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BL小説・風のゆくえには~2つの円の位置関係14

2018年10月30日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 2つの円の位置関係

【哲成視点】


 合唱大会の練習は順調に進んでいる。

 うちのクラスはやる気がある奴が多いから、練習が楽しい。何より、村上亨吾の伴奏がものすごく良い。包み込むみたいな深い音。いくつかのクラスをスパイしてきたけれど、こんな音で弾いてる伴奏者は一人もいなかった。

 奴のピアノは特別だ。


「なあなあ、何か他の曲も弾いてくれよー」

 村上亨吾は、自分の家にピアノが無いということで、オレのうちに毎日のように寄ってはピアノを弾いている。せっかくだから、ねだってみたところ、

「覚えてる曲なんて一つもない」

と、あっさり却下された。でも、ムーッとしていたら、「楽譜があれば弾けるけど」と、ボソッと返された。

(こいつ、ホント素直じゃないよなあ………)

 何というか……いつも殻をかぶっている。でも、時々それがポロッと取れるのが面白い。

「楽譜、ここにたくさんあるぞ!」
「……………。難しいのは無理だからな」
「んー、難しいか難しくないかは分かんないけど、これは?」

 母がよく弾いていた本を差し出すと、村上亨吾は真面目な顔で受け取り、

「ああ、ブルグ……25なら全曲楽勝」

と言って、適当に開いたページの曲を弾きはじめた。

(………ああ、やっぱり違う)

 音を聴いていて思う。母とは全然違う。でも………心地良い。

 村上享吾が本気を出した時の姿は、ボワッと光に包まれてるみたいで、とても綺麗だ。




【亨吾視点】

 ピアノは5才から中学一年の途中まで習っていた。コンクールに出たりもしたけれど、出たくて出たことは一度もない。
 兄が学校に行けなくなり家にずっといるようになってからは、家で練習をしにくくなって、結局、やめてしまった。最後に弾いたのは、中学一年が終わった後の、引っ越しの日だ。
 それから一年半、一度も弾いたことはないし、弾きたいと思ったこともなかった。今回の合唱大会の件で、「男子でピアノを弾ける奴」と言われて、自分が弾けることを思い出したくらいだ。

 それなのに……

(綺麗な音……)

 村上哲成の歌声に合わせて弾くと、自分も綺麗な音を出せている気がして、もっと弾いていたくなる。

「なーなー。これは? これ、弾ける?」

 村上が次々と出してくる楽譜を見ていると、弾きたくて指がウズウズしてくる。


 村上から直接は何も聞いていないけれど、村上の母親は村上が小5の時に病気で亡くなったそうだ。この楽譜達は、母親の形見なのだろう。

 オレがその、村上に頼まれた曲を弾いている間、村上は床に座って壁にもたれながら、ボーっとしている。いるんだかいないんだか分からないくらいひっそりと。でも、確かにそこに存在していることを感じる。だから孤独に弾いているのではないと思える。

「ああ………懐かしいなあ」

 時折ポツンと言う村上の声は、いつもの騒がしさからはかけ離れていて、少し胸がきゅっとなる。

(もっと、もっと弾きたい……)

 こんな風に穏やかに流れる時間が、とても心地いい。


(オレ、ピアノ好きだったっけ?……って)

 自問自答して、気が付く。

(村上のせいだ)

 球技大会の時も、村上のせいで、オレは本気でバレーボールをした。その時間は夢中になれた。
 バスケ部最後の公式戦の時も、村上が「本気出せ」といったから、オレは本気でバスケをできた。初めてバスケを楽しいと思えた。

 そして今、興味がなかったピアノを、こんなに弾きたいと思っている。

(ホント、変な奴)
 村上と一緒にいると、オレは自分の中の隠れた欲求を引き出されてしまうのかもしれない。だからこそ、思う。

(これ以上、村上と一緒にいるのはやめた方がいい)

 ただでさえ、学校で最上位の存在である松浦暁生に、村上に構うなと釘を刺されているのだ。

 でも、村上のそばでピアノを弾くこの空間は居心地が良すぎて……

(………どうせ合唱大会が終わるまでだ)

