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BL小説・風のゆくえには~遭逢・クリスマス(浩介視点)

2015年12月24日 07時21分58秒 | BL小説・風のゆくえには~ 遭逢
 渋谷慶は、芸能人みたいなオーラと美貌の持ち主で、性格も明るくて社交的で友達も多くて、本当ならおれなんかが友達になれるような人ではない。
 それなのに、渋谷はなぜかおれのことを気にかけてくれて、おれのことを『親友』とまで言ってくれている。
 だからおれは渋谷の『親友』のままでいられるにはどうしたらいいんだろう、とずっと考えている。


**

 『親友』と言われてから一か月半ほどたった、12月23日。
 この日、渋谷のお姉さんの結婚式があった。渋谷はお姉さんとすごく仲が良かったらしいから、落ち込んでいるかもしれない。そう思って、渋谷が帰ってくる時間を見計らって渋谷の家の近くをウロウロしていたら、渋谷に会うことができた。

 案の定、落ち込んでいた渋谷……。

 即座に、抱きしめたい! と思った。

 前におれがバスケ部のレギュラーメンバーに選ばれなくて落ち込んだとき、渋谷はおれのことを抱きしめてくれた。それでおれはすごく救われた。だから抱きしめたいなんて思ったのかもしれないな、と思いつつ…

「慶……さみしいね」

 おれも渋谷のことを抱きしめてみた。ぬくもりが気持ちいい……。
 すると、渋谷もおれの肩口に額を押しつけて、ぎゅーっと強く抱きついてきてくれた。
 ちょっとホッとする。これは正解? 嫌じゃないってことだよね?
 抱きしめながら頭をなでると、渋谷は小さな子みたいにされるがままになっていて、なんだかとても可愛かった。ずっとずっとこうしていたかった。


**

 次の日も祝日の振替で休みなので、午前中から一緒に遊ぶことになった。
 行き先は図書館。おれが図書館でもらってきたクリスマスイベントのチラシを見て、渋谷が行きたいといったからだ。
 おれが中学校のころからしょっちゅう行っている図書館に渋谷が来てくれるというということが、なんだかくすぐったくて嬉しい。


「ちょ、ちょっと桜井君っ」
 中に入ってすぐ、顔なじみの司書の中村さんというおばさんが、あわてておれに詰め寄ってきた。

「お友達?! まあ、どうもおはようございます。……すっごい綺麗な子ね。芸能活動とかしてる子?」
「…………」

 後半はコソコソコソっとおれにだけ聞こえるように言った中村さん。
 そんなことは知らずに、渋谷は中村さんに挨拶した後は、キョロキョロともの珍しそうにあたりを見回している。白いふんわりとしたタートルネックのセーターを着ている渋谷は、まるで雑誌から抜け出てきたモデルのように可愛らしい(いや、カワイイというと怒られると思うけど、今日の渋谷を形容するのに一番似合う言葉はカワイイとキレイだと思う)。

 中村さんは、まあまあまあ……と感心したように渋谷を見ていたけれど、ふとおれに視線を戻して、

「今日は? また自習室?」
「あ……いえ、このチラシの……」
「クッキーもらいにきました♪」

 渋谷がニッコリと中村さんに言う。

「先着50名って書いてあったから、早くきて並んでおこうかと」
「あら、やだ。そんなに気合いいれなくても大丈夫よ」
「いえ、すっごい気合い入れてきました。このために朝食の量も減らしたくらい」
「まあまあ、そんな大したものじゃないのよ~」

 中村さんが破顔する。渋谷ってすごい。どうして初対面の人ともこんな風に話せるんだろう……

「あ、ねえ、もし時間あったら、クリスマス会、手伝ってもらえない? クッキー並ばないでもあげるから!」
「え」
「もちろん喜んで! いいよな?」
「え」

 ニコニコの渋谷……。

「う、うん」

 肯いたはいいけど、手伝うって何するんだろう? 
 不安でいっぱいのおれをよそに、渋谷はさっそく中村さんと打ち合わせをはじめている。
 渋谷ってやっぱり………おれとは全然違う。

 渋谷……。こんなおれなんかが『親友』でいいの……?


**


 クリスマス会は大盛況のうちに終わり、おれたちはクッキーを2セットずつもらえた。
 とくに渋谷が仕切ったビンゴ大会は、ものすごく盛り上がり、参加した子供たちも司書さんたちも大喜びだった。

「楽しかったな~~。あ、うめえぞ、これっ」

 渋谷は歩きながらさっそくクッキーを食べはじめている。

「慶って……すごいよね」
「なにが?」
「なにもかもが」
「だから何なんだよそれ」

 クスクス笑ってる渋谷……。すれ違った中学生の女の子達が、肘でつつきあって「きゃあ~っ」って言っている。うん……渋谷かっこいいもんね……。こんな人の隣をこんな平凡なおれが歩いてていいのかな……。

 沈みこみそうになったところで、渋谷がくるっとこちらを向いた。

「で、お前がいつもいくパン屋ってのは?」
「あ、うん。あそこ」
「おーなんかいい雰囲気」

 なぜか、渋谷がおれがいつも行っているパン屋に行きたいというので、昼食はパンにすることにしたんだけど……
 いいのかな……こんな昔ながらのパン屋さんなんかじゃなくて、もっと違う、素敵なお店とかそういう方が……って、素敵なお店知らないけど………

「ね……ホントにいいの? パン屋さんで?」
「おお」

 渋谷が機嫌よく肯いてくれる。

「お前がいつも行くところに行きたいんだよ。全部知りたいから」
「え………」

 なんで………?

「いつも何食ってるんだ?」
「あ、うん。コロッケパン……」
「じゃ、おれもコロッケパンにする。こんにちは~」

 渋谷が元気良くパン屋のドアを開けて、中にいたおじさんに挨拶をしている。

「…………なんで?」

 おれなんかの行ってる場所を知りたいって………なんで?


