私達が働いていたファミリーレストランは、確かに以前と同じ場所にあった。でも隣の店が変わっているので、少し違和感がある。
窓際にシュウの姿があった。食後のコーヒーを飲んでいるようだ。コーヒーももう不釣り合いではない。十年前のあどけないシュウはもういない。二十八歳のシュウ。もうすぐ他の女性のものになるシュウ。涙が出そうだ。
シュウがこちらに気がついた。ビックリした顔をしている。そして、慌てたようにカバンからペンを取り出すと、備え付けの紙ナフキンに何か書き、こちらに広げてみせた。
『窓越しのキスしよ!』
「……バカ」
十年前よりも、字が大人っぽくなった。シュウは照れたように笑いながら、「ウー」の口に指を当てている。十年前よりも少したくましくなった腕。
窓ガラスに手を触れる。冷たい。そこにシュウが手を合わせてくれる。少し温かくなった気がする。
窓越しの手。電話越しのセックス。私達、もう、直接触れあうことはできないんだ。
すっと顔を寄せると、シュウが窓ガラスに口づけた。二十八歳の唇。そこにそっと唇を重ねる。愛しさが伝わってくる。窓越しのキス。
分かってしまった。もう、触れてはいけない人だということを。
涙でシュウの姿が滲んで見える。愛しい愛しい愛しい人。
「バイバイ」
一歩下がり、両手で手を振ると、シュウが慌てて伝票を持って立ち上がろうとした。それに首を振り、もう一度手を振る。
「バイバイ。大好きだよ」
直接触れることはできない、大切な人。
「バイバイ。また十年後ね」
十年後、シュウに再会したときに、恥ずかしくない自分でいよう。素敵な四十八歳になろう。
「バイバイ」
くるり、と背を向ける。振り返らずに駅まで歩こう。綺麗に歩こう。綺麗に生きよう。幸せになろう。十年後のために。
***
翌朝の朝食の席で、アヤカが突然言った。
「ママの誕生日の日に会ったお兄ちゃんって、ママのモトカレ?」
ブッと牛乳を吹き出してしまった。
「な、なにをいきなり……」
「ミオちゃんが言ってたんだよ。お友達じゃなかったらモトカレじゃないの?って。ねえ、ママ、モトカレってなあに?」
ミオちゃんは中学生のお姉さんがいるせいか、色々な言葉を知っている……。
夫が笑いながらアヤカに言った。
「モトカレっていうのは、昔の恋人っていう意味だよ。でもあの人は違うだろ。ママよりうんと年下だったし。なあ、ママ?」
「うんとって失礼ね。十歳だけよ」
「十歳違えば『うんと』だろ。一緒に働いてたっていったよな? ってことは……」
「はいはい。彼が高校生。私が二十八歳。ありえないって言いたいんでしょ?」
「ありえないっていうか、犯罪だろ」
「……犯罪」
悪かったわね……。
「お友達でもなくて、モトカレでもなかったら、なんなの? シンセキ?」
まだアヤカが食い下がってくる。
「仕事仲間ってところかな? な、ママ」
「はいはい。早く食べないと遅刻するよ」
立ち上がり、コーヒーを入れるためキッチンにまわる。カウンター越しに見える、いつもの朝の風景。平凡な生活の一コマ。
「コーヒーちょうだい」
カウンターの向こうから手を出され、はっとした。思わず、伸ばされた夫の手にそっと触れてみる。柔らかい手の感触。冷たい窓ガラスの感触ではない、人のぬくもり。
「どうした?」
不思議そうに言う夫に首を振り、コーヒーカップを手渡す。窓越しではなく、直接触れることのできる人が、ここにいる。
「はい! あと三分で食べ終わって!」
出そうになった涙を押し込めて、夫とアヤカにはっぱをかけ、ユイを起こしにいく。いつも通りの日々。現実は、ここにある。窓越しの恋は窓の向こう。触れることのできない窓の向こう。幸せは、こちらにある。
十年後の私も、きっと幸せだ。
―完―
------------
最後までお付き合いくださりありがとうございました!
納得のいくラストでしたでしょうか?
1月9日のmixiニュースで興味深い記事がありました。
『失った愛は永遠に……女性の2割弱、今の彼より「元カレ」が好き!』
って題名。ちょっとかいつまんで引用させてもらいます。
**
別れた恋人と今の恋人(配偶者)どちらの方が好きかと聞いたところ、
「今の配偶者・恋人」が全体の69.1%と多数派で、
「元カノ・元カレ」が15.9%、
「今の配偶者・恋人以外に異性と付き合ったことはない」が15.0%。
男女別に見ると、
男性は「今の配偶者・恋人」が73.0%で女性を約9ポイント上回るが、
女性は「元カノ・元カレ」が18.7%と2割近く存在するという結果となった。
また、元カノ・元カレに対し、正直な話、未練はあるかとの問いでは、
男性は「ある」12.9%、「ちょっとある」42.1%と、
あわせて55.0%が「未練あり」とした。
一方、女性は「まったくない」が66.4%と3分の2を占め、
「ある」「ちょっとある」を合わせても「未練あり」は3分の1程度。
**
えーと?
女性は「元カレの方が好き・18%強」。でも、「元カレに未練なし・66%」
男性は「今の配偶者・恋人の方が好き・73%」。でも「元カノに未練あり・55%」
男女の意識差って面白い・・・。
偶然にも。今回の主人公の女性はまさにこんな感じです。
と、いうことで。
またまたしばらくお休みします。
再開した際には是非ともよろしくお願いいたします。
窓際にシュウの姿があった。食後のコーヒーを飲んでいるようだ。コーヒーももう不釣り合いではない。十年前のあどけないシュウはもういない。二十八歳のシュウ。もうすぐ他の女性のものになるシュウ。涙が出そうだ。
シュウがこちらに気がついた。ビックリした顔をしている。そして、慌てたようにカバンからペンを取り出すと、備え付けの紙ナフキンに何か書き、こちらに広げてみせた。
『窓越しのキスしよ!』
「……バカ」
十年前よりも、字が大人っぽくなった。シュウは照れたように笑いながら、「ウー」の口に指を当てている。十年前よりも少したくましくなった腕。
窓ガラスに手を触れる。冷たい。そこにシュウが手を合わせてくれる。少し温かくなった気がする。
窓越しの手。電話越しのセックス。私達、もう、直接触れあうことはできないんだ。
すっと顔を寄せると、シュウが窓ガラスに口づけた。二十八歳の唇。そこにそっと唇を重ねる。愛しさが伝わってくる。窓越しのキス。
分かってしまった。もう、触れてはいけない人だということを。
涙でシュウの姿が滲んで見える。愛しい愛しい愛しい人。
「バイバイ」
一歩下がり、両手で手を振ると、シュウが慌てて伝票を持って立ち上がろうとした。それに首を振り、もう一度手を振る。
「バイバイ。大好きだよ」
直接触れることはできない、大切な人。
「バイバイ。また十年後ね」
十年後、シュウに再会したときに、恥ずかしくない自分でいよう。素敵な四十八歳になろう。
「バイバイ」
くるり、と背を向ける。振り返らずに駅まで歩こう。綺麗に歩こう。綺麗に生きよう。幸せになろう。十年後のために。
***
翌朝の朝食の席で、アヤカが突然言った。
「ママの誕生日の日に会ったお兄ちゃんって、ママのモトカレ?」
ブッと牛乳を吹き出してしまった。
「な、なにをいきなり……」
「ミオちゃんが言ってたんだよ。お友達じゃなかったらモトカレじゃないの?って。ねえ、ママ、モトカレってなあに?」
ミオちゃんは中学生のお姉さんがいるせいか、色々な言葉を知っている……。
夫が笑いながらアヤカに言った。
「モトカレっていうのは、昔の恋人っていう意味だよ。でもあの人は違うだろ。ママよりうんと年下だったし。なあ、ママ?」
「うんとって失礼ね。十歳だけよ」
「十歳違えば『うんと』だろ。一緒に働いてたっていったよな? ってことは……」
「はいはい。彼が高校生。私が二十八歳。ありえないって言いたいんでしょ?」
「ありえないっていうか、犯罪だろ」
「……犯罪」
悪かったわね……。
「お友達でもなくて、モトカレでもなかったら、なんなの? シンセキ?」
まだアヤカが食い下がってくる。
「仕事仲間ってところかな? な、ママ」
「はいはい。早く食べないと遅刻するよ」
立ち上がり、コーヒーを入れるためキッチンにまわる。カウンター越しに見える、いつもの朝の風景。平凡な生活の一コマ。
「コーヒーちょうだい」
カウンターの向こうから手を出され、はっとした。思わず、伸ばされた夫の手にそっと触れてみる。柔らかい手の感触。冷たい窓ガラスの感触ではない、人のぬくもり。
「どうした?」
不思議そうに言う夫に首を振り、コーヒーカップを手渡す。窓越しではなく、直接触れることのできる人が、ここにいる。
「はい! あと三分で食べ終わって!」
出そうになった涙を押し込めて、夫とアヤカにはっぱをかけ、ユイを起こしにいく。いつも通りの日々。現実は、ここにある。窓越しの恋は窓の向こう。触れることのできない窓の向こう。幸せは、こちらにある。
十年後の私も、きっと幸せだ。
―完―
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最後までお付き合いくださりありがとうございました!
納得のいくラストでしたでしょうか?
1月9日のmixiニュースで興味深い記事がありました。
『失った愛は永遠に……女性の2割弱、今の彼より「元カレ」が好き!』
って題名。ちょっとかいつまんで引用させてもらいます。
**
別れた恋人と今の恋人(配偶者)どちらの方が好きかと聞いたところ、
「今の配偶者・恋人」が全体の69.1%と多数派で、
「元カノ・元カレ」が15.9%、
「今の配偶者・恋人以外に異性と付き合ったことはない」が15.0%。
男女別に見ると、
男性は「今の配偶者・恋人」が73.0%で女性を約9ポイント上回るが、
女性は「元カノ・元カレ」が18.7%と2割近く存在するという結果となった。
また、元カノ・元カレに対し、正直な話、未練はあるかとの問いでは、
男性は「ある」12.9%、「ちょっとある」42.1%と、
あわせて55.0%が「未練あり」とした。
一方、女性は「まったくない」が66.4%と3分の2を占め、
「ある」「ちょっとある」を合わせても「未練あり」は3分の1程度。
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えーと?
女性は「元カレの方が好き・18%強」。でも、「元カレに未練なし・66%」
男性は「今の配偶者・恋人の方が好き・73%」。でも「元カノに未練あり・55%」
男女の意識差って面白い・・・。
偶然にも。今回の主人公の女性はまさにこんな感じです。
と、いうことで。
またまたしばらくお休みします。
再開した際には是非ともよろしくお願いいたします。