 それまでの間だけでも、手放したくない。


***

 数週間後……

 オレは松浦暁生を殴って、謹慎処分をくらうことになる。




------

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BL小説・風のゆくえには~2つの円の位置関係13ー2

2018年10月26日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 2つの円の位置関係

【哲成視点】


「ただいまー……」

 シンとした家の中に自分の声が響き渡る。もう何年もそうしてきているのに、全然慣れない。
 廊下にカバンを放り投げてから、手を洗う。うがいをする。それから、リビングに入って、母の写真に手を合わせる。

「ただいま」

 写真の中の母は、いつものように優しく微笑んでいるだけだ。


『オレ、中3の合唱大会で絶対この曲歌うから! 母ちゃん見に来てよ?』

『流浪の民』のカセットテープを繰り返し聴いている病床の母に、そう約束したのは、小学5年生の今頃のことだった。母は嬉しそうに笑って、「それは楽しみ」と言ってくれて………


「母ちゃん、オレ、約束……」

と、写真の母に話そうと思った時だった。


 ピンポンピンポンピンポン!


 玄関のチャイムが連呼した。こんな風に鳴らすなんて、宅配便とかでは絶対ない。

「何………」
 訝しく思いながらも、ドアを開けると……

「キョーゴ?」
 村上亨吾が怒ったような顔をして立っていて驚いた。

 なんだなんだ?


「どうし………」
「もう、謝ったか?」
「え?」

 ムスッとしたまま言った村上亨吾。

「何……」
「謝るのちょっと待て」
「は?」

 ちょっと待て? って?

「何言って………」
「お前んち、ピアノあるか?」
「え?」

 ピアノ……

「ある………けど」
「貸してくれ」
「え!?」

 村上亨吾はそう言うと、靴を脱いで勝手に家の中に入ってきた。

「どこ?」
「あ………こっち」

 意味が分からないまま、リビングに通すと、村上亨吾は、カバンの中からプリントを出してきた。『流浪の民』の楽譜だ……

「弾いていいか?」
「え? あ、うん……」

 促され、ピアノの蓋を開ける
 母が亡くなって4年。弾く人はいないのに、父は毎年、調律を頼んでいるので、音が狂っていることはない。

「キョーゴ……弾くって、やっぱりピアノ弾けんのか?」
「分からない」

 村上亨吾は真面目な顔で楽譜を並べ、椅子に座った。

「分からないって……」
「1年半、一度も弾いてないから、指がどこまで動くか」
「………………え」 

 言いながら始まった、前奏。

 タンターン、タンターン………

「!」

 息をのんでしまった。
 なんて………なんて響く音!

(音が………違う)

 伴奏者の西本も、けっして下手ではない。でも、こんな深みのある音ではなかった。母もそうだ。記憶の中にある母のピアノの音は、上の方でキラキラしているみたいな音だった。でも、村上亨吾は………

(……大地)

 そう、しっかりと大地に立っているような……安心して、身を委ねられるような……

(すごい)

 村上亨吾の体が、ぼわっと光に包まれて見える。この音、ずっと聴いていたい……

 と、思ったのに。突然、ピアノの音が止んだ。そして、村上亨吾がボソッと言った。

「………全然ダメだな」
「は!?」

 ムッとしている村上亨吾に思わず掴みかかってしまう。

「何がダメ?どこがダメ?お前すげーじゃん!」
「すごくない」

 冷静にベリベリと手を剥がされた。

「ミス多すぎ。久しぶりで指も回ってない」
「全然分かんなかったんだけど………」

 ミス? どこか間違ってたか?
 でも、村上亨吾は軽く肩をすくめた。

「適当に誤魔化してたからな。でも、本番ではそうはいかない。キチンと音拾い直して練習しないと……」
「……………」
「……………」
「………………え」

 本番ではって……………それじゃ!

