初体験は、中一の7月。相手はうちに来ていたお手伝いさんだった。
母は父の女癖の悪さを気にして、いつもおばあさんと言える年齢の人とばかり契約していた。でもこの時は、契約していた人が急に体調を崩し、次の人が見つかるまでの繋ぎとして、まだ30前半だった彼女が2週間だけ派遣されてきたのだ。関係を持ったのは、その間だけ。
「これからはちゃんと同年代の子と付き合いなさいよ?」
そう言って頭を撫でられたのを最後に、彼女とは一度も会っていない。
彼女には感謝している。あの時、彼女がいなかったら、オレはどうなっていたか分からない。
***
隣の家に住む同級生の彼への恋心を自覚したのは、小6の夏休みの終わり頃。
それ以来、毎晩のように彼のことを思い浮かべては自分で欲望を埋めていた。でも、表面上は今まで通り、仲の良い友達のままでいた。彼は女の子である侑奈のことが『好き』。だからオレの想いが通じることはない。それでも、一緒にいられれば充分だった。
そのまま、残りの小学校生活も彼と侑奈と三人で穏やかに過ごしていたのだけれども、ある時ふと気が付いてしまった。
(最近、全然頭を撫でてくれない……)
彼に頭を撫でられると、この上もなく幸せな気持ちになれていたのに。オレが特別だって実感できていたのに。
出会った頃はオレのほうが彼よりも若干背が低かったのに、六年生になって、ずいぶん高くなってしまったせいだろうか。
頭を撫でる、という行為を思い出させたくて、わざと彼の前で侑奈の頭を撫でてみたりもするのだけれども、彼はまったくの無反応で……
少しずつ、昔とは関係性が変わってきてしまった感じがして、不安でモヤモヤしていた。
そのモヤモヤした不安は中学生になってから、確実なものとなった。
小学校は一学年1クラスしかなかったので6年間ずっと一緒にいられたのに、中学は5クラスあるため三人バラバラのクラスになってしまい、彼にはオレの知らない新しい友達がたくさんできてしまった。せめて、と思って、同じバスケ部に入ったはいいけれど、彼と二人きりの時間はほとんどなくて、毎日毎日不安と不満で爆発しそうだった。
そんな中、期末テストの勉強のために久しぶりに彼がうちに遊びにきてくれた。
彼と久しぶりの二人きり……学校とか道端とか公園とかでなく、誰の目もない個室で二人きり、という状況にオレは妙に高揚していた。それなのに、オレの知らない友人の話を楽しそうにしはじめた彼……。
小学生の時はずっと一緒だったので、彼について知らないことは何一つなかった。それなのに今はオレの知らない彼がこんなにも増えてしまったのか……。
ショックで苦しくて、黙ってしまっていたら、
「諒? どうした?」
「………」
オレの様子が変なことに気が付いた彼が、コツン、とおでことおでこを合わせてきた。昔からよくやる仕草。でも、ずいぶん久しぶりで、息が止まりそうになる。
「………っ」
近くに感じる彼のぬくもり。彼の息遣い……。体中が熱くなってくる。
我慢……できない。
「諒?」
首を傾げた彼を、ぎゅうっと抱きすくめる。途端に下半身が反応してしまう。この猛りを押しつけたい、という気持ちと、ばれないように腰を引かないと、という気持ちが交差する。でも………
(もっと、もっと近くにいたい……)
本能が理性に勝って、強く抱きしめ直そうとした。……が、
「お前、具合悪いのか? 大丈夫か?」
「え……」
体を押しのけられ、オデコに手を当てられた。上目遣いの彼にドキッとする。
でも、そんなオレに気が付くわけもなく、彼は軽く眉を寄せた。
「うん。熱あるっぽいぞ」
「え」
「オレ、帰るよ。お手伝いさんに声かけておくから」
「………」
そうして彼はさっさと勉強道具をまとめると、「じゃあな」と部屋から出て行ってしまった。
(………まずい)
彼の出て行った後のドアを見つめながら、サーっと血の気が引いていく。抱きしめたりしたから帰っちゃったのかな……
(で、でも、具合悪そうって言ってたし……)
そうだ……大丈夫……大丈夫。具合悪いから抱きついたと思ったんだ、きっと……。
なんとか良いように解釈して自分を励ます。
「でも………」
でも、次にこんなことがあった時……抱きしめるだけで我慢できるんだろうか。その先に進みたくなってしまうんじゃないだろうか。
(……その先って?)
