本編がシリアス展開なので、気分転換に明るい読切を一つ。
R18にはならない程度にイチャイチャさせよう第一弾。
渋谷慶 ……医学部4年生。身長164cm。天使のような美形。でも性格は男らしい。
桜井浩介……高校教師一年目。身長177cm。ごくごく普通。
二人は高校時代からの親友兼恋人同士。
浩介のアパートは慶の通う大学のすぐ近くにあるため、半同棲状態です。
浩介23歳の誕生日当日。
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今日はせっかく、慶がいつもの「研究室の何とかかんとか」って予定を全部断って、アパートで待ってくれているらしいのに……
今日に限って部活内でもめ事が勃発して、それを収拾するのに時間がかかってしまい、アパートのドアを開けたときには、もう9時を回っていた。
「ただいま……」
慶の靴もある。クーラーが効いた涼しい室内。部屋の電気もついている。でも返事がない。
「慶ー? 遅くなって……」
ごめん、と言いかけ、息を飲む。
慶がベットで丸くなって寝てる。その横顔が……。
「……天使だな」
毎日のように見ているのに毎日感動してしまう。透き通るような白皙。すっと通った鼻梁。少し癖のある柔らかい髪の毛が目元までかかっている。どこをとっても完璧な天使。完璧な美の結晶を模した人形のようだ。
クーラーの設定温度、結構低めなのに、何もかけずに寝ている。このままでは風邪を引いてしまう。
天使のような額に口づけたい衝動をどうにか抑え、足元にあるタオルケットを広げてそっとかけたところで、
「………あれ。寝てた」
バチッと慶の黒々とした瞳がこちらを見かえした。途端に人形でなくなる。生き生きと息が吹き込まれる。
「何時だ? 9時10分? 遅かったな。お帰り。お疲れ様」
「う、うん。ただいま」
この人、ホントに寝てるときと起きてる時のギャップが激しい。黙ってる時と喋ってる時のギャップも相当だけど。
「誕生日おめでとう。ケーキ買ってきた」
「あ、ありがと………」
慶はぴょんっとベッドからおりると、「あーこれサンキュー」と言いながらさっさとタオルケットをたたみ、
「プレゼント、結局まだ買ってねえんだよ」
まっすぐにこちらを見上げた。う……可愛い……。
「何が欲しい?」
「何って………」
一番欲しい物は……
「おれ、っていうのはナシだからな」
「………」
先手を打たれてグッと詰まる。慶はビシッと人差し指を立て、
「物だ物。物を言え」
「……だって欲しい物なんかないよ。おれは慶がいてくれればそれで」
「だから、そんなの誕生日じゃなくても、いつでもおれはお前のもんだろ」
「え?」
「あ」
途端に、ばーっと赤くなる慶。
「あ、いや、特に深い意味は……」
「慶………」
ホントにこの人は……時々びっくりするほど嬉しいことをポロッと言ってくれる。
やっぱり、おれの欲しいものは慶だけだ。
「ねえ、慶……。やっぱり慶をちょうだい」
「だーかーらー……」
呆れたように言いかけた慶の唇を指で押さえる。
「今日だけおれの人形になって?」
「は?」
眉間にシワを寄せた慶。ああ、どんな顔してても慶は可愛い。
「抵抗なし。文句なし。何も言わない人形ってこと」
「…………。何する気だよお前」
「決まってるじゃーん」
さっと慶の細い腰を抱き、白い耳朶をくわえる。
「お前……っ」
「とととっ」
蹴られそうになるのをかろうじて避ける。危ない危ない。
「欲しいなー慶が欲しいなー」
「………分かった」
ムッとした顔で慶はうなずくと、
「抵抗なし。文句なし。声も出さないってことな?」
「え」
「声も出さないってことな?」
「……………」
それは勝負ってことですか? 出たよ。勝負好き……。
「声は……」
「出さねーよ。絶対出さねーよ。絶対絶対出さねーよ」
「……………」
分かりました……。
「その勝負、受けて立ちます」
「おう。負けねー絶対負けねー」
「…………」
言いながら、バサッバサッと服を脱いでいく慶……。
なんでこの人、ホントになんでこんなにムードというものを知らないんだろう……。
でも、そんな慶が好き。大好き。
「慶ー」
「……………」
イーッとしてみせた慶の唇をそっと舐める。頭を引き寄せ、唇を重ねる。そのままベッドに押し倒し、足を引き上げ、その指を咥える。ビクッとして足を引っ込めようとした慶に、
「お人形さん? 動かないで」
「…………」
鼻にシワ寄せる慶。かわいすぎる。
そのままゆっくりと慶の足の先から髪の毛の先まで唇を這わせる。慶の体全部におれのしるしをつけよう。
誕生日のプレゼントは慶。慶はおれのもの。全部全部おれのもの。
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以上、R18にならないでイチャイチャさせよう企画でした。
このくらいならOKですよね??