「キョーゴ、弾いてくれるのか!?」
「……………。あと一ヶ月あるし、これなら何とかなりそうだから……」

 椅子に座ったまま、こちらを見上げてきた村上亨吾。真っ直ぐの視線……球技大会の時に「勝つぞ?」って言った時と同じだ。

「村上」
「うん」

 綺麗な……瞳。

「オレ、伴奏やるから。そしたら、お前、お母さんとの約束守れるよな?」
「!」

 約束守れるって………、守れるって!
 こいつ、そのために………っ

「キョーゴー!!」

 わー!と、思いきり、抱きついてやる。伝わってくる熱が温かくて余計に嬉しくなって、背中に回した手に更に力をいれてやる。

「ありがとうありがとうありがとう!」
「うわ、離せって」

 わたわたと、村上亨吾はオレを引き剥がし、また真剣な顔に戻った。

「ただ、頼みがある。うち、引っ越しの時にピアノ処分したからないんだよ。だから練習……」
「もちろん!毎日弾きに来てくれ!」

 みなまで聞かずうなずくと、

「じゃあ、今日もこれから弾かせてくれ。明日までに何とかかっこだけはつくようにしたいから」
「おお。もちろ……」

 言い終わる前に、村上亨吾は指を慣らすためなのか、スラスラと音階を弾きはじめた。流れるような音が部屋中に響き渡っている……

(ピアノの音………)

 うちにピアノの音がもう一度流れるなんて………

(母ちゃん………)

 オレ、母ちゃんとの約束、守れるよ。




【亨吾視点】

 次の日、ちょうど音楽室練習があったので、ピアノ伴奏の交代を発表した。とりあえずソロの前までを合わせてみたが、どうにか格好はついて安心した。

「亨吾君上手~」
「これで西本さんが歌えるから安心だね」
「良かったー」

 なんて、好意的な声はいいけれど、

「弾けるならさっさと弾けるって言えばいいのに」
「ギリギリで本気出すのが亨吾の専売特許だからな。ほら、バスケ部でもさ……」

 なんて、悪意的な声が聞こえてきて、うんざりする。でも……

『そんなの言わせとけばいいんだよ!』

 ふ、と、球技大会の練習中に村上が言っていた言葉を思い出した。村上は悪口を言われていてもまったく気にしていなくて………

(そうだな………言わせておけばいい)

 実際、オレが伴奏に回る利点はでかい。女子の声量の件もソロの件も全て解決だ。それで充分だろ。

 と、思いきや、

「え!?ソロやめたいって!?」

 西本ななえのビックリしたような声に振り返った。アルトのソロを引き受けてくれていた女子二人が手を繋いでブンブン首を振っている。

「だって、西本さんの後に歌うのやだよ。比べられちゃうじゃん」
「それにソプラノとテナーとバスは一人ずつなのに私達だけ二人っていうのも変だし」
「じゃあ、どっちか一人が歌えばいいじゃん」

 ケロリと言う村上哲成に、女子二人が「やだよ!」と噛みついている。

「ますます比べられちゃうじゃん!」
「誰も比べねえって」
「比べるでしょっ」

 キーキー言ってる女子二人。でも、みんなも、二人の気持ちが分かるから何も言えないって感じだ。

(ああ、せっかく問題解決したと思ったのに……)

 西本を見ると、西本も困ったように頭に手をやっている。西本が上手だから嫌と言われている手前、何も言えないのだろう。

「いいから頼むよー」
「やだ!」
「お願いお願いお願い!」
「やだ!」

 女子二人と村上のやり取りは続いている。

「そんなんいうなら、テツ君がやればいいじゃん!」
「そうだよ!テツがやんなよ!」
「あ!それいい!」

 二人の言葉に、周りがわっと囃し立てた。

「いいじゃん。テツやれよー」
「お前が責任とれ!」
「女子の中で歌え!」

 あはははは……とみんな笑っているけれど……

「………それ、いいかも」

 思わずつぶやいてしまう。
 そうだよ。アルトだからって女子にこだわることは全然ないだろ。

「何をキョーゴまで……」
「村上」

 文句を言いに寄ってきた村上の首根っこをつかまえて、ピアノの横に立たせる。

「お前、昨日、ソロのところ全部歌ってただろ」
「え、聴こえてたのか!?」

 昨日、こいつはピアノに合わせて女声のパートも歌っていた。遠慮してか小さく歌っていたから、よくは聴こえなかったけれど、結構綺麗な声だった。村上は、声変わりしてるんだかしてないんだか分からないくらい、地声が高いのだ。いけるだろ……

