ホテルに行った翌朝、いつもの通学電車の乗り換え駅で、
『慶が女の子にモテモテだから』
と言ったおれの言葉の意味を聞かれた。……あの時、
『おれがちゃんと女役できないと、慶が女としたいって思っちゃうかもしれない』
思わずそんなことも口走ってしまい……。それに関しては行為の最中だったからか、怒られずにすんで助かった。普通の時だったら、めちゃくちゃ怒られたに違いない。
「だから何なんだよ」
「うー……」
せっかくの朝の貴重な時間をこんな話題で潰したくないので、渋々白状する。
実は、いつもこの乗り換えの駅で一緒になるセーラー服の女の子が、慶のことをチラチラ見ていることに、数日前から気がついていた。
それだけなら、まあ、慶はアイドル以上の容姿をしているので、よくあることなんだけれども…
先週、偶然帰りの電車がその女の子と一緒になり、その子が友達と話しているのを聞いてしまったのだ。
「今度待ち伏せをして告白をする」
と…。
「そんなの別に断ればいいだけの話じゃねえかよ」
呆れたように言う慶。
「でもね……」
慶はそう言ってくれるとは思ったけど……でも……
「なんだよ」
「でも……」
慶に睨まれて、渋々言葉を続ける。
「でも……その子、すごくかわいいんだよ」
「……は?」
「とにかくかわいいの。……あ、ほら、今、売店の横……」
透き通るような白い肌と形のよい瞳が慶に少し似ている。黒い艶やかな髪のふんわりお下げ。彼女のいる場所だけ空気が違う。清楚なお嬢様……。
女の子は慶に気がつき、パッと頬を赤らめた。その様子がまたとても可愛らしくて……。
「ね?」
「……ふーん」
慶はなぜか「ふーん」の「ふ」の方にアクセントをつけて言うと、ツカツカと彼女の前を通り過ぎ、いつもの車両の列に並んだ。それからはずっとムッとした顔をしている……。
一度電車の中でおれが彼女の方に目をやったときには、
「見てんなよ」
「痛い痛い痛いっ」
上腕をつねられた。慶、機嫌悪すぎ……。なんか八つ当たりされてるおれ……。
別れ際も、眉間にシワを寄せたままで、
「今日、バイト終わるの何時だ?」
「8時までだから……」
「じゃあ、8時半にいつものとこな」
「え」
今日は慶、夜の授業入ってないから先に帰る日なのに……
「慶、でも今日は」
「ああ?」
あ、に濁点ついてる。こ、こわい……。
今日は先に帰る日じゃないの? なんてとても言えず、話を誤魔化す。
「あの、ちょっと遅くなるかもだけど、大丈夫?」
「大丈夫。………じゃあな」
ぷいっと行ってしまった慶……。後ろ姿を見送りながら、うーんと唸る。
あの女の子の話題であそこまで怒るなんて……なんでなんだろう。おれが慶を信用してないって感じがして嫌だったのかなあ。でも、おれに対して怒ってるなら帰りも会おうなんてしないよね……。
「……あれ?」
行ってしまったはずの慶が、人波の中こっちに戻ってこようとしている。眉間にシワ寄ったまま、口もムッと引き結んだまま……
「慶? どうした………、?!」
最後まで言えなかった。近づいてきた慶にいきなり左手をつかまれ……
「痛っ」
親指、噛みつかれた。
「な、なに……」
「……なんでもない」
それでまた行ってしまった。な………なんだったんだろう……。
頭を傾げながら、噛まれた親指に唇をあててみる。……間接キスだ。
***
バイトが少し長引いてしまい、待ち合わせの場所についたのは約束の8時半を10分近く過ぎてしまったころだった。
わりと大きな通路の一角。単なる乗換のための通路であってベンチがあるわけでもないので、ここで待ち合わせをする人はあまりいない。窓辺から大きな交差点が見えるところが気に入っている。人の流れを上から見下ろすのは面白い。
「…………え」
行きかけて、足を止めた。
例のセーラー服の女の子と、その友達らしき女の子……の前に慶が立っていて、サラリーマンっぽい男2人と揉めてる……?
近づいていくにつれ、喧嘩腰の声が聞こえてきた。
「いい加減にしろよ。いい大人が馬鹿じゃねえの」
「なんだと、このチビ!」
「あああ?」
あ、まずい。チビはNGワード! 慶が本気で怒ってしまうっ。
「駅員さーーーーーーーーーーーーーーーんっ」
出来る限り大きい声で叫ぶと、その場にいた5人も、通行人もビックリした顔をしてこちらをみた。
「ケンカケンカ!こっちでーーーーすっ」
いない駅員に向かって、手招きする仕草をしたところ、サラリーマン2人はあわてたようにその場を立ち去った。助かった!
「慶っ」
あわてて慶の元に駆け寄ると、慶はちょっと笑ってグーでおれの腕をたたいた。
「でけえ声」
「もう、何ケンカしようとしてるの」
「別にケンカじゃねえよ。あんましつこくしてたから注意しただけだよ」
慶は肩をすくめると、
「行くぞ?」
手を握りあっている女の子二人には見向きもせず、歩き出そうとした、が、
「あのっ、ちょっと待ってください!!」
美少女のお友達の方が慌てたように慶に声をかけた。慶が眉を寄せて振り返る。
「なに?」
「あの……ありがとうございました!」
「ああ、別に……。それより早く帰ったら? また変なのに声かけられるよ?」
じゃ、とまた慶が背を向けたところで、美少女が叫んだ。
「あの………っ」
予想通りの、少し高めのか細い声。かわいい女の子は声までかわいい。
「いつも、見てます!」
「……え?」
慶、眉を寄せたまま。でもその顔も非の打ちどころなくカッコいい。
セーラー服の美少女が、顔を真っ赤にして言いきった。
「好きです! 付き合ってください!!」
うわあ……、と、感動すらしてしまった。真っ直ぐで純粋な想い。本当に綺麗な子だ。
こんな子に、こんな風に告白されたら………
緊張して慶を振り返る。と……
慶さん、ものすごい無表情で、あっさりと、
「ごめん。無理」
「………………」
す、すごい……、これを即答で断る慶……。
「じゃ。ほらいくぞ?」
「え、あ、う、うん」
促され、歩きかけたけれど、
「なんでですか?!」
お友達の方が慶に詰め寄ってきた。
「レイナ、ずっとあなたのこと見てきたのにっ。せめてちょっと話したりとか……っ」
「…………」
慶に無表情に見返され、お友達は一瞬ひるみ、もごもごと言葉を続けた。
「あの……彼女いるんですか?」
「彼女? いないけど」
「………」
グサッ。
いないけど、か……。わかってはいるけれど、ちょっと傷つく……。
「だったら!」
お友達、元気を吹きかえして畳みかけてきた。
「だったら、レイナと付き合ってください! ほら、この子こんなに可愛いでしょ。文化祭のミスコンでも2年連続優勝してて」
「みっちゃん、そんな……」
美少女レイナが余計に赤くなっていく。
「こんな可愛い子と付き合えるチャンスなんてめったにないと思いませんか? それに性格もすっごくよくて、お菓子作りも上手で、それに……」
「ごめん」
慶が、すっと制するように手をお友達みっちゃんに向けた。
「何言われても無理なものは無理」
「でも、彼女いないんだったら付き合ってみるくらい……っ」
「ああ」
慶、軽く手を振り……
「悪い。おれ、彼女はいないけど彼氏はいるから」
ふいっとおれを指さした。
「え!?」
「えええ!!??」
おれとみっちゃん、同時に声をあげてしまった。
け、慶……。
「ちょ……やだなあ」
みっちゃんは乾いた笑いを浮かべると、
「そういう冗談で誤魔化すのやめてもらえません?」
「別に冗談じゃないけど?」
慶さん、いたって真面目な顔……。いや、確かに冗談ではありませんが、でもっ。
「あの、断るにしたって、もうちょっとマシな言い訳を……」
「みっちゃん」
レイナがみっちゃんの腕をとり、後ずさった。
「いいの。もういいの」
「でも、レイナ……っ」
「気持ち伝えられたから、もう充分」