この勝負がどうなったのかというと……。
はい。慶の勝ちです。声も出さずにイキました。
いや、書きあらわすなら「……くっ」ぐらいの声は漏れました。
でもそれで「今声出た!」とかいうと、慶が怒るだろうから、
大人な浩介が「慶の勝ち!」って言ってあげました。えらいです。
で、終わってから、夜ご飯食べてないことに気がついて、これから夜ご飯&ケーキを食べます。
浩介君、幸せな誕生日でした。
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「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら
一回目は限界がくるまでのしつこい前戯の後にバックから。
二回目は騎上位から最後は正常位で。
三回目は風呂に入りつつ手で。
その後、さすがにもう寝よう、とベットに入った。慶はすぐに寝息をたてはじめたけれど、おれは少しも眠れなかった。
よみがえる悪夢……おれが触れると慶が黒く染まっていくという……。
慶はおれに考える時間を与えないために、性欲で頭を満たそうとしてくれたのだろう。実際にやっている間は忘れられたし、愛されている充実感でいっぱいになった。
慶が一晩に3回も誘ってくれるなんて、この長い付き合いの中で初めてのことだ。だいたい、一晩3回なんてこと自体が珍しい……というか、20代までは時々あったけれど、ここ10年以上立て続けに3回なんてしたことがない。よく出るものも出たもんだ、と自分で感心してしまう。
風呂もほぼ暗闇で入ったので、慶の黒い染みがどうなったのかは分からなかった。
でも、ベットに戻ってから次第に外が明るくなり……
「………よかった」
慶の白皙が照らし出され、思わず呟いた。染みがなくなっている。
まあ……現実にそんなことがあるわけがないということは分かっている。幻覚というやつだ。
やっぱりおれは頭がおかしいのだろう。
それでも、そんなおれとでも慶は一緒にいてくれるという。
愛おしくて、愛おしすぎて苦しい。
「浩介?」
あまりにもジッと見つめていたせいか、慶が起きてしまった。まだ一時間も経っていないのに。綺麗な瞳がこちらを見つめ返している。
恐る恐るその白い肌に触れてみたが、昨晩のように黒くなることはなく、ホッとして慶の背中に手を回した。背中にあった羽もなくなっている。ないとは思ったけれど一応確認してみたかった。当たり前だけど、もうない。
慶は優しい。優しい言葉をかけてくれて、優しく優しく頭をなでてくれる。
おれは気が遠くなる。この人がいなくなってしまったら、おれはどうなってしまうんだろう。
「慶……いなくならないでね」
思わずつぶやく。いなくならないで。ずっとそばにいて。そう思ってしまうのはおれのエゴだろうか。
本当は慶にはもっとふさわしい人がいるだろう。だけど、どうしても、譲れない。
慶はしばらくの沈黙の後、
「いなくなんねーよ。ばーか」
いつものように明るく返してくれた。そして、
「あんまアホみてーなこと言ってると襲うぞ?」
え、本気?
さすがに4回目は……
と、思ったけれども、パジャマの上からまさぐられて、固くなっていく。スゴイなおれ……。
「いけないこともなさそうだな」
ちょっと笑いながら慶が言う。
でも、結局、本勃ちするまではいかず、ふにゃったり固くなったりを繰り返し……。で、慶がそれを「おもしれー」とかいってずっといじってきて……。
そうこうされているうちに、いつの間にか眠ってしまった。なんだか、ものすごく愛されている感じがして、ものすごく幸せな気持ちでいっぱいになりながら。
***
目黒樹理亜は面接の結果、あかねの知り合いの店での本採用が決まった。
樹理亜の母親には圭子先生が連絡してくれた。圭子先生もおれと同様、樹理亜はあの母親と離れて暮らした方がいいと考えていたそうで、上手いこと言いくるめて樹理亜が住み込みで働くことを認めさせたそうだ。
樹理亜の母親とおれの母親は、見た目や生育環境は大きく違うけれども、根っこの部分は似ていると思う。
子供を自分の思い通りにしようとするところ、スイッチが入ると別人のようにヒステリックになるところ、でも普段は良い母親ぶるところ、そっくりだ。
おれも慶に出会わなければ、樹理亜のようにリストカットに走っていたかもしれない。
樹理亜にも、慶のような人が現れればいいのに。……慶は絶対に譲れないけど。
夜遅くに帰宅すると、慶がいきなり、
「いちご食うか?」
と、きれいな赤で形も整った高そうないちごを洗って出してくれた。もらいものらしい。時々慶は、患者さんからの差し入れのお菓子とかを持って帰ってくる。
いちごを食べながら、今日の樹理亜の面接のことを報告した。あいにく女性専用のバーのため樹理亜の働いている姿を見ることはできないので、そのうちあかねに様子を見に行ってもらおうと思っている。
「このいちご、かなり高級品だよね? すごいおいしかったー」
ごちそうさま、と手を合わせると、慶が何か気まずそうな表情をした。なんだろう?
「どうかした?」
「あのな………」
慶がすっと姿勢を正した。真面目な話をする前兆……。嫌な予感がする。
「お前のご両親のことなんだけど」
「…………」
やっぱり………
「慶、その話は……」
「おれ、今日、お前のうちに行ってきた」
「……………え?」
え?
「お二人と話をさせてもらってな。とりあえず、しばらくは会わないでほしいとお願いしてきた」
「……………」
話………?