「松井、ソロのところやってみないか?」
「あ、うん。そうだな」

 指揮者の松井に声をかけると、ソプラノソロの西本、テナーソロの白石、バスソロの滝田が、ピアノの前に集まってきた。

 なぜか、シーンとしてしまった教室の中で、

「じゃあ、少しゆっくり目に」

 指揮に合わせて、ソロの前の伴奏を弾きはじめる。

 はじめはソプラノ、西本。さすがの声量。

 短い間奏。

 そして………



 満場一致で、アルトのソロは村上哲成に決まった。
 そのくらい、村上の歌声は、澄んでいて綺麗だったのだ。

 ただし、ソプラノとのハモリの部分で不安な箇所があったので、これから特訓が必要になる。

「キョーゴ、特訓よろしくなー」
「………」

 ニカッと笑った村上。

(いつもの『ニカッ』だ……)

 その笑顔が戻ったことに、ものすごく、ホッとした。




------

あいかわらずの普通の青春物語。お読みくださり本当にありがとうございます!

続きは火曜日に。お時間ありましたらお付き合いいただけると嬉しいです。
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BL小説・風のゆくえには~2つの円の位置関係13ー1

2018年10月23日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 2つの円の位置関係

【亨吾視点】

 合唱大会という行事は、毎年どのクラスでも多かれ少なかれ揉め事が起こる。

 ほとんどのクラスの揉め事の原因は「男子が真面目に練習しない」ということだけれども、うちのクラスはそれには当てはまらなかった。男子はわりとやる気のある奴が多くて問題ないのだ。問題は女子だ。

「自由曲を変更したい」

と、女子達が言い出した。理由は、今決定している自由曲『流浪の民』には各パートにソロがあるのだけれども、女子のソロが決まらないからだ。


「2人ずつで歌うって話は?」
「2人ずつでも、ソプラノはみんな嫌って。アルトは2人ならなんとか出そうだけど……」

 作戦会議と称して居残りした学級委員の西本ななえとオレと、合唱大会実行委員の村上哲成と、担任の国本先生。

 さすがの西本も頭を抱えている。

「読みが甘かったなあ。決まっちゃえば何とかなると思ったのに……。ステージ上にピアノがあれば、私がピアノ弾きながら歌うんだけどねえ」

 うちの学校の合唱大会の会場は体育館だ。音響も最悪な上、ステージ下に置かれたアップライトピアノを使うという、大変残念な設備で行われる……

「この際、曲を変更したら?」

 国本先生のあっさりした提案に、村上が「わー、やっぱりそうくるー?」と、ふざけたように返している。

「今ならまだ、違う曲にしても間に合うでしょ?」
「いやーそうだけどー、オレこの曲歌いたくて実行委員になったくらい、この曲歌いたいんだけどなー」

 頬をかいている村上。そう。『流浪の民』を強引に推してきたのは村上なのだ。なんでそこまで………

「なんでそこまでこの曲にこだわってんだ?」

 思わず声に出して言うと、村上は「え」と固まった。固まった村上を残り3人でジッと見つめていたら、

「あー、あのー……」

 村上は珍しくいい淀み……、それから、ポツン、と言った。

「うちの母ちゃんが、好きな曲なんだよ。なんかな、母ちゃんが中3の時に、この曲の伴奏弾いて、んで、母ちゃんのクラスが優勝したんだって。だから、母ちゃん、よくこの曲、家でも弾いてて……」
「……………」

 ……………。なんだその理由。

「ええと? だから、優勝しやすい曲かもって話か?」

 なぜか西本と国本先生は俯いて黙ってしまったので、代わりに聞いてみると、村上は「それもあるけど……」と、言葉をついだ。

「オレ、母ちゃんと約束したんだよ。中3になったら絶対この曲歌うって。だから、約束守りたくて」
「……………え」

 なんだそれ。そんな個人的な理由で、クラスの半分が変更を希望している曲をやるなんて、ワガママ過ぎないか?

