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BL小説・風のゆくえには~続々・2つの円の位置関係26

2019年08月30日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続々・2つの円の位置関係

【哲成視点】

 8月の強い日射しの中、引っ越し作業が無事に完了した。

「結婚の予定でもあるの?」

と、梨華に聞かれたのは、一人暮らしには贅沢な間取りと、ダブルベッドのせいだろう。

「いや。広いのは友達たくさん呼ぶためで、ダブルベッドは、花梨と一緒に寝るためだよ」

 しれっと答えてやったら、梨華は呆れたように、

「一緒に寝るなんてあと数年だよ?」

と、言ったけれど、それ以上の追求はしてこなかったので助かった。

 まさか、享吾と一緒に住むためなんて言えるわけがない。

 権利書を見られたらバレてしまうけれど、このマンションは享吾と二分の一ずつの権利で購入したのだ。ローンもそれで審査を通した。

 でも、表向きは、オレ一人のものとしていて、マンションの管理組合の登録もオレだけの名前にしてある。享吾の住所は、歌子さんとの家のままで、うちには「泊まりにきている」だけ、ということだ。

 リビングのソファーをベッドにもできる大きめのリクライニングソファにしたので、花梨が泊まりに来た日には、享吾にはこちらで寝てもらうけれど、普段はもちろん、ダブルベッドで一緒に寝ることに…………


「今晩が初夜?」
「……っ」

 歌子さんにコソコソッと言われて、飲んでいたワインを吹き出しそうになってしまった。

「何を……っ」
「だって、享吾君に聞いたら、冷たーい目するだけで答えてくれないから、まだしてないのかなーと思って」

 あくまで真面目な顔をしている歌子さん。ここは歌子さんと享吾が経営しているワインバーだ。まだ開店直後で人も少ないし、常連のトオルさん達が盛り上がっているから、こちらの声が聞こえる心配はない。

 歌子さんが小声で言葉を継いでくる。

「もしかして、今晩からようやく一緒に暮らすから、今晩を初夜にするつもりかなあと」
「…………」

 確かに……まだしていない、とは言える。でも何もしていないわけではない。

 三週間前……

『……したい』

 勇気を出して言ったオレに、享吾はしばらくの沈黙のあと、

『何がしたい?』

と、聞いてきた。大学生の時と同じだ。あの時は「裸でくっつきたい」と返答したけれど、さすがにもう、知識は増えて、何をするのかは分かっている。けれど……何をどうしてどうするのかまでは、イマイチ想像しきれていないというかなんというか。そもそもどっちがする側なのかされる側なのか、そういうのって、どうやって決めてるんだ?っていうか、本当にできるのか?痛くないのか?とかグルグルしてしまう。

 と、いうことで。

『キョウがしたいと思うことをしたい』

と、思いきり、投げてみた。責任転嫁だ。すると……

『分かった』

と、享吾は少し笑ってから、体中に優しくたくさんキスしてくれて、それからそれから……


(ああ……まずいまずい)

 思い出して体の芯が疼きそうになり、慌てて回想に蓋をする……けれど、止まらない。

(前みたいに、一緒にくっつけて持って一緒にイカせてくれたり……先週なんて、また、口で……)

 って、いかんいかんいかんっ。思い出すな!

 いわゆる「最後まで」はしていないけれど、この3週間の週末泊まりに来た3回は、ガッツリとイチャイチャベタベタして、蕩けるほどの快楽を与えられて……

(…………って)

 ふ、と嫌なことを思いついてしまった。

(享吾って、歌子さんとはそういうことしてないから、まだ経験ないって言ってたけど……)

 本当に、本当にそうなんだろうか。
 実は、こんな感じで、最後まではしていないまでも、このぐらいのことはしていたんじゃないだろうか。

(なんか、手慣れてる感じもするし……)

 そう思ったら、フツフツと不快感が増してきて……

「あの……歌子さん?」

 思わず、口に出していた。

「歌子さんは、本当にいいんですか? オレとキョウがそういうことするの、ムカついたり……」
「ないない……って、あ」

 手を勢いよく振ってから、「あ」とその手を口に当てた歌子さん。やっぱり美人だなと思う。こんな美人と19年も夫婦してきて、やっぱり何もないわけないだろ……と思ったら、

「もしかして……哲成君、私のこと聞いてない?」
「え?」

 歌子さんの問いかけにハテ?と首を傾げる。私のことって何だ?