***


 それから、おれがいつもいく公園のベンチで一緒にパンを食べた。いつもは1人でモソモソと食べているパンも、渋谷と一緒だと何万倍もおいしい。

 それから、渋谷のうちの方に戻ってバスケの練習をしていたら、渋谷のご両親と妹の南ちゃんが帰ってきた。
 公園の外から南ちゃんが大声で叫んでる。

「お兄ちゃん、良かったね~。クリスマスイブを浩介さんと過ごせて~」
「うるせーよっ」

 渋谷がムッとして言い返している。そうだ。今日はクリスマスイブだった。その貴重な1日をおれなんかと過ごさせてしまった……。

「ケーキあるから、適当に帰って来て~」
「わかったわかった」

 渋谷はしっしっと手で南ちゃんを追い払い、おれに向き直った。

「じゃ、あと10本……」
「…………慶」
「ん?」

 渋谷のまぶしい瞳………。思わず本音が漏れてしまう。

「今日、おれなんかといて良かったの?」
「は?」

 キョトンと首をかしげた渋谷も抜群に可愛い。申し訳ないくらい。

「ほら……今日、クリスマスイブ、なのに、図書館行ったりパン屋行ったり……そんなので良かったの?」
「………………」

 トントントンと規則的なバウンド音のあと、ぽいっとボールを投げよこされた。渋谷がじっとこちらを見ながら、ポツリと言う。

「………つまんなかったか?」
「え?」

 渋谷の瞳が真っ直ぐにこちらを見ている。

「お前、今日おれといて、つまんなかった?」

 え………渋谷、泣きそう……?
 ドキッとして、あわてて否定する。

「渋谷といてつまらないなんてことあるわけないじゃん! すごい楽しかったよっ」

 慌てすぎて「渋谷」と言ってしまったけれと、渋谷はそれについては何も言わず、暗い表情のままボソボソといった。

「クリスマス会も勝手に手伝うことにしちゃったし、昼もいつも行くとこに行かせちゃったし………悪かったな」
「えええ!? 悪くないよ!全然悪くないよ!」

 そんなこと思わせるつもりないのにっ

「クリスマス会楽しかったよっ。渋谷が仕切り慣れててビックリしたけどっ」
「ああ………小学生のとき入ってたミニバスのチームでああいうの毎年やってて、中学のとき手伝わさせられてたから……」
「あ、そうなんだ……」

 どうりで子供の扱いが上手いわけだ。

「それでつい懐かしくて、二つ返事でやるって言っちゃって」
「そっかそっか」
「お前、本当は嫌だった?」
「だから嫌じゃないって!」

 バシッとボールを押し付ける。

「おれは渋谷といるだけで、何してても楽しいし嬉しいよ? 昼のパンも渋谷と一緒だったからいつもよりずっとずっとおいしかったし!」
「………………」

 渋谷は、怯んだような表情をして、それから、少し赤くなって、それから、ボールをトントンとつくと、再びおれにボールを押しつけてきた。

「おれも……」

 手を離さず、下を向いたままグリグリとボールをおれの胸に押し付けてくる渋谷。

「おれも、お前といると、それだけで楽しいし、嬉しい」
「…………え」
「浩介………」

 ふいっとおれを見上げた渋谷の瞳に、再びドキッと心臓が跳ね上がる。

 真剣で、憂いを帯びていて………

「おれ………」
「…………」

 鼓動が耳にまで響いてくる。

「おれ………お前が………」
「……………」

 渋谷は何かを言いかけたのに、ふっと笑って言葉を止めて、ボールからも手を離した。

 何だろう? 

「渋谷?」
「あ、お前今度『渋谷』って呼んだら腕立てな」
「えええ!?」

 腕立て!?

「だっておれ達、親友だろ? 親友なんだから名前で呼べよっ」
「…………慶」
「そうそう」

 さっきまでの憂いなどなかったかのように、渋谷は健康的な笑顔を浮かべると、

「じゃ、あと10本シュート練したら、ケーキ食べに帰ろうぜ?」
「え、おれもいいの?」
「あったり前だろっ」

 パンッとおれの手元からボールを奪い、その場から綺麗なホームでシュートを決めた。

「お前はおれの親友なんだからな!」
「……………」

 なんで? なんでおれなの?

 言葉には出さず、ボールを取りにいった渋谷のことをジッと見ていたら、

「浩介!」

 渋谷がこちらにボールを投げながら、叫ぶみたいに言った。

「おれ、お前と一緒にいるときが、誰といるときよりも、何してても一番楽しい!」
「え、お、おれもっ」

 いきなりの嬉しい言葉にビックリしながらも、おれもボールを投げかえす。思いきり叫びながら。

「おれ、お前と会えて良かった」
「おれもっ」

 渋谷のボールは手が痛くなるほど強い。けれども、正確におれの胸に飛び込んでくる。

「だから」
「うん」
「だから……」

 渋谷が、ふんわりと笑った。

「………ずっと友達でいてくれ」
「…………慶」

 ああ………抱きしめたい!

「慶!」
「わわわっ何すんだよっ」

 ボールを放り出して、渋谷にかけより、ぎゅーっと抱きしめると、渋谷はわたわたとおれを押しかえしてきた。思わず、ぶーっと文句を言ってしまう。

「なんで!? 昨日はぎゅーってしたら、ぎゅーってかえしてくれたじゃん!」
「あほかっそんなの時と場合によるだろっ」
「えー」

 なんでー? その時と場合ってわかんない。
 ぶーぶー言うと、渋谷が呆れたように、

「お前……ほんっと変な奴だよな」
「えー……」
「ほんと………おもしれえ。お前といると飽きねえ」

 くすくす笑いだした渋谷は、やっぱり抜群に可愛くて。
 我慢できなくて、もう一度抱きしめたら、

「お前ばかだろっ」

 渋谷は文句を言いながらも、一回だけギュッと抱きしめ返してくれた。


**

 この日の帰り際、パン屋に行く前に言われたことの意味を聞いてみた。

『お前がいつも行くところに行きたいんだよ。全部知りたいから』

 って……どうして? と。

 すると、渋谷は「ばーか。当たり前だろっ」とおれの腕をバシバシ叩いて、

「親友のことは何でも知りたいんだよっ悪いかっ」

 照れたように赤くなって、言ってくれた。

(何でも……)

 いつの日か、渋谷にすべて話せる日がくるのかな……
 おれの親のこと、中学までのこと、全部、知ってもらえる日がくるのかな……

 でも、おれの本当の姿を知られたら……

(慶……)

 おれの初めての友達。おれの親友。あなたを失いたくない。だから……

 おれは、醜い『おれ』なんかではなく、あなたが求めている『親友』の姿でいたい。





--------------------


お読みくださりありがとうございました!
せっかくクリスマスなので我慢できずに書いてみましたが、全然クリスマスっぽくなかった。
浩介視点にするとどうしても話が暗くなります^^;

せっかくなので、この年末に目次関係整理しようと思っております。
ちょっと確認していたら、一年前に書いた南視点が非公開のままなことに気が付いたので、公開にします。

(BL小説)風のゆくえには~南の告白(南視点)

南ちゃんの目から見た、慶の中学時代~文化祭までの話、です。
もしお時間ありましたら、ご参考までに……(なんの参考?!)