「それで、お母さんには心療内科クリニックを紹介した。ここまできたら専門家の手を借りることも視野に入れた方がいいと思う」
「……………」
慶の声が遠くから聞こえてくる。
「お前もカウンセリングを受けてみないか? お前もこないだ会った戸田先生なんだけど……」
「…………いちご」
「え?」
そうだ……いちご。
なんで気がつかなかったんだ? 今日、慶は休みで家にいたはずだ。患者さんからの差し入れを持って帰ってくるはずがない。
このいちごは……このいちごは。
「…………!!」
一気に胃液が上がってきて、慌てて口を手で押さえる。まずい。吐く。
「浩介?!」
叫んだ慶の横を大股ですり抜け、トイレに駆け込む。
慌てて便座をあげ……たのと同時に、腹の中のものが一気に便器の中に吐き出た。しゃがむ前で高さがあったせいか、水に跳ね返り、あちこちに赤い吐瀉物が飛び散ってしまった。
でもまだ出る。まだまだ出る。今食べてしまった、あの女が触れたであろう赤い物を全部吐き出したい。
「浩介」
「……………」
しゃがみこんで吐き続けるおれの背中を慶がゆっくりとさすってくれる。
でも、吐き気は止まらない。全部全部吐かなくては。全部、全部………。
固形物が出おわっても、吐き気はとまらない。吐きたいのに出なくて苦しい。でもまだだ。まだ。全部出さないと。喉に手を突っ込む。途端に上がってきた胃液を便器に吐き出す。まだだ。まだ。全部吐かないと……全部……全部っ。
「浩介、もういいから」
「離して」
慶に便器から引き剥がされそうになり、大きくかぶりを振る。
「慶、汚れちゃうよ。あっち行ってて……」
「浩介」
「だからあっち行ってって……っ」
ぎゅうっと後ろから抱きしめられた。
だめだ。嘔吐の跳ね返りが慶の腕についてしまう。
「慶、離して。汚れちゃうって」
「いい」
「だめだって。慶…………、慶?」
慶………?
何か違和感を感じて振り返った。
おれの肩口に額をぐりぐり押しつけている慶……。何の音? ……歯ぎしり?
「慶?」
「………ごめん」
慶がボソリと言った。
「勝手なことしてごめん。苦しめてごめん。日本に帰ってきてごめん。ホント……ごめんな」
「………慶」
便器から手を離すと、即座に慶の胸の中に引っ張りこまれた。そのままずりずりとトイレから引きずり出される。
そしてあぐらをかいた慶の膝に顔を埋めさせられた。
「慶……汚れちゃうよ」
「いい」
狭い廊下で、トイレの扉も開けっ放しで、膝枕。変な光景だ。
「ごめんな。浩介……」
慶が優しく頭をなでてくれる。気持ちいい。
あれだけ上がってきていた胃液が一気に落ちついてきた。慶の魔法の手。
「おれ……なんも分かってねえな」
「………慶」
静かな慶の声に胸がしめつけられる。
慶が良かれと思ってやってくれたことは分かっている。分かっているけれど……。
「………慶には分からないと思う」
「…………」
慶の手が止まる。しばらくの間の後、
「………そうだな」
ぽつんとつぶやくように肯いた慶。
傷つけてしまっただろうか? でも、そうだけど……そうなんだけど。
「慶には、分かってほしくない、と思う」
「…………」
そう。こんな感情、理解する必要ない。慶は分からなくていいんだ。
「………ごめんな」
「慶……」
慶の手が再びおれの頭をなでてくれる。切ないほど心地が良い慶の膝……。
「慶……?」
また、変な音が聞こえてきた。この音、歯ぎしり……?
「慶……歯ぎしりしてる」
慶の頬に手を伸ばすと、その手をぎゅうっと握られた。
「おれ……」
慶がつらそうに口を引き結んだ。
「お前のために何もしてやれねえんだな」
「え………」
慶……
慶の大きな瞳が揺れ……透明なものがあふれだしてきた。
ぽた、ぽた、とおれの頬に落ちてくる、慶の涙……
「慶……」
「ごめんな……」
慶の涙………なんて綺麗な……。
「ごめん……」
「慶………」
慶が泣くなんて。静かに涙を流し続けている慶……。
「ごめんな……」
「………慶」
おれは………おれは。
「慶」
身を起こして、慶の頭を引き寄せる。抱きしめる。それから……それから。
おれは、何ができる? この愛おしい人のために、何ができるんだろう?