キス? あとは……あとは?
なんだろう? 何がしたい?
そんなことを思ったら、落ち着いていた下半身が再び膨張をはじめた。
ぎゅうううっとくっつきたい。触りたい。触ってほしい。触りたい。今すぐ彼を追いかけて、さっきみたいに抱きしめたい。抱きしめられたい。逃げるのを捕まえてでも、無理やりにでも抱きしめたい。欲求で爆発しそうだ。抱きしめたい。抱きしめられたい。抱きしめたい……
頭の中がそのことでいっぱいになり、ほとんど無意識で立ち上がって、部屋のドアを開けて出ていこうとした。が、
「きゃっ」
「え」
柔らかいものにぶつかった。お手伝いさん、だ。一週間前から来ている人。派手でもなく地味でもなく、美人でもなく不美人でもなく、普通の人。サバサバしていて感じがいいので、いつもはお手伝いさんには挨拶しかしないオレが、珍しく何度か話しをしていた。
「具合悪いって聞いたけど、大丈夫?」
「…………」
首を傾げた彼女……
背の高さ……ちょうど彼くらいだ。
今、オレは身長175センチある。彼は160くらいで……
「赤い顔してるね。熱でも……」
「………」
さっき彼がしてくれたようにオデコに手を当てられた。彼も上目遣いでオレのこと見てて、それで、それで……
「…………」
「ちょ……っ、諒君?」
停止も聞かず、かぶさるように抱きしめた。大きくなったモノが彼女に当たりますます膨張率が増す。柔らかい胸の感触が気持ちいい……
しばらくそのまま、膨張したものを押しつけるように抱きつきながらジッとしていたのだけれども……
「………大丈夫?」
「………」
冷静で、それでいてすごく優しい声に、我に返った。
「…………。クラクラする」
「少し横になろうか?」
言い訳の言葉だったのに、腕をとられ、部屋に戻された。ベッドに寝そべると、彼女は優しく頭を撫でてくれた。
「勉強のしすぎで疲れちゃった?」
「…………」
「夜ご飯の時間になったら起こしてあげるから、少し寝たら?」
「…………」
言われたまま目をつむると、そのまま頭を撫で続けてくれた。心地の良い手……。彼の手と少し似ている……
**
翌朝、彼は何事もなかったかのように、
「具合大丈夫かー?」
と、元気に声をかけてきた。オレが抱きしめたことは、やはり具合が悪かったせいだと思ってくれたようだ。
(良かった。…………でも)
複雑。
彼にとっては、オレが抱きしめても何も関係ないんだ。当たり前だけど……自分一人が空回っていることに、どうしようもない虚しさが襲ってくる。
「………大丈夫じゃない」
「え」
先を歩き始めた彼に後ろから覆いかぶさって、ぎゅうっと抱きつく。切ない。でも、気持ちいい。でも苦しい。
すると彼がポンポンと腕を叩いてくれた。
「なんだよ? オンブなんかできねーぞ。お前無駄にデカくなりやがったからな」
「…………」
やっぱり、オレの方が身長高くなったこと気にしてるんだ……
「大丈夫じゃないなら、学校休めよ」
「………やだ。このまま連れてって」
さらに強くぎゅうううっと抱きしめる。と、
「諒」
「…………」
無理矢理に腕を外されてしまった。
彼はクルリとこちらを振り向き、眉を寄せて、言った。
「もう中学生なんだから、昔みたいにべたべたくっついてくるなよ」
「…………」
「もう小学生じゃないんだぞ、オレ達」
「…………」
そして……先を歩いていってしまった。
もう、くっついたりしちゃいけないって……もう、小学生じゃないって……
「………知ってるよ、そんなこと」
「え?」
小さく言ったのに、振り返られた。
「なに? どうした?」
「………………」
何歩も前を行く彼……
手を伸ばしても届かない距離。これが、オレと彼の距離……
「諒?」
「学校……休む」
「え」
ビックリした顔をした彼を置いて、家に戻る。
「諒ー?」
「…………」
追いかけてきてもくれない。その場で呼ぶだけ。それが、彼のオレに対する思いの量。