それでは皆様、素敵なクリスマスを♪♪

-----------

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おそらく、次のまともな更新は、年明けになるかと思いますが、今後とも、なにとぞよろしくお願いいたします!

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BL小説・風のゆくえには~遭逢15(慶視点)・完

2015年12月19日 07時21分08秒 | BL小説・風のゆくえには~ 遭逢
 12月23日日曜日・大安吉日。

 横浜元町の結婚式場で、姉の椿と、おれの主治医だった近藤先生との結婚式が行われた。
 姉のウェディング姿は、それはそれは美しくて……美しすぎて、知らない人みたいだった。

 両親と妹の南は、遠方から上京してきてくれた親戚たちと一緒に、近くのホテルで一泊することになっていた。めったに会えないので朝まで飲み明かそう、ということらしい。おれは、同じ歳くらいの親戚が女子ばかりなので遠慮させてもらい、披露宴終了早々、一人で帰宅した。

 薄暗い中、駅から家まで歩く間にも、姉との思い出が洪水のように頭の中で渦巻き……、帰っても姉はいない、待っていても帰ってこない、という事実に途方もないほどの空虚感を抱いていた。

 おれは中学に上がるまでは姉に育てられた、といっても過言ではない。8歳年上の姉は、姉というよりも母のような存在だった。妹の南が体が弱く、入退院を繰り返していたため、母は南にかかりきだったのだ。でも、それを不満に思ったことは一度もない。おれには姉がいてくれたから。

 姉はいつでもおれのそばにいて、優しく包んでくれていた。悩みを聞いてくれて、いつも支えてくれて……。

 でも、姉には姉の人生がある。近藤先生は男のおれからみても、とても頼りがいのある良い男で、姉のことを任せられると思える。
 今までおれ達と一緒に歩いてきた姉だけれども、これからは近藤先生と共に歩いていくことになる。

 それはとても喜ばしいこと、だけど……「寂しい」と思ってしまうのは、どうしようもない。
 これから姉の存在の消えた真っ暗な家に一人で帰ると思うと、心の奥の方に空洞が広がっていくような感覚に陥ってくる。

「………浩介」

 指先に血が巡っていない気がして、グーパーを繰り返す。繰り返しながら、浩介のことを思う。空洞が満たされていく……。

 8か月前にするりとおれの心の中に入りこんできた、桜井浩介、という存在。どんどん大きくなって、今ではもう浩介がいないことなんて考えられない。
 今まで一緒に過ごしてきた『家族』とはちょっと違う。家族というのは大きな丸で、おれはその中に小さな丸として存在している、という感じがする。でも浩介とは、同じくらいの大きさの丸と丸が重なりあっているという感じ。もっともっと重なり合いたいと思ってしまう。もっともっと知りたいと思ってしまう。

「って、おれ、どうしようもないな」

 苦笑してしまう。姉が嫁にいってしまった感傷に浸っていたはずが、もう浩介のことばかり考えている。浩介に会いたい、とそればかり思っている。

「男なのにな」

 男なのに。

 でも、それについてはもう覚悟を決めた。胸を手の平でぎゅっと押さえ、姉に言われたことを思いだす。

『自分の心に正直に。あなたの思った通りにしなさい』

 だから、おれは浩介のそばにいる。一緒にいたいから。それは譲れないから。どんな形であってもいいからそばにいる。


「会いてえなあ……」

 うつむいて歩きながらブツブツブツブツ言っていたら……

「なにブツブツ言ってるの?」
「!」

 いきなり真横から声がして飛び上がってしまった。

「こ……っ」

 し、心臓が止まるかと思った!!!

「なんでここにいる?!」

 浩介がきょとん、とした顔で立っている。

「そんなに驚かなくても……。図書館の帰りに寄ったんだけど……」
「あ……そうなんだ」

 ああ、心臓に悪い……。心臓を押さえて息を整える。
 すると、浩介が眉を曇らせた。

「ごめん。迷惑だった?」

 しょぼん、と言うので慌ててしまう。

「んなわけあるか! お前に会いたいって思ってたら突然本当に現れたからビックリしただけだよっ」
「え」
「あ」

 しまったっ。つい本音が……っ。

「あ、いや、その、今晩おれ一人だから暇だなあとか思ったりしてて………」

 なんとか誤魔化す。

 おれは一つ決めてていることがある。
 それは『この思いを絶対に浩介に気づかれないようにすること』。
 せっかく『親友』になったんだ。この関係を壊したくない。

 だから、そう思って以来ずっと、境界線を探っている。親友ならばどこまでが許されるのか。どこからが許されないのか。

 一緒に遊ぶ、一緒に帰る、腕に触る、腕を掴む、背中に触る、はOK。
 頭をなでる、頬に触る……は、微妙?
 手を繋ぐ、抱きしめる、は、NG。

 そして、こんな風に「会いたいって思ってた」なんていうのも……NGな気がする。恋人じゃあるまいし。

 誤魔化せたかな……と思いきや、浩介はニコニコと、

「わあ、嬉しい! 会いたいって思っててくれたなんて。おれも会いたかった!」
「……………」

 ………なんだそりゃ。

 脱力、赤面、呆れ、愛おしさ、色々なものが一気にやってきて、どこをどうしたらいいのか分からなくなる。だからとりあえず、

「じゃ、うちこい」
「うん!」

 誘って歩きだす。うちまではあと数メートルだ。横を歩く浩介は嬉しそうに言う。

「今日、慶は帰ってくるって言ってたから、そろそろかなって思って来てみたんだよ。それで自転車おうちの前で停めて、待ってたんだけど寒くてさ。それでウロウロしてたら、慶がブツブツブツブツ何か言いながら歩いてくるから……」
「待ってた……」

 寒かっただろう。鼻の頭が赤くなっている。そんな中待っててくれたなんて……
 感動してしまう。抱きしめたくなる衝動をどうにか抑えて、玄関の鍵を開ける。

「ただいまー」
 誰もいないことを分かっていながら、声をかける。そして、スリッパを出そうとして、

「……………あ」

 すうっと、血の気が引いた。

 椿姉のスリッパが、ない。

「そっか……」
 当たり前のことなのに、今さら気が付く。姉はもういないんだ。本当にいないんだ……

 すとーんと落ちていく感じ……。もう、いない……


「慶? どうかした?」
「あ………」

 浩介の優しい声に、我に返る。

「あ、いや、姉貴のスリッパがないなあと思って……」
「スリッパ?」
「おれと南で金出しあってプレゼントしたスリッパだったんだよ。冬用の、中がモコモコしてあったかい……」

