【享吾視点】
ほとんど無意識の行動だった。
隣で眠っている村上哲成の額に、そっと唇を落としてしまって……
(…………。何やってんだオレ)
即座に我に返り、自問自答したけれど、答えなんか出てこない。よって無理矢理、一つの結論を導きだした。
(こんな無邪気な笑みを浮かべて寝ている村上が悪い)
そうだ。すべては村上哲成のせいだ。
***
中学3年生のクリスマスイブ。
松浦暁生に誘われて、村上哲成の家に泊まりにいった。
誘われて、というのは語弊がある。あれは交渉……、いや、強制だった。
「テツの部屋を借りるのやめろって話、聞いてやってもいいぞ」
22日の放課後、松浦に呼び出され、唐突に言われた。
「条件は、クリスマスイブにテツの家に泊まること」
話が繋がらず、押し黙ってしまうと、松浦は少し肩をすくめた。
「元々、テツは毎年クリスマスイブはオレの家に泊まりにきてたんだよ。テツのお父さんが朝まで仕事だから」
「…………」
「でも、今年は逆に、オレが泊まりにいくことにしたくて」
「…………」
それでどうしてオレまで泊まることになるんだ? という疑問を口にする前に、松浦は「いち」と言ってゆびで1を作った。
「この提案は一石三鳥だから。その一。オレは夜から、彼女と一緒に出掛けたい。でも親には言えないからアリバイが欲しい」
アリバイ……
「二。3人で泊まりのクリスマス会をしたら、オレ達が仲直りした証拠になって親が安心する」
確かに……。父は「男同士は殴り合って仲良くなっていくものだ」なんて呑気なことを言っているけれど、母はまだまだ気に病んでいる。これでクリスマス会をするくらい仲良くなった、と言ったら、母は喜ぶだろう……
「三。三は……」
松浦は少し言い淀むと、心を決めたように顔をあげた。
「テツの部屋はもう使わない。だから、テツには部屋で寝られるようになってほしい」
「………え」
驚いた。以前、意地の悪い顔で、彼女と村上のベッドを使っていることを得意げに話していたのに……。
「だから、お前がどうにかして、テツが部屋で寝られるようにしろ」
「どうにかって……」
そんなこと言われても……
「頼んだぞ?」
「……………」
突然過ぎて、目をしばたたかせることしかできない。と、松浦がポンと手を打った。
「ああ、それから、当日、ジャンパーかコート貸してくれ」
「え」
「親に見つからないための変装だよ」
変装? と、目を見開くと、松浦はフッと笑ってからいってしまった。
「…………」
良いとも悪いとも言っていないのに、勝手に予定を決められてしまった……。村上はこんな調子で松浦の言うことをホイホイ聞いているんだろうなあ、と思う。本当に勝手な奴だ。…………でも。
『テツには部屋で寝られるようになってほしい』
そういった松浦はとても真剣で、そして瞳に少し懺悔の色が灯っていて……。
この、村上のことを本当は心配している松浦と、みんなに見せる優等生の松浦と、オレに見せる意地の悪い松浦と……。どれが本当の松浦なんだろうか。
***
ケーキを食べ終わって早々に、松浦は予定通り出かけていった。彼女も友達とのパーティーがあって、その後に二人で朝まで過ごす約束をしているらしい。25日は村上の家から登校する予定なので、始発電車で帰って来るつもり、と言っていた。
「……オレだけじゃ不満か?」
取り残された村上に、思わず聞いてみると、村上はビックリした顔をしてから「そんなわけないだろ」とケタケタ笑いだした。その笑顔にホッとする。
「んじゃ、ピアノ弾いてくれよー。せっかくだからクリスマスソング!」
「……ああ」
いつものような穏やかな時間が流れてきて、正直、嬉しい。やっぱり、松浦と一緒は息が詰まる。それに……
(村上って、松浦がいると、妙にはしゃいでるんだよな……)
オレと二人でいるときの村上の方が、無理してない『素』の村上なんじゃないかな……と思うのはオレの驕りだろうか。
この日の料理とケーキは、お手伝いさんが用意してくれたらしい。お手伝いの田所さんは、無口で不愛想なお婆さんだ。オレも何度か会ったことがあるけれど、一度も話したことはない。でもその、こちらに踏み込んでこない感じが気に入っている、と村上が以前言っていた。
「お手伝いさんはお手伝いさん。母ちゃんの代わりとか、絶対してほしくないから」
あっさりと言ったけれど、きっとこの4年の間に色々な葛藤があったのだろうと思うと、胸が痛くなる……
その田所さんが、村上の部屋に二組の布団をキツキツで引いてくれていた。村上はベッドで、客二人が布団で、というつもりで用意してくれたのだろうに、村上は部屋に入ると、布団の上にちょこんと座った。
「…………。ベッドで寝ないのか?」
「あー……うん」
言いにくそうに肯いた村上。風呂上がりの頬が赤くなっている。
「ちょっと……うん」
「……………」
村上の親友の松浦が、このベッドで彼女としていたところを目撃してしまったために、ベッドで寝られなくなった、というのは憶測上のもので、本人に確認したことはない。でも、おそらくきっと、合っているのだろう……
「お前、ソファで寝てるって前に言ってたよな?」
「うん」
「いい加減、もう寒いし、部屋で寝るようにしたほうが良くないか?」
「うん……」
村上は、肯きながらも、布団の中にゴソゴソと入りこんだ。やはりベッドで寝る気はないらしい。
「……じゃ、お休み。電気消してくれるか?」
「……おお」
電気を消して、オレも隣の布団に潜り込む。
目が慣れて、少し周りが見えるようになったころ、村上がポツンといった。
「オレさあ……前に見ちゃった……っていうか、聞いちゃったんだよ」
「……何を」
「この部屋で、暁生が彼女とやってる声」