 でも、西本と国本先生は示し合わせたように、

「そっかあ」
「じゃあ歌いたいよねえ」

 なんて同調しはじめた。なんなんだ?

「みんなもこの曲、嫌いでイヤって言ってるわけじゃないしね」
「いっそのこと、ソロやめて、パートみんなで歌うようにしたらいいんじゃないの?」
「そうですねー」

 西本と国本先生、勝手に盛り上がりはじめてる。ちょっと待て、ちょっと待て!

「でも男子のソロの二人はやる気になってますよ? 女子は全員で男子はソロって変じゃないですか?」
「それは………」
「そもそもあの曲の見せ場はやっぱりソロ部分だし。そんな変なことするくらいなら、曲変更した方が良くないですか?」
「でも……」

 二人の視線が村上に向いた。村上は困ったような表情でこちらを見ている。

「テツ君……」
「村上さあ」

 イラッとしてしまう。

 母親との約束? 母親の言うなり? そんな理由でワガママを通そうとするなんてアリエナイだろ。オレも母親との約束を守って「目立たないように」毎日を送っているから、余計に腹が立つのかもしれない。

 苛立ちのまま、村上に向かって刺々しく言ってしまう。

「それ、村上が母親に謝ればすむ話……」
「亨吾君!」

 いきなり、バンッと思いきり目の前の机を叩かれ、言葉を止めた。

「え」

 叩いたのは西本だ。今まで見たことのない真剣な顔をしているから、止めた言葉の続きを言うことはできなかった。

(何………?)

 国本先生も心配そうな表情で、オレと西本を見ている。

「…………」
「…………」

 よく分からない、緊迫した空気が流れる中……

「あ~そうだよな~」

 呑気な感じの村上の声が、緊迫を破った。村上はまた頬を掻くと、

「そうだな。母ちゃんには謝っとく。で、新しい曲、考えてくるよ」
「………………」
「………………」
「………………」

 カバンを持って立ち上がった村上。西本も国本先生も真面目な顔で黙っている。

(なに………なんなんだよ?)

 訳がわからない。

「村上………」
「キョーゴ」

 村上は、戸惑っているオレの真横までわざわざくると、ニカッと笑った。

「ごめんな」
「……………っ」

 なんだ………それ。なんだよ。いつもの「ニカッ」じゃない。笑ってるのに笑ってない目。村上らしくない…………

「じゃあな」
「!」

 背を向けられ、ギクッとする。なんて………なんてさみしそうな………

(村上………?)

