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BL小説・風のゆくえには~2つの円の位置関係35

2019年01月29日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 2つの円の位置関係

【享吾視点】


 村上哲成が、学区一位の白浜高校から二位の花島高校に志望校を変えてくれるという。

『オレ、お前と離れたくない』

 そう言ってくれた村上。これ以上に欲しかった言葉なんてあるだろうか。

 でも………

『オレも……お前と離れたくない』

 その小柄な体を抱きしめながらも、言い様のない絶望感に支配されていくのが分かった。それを払いたくてますます力を込めるけれど、募る一方だ。

 花島高校に行けば、母の精神的負担を減らせる。その上、村上も同じ高校に通ってくれるのなら、何も迷うことはない。

 でも、村上は、ずっと白浜高校に行くことを目標に頑張っていたはずだ。それをオレのせいで変えるなんて……

 それに………

「花島高校で成績上位キープして、大学の指定校推薦取るっていうのも手だしな!」

 村上は、オレの気持ちを汲んでくれてか、明るく言ってくれた。が、

(成績上位キープ……)

 それは無理だ。ほどほどのところにいないと、また母の負担になってしまう

 オレはこうして、ずっと何にも本気を出せないまま、燻り続けるのだ。


「花高って、早慶の指定校もくるらしいぞ。指定校でさっさと決まったら大学受験楽だよな~」
「………そうだな」
「だろ!」

 笑った村上哲成。苦しくなるほど、手離したくない、と思う。本当は一緒にいるべきでないことは分かってる。でも……それはもう、譲れない。


***


 帰宅すると、兄が台所に立っていた。テーブルにカレーの箱が置いてあるところをみると、今晩もまたカレーにするらしい。

「………ただいま」
「おかえり」

 ふわりと笑う兄。二年前、学校に行けなくなってから見せるようになった、儚く消えてしまいそうな微笑み。昔はこんな笑い方しなかったのに。学校に行けるようになった今でも、笑い方が戻ることはない……

「…………。手伝うよ」
「いいよ。受験生は勉強しないと」
「いや大丈夫」

 兄の淡々とした言葉に首を振る。

「大丈夫だよ。別に」
「何言ってるんだよ。白浜高校って、学区一番の学校なんだろ? 油断してると……」
「だから大丈夫だって」

 言われかけたのを、強めに制した。

「オレ、白高はやめて、花島高校にするから」
「え?」

 ボトッと大きな音がして、兄の持っていたジャガイモがシンクの中に転がった。

「何言って……」
「だから、やめたんだって」
「え…………」

 兄は大きく瞬きをした後で、絞り出すように、言った。

「それは…………お母さんのためか?」
「……………」
「……………」
「……………」

 何も言えず、ただ、見返してしまう。……と、

「亨吾」

 妙にキッパリと、兄がオレを呼んだ。
 昔の兄の姿とだぶり、戸惑う。

「何………」
「亨吾、お母さんに、会いに行こう」
「え」

 会いに行こうって……
 母は今、入院中で、オレ達は会いに行ってはいけないと、父が言っていたのに?

「お前はもう、お母さんに遠慮することなんてないんだよ」

 兄は揺るぎのない瞳で言いきった。

「お母さんは、オレ達の母親であることを放棄したんだから」

 放棄……

 意味が分からず……、いや、分かりたくなくて、オレはただ、呆然と兄を見返していた。

 
***


 母の入院している病院には、電車とバスを乗り継いで、ようやく到着した。あまり乗り慣れないため、兄の後をくっついていくのに精一杯で、どうやって着いたのかあまり覚えていない。

「面会時間、もうすぐ終わりだから急ごう」

と、兄は知った風に病院の中にずんずんと入っていく。どう見ても、初めて来た風ではない。

「兄さん……、来たことあるの?」
「ああ、今日も学校の帰りに寄った」
「…………え」

 行くなと言われたのは、オレだけだったんだっけ? いや、そんなことは……

「今日、診察日だったから」
「?」

 診察日?
 オレの疑問に気がついたのか、兄が振り返って、苦笑気味に言った。

「オレも、二年前からこの病院に定期的に通ってるんだよ」
「……………。え?」

 定期的に通って……?

