【哲成視点】
『セックスって、愛を確かめ合うためにするものじゃない? おれ達はしても子供が出来るわけでもないから、余計に、純粋に、そのためだけにするわけでしょ?』
『だから、お互いの愛が伝わることが一番重要で』
『だから、この形じゃないとダメってことは絶対なくて』
『愛の形はそれぞれだから』
2ヶ月前、挿入行為にまで行き着いていないオレたちに対して、桜井は、とても幸せそうにそう言ったのだ。
だからオレたちは、二人で決めた。
「ゆっくりでいいよな?」
これからは毎日一緒にいられる。だから、何も急ぐことはない。オレ達のペースでオレ達らしく、繋がっていければいい、と……
これからは毎日一緒にいられる。だから、何も急ぐことはない。オレ達のペースでオレ達らしく、繋がっていければいい、と……
(でも、正直、「そろそろ……」って思わないでもなかったんだよなあ……)
最近、夜の「イチャイチャ」のたびに、(今日こそは……?)という緊張感が走っていたというかなんというか……
でも、ここ一週間、妙に享吾がよそよそしくなって、「イチャイチャ」もなくなって……
(やっぱり、あの嘔吐下痢が原因だと思うんだよなあ……)
一週間ほど前、飲み会で食べた貝が原因で、帰宅後、嘔吐下痢症状が出て、その後始末を享吾にやらせてしまったのだ。よそよそしくなった時期と一致する出来事はそれくらいしかない。
(それで、汚い、触りたくない、みたいな……)
でも今日、渋谷と桜井のうちに来ていたオレを、すぐに迎えにきてくれた。一緒にいるのが嫌だったらそんなことしないよな……?
「…………なんだ?」
運転する横顔をずっと見つめていたら、享吾がこちらを見ずに問いかけてきた。
「あー……いや」
まさか、「なんでイチャイチャしねーんだ?」なんて聞くわけにもいかず、適当に話を誤魔化す。
「メシ、食ったのかなー?と思って」
「ああ……トオルさんちでご馳走になった」
「トオルさん?」
トオルさんというのは、享吾夫妻が経営するワインバーの常連さんだ。
(…………仕事って言ったくせに)
思わずムッとしたことに気が付いたのか、享吾が「今日の仕事、トオルさんに紹介してもらったんだよ」と、言葉を足した。
「話まとまったから礼を言いにいったら、奥さんがすでにオレの分のメシも作ってくれてて」
「……ふーん」
淀みない言葉。これがウソだったら、もう何も信じられない。
何も言い返せずに黙っていたら、享吾が小さくため息をついて、言葉を継いだ。
「日曜なのに仕事入れたことを怒ってるのか?」
「え」
怒ってる?
「別に怒ってなんか……」
「怒ってるだろ」
「怒ってねーよ」
「怒ってるって、桜井が」
「は?」
桜井?
「何で桜井……」
「ラインで言ってた」
「なんて?」
聞くと、享吾は「あー……」と言ってから、小さく付け足した。
「詳しくは忘れた」
「…………」
忘れたって何だよ!言いたくねーだけだろ!
「…………思い出せよ」
「…………」
言ってるのに、真っ直ぐ前を向いたままの享吾。答える気がないことに余計イライラが募る。
……もういい。そっちがその気なら、桜井に電話して聞いてやる。
そう思って、後ろポケットからスマホを取り出した、が。
「待て」
何も言っていないのに、オレの行動の意図を察したらしい享吾に、ポンと腕を叩かれた。
「帰ったら画面確認する」
「…………」
なんか……お見通しって感じでムカつく。
お見通しって感じで…………、安心する。
***
家に帰って早々にスマホの画面を見せてもらった。
桜井とのラインのやり取りの最新画面は、
『日曜日なのにお仕事お疲れ様です』
『今、村上がうちに来てるよ』
『なんか落ち込んでるよ』
『終わったら、迎えにきてあげたら?』
という桜井からのメッセージに対して、
『わかった』
という享吾からの返事で終わっていた。
それはいいんだけど……
そのやり取りの前の、今日より前に送られてきたらしい『頑張って』『連絡まってまーす』ってスタンプはなんだ?
「これ……なんだ?」
「ああ、怒ってる、じゃなくて、落ち込んでる、だったか」
「じゃなくて」
ソファに並んで座っている距離を縮めて、肘で小突いてやる。
「この『連絡まってまーす』ってスタンプだよ。お前と桜井ってこんなやり取りするほど仲良かったっけ? 『頑張って』って……」
「それは……」
享吾は「あー……」とまた息を吐き出すと、
「一昨日、桜井に聞きたいことがあって連絡したんだよ」
「聞きたいこと?」
「……………」
享吾の長い指がスルスルと画面を滑っていく。しばらく滑ったあと……
「これ」
すっとスマホを渡された。日にちは一昨日。内容は……
『色々調べたけれど、凹凸の凹に塗るパターンと凸に塗るパターンがある。どっちが正解なんだ?』
って、挿入の際に使用する潤滑ジェルのことを享吾が桜井に聞いてる!!