「知ってるよ……そんなこと」
もう一度、つぶやく。
知ってる。彼にとってオレは、ただの友達。そんなの、知ってる……。
**
2時過ぎ、階下の物音で目を覚ました。お手伝いさんが来たようだ。
(………柔らかかったな)
昨日の彼女の感触を思いだしたら、下半身がムズムズしてきた。彼を抱きしめた時の、幸福感とか絶望感とかそういう複雑な感情とは別の、単純な性欲。
なんとなく、下着の中に手を入れて、自身を握り占める。軽く擦っていたら、頭の中に今朝の彼の言葉が頭に浮かんできた。
『昔みたいにべたべたくっついてくるな』
怒った顔してた……
嫌われたのかな……オレ。嫌われたのかな……
涙が出そうになり、目をつむる。
どうしたらいいんだろう。彼と一緒にいたら、触れたくなる。抱きしめたくなる。それをずっと我慢していたらおかしくなって、そのうち爆発して、何をしでかすか分からない。
(じゃあ、会わなきゃいいのか)
………。
そんなことできるわけない。会わないなんてつらすぎてできない。実際問題、学校も同じで家も隣なんだから「会わない」なんてできるわけないし、できたとしたって、会わない方がつらい。
(じゃあ、どうすれば……?)
この滾りをどうすればいい? こうして自分で吐きだしているだけじゃ、もう我慢ができなくなってる。抱きしめたい。抱きしめられたい。触れたい。触れてほしい。……もう、限界だ。限界だよ……
「諒君?」
「!」
ビクッと布団の中の手を止める。
ドアから顔をのぞかせたのは、お手伝いさん……
「学校お休みしたの? 大丈夫?」
「………」
黙っていたら、すっと枕元に腰かけられた。優しい手がおでこにおりてくる。
「ああ、ちょっと熱っぽいね……」
「………」
「だからかな?」
その手が頭を撫でてくれる。
「目が潤んでる。熱のせい? それとも……」
コツンとオデコが合わさる。
「もしかして、泣いてた?」
「…………」
その頬にそっと触れると、彼女は目をみはり顔を上げた。
「諒く………」
「泣いてた」
彼女の手をぎゅっと握る。
「もう、どうしようもなくて……」
言ってるそばから、涙が溢れてきた。もう、どうしようもない……
「前にも進めない。後ろにも戻れない。吐き出すこともできない」
「………」
「どうしたらいいのかわかんない」
「諒君………」
少し身を起こし、座っている彼女の太腿に顔を埋める。柔らかい……
「オレ、このままじゃおかしくなる」
「………」
「辛くて、苦しくて……」
「………」
涙が止まらない。
戸惑ったように、でも、確実な優しさで彼女の手が頭を撫でてくれる。
気持ちいい。この手は気持ちいい……
「………ユミさん」
初めて、彼女の名前を呼ぶと、手が止まった。ゆっくりと、彼女の方に顔を向ける。
「ユミさん………助けて」
「…………」
「助けて」
「…………」
彼女の指が、ツーッとオレの頬を下りてきて、唇を辿ってきた。
「………綺麗な顔」
彼女はつぶやくように言って……ふっと笑った。
***
翌日もその翌日も、オレは学校を休んだ。それで、発情期の動物みたいに何度も何度も彼女を求めた。
初めての時は最後までさせてくれなかったけれど、その後、コンドームを買ってきてくれて、付け方まで教えてくれて、それで最後までした。童貞卒業だ。でも、特になんの感慨もなかった。
「中学生とするなんて犯罪だね」
と、言うので、「これは看病だよ」と真面目に返したら、ひどく笑われた。
「午前中はお爺さんの介護で、午後は中学生の看病かあ」
一年前、彼女のお父さんが寝たきりになってしまい、今、お母さんと交代で介護をしているそうなのだ。
「恋人は?」
「しばらくいないなあ……」
だからご無沙汰で、つい……、と笑った彼女はとても可愛らしかった。
彼はこの3日間、学校帰りにも登校時にも毎日訪ねてきてくれた。でも、会わずに帰ってもらった。会うにはまだ心の準備ができていなかった。