「兄さん、どこか悪い……」

 言いかけて、ハッと口を閉じた。どこか悪い、も何もない。ここには、精神科しかない。

「お母さんもずっと通ってて……だからここに入院したんだよ」
「え………」

 全然、知らなかった。知らなかったのはオレだけってことか……

「ああ、ほら、ここから見える」
「…………え」

 人気のない、中庭みたいなところに連れ出され、上を見るように言われた。いくつかある窓の中………

「あ」

 すぐに分かった。2階の窓。母がへばりつくみたいにして、外を見ている。ジーッと……

(お母さん……、あ)

 今、確実に目が合った。合ったけれども、その瞳には何も写し出されていないようだった。風景の一つとしか思われていない。

『お母さんは、オレ達の母親であることを放棄したんだから』

 先ほどの兄の言葉が頭をよぎる。母は、オレを認識していない………

 ショック、とか、悲しい、とかそんな感情の前に、「やっぱり」という感想がくる。母の張りつめていた糸が切れてしまったんだ、と思った。オレが色々負担をかけたせいで………

と、思いに沈んでいたところ、

「亨吾」
 兄が真剣な様子でオレの肩に手を置き、オレをそちらに向かせた。

「あの日……お母さんが家を出ていったのは、オレのせいなんだよ」
「え?」

 兄さんの、せい?

「だから、お前が責任を感じることはない」
「……………」

 兄はオレをのぞきこんで、静かに、言った。

「お前はお前らしく生きてほしい」
「……………」

 オレらしく………

(………村上)

 真っ先に浮かんだのは、村上のくるくるした瞳だった。オレがオレらしくいられるのは、あの瞳の中だけだから……


 気がついたら、母の姿は窓辺から消えていた。

「帰ろうか」

 兄はこちらに背を向けると、静かに言った。

「あの日、何があったのか……ちゃんと話すよ」

 そうして、帰りの道中で、兄は母が家を出ていってしまった日のことを話してくれた。
 兄は自分のせいだと言うけれど、兄はオレのために母に意見してくれたのだから、やっぱり母が出ていったのはオレのせいだと思う。

 でも………

「お前はお前らしく生きてほしい」

 再度、そう言ってくれた兄の言葉に、背中を押された気がした。以前に村上に押された背中………オレはもう一度、前に進めるだろうか。

(村上………)

 お前は、何て言うだろう。
 
 


---

お読みくださりありがとうございました!
こんな真面目な話、誰得? いいの私が読みたいの……といういつもの自問自答をしつつ……
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BL小説・風のゆくえには~2つの円の位置関係34ー2

2019年01月25日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 2つの円の位置関係

【哲成視点】

『オレ……白高受けるのやめる』

 そう言った、村上享吾の声は震えていた。オレを抱きしめる腕も震えていた。一瞬、思考が止まってしまったけれど、

(本当はやめたくないんだろ?)

 すぐに、本心に気がついた。だから、何も言わずに抱きしめ返してやった。

(オレに、何ができる?)

 
 村上享吾は、今までオレを何度も助けてくれた。

 球技大会のバレーボールでは、オレの失敗を全部カバーしてくれた。
 合唱大会では、オレが歌いたい曲をクラス自由曲にするために、伴奏者になってくれた。しかもクラスを金賞に導いてくれた。
 暁生に嘘をつかれて落ち込んでいた時には、抱きしめてくれた。ピアノを弾いてくれた。
 ベッドで眠れなくなったことも、強引にベッドに連れ込んで眠れるようにしてくれた。
 他にも、たくさん。たくさん………

 だから。だから、今度は、オレがお前を助けてやりたい。


***



「高校見学、行こうぜ?」
 
 できるだけ、明るく、何でもないように誘ってみた。
 昨日はあの後、話せる雰囲気じゃなかったので、塾のプリントを渡しただけで帰ってしまったし、今日も学校で会えたけれど、何を言えばいいのか迷って何も話せなかった。