レイナが泣きそうな顔で笑うと、みっちゃんも泣きそうな顔になってきた。
「でも、こんなウソで断られるの……」
「ううん。たぶん、ウソじゃないよ」
「え」
レイナ、真っ直ぐに慶とおれを見返してきた。
「わたし、今朝、見ちゃったんです。お二人が別れ際……手にキスしたとこ」
「あ………」
思わず自分の左手親指を見る。いや、あれはキスじゃなくて噛みつかれたんだけどね……。
「毎朝電車で見るお二人も、いつもすごく仲良さそうで……もしかしてそうなのかな……とは思ってたんですけど」
「…………」
鋭い……。いや、満員電車にかこつけてベタベタしてるから見ようによってはそう見えるかも……。
レイナは寂しげに微笑むと、
「今朝のお二人を見て確信したっていうか……だからこそ、どうしても今日、気持ちを伝えたいと思って、ずっと待ってて……」
「レイナ」
みっちゃんがレイナの手を握りしめる。
「言ってくれればいいのに」
「ごめんね。みっちゃん……」
レイナはみっちゃんの肩にぎゅっとおでこをあててから、こちらを見かえし、深々と頭をさげた。
「すみません。ありがとうございました」
「あ、いえ……」
思わず頭を下げ返す。慶は無表情のまま軽く手を振ると、
「もう遅いから気をつけて」
「はい……」
レイナは無理した笑顔を作り、みっちゃんを振り返った。
「みっちゃん、行こう」
「う、うん……」
手を繋いで歩いていく、女子高生2人……。
おれ達はしばらく2人の後姿を見送っていたが、
「行くぞ」
慶がふいっと歩きだした。慌てて追いつき横に並んで歩く。
「ミスコン2年連続優勝だって」
「あ?」
「あんだけ可愛ければそりゃ優勝……、いっ痛ーーーっ」
なんだ?! 思いっきりお尻を蹴り上げられ、前につんのめる。
「な、なんなの?!」
蹴ってきた慶を振り返ると……
「………慶?」
これでもか、というくらい恐い顔をしている慶。もう一回くらい蹴ってきそうな顔……。
「どうしたの?」
「…………なんでもねえよ」
言いながらアゴ上がってる。こ、こわい……。
「ねえ、慶、なんで今日そんなに機嫌悪いの?」
「ああ?」
いや、だから、こわいって……。ちょっと後ずさりしながら言葉を繋げる。
「今朝も指噛んだりして……変だよ?」
「………誰のせいだよ」
ぼそっと言う慶。やっぱりおれのせい……って、なんで?
「おれ……何かした? 何か怒らせるようなこと言った?」
「言った」
慶が腕組みして睨みつけてくる。うーん……
「それは今朝の話が、おれが慶を信用してない、みたいに聞こえたってこと?」
「は? お前おれのこと信用してねえの?」
「え?」
違うの?
「え、だから信用してるからそれは勘違いだよって話じゃなくて?」
「何の話だ?」
慶の眉がますます寄ってきている。うーん。わけがわからない……。
「じゃあ、何? 何の話?」
「だーかーらー」
慶はグーパンチでおれの胸のあたりをぐりぐりと押すと、うつむきながら小さく言った。
「お前が……可愛いっていったから」
「え?」
かわいい?
きょとんと聞きかえすと、慶、ムッとした顔でこちらを見上げた。
「だからー、お前、あの子のこと可愛いっていっただろっ」
「……………え?」
言った。言ったけど………
「だって本当にかわいいじゃん。色白で目が大きくて……って、痛いってっ」
思いきり胸のパンチに力を入れられよろけてしまう。慶はこの容姿のくせに力が強いのだ。
「だから何なの?!」
「何なのって……お前バカなのか? ああ、そうかバカなんだよな。そうだよお前バカだもんなっ」
「何を言って………、慶?」
口を引き結んでこちらをにらんでくる慶。泣きそう……?
「慶……?」
「だーかーらーーーっ」
いきなりガシッと頬を囲まれ、至近距離10cmの位置まで引き寄せられた。ち、近いっ。
「警告は一度だけだ。よく聞け?」
「う、うん……」
あまりもの近さにもドキマギしてしまう。
「いいか?」
慶が真剣な様子でささやいた。
「今後一切、おれの前で他の奴のこと可愛いとか言うな」
「え」
それって……
「今度いったら本気で殴るからな」
「慶………」
それって……
「それで今日機嫌悪かったの……?」
「おかげで今日一日最悪な気分だった」
慶の黒曜石みたいな瞳が目の前で輝いている。
それって……
「焼きもち……?」
「悪いか」
怒った顔をした慶が、パンパンとおれの頬をたたく。
「お前がかわいいっていっていい相手はおれだけだ」
「慶………」
う、嬉しすぎる……っ。こんなことで嫉妬してくれるなんてっ。
頬に置かれた両手をギュッと掴む。駅の乗り換え通路の端っこだということも忘れ、耳元に唇を寄せる。
「慶、かわいいね」
すると慶さん、ムッとして、
「とってつけたように言うなっ」
「とってつけてないよー。慶、大好きー」
「うるせえっ」
「痛っ」
また蹴られた。まだまだ機嫌が悪い。
「あームカつく」
「もーそんなに怒らなくても……」
可愛いふくれっ面をつつくと、慶はますますふくれながら、
「お前はああいう子が好みってことだな。ああいう子を可愛いって思うんだな」
「そりゃそうでしょ」
「はああ?!」
「痛い痛いっ」
今度は腕をつねられた。ホント乱暴だよなあ。
「何がそりゃそうなんだよっ」
「だって……」
慶の完璧に整った顔を見下ろす。
「あの子、慶に似てるもん」
「………は?」
さっき向かい合っている二人を見てあらためた思った。慶とレイナ、兄妹といっても皆が信じるくらいには似ている。
「まあでも」
眉を寄せている慶の、形のよい唇をそっとなぞる。
「唇、慶の方が色っぽい。あごのラインも慶の方がキレイ。鼻も慶の方がスッとしてる。目も……」
「…………」
慶の瞳。黒曜石みたいに美しい。
「目も慶の方がずっとずっと綺麗。強い光の瞳……」
「…………」
「こんな完璧な人、世界中どこ探してもいない………」
頬を囲い、唇を寄せようとした……が。
「こんな往来で何しようとしてんだよ」
「ふが」
慶の持ってたカバンにキスする羽目になった………。
「ケチー」
「うるせえ。ほら、帰るぞ」
「はーい」
大人しく横を歩き出す。慶、顔赤い……
「慶。帰り、自転車で送らせてね?」
「はじめからそのつもり」
「やった♪」
慶のうちは最寄り駅がおれのうちより一つ先。おれの最寄りで降りて、うちに自転車とりにいってそのまま慶の家まで送る、ということを週に何度かしている。途中の人気のない川べりにちょっとだけ寄り道するのがいつものパターンで……。そこで続きはすることにしよう!
「あーホント慶ってばカワイイなー」
「ああ?」
「こんな嫉妬してくれるなんてホント……、痛っ」
また蹴り上げられた。
この人、この容姿のくせに、口悪いし、すぐ手も足もでるし、喧嘩っぱやいし、中身は男男してる。おれは慶のそんなところも、
「大好きっ」
「うわっバカっ抱きつくなっ」
いつものじゃれ合い。高校卒業しても変わらない。
おれはこんな風に嫉妬してもらえるくらい愛されてる。大好きな慶に愛されてる。
だから大丈夫。大丈夫。慶がそばにいてくれれば大丈夫。
この幸せな日がいつまでも続いてくれると信じたい。
------------------------
「R18・試行3回目」の翌日のお話でした。
レイナは翌日からもっと遅い電車に変えたため、二人に遭遇することはほとんどなくなりました。
会ったらお互い気まずいよね……。
1990年代のお話なので、まだ自転車の二人乗りは今ほどうるさく禁止されてませんでした。
川べり、二人きりになれるのはいいんだけど、夏は蚊がいるんだよねー。
冬は寒いけど、くっついてるから大丈夫♪♪
さあ、次は4回目の挿入挑戦、の話を書こうかな。
3回目でちょっと、あれ?これ気持ち良くね?と気が付いてきた慶さん……。
次で確信するかも?