定期テストなのでこれ以上は休めず、一緒に登校することになった木曜日の朝………
「…………こないだ、ごめんな」
学校に行く道を進みながら、彼がぼそっと言った。
「別にお前とくっつくのが嫌ってわけじゃなくて、その………」
「…………」
そのこと考えてくれてたなんて………嬉しい。
(嫌じゃないって。………良かった)
彼がこの3日、オレのことを考えてくれていたのなら………それでもう、充分だ。
「オレの方こそごめん。もう小学生じゃないしね、オレ達」
「諒……」
「もう、大人にならないとね」
言いながらも、胸がチリチリする。今すぐ家に帰って彼女を抱きたい。そうすれば落ち着く。きっと、落ち着く………
彼女の契約が終わったのは、この週の土曜日だった。
木曜日も金曜日もテストで帰宅が早かったので、帰って早々に何度も体を重ねた。途中でコンドームがなくなって追加を買いにいくことになり、「もっとたくさん入ってる箱にしとけばよかったなあ」と苦笑された。
土曜日、契約の最終日……
「これからはちゃんと同年代の子と付き合いなさいよ?」
最後のセックスのあと、そう言って頭を撫でてくれた。それから彼女には一度も会っていない。
***
夏休みに入り、毎日のようにバスケ部の練習があった。
キラキラした汗、上気した頬……
ついつい彼に目がいってしまう。
セックスしている時の彼もあんな感じかな……。オレの腕の中であんな風に荒い息遣いをさせてみたい。汗だくの彼にぎゅうっと抱きしめられたい……。
そんな妄想にかられていたら、うっかり勃ちそうになってしまった。
落ち着かせるために、顔を洗いにいく。顔だけでは、落ち着きそうもないので、頭から水をかぶる。
(欲求不満だな……)
こんなとき彼女がいたらいいのに。セックスでもしたら少しは気を紛らすことができそうだ……
ブルブルと首をふり、水気を落としてから、持ってきていたタオルを取ろうとしたところ、
「はい、どうぞ?」
「…………」
女バスの三年の先輩が、タオルを差し出してくれていた。彼女のタオルだ。
「……汚れちゃいますよ」
自分のタオルを取って頭をふきはじめると、先輩はちょっとムッとしたような顔をしてオレを見上げてきた。
「先輩の好意は素直に受け取りなさいよ」
「…………好意?」
好意って?
聞き返すと、先輩はパアッと赤くなった。ムッとしたり赤くなったり忙しい人だ。
「好意って、あの、そういう意味じゃ……」
「じゃ、どういう意味?」
顔を近づけると、さらに赤くなった。面白い。
「高瀬く……」
「……………」
唇をその唇のギリギリまで近づけてから、ふいっと耳元に移動させ、
「先輩、可愛い」
軽く耳朶にキスすると、先輩はさらにさらに真っ赤になって、「もうっ」と言ってオレのことを叩いてきた。それから「今日、一緒に帰ろうね」なんて誘ってきた。
(ふーん………)
ずいぶん簡単だな、と思う。
本気じゃない恋は、簡単だ。
(まあ、一緒には帰らないけど)
だって、オレは彼と帰るから。それは譲れない。それだけは、譲れない。
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お読みくださりありがとうございました!
タラシの諒君出来上がり、の回でございました。
20年上のユミさんから色々仕込まれたので、女の扱いはバッチリです。
彼のお父さんも相当なタラシなので、血筋もあるかもしれません(^_^;)
次回もう一回、諒視点。高校生になってからのお話です。
クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!!
よろしければ、次回もどうぞお願いいたします!
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