 でも、帰宅後、考えに考えて、一つ案を思いついたので、家に直接誘いに来たのだ。

「高校、自転車で行ってみないか? オレ、前に白高行った時はバス使ったから、自転車で行ったことなくて」
「でも……」
「でさ!」

 断られる前に、一気に言い切る。

「白高も花高も、自転車で行けるじゃん?」
「…………」
「花高の見学付き合うから、白高付き合ってくれよ?」
「…………」

 村上亨吾は、白浜高校を受けないのなら、花島高校を受けるはずなのだ。

 学区一番は、白浜高校。二番は花島高校になる。両校はわりと近く、毎年学校をあげての部活の交流戦があるくらい、仲がいいらしい。

「…………。分かった」

 村上享吾が青白い顔のまま、コクリと肯いてくれた。

(よし!)

 内心ガッツポーズをする。第一段階突破だ。


***


 白浜高校は、「浜」という字がつくくせに、丘の上にある。急坂ではないものの、なだらかな坂が延々と続いていて、なにげにこれは……

「もう無理!無理無理!おりる!」
「なんだ。だらしないな」
「なんとでもいえ!」

 部活をやめてから、全然運動していなかったことがたたっているのか、自転車を漕ぐ足が全然進まなくて、音をあげた。でも、村上享吾は涼しい顔をしている。何でだ!

「なあなあ!やっぱり、大通りの方が坂が緩やかじゃね?」
「でも、狭いし、バスも通ってて危ないから、先輩の話通り、この住宅街抜けてくのが正解なんじゃないか?」
「えー……」

 高校からは自転車通学にしようと思っていたのに、毎朝これは思いやられる……
 
「とりあえず、今は押してく……」
「……まあ、毎朝通ってるうちに慣れるだろ」
「慣れるかなあ……」

 ブツブツ言いながら二人並んで自転車を押して歩く。カラカラという車輪の音が二つ重なっていて、なんだか楽しい。

 高校が近づくにつれ、部活をしている声や音も聞こえてきた。外周を走っているジャージ姿の生徒達も見える。

 どんどん気分が上がってきた。

「いいなーいいなー白高生!」
「………村上は、高校も野球部か?」
「いや?」

 グラウンドから聞こえる野球部の練習の声が気になりはするけれど、そのつもりはない。

「白高に入れたら、数学部って決めてる!」
「数学部?」
「文化祭すげー面白かったんだよー」
「へえ………」

 村上に合ってるな、と、優しく微笑まれ、ドキンとなる。こういう笑顔は反則だと思う……。

「……………。そういうキョーゴは?やっぱりバスケ部?」
「どうかな……」

 カラカラと車輪の音がよく響いている。

「ピアノ弾けるんだから音楽系のなんかでもいいんじゃね?」
「いや………それはないかな……」
「……………」
「……………」

 村上亨吾の瞳は遠く……遠くを見ているだけだ。

(なあ、こうやって、一緒に白浜高校に通えたら、絶対楽しいぞ?)

 ………って、話す作戦だったんだけど、そんな雰囲気でもなくて黙ってしまう。

(キョーゴ……何考えてる?)

 いつもよりも更に無口な様子に、想像以上に事態は深刻なのだと思い知らされる。

(たぶん、親に反対されたってことなんだろうけど……)

 それで行きたい高校に行けないなんて……。高校に行くのは親じゃないのに。村上亨吾自身なのに。


 結局、何も話せないまま、学校の周りをぐるっと一周してから、来た道を戻ることにした。

 帰りは下りなので楽勝だ。
 ザーッと冷たい風を受けながら下りて行って、川べりまで出た。ここでストップだ。

 橋を渡って10分くらい行けば、オレの家につく。右に曲がって川沿いを進めば、花島高校につくことになる。

「花島高校は、この川沿いを真っ直ぐ上流に向かって行ったとこにあるんだよな」
「そう……らしいな」

 二人で花島高校の方角をみる。空が広い……

「オレが白高、お前が花高ってなったら、ここが分岐点なんだな」
「…………」
「オレは丘をのぼっていって、お前は川をのぼってく」
「…………」
「…………」
「…………」

 しばらくの沈黙の後、村上亨吾はふいっと自転車を漕ぎ出した。川上に向かって。

(………キョーゴ)

 行くのかよ……

 見学に行こうと自分が誘ったくせに、ガッカリしてしまう。無言で後を追いながら、ブツブツと思う。

(こうやって、一人で行くつもりか?)