慶の好物を作ること、家事の分担を多く受け持つこと、洋服を選んであげること、髪の毛を乾かしてあげること、映画のDVDを借りてくること、仕事の資料の整理を手伝うこと……出来る限りのことをしてきた。ずっと尽くしてきたつもりだ。
でも、でも……、本当に慶のためにしなけらばならないことはそんな上辺だけのことじゃなくて。本当にしなけらばならないことは……ならないことは。
慶の涙……綺麗な光……。
すとん……と体の中の何かが抜け落ちた気がした。
「慶、おれ……」
慶の流れ続ける涙をぬぐい、おれは決意をその瞳に告げる。
「おれ………カウンセリング、受けるよ」
おれは……変わらなけらばならない。
--------
く……暗い。暗かった……。
前半の、慶視点のお話は「あいじょうのかたち11」、
限界がくるまでのしつこい前戯の後にバックから、の話は「R18・黒い翼」(具体的性描写あり)でした。
ランキングに参加させていただくようになって、一週間くらい?が経ちました。
アクセス数が一気に増えて戸惑う日々でございました。とってもとっても嬉しいです。
こんな拙いお話を読みにきてくださって本当にありがとうございます。
そして。
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今まで私、他の方のを読んで、普通にあまり何も考えずクリックしていたのですが……
された方はこんなに嬉しいものなのか、と、されて初めて分かりました^^;
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結局、夜明けまでセックスをしていた。途中で風呂に入ったりしたものの、この歳で朝までやり続けるってのはちょっと異常だと思う。
でも、正常な状態でない浩介を救う方法を、これ以外に思いつかなかった。
浩介は明らかにおかしかった。
触れるとおれに黒い染みができる、と怯えはじめ……、挙げ句のはてに、おれの背中に黒い羽が生えているとまで言いはじめたときには、さすがに血の気が引いた。
何でもないことのように、浩介の言うことを受け入れたように振る舞ったつもりだが、上手くできていただろうか……。
ここまで浩介を追いつめたのはおれだ。おれが浩介の母親に連絡しよう、と言ったことで、こんな幻覚まで見えるようになってしまったのだろう。
おれはどうしたら浩介を救えるのだろうか……。
視線を感じて目を開けると、浩介の顔がいつもより少し離れたところにあった。
いつもは額が触れ合うくらい近くにいるのに……
「浩介? お前、まさかあれから寝てないのか?」
「………。慶もまだ一時間くらいしか寝てないよ?今日休みなんだからゆっくり寝てたら?」
ひそやかな声。まるで話すのが怖いかのような……。
「お前……大丈夫か?」
「何が?」
「何がって……」
手を伸ばすと、ビクッと浩介が震えた。構わず額に手をあてる。
「熱は……ないみたいだな」
「………」
そのまま頬に触れる。薄い唇をなぞる。
浩介は緊張した面持ちでされるがままになっていたが、
「……慶」
そっとおれの頬に手を寄せた。
そして、ホッと……心の底から安心したように息をついた。
「大丈夫……みたい」
「そうか」
おれも安心して出そうになったため息をひっこめて、浩介の方に体を寄せる。すると浩介が遠慮がちにおれの背中に腕を回して、ポツリと言った。
「ごめんね。おれ昨日、変だったでしょ?」
「お前が変なのなんていつものことだろ」
言うと、浩介は、そうだね、と低く笑った。
「今日、ちょっと遅くなるかも。目黒さんの面接に付き添うことになると思うから……」
「わかった」
目黒さんというのは、浩介の勤める学校の卒業生で、訳あって浩介が住み込みの勤め先を紹介することになったのだ。
「だったら余計にちょっとでいいから寝ろよ? バテるぞ?」
「うん……」
頭を引き寄せ、腕枕をしてやる。額に口づける。髪の毛を優しくなでる。
それから…それから……。おれは何をしてやればいい?
頭をなで続けていたら、身を固くしていた浩介がようやく力を抜いて、ポツリと言った。
「慶……いなくならないでね」
「………」
胸をつく切実な言葉……。
いなくならないで、なんてこの25年の間で言われたの初めてじゃないか?
一緒にいてね、なら何度もあるけれど、いなくならないで……って………。
いつもならば、ばーかとかあほかとか切り返すところだけれども、ぐっと詰まってしまった。
「………慶?」
おれが黙ってしまったので、浩介が不安げにおれの肩口から顔を離した。いかんいかん。
「慶?」
「いなくなんねえよ。ばーか」
おでことおでこをくっつけ、その不安に揺れる瞳を間近から見つめ返す。
「あんまアホみてーなこと言ってると襲うぞ?」
「……………慶」
ふっと浩介が笑った。
「さすがに4回目は………」
「いけないこともなさそうだな」
「そんなことされたら、そりゃ……、あ」
不安でいっぱいの浩介。余計なことを考えさせたくない。快楽の海に溺れてしまえばいい。
「浩介………」
お前を守りたい。そのためにおれができること……できることはなんだろう……。
***
その夜……
おれは一人で、浩介の実家を訪れた。
浩介の母親に追い返されそうになったけれど、父親の鶴の一声で中に通してもらえた。
浩介の父親に会うのは20年以上ぶりになる。もう80歳を超えているのに矍鑠としている。でも、20年前に比べたら、二回りくらい小さくなった印象だ。
