれる。この「残酷な記憶」に打ち勝つのに最も効果的なのは、圧倒的な「光の記憶」なのだ。
だから、たくさんのことを思い出す。
「初詣、バレンタイン、部活最後の試合……」
慶との記憶が、黒いおれを白く塗り替えていく。
**
令和元年12月23日。
おれはおそらく、普通の人よりも記憶力が良い。思い出すと、当時の感覚まで蘇ってくる。それは、母に見張られた勉強部屋での絶望感とか、不登校になったおれに対する父の冷たい視線の恐怖とか、教室の掃除ロッカーに閉じ込められた時の嘔吐したくなるような匂いとか、嫌な思い出に対するフラッシュバックほど鮮明だ。
そんな記憶に囚われてしまった時、おれは急いで記憶の引き出しから、キラキラした光を引っ張りだす。
「慶……」
中三の時、初めて見た眩しい光。高一の時、親友だって言ってくれた時の包み込むみたいな光。そして……
「高校二年。12月23日。恋人になった日」
おれの一世一代の告白に、慶はポロポロと涙をこぼしてくれた。あんなに光り輝いたものを、おれは見たことがない。どんな宝石よりも美しい光。
慶の光がおれを暗闇から救い出してくれる。昔の記憶に押しつぶされそうになっても、慶の光が全てをはねのけてくれる。この「残酷な記憶」に打ち勝つのに最も効果的なのは、圧倒的な「光の記憶」なのだ。
だから、たくさんのことを思い出す。
「初詣、バレンタイン、部活最後の試合……」
慶との記憶が、黒いおれを白く塗り替えていく。
**
令和元年12月23日。
初めての平日の『付き合いはじめ記念日』だ。
「遅くなるかもしれない」
と、朝、乗換の渋谷駅で別れる時に慶は眉間にシワを寄せて言ってくれた。小児科の医師である慶。今、インフルエンザが流行っているので、残業は必至なのだそうだ。
「ケーキ買っておくね」
言うと、慶は「ごめんな」と素早く頬に触れてくれた。温かい手。幸せが伝わってくる。
「遅くなるかもしれない」
と、朝、乗換の渋谷駅で別れる時に慶は眉間にシワを寄せて言ってくれた。小児科の医師である慶。今、インフルエンザが流行っているので、残業は必至なのだそうだ。
「ケーキ買っておくね」
言うと、慶は「ごめんな」と素早く頬に触れてくれた。温かい手。幸せが伝わってくる。
昔……まだ若かった頃、忙し過ぎる慶と全然会えないことが不満で不安だった。
(おれと仕事、どっちが大事なの?……って危うく聞きそうになってたもんなあ)
おれ自身に余裕も自信もなかったから、余計に、だ。
でも、今は違う。
『いま午前終わった』
2時25分にラインが入った。午後の診察は2時からなのに、それも過ぎている。
『残業確定』
『ごめん』
慶の短いメッセージ。でも、おれのことを気にかけてくれてるって分かるから、それだけでとてつもなく嬉しくて、幸せ。
『大丈夫』
本心から『大丈夫』と送る。
『インフルエンザ、うつらないように気をつけてね』
『お仕事頑張ってね』
そして、ハートのたくさんついたスタンプを送る。と、
『お前もな』
やっぱり短いメッセージ。慶はスタンプも基本的には送らない。「なんか恥ずかしい」のだそうだ。本当に照れ屋なんだから……
『ありがとう❤』
わざとハートを付けて送って、それから、極めつけの『大好き』という大きな文字付のスタンプも送る。既読がすぐ付いた。呆れながらも、ちょっと笑っている慶の顔が想像できる。
(繋がってる……)
文明の利器に感謝だ。離れていても、こんなに近い
仕事帰りにケーキを買った。慶のお気に入りのケーキ屋のショートケーキだ。そして、急いで帰って、ビーフストロガノフを作った。慶からのリクエストだ。
記念日に無頓着な慶が、せっかく珍しく覚えてくれている記念日。慶の好きなものでいっぱいにしたい。
「おかえりなさい!」
待ち合わせの改札口。おれのことだけを真っ直ぐ見ながら駆け寄ってくれる。慶は昔からそうだ。おれのことだけを真っ直ぐ、真っ直ぐ見てくれる。
「お疲れ様。車、スーパーに停めたんだ。買い物したいんだけど大丈夫?」
「ああ」
うなずいてくれる慶。嬉しくなる。いつものように、二人並んで歩く。
「あのね、さっきちょっと見たんだけど、チキンが美味しそうなんだよ」
「チキン? ああ、明日クリスマスか」
「そうそう」
「ああ」
うなずいてくれる慶。嬉しくなる。いつものように、二人並んで歩く。
「あのね、さっきちょっと見たんだけど、チキンが美味しそうなんだよ」
「チキン? ああ、明日クリスマスか」
「そうそう」
一応毎年、夕飯にはクリスマスっぽいものを出してはいるのだ。昨年はチキンをオーブンで焼いたけれど……
「やっぱりあの照りは家では出せないのかなあ。明日作るつもりだったけど、買っちゃおうかなあ」
クリスマスイブなんて、興味ないかな?と思いながらも言ってみると、
「おれ明日休みだから、買うなら買ってくるぞ?」
え!
「ホント!? じゃあ、今から下見ね!」
やった! 明日のクリスマスイブは慶が買ってきてくれるチキンで二人だけのパーティだ!
でもその前に。
「今日の夜ご飯は、リクエストにおこたえして、ビーフストロガノフを作ってありまーす」
「おお、やった!」
パンっと手を合わせた慶。愛しくて愛しくて、我慢できなくて、その頭を軽く撫でる。
パンっと手を合わせた慶。愛しくて愛しくて、我慢できなくて、その頭を軽く撫でる。
「ケーキもあるからね」
「おお」
慶、嬉しそう。今年も一緒にお祝いできる。なんて幸せなんだろう。
「あ〜良い記念日だな〜」
思わず出た言葉に、慶も少し笑いながら「そうだな」とうなずいてくれた。
来年も一緒にお祝いする。その次も、その次も。そして翌日はクリスマスイブ。こうして、思い出がたくさん重なっていく。幸せな思い出で、記憶が埋まっていく。
重なる記念日。重なる日々。おれの中が慶の光でいっぱいになる。
ーーー
お読みくださりありがとうございました!
年をまたいでしまいましたが(お正月なのにクリスマスの話💦)後編お送りいたしました。幸せいっぱいの浩介君でした。年始は実家行かないとだから、今のうちにパワーためておかないとね!
クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当に本当にありがとうございます。心の底から感謝申しあげます。
たぶんまた、そのうち、我慢できずに更新すると思いますが、その際には何卒よろしくお願いいたします。
旧年中は大変お世話になり、ありがとうございました。
令和2年もどうぞよろしくお願いいたします。