 オレと会えなくなるの、さみしくないのかな……。さみしいって思ってるのはオレだけなのかな……。

(キョーゴ……)

 念力を送るみたいに、背中をジッと見つめながら自転車を走らせていたら、さすがに気がついたのか、村上亨吾の自転車が止まった。

「なんだ?」
「………………別に」

 ムッと口を尖らせていると、村上亨吾がふっと笑った。ああ、ほら、その顔が見られなくなるなんて……

「別にってなんだ?」
「別には別に!」

 引き続きムムムムっとしていると、村上亨吾は自転車を端に止めて、こちらに来てくれた。そして、軽く首をふると、

「行きたくなかったら、一人で行くから、帰っていいぞ?」
「行きたくないなんて言ってな………、あ」

 言いかけて、気がついた。

 そうだ。そうだよ。なんでこんな単純なことに気がつかなかったんだ!

「オレが、花島高校に行けばいいんじゃん」
「え?」

 きょとん、とした、村上亨吾に指を突きつけてやる。

「だから!オレも、白高じゃなくて花高を受験すればいいんだよ!」
「何を……」
「そうすれば、オレ達一緒にいられるじゃん!」
「!」

 目を見開いた村上享吾にたたみかけてやる。

「そうだそうだ!これで問題解決!よしよし!そうしよう!」
「何言ってんだよっ、お前、お母さんのために……」
「別に約束したわけじゃないし、そんなことはいいんだよっ」

 母のために一番の高校に、と思ったのはオレの勝手な目標であって、母と約束したわけではない。

「母ちゃんだって分かってくれるっ」
「で、でも」

 村上享吾はなぜかすごく慌てて言い募った。

「でも、それに、体育祭が楽しそうだったって、それに、数学部……」
「だからいいんだって!」
「……っ」

 オレも自転車を止めて、村上享吾の前に立つと、その胸にバンッと手を当てて、言い切ってやる。

「オレはそれよりも、お前と一緒の高校に行きたい」

 今、ハッキリと分かった。ずっと憧れていた白浜高校だけれども、そこに行くという魅力よりも、村上享吾と同じ高校に行けるっていうことの方が、オレにとってずっとずっと大きな魅力だ。

「オレ、お前と離れたくない」
「…………」

 村上享吾は目を見開いたまま、固まってしまっていたけれども……

「村上……」

 ようやく絞り出すように、そう言うと、ぎゅうううううっと抱きしめてくれた。

「オレも……お前と離れたくない」
「ん」

 そのぬくもりに愛しさでいっぱいになりながら、オレも抱きしめかえす。

 この愛しさを手放さないためなら、オレは何でもする。


----

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BL小説・風のゆくえには~2つの円の位置関係34ー1

2019年01月22日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 2つの円の位置関係

【享吾視点】


 抱きしめた村上哲成の温もりは、果てしないほど愛しくて……

『オレ……白高受けるのやめる』

 言いながらも、この温もりを失いたくなくて、ギュッと腕に力を入れた。
 でもオレは……これ以上、母を苦しめるわけにはいかない。



 翌日、3学期の始業式の後に学級委員会があった。委員会終了後、

「一緒に帰ろうぜ?」
「……え?」

 初めて、松浦暁生に誘われて、驚いてしまった。帰る方向が同じなので、今までも一緒になりそうになったことはあったけれども、オレが故意に避けていたので、一緒に帰ったことはなかった。

(……何だろう)

 クリスマスに村上哲成の家に一緒に泊まりにいって、なんとなく和解はできた……とはいえ、苦手意識に変わりはない。
 でも、断る理由もなく、首を縦に振ると、オレの内心を読んだように、松浦は「そんな警戒しなくても何もしえねよ」とニヤリと笑った。