「やだ。言っていいのに。それじゃ、哲成君、不思議だよね?」
「不思議?」

 ハテナ?ハテナ?と更に首を傾げたオレに、歌子さんは、意味の分からないことを、言った。

「安心して? 私、アセクシュアルだから」


***

 アセクシュアル。

 初めて聞いた言葉だった。性愛感情を持たない人のことを言うらしい。

 歌子さんが淡々と話してくれた話は、分かるようで分からないようで……でも、一つ分かったことは、歌子さんは享吾にとても感謝しているということだ。自分のことを「大きな愛を持っている人」と言ってくれた享吾の言葉に救われたのだという。

 でも、「何で結婚したんだ?」という疑問は残る。享吾はお母さんを安心させるためだとしても、歌子さんは……?と思っていたら、心の中を読んだかのように、歌子さんが言った。

「元々、享吾君が私と結婚したのは、この店を譲り受けるためだったってことは知ってた?」
「え」

 結婚して、歌子さんの父親から譲られたことは知っていたけれど、その「ため」ってことは、順序が逆なのか?

「父がこの店を辞めるって言いだして……そうしたら、享吾君、この店が無くなったら哲成君と過ごす場所がなくなるから困るって言ってね」
「え」
「それで、父に、店を潰さないでってお願いしたら、娘と結婚するならこの店譲ってやるって父が……」

 歌子さんは苦笑気味に言葉を継いだ。

「うちは母もいないし兄弟もいないから。父も、自分がいなくなったあとに私が一人になることが心配だったのよね。それで、交換条件みたいにそんなこと言いだして……」
「………」
「それで……私も、私を救ってくれた享吾君には何かしてあげたいって気持ちが大きかったから」
「…………」
「…………」
「…………」

 そんな……この結婚は、オレのためだったのか。

 驚きの連続で言葉を失っているオレに、歌子さんは、ふっと笑いかけてきた。

「ごめんなさい。ちょっと嘘ついた」
「え?」

 嘘?

「嘘っていうか……結婚したのは、もちろん享吾君のためにって気持ちがあったからなんだけど……」
「…………」
「正直に言うと、一人で生計を立てていく自信がなかったから、享吾君を頼ったってところも、大きい」
「ああ……なるほど」

 女性一人でピアノ教室を立ち上げて経営していくのは大変だっただろう。
 そうして一緒に生活して、助け合って、享吾の両親も安心させて……

「キョウが言ってました。歌子さんとはこういう形の家族だって」
「……そう」

 歌子さんは目元を和らげると、軽く首を振った。

「本当は……哲成君と付き合うことになった今、享吾君と私、別れるべきだとは思うんだけど」
「いや、それは」

 オレは離婚には反対だ、と前にも言ってある。
 歌子さんは、オレが言う前に、分かってる、というように、うんうん肯いた。

「うん。そうなの。ありがとう。だからね」

 パチン、と拝むように手を合わせた歌子さん。少しおどけたように言葉を継いだ。

「お言葉に甘えて、別れるのは無しでお願いしたいの。私も今の生活を維持していくのに享吾君の存在が必要で……それに正直、今さら別れるのは面倒」
「面倒って」

 思わず笑ってしまう。面倒、とは正直な言葉だ。確かに、ピアノ教室の名前も「村上歌子音楽教室」だし、別れたら色々と面倒なことも多いだろう。

「それに、享吾君のご両親にも申し訳ないし」
「はい。それはもう」

 思いきり首を縦に振ってしまう。オレの中では、それが離婚して欲しくない一番の理由だ。今さら離婚となって、享吾のご両親を悲しませたくない。

「じゃあ、利害一致ってことで、いいかな?」
「………はい」

 コクリ、とうなずく。考えてみたら、こうして具体的にこの二重生活について歌子さんと話すのは初めてだ。享吾と歌子さんは話し合ってきたみたいだけれども、オレは、ずっと蚊帳の外だった。これでようやくスッキリした気がする。