『ありがとう、慶、南』

 にっこりと笑った姉の顔を思いだし、胸が締めつけられる。あの笑顔はもういない……

 さみしい……さみしい、さみしい……

「……慶」
「え」

 いきなり……ふわり、と包み込まれた。

「………浩介」

 浩介の温かい腕……息が止まりそうになる。

「慶……さみしいね」
「………」

 浩介の優しい声………。我慢できず、肩口に額を押しつけ、背中に手を回し、ぎゅーっと強く抱きつく。すると浩介が小さい子にするように頭をゆっくりなでてくれた。
 とてつもない幸福感。気を失いそうだ。

「お姉さん、新居そんなに遠くないんだよね?」
「うん……電車で30分くらい……」

 耳元で聞こえる浩介の声。なんて優しくて愛おしい声……

「じゃあ、すぐ会えるね?」
「うん……でも、うちには帰ってこないんだよなあ……」
「さみしいね」
「…………」

 素直にコックリと肯くと、浩介がぎゅうっと力をこめて抱きしめてくれる。

「じゃあ、その分も、おれがそばにいても、いい?」
「え」

 耳元で囁かれる甘い言葉。

「お姉さんの代わりにはなれないけど……おれが慶のそばにいてもいい?」
「…………」

 そばにいて。そばにいて。ずっとずっとそばにいて……

 そんなこと言えるわけがない。
 浩介の「そばにいてもいい?」とおれの「そばにいて」は意味が違う。
 でも……今日くらい、そのことには目をつむらせて。

「慶?」
「ん」

 こくこくと肯くと、浩介はほうっとため息をついた。

「だから、元気だしてね?」
「ん」

 再びこくこく肯くと、浩介が頭をなでるのを再開してくれた。気持ちいい……

 目をつむったまま浩介にもたれかかる。浩介の鼓動が静かに伝わってくる。
 耳元で聞こえる浩介の息遣い。切ないほど祈ってしまう。ずっとこいつのそばにいさせてください……。

「慶?」
 浩介の優しい声。
 このまま時が止まればいいのに。そうすればおれはずっとお前と一緒にいられる……。

 浩介。浩介……

 お前の腕の中は、幸福過ぎて、そして不安過ぎて、震えが止まらない……

 ……と、浩介が腕を離した。

「慶? 寒い? 震えてるよ? そろそろ中に入る?」
「…………」

 思えばここは玄関口。まだ靴も脱いでいない……

「……ん。引き出物のバウムクーヘン持って帰ってきたから一緒に食べよう」
「わあ! ありがとう~」

 ニコニコの浩介……

 その笑顔をみて、あらためて思う。おれはこいつの『親友』でいよう。

 そばにいてくれるといった。抱きしめてくれた。でも、それは『親友』としての言動だ。

 この関係を壊してまでその先を求めたいとは思えない。
 だから友達のままでいいから、一緒にいる。友達なら、一生、一緒にいられる。それでいい。

 出会ってから8か月……それがおれの出した答えだ。



<完>



-------------------------

お読みくださりありがとうございました!

この「遭逢」は元々私が高校生の時に書いた「風のゆくえには」の第一話を、話の筋はそのままで、エピソード追加&文章リメイクしたものです。

1991年10月13日 PM11:21

に書き終わった話を、2015年12月19日 AM6:58 に再び書き終えました。なんだか不思議な気分です。
一人でノートに書き綴っていたお話を、こんな風によそ様に読んでいただけるなんて、当時の私が知ったら泣いて喜びます。今の私も、感動で泣きそうです。本当に本当にありがとうございました!!!

このような拙作を楽しみにしてくださっていた、なんて貴重で有り難い方々、本当に本当にありがとうございます。年明けには復帰したいと思っておりますので、その際にはまたどうかよろしくお願いいたします。

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BL小説・風のゆくえには~遭逢14(浩介視点)

2015年12月18日 07時21分59秒 | BL小説・風のゆくえには~ 遭逢

 渋谷がおれのことを「浩介」と呼んでくれた。

 これまでおれを「浩介」と呼ぶのは両親しかいなかった。だから「浩介」という言葉は、おれにとっては鎖のようなもので、呼ばれるたびにギリギリと体を締め付けてきて、痛くて苦しくて逃げ出したくなるものだった。

 でも、渋谷の呼んでくれる「浩介」は、凛としていて爽やかで、それでいて包み込んでくれるみたいな温かさがあって……。大嫌いだった自分の名前が、全然別の、愛しいものに思えてくるから不思議だ。

「………慶」

 そしておれも、渋谷のことを名前で呼んでもいい、と言ってもらえた。
 だから、呼ぼうと思うんだけど、恥ずかしくてなかなか言えなくて……。この一週間、家でも、登下校時一人で自転車を走らせているときも「慶、慶」と口に出して練習しているのに、いざ本人を目の前にすると……。

 だから今日こそは絶対に言う!と心に誓った木曜日。


「こーすけー、終わったかー?」

 渋谷が普通に「浩介」って言いながら教室の中に入ってきた。
 渋谷は出会ってから半年近くも「おい」とか「お前」とかしか言わなかったくせに、一回「浩介」と呼んでくれて以来は、今までもずっとそう呼んできたかのような自然さで「浩介」と呼んでくれている。

「ごめん、もうちょっと待って」

 日直の仕事はあと日誌を書くだけで終わる。渋谷はおれの隣の席に座り、片手で頬杖をつきながらおれの手元をのぞきこんできた。

「見られると書きにくいんだけど……」
「まあ、気にするな」
「気にするなって」

 笑ってしまう。渋谷は本当に面白い。渋谷と一緒にいると笑ってばかりいる。

「なあ、そういえばさ、お前、賭けに勝ったらおれに何言うつもりだったんだ?」
「あ……うん」

 先週、1ON1で、負けた方が勝った方のいうことを聞く、という賭けをした。途中で渋谷が倒れてしまい、勝負はついていないんだけど……

「まあ……いいじゃん」
「なんだよ、教えろよ?」
「えー……」

 完璧な二重の瞳に見つめられ、その瞳があまりにも美しくて、自分の願おうとしたことが、恐れ多すぎる気がして黙ってしまう。

 負けた方が勝った方のいうことを聞く。そう言い出したのはおれだ。それは願いがあったから。

(おれが勝ったら……『親友』になって、なんて……)

 そんなこと言ったら、呆れられちゃうよね……。

「教えろよー」
 そんなおれの心なんて知らない渋谷が、ぺちぺちと腕を叩いてくる。

「それを言うなら、渋………」

 違う。渋谷、じゃない。今日こそは、言うんだ。覚悟をきめて息を吸い込み、一気に吐き出す。

「慶、は、何言うつもりだったの?!」
「おれ?」

 きょとん、と渋谷が聞き返してくる。「慶」といったことにはまったく触れず、まるで今までもそう呼ばれてきたみたいに。
 おれも一回「慶」と言ったら、その感触が心地よくて何度でも言いたくなってきた。

「そう。慶、は?」
「あー決める前に倒れたから決めてない」
「えーじゃあ、何にする?」
「その前に、お前、教えろよ」
「ちょ……っとっもうっ慶!」

 腕を掴んで揺すぶられて字が書けない!