「オレ、N高行くから」

 帰り道、周りから誰もいなくなったタイミングで、松浦がポツンと言った。

「………そっか」

 以前、N高の野球推薦をやめて、白浜高校に行こうかな、と話していたけれど、その話はなくなったらしい。野球をしているより女とヤッてた方が楽しいだの、白浜高校に行けば、引き続き村上哲成に雑用を頼めるだの、相当ヒドイことを言っていたけれど、今の松浦からはそんな醜悪な感情は漂ってこない。何か吹っ切れたような、清々しさを感じるのは気のせいではないだろう。

 松浦は、ふっとこちらを見ると、優しいともいえる口調で、言った。

「享吾……お前は、白浜高校、行くんだよな?」
「…………」

 それは……
 
 答えずにいると、松浦は視線を前に戻し、ポツリ、と言った。

「……悪かったな」
「え……」

 松浦は首の後ろに手を当てながら、独り言のように続けた。

「オレ、親から野球やれとか勉強しろとかうるさく言われてクサクサしてて……そんなとき舞と出会って……」
「…………」

 舞、というのは、松浦の年上の彼女のことだ。

「なんか……舞にもテツにも甘えてて……」
「…………」
「お前にムカついてて……」
「…………」
「でも、お前が、テツがベッドで寝られるようにしてくれて……」
「…………」
「…………」
「…………」

 しばらくの沈黙のあと、松浦は大きく息を吐いてから、ちょっと笑った。

「何言ってんだか分かんねえな、オレ」
「…………」

 確かに、何を言いたいのか、全然分からない。

 でもたぶん、謝ってくれている……らしい。

「………享吾」
「…………」

 分かれ道で立ち止まり、松浦は意を決したように、言った。

「テツのこと、よろしくな」
「…………え」

 よろしく?

「オレはもう、テツとは離れるから」
「…………」
「一緒にいたら、また、あいつのこと利用したくなるからな」

 松浦は茶化すように言うと、クルリと背を向けた。そして、後ろ姿のまま、ポツリ、と言った。

「オレは、あいつがいなくても『完璧な松浦暁生』でいられるようになるから」
「…………」

 完璧な……松浦?

「ああ、でも、中学卒業までは、今まで通り、オレが登下校一緒にするからな?」
「…………」
「高校からは、お前に譲る」
「…………」

 松浦は、「じゃあな」と手を挙げると、そのまま行ってしまった。

「お前に譲るって……」

 ふっと頭をよぎる。村上と一緒に登校する自分の姿……

 でも、そんなこと言われても困る。オレは白浜高校の受験やめるのに……



 帰宅後、昼食は自分でラーメンを作った。
 母がいないので、家事は父と兄と一緒に何とかこなしているけれど、食事はどうしても質素になりがちだ。

 一人静かな家の中でラーメンをすすっていると、普段の母もこうだったのだろうか、と、胸が痛くなる。

 こんな静かな中で、毎日、オレ達が帰ってくるのを一人で待っていたのだろうか………

 そんな母の姿を想像して、深く深く沈みこんでいく………、と、

(………え)

 インターホンが鳴って、我に返った。

(びっくりした……)

 オレを現実に引き戻すために鳴らされたみたいだな……なんて思いながらドアを開けて……

 まぶしい光に、目が眩んだ。光の中に、村上哲成が立っている。

「よ!」

 村上は、にこにこしながら、言った。

「高校見学、行こうぜ?」



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お読みくださりありがとうございました!
時間切れのため分けます……
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BL小説・風のゆくえには~2つの円の位置関係33

2019年01月18日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 2つの円の位置関係

【哲成視点】


『また明日』

って、抱きしめてくれながら言ってたのに、翌日、村上享吾は塾に来なかった。先生に聞いたら「しばらく休む」と電話連絡があったそうだ。
 その翌日も、そのまた翌日の冬休み最終日もこなかった。それで、塾の先生から預かったプリントを渡すことを口実に、帰りに家に行ってみることにした。先生には学校で渡せばいいと言われたけれど、明日までなんて待っていられない。