------------
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*直接的性表現を含みます。
高校卒業して3ヶ月後。
3回目の挿入挑戦です。慶視点で。
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ようやくラブホテルにくることができた。
最後におれの部屋でセックスをしてから、もう1か月近くたつ。
通学電車を合わせているのでほぼ毎日会えてはいるんだけれど、浩介のバイトとおれの予備校の予定が微妙に合わなくてまとまった時間が取れなかったのだ。
「慶……」
ホテルの部屋に入るなり、唇を求めてきた浩介。我慢の限界、といった感じ。気持ちは分かる。けれども。
「ちょっと待て。荷物くらいちゃんと……」
「待てない」
唇を激しく吸われたあと、舌が中に侵入してきた。
「………っ」
いつもと違う感覚に、鼓動が早くなってくる。
なんだろう? 浩介、様子がおかしい……。
「どうし………っ」
いきなり、勢いよく下着と一緒にGパンを下ろされ、言葉をなくす。
「な………っ」
「慶を、ちょうだい」
浩介は切実な顔で言うと、おれのものをそっと掴んできた。
「ちょ……っと、うわっ」
後ろずさろうとしたが、足首にまとわりついたGパンのせいでバランスを崩し、床に尻もちをついた。
それにも構わないように、浩介もしゃがみこみ、おれのものを扱きはじめ、そして……
「…………こっ浩介……っ」
顔に血がのぼってきたのが自分でも分かった。
浩介が……浩介がおれのものを口に含んで、上下に動かしはじめたのだ。
「お前何を……っ」
「慶が欲しい。慶が欲しくてたまらない」
「な………っ」
なんなんだ?!
「………っ」
手でするのともまったく違う感覚。生暖かい浩介の口の中。その中で舌に舐めまわされ……き……気持ち良すぎる……っ。
「ちょ、ちょっと待てって……」
「ダメ? 気持ち良くない?」
「いや、その……っ」
上目遣いで浩介にみられ、再びカーッと赤くなる。な、なんなんだっ。
「続き、していい?」
「え………あの」
腕を取られ、立たされると、トン、とベットの脇に座らさせられた。
浩介がその前にひざまずき、再び咥えてくる……
「………っ」
うわ……なんだこれ……
右手でしごかれながら、先の方を吸い込まれ、ビクッビクッと震えてしまう。浩介は上目遣いでおれの様子を見ながら、左手で優しく袋の方まで触ってくる。
「こ………っ」
快楽の波が来るたびに、浩介の頭を掴み、天井を仰ぎ見る。このままだといっちまう……っ。
「待てって、浩介……っ」
「ん?」
「いっちまうって……」
「うん………」
浩介はふと手をとめ、口から離すと、ポツリといった。
「ホントはできたらいいんだけど……」
「………できるって?」
「あの………」
口ごもった浩介をみて、ああ、と思う。
前にラブホテルにきたときに、浩介が受をしようとしたのだけれど、体が固すぎてできなかったのだ。浩介はそれをやたらと気にしている。
「してみるか」
「うん……」
おかげでほとんどイク寸前だ。これなら、浩介にそんなに負担なくイケるかもしれない。
ジェルをぬってくれる浩介……。もうこのジェルの感覚だけでもいきそうだ。これなら……
「じゃあ……」
「うん」
ベッドに仰向けになった浩介の太腿のあたりをおさえて、ぐっと押す。露わになった穴に、あてがおうとした……のだが。
「…………こ、浩介」
思わず、吹き出してしまった。太腿がプルプル震えている。この体勢、相当つらいらしい。笑いが止まらない。
「お前、どんだけ体固いんだよっ。プルプルしてんじゃねえかよっ」
「もーーー!いいから早くしてよ!我慢してるんだから!」
真っ赤な顔をして怒っている浩介。お、面白すぎる……。
「ごめんごめん。でも、無理。笑ってできねー」
「慶!!」
ひいひい笑っていたら、浩介がかなり本気で怒っている様子で起き上がってきた。
「どうして真面目にやってくれないのっ」
「真面目に、と言われても」
「ちゃんと我慢するから、だから……っ」
「…………」
浩介、涙目になっている。なんだかよく分からないけれども……浩介の中で何か渦巻いているものがあるようだ。時々、浩介は精神的に不安定になるときがある。今回もその波がきたのだろう。
「なあ、浩介」
「……………なに」
泣きそうな浩介。愛おしい、と心の底から思う。
「別にどっちがどっちやってもいいんじゃね?」
「…………」
「何もあわてることないだろ。今日はとりあえず、お前がしろ」
「でも」
ジェルをぬりはじめると、素直に大きくなっていく浩介のもの。
「手本、見せてやる」
「………慶」
仰向けに寝そべり、自分で膝を胸のところまで抱え込む。あっちもこっちも露わになってかなり恥ずかしい体勢だけれども……
「こいよ?」
「………うん」
浩介がゆっくりと挿入してきた。
3回目、ということで慣れてきたのか、初回ほどのあの痛さもない。内側を擦られる感じがちょっと気持ち良くさえある。
しばらく、その一体感を味わうかのようにお互いジッとしていたけれども、
「慶……」
おれの名前を呼びながら、浩介が遠慮がちにゆっくりと腰を振りはじめた。やっぱり何か変だ。余裕がない感じ。
「お、前……何か、あった……のか?」
「…………」
とぎれとぎれになりながらも言うと、浩介の動きが止まった。泣きそうな顔をしてこちらを見下ろしている。
「だって……」
「何だ? ……っ」
繋がったままの状態なので、時折浩介のものがピクリと動くたびに、こちらも反応してしまう。動きをやめても萎えることはないようだ。
浩介は口を引き結んだまま、ぼそっと言った。
「だって、慶が女の子にモテモテだから……」
「は?」
「おれがちゃんと女役できないと、慶が女としたいって思っちゃうかもしれないから」
「……………」
なんだ……そりゃ。
「おれ、慶を誰にも取られたくない。慶が欲しい。慶だけが欲しい。そのためだったら何でもする」
「…………浩介」
手を伸ばして、その大きな手をぎゅっと握る。
「バカだなあ。お前。おれがお前以外とするわけねえだろ」
「でも………」
「今、何でもするって言ったよな? だったら……」
足を腰にからませ、密着させる。
「こないだみたいに、やりながらおれのことイカせろよ」
「慶………」
泣き笑いの顔になった浩介が、そっとおれのものを掴む。少し固くなりかけていたものが、すぐにガチガチになったのが分かった。
「慶……気持ちいい?」
「………見りゃわかんだろ」
「うん……」
前をしごかれながら、後ろは突き上げられる。快楽と痛みで何がなんだかわかんなくなってくる。
そんな中で……
「……あ」
突き上げられた瞬間、自分でも思ってもいないような声が出て、慌てて口を閉じる。……なんだ?
「慶?」
「なんでもな……っ」
また出そうになり、飲み込む。何だ何だ……?
