『おれ………フラれる、みたい』
浩介がそう言ってから5日。
今日は木曜日。写真部の活動日だ。
浩介はさっきからずっと写真部の部室の窓から外を眺めている。ここからは、昇降口の前あたりとそこから校門へ続く道が見渡せる。今日は朝から雨が降っているため、窓の下には傘が花のように咲いている。
「…………」
ファインダー越しに浩介の横顔をみる。カメラを通すとその人の内面まで見える、と、写真部部長の橘先輩がいっていた。
今の浩介の内面は………
「……あ」
ハッとしたように浩介が身を乗り出した。途端に、喜びと切なさが入り混じったような表情になる。
そっと窓辺に近寄り外を見てみると……
(まあ……当然だな)
そこには、浩介が片思いしている相手、三年の堀川美幸さんの姿があった。女友達と一緒に校門に向かって歩いている。鮮やかな赤の傘。上からみると相当目立つ。
「お前、昨日聞けたのか?」
「ううん」
おれの質問に浩介が小さく頭を振る。そうしながらも視線は少しも美幸さんから外れることはない。
(浩介………)
お前本当に、美幸さんのこと、好きなんだな……。
5日前……
『おれ………フラれる、みたい』
そういって半べそをかきながら抱きついてきた浩介を落ちつかせて、河川敷におりる階段の途中に並んで座って話しを聞いた。
話によると、美幸さんと、バスケ部キャプテンの田辺先輩が、すごく仲が良さそうで、おそらく両想いなのではないか、と……。でもそれは浩介の勝手な予想の話であって、何の証拠もないことらしい。
「聞いてみたらどうだ?」
「聞くって?」
ウルウルした目でおれを見かえしてくる浩介。くそー……かわいすぎる……
抱き寄せたくなるのを何とか我慢して、淡々と言う。
「だから、美幸さんに田辺先輩のこと好きなのかどうか、聞いてみりゃいいじゃん」
「………。聞いて、好きって言われたら?」
「その時は……」
諦めろって? そんなことは言えないか。
実際おれだって今、お前が美幸さんを好きだって知ってても、お前のこと好きなままだしな。
「……お前がどうしたいかにかかってるんじゃねえの?」
「どうしたいか?」
この会話、前にもしたな……
「前にお前、美幸さんとはとりあえず友達になりたいって言ってたよな? 付き合うのは恐れ多いって」
「うん……」
「それは変わってねえの? それとももう友達になれたから、次のステップに進みたくなったのか?」
「…………」
あ、否定しないんだ……
予想以上にショックだ。この沈黙……
耐えられなくなって、立ち上がった。浩介の前に立って頭をグリグリとなでる。
「じゃあ、もう、お前、付き合ってください!って告白するしかねーじゃん」
「………ううん。やっぱり無理」
浩介はされるがままに頭をフラフラさせながら言った。
「美幸さんは、女神様、だもん。付き合うとかそんなの無理」
「女神様………」
あっそーですか……
浩介はブツブツと続けた。
「こないだ練習してもらっておいて何なんだけど、やっぱり、手繋ぎたいとか、キ……キスしたいとか、そんなことも思わないし……」
「………………」
え? そうなのか?
思わずニヤケてしまいそうになるのを、なんとか堪える。
「じゃあ、お前、今、何そんなに悩んでんだ?」
「え」
はた、と気が付いたようにキョトンとした浩介。
「あ……そうだよね。何悩んでるんだっけ……」
「…………」
………なんだそりゃ。
浩介はうーんとうなってから、あ、分かったとポンと手を打った。
「あ、そうそう。だから、もし、二人が付き合ってるんだったら、もう一緒に帰ったりしちゃダメだよなって思って」
「ああ、なるほど」
「それと……」
「え」
浩介がいきなりおれの左手を両手でつかんできたので、ドバッと血液が頭に上がる。
「な、なに」
「慶、せっかく応援してくれてるのに、期待に応えられなくて申し訳なくて……」
「…………」
ぐさっと突き刺さる。
ごめん………応援なんかしてない………
浩介がシュンとしたまま言う。
「おれ、本当にダメダメで……ごめんね」
「浩介……」
浩介………大好きな浩介。
ごめんな。騙してて。おれ、お前のこと応援なんて、これっぽっちもしてねーよ。
泣きそうな浩介の頭を抱き寄せ、優しく優しく撫でてやる。
「おれのことなんてどうでもいいから」
「どうでもよくないよ」
「どうでもいいって」
浩介が腕の中にいる……なんて幸福感。
「考えてみたら、3年ってもうすぐ引退だよな?」
「うん……。引退試合は今月末で、引退式は夏休み入る前」
「そっか……」
もうすぐ終わりだな……
「だったら、もうこのまま、気がつかないふりで今まで通りに接したらどうだ?」
「でも……」
浩介、眉間にしわが寄っている。
「あんなやり取り見ちゃったら、もう今まで通りには……」
「じゃあ、聞いてハッキリさせればいいじゃねえか」
「う………そうだよね……」
分かった。聞いてみる。
そう言っていたのに、結局聞けていないらしい。昨日も一緒に帰ったくせに。
美幸さんの真っ赤な傘を目で追っている浩介の切ない表情に、胸が苦しくなってくる……。
「黄昏てるとこ悪いが」
「…………黄昏てません」
部長の橘先輩が、シャッター音とともに声をかけてきた。この人、あいかわらずおれのこと勝手に撮ってくるんだけど……どうにかしてほしい。
おれの溜息にも気を止めず、橘先輩がそのまま続ける。
「明後日、バスケ部と卓球部の撮影許可がおりた。出られるか?」
「明後日?」
「すみません、おれ……」
振り返った浩介が言うと、橘先輩は軽く肯き、
「桜井はそれこそバスケ部だったな。じゃあいい。渋谷は?」
「大丈夫です」
正当な理由で浩介のバスケ部の練習風景を見られるのはおいしい。会いたくない奴もいるけどそこは目をつむろう。
「運動部は夏休み前後で3年が引退だからな。早めに回っておいた方がいいだろう」
「ですね」
今年の文化祭の写真部のテーマは『輝く白浜高校生~部活編』。ちなみに昨年は『輝く白浜高校生~体育祭編』だった。昨年の文化祭では、クラスメートの安倍と石川さんと枝村さんの4人で、自分たちが写ってないか見にいった記憶がある。まさか今年は自分が撮る側に回るとは……
「授業終了後、昼食持参で部室集合な」
「はい」
「で、二人ともやる気が出たら先週の続きやるから声かけてくれ」
「えええ」
やる気が出たらって……
「やる気ありますよっ」
「ありますっ」
浩介と二人、思わずハモったが、橘先輩は肩をすくめて暗室に入っていってしまった。
「何でもお見通しって感じ……」
「だな」
浩介のつぶやきに、心から肯く。
カメラのファインダーを通すとその人の内面まで見える、というのは本当なのかもしれない。
(………浩介)
それならば、おれは今、お前のことは写したくない。お前の心の中は美幸さんでいっぱいに決まってるもんな……
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お読みくださりありがとうございました!
まだ続きがあるのですが、書き終わらなかったので、とりあえずここまでをアップさせていただきます。
続きは……明日更新したいなあ、という感じです。
早ければ明日、ダメだったら明後日、いつものように朝7時21分に。よろしくお願いいたします!
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もう少しで「片恋」編は終わります。お見守りいただけると幸いです。
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