創作小説屋

創作小説置き場。BL・R18あるのでご注意を。

月の王子(12/12)

2008年03月12日 11時12分24秒 | 月の王子(R18)(原稿用紙40枚)
 翌日、階下の男に会いに行った。表向きは倒れた時に夫に知らせてくれたお礼を言うため。裏向きは……。
「あなた、何を知ってるんですか?」
 聞くと、男は言いにくそうに頭をかいた。
「オレ、奴らと縁がある家系なもんで、色々見えるんですよ。お宅のベランダを初めて見たときに、奴の気配を強く感じて……」
「奴って? 彼のこと?」
「彼? ああ、上手いこと人の姿に化ける奴が多いですからねえ。あなたには人の姿で見えていたってことですね」
「・・・彼は、人じゃないっていうの?」
 意味が分からない。確かに普通より随分と綺麗な男の子ではあったけれど、どこからどう見ても人間だった。
「えーとですねえ・・・この世界には普通には見えないものもたくさん存在しているんですよ。大昔は人間とも共存していたようですけど、今のこの物理的世界では、彼らのような精神的生物・・・」
「やめて!やっぱりいいです!」
 慌てて遮った。聞かない方がいいと思った。彼は彼だ。それ以上でもそれ以下でもない。
「そうですか? まあ、聞いたところでね……。でも、これから先、その赤ちゃん、あなたの精気を吸うようになるかもしれませんよ。そうなったらあなた……」
 男は途中で言葉を止めて、ため息をついた。
「あなた、アレとどういう契約を結んだんですか?」
「……契約」
 ふいに、頭の中に言葉が蘇ってきた。あれは初めて挿入した夜。「君のを入れて欲しい」と言った私に「僕に全部くれる?」と言った彼。そして確か「契約成立」と………。
「もう、彼には会えないのかしら?」
「さあ? アレもアレの中で色々決まりがあるらしいですよ。で、どういう契約を?」
「……契約なんてしてないわ」
 そうですか?と男が首をかしげた。
 そう。契約なんてしていない。私はただ……ただ、彼を愛しただけ。

 妊娠8ヶ月を過ぎ、赤ちゃんの性別が男の子だと分かった。男の子希望だった夫は、はしゃいで喜んだ。夫が嬉しそうにすればするほど、申し訳ない気持ちになる。赤ちゃんは夫の子であると同時に彼の子でもあるのだ。
 夫のことは人生のパートナーとして信頼しているし、愛されていると実感している。でも・・・・・・私は、彼と出会ってしまった。
 夫への償いは、私が一生、夫のことを一番に愛しているという演技を続けることだと思っている。

 土曜日の夜、夫が仙台で買ってきてくれた最中を二つ持ってベランダに出た。一つをチェアの横のテーブルに置き、一つを食べながら月を見上げる。甘いあんこの香りが漂う。
 しばらく目を閉じていたら、ふいに、ふわりと抱きしめられたような感覚に陥った。泣きたくなるほど愛おしい腕……。
 そっと目を開けて……驚いた。
 テーブルの上の最中が、ない。
「ああ……」
 自然と涙がこぼれてくる。次いで、笑いもこみ上げてきた。
「本当に、最中好きだったのね」
「うん。好きだよ」
 耳元でささやかれた涼しげな声。
 会いたい。会いたい。君に会いたい。
 でも、振り向いても誰もいない。月の光だけが青白くベランダを照らしている。
「またここにいたのか」
 しばらくして、夫が顔を出してきた。
「……ねえ、赤ちゃんの名前なんだけど」
 月を見上げたまま言葉を続ける。
「『月也』はどう? お月様の『月』と、あなたと同じ『也』」
「おお。いいんじゃないか」
 名付けは私に一任すると言いつつも、夫は自分の名前から一文字取りたがっていたので、嬉しそうに肯いた。
「我が家の王子は『月也』で決まりだな」
「ありがとう」
 にっこりと夫に微笑みかける。夫が優しくお腹を撫でてきた。夫は責任感が強い人だ。きっと、私がいなくなっても、『月也』を大切に育ててくれるに違いない。
 契約の「全部」というのが私の命という意味だとしたら……もしかしたら、私の命は月也と引き換えになくなるのかもしれない。でも、それでも構わなかった。それでこの愛しい命をこの世に送り出せるのならば。……と、思うのは『母』である私。
 もう一人の私は……、子供が生まれたら彼が会いにきてくれるのではないか、と期待している、どうしようもなく『女』である私。
 もう一度、君に会いたい。君に触れたい。そのためなら子供ですら利用する、ひどい女。
 子供は彼との唯一のつながりだ。絶対に無事に産んでみせる。
「月也・・・月の王子。どうか元気に産まれてきてね。もうすぐ会える……よね」
 月の光は、彼と出会った日と変わらない冷たさで、私達を包んでくれている。