立膝をついている浩介の腿あたりに手を伸ばして掴む。浩介の足……
考えてみたら浩介もこうしてするのは3回目。動きに慣れてきた、というのもあるのかもしれない。さっきから腰使いが激しくて……
「……っ」
思わず、のけぞる。
なんだ、今の。心臓掴まれるみたいな、脳天直撃されるみたいな、快感の頂点に登りつめる、みたいな……
「慶、痛い……?」
「ちが……っ続けろ……っ」
「………うん」
容赦なく、浩介のものが体の中心を突いてくる。痛さと気持ち良さが入り混じって、何も考えられない。同時に前もすごい速さで扱かれて、もう……
「こ……すけっ……イクっ」
「ん……」
「あ……っ」
出た瞬間、思わず浩介の腿に爪をたてた。ドクンドクンッと体が波打つ。ぎゅうっと後ろが引き締まっていき、浩介のものを強く感じる。……と、
「ちょ、ちょっと慶、そんなに強く絞めたら……ああっ」
「え」
慌てて引き抜いた浩介。おれの下腹のあたりに生暖かいものがぶちまけられる。
「あ……ぶなー……」
浩介がホッとしたように大きく息を吐いた。
「もう少しで中に出しちゃうところだった……」
「………あ、わりい」
今、浩介に起こった現象に気がついて、即座に謝る。
「中途半端でイッたんじゃねえか?」
昔、夜中に部屋で自慰行為をしていたときに、階段をのぼってくる音がして手をとめたら、いきなり出てしまったことを思い出した。あれは中途半端で、気持ち良さも半減だった……。
その話をしたら、浩介がケラケラと笑いだした。
「おもしろーい。そんなことあるんだ」
「おもしろかねえよ。今、お前、そんな感じじゃなかったか?」
「全然大丈夫だよ。気持ちよかったー」
やたらと楽しそうな浩介。それならいいんだけど……。
「お風呂行こうか」
「ああ」
その前にお互いの体についたものをティッシュでふき取る。この作業もなんか面白い。
普段、自分ですると、いったあとは微妙に虚しさみたいなもの感じるんだけど、こうして浩介とした後の後処理は……
「なんか、幸せ」
「え?」
ふいに、浩介がおれの心の中を読んだかのような発言をした。
「終わったあと、こうやってお喋りとかしてる感じ」
「………だな」
浩介。愛おしくてたまらない。
「風呂、すぐ入りたいか?」
「ん? どうして?」
「ちょっと……」
浩介にすり寄って、後ろから腰のあたりに抱きつく。
「慶………」
「なんか今日、こういうスキンシップが少ない気がするから」
「慶」
浩介の唇が耳元から首筋へと落ちてくる。そのままベッドに押し倒される。
「あー………幸せ」
浩介の心地よい声が頭の上で響いている。
「慶がおれの腕の中にいる……」
「浩介………」
足を絡める。ぎゅーっと抱きしめられる。なんて幸福感……。
「浩介」
「ん?」
手を伸ばし、その薄い唇をなぞる。
「おれはいつでもお前のそばにいる」
「うん……」
「だから、あんま変なこと考えんな」
「…………」
返事の代わりに、おでこにキスをされ、ますます強く抱きしめられた。
浩介と共にいる幸せを、今、強く強く感じる。
-------------
高校在学時に2回挿入挑戦して失敗してる2人。その後、
卒業後約1か月後に1回目の挿入成功→「R18・受攻試行/慶視点」「受攻試行/浩介視点」
5回目くらいはちょっと前に書いた→「R18・試行錯誤」
で、前回が2回目→「R18・試行2回目」
で、今回が3回目でした。次4回目ですね。
でもその前に、今回なんで浩介が、慶が女の子にモテモテって思って不安定になっちゃったのかって話をR18じゃなく書こうかな~と思ったり。
→→書きました。「風のゆくえには~嫉妬の効力」
-------------
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*直接的性表現を含みます。
高校卒業して2か月後。
2回目の挿入挑戦!となるお話です。浩介視点で。
---
おれの恋人、渋谷慶は中性的で美しい容姿をしている。
先月、ラブホテルに行って、挿入行為までしてしまったというのに、いまだに触れるのも畏れ多い、と思ってしまう時がある。あまりにも綺麗すぎて、壊してしまいそうで……。でもその恐れと同じくらい、いや、もっと強く、触れたくてたまらない、とも思っている。
ラブホテルからの帰り道、慶は「また行こうな」って言ってくれたけど……本当に行きたいと思ってくれてるんだろうか? と躊躇してしまってそれから誘えていない。
あの時、結局、おればかりしてしまって……。でもやっぱり慶が痛そうで、長い時間はできなくて、結局最後はお風呂に一緒に入って、お互い手でしあいっこしていったんだけど……。
今、慶の部屋で2人きり。浪人生である慶の勉強につきあっている。
けれども、あの時のことを思い出してどうにもこうにも集中できない。その形の良い唇を指で辿りたい。うつむいて問題を解いているその瞼に口づけたい……
「………浩介」
「な、なに?!」
いきなり名前を呼ばれ、ビクッと飛び上がってしまった。慶がムッとした顔をしている。
「意味わかんねえ」
「どこ?」
慶の手元にあるのは英語の長文。慶は高校時代から英語、特に長文読解が苦手だ。
「こういうのねえ、先に問題を……、え」
ドキッとする。いきなり、問題集に伸ばそうとした手首を掴まれたのだ。
「ど、どうしたの?」
「だから、意味わかんねえ」
「……え?」
まっすぐにこちらを見上げてくる慶……。なんて綺麗な瞳。
慶は口をへの字に曲げ、怒り口調のまま言った。
「そんな目でジーって見てくるくせに、何もしてこないっつーのはどういうことだ? 意味わかんねえだろ」
「そんな目って……」
どんな目?
言うと、慶の手がおれの目を隠すように覆った。
「こんな目、だよ」
「だから、どんな………」
言いかけたところを、柔らかい唇にふさがれた。
うわ……と内心、気が遠くなりそうになる。覚えていた感触よりももっとずっと柔らかくて、気持ちがいい……。
「お前……やりたくねえの?」
「え」
頬を囲われ、おでこをコツンとつけられる。綺麗な瞳が目の前にある。
「こないだの、やっぱりあんま良くなかった、とか?」
「え!! そんなことあるわけないでしょ!!」
速攻で否定する。そんなことあるわけがない!
「じゃあなんで」
「なんでって………、って、ちょっと慶」
慶の細い指がズボンの上からまさぐってきた。ただでさえ固くなっていたものがますます……。
「なんだ。やる気はあるんじゃねえか」
「ちょ……ちょっと慶ってばっ」
そんなことされたら理性が吹っ飛んでしまう。
「待ってってば。なにを……っ」
「ホテルは金かかるから誘えねえからさ」
「え」
「だからうちに誘ったんだけど、お前やる気あるんだかないんだかイマイチわかんねえし」
「え」
「でもおちおちしてると誰か帰ってきちまうから、さっさとやろうかと」
「え、え、え」
カチャカチャとベルトを外してくる。
「ちょ、ちょっと待ってって。え、今、するの?」
「する」
慶は言いながら、足でテーブルを端に寄せ、あごでおれのカバンを差した。
「お前、あれ持ち歩いてるだろ? 出せ」
「あれって…」
「あれだよ。こないだも使った……」
潤滑ジェル。家に置いておいて、万が一母親に見つかったら面倒なことになるので、最近は常にカバンに入れっぱなしにしてある。
カバンから取り出し、振り返ると、慶がちょこんとベットに腰かけて、こちらを見上げていた。
その上目遣い、反則だ……。
「慶……」
我慢できなくて唇を重ねる。柔らかくて弾力のある唇。慶はそれに応じてくれながら、おれのズボンを引き下げてくる。おれも慌てて慶のズボンを脱がそうとしたけれど、上手くできない。慶が少し笑いながら一度立ち上がった。
「あわてるな。まだ時間はある」
「だって……」
慶は自分でズボンを脱ぐとまたベットに腰かけ、前に立ったおれのものにジェルを塗りたくってきた。これから起こるであろう快楽を思いゾクゾクしてくる。その抑えきれない思いのまま、白い首筋に唇を這わせると、慶が小さく声を漏らした。その色っぽさに、俄然そそり立ってしまったおれ……。
「慶……」
「………ん」
慶の白い足がおれの腰を抱え込んでくる。
「……いいの?」
「さっさとしろよ」
「でも……痛いでしょ?」
言うと、慶の手がおれのものを掴み、蕾の入り口へと導いた。
「白けさせるようなこと言うな。さっさとやれよ」
「…………」
強気なことを言いつつも、慶の顔は少しこわばっている。そりゃそうだよな……。
でも、でも………
先月感じたあの快楽、一体感をもう一度味わいたいという誘惑にはどうやってもかなわない。
慶、痛い思いさせてごめん。
心の中で詫びながら、ゆっくりゆっくりゆっくり時間をかけて押し込んでいく。締め付けられる。包まれていく……。
「慶………」
「ん……」
息がとまるほどの快感。気持ち良すぎる……。
密着させるように、慶の足がしっかりとおれの腰にしがみついてくる。
なんて一体感……
しばらくその快感に酔いしれてジッとしていたのだけれども、慶の手がぎゅっとおれの背中を掴んでくれたので、遠慮がちに、少しずつ腰を振り始めた。慶の手がますます強く背中にしがみついてくる。
(……あれ?)