(しばらく休むって、具合悪いのかな……)

 家にいないかもしれない……と思いつつ、村上享吾の家の玄関のインターフォンを鳴らしてみた。

「………。いない、か」

 しばらく待ったけれど、反応がなかった。一応、もう一回鳴らしてみた。けれども、やっぱり反応はない。がっかりだ。

(明日からの学校も来ないのかな……)

 あーああ。とため息をつきながら、背を向けて、マンションの廊下を歩きかけた。けれど、玄関が開く音が聞こえてきて、「お!」と飛び上がってしまった。

「おおっ。キョーゴ!」

 振り返ると、村上享吾が立っていた。……でも、顔色が悪い。目の焦点が合ってない……?

「キョーゴ……?」
「…………村上」

 村上享吾はポツン、と言って、両手を伸ばしてきた。ので、急いで駆け寄ってやる。

「どうし……」
「村上」

 最後に会った時のようにふわりと抱きしめられ、ドキンとなる。でも、その後に告げられた言葉に、思考が止まってしまった。村上享吾は、オレをギュウッとしながら、小さく、小さく、言ったのだ。

「オレ……白高受けるのやめる」




【享吾視点】


 兄の話によると、母は突然、棚の上のものをあちこちに投げつけ、投げるものがなくなると、フラリと家を出て行ってしまったそうだ。その直後に帰ってきた父が、慌てて母を探しに外に出て行ったけれど、見つからず……

 翌日の朝、母のかかりつけの皮膚科から連絡があって、母の居場所が分かった。
 母はうちの路線の終点の駅で、終電時間が過ぎてもベンチに座っていたところを駅員に保護されたらしい。精神的に不安定で名前も言えない状態だったため、警察を呼ばれ、それから病院に連れていかれ、そこで身分が分かるものを探されて、出てきたのが、財布の中の皮膚科の診察券だった、というわけだ。
 翌朝、皮膚科の診察時間に連絡がとれ、うちに連絡が回ってきた、と父に教えられた。

(オレのせいだ……)

 父が母を迎えに行っている間、オレはリビングのソファーから動けなくなっていた。

(オレが、白高受けるっていったり、松浦のこと殴ったりしたから)

 母を追い詰めてしまった。その上、最近も、毎日村上の家に入り浸って、帰りが遅くなって心配かけて……

「亨吾、何か食べよう」
「………いらない」

 兄の言葉にも首を振った。食欲なんてない。
 兄は心配そうに色々声をかけてくれたけれど、兄にも申し訳なくて、顔をあげることもできなかった。


 その日の夜遅く、父は一人で帰宅した。

「お母さんは、しばらく入院することになったよ」
「入院?」

 具合悪いの?と聞いたら、父は困ったように首を振った。

「体は何ともないんだけど、心がね……」
「……………」
「ちょっと……疲れちゃったみたいで」
「……………」

 ああ……やっぱりオレのせいだ……
 それなのに、オレは、浮かれてて、母の気持ちにも気がつかなくて……バチがあたったんだ。母と約束してたのに。目立たないようにするって、みんなと同じようにするって、約束してたのに。せっかく、兄も落ち着いてきていたので、昔みたいな明るい家族に戻れたかもしれないのに……

『できるのにやらないのはズル』

 そう、村上は言っていた。本気を出す楽しさを、村上が思い出させてくれた。

 でも。

 オレはそんなことしちゃいけなかったんだ。


***


 次の日も、その次の日も、塾には行かなかった。母の病院にお見舞いに行こうとしたけれど、父に止められてしまった。

「ちょっと、まだ、早いかな」

 父はそういって、無理やりな笑顔を作った。父は会いに行っているのに、オレと兄は行ってはダメだという。母にとって、オレたち子供は精神的負担になっている……ということだ。

(オレは、どうすればいい)

 自問したけれど、答えは簡単に出てくる。

 みんなと同じように、目立たないように、母の負担にならないように……村上哲成に出会う前のオレに戻ればいい。

 志望校も、学区2番の高校に変えよう。そこで、普通の成績をとって、普通の大学をめざして、普通に、目立たないように、生きていけばいい。

(………村上)