 なんだよ。なんでそんな消えそうな背中してんだよ……

「村上……っ」

 衝動のまま、追いかけようとしたところ、「亨吾君、待って」と、西本に止められた。

「何………」
「あのね」

 西本は村上が教室から出ていったのを見計らってから、真剣な顔で小さく………小さく言った。

「テツ君、お母さんに謝りたくても謝れないの」
「は?」

 なにを言ってんだ?
 眉を寄せたオレに、西本は、諭すように言った。

「テツ君のお母さん、テツ君が5年生の時に亡くなったのよ」



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BL小説・風のゆくえには~2つの円の位置関係12

2018年10月19日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 2つの円の位置関係

【哲成視点】

 最近、村上享吾の様子がおかしい。なんだか、よそよそしいのだ。

 ……あ、いや、別に、以前は仲良くしてた、というわけではない。でも、話しくらいはしていた。でも、今は話しかけても素っ気ないというか……

「だから、あいつはそういう奴なんだって」

 帰り道、オレの親友・松浦暁生に話すと、肩をすくめてそう言われた。

「気分屋なんだよ。本気で相手してると振り回されるだけだぞ?」
「えー……」
「相手にすんな。お前まで怪我させられたらたまんねえし」
「だーかーらーそーれーはー」

 暁生は、村上享吾のことを無視したり邪険にしたりすることは決してないのだけれども、本当は奴のことをよく思っていない。「渋谷慶をわざと怪我させた」という噂を信じているからだ。何度も否定しているんだけど聞いてくれない。たぶん、暁生は渋谷と仲が良いから、渋谷のことが気の毒で、どうしてもそう思ってしまうんだろうけど……

「違うって渋谷も……」
「ああ、分かった分かった」
「うう」

 口元にノートを押しつけられて、言葉が止まってしまう。

「これ、サンキュ。助かった」
「おお。もう終わったのか。早えな」

 暁生は野球が忙しすぎて宿題をやる暇がないので、同じ先生の教科は、オレがやったノートを貸してやっているのだ。主要5科目は筆跡が違うから代わりにやることはできないけれど、技術とか美術とかの課題は、途中まではオレがやって、仕上げ段階で暁生に回すようにしている。

「テツ、いつもありがとな」
「全然~~」

 手を振ると、「あ、そうだ」と暁生が手を合わせてきた。

「明日か明後日、家使わせてもらっていいか? また勉強会したくて」
「ああ、いいぞ?」

 暁生の家はあまり広くない上に、弟と妹がいて、お母さんも専業主婦でずっといるので、家に友達を呼ぶことができないのだ。だから、こうして時々、オレの家を使わせてあげている。暁生は、野球で市の選抜に選ばれているので、オレの知らない友達がたくさんいる。一度、その勉強会(普通の勉強じゃなくて、野球の勉強だ!)にまぜてもらったこともあるんだけど、話の内容が濃すぎて分からないし、暁生に変な気を遣わせてしまうので、オレは遠慮することにしている。

「明後日は田所さん来るから、明日がいいかも」
「わかった。んじゃ、明日よろしくな」

 暁生はオレの頭をポンポン、とすると、「じゃーなー」と行ってしまった。今日も硬式野球の練習があるそうだ。

「つまんねーなー」
 その後ろ姿に、聞こえないように小さく言ってやる。昔は毎日のように一緒に遊んでいたのにな……

「って、オレも今日、塾だった」
 ハッとして慌てて家に向かう。今日はお手伝いの田所さんが来ている日で、ご飯の準備をしなくていいからラッキーだ。食べてから塾に行こう。

(あ、そうだ。塾ってことは、あいつに会えるじゃん)

 よし! 今日こそは、村上享吾をとっつかまえて話してやろう。




【享吾視点】

「なーなーなーな! キョーゴは合唱大会の伴奏のことどう思う?!」
「…………」

 塾についたなり、村上哲成にとっつかまった。塾は15人しかいない小さな部屋な上に、席も隣なので逃げ場がない。しょうがないので、小さく答えてやる。

「どうって? 西本ななえがやるんだろ?」
「そうなんだけどさ!」

 村上は目をクルクルさせながら言ってくる。

「西本って合唱部で歌うまいじゃん?なのに歌わないのもったいないだろ!」
「…………」

 確かに……うちのクラスはおとなしめの女子が多いからか、声量が足りていない。でも、先日のパート練習の時に、西本が一緒に歌ったら、西本の声が加わったことはもちろん、それに釣られたのか、他の女子の声量もぐっとあがって良くなった、とは思った。

 しかも、自由曲『流浪の民』には、ソロ部分がある。そのため選曲時に反対した人も多かったけれど、村上哲成が、どうしても、と、半ば強引に決めてしまったのだ。
 男子は各パートでソロをやる、と言っている奴がいるからいいけれど、問題は女子だ。確かに、声量の件も含め、ソロの一人に西本を置ければ……