自分の息づかいだけが聞こえる中で、ピストン運動を繰り返していて………気が付いた。慶のものが、時々腹で擦れるせいか大きくなってきている……。
(もしかして……)
そっと、慶のものを掴むと、
「………っ」
声にならない声をあげ、おれの背中から手を離した慶。前回は痛さのためか、おれが入れている間は全然固くなったりしなかったのに。少しは慣れてきた……?
「触るな……っ」
「触らせて」
腰の動きに合わせて、手も動かしてみる。先の敏感な場所に触れる度に、素直にビクッとなる慶。そしてその度に、うしろもぎゅっと締まる。たまらない……。
「浩介……っ」
「…………」
涙目の慶。シーツをギュッとつかみ、眉を寄せている。
その表情……痛さをこらえてるのか? それとも………
「慶……痛い?」
「う………うるせえっ」
「だって」
「い……痛い、けど、それだけじゃ、なくてっ」
「え」
「だから、それ続けろ……っ気持ちいいから……っ」
慶のものがおれの手の中でますます熱を帯びてくる。前の気持ち良さで後ろの痛さを忘れられてるってこと?
痛さと快楽は似ているのかもしれない。少し口をあけ、時折目をつむりながらこらえている慶の色っぽさが半端ない破壊力。
手加減なんてできない。本能のまま腰をつきあげる。その倍の速さで慶のものを扱き続ける。
「こ……、もう……」
「うん」
慶の息遣いが早くなってきた。おれもそろそろ限界だ。
でも……どうすればいいんだ? 中に出すと大変なことになる、ということは本で読んで知っている。寸前で引き抜く? 引き抜いたあとは? 自分ですればいいのか? そもそも、出たものはどうすればいいんだ? どこに飛んでいくかも分からない。自分でするときは右手で扱きながら左手はティッシュもってスタンバイしてるわけだけど、今右手で慶のものしごいてるから、左手でティッシュ? そしたら自分は?
頭の中にグルグルと色々ことがうかんでくる。でも、腰も手も止まらない。
(もう、なるようになれ、だ)
考えるのをやめて、行為のみに没頭する。慶のつらそうな表情。ああ……たまらない。手から伝わってくる慶の熱く固いものが愛おしい……。
「あ……いくっ」
小さくつぶやいた慶。その途端、おれを咥えている後ろがぎゅーっと絞められていく。
(うわ………っ)
血管が切れるかと思うくらい、頭に血がのぼっていく。
(やばいっ)
本当にイク寸前で引き抜く。右手の中の慶のものとぶつかる。
「あ……っ」
ドクンッと慶が波打った。熱い液体があふれでる。次の瞬間、慶が少し体を起こし、おれのものを奪うようにつかんだ。
「………っ」
慶の繊細な細い指……掴まれただけで頂点に達した。慶の腹に乳白色のものがぶちまけられる。あまりもの快楽に頭の中が真っ白になる……。
数秒の静寂のあと、
「あー……」
慶が「あ」に濁点がついたような「あ」で長く伸ばすと、バタンとベッドに倒れた。
「自分でする何万倍も気持ちいー………」
「慶………」
うわ……かわいい……。へらっと笑った慶の顔……。
「お前は?」
「うん……」
その額にそっと口づける。
「気持ち良すぎて頭おかしくなりそう」
「そっか」
嬉しそうに慶は肯くと、
「お前が持ってきてくれたアイス食おうぜー」
「あ、うん」
でもその前に、慶のお腹拭いてあげたい。それにこの手のベタベタをどうすれば……。それに……
「慶の、どっかに飛んだよねえ」
「あーだよなー、どこだー? 方向的にはここからこうだから……」
2人して残骸を探して拭いて回る。なんだか間抜けた光景でおかしくなってくる。
なんとか処理して、下にアイスを食べに降りてから、再び慶の部屋に戻ったおれ達。
「あの……」
アイスを食べながらも、ずっと気になっていたことを思い切って言う。
「慶は……いいの?」
「何が?」
首を傾げる慶。ああ、その白いうなじにもう一度口づけたいけど、我慢我慢……。
「ほら、おれだけしちゃったじゃん、結局。慶はしなくて……いいの?」
「あー……」
慶は頭をこきっこきっと左右に揺らすと、
「もういったし満足」
「でも」
「だいたいお前、できねえだろ」
眉を寄せた慶に、手を挙げてみせる。
「一応……柔軟、してるよ」
「マジで?」
慶の目が大きく開かれる。
前回……おれの体があまりにも固くておれが受での正常位ができなかったのだ。それならば、とバックに挑戦したのだけれど、慶が犬の交尾を連想して萎えてしまって……。
だから、毎日柔軟しとけ、と言われた言葉通り、一応毎日柔軟してきたんだけど……。
「よし。じゃ、どのくらい柔らかくなったか見せてみろ」
「う、うん……」
床で足を開いて座り、前屈をする。以前は全然前にいかなかったけれども、少しは……
と、思ったところで、いきなり背中をぐりぐりと押された。
「いたたたたたたっ。痛いってばっ」
「全然いかねえじゃねえかよ」
「前よりいってるってばっ。ちょっと、ホントに痛いってっ」
「こんなんで何いってんだよ。だいたい足開いてなさすぎ」
「………ったーーーー!!」
後ろから足で太腿のあたりを外側に向かっておされ、悲鳴をあげる。
「ホントに痛いっ死ぬっ」
「こんぐらいで死ぬか」
「もう無理っ。痛いって、ホントに痛いってっ」
バンバン床を叩いても、慶の足は容赦なく、おれの太腿をぐりぐり押してくる。その上で、背中に乗られ、本気で悲鳴をあげる。
「痛いってば!ホントに死んじゃうって!」
「死なねえよ。……あ、南」
ふいに慶が言った。なんとかドアのほうを見ると、慶の妹の南ちゃんがあきれたような表情をしてこちらを見ている。
「おかえり。冷凍庫に浩介が持ってきてくれたアイスがあるぞ」
「………何してるの?」
眉を寄せた南ちゃん。
「見りゃわかるだろ。柔軟だよ柔軟」
「南ちゃん、助けてっ。お兄さん、鬼だよ鬼っ」
「誰が鬼だっ」
「痛い痛い痛いっ」
ぎゃあぎゃあと二人で騒いでいたら、南ちゃんが、ふーっと大きく息を吐いた。
「せっかくの二人きりの時間だから、甘~いことして過ごしてるかと思ってコッソリのぞいてみたのに……小学生並だね二人とも……」
「うるせえ。つか、それ以前にのぞくなっ」
「そんなことより助けてっ」
「はあ……」
南ちゃん、再びため息をつくと、
「お兄ちゃん達に期待した私が馬鹿だった……」
「何を期待してるんだっ」
「まあ、色々……でも無理そうだね……。アイスいただきまーす」
パタン、とドアがしめられ、トントントン……と下に降りていく階段の音が聞こえてきた。
「………」
「………」
顔を見合わすおれ達……。
「あぶねー……あと20分、南が帰ってくるのが早かったら……」
「…………」
おそろしい………
「ねえ、慶……」
慶の足が離れた隙に、さっと正座する。これで股開きはしなくてすむ。
「やっぱり今度からはラブホテルにいかない?」
「でもなあ」
「お金はおれのバイト代から出すからさ」
「んー………」
慶は腕組みをしてうなっていたが、やがてこくんとうなずいた。
「んじゃ、来年までは頼む」
「うん」
「でもさ……」
言いにくそうに、耳の後ろをかいた慶。
「最低でも月一は行きてえんだけど」
「………」
うわ……嬉しい。
感動のあまり、黙ってしまったところ、慶が心配そうにこちらを見上げてきた。
「ダメ……か?」
「ダメなわけないじゃん!」
ぎゅーぎゅーぎゅーと抱きしめる。
「月一といわず、毎週でも毎日でも行きたいよ!」
「そっか」
愛おしい慶がおれの腕の中で安心したように息を吐く。
「まあでも、おれも受験生だからな。そうそう遊んでばかりはいられないから……」
「うん。じゃ、勉強再開しよう!」
テーブルを中央に戻して、トントンと叩く。
「はい。さっきの長文。こういうのは先に問題文を読んでから解いた方が楽なんだよ」
「……くそー。立場逆転だな……」
渋々と問題集に向かう慶。さっき柔軟でしごかれた分、ビシビシやり返してやる……ってね。