<完>



-----------------------


以上です。
最後までお読みくださりありがとうございました。


ここ数日、我が目を疑うアクセス数に驚きと緊張の連続でした。
読んでくださった方々、本当にありがとうございます。

そのうち、成長した月也の話を書きたいな~と思ったり思わなかったり・・・。

何だか慌ただしい毎日で、パソコンの前にゆっくり座る余裕がないため、
またまた亀の歩み更新に戻るかと思いますが・・・
ボチボチやっていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。


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月の王子(11/12)

2008年03月11日 10時54分31秒 | 月の王子(R18)(原稿用紙40枚)
 いつものようにベランダに出て、チェアに寝そべる。でも、手にしているのはお酒ではなく、ミネラルウォーター。
 しばらくすると、月が陰った。ゆっくり目を開けると、彼の綺麗な瞳があった。
「旅行、行かなかったの?」
「うん」
 あれから、救急車で病院に運ばれた。当然、旅行は延期になった。
「今日はお酒じゃないんだ?」
「うん」
 コップの中の水は、月明かりに照らされ美しい光を放っている。
「そうだよね。子供できたんだもんね」
 彼はそっと私のお腹に手をあてた。
「ボクの子、だね」
「うん」
 彼がお腹に耳をつける。
「……トクントクンって言ってる」
「うん」
 肯きながら、涙が出てきた。
 病院での検査の結果、妊娠二ヶ月と分かった。夫は大喜びで、仙台の義母に電話で報告していた。その横顔を見ていたら、複雑な気持ちでいっぱいになった。
 彼が優しく唇で涙を拭ってくれる。
「ボクのこと、気がついちゃったんだよね?」
「うん……」
「ごめんね。隣に住んでるって嘘ついてて」
 彼の手が頭を撫でてくれる。
「今日はね、お別れを言いにきたんだ」
 ああ……絶望が押し寄せる。
「どうして? 今までみたいに少しの時間会えるだけでいいのよ。それ以上は望まないよ」
「ごめんね。そういう訳にはいかないんだよ」
 彼の唇が柔らかく額に触れた。
「じゃあね、お姉さん。元気でね」
 静かに立ち上がり背を向ける彼。月光が彼を包み込む。
「待って!私……っ」
「ごめんね」
 ふわり、と身軽に彼は手摺に上った。そして……飛び降りた。
「待って!待って!」
 慌てて手摺に駆け寄る。彼がしたように手摺に上ろうと、腕に力を入れた。が、
「何やってるんだ! 危ないだろ!」
 いきなり後ろから抱きすくめられた。夫だった。もがく私を夫が手摺から引き離す。
「お前一人の体じゃないんだぞ!」
 耳元で怒鳴られて、はっとした。お腹に手をあてる。彼の一部。私が守るべきもの。愛しい命……。
「何か落としたのか?明日の朝取りにいこうな。体、大事にしてくれないと困るよ」
 夫の声が遠くから聞こえる。
「産まれてくるの楽しみだなあ。オレとお前、どっちに似てるんだろうなあ」
「………」
 力が抜けた。ぐったりとした私を後ろから抱きしめたまま、夫が月を見上げた。
「ここからだと月がよく見えるんだな。知らなかったよ」
 月は何事もなかったように、青白く浮かんでいる。
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月の王子(10/12)