「やめてよっ。書き終わらないでしょっ」
「教えてくれたらやめる」
「もー慶、慶ってばっ」

 怒りながらも笑ってしまいながら、その手を剥がそうとしていたところ、

「えーーーー、ビックリ」
「え」

 いきなり、前から女の子の声が。女子バスケ部の荻野さんだ。荻野さんは渋谷の中学時代の同級生でもある。渋谷がおれから手を離し、眉を寄せた。

「なにがビックリ?」
「桜井君が渋谷君のことを『慶』っていってることにビックリ!!」
「え………」

 荻野さんが腕組みをして肯きながら言う。

「だって、渋谷君、名前で呼ばれることすっごく嫌がるって有名だったじゃん」
「え………」

 嫌がる……?

「中一の時に、名前で呼んできたクラスメイトを殴って、相手の歯折った、とか」
「えええ!!」

 歯折った!?

「ほ、ほんとに!?」
「……………」

 聞くと、渋谷は眉間にシワをよせて、

「それ、2つの話が一緒になってるな」
「え……」

「歯を折ったのは小1の時だ。突き飛ばした先の机にぶつかって、ちょうどグラグラしてた乳歯が取れたんだよ」
「あ、そうなの?」

 荻野さんが目をまん丸くした。

「2つの話って、もう一つは?」
「中一の時に、普通に殴っただけ。でも歯は折れてない。顔狙ってねえし」
「……………」

 普通に殴るって……

「鉄拳制裁。あっちが悪いんだよ。人のこと馬鹿にするから」

 思いだしたように、渋谷がプウッと頬を膨らませた。かわいい。女の子みたい。

(………あ、そういうことか)

 その顔を見て納得した。
 渋谷はおそらくこの顔だし、小柄だし、女の子みたいだと馬鹿にされたのだろう。その上名前が「ケイ」だ。「ケイちゃん」とか言われたのかもしれない。

(そこで鉄拳制裁をくわえて、名前で呼ばせないようにするっていうのが渋谷のすごいところだよな……)

 おれだったら、きっと、何も言えず、馬鹿にされたままだっただろう……

(あれ、でも……)

 それなのに、おれ、「慶」って呼んでいいのか? っていうか、本当は嫌なんじゃないか?!
 血の気が引いてきた。

 荻野さんが、なるほどなるほど、と肯いて、

「そっかあ。そうだったんだ。でも、今でもみんな、渋谷君のこと名前で呼んだら殴られるって思ってるよ」
「そりゃちょうどいい。やっぱり名前で呼ばれるの違和感あるから」

 えええ。やっぱり違和感あるんだ?! じゃ、じゃ、おれは……

「え、そうなんだ」
 荻野さんの視線がふいっとおれに向いた。

「でも、桜井君は名前で呼んでもオッケーなの?」
「あ……」

 渋谷、おれが頼んだから嫌々いいよっていったってこと?
 クラクラして、頭を両手で押さえたところで、

「ああ、こいつはいいんだよ」

 渋谷がアッサリと言った。

「こいつは特別だから」
「………え」

 え……?

「こいつだけはいいんだよ」

 何でもないことのように渋谷は言うと、日誌をのぞきこんできた。

「まだ書きおわんねえの? おれ適当に書いてやろうか?」
「あ、ううん。大丈夫。書く書く」

 あわてて日誌に向かう。向かいながらも胸がドキドキして手が震えてくる。

(特別……特別だって)

 信じられない信じられない! どうしよう……

「ふーん、じゃあ、引き続き、名前で呼んだら歯折れるまで殴られるって噂流しておいてあげるね」
「だから歯折れるまで殴ってねえっつーの。あ、ちなみに歯折ったっての白石だから」
「え、白石君?! 卓球部の?!」

 同じ中学である渋谷と荻野さんが思い出話に花を咲かせている。楽しそう……

(でも)

 おれは特別だって。特別、特別……

 ふいっと視線を上げると、渋谷と目が合った。渋谷がニッと笑ってくれたのが、嬉しくて嬉しくてしょうがない。


***


 木曜日はバスケ部の定休日。
 今までは体育館で自主練をしていたけれど、体育館が使えなくなってしまったため、今日から渋谷のうちの前の公園で練習することにした。

「1ON1で賭け、またやるか?」
「えー、勝負にならないからもういいよ」

 バスケットゴールには先着がいたので、空くまで公園の端っこでパス練習をしながら話をする。

「ねえ……渋谷」
 いいとは言われながらも、やっぱり躊躇してしまい名字で呼ぶと、

「名前でいい」
 バシッと手がジンジンするくらいの勢いでボールを投げられた。

「でも……」
 ゆるく返すと、渋谷はムッとしたようにまた強めに投げてきて、

「名前、が、いい」
「え……」

 怒ったように言う渋谷……。

(こいつは特別……)
(名前、が、いい)

 そんなこと言われたら、期待しちゃうよ……

「慶!」

 おれも思いきり強く投げ返す。

「やっぱり1ON1やって」
「おお、いいぞ?」

 ボールを受け取った渋谷がそのままおれのところに歩いてくる。

「それで……おれが勝ったら……」

 渋谷を真正面から見つめる。そして、渋谷の澄んだ瞳に勇気をもらって、一気にいい放った。

「おれが勝ったら、おれの『親友』になってください!」
「……………え」

 言った……言ってしまった……
 渋谷、目を見開いて固まってる……


 数秒の間のあと……

「はああ?」

 息を吹きかえした渋谷に、心底呆れたように、はああ?と言われてしまった……

 ああ、やっぱり呆れられた。
 そうだよな、おれと親友なんて……

 ずーんと落ち込んだところで、

「ばかじゃねーの」
「え」

 いきなり軽く蹴られた。
 そして渋谷は、肩をすくめていってくれた。

「おれ達、とっくに『親友』だろ?」
「…………え」

 とっくに……親友?

「おれはそのつもりだったけど? お前違ったのか?」
「え……あ……」

 うそ……ホントに……?