(綺麗だなあ……)
真剣な様子の慶をうっとりと見つめてしまう。本当に綺麗な顔。さっきの苦悶の表情はおれだけにみせてくれるおれだけのもの……。
「せんせー、問2の問題の意味がわかりませーん」
「んーと、これは………」
強く強く思う。慶はおれのもの。慶はおれだけのもの。
次にする時には、もっとそのことを感じられるようになりたい。
そんな邪な思いで見つめられているなんて、慶は気がついていないんだろうな。
「あ、なるほど。わかったわかった。サンキュー」
「!」
すばやく頬にキスされ、息が止まりそうになる。
幸せすぎる。慶がいるだけで。
慶がいてくれれば、他には何もいらない。
-------------
高校在学時に2回挿入挑戦して失敗してる2人。
卒業後1か月ほどたってから、1回目の挿入に成功しました→「R18・受攻試行/慶視点」「受攻試行/浩介視点」
5回目というのを→「R18・試行錯誤」で書いていたため、
間の2回目3回目4回目、を書いてみたくなり、今回2回目を書いたわけでした。
慶君、まだ、慣れてきただけであって開発はされてません。
次あたりかな~その次あたりかな~……そんな話をまた次回。
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「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら
慶の誕生日は4月28日。翌29日はみどりの日、じゃない昭和の日(おれ達が日本を離れている間に変わったらしい)で休みだし、ちょうど当日も火曜日で慶は休みだし、外で食事でも……と思ったんだけど。
「キャバクラにでも行くか」
と、慶が、おれが以前樹理亜の母親からもらったキャバクラの名刺をポイッとテーブルに置いた。
「目黒樹理亜と連絡がとれなくなって丸二日だ。せっかくあの子は変わろうとしていたのに、これじゃ元の木阿弥ってやつだ」
「…………」
土曜日の夜。樹理亜の母親が陶子さんの店にやってきた。
慶は、おれとの関係を知られたらマズイだろう、というあかねの咄嗟の判断により、すぐに従業員用の部屋に押し込められたので、樹理亜の母には会っていない。
樹理亜の帰宅を促してきた樹理亜の母と、おれとあかねと樹理亜の4人で話をしていたところ、はじめは「ここでのお仕事楽しいからやめたくないなー」と、帰ることを拒否しようとした樹理亜だったが、
「樹理亜っ」
鋭く名前を呼ばれると、ビクッとして、「やっぱり帰る」と言い出した。
おれもあかねも止めようとしたが、樹理亜の意志は固く……
「お店、遊びにきてね?」
と、乾いた笑顔を浮かべた樹理亜。今思い出しても切なくなってくる。
それから樹理亜の携帯が繋がらなくなってしまった。
樹理亜の担任だった圭子先生に、樹理亜の母親と連絡を取ってもらったけれど、一方的にキレられ、話にならなかったそうだ。学校側からも、卒業した生徒に過度に関わるな、と注意を受けてしまい、おれも圭子先生もこれ以上動けなくなってしまった。
どんよりとした気持ちを切り替えたつもりでの、「明日の誕生日の夜、どこに行きたい?」だったのだけれど、慶にはお見通しだったということだ。
**
名刺の毒々しいピンク同様に、店内も吐き気がするほどのピンクであふれていた。これが良いと思っている人の気がしれない。
「いらっしゃいま………」
入口にいた女の子が、慶とあかねを見てポカンと口を開いた。そりゃそうだ。この2人、揃うと相乗効果で美形オーラがとんでもないことになる。特に今日のあかねは気合いの入り方が違う。そして慶も、あかねの指示により、さっくりとした白いシャツを鍛えている胸元が見えそうなくらい開けていたりして、色気がハンパない。道を歩いていても、モーゼの十戒よろしく人波が割れたくらいだ。
「樹理ちゃん指名したいんだけど?」
「は……はいっ」
転がるように入って行く女の子の後ろから、勝手に店内にズカズカ入り込むあかね。
店の中には、着飾った女の子が3人、やる気のなさそうな男の子が1人、それから……ピンクのママ。客は今、3人……。開店時間直後だから少ないのかいつもこんな感じなのかは分からないけれど、閑散とした雰囲気の小さな店だ。
「……姫?!」
ビックリして立ち上がったピンクの頭の子。樹理亜……ピンクの頭に戻ってる……。
「え、それに、慶先生?! 浩介先生も!」
「樹理」
あかねが樹理亜に駆け寄り、思いっきりハグをする。
「会いたかった!」
「姫……会いたかったって、3日前に会ったばっかりだよー」
樹理亜がくすぐったそうに言うと、あかねは「でも、ずいぶん長い間会ってなかった気分よ?」と言いながら引き続きハグを続けている。
「ちょっと、なんなの?」
樹理亜の母親が尖った声であかねを咎める。
「あんたこないだの店にいた子よね? 営業妨害……」
「え、女性のお客お断りなの? この店?」
きょとんとあかねが言うと、樹理亜がブンブンと首をふった。
「だよね? 私、お客さんでーす。樹理ちゃんご指名ー」
「ちょっと! 樹理亜には先客が」
「先客さんどこー?」
え、と顔をあげた近くのテーブルの中年二人。
「ここのテーブル? ねえ、オジサマ方、私ご一緒してもよろしいかしら?」
「ちょっと、あんた……」
「も、もちろん」
あかねの素晴らしく綺麗な足に釘づけのオジサマ二人。
「じゃ、失礼しまーす」
「ちょっと、エミリ……、エミリ?!」
樹理亜の母親が呼んでいるであろう、キャバ嬢のエミリは、早々に慶のところにすり寄っていた。もう一人の女の子も慶のテーブルにつこうとしている。
「まったく……」
ため息をついた樹理亜の母。
「あの……」
「ああ、浩介先生、来てくれたのはいいけど、ずいぶん派手なお友達を連れてきてくれたものねえ」
「すみません……」
頭を下げると、樹理亜の母は肩をすくめ、
「まあ……いいわ。浩介先生はどうする? あっちのテーブル? それとも……」
「ちょっとお話できたら、と思ってるんですけど」
「え?」
「あの……」
跳ね上がる心臓をどうにか抑え、普通の顔で言う。
「裏メニューがある、という話をきいたもので」
「……………」
ジッとこちらを見つめ返してくる樹理亜の母。
「ふーん……」
「……………」
「いいわ。こっちにきて」
カウンターの隅の席を案内された。その二つ離れたところに、小太りで冴えない感じのスーツの男が座っている。50代後半といったところか。おそらくこいつが慶の病院に一緒にきたという弁護士……。
ちらりとあかねに目をやると、あかねが自然な感じにすーっとやってきた。
「あら、このバッチ、もしかして弁護士さん?!」
「………ああ、まあ……」
あかねに間近に顔を覗き込まれ、気の毒なくらい赤くなった弁護士さん。あかねはこれでもかというくらい魅力的な笑みを浮かべると、
「まあ! 素敵! よろしければご一緒にいかがです? 弁護士さんとお話しできる機会なんてめったにないから是非ご一緒したいわ」
「え」
「グラスお持ちしますね。樹理ー、弁護士さんご一緒してくださるってー」
「ちょ、ちょっと……」
弁護士さんがあわててあかねについていく。
樹理亜の母は呆気にとられたような顔で2人を見送ったが、気を取り直したようにこちらを見た。
「先生、何飲みます?」
「じゃあ……とりあえず、ビール」
「とりあえず、ビール」
クスリ、と樹理亜の母が笑った。
「こういう店来なれてないでしょ? そのセリフ、普通の飲み屋のマニュアルよ?」
「…………」
そして、ビールをついでくれながら、妖しい笑みを浮かべる。
「でも、そういう人ほど裏メニュー利用したがるのよね。風俗には行きたくないけど、みたいなね」
「……………」
「誰から聞いたの? 樹理亜から?」
「ええ………まあ」
あいまいな感じに肯くと、樹理亜の母は左手をパー、右手を3にして差し出した。