2008年03月10日 10時01分55秒 | 月の王子(R18)(原稿用紙40枚)
 初めて、隣の家のインターフォンを押した。しばらく押してみたが、返答がない。今日は土曜日。学校だろうか?それともバイト?
「しつこくインターフォンならしてる音がするから、何かと思っら・・・・・・、奥さんでしたか」
 後ろから声をかけられた。振り向かなくても相手は分かった。煙草臭い階下の男だ。
「あなたには関係ないでしょう」
 振り向いて睨み付けると、男が驚いたように目を瞠った。
「それ、まずいでしょ」
「は?何が?」
 意味が分からない。男は慌てたように言葉を続けた。
「まずいですよ、どう考えても」
「だから何が!」
 イライラのまま怒鳴りつけると、男は私のお腹のあたりを指さした。
「だから、それ。その赤ちゃん」
「は?」
 何を言って……赤ちゃん?
「その赤ちゃん、アレの卵が付いてますよ」
「卵?」
 何を言っているのか分からない。分からないけれど……不安が胸に迫ってくる。
「遠回しに言わないでハッキリ言って」
 自分が涙目になっていることが分かった。男は同情するようにため息をついた。
「奥さん、ベランダに住み着いていた奴と、どういう契約を結んだんですか?」
「契約……?」
 意味が分からない。
「奴の狙いはあなたの精気でしょう? 奥さん、どんどん痩せていくから心配してたんですよ。その上、赤ちゃんにまで卵を植え付けられるなんて……。いったい奴とどんな契約を結んだんですか?」
 何の話? 契約? だって、私は……。
 私は、ただ、彼を……。
「奥さん!」
 男の叫び声を遠くの方で聞いた。私は気を失ったのだ。

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月の王子(9/12)

2008年03月09日 10時51分48秒 | 月の王子(R18)(原稿用紙40枚)
 仙台に出発する土曜日の朝、急に思いついて、以前買ったガイドブックを持っていくことにした。
 夫はまだ寝ているので、静かに普段は使わない収納箱を奥から引っぱり出す。
「あれ?」
 収納箱の中に見覚えのない小さな紙袋が押し込まれていた。開けてみると、開封済みのビデオカメラのテープが3本入っている。夫は几帳面なので、テープの帯には必ず日付と写した内容を書いているのに、これには何も書かれていない。
 不思議に思って、テレビにビデオカメラを繋いで再生してみたところ、画面に薄暗い、見覚えのある風景が写しだされた。
「……うちのベランダ?」
 黒いチェア。二つだけ置かれた観葉植物の鉢。上の方から映しているようだ。
「何で?!」
 どこにカメラがあるんだ?! ベランダに行きかけて、足を止めた。
「……私だ」
 画面に私の頭が写った。ベランダに出てきたところだ。グラスを片手にチェアに横になっている姿がハッキリと写っている。
「まさか……」
 心臓をぎゅうっと掴まれた。これから彼がくる。まさか、彼との情事が写っているの?
 いつ写されたものなんだろう、と目を凝らしてみて、愕然とした。私の着ているワンピースが、先月買ったばかりのものだったのだ。「前ボタンで脱がせやすいワンピースを選んでくれたの?」なんて彼がふざけて言いながら、下5つのボタンを外して、行為にいたったからよく覚えている。
「ああ…………」
 おしまいだ。夫にバレていたんだ。これは不貞の証拠テープだ。これで慰謝料を請求してくる気なんだろうか。
 ぐらぐらする頭で画面を見ていたら……異変に気が付いた。
「どういうこと……?」
 ビデオの中の私が、チェアに横になったまま、ワンピースのボタンを外している。下着を脱いでテーブルに置き、右手は陰部に、左手はワンピースのボタンの間から胸元に入れ、激しく動かし始めた。
「なに、これ……」
 ビデオを再生早送りする。ずっと送っていっても……写っているのは、私一人。しばらくして果てたようにぐったりとしてから、そそくさと下着を身につけ、部屋に帰っていく。
「どういうこと………」
 すぐ後に、翌週のベランダが写しだされた。同じようにグラスを片手に出てくる私。そして、しばらくすると、片足を胸まで抱え込み、両手で陰部をいじりはじめた。再生早送りをしても、やはり写っているのは……私一人。
「見つかっちゃったか……」
 後ろから夫の声がした。
「実はさ、あのあとすぐにもう一度手紙がきて……、ベランダでのお前の行動に注意しろって書かれてたから、隠し撮りしたんだよ」
 立っていられなくて、思わず座り込んだ。
「お前にこんな趣味があったなんて……始めに知ったときはショックだったんだけど……何て言うか……これみてたら、オレものすごい興奮してきちゃってさ……」
 後ろから夫が胸をまさぐってくる。
「それに勉強になったっていうか……お前がどうしたら気持ち良くなるのか、ちょっと分かってきたっていうのかな」
「ああ………」
 だから最近急に前戯が上手くなったのね。ぼんやりとそんなことを思った。
「なあ、生で見てみたいんだけどな。お前が、その……、やってるとこ」
 首筋に顔を埋めながら夫が言う。
 え? 何をやれって? 私が何をしてるって? 何って……私は……彼と……。
「ごめん、ちょっと、買い物……」
 ごにょごにょと言い訳をして、夫を押しのける。画面の中では、両足を広げたあられもない姿の私が写っていた。