 放心状態のおれの目の前に、渋谷の完璧に整えられた顔がある。本当に綺麗な顔……。
 その綺麗な顔で、渋谷はイタズラそうに笑うと、

「だから賭けは他のことにしろよ。ま、おれが勝つから考えるだけ無駄だけどな」
「…………」

 キラキラしてるオーラ。このオーラにおれは救われた。渋谷はおれを暗闇から救い出してくれた。

「……慶」
「なんだ」

 笑ってる……笑ってる。渋谷。

「ありがと」
「何が」
「何もかもが」
「なんだそりゃ」

 肩をすくめながら「ほら、やるぞ」とゴールの方へ向かう渋谷。ちょうどゴールが空いたのだ。

 その後ろ姿を見つめながら、心の中でつぶやく。

 おれの初めての友達、おれの親友。世界一強い人。あなたと一緒にいれば、おれも少しは変われるかな……

「慶」
「ん?」

 振り向いた眩しい光に目を細める。

「………10回勝負ね」
「20回でもいいぞ? じゃ、いくぞっ」
「うん」

 この光とずっとずっと一緒にいたい。

 ずっとずっと一緒にいさせて?

 ねえ、慶?



-------------------------------------------------

お読みくださりありがとうございました!
最終回チックなのは、浩介視点の最終回だからなのでした。
次回の慶視点で「遭逢」編は終了です。

次は高校二年生一学期の「片恋」編。
浩介が女子バスケ部の美幸さんに片思いする話、です。


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BL小説・風のゆくえには~遭逢13-4(慶視点)

2015年12月17日 07時21分05秒 | BL小説・風のゆくえには~ 遭逢

 夢を見ていた。
 真っ白い何もない空間に、浩介がポツンと立っていて。泣きだしそうな顔をしている浩介を抱きしめてやりたくて、そちらに向かって走っていくんだけど、走っても走ってもその距離は縮まらなくて……

「浩介……っ浩介!」

 必死に呼びかけるのに、浩介は気がついてくれなくて……

 その切ない瞳に触れたい。声が聞きたい。

 浩介、おれはお前が……っ


「!!!」

 はっと目覚めると、自分の部屋のベッドの上にいた。

「あ、起きた?」

 枕元で涼やかな声がする。……椿姉。

「白鳥になった夢でも見たの? ずっと『こう、こう』って言ってたわよ」
「は?」

 白鳥って、こうって鳴くのか?

 姉は、キョトンとしたおれの頬を囲い瞳をのぞきこんだあと、脈をとって「ふむ」とうなずいた。

「大丈夫そうね。寝不足が続いてたのに激しい運動したりするから」

 脳貧血ね。と姉が言う。8歳年上の姉は看護婦をしている。プロがそういうならそうなんだろう。

「浩介君がここまで運んでくれたのよ」
「………」
 
 浩介、という言葉にドキリとする。心臓に悪い……。

「あの子、どこかであったことがあるような気がするんだけど……」

 姉が首をかしげた。どこかでって……

「ああ、中学の時、試合見にきたことあるらしいからそれでかな……」
「あら、そうなの」

 おれの公式戦最後になってしまった試合だ。姉も見に来ていた。その時のおれの姿に影響されてバスケをはじめたという浩介。

 一生懸命練習している姿を羨ましいと思った。泣いている奴を抱きしめたいと思った。こいつのことをもっと知りたいと思った。

(浩介、おれはお前が……)

 その続きはなんなのだろう?

 お前が……他の奴と仲良くなるのが嫌だ。おれが一番になりたい。お前とずっと一緒にいたい。

「椿姉……」
「なあに?」

 優しい椿姉。昔から少しも変わらない。こういうふんわりした雰囲気、浩介に似てる。

「椿姉はさ……誰かとずっと一緒にいたいと思ったことある?」

 子供のころのように、素直な気持ちで姉に問いかける。
 
「その人が他の人と話したりするのが嫌だなって思ったことある?」

「もちろんあるわよ?」
 椿姉は優しく微笑んで、子供のころのように、おれの頭をくしゃくしゃとなでてくれた。

 そして、ニッコリと、断言した。

「慶はその子のことが好きなのね」
「……好き?」

 好き……

「それは、恋、よ」

 …………………。
 …………………。

「…………………は?」

 恋?

 その言葉が脳に入ってくるまでに長い時間がかかってしまった。
 言葉が脳に達した瞬間に、勢いよく手をふる。

「いやいやいやいやいや………」

 それは違う。違うというかありえない。だって、あいつは………
 
「違う違う違う。絶対違う。そんなことありえない」
「慶?」

 ふわりとした笑顔で、姉がいう。

「自分に素直になりなさい」

 そして、おれの心臓のあたりを手の平で押してきた。

「自分の心に正直に。あなたの思った通りにしなさい」
「思った通りって……」

 それは……なんだ?

「後悔しないように。今のこの瞬間は一度しかないのよ?」
「…………」

 一度しかない瞬間………

「今度どんな女の子か教えてね?」
 思いに沈んだおれに笑いかけてから、姉は部屋を出て行った。

 …………。いまさら男だなんて言えない……。


「恋………?」

 こないだ、ヤスはなんて言ってたっけ……

『一緒にいると嬉しい』
『一緒にいたい』
『相手のことが知りたい』

 それが『好き』ということなら、おれの浩介に対する感情は、『好き』以外のなにものでもないじゃないか。

「好き……」

 さっきの浩介の腕のぬくもりを思いだし、胸が苦しくなる。
 両腕で自分をかき抱く。そうしていなければ全身の震えが止まらなかった。

「なんだよ、それ……」

 思えば………初めに会った時からそうだった。
 あいつの切なさをまとった空気、一生懸命さ、そして心からの笑顔………すべてがおれの中に入りこんできた。

 体中が熱をもったように熱くなる。全身が一つのものを求めている。

「浩介……」

 浩介、お前に会いたい。今、すぐに。

「浩介」

 お前の笑顔がみたい。お前の声が聞きたい。

「浩介……」

 お前に触れたい。浩介……浩介……浩介!

「!」
 その瞬間、ガチャリ、とドアが開き……、

「こっ浩介!!」

 思わず叫んでしまった。当の浩介が……普通に部屋に入ってきたのだ。

「なんで……っ」
「……わあ」

 浩介は勉強机の椅子をベッドの縁まで転がしながらもってきて座ると、

「嬉しいなあ」

と、にっこりと笑った。

 う、嬉しい??