「今、先生のお友達の右側に座ってるエミリは一晩8。あの子は色々できるわよ。例えば……」
「…………」
「先生って一見Mに見えて、実はSでしょ?」
「…………さあ」
ふっと笑ってしまう。鋭いな……。
「そういうのも対応できるし。ご期待に添えると思うわ」
「…………」
少し肩をすくめて見せると、樹理亜の母は「じゃあ」と言って、左手のパーだけ残した。
「樹理亜は5。何もできないけどね。ただされるがまま。まあ、そういうの好きな人も結構いるのよね。セーラー服とか着せてね」
「それで5?」
聞きかえすと、樹理亜の母はちょっと笑った。
「でも樹理亜は本番OKよ」
「え」
「ピル飲ませてるから、生でも大丈夫。ほら、そう考えると安くない?」
「……………」
「でも、気持ち良くしてあげてね。あの子するの大好きだから」
「……………」
本当に………そうなんだ………。
ニヤニヤと笑っている樹理亜の母親……。
ピンクのお化けだな。………気持ち悪い。
直視できず、ビールのつがれたグラスを見つめていたら、本当に胃液があがってきた。
「まあ先生、ゆっくり考えてみて。あと、手前側に座ってるミーナはね……」
樹理亜の母の卑猥な話が続いていく。普通の顔をしつつも内心は怒りと吐き気で頭が割れそうだ……。
「…………浩介」
もう限界、と思ったところに……涼やかな風のような声。背中に触れられた優しい手によって毒が浄化されていく……。
「………ばっちり」
「こっちもOK」
慶も苦々しい顔をしている。
「何の話?」
眉を寄せた樹理亜の母を置いて、樹理亜の元に向かう。あかねがニッコリと手を振ってくる。
「もういいの?」
「はい。もう充分です」
慶が肯くと、あかねが樹理亜に向き直った。
「じゃ、樹理。行こっか」
「…………………え?」
キョトンとした樹理亜にあかねが言葉を継ぐ。
「樹理は本当にずっとここにいたいの? ここが樹理の居場所?」
「え……」
「樹理は本当に髪の毛をピンクにしたいの? ピンクの服を着たいの?」
「…………」
うつむき、ピンクのスカートの裾を掴む樹理亜……。
「樹理は本当にここで好きでもない人とエッチしてたいの? 本当の愛を知りたくないの?」
「何を言って………っ」
慌てたように、弁護士先生があかねの言葉を遮ろうとした。やはり、こいつも知ってたのか。
「ちょっとあんたたち、一体何なのよ……っ」
樹理亜の母がヒステリックに叫びながら、カウンターから出てきた。
常連客であろう中年二人も、キャバ嬢二人も、若いボーイも、息をひそめて事の成り行きを見守っている。
「樹理亜は私の娘よ。母親のいる場所が居場所に決まってるじゃないの」
「売春を強要するような人を母親とは呼べません」
ピシャリと慶がたたきつけるように言う。
「何をいって……」
「先ほどのお話、録音させていただきました」
今度はおれがポケットの中からボイスレコーダーを取り出し掲げてみせると、樹理亜の母の顔がザッと青ざめ、弁護士先生も「しまった」という顔をした。やはり弁護士を引き離して正解だったようだ。おそらく彼が横にいたら、新規の客であるおれにあそこまで具体的な話はさせなかっただろう。
「はっきりと、樹理亜さんに売春行為をさせていることをおっしゃっていましたよね」
「こちらも」
慶も携帯電話を掲げた。
「そちらのお嬢さん2人のお話、録音してあります」
「やば……」
ピンクのママに睨まれ、エミリとミーナが手を握り合いながらソファに身を埋める。
「このまま警察に行くことも可能ですが………」
「警察?!」
樹理亜の母と弁護士先生は同時に叫んだが、弁護士先生はさすが弁護士をしているだけあって、すぐに切り返してきた。
「あなた方の目的はなんですか? 警察に届けることが目的ではないでしょう?」
「ええ」
あかねが樹理亜の手を取り、にっこりという。
「私たちの目的は、樹理が自由になること、です」
「自由………」
樹理亜がポツンと言う。
「自由って……何?」
「誰にも行動を制限されたりしないで、自分の好きなように生きることよ?」
「好きなように……」
考え込んだ樹理亜に、母親が慌てたようにつめよる。
「樹理亜、あなたはここにいればいいの。ママのこと大好きでしょう? 今までママがどれだけ樹理亜のために頑張ってきたか分かってるわよね?」
「ママちゃん……」
樹理亜が眉を寄せて母親をふり仰ぐ。
「あたしは………」
「陶子さんはね」
あかねが優しく響く声で樹理亜に言う。
「陶子さんは、樹理の好きにしなさいなって言ってたわよ」
「………うん」
「でも」
にっこりとするあかね。
「でも、ミミが寂しがってるわよ、ですって」
「ミミ……」
ミミって何だ? と首を傾げたところ、慶が小さな声で「陶子さんちの猫の名前」と教えてくれた。
樹理亜が心配そうにあかねを見上げる。
「ミミ、ちゃんとご飯食べてる?」
「さあ? 心配だったら自分で確かめたら?」
「…………」
樹理亜はあかねの手を握り返してから離すと、母親を正面から見返した。
「ママちゃん、あたし、ミミが心配だから帰るね」
「帰るって……あなたの家はここでしょう?」
呆気にとられたように樹理亜の母が言う。
「何を言ってるの?樹理亜……」
「ママちゃん、ごめんね」
樹理亜はピンクのスカートの両端を掴んで上げると、
「あたし、もう、ピンクの服は卒業したいの」
「え……」
「ピンクの髪の毛も、もう止めたい」
樹理亜の瞳が射抜くように母親を見上げている。口調もいつもの間延びした感じから、意志のこもった話し方に変わっている。
「それに、もう、愛のないエッチもしたくない」
「じゅ……」
「昨日、どっかの社長さんとしてて思ったよ。上辺だけ気持ち良くても心が気持ち良くないって。あたし、ちゃんと幸せなエッチがしたいって。だからママちゃんのお願いはもう聞きたくない。だから」
「樹理亜っ」
「!」
樹理亜の母の振り上げた手を咄嗟に後ろから掴む。
「ちょっと、離してっ」
おれが手を離すのと同時に、慶が母親の前に立ちはだかった。
あかねが樹理亜を引き寄せる。
「樹理、荷物取りに行こうか?」
「………うん」
「浩介、お会計よろしく~」
そしてそのまま樹理亜の肩を抱いて、ドアから出て行く。
「樹理亜っ。待ちなさいっ」
追いかけようとした樹理亜の母を、慶が手を広げて遮った。
「一か月前に出て行けと言ったのはあなたの方でしょう? それを急に呼び戻したのはなぜですか?」
無表情で淡々と言う慶。
「それは」
「売春の依頼が入ったから、ですよね?」
「……………」
樹理亜の母がソファのキャバ嬢二人をにらみつけた。これで肯定したのも同然だ。
「親だからといって子供に何してもいいわけないでしょう」
怒鳴りたい気持ちをなんとか抑え、樹理亜の母に冷静に告げる。
「これ以上、樹理亜さんを苦しめないでください」
「苦しめるなんて、そんな」
「あなたの存在そのものが彼女を苦しめている」
ボイスレコーダーをつきつけ、言いきる。
「今後一切、樹理亜さんに近づかないでください。もし近づいたら、警察に通報します」
「な………っ」
樹理亜の母は弁護士先生を振り返ったが、彼は苦虫を噛み潰したような顔をして首を横にふっただけだった。樹理亜の母は崩れるようにソファに座り込んだ。
「私は樹理亜の母親よ……会えないなんておかしいじゃない。樹理亜だって私に会いたくなるはずよ……」
「会いたくなったら、樹理亜さんの方から会いにくるでしょう。それまではどうぞ遠くから娘さんの幸せを祈っていてください」
慶は冷たく言うと、若いボーイに視線を移した。
「すみません。お会計を」
「は……はい」
慌ててレジに向かうボーイの後をついていく。
「…………樹理亜」
ポツリと言う樹理亜の母の声を背に、おれも慶の後に続く。
これでいい。これでいいんだ。
これで、樹理亜はピンクの毒から解放される。
「…………」