家の中はあいかわらず広くて綺麗で、まるでモデルルームのよう。人の住んでいる気配のない不思議な家だ、と高校生の時に感じたことと同じことを感じる。
「それで……浩介は?」
手を揉み絞りながら浩介の母親が言う。この仕草、昔から全然変わっていない……。
「浩介さんはいらっしゃいません。申し訳ありませんが、しばらく会わせることはできません。これは医師としての判断です」
「なにを……っ」
きっぱり言い切ると、母親は青くなって悲鳴じみた声をあげかけた、が、夫に手で制されて慌てたように悲鳴を飲み込んだ。
「医師としての判断、とは?」
「こちらをご覧ください」
少々小さくなったとはいえ、まだまだ迫力のある浩介の父親に、若干ビビりながらも用意してきた資料一式を手渡す。
今日、一日かけて仕上げた資料だ。以前から、浩介の過換気症候群の症状については記録を取っていた。日本を離れていた間に、精神科医でもあるアメリカ人医師に診てもらっていた時期もあり、そちらの診断結果もすべて翻訳した。
結論からいって、幼少期からのトラウマが原因でいまだ発作を起こしている状態なので、今、無理にご両親に会うことは危険である。こちらもカウンセリングに通わせるなど、よい方向に向かえるよう努力するので、ご両親の方でも配慮をお願いしたい。
「そんな……」
おれがざっくりと説明すると、母親は見た目にも分かるほどブルブルと震えだした。
一方、父親は冷静に資料を読み返していたが……
「あの出来損ないに伝えてくれ」
バサリと資料をテーブルに置くと、おもむろに立ち上がった。
「葬式までは会いにこなくていい。外聞が悪いから葬式だけは来るように。遺産は遺留分以外はすべて各方面に振り分けるからそのつもりで。以上だ」
「あなた………っ」
「お前ももう浩介には関わるな」
「そんな………」
さっさと部屋を出ていってしまった浩介の父……
浩介の母は、引き留めようと手を挙げかけ……力なくその手を下ろした。
「………浩介は」
母親が独り言のようにつぶやく。
「私がいないと何にもできない子で……ずっとずっと一緒にいてあげて……」
「……………」
「どうしてこうなったのかしら……いつからこんな…………」
聞いているこちらも苦しくなってくる。
浩介の母親は、愛情の形が歪んでしまっただけなのだ。浩介を愛していることに間違いはない……。
「あの……よろしければなんですが」
別に入れてきた紙を手渡すと、浩介の母親の顔がみるみる引きつってきた。
「なに? 私にここに行けっていうの? 私の頭がおかしいとでも?」
「あ、いえ、そういうことではなく」
予想通りの反応だ。
今、手渡したのは心療内科クリニックのパンフレット。同僚の戸田先生のいる病院だ。戸田先生は火曜と木曜はうちの病院にきているけれど、他の曜日はこちらのクリニックで診療をしている。
予定通りの返答を淡々とする。
「親子関係を改善させるための相談、といいますか、そういうこともしていますので、是非にと思いまして」
「……………」
眉を寄せたまま、浩介の母はパンフレットを眺めている。
「もしよろしければ紹介させていただきますので……こちら、私の連絡先です」
名刺の裏に携帯番号を書いたものをテーブルの上に置く。
「火曜と木曜でしたら、こちらの病院でも担当医師おりますので」
「…………渋谷君」
ふいに言葉を遮られた。まじまじとこちらをみてくる浩介母。
「………はい」
何を言われるんだろう、とドキドキしながら待っていると、
「なんだか……ずいぶん立派になったわね」
「え」
「すっかり大人ね」
「…………」
そりゃまともにあったのは高校の時以来なんだから、大人にもなる。
「あなた、いつから浩介と一緒に住んでいるの?」
「………。8年半前からです」
ここはウソをつかなくてもいいだろう。正直に答えると、浩介の母親は8年、8年……とブツブツ言ってから、
「それじゃあ、浩介はあかねさんと別れてから、またあなたに戻ったってことね。そう……こんなことなら……」
あかねさんと別れさせるんじゃなかった。あかねさんは女性だからまだマシだったのに。……って、言葉には出していないけれども、その表情から感情がただ漏れている。あいかわらず正直と言うか失礼というかなんというか……。
「あかねさんとは今でも良い友人です。今、私達が住んでいるマンションも、あかねさん所有のマンションで……」
「え、そうなの?」
浩介の母親の目がまん丸くなる。その顔、妙に浩介に似ている……。
「じゃあ、あかねさんはどこに?」
「あかねさんは、新しい家族と一緒に暮らしていて……」
「まあ。ご結婚されたのね?」
「いえ、お相手は女性なので結婚は……」
「……………」
はああ……と大きくため息をついた浩介の母。理解できないわ、と首を振り続けている。
「それじゃ、私はこれで……」
もうこれ以上ここにいる必要はない。言うべきことは言った。
あとは、ご両親が浩介にちょっかいだしてこないことを祈るばかりだ。今の感じだと父親は大丈夫そうだが、母親は……
「渋谷君。ちょっと待ってて」
「はい」
呼び止められ、玄関先で待っていると、台所に一度引っ込んだ浩介の母親が、苺の入ったビニール袋を持って出てきた。
「これ、浩介に渡してくれる? 浩介、苺好きだから……」
「…………はい」
ぐっと胸が苦しくなる。