「これからもよろしくね」
「よろしくお願いします」

 どちらからともなく握手をしていたら……

「あら、楽しそう。どうしたの?」

 いつの間に、享吾のお母さんが入店してきていた。後ろから、享吾とお父さんも入ってきたけれど、トオルさん達のところで足止めされている。

「哲成君、引っ越しが終わったっていうので、これから享吾君のことよろしくねって言ってたんです」

 ケロリと歌子さんが言うので、ドキドキしてしまう。息子を蔑ろにして、とか怒られないんだろうか、と思ったら。

「あらそう! 本当に引っ越してきてくれたのね。良かったわ」

 享吾のお母さんもニコニコと手を打った。

「享吾がこれからは家で仕事するっていうから、そんなんじゃ歌子さんの息が詰まっちゃうって心配だったのよ」
「え」

 息が詰まっちゃうって……。
 享吾はこの2年以上、ずっと家にいたけど……お母さん、知らないらしい。話しの感じからして、最近会社を辞めたと思っているようだ。

 お母さんはニコニコしたままこちらを振り返った。

「村上君、是非たくさん、享吾のこと誘ってやってね?」
「え……あ……はい」

 なんだかよく分からないけど、肯く。
 と、享吾のお母さんと歌子さんは二人で笑いながら……自分たちの夫には聞こえないように、小さく言った。

「亭主元気で留守がいい、わよね?」
「ですね」

 くすくすくす……と笑い合っている二人。仲が良い、本当の母娘みたいだ。お母さんがそんなこと言うなんて、こんな表情するなんて、すごく意外で……意外だけど、自由な感じがして、いい。歌子さんが義理の娘になって良かったな、と思う。そして、歌子さんにとっても、享吾の家族は家族なんだろうな、と思う。

「何の話?」
「楽しそうだね」

 こちらにきた享吾と享吾のお父さんが、何も知らず聞いてきて、妻二人は笑いながら「何でもない」と仲良く手を振った。

「何の話だ?」
 オレに再度聞いてきた享吾に、オレも「何でもない」と手を振って、

「キョウ」
 きゅっと腕を掴んで、見上げた。真っ直ぐに目を合わせる。昔から変わらない、透明な瞳。

「今日も、あれ弾いて。あれ」
「分かった」

 ふっと微笑まれ、ポンポンと頭を撫でられる。昔から変わらない仕草。胸のあたりがキュッとなる。でも、今までと、違うのは、それを隠さなくてもいいってこと。

「今、常連さんしかいないから、本気で弾いていいわよー」

 ピアノの椅子に座った享吾に、歌子さんが揶揄うように声をかけると、享吾はちょっと笑って……それからオレのことを見た。愛しいっていう瞳で。そして……

(ああ……綺麗だな)

 美しい旋律がはじまる。オレの大好きな曲。ドビュッシーの「月の光」……

 今までは、こうしてここで享吾のピアノを聴いて満たされても、その後は、それぞれ別の場所に帰っていた。でも今日からは、同じ家に帰れる。

『d=r-r’=0』

 ふいに思い出した、一つの公式。2つの円の位置関係……

 オレ達は同じ円だと、大学生の時に書いたけれど……ようやく、本当の意味で、同じ円になれるんじゃないだろうか。

(2つの円は、合同)

 そう、オレ達は同じ円だ。もう、離れない。離さない。


------

お読みくださりありがとうございました!
哲成視点最終回でした。次回、享吾視点最終回になります。
ちなみに……哲成君が大学生の時に「裸でくっつきたい」みたいなことをいったのはこちらです。初々しい。→「続々・2つの円の位置関係13・完」
次回火曜日、どうぞよろしくお願いいたします。

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BL小説・風のゆくえには~続々・2つの円の位置関係25

2019年08月27日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続々・2つの円の位置関係

【哲成視点】

「恋人みたいになりたい」

と、享吾に言った結果、本当に、一緒にマンションを買うことになった。まさか、そんなことになるなんて、いまだに信じられない……

 嬉しくて夢みたいで、何だか毎日ふわふわしている。

 でも……実は、元々投げかけたことについては、まだ、解決していない。

 マンションに引っ越すまでまだ数週間あるので、享吾がオレが今一人暮らししている部屋に泊まりにくるんだけど……

(また、もう寝てる……)

 享吾は夜、何もせず寝てしまう。それはもう、速攻で。
 一応、一緒にテレビ見てるときとかはベタベタくっついたり、ちょっとキスしたりはするんだけど、それ以上のことは、ビックリするくらい何もしてこない。

(したくないのかなあ……)

 ベッドの中、横に寝ている享吾のスッとした鼻をなぞりながら、ジッと寝顔を見つめる。

(オレは、してほしいのにな)

 そんなことを思い……

(……してほしい?)