「オレ思うんだけどさー、元々、男子の方が5人多いんだから、男子から伴奏も出した方がバランスいいんだよなー」
「それは………」

 そうだけど………

「男子でピアノ弾ける奴、いねえかなあ? 流浪の民の伴奏って難しいのかなあ?」
「……………」

 村上のため息まじりの声と共に、ふっと、ピアノ譜が頭に浮かぶ。
 
(はじめはオクターブで……)

 ピアノの音も頭に流れてくる。

(軽やかに。でも、印象的に)

 迫ってくるように、遠くから、だんだん近づいてくるように……

 タンターン、タンターン……

(それから、左は歌と合わせるように。右の刻みはあくまで軽く……)

 ああ……
 オレだったら11小節目からのピアノの旋律はもっと出すけど、合唱側の声量が足りないから、遠慮してるのだろうか。あそこはきっと……

「キョーゴ? どうした?」
「!」

 村上の声にハッとする。

 ああ、ダメだダメだ。ピアノなんて、もう1年以上弾いていない。弾けるわけないし、そもそも家のピアノも引っ越しをするときに処分してしまったので、練習することもできない。それに何より、ピアノの伴奏なんて目立つこと、母が嫌がる……

「もう、先生来るぞ?」
 話を打ち切って、カバンからテキストを出したり、授業の準備をはじめる。そもそも、松浦暁生に「村上に構うな」と言われているから、村上と話すのもイヤなのだ。

 話しかけるなオーラを出しながら、テキストをパラパラとめくっていたら、

「……キョーゴさあ」
「………」

 オレの気も知らないで、村上はそのクルクルした瞳でこちらをのぞきこむと、

「もしかして、ピアノ弾ける?」
「!」

 ドキッとして見返す。何で……誰にも言っていないのに。

「……何で、そう思う?」

 慎重に問いかけると、村上はエヘへと笑って、

「だって、この指!」
「!」

 突然、右手の指4本を、きゅっと上から掴まれた。さっきの比どころでなく、ドキッと心臓が跳ね上がる。

「何……」
「いやー、長くて細くて、ピアノ弾けそうな手してるなーと思って」

 ニカッと笑った村上。いつもみたいにニカッと……

「……………。弾けそうな手と弾ける手は違うだろ」

 なんとか言い返すと、村上はアハハと笑って「そりゃそうだ」と肯き、手を離した。

 ………。

 ………。

 ………。

 …………心臓のあたりがモヤモヤする。

(なんなんだよ、お前)

 そう、文句を言いたかったけれど………、自分でも何の文句なのか、意味が分からないから、やめておいた。




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BL小説・風のゆくえには~2つの円の位置関係11

2018年10月16日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 2つの円の位置関係

【享吾視点】


 夏休みが明けても、『村上享吾が渋谷慶をわざと怪我させた』という噂は根強く残っていた。

「出所どこなんだよっ」

と、村上哲成は怒ってくれているけれど、本当のことなんか言えるわけがない。

 この噂をいまだに広めているのは、おそらく……

 村上の親友・松浦暁生だ。


***


 夏休み中の塾の帰り、松浦暁生に呼び止められた。村上哲成は用事があるとかで急いで帰ってしまったため、珍しく、松浦は一人だった。この二人はいつでも二人で一セットみたいに一緒にいるので珍しい。

 松浦は真面目な顔をして言ってきた。

「オレ、今日で塾辞めるんだよ」
「あ、そうなんだ……」

 休み時間に村上と話しているのが聞こえていたので、辞めることは知っていたけれど、知らなかったフリで肯いてやる。と、松浦は視線をそらしてポツリと言った。

「野球に専念しろって言われてさ」
「………」

 松浦は父親の意向で、野球の強豪校である私立N高校の推薦を取ることになったらしい。

「享吾も夏期講習で終わりだよな?」
「いや? 二学期からも続けるけど?」

 松浦の質問に首をふる。
 塾が役に立っているのかどうかはイマイチ分からないけれど、オレの母親は『みんな』がすることをオレもすることを望んでいるので、『みんな』が塾に通う限り、オレも通うことになる。

「そう、なのか?」
「え?」

 なぜか眉を寄せた松浦。何を言いたいのか分からず、オレも眉を寄せてしまう。

 しばらくの奇妙な沈黙の後……

「なんで?」
 松浦が短く、聞いてきた。

(なんで?)