 あのクルクルした瞳を思い出して胸が苦しくなる。

『本気、出せ』
 そう言って、手を包み込んでくれた。

『行こう!行こう!白高行こう!』
 はしゃいで背中を叩いてくれた。

 あの温かい腕を、柔らかい頬を、全部忘れて、オレは村上に出会う前のオレに戻らなくてはならない。村上にはもう触れない……


 そう、思ったのに。

「おおっ。キョーゴ!」

 突然、家を訪ねてくれた村上哲成のはしゃいだ声に、そんな決意もアッサリと崩れ去ってしまった。

「…………村上」

 手を伸ばすと、タタタッと駆け寄ってきてくれた、その小さな体を抱きしめる。この温もりを手放すなんて……

 でも……でも。オレは……オレは。


「オレ……白高受けるのやめる」

 なんとか絞り出して言葉にすると、村上はしばらくの無言の後……ゆっくりと、優しく、抱きしめ返してくれた。



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お読みくださりありがとうございました!
あいかわらずの真面目なお話、お付き合いくださり本当にありがとうございます。

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BL小説・風のゆくえには~2つの円の位置関係32

2019年01月15日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 2つの円の位置関係

【哲成視点】

 冬休みが始まった。
 塾の冬期講習があったので、31日まで毎日村上享吾に会っていた。
 塾の帰りに少しだけうちに寄って、ピアノを弾くことも今までと変わらない。変わらないけれど………

「村上?」
「……っ」

 ふいに名前を呼ばれたり、ふとした時に手が触れたりすると、ドキッとしたりして、オレはなんだかオカシイ。オカシイけれど……

(なんか……ちょっと、楽しい)

 一緒にいられて楽しいのはもちろんのこと、そうしてドキドキしたりするのが、余計に楽しい。


 元旦から3日間だけ会えなかったけれど、4日には朝から塾で会えて、帰りももちろんうちで遊んだ。

(やっぱり、いいな)

 村上亨吾と一緒にいると、なんだか気持ちがフワフワしてくる。


 いつのころからか、村上亨吾はピアノで簡単な曲を弾く時は、オレに隣に座るように手招きするようになった。

 だからこの日も 4日ぶりに隣にならんでピアノを聴きながら、いつものようにお喋りをしていた。


「暁生が、もううち借りないでよくなったって言ってたんだよ」

 毎年恒例の、暁生の家族とうちの家族で一緒に行く初詣のときに、言われたのだ。

「年明けからは、高校の寮の集会室の大型スクリーンを使わせてもらえるとかで、うちのテレビ使わなくても良くなったんだって」

 勉強会に関してはそれで大丈夫だろうけど、彼女との時間はいいのかな? と思ったけれど、余計なことは言わなかった。正直、オレとしては、使わなくて良いならそれに越したことはない。

「………そうか。良かったな」
「うん。まあ、ベッドに寝られなくなった件は、キョーゴのおかげで治っ……、あ」

 自分でいいかけて、「あ」と口を閉じた。

(そうだよ。あの朝、キョーゴの……)

 布団の中で感じた熱くて固い感触を思い出して慌ててしまう。
 でも、そんなオレのワタワタには気がついた様子もなく、村上享吾はキレイなメロディを奏で続けているので、ちょっとホッとする。

 あの件に関しては、今まで一度も言及したことはない。というか出来るわけがない。オレもつられて勃ちそうになったなんて、知られるわけにはいかないだろ。

(キョーゴ、完全に寝ぼけてたしな。覚えてないんだろうな)

 村上享吾にとっては記憶にないことだけれども、オレにとっては、忘れられるわけがない経験で……

(あれ以来、オカシイし……)