振り返った視線の端に写る樹理亜の母の姿と、自分の母親の姿が重なり合う。
お母さん。子供も一つの人格を持っているんだよ。
子供は親の所有物じゃないんだよ……。
***
あかねが樹理亜を陶子さんのところまで送って行ってくれるという。
「だって今日、慶君誕生日でしょ? 二人でお祝いしなよ」
こそこそっと言うあかね。あいかわらず気が利く。
「どこに行きたい?」
あかねと樹理亜を見送った後、慶を振り返ると、慶は「んー」と首を傾げた。わざと開けていた胸元はもうキッチリ閉められている。残念なような、他の奴には見せたくないから安心したような……
「どこでもいい。つか、夕飯買って家で食べてもいいくらいだ。なんか疲れた」
「……そうだね」
肩を抱き寄せたいところをぐっとこらえて、「それじゃ」と提案する。
「慶の実家に行こうか。ケーキ買って」
「は?」
眉を寄せた慶。その額に口づけたいのもぐぐっとこらえる。
「慶の誕生日だもん。慶のご両親もお祝いしたいでしょ」
「いや……この歳で誕生日っていってもなあ」
「電話してみるね」
電話をしようと携帯を取り出したところで、
「ちょっと待て」
手首をつかまれた。今さらながらドキッとしてしまう。
「………何?」
「実家は行くなら明日でもいいだろ」
「でも、今日が誕生日当日だし」
「だからこそ」
手首をつかんだまま、慶がこちらを見上げる。黒曜石みたいな瞳。
「今日はお前と二人でいたい」
「え」
慶………。
感動して抱き寄せたくなったのに、
「だいたい、ここから実家まで1時間以上かかるじゃねえかよ。行くのも帰ってくるのも面倒くせえよ」
さも面倒くさそうに言う慶……。
「………そっちが本音だね」
思わずつぶやくと、慶が小さく舌をだした。
「ばれたか」
「……………」
あ、その舌、舐めたい。
ほとんど無意識に、慶に顔を寄せようとしたところ、ゴンっと拳骨で額を押し戻された。
「お前、こんな人通りの多いところで何しようとしてんだよ」
「舌、舐めようかと」
「あほかっ」
ぐりぐりぐりと額を押される。
「そういうことは帰ってからにしろ」
「え、帰ったらしていいの?」
「……………」
カーッと赤くなっていく慶……。
もう……なんでこんな初々しいの? おれたち付き合って何年目?って感じだけど……
「じゃ、夜ご飯、買って帰る?」
「ああ。駅前のスーパーの弁当にするか」
「え、誕生日なのに?」
「いいんだよ。さっさと帰りてえし」
「……うん」
樹理亜も帰れただろうか、自分の居場所に。
「じゃ、ケーキはちゃんとケーキ屋さんで買おうね?」
「あー、じゃあ、渋谷で乗換するときに買うか」
「うん」
並んで歩きだす。
おれの居場所は、慶の隣。ただ、それだけ。
----------------------
長くなりました。でも、とりあえず、樹理亜を母親から離すことができました。
けど、樹理亜は別に母親のこと嫌いじゃないあたりが逆に悲しい感じで……。
さて。次は浩介の番。慶のおかげで精神的には落ちついてきたからそろそろ頑張れるかなあ。
でもせっかく落ちついてきたのに、また壊れちゃいそうでこわいんだけど……。
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「キャバクラにでも行くか」
と、いうのが「誕生日の夜、どこに行きたい?」という質問に対する慶の答えだった……。
**
キャバクラに行くのはおれは初めてなんだけど、慶は「何回かある」という。
「前の病院の時にな。接待で連れていかれたりしたんだよ」
今はねえぞ、という慶……。
つっこんで話を聞いてみたところ、行っていたのは、おれが慶を置いて日本を離れた3年の間のことらしい。そうなると、何も言えない……。
それだけでも充分打ちのめされた気分だったんだけど……
「あの……もしかして、風俗、も……?」
「……………」
慶、天を仰いだ。
うわ……あるんだ……。
いや、実は先日、慶と目黒樹理亜の電話での会話を聞いていて、ちょっと引っかかっていたことがあった。
おそらく樹理亜から性的関係を迫られたらしい慶が、
『オレ、ゲイだから、誰であれ女性は無理なんだよ』
と、答えていたのだ。まるで試したことがあるような言い方だな、と思って……思って……思って……
「あの………慶って、女性経験……」
「ねえよ」
即答。むっとしている慶……。いや、でも、風俗……
「無理やり連れて行かれたけど、何もしなかった」
「…………」
何もしなかった? そんなことが可能なのか?
「何もしないで………何してたの?」
「30分、喋ってた」
「喋ってた?」
「栄養学の話をな。その女がダイエットをしていると言ったからアドバイスを」
「……………」
えーと………
「実際、裸同然の女と狭い個室で2人きりにされたら、さすがにどうかなるのかな、と思ったけど……」
「………………」
「何もならなかったから、やっぱり、おれ、ゲイにカテゴライズされるんだなってその時思った」
淡々という慶。
「考えてみたら、中学の時、部室でみんながエロ本見て喜んでたときも、ふーんくらいしか思わなかったし……。まあ、かといって、野郎の裸みてもどうも思わなかったから、単に淡泊だったのか、性の目覚めが遅かったのかもしんねえけどな」
「……………」
それはおれも同じかも……。いや、おれの場合は、中学時代なんて恋愛どころか友人関係すら結べなくて家に引きこもっていたからな……。
「でも、高校入ったら彼女くらい欲しいとは思ってたけどな。人並みに。彼女とかいたら楽しそうだし」
「それなのに………」
「彼女じゃなくて、彼氏ができた、と」
顔を見合わせ笑ってしまう。
思い出す高校時代。楽しかったなあ……。
「なあにー? 二人してずいぶん楽しそうじゃなーい?」
「…………あかね、それ……」
待ち合わせしていたあかねが現れた……のは、いいけれど。
「どんだけ気合い入ってんの……」
いつもはバサッとおろしているだけの肩につくくらいの長さの髪が、芸術的な形に結われている。長い足をさらに強調するような短いスカート。高いヒール。元NO1キャバ嬢で今は高級キャバクラのママをしてます、みたいな完璧な化粧……。そこらじゅうの人がチラチラチラチラ視線を送っている。いつもとはまるで別人だ。
あかねは艶やかにニッコリと笑うと、
「あら、だって、樹理を取り返すための戦いよ、これは。作戦は確実に成功させないと、ね」
「…………うん」
拳を握りしめて肯く。
そう。おれたちはこれから、目黒樹理亜を取り戻しに行く。あのピンクおばけの母親から。
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長くなりそうなので、短いですがここで切ることにしました。
慶が風俗にいったことがある、という話はいつか書きたいと思っていたので、ここで書けて良かったです。
風俗にいって何もしない、ということが可能なのか?
↓
可能、らしいです。
私の知り合いは、会社の付き合いで風俗に連れて行かれることがあるそうですが、毎回何もしないでお喋りしてるそうです。
(隣のブースに入った別の知り合いが「こいつずっと喋ってて何もしねーの」と証言してました)
あまりにもお喋りが盛り上がりすぎて、店の人に「やらないなら帰ってくれ」と言われたこともあるらしい^^;
そんな感じで慶さんも、何もやらなかった(やれなかった?)そうです。
浩介は行ったことすらないです。女性に対して畏怖感みたいなものもあるし、潔癖症だからまあ無理ですね。
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でも、いやいや、私が書きたいのは、こういう話なんだからいいんだよ!と思い直したりして……
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