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月の王子(8/12)

2008年03月07日 10時18分46秒 | 月の王子(R18)(原稿用紙40枚)
 手紙事件から二ヶ月近く経った。階下の男とはあれ以来一度も顔を合わせていない。あんな夢を見てしまって少々バツも悪いので、会わなくなって安心している。
 夫はあれ以来どうもよそよそしい。でもなぜか最近、SEXが少し上手くなった。感じてしまうこともある。そんなとき「感じちゃダメ!」と何かが静止をかける。夫に感じることは、彼への裏切りな気がした。
 …………裏切り?
 我ながらおかしなことを思う。私の夫は夫の方なのに……。

「来週、旅行に行ってていないからね」
 言うと、彼は「えー」っと口をとがらせた。
「夫の実家に顔出しに行くのよ。たまには行かないとね」
 本当は日曜出発にしたかったのだけれど、夫の仕事の都合で、土曜の午後の新幹線に乗ることになってしまったのだ。
「実家ってどこ?」
「仙台」
「ふーん……じゃ、お土産買ってきてね」
 しゃがみ込んでこちらを見上げる彼は、たまらなくかわいらしい。
「お土産? 何がいい?」
「最中。仙台って有名な最中屋さんあるよね」
「も、もなか?」
 に、似合わない………。
「ボク、最中大好きなんだ~」
「そうなの? 意外……」
 言うと、彼は目を丸めた。
「そう? じゃ、何が好きそう?」
「うーん……固形物食べる感じがしない」
「何それ。いったいどういうイメージなの、お姉さんにとってのボクって?」
 おかしそうに笑う彼。月の光の奇跡みたいに整った顔。
「うーん……月の……妖精」
「何それ?!」
 ケタケタと手を打つ彼。そう笑われると、確かに妖精ではない気がする。
「んー……じゃ、月の、王子」
「王子?いいねえ、王子」
 そっと左手に唇を寄せられた。
「じゃ、お姉さんは王女様だね」
「王女様って歳かなあ」
「大丈夫大丈夫」
 今度は額にキスされた。その唇が瞼、鼻、頬、と降りてくる。軽く触れるだけの優しいキス。夢心地のまま、月を見上げた。この情事は月がくれた夢。私が私でいられる唯一の時間。永遠に続いて欲しいと強く強く願う。
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