「な、なにが……?」

 動揺して尋ねると、浩介は引き続き心底嬉しそうな顔をして言った。

「だって、渋谷、初めておれのこと呼んでくれた」
「え? あ……」

 そう。心の中では、浩介、浩介と言っていたくせに……

「いつも『おい』とか『お前』とかだったもんね。おれ、渋谷はおれの名前知らないのかと思ってたよ」
「ああ……」

 なんか照れくさくて呼べなかったんだよ。なんてもっと恥ずかしいから言わなかった。おれが浩介を直視できないでいると、

「まだ具合悪い?大丈夫?」
 顔をのぞきこまれ、火がついたみたいに体が燃え上がる。やめろ。そんな近くでみるな。

「いや……大丈夫……」
 かろうじてそれだけいうと、浩介はホッとしたように息をつき、

「良かった」
「!」

 笑った。

(好き)

 この笑顔が好き。そう、おれはこいつが……


「あのさ、渋谷」
「…………っ」

 ふいに真面目な顔になった浩介に、はっと甘ったるい気持ちから我に返る。浩介、自転車を下りたときと同じ顔をしている。あの時の会話を思いだして背筋が凍る。
 
 こいつ……何を言い出すつもりだ。やっぱり、もう、バスケの練習は必要ないって……?

 顔をこわばらせながら浩介を見かえす。

「……なんだ?」
「あの……おれさ、渋谷には迷惑ばっかりかけちゃったけどさ……」
「………」

 続く別れの言葉に備えて身を固くする。

 が、浩介はにっこりと笑った。

「これからも、よろしくね」
「え?」

 一瞬、何を言われたかわからなかった。

 え? よろしくって、それじゃあ……。

「おれにはやっぱり渋谷が必要なんだよ」
「………え」

「ほら、この一か月、渋谷も文化祭実行委員忙しくて、おれもバスケ部忙しくて、練習見てもらえなかったでしょ? やっぱり自主練じゃいいんだか悪いんだか分からなくて」
「…………武史にみてもらってたんじゃないのかよ」

 言いながら、歪んでくる顔を見られたくなくて下を向く。

「さっき、『上岡には色々教えてもらってる』っていってただろ」
「え? あ、ううん。相手校のこととか試合前の流れとかベンチの座り順とかそういうの教えてもらってるけど、実技は全然」
「は?」

 色々って……それかよっ!

「それとね、テスト勉強もさ、渋谷は期間中も実行委員で集まったりしてたから一緒にできなくて残念だった」
「…………」

 おれが忙しかったから、うちに来るの遠慮してたってことか……

 頭の中がグルグル回っているおれの様子に気づいているのかいないのか、浩介はずっと笑顔だ。

「だからね、文化祭終わったら今ままでみたいに、一緒に練習したり勉強したりしてほしいんだけど……」
「…………」
「ダメ?」

 小首をかしげた浩介を見ていたら、どっと体の力が抜けてしまった。ペタンと前屈するみたいに布団に顔を埋める。

 なんだ……なんだよ。おれのこの悩んだ時間を返せ。お前に必要とされてないと思って散々落ち込んでたのに……

「……渋谷?」

 ちゃんと必要としてくれてるじゃないか。
 おれ、こいつに必要とされてる……

「……いいぞ」

 ボソッと答えると、「ああよかった」と浩介がニコニコといった。

 こいつはおれを必要としてくれている。それだけで十分だ。こうして手を伸ばせばつかまえることのできる距離にいられるのなら……


「……それとさ、渋谷」
「なんだ?」

 浩介はいいにくそうにもじもじとしている。

「もう一つお願いがあるんだけど……」
「なんだよ?」

 もうこの際なんでも聞いてやる。

「あの……」
「おお」
「あの……」

 逡巡の末、浩介は意を決したように言った。

「おれも、渋谷のこと名前で呼んでもいい?」
「え……?」

 名前って……

「前から渋谷のこと、名前で呼びたかったんだけど」
「………あ」

 名前……。そうか。おれが「桜井」じゃなくて「浩介」って言ったからか。
 そうしたら、「渋谷」じゃなくて……

「………いいぞ」
「あ、ホントに?」

 浩介は嬉しそうにうなずき、大きく深呼吸した。

 おれはそんな浩介から目が離せないでいた。黒い瞳。日に焼けた浅黒い肌。やわらかい髪。一つ一つ確かめる。ああ、浩介はここにいる……。

「じゃあ、呼ぶね」
 浩介は恥ずかしそうに、コホンっと咳払いをすると、優しく……ささやくようにいった。

「……慶」
「!」

 心の奥に鋭い痛みが走る。それにたえられなくておれは静かに瞳を閉じた。息をゆっくりすいこむと、浩介のにおいがした。

「……浩介」
「はい」

 にっこりとする浩介。

 ああ……おれは、お前のことが、好きだ。




-----------------------------------------

お読みくださりありがとうございました!

ちなみにこちら1990年のお話なので、慶は「看護師」ではなく「看護婦」と言っています。
結構そういうこと気にしながら書いているのですが、もし「1990年にそういう言葉はなかった」とかありましたら、教えていただけると有り難いです。よろしくお願いします。

1990年にはなかったから使えないけど使いたい言葉……イケメン。テンション。天然。まったり。

「超」は微妙なんですよね。1995年1月に書いた自分の小説に出てくるので、94年には出回ってた言葉のようですが、90年はどうだろう。まだじゃないかな……。

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BL小説・風のゆくえには~遭逢13-3(慶視点)

2015年12月16日 07時21分15秒 | BL小説・風のゆくえには~ 遭逢

 久しぶりに浩介の自転車の後ろに乗った。浩介の背中に額をつけると浩介の匂いがした。


 バスケ部は文化祭が終わってすぐに大会がはじまるので、浩介はここのところすごく忙しかったようだ。

「そういや、中間テストはどうだったんだよ?」
「んー、まあまあ。でもなんとか部活は辞めずにすんだ」

 浩介は成績が下がったら部活をやめるように親にいわれていたんだ。大丈夫だったなら良かった。

「渋谷は?」
「まあまあ。って、お前のまあまあとおれのまあまあじゃまあまあの中身が違いすぎるけどな」
「何それ」

 くすくすと笑う浩介。

(浩介……笑ってる)

 なぜか心臓のあたりがぎゅうっと苦しくなってくる。後ろから抱きつきたくなってくる。

(………なんだそりゃ)

 座るところを握りしめ、その衝動をどうにか抑える。
 やっぱりおれは少し変だ。浩介に久しぶりに会えて嬉しくておかしくなってるのかな。

 こうして会うのはいつ以来だろう。
 浩介の顔を見ること自体、一週間ぶりだ。あの時は遠目からバスケ部が文化祭の準備をしているところ見ていて……

(しのさくら)