 今までは普通にくっついていられたのに、今はこうして並んでいるとドキドキしてくる。でも、それでも、くっついていたくて……

「………村上」
「……っ」

 ふいに、ピアノを弾くのをやめた村上享吾にドキッとする。

「何……」
「…………」
「…………」
「…………」

 黙っているので、オレの様子が変なことに気づいたのかと、違った意味でもドキドキしていたのだけれども………

「オレの今年の初夢に、お前出てきた」
「初夢?」

 全然違う話でホッとする。でも、「どんな夢?」と聞いたオレに、村上享吾は無表情のまま、あっさりと、言った。

「あの時みたいに、ベッドで一緒に寝てる夢」
「!」

 ギクッとしつつも何とか留まった。

(ベッドで寝た時は、何もないから大丈夫。問題は翌朝、布団で寝た時のことだから。大丈夫大丈夫……)

 冷静に自分を落ちつかせる。と、村上享吾は、肩をすくめていった。

「オレは寝たかったのに、お前が延々としりとりを続けようとするから、なんとか『ん』のつく言葉を捻りだそうと悩んでるところで目が覚めた」
「………。へ?」

 しりとり? んがつく言葉?

 思わず吹き出してしまう。

「なんだそれーおもしれー」
「おもしろくない。今年も、お前に振り回されるっていう暗示かと思って、正月早々、戦々恐々とした」
「なんでだよっ」

 腿をバシッとたたいてやる。と、奴はちょっと笑ってから、言葉を継いだ。

「…………でも。今年も一緒にいられるっていう暗示か、とも思って……、嬉しかった」
「…………」
「…………」
「…………キョーゴ」

 キュウウッと胸が痛くなる。なんでだろう。なんでこんなに胸が痛くなるんだろう。

 再びはじまる綺麗な旋律……。こうしてずっとずっと聴いていたい。

 コツンと村上享吾の肩に頭をのせると、コツンと頭に頭が落ちてきた。こんな時間が今年も続くんだ。




【享吾視点】


 浮かれていた。完全に浮かれていた。

 定期テストで初めて本気を出せたことにも、志望高校を学区トップの高校にできたことにも、険悪だった松浦暁生とほんの少し分かり合えたことにも、浮かれていた。
 そして何より、村上哲成と、今までと違う、フワフワとした関係となったことに、浮かれていた。

 一緒にいると嬉しい。楽しい。愛しい……。村上が、時々、手が触れたりすると、恥ずかしそうに笑ったりするのも、いい。

 こういう状態を「恋」というのではないか、とも思う。でも、オレ達は同性なので、それはない、と思う。おそらく疑似恋愛的なものなのだろう。あの時、勃ってしまったのも、そういうことだと思う。

 でも。

 どう考えても「恋」の対象ではないけれど、村上はオレにとって特別な存在である、ということは確実だ。



 正月明けに久しぶりに会えて、やっぱりフワフワと幸せな気持ちになって……。塾の帰り、いつものように村上の家に寄ったのだけれども、気がついたら夕飯の時間をとっくに過ぎていたので、慌てて帰ることにした。村上と一緒にいると楽しくて時間もすぐに過ぎてしまう。

「また明日」
「おお」

 玄関先でも思わず、ギュッと抱きしめると、村上は照れたように笑った。

(やっぱり、いいな)

 村上の笑顔はいい。その顔に満足してから帰路についた。


 手元に残る村上の温もりに、幸せな気持ちが押し寄せてくる。
 村上は幸せをくれる。オレの中の本気を引き出してくれる。見守ってくれる。一緒にいようとしてくれている。村上がいてくれれば、オレは何でもできる気がする。


 そんなフワフワした気持ちのまま自宅玄関を開けた途端、

「享吾! ちょっと留守番頼む!」
「え」

 父が飛び出して行った。ものすごく慌てたように……

「留守番?」

ってどういうことだろう? 母と兄はいないってことか?

 頭の中をハテナでいっぱいにしながらリビングに入っていき……愕然とした。

「………泥棒?」

 いつもはきれいに片づけられているリビングに、物が散乱している。棚の上に並んでいたはずの本や書類がまき散らされているようだ。
 そんな中、ソファーに沈み込むように兄が座っていて………

「……兄さん?」

 そっと声をかけると、兄はふいっとオレに目を向けた。そして、

「おかえり、享吾。遅かったな」

と、寂しそうに、笑った。
 




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