 って、なんで?

「なんでって……」
「お前、この塾通う意味ないだろ?」
「え」

 断言され、戸惑ってしまう。

「そんなこと……」
「あるよな」

 松浦がなぜか、鼻で笑った。そして、ひどく嫌な……、いつもの爽やか野球少年からかけ離れた、嫌な表情になり、吐き捨てるように言った。

「お前、本当はすげえ頭良いだろ」
「……………」
「なんで隠してんだよ?」
「……………」

 それは………

「今日の数学の小テストも、さっさと出来たくせに、先生のところに持って行くの、わざと遅らせたよな?」
「……………」

 …………気がついてたのか。

「こないだの英語のテストは、はじめボーッとしてて、途中からやりはじめてたな。それでも5番目に提出に行けたよな」
「……………」
「その、出来るくせに出来ないフリしてんの、何なんだよ?」
「…………」

 言葉が………出ない。
 そんなオレに松浦は容赦なく詰めよってくる。

「バレてないとでも思ってたのか? ……ああ、テツは気が付いてないけどな」
「…………」

 テツ……村上哲成のことだ。奴のニカッとした笑顔を思い出して、胸がチクリとする。松浦が苛立ったように言葉を継いだ。

「気が向いた時だけやる気出すことにしてんのか? 球技大会の時もそうだったよな」
「…………」
「そういうの、すげえムカつくんだけど」
「………」

 松浦の、いつもからは想像できない、低い声………

「お前、オレのこともバカにしてんだろ? 必死こいて、一番に先生のところに持って行って、くだらないって」
「そんなこと……っ」

 そんなことあるわけがない。
 松浦はいつでも成績上位で、野球部のエースで、学級委員としてみんなをまとめていて……。そんな松浦をバカにする、なんて考えたこともない。

 何とか首を振ったけれど、松浦は、軽く肩をすくめた。

「バスケ部でもそうだろ? いつもスタメン入るか入らないかあたりにいて」
「……………」
「で、渋谷に怪我させて、華々しく活躍って作戦だったわけだ? 大成功だな」
「違……っ!」

 それは違う! そんなつもりはまったくない!

「そんなことしてな……っ」
「したんだろ」
「……っ」

 トンっと肩を小突かれ、よろめいてしまう。

「したんだよ。お前、したんだよ」
「……………」
「最低だな」
「……………」

 なんで……なんでそんな濡れ衣………

 呆然としていると、松浦は冷たい目で言い放った。

「テツは単純だから、お前の言うこと信じてるけど、オレはお前のこと許さねえから」
「……………」

 村上は……あの日、渋谷を試合に連れてきてくれて、本気出せって言ってくれて……。だから、オレはあの日初めて、本気でバスケが出来て、初めてバスケを楽しいって思えて……

「そう言ってる奴、オレ以外にもたくさんいるからな? 二学期からも話題に困んねえなあ」
「……………」

 それ、どういう意味だよ………と聞きたいけれど、言葉が出ない……

「ああ、それから」

 松浦は再びオレの肩を小突いて、オレを真っ正面から見た。

「塾、続けるとしても、テツに構うなよ?」

 なぜか、ニヤッとした松浦。

「あいつはオレの『シンユウ』だからな」
「………っ」

 ゾワッときた。なんだろう……親友って言葉なのに、冷たい、冷たい言い方……

 松浦は嫌な笑いを残して、いってしまった。


(村上……)

 村上のニカッとした笑顔を思い出す。クルクルした瞳を思い出す。

 村上は、オレのことを信じてくれるだろうか……


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お読みくださりありがとうございました!
暁生君、良い子過ぎて裏があるんじゃね?と思ってらした方、大正解でございます。

続きは金曜日に。お時間ありましたらお付き合いいただけると嬉しいです。

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