【浩介視点】
慶にご飯を食べながら仕事をすることを勧めたのは2週間ほど前のことだ。すごい早食いで食事を終わらせて、あわてて持ち帰った仕事をはじめる、ということが何度かあったため、それを止めさせたかったからだ。
健康面を心配して、ということももちろんあるけれど、正直、せっかく作ったものを、ろくに噛まないで、味わいもしないで食べられてしまうことが虚しい、ということも大きい。
けれども……
(何食べてるか分かってるのかな……)
iPadを使って英語で書かれた何かの資料を読みながら、味噌汁を啜っている慶……。今日の味噌の配合は我ながら完璧だと思うんだけど……味してる?
(以前は……)
以前は、食事中に今日あった出来事を報告しあっていた。でも今は「黙食」が絶対なので、なんの話もできない。それもあっての「仕事しながら食事してもいいんじゃない?」っていうのもあるんだけど…
(あーあ。今日がバレンタインだってことも忘れてるんだろうな)
数日前に一緒にネットで注文したチョコレートケーキはすでに届いていて、「当日食べようね」って約束をして、しまってある。今日はそれを食後に食べたかったけど…………
いつもは患者さんからたくさんのチョコをもらっていた慶。でも、昨年から感染症予防対策のためにプレゼントの受け渡しは一切禁止になってしまったそうだ。だから余計に、バレンタインのことも思い出せていないだろう。
今日も帰るなり、慌ててお風呂に入って(感染症対策で帰宅後すぐにお風呂に入ることにしている)、出てきたと思ったら、
「悪い、急ぎで確認してメールしないといけないことがあって……」
と、食事のテーブルの上で、iPadを起動させたのだ。
(あーどうしようかなあ……)
チョコレートケーキを食べるなら、食後はお茶じゃなくて、コーヒーだけど……忙しそうだなあ……
なんて、慶の横顔を眺めながら考えていたら……
「浩介」
「…………っ」
ふいっと慶がこちらを振り返った。まっすぐこちらを見てくる湖みたいな瞳に、今さらながらドキッとする。この人、本当にいつまでたっても綺麗だよな……なんて見惚れてしまっていたら、
「これ、おかわりあるか?」
「え」
さっとマスクをしてから、慶が指さしたのは、味噌汁のお椀。
「なんか、超美味いんだけど。いや、もちろんいつも美味いけど、今日は更に」
「あ……うん」
おれもマスクをして立ち上がる。
「ちょっと味噌の配合を今までと変えてみたんだ」
「へー。配合ってなんかの実験みたいだな」
「あはは。そうだね。おかわり、あるよ」
お椀を受け取ろうとしたら、「自分で行く」と立ち上がった慶。何となく一緒に台所に向かう。と、
「あ、肉もまだあるのか……」
慶がフライパンに残っているお肉を見てボソリといった。「温めようか?」と提案すると、慶は軽く首を振った。
「食べたいのはやまやまだけど、今日はチョコもあるしな」
「……………え!」
チョコレート!?
思わず叫んでしまったら、途端に慶が眉を寄せた。
「何だよお前、忘れてたのか? 今日バレンタインだぞ?」
…………。
…………。
どの口がいうんだ。帰ってきてからずっと仕事しててバレンタインのバの字も出さなかったくせに。
という、内心は喉のところで止めてお腹に戻して。
「もちろん覚えてたよ!だから食後はお茶じゃなくてコーヒーにしようね」
「おーそうだな」
その前に味噌汁飲むけどな、と味噌汁の鍋に火をつけた慶。
(………………)
ちゃんと、味噌が変わったこと、気がついてくれた。
仕事しながらでも、ちゃんと、おれの料理、味わってくれてた。
「…………慶」
心がいっぱいになって、我慢できなくて、後ろから抱きしめる。
「お仕事、終わりそう?」
「おお。あとメールするだけ」
「じゃ、終わってからチョコ食べよう?」
「おお」
肯いた慶のうなじに顔を埋める。
「それで、食べ終わったら慶のことも食べていい?」
「おお。……って、なんだそりゃ」
苦笑した慶。
「なんか久しぶりに聞いた気がするな、そういうの」
「そう?」
そうかな……でも確かにそうかもしれない。なんか最近、そういう軽口をたたく雰囲気じゃなくて……
「んじゃ、急いで終わらせるから」
「うん!」
部屋に行く慶の後ろ姿を見送ってから、コーヒーのセットをはじめる。
漂ってくるコーヒーの香り。光沢のある美しいチョコレートケーキ。
(ああ、良いバレンタインだな)
今年も一緒に過ごせる幸せをかみしめながら、バレンタインの夜は過ぎていく。
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お読みくださりありがとうございました!
令和4年も気が付いたら1ヶ月半たっているではないですか!
皆様いかがお過ごしでしょうか。
色々書きたい話はあるのですが、とりあえずせっかくバレンタインなんだからバレンタインの話をしよう!ということで、昨晩のお話でした。
なんだか落ち着かない世の中ですが、皆様くれぐれもお気をつけて…
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