「…………」
話してくれた……と少し嬉しくなってしまったけれど、冷静に「ふーん」とだけ肯く。
暗闇の中、微妙な沈黙が続き……あまりにも長い沈黙に、寝てしまったのだろうか、と思ったところで、村上が再び口を開いた。
「キョーゴは、やっぱりまだ彼女いないのか?」
「いない」
「好きな女子とか」
「いない」
「…………」
「…………」
前にもした会話だな、と思っていると、村上がこちらをむいた気配がしたので、オレもそちらに顔を向ける。と、思いの外距離が近くてドキリとする。でもそんなオレの様子に気が付く風もなく、村上は言葉を足した。
「西本ななえのことは、どう思ってる?」
「西本?」
同じ学級委員の西本……。こいつは小学一年生の時から村上を知っていて、それで……
「西本って、キョーゴのことが好きなんだと思うんだけど」
「は?!」
とんでもない発言に、思わず起き上がってしまった。
「何言ってんだよ。西本が好きなのは……っ」
お前だ、と言いかけて、飲み込む。それはオレが言う話じゃない。それに…
(知られたくない)
知ってしまって、村上が西本とどうこうなったら……と思うと、胸がザワザワする。
「え、キョーゴ、西本の好きな人知ってんのか?」
「…………」
村上も起き上がり、こちらをのぞき込んできた。けれど、本当のことなんて……言わない。
「………知らないけど、好きな人がいることは知ってる。でもオレじゃないことは確か」
「えー、そうかなあ……。あいついっつもチラチラ、キョーゴのこと見てるぞ?」
「そんなことはない。それは大きな勘違いだ」
なぜなら西本が見ているのはお前だ、なんて言ってやらない。
すると、村上は「あーああ」と大きくため息をついた。
「あー、オレ、やっぱ遅れてんだよなー。好きな人とかそういうの、全然分かんねえ」
「…………」
「なんかな……ベッドも、そういうことに使われたって思ったら、何か……使いにくくなっちゃって」
「…………」
言いにくそうにうつむいた村上……
「ソファーで寝るのも寒いし、疲れが取れない感じがするし、いい加減、ベッドで寝た方が良いのは分かってんだけど……」
「…………」
「田所さんがシーツも布団カバーも洗ってくれてるし、こないだマットレスだって干してくれたから、全然、気にすることないんだけど……」
「………そうか」
「え」
立ち上がり、村上の腕を取る。その悩み、オレが解決してやる。
「気にすることないなら、寝ればいい」
「え」
動揺したように「え、え、え」と言い続ける村上の腰を抱き、ベッドの中にもつれこむ。
「ちょ……っ」
「気にすること、ないんだろ?」
起き上がろうとするのを、力ずくで抱きしめて阻止してやる。
「ちょ、キョーゴ……っ」
「だから寝ろって」
「でもっ」
「でもじゃなくて」
「でも……っ」
「大丈夫だから」
「でも……」
腕の中でモゴモゴ動くのを、何とか押さえつけていると、しばらくしてようやく観念したのか、村上の力が弱まった。
「……キョーゴ」
「……なんだ」
「…………」
「…………」
また続く沈黙……
今度こそ本当に寝たのか? と確かめようとしたところで、村上がポツン、と言った。
「……ホントだ。大丈夫だ」
「……そうか」
「うん」
「…………」
「…………」
「…………」
しばらくして、村上の寝息が聞こえてきた。
(ああ……良かった)
ホッとして、押さえつけていた腕を解いてやる。すぐ近くにある、村上の白い頬……。眼鏡をしていない村上は、少し幼く見える。
(安心しきったような寝顔だな……)
オレだけに見せる顔……
体の奥の方から何か温かいものがあふれてくる。この気持ちに一番近い言葉は……『愛おしさ』。
「…………村上」
それで、思わず、衝動的に、ほとんど無意識に……その額に唇を落としてしまった。
(…………。何やってんだオレ)
即座に我に返り、自問自答したけれど、答えなんか出てこない。
(こんな無邪気な笑みを浮かべて寝ている村上が悪い)
そうだ。すべては村上哲成のせいだ。
これ以上の衝動がおきるのがこわくて、慌ててベッドから抜け出て、床の布団の中に潜り込んだ。
でも、気持ちがモヤモヤザワザワして、ちっとも眠れない。
結局、明け方、松浦暁生が帰ってくるまで、一睡もできなかった。
「……テツ、ベッドで眠れたんだ」
部屋に入ってくるなり、小さな声で言った松浦。
「サンキューな、享吾」
ホッとしたように言われて、それはそれでちょっと嬉しかったので、良かったことにする。
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お読みくださりありがとうございました!
前回ここまで書く予定でした(せっかく偶然、29年後の12月25日の朝だったのに!)
ということで。
今年一年も本当に本当にありがとうございました。
今年は、慶と浩介の高校3年生の物語から始まり、ちょこちょこ読み切り挟みつつ、真木さんとチヒロの物語が完結し、そして今の享吾と哲成の物語中……
お付き合いくださった方、本当にありがとうございました!
次回、火曜日は短い読切でも書きたいなあ……と思っていたり。また来年もどうぞよろしくお願いいたします!
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おかげさまでまた一年書き続けることができました。よろしければ、今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
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