どこのうちの母親もそうなんだろうか。うちも遊びに行くと、おれの母親があれ持っていけこれ持っていけ、と色々持たせてくれる……。
浩介の母親は寂しげに微笑んだ。
「渋谷君も一緒に食べてね。この苺、甘くておいしいのよ」
「!」
一緒に食べて、なんて言ってもらえるとは思わなかった。
「ありがとう……ございます」
受け取って深々と頭を下げる。
いつか、浩介も一緒にこのうちを訪れる日がくるまで……それまでもう少し待っていてください……。
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「あいじょうのかたち10」の後。
ただ単にやってるだけで本編に関係ないのでカテゴリーR18に振り分けます。
精神的に追い詰められ、自分が触れると慶に黒い染みができるという幻覚まで見えはじめた浩介。
それならば、おれの全部に触れて全部を黒くしろ、という慶。
そして……。かーらーの、以下エッチしてるだけ。
-----------------
『風のゆくえには~R18・黒い翼』
慶のなめらかな肌にゆっくりと唇を添わせる。窓の外の街灯の明かりに、慶の引き締まった身体が映し出される。
おれが触れたところが黒く染まっていく……
そういうと、慶は「おれの全部を黒くしろ」と言った。あの逆らえない強い瞳で。
それから部屋中の電気を消して、噛みつくようなキスをしてくれた。
「慶………」
慶のしなやかな肢体。慶は足の先まで美しい。慶の長い足の指に口づける。慶はビクッとなったが、そのままされるがままになっている。
いつもだったら、「さっさと入れろ」とか色気も何もないことを言いだす慶だけれど、今日は文句も言わず、おれの愛撫を受け入れてくれている。
足の指、足首、ふくらはぎ、膝の裏、太腿……と辿っていくたびに、慶がビクリと震える。脇腹から背中に向かおうと、慶の体を軽く押し、うつぶせになってもらう。
「あ………羽……」
思わず、声をあげ止まってしまった。
慶の背中……肩甲骨のあたりから羽が生えている。
しかも……黒い羽。白かったら、部屋に白く映えるはず。黒いから部屋の暗闇に溶け込んでしまっている……。
「………浩介?」
暗闇の中、慶がこちらを振り返った。「どうした?」と優しく言ってくれる慶に、羽のことを言うと、
「そりゃすげえな」
と、慶はボソリといった。
「おれ、ついに羽まで生えたか」
「でも、羽、黒いんだよ。白じゃなくて。やっぱりおれが触ったから……」
「いいじゃねえかよ」
慶が軽いキスをしてくれ、
「黒い羽、キレイだろ?」
背中を向けた。背中に大きく広がった翼。黒い翼。漆黒の闇のような翼。……美しい。
「うん……キレイ」
「だろ?」
少し笑った慶。
ああ、なんて綺麗な人なんだろう……。
引き続き、背中に唇を添わせる。うなじにも、肩にも……。
慶の体中にしるしをつける。慶のすべてをおれで染める……。
「浩介……そろそろ……限界」
「え」
うつぶせの慶が、絞りだすように言った。
「もう、おれ、ちょっとの刺激でイク自信がある」
「………なにそれ」
思わず笑ってしまう。
「笑いごとじゃねえよ。前戯長すぎ。限界」
「慶」
いつもの慶だ。ちょっと安心する。
「んじゃ、遠慮なく」
「遠慮も何も、さっさと……っ」
慶の細い腰をつかんであげさせ、バックから、思いきりつっこむ。
「………こうすけっ」
「ん?」
「お前、いつの間に……っ」
馴染ませるようにグリグリと中をえぐるようにすると、慶がくううううっというような声をあげて、顔を枕に埋めた。
「いつの間にって、あんな長いこと前戯やってたら、おれだってガチガチのダラダラに決まってるじゃん」
「お前なあ……っ」
あ、あ、あ、と声にならない声を上げる慶。綺麗な背中がのけぞる。黒い羽もおれの目の前でバサリと動く。慶の体温がおれを捉えて離さない。
「慶、慶……」
「お前、触るな……っ」
後ろから手を回して慶のものを掴む。大きく膨らんだ慶。いやらしい液体が先からあふれでている。
「触るなって。いっちまう……」
「ん………」
手の中で膨張していく慶。つられたようにおれのものも膨らんでいく……。
「あ……、こう……っ」
熱を帯びて膨らんだ慶のものが、勢いよく白いものを吐き出す。
「あ………」
ほぼ同時におれも行きそうになり慌てて引き抜く。それをすぐに慶の手が引き継いでくれる。
「慶……っ」
叫んだのと同時におれのものが慶の腹にぶちまかれた。
…………白い。
「………慶」
「………ん?」
慶の綺麗な瞳……。
慶の腹に出されたものをそっと手でなぞる……。
おれの中から出たものなのに……
「…………白い」
「……そっか」
慶が優しく笑ってくれた。
慶の背中の羽が白く輝いてる。
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どうして慶はおれなんかを選んでくれたんだろう?
おれなんて、何のとりえもないつまらない男で。
それに比べて慶は天使のように美しくて、芸能事務所の人にスカウトされたり、知らない女の子から告白されたり、とにかく人目を引く容姿をしている。
そして、頭も良くて、どのスポーツも満遍なくできて、友達も多くて、あの容姿なのに男らしくて、言いたいことは人前でもズバッと言えて……。おれにないものばかり持っている。
どうしてこんな完璧な人がおれなんかを好きになってくれたんだろう?