「これ……なんで!?」
「なんでって?」
「なんでこんなこと聞いてる!?」
「それは………」
享吾は一瞬詰まったあと、
「そろそろちゃんとしたいって思ったから」
さらり、と言ってのけた。
でも、おかしい。付き合いが長いから分かる。この「さらり」は裏に何かがある「さらり」だ。
「キョウ…………何を隠してる?」
「何も……」
「隠してる、だろ」
ずいっとさらに顔を近づけると、戸惑ったように目をそらされた。ほら!やっぱり!
「もしかして………」
その目のそらされ方に見覚えがあってさっと血の気が引く。
「……やっぱり、あれが原因か?」
「あれって……」
「オレが下痢してその後始末させたことだよ!」
「!」
はっとしたようにこちらを見た享吾。
やっぱり正解かよ!
あの時……享吾はオレの足を拭きながら目をそらした。やっぱり……やっぱり!
「お前が冷たくなったのってそのころからだもんな?」
「それは……」
「汚いから触りたくないとか思ってんだろ? それ打開するために、そんなこと桜井に相談……、って!」
いきなり、抱きすくめられて息が止まる。
キョウ………っ
「…………哲成」
優しい声が耳元からして、力が抜けてしまう。オレを蕩けさせる声……。
「違うから。全然違うから」
「何が……」
「…………」
「…………」
しばらくの沈黙の後、享吾はボソッと言った。
「引かれるから言いたくない」
「…………。は?」
甘い気持ちを断ち切る拒否の言葉に、ベリっと体を離す。
「何だよ?教えろよ」
「…………教えない」
「はああああ!?」
意味分かんねえなあ!
「教えろよ!」
「嫌だ」
「何で!」
「引かれるから」
「引かねーよ!」
「いや、絶対引く」
「だーかーらー」
なんか面倒くせえなあ!!
「引かねーから言え!そうじゃないとオレ、ずっとお前がオレのこと汚いって思ってるって思うだろ!」
「それは…………」
グッと詰まった享吾。
今日何度目かの沈黙の後………
「…………引くなよ?」
ダメ押しで、もう一度そう言ってから、享吾は、ぼそり、と付け足した。
「オレ…………、下痢垂れ流してるお前に興奮したんだよ」
「…………」
「…………」
「…………」
……………は?
「それで……やりたくて色々調べて……分からないことを桜井に聞いた」
……………え。
「……………え?」
…………。
…………。
…………。
「え、えええええええ!!!」
そ、それは……っ
想定外過ぎる………っ
「…………。だから言いたくなかったんだよ」
苦々しくいった享吾は、いまだかつて見たことがない「ムッ」とした顔をしている。
「じゃ、最近冷たかったのは……」
「触れたら歯止めがきかなくなりそうだったからだ」
ムッとしたまま、享吾は立ち上がると……
「哲成……、これだけ言わせたんだから、覚悟できてるんだろうな」
「え」
「とりあえず、風呂いくぞ」
「え……え、え、え?」
腕を取られ、無理やり立ち上がらさせられる。
「キョウ……っ」
「哲成」
「!」
コツンと落ちてきたおでこ。
そして……ささやくように、言われた。
「お前が、欲しい」
「…………っ」
昔と変わらない、そんなセリフを聞かされたら……
もう、肯くしかない。
3に続く。
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お読みくださりありがとうございました!
更新していないのに様子を見に来てくださっていた有難い方、本当に本当に本当にありがとうございます!!
コロナ禍で家族の在宅勤務が増えたため、パソコンの前に座れない日々が続いております(私はシフト制のため、土日関係なしの在宅無しです)。
スマホで書くことにもだいぶ慣れてはきたのですが、やっぱり、こう……気持ちが乗って、バーッと書きたい時にスマホだとモタモタしすぎて、その波に乗り切れないというか……今の子はパソコンよりスマホ打つ方が早かったりするけれど、昭和生まれの私はやっぱりまだまだパソコンです。
なので、家族がいないすきに核となるセリフだけガーッとパソコンでうち、あとはスマホで書き足し書き足し推敲推敲………
なんとか5月最終金曜日に間に合いました。
次こそは初エッチかな……頑張って!
と、いうことで、次回も6月中には…………
お時間ありましたら、どうぞよろしくお願いいたします!