 ふ、と気が付いた。

(オレ……キョウには「してほしい」ばっかりだ)

 オレは亡くなった母にはじまり、幼なじみの暁生、妹の梨華、姪の花梨、その他にも、色々な人に「してあげる」ことばかり考えてきた。でも、享吾には「してほしい」がたくさんだ。

 唯一、してやれることは何かを考えて、したことは、「一生一緒にいる」ってことだけで……

(………キョウ)

 途端に、抑えきれない思いが込み上げてきた。おそらく、愛しさ、という言葉が一番合う思い……

「キョウ……」

 熟睡している享吾の頬に唇を寄せる。

(…………キョウ)

 ふいに蘇った中学時代の記憶。
 落ち込んでいたオレに、ただ黙ってピアノを弾いてくれた享吾……

 今日、偶然、幼馴染みの松浦暁生に20年ぶりに再会して、中学時代の暁生にそっくりな暁生の息子にも会ったせいか、妙に記憶が鮮明によみがえってくる。

 実家にまだピアノがあって……毎日のようにピアノを弾きにきてくれた享吾。オレは、享吾の横顔や背中を見ながらとか、隣でピタッとくっついたりしながら、ただボーッと聴いているのが好きで……

 今日、あれから月日が加算された今の暁生が、オレ達を見て、呆れたように言っていた。

『お前ら、あいかわらず仲良いんだな』

 そして、なぜか享吾を向いて、

『よろしくな、享吾』

と、言った。享吾は少し表情を固くして『ああ』とうなずいていたけれど………

(そういや、あれ、なんだったんだ?)

 その後、暁生の息子の野球部の話で盛り上がってたから、すっかり忘れていた。

「な、キョウー」
「……ん」
「キョウーキョウーキョウー」

 ユサユサと揺すぶると、ようやく少し目を開けた享吾。

「…………なんだ」

 口を開くのもダルそうに言われたけど、聞かないと気になって眠れない!

「今日さ、暁生に『よろしくな』って言われてたけど、なんで?」
「……ああ?」
「だから、暁生が『よろしくな』って!」
「ああ……」

 すいっと伸びてきた手に頬を触られドキリとする。……けど、享吾は寝ぼけたように、変なことを言った。

「オレは……松浦から譲ってもらったから……」
「何を?」
「…………お前を」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……………。は?」

 何を言ってる?

「譲るって何の話だよ?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………こらっ寝るなっ」

 揺すぶったけれど、もうダメだった。

(譲るって……何なんだよ!)

 オレは物じゃねえっつーの!っていうか、暁生の物だったつもりもねーよ!って……

(いや、確かに、暁生の言うことは何でも聞いてたけど……)

 今思えば、それでしか、友人関係を続けられないと思っていたのだろう。

(でも……キョウは違う)

 ただ、一緒にいてくれた。慰めてくれた。ピアノを弾いてくれた。抱きしめてくれた。愛してくれた……

「キョウ……」

 無理矢理、腕の中にもぐり込むと、条件反射みたいに、抱き寄せてくれた。温かい……

「キョウ……」

 大好きだよ。

 そう言って胸におでこを擦り付けると、優しく頭を撫でられた。それだけで、胸がいっぱいになる。幸せ過ぎて。



【享吾視点】

 明け方、ふ、と目が覚めた。
 腕の中に哲成がいることが、嬉しくて、胸がいっぱいになる。幸せ過ぎる。

 それなのに………

(ああ……困ったな……)

 不安感がまだ強い。寝る前に薬を飲んだので、寝入りは良かったけれど、持続してくれなかったようだ。医者には続けての服用は止められているので、時間がたたないと、追加の薬は飲むことはできない。

(…………哲成)

 そっと頭を撫でる。愛しい感触……

(一生一緒にいる……)

 そう約束したのは大学の時だった。でも……その時思った未来とは違う方向に進もうとしている。それが最良の道だと思ったけれど……

『よろしくな、享吾』

 今日、何十年ぶりに再会した松浦暁生に言われて、背筋に冷たいものが走った。松浦には、中学3年の三学期に同じことを言われたのだ。

『テツのこと、よろしくな』

 高校からは譲る、と……。
 松浦は哲成の幼馴染みで、哲成の母親が亡くなった時もずっとそばにいてくれて、家族ぐるみで哲成を助けてくれていたらしい。

(よろしくって…………)