慶がおれを好きでいてくれてることは、よーく分かっている。滅多に口に出していってくれることはないけれど、愛されているということは、その強い光の瞳からこれでもかというくらい伝わってくる。これだけ愛を実感させてくれる人なんて、そうそういないんじゃないだろうか。
だから「愛されているのだろうか」と不安に思ったことはないのだけれども、「どうしておれなんか」という不安は常に付きまとっていた。
付き合いはじめのころ、慶に聞いてみたことがある。すると、慶は、うーんと悩んだあげく、
「お前がバカだからじゃねーかな」
と、答えた。冗談でなく本気っぽかったから、余計に意味が分からなくて、それ以来聞いていない。
それから20年以上の時が経ち、この長年の疑問に慶のお母さんが回答をくれた。
「それは直感よ」
お母さんは至極真面目な顔をして言った。
「慶は子供の頃から直感勝負の子だったからね」
「直感…勝負?」
「そう。だから理由なんて本人にも分からないわよ」
「でも……」
「まあ、もしかしたら椿に似てるっていうのもあったのかもしれないわね」
「……………」
椿さん。慶の大好きなお姉さん。お母さんはおれが椿さんと似ていると言ってくれている。似てるということで直感が働いたのなら納得ができる気がする。
「慶、言ってたわよ。浩介君と一緒にいることは、誰がなんと言おうと譲れないって。浩介君と一緒にいることが慶の幸せなんですって」
「…………」
慶、そんな話、お母さんにしてたんだ……。
「あの子、一度こうと決めると絶対に揺らがないからね。子供の頃からずっとそう。本当に頑固でね~」
「………わかる気がします」
「でしょ?」
お母さんと顔を見合わせ笑ってしまう。
直感……。
直感で選ばれたのだから自信を持っていい、ということだろうか。
確かに慶はいつでも迷わない。いつでもまっすぐだ。おれは慶のそんなところに惹かれた。
慶がおれだったら、おれの両親ともうまくやっていたのかもしれない。
……いや、その仮定はおかしいな。あの両親の息子だから、おれはこんなだし、この素敵なご両親の息子だから、慶は光輝いているんだ。
「慶の直感はいつでも正しいから大丈夫よ」
慶のお母さんがニッコリと言う。
「だから『おれなんか』なんてもう言わないこと」
「………はい」
心が温かくなる。おれも慶のご両親の子供として生まれていたら、もう少しマシな人間に育っていたのかな……。
***
その翌日の夜のこと。
一生の不覚だ。慶に対して、
「やめてくれ」
なんて乱暴な言葉を言ってしまった……。
慶には絶対に絶対に見せたくなかった顔。
慶に写るおれは、明るくて子供っぽくて甘えん坊で……。おれは慶に写る自分だけは気に入っていた。それなのに……
(せめて「やめて」で止められればよかったんだよな。普段だったら「やめてよ」ってところか……)
こんな醜態をさらす原因になった自分の母親の存在が、余計に憎くてしょうがない。
(あの女さえ来なければこんなことには……)
「浩介センセー。お待たせしましたー。………殺気もれてるわよ」
あかねがにこやかにおれに呼びかけてから、後半はおれだけに聞こえるようにボソッといった。
慌てて先生の仮面をかぶる。
「圭子先生、どうでした?」
「お店の中、きれいで雰囲気も良くて、あそこなら安心して預けられるわ」
圭子先生がうんうん肯いているのでホッとした。
目黒樹理亜……おれの勤め先の学校の卒業生の19歳の女の子……から、母親から家を追い出されてしまったと電話があったのは、ちょうどおれが慶に「やめてくれ」と言ってしまった直後のことだった。
樹理亜とあの母親は離れるべきだと思っていたので願ったり叶ったりだ。
すぐに担当教師だった圭子先生に連絡をとったのだが、圭子先生も息子さん夫婦と同居しているため樹理亜を預かることはできないというし、ホテルに泊めるのも費用の面でも、精神的な面でも不安だし、家出少女を受け入れているNPO法人にも当たってみたが、あいにくどこも一杯だし……。
困ったときのあかね頼り、ということで、あかねに連絡をしてみた。今、あかねはシェアハウスに住んでいて、一部屋空いていると言っていたからだ。
しかし、その空き部屋には今、あかねの恋人綾さんの元夫のお母さんが泊まりにきているため空いておらず……。空いてたとしたって、部屋代どうするの?払えるの?と言われ詰まってしまった。
樹理亜は現在、母親の経営するキャバクラで働いている。当然そこも辞めることになるから、新しい働き口も見つけなくてはならない……。
その話をしたところ、あかねが「住み込みの働き口紹介しようか?」と言ってきたわけだ。本当に頼りになる……。
あかねは現在、名門女子中学の英語教師をしている。その学校名は印籠みたいなもので、圭子先生もあっさりとあかねを信用してしまった。
あかねが紹介してくれたのは、新宿にある女性限定のバー。あかねが昔アルバイトをしていたところだ。
ビアンの方々の社交場的なバーなわけだけれども、圭子先生は「男の人がこないなら安心ね」などと言っている。おれは中に入れないので雨の中外で待っていたのだが、見に行った圭子先生曰く「女子校みたいで楽しそう」だそうだ。
明日、樹理亜が退院したら面接をお願いすることになる。ここで落とされたらふりだしに戻ってしまうわけだが、あかねが落とされることはないから大丈夫、と言うので信じることにする。
本当はあかねに慶や母親のことを相談したかったのだけれども、あいにく圭子先生がいたため話せないまま、終電の時間になってしまった。
『様子おかしかったけど大丈夫?』
別れてからすぐにあかねがメールをくれた。
『大丈夫じゃない。今度相談のって』
即レスすると、あかねから、空いている日にちと時間と、
『くれぐれも早まらないように。何かするときも言うときも一呼吸置いてから』
と、説教じみた返信がきた。
一呼吸置いてから。
心に留めて、帰路へとついた。
親に対するこのどす黒い殺意……慶には絶対に見せたくない。こんなものに触れたら慶が穢れてしまう。
***
帰宅したのは深夜1時過ぎ。また母親のことを言われたら、と思うと憂鬱で、ついつい歩みも遅くなってしまった。慶が良かれと思っていってくれてるのは分かっているけれど、慶が考えているほど単純な話ではない。幸せな家庭に育った慶にはおれの気持ちは理解できないと思う。
おれはいつまで親の影に怯えながら暮らさないといけないのだろうか……。
「………ただいま」
電気がついていたので、小さく言って中に入ったのだが、
「………慶」
ほうっと思わずため息がもれてしまう。
ソファの上で丸くなってうたた寝をしている慶。白いひざ掛けに包まっている姿は、本当に地上に下りてきた天使そのものだ。
手を洗ったり、水を飲んだり、と音を出したが起きる気配もなく……
仕事をしていたようで、ローテーブルの上にはノートパソコンと書類の束と本が開きっぱなしになっている。でも眠ってしまってからはしばらく経つようで、パソコンはスリープモードだ。
ゆっくり近づいてみる。きれいな横顔。柔らかい髪。このすべてがおれのもの。
見惚れてしまう。すっと通った鼻梁。形のよい唇。奇跡のように完璧な顔。人形のようだ。
そう。眠っている慶はまるで人形のよう。でもその瞳が開くと途端に生き生きと光輝いてくるのだ。
「慶………」
その愛しい額に口づける。唇を離し………
「!!!」
息を飲んだ。なんだ……これ……
今、おれが口づけた場所に、黒く染みのようなものができている………。
「なに、これ………、!!」
拭おうと額に手を滑らせて固まってしまう。
今、おれが触れたところに、染みが広がっている。慶の白皙に醜悪な黒い染みが……
「………浩介?」
「!」
慶がゆっくりと目をあけ、体を起こした。んーっと伸びをする慶。
「あー、全然途中なのに寝ちまった。で、どうだった?」
「あ………」
「どうした?」
「!」
触れられそうになり、思いきり振りはらう。でも、振り払ったときに当たった手が……慶の細くて綺麗な手にまで黒い染みが……
「………どうした?」
慎重な様子で慶が言う。とっさに慶から離れる。慶、額から左目の方にかけて黒い染みができてる。
「浩介?」
「………こないで」
慶と距離をとりながら後ずさる。
「黒い……染みが」
「え?」
「おれに触ると、黒い、染みが………」
「…………」
慶の静かな瞳。ただ、静かにおれを見返している。
でもやっぱり、おれが触れたところは黒いままで……。
ああ、おれのせいで慶が汚れてしまう。やっぱりおれは慶と一緒にいてはいけないんだ。
「おれがいたら慶が汚れちゃう……」
「浩介」
「ごめん、慶、おれ……」
愛おしい慶。大好きな慶。汚したくない。
「もう一緒にいられ……、!」
一瞬のことで避けようもなかった。気がついたら、慶がおれの目の前に立っていて、
「け……っ」
「浩介」
首に手を回され、力ずくで下を向かされた。
「ダメだってっ」
重なった唇を無理やりはがす。
ああ、ほら、慶の綺麗な赤い唇にまで黒い染みができている。頬にも顎にも……。
「だから、慶、黒い染みが……っ」
「いい」
慶が何でもないことのように言う。
「黒くなるってんだろ? だったら全部黒くしろよ? 黒ブチじゃ格好がつかねー」
「け……っ」
慶がおれの手をとる。途端に慶の両手も染みで染まっていく。
「慶、やめて……っ」
「いいから」
強く掴まれた手で、慶の頬を囲まさせられる。白かった右の頬にも黒が浸食していく。
「慶………」
「あとはどこだ?」
手を滑らされ、触れさせられた首も黒くなっていく。
「あとは……」
ポツポツとパジャマのボタンを外していく慶。
「おれの全部に触れろよ。そうすりゃ全部同じになるだろ」
「……………」
どうしてこの人はこんなに揺るぎがないんだろう。
どうしてこの人の目はこんなに真っ直ぐなんだろう。
愛おしすぎて胸が苦しい。涙が止まらない。
「そんな理由でおれから離れるなんて許さないからな」
ぱさりとパジャマをソファーの上に放り投げて慶が言う。
「まあ、どんな理由でも許さねえけどな」
「慶」
泣き笑いのまま、慶を抱きしめる。
慶の白い胸も背中もおれが触れた通りに黒くなっていく。
それでも、慶はおれと一緒にいてくれるという。
おれも、慶と一緒にいたい。
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