 同じバスケ部の篠原という奴と桜井浩介の二人がセットで「しのさくら」と呼ばれていることを知って……

 あの篠原ってやつと浩介、仲いいのかな……
 おれとよりも、仲いいのかな……

「あの……さっきいた奴……」
「さっき……、ああ、篠原?」

 浩介の口から「篠原」の名前を聞き、ぐっと胸が痛くなる。

「仲いいのか……?」

 乾いた声で聞くと、浩介は、うーん、と首を傾げ、

「部活内ではなんか組まされることが多くて一緒にいるけど、仲いいのかって聞かれると……どうかなあ。悪くはないと思うけど」
「………そっか」

 ホッとした。

 ホッとしてから、なにおれホッとしてんだよって自分にツッコミをいれる。

「どうして? 篠原がどうかした?」
「いや、別に」

 顔がにやけてくる。後ろに座ってるから見られなくてよかった。

「じゃ、お前バスケ部内では誰と一番仲良いんだ?」
「え。うーん……どうだろう……」
「………」

 悩まないと答えられないってことは、いないってことだよな。
 ……って、何喜んでんだ。おれ。

 と、喜んだのもつかぬ間。

「ああ、最近では、上岡かも。上岡武史」
「はああああ?!」

 なんだと?!

「あ、ごめん。渋谷と上岡、中学の時、仲悪かったんだよね」
「………まあな」

 武史とは殴り合ったことも数知れず、の仲だ。

「おれ、今回はじめて試合のメンバー入りしたから、上岡には色々教えてもらってて……。そんなにヤな奴じゃないよ?」
「…………」

 色々教えてもらってて、だと?

 なんだよそれ……なんだよそれっ。

 やっぱりおれはもう必要ないってことかよ。体育館が木曜日使えなくなっておれと練習できなくても、武史がいるから全然困らないってことかよっ。勉強だっておれと一緒じゃない方がはかどるってことだよな。おれと一緒にいた夏休み明けの実力テストで成績落としたんだもんな、お前。

 それでも……

 それでも、お前と一緒にいたいと思ってしまうおれはどうすれば……


「渋谷」
「痛っ」

 急に自転車が停まり、ごんっと浩介の背中に頭がぶつかる。もう、家の前だった。

 浩介が身をよじって振り返り、唐突に言った。

「渋谷、あの……、今まで、ありがとうね」
「………」

 自転車からおりて、浩介の横に立ち、真正面に顔を見る。
 浩介のあらたまった表情に嫌な予感がして背筋がゾワッとしてきた。

「何をあらたまって……」
「うん……」

 浩介も自転車からおり、スタンドをたてた。そして俯きがちにポツポツと言いはじめる。

「おれ、本当に渋谷に感謝してるんだよ。渋谷が教えてくれたおかげで、メンバー入りもできて……」
「…………」

 だから、もう、おれは用なしってことか? 
 血の気が引いているおれに気づかず、浩介が続ける。

「それで、おれ、考えたんだけど、来週から木曜日体育館使えなくな……」
「ワンオンワン、やろうぜ?」

 話の続きを聞きたくなくて、言葉をかぶせると、浩介が「え?」と首をかしげた。

「何?」
「だから、1ON1だって。勝負だ勝負。なんか賭けようぜ」
「えー、おれ、渋谷に一回も勝ったことないじゃん」
「現役バスケ部員がなにいってんだよ。ボール取ってくるからちょっと待ってろ」

 急いでボールを取りに行く。

 頼むから、おれを必要としてくれよ。
 おれはまだまだ、ずっと、お前と一緒にいたいんだよ。


**


 うちの前の公園には、バスケットのゴールが一つだけある。夏休み中は浩介とここで練習していた。あの時も楽しかったよなあ? ……なあ?

「わー、もう、渋谷っ。手加減してよっ」
「うるせえなあ。ほら、隙だらけだ」

 ドリブルでつっこもうとした横からヒョイっとボールを奪ってやる。まだまだだな……

 浩介は、あーもーっと叫びながらしゃがみこみ、おれを見上げてきた。

「じゃあさ、おれが一回でも渋谷のこと止めるか、一回でもゴール決められたら、賭けはおれの勝ちにして」
「別にいいぞ?」 

 そんなの余裕だ余裕。

「賭けの内容決めてなかったよな。どうする?」
「負けた方が勝った方の言うこときくってことでどう?」
「のった」

 もうあたりはすっかり暗くなっている。公園の電灯の明かりを頼りにおれ達は競り合った。

(負けた方が勝った方のいうことをきく……)

 何にしようかな……と一瞬気がそれた隙に、すっとゴール下に入りこまれた。

「あぶねっ」

 即座に反応してボールを奪ってやったが……

(上手くなってる……)

 ガツンと頭を殴られたような衝撃が走った。
 こいつ、おれと会わないうちに上手くなってる……
 選抜メンバーとしてもまれてるからか? それとも……武史が教えたからか?

(くそっ)

 カッとなった。

 お前はおれが教えてたのに。ずっと一緒にいたのに。これからもずっと一緒にいられると思ったのに。

(浩介……)

 お前はおれから離れていくのか? おれはもう必要ないのか?

「ちょ、渋谷、怖いっ速すぎっ」
「…………」

 一瞬でゴールを決めてやると、浩介が慌てたように言った。でもそんなの構っていられない。
 頭に血がのぼっている。

 次は浩介の攻撃。ドリブルをはじめてすぐにボールをはじいてやる。

「だから渋谷、怖いって。練習にならないよっ」
「……うるせえ」

 うるせえうるせえうるせえ!

 今度はおれの攻撃。すぐに浩介の横をすり抜ける。

(まだまだ、おれの方が上手い。おれが教えてやれることはいくらでもある)

 だから……だから……

「もー渋谷っ」
「!」

 いきなり、後ろから抱きすくめられ、体が固まってしまった。息が止まる……っ。

「何そんなムキになってるのっ」
「…………」

 ぎゅううっと抱きしめられて、気が遠くなってくる。ボールが手からこぼれ落ちる。

「渋谷にそんな本気だされたら勝負にならないでしょっ」
「あ……」

 耳元で聞こえる浩介の声。浩介の腕。温かいぬくもり……
 包みこまれる。心地の良い感触……

「お前……ファウルだ」
「あ、ホントだね」

 あはは、と笑って浩介が腕を離す。

 浩介、浩介、おれは……

「!」
 ふっと、目の前が暗くなった。なんだ? 頭に血がのぼりすぎたのか?
 そう思ったのと同時に、体の力が抜けた。

「渋谷?!」

 意識を失う寸前に浩介の声が聞こえた。浩介の優しい声……

 ああ、浩介。おれは、お前が……





-----------------------------------------

お読みくださりありがとうございました!
次回もまたまたまた慶視点でございます。

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