 オレはその期待にこたえられているのだろうか……

 今日、松浦親子と話しながらはしゃいでいた哲成の横顔を思い出す。松浦の息子は今、松浦と哲成の母校に通っていて、野球部でピッチャーをしているそうだ。

『えー三回戦突破?スゲーじゃん』
『負けたら引退だから、みんな気合い入りまくってて』
『今年は雨で予定が崩れて大変だよ』
『来週四回戦? オレ、応援行ってもいい? 一応、野球部OBだし!万年補欠だったけど!』
『おー、来てくれよ。四回戦の会場は……』

 息子の野球の応援……
 哲成にもそんな未来が選べたかもしれない……
 でも、オレと一緒にいたから、哲成は……

「…………っ」

 ひやっと指先と頭の先から血液が引いたのが分かった。全部の血液が心臓に集まってきて、勢いよく心臓をうちならしはじめる。 

(…………苦しい)

 喉が……詰まる。

(…………水)

 水を、飲もう。水……、水……

 何とか起き上がって、ベッドに腰かける。足元のテーブルに置いておいたペットボトルの水を取り、ゆっくり飲む。体に行き渡るように、ゆっくり……ゆっくり……落ち着け……落ち着け……

 息を吸って、吐く。水をゆっくり飲む……
 それを繰り返して、何とか落ち着いてきたところで、

「キョウ?」
「!」

 ペタ、と背中に手の平を当てられた感触がして、ビクッとしてしまった。でも、何とか普通の顔をして振り返る。

「ごめん、起こしたか?」
「いや……」

 薄暗い中、哲成が目を細めてこちらを見ている。眼鏡をかけていないので、見えないのだろう。

「水?」
「ああ……お前も飲む?」
「うん」

 うん、と言ったくせに、起き上がろうとしない哲成。

「? 飲まないのか?」
「飲む」
「じゃあ、起きろ」
「やだ」

 なぜか頑固な感じに哲成は言うと、

「でも、飲む」
「なんだそれ」

 意味が分からない。でもなんか可愛い。笑ってしまうと、手先にも血液が回ってきた。

「起きないと飲めないだろ」
「飲む」
「だから、起きないと……」

 言いかけて、あ、と思う。

「…………飲ませろってことか?」
「うん」

 コクリとうなずいた哲成が可愛すぎて……

「哲成…………」

 水を少し含み、そっと唇を合わせる。柔らかい……。ゆっくりと流しこむと、コクッと哲成の喉がなった。唇を離し、微笑みあう。

「…………キョウ」
「うん」
「オレな」
「うん」

 横に寝そべり、肘をついて、哲成の頭を撫でる。哲成はぼんやりした感じに、言葉を継いだ。

「今さらだけど……お前には、してもらいたいばっかりだって、気がついた」
「してもらいたい?」
「うん」

 頭を撫で続けると気持ち良さそうに目をつむりながら、哲成が言う。

「あのな……オレ、暁生とか梨華とかには、何かしてやらないとってずっと思ってたんだけど……」
「…………」

 暁生、の言葉にドキリとなる。心を読まれないように、少し構える、と、

「キョウ」
「…………」

 真っ直ぐに、瞳を向けられた。オレの大好きなクルクルした瞳……

「今さらなんだけどさ……」
「…………」
「お前って、特別なんだよなあ」
「え?」

 特別?

「お前は、オレが何もしなくても大丈夫で……」
「…………」
「逆に、してほしいことがたくさんで……」

 クルクルした瞳が少し笑った。

「そんな奴、お前しかいない」

 それは…………

「お前だけだ」
「…………」

 そんな……そんなこと……

「哲成……オレは……」
「あ、そうだ」

 言いかけたのに、ぺちっと額をはたかれ、止められた。

「お前、寝る前に変なこといってたの、覚えてるか?」
「寝る前?」

 薬の影響で急激な睡魔に襲われたため、ほとんど記憶がない……

「何言った……?」

 恐る恐る聞くと、哲成は口を尖らせて嫌なことを言った。

「暁生にオレを譲ってもらったって」
「え」
「なんでそんな話になってんだよ」

 それは…………

「あの頃の哲成は松浦の……」
「暁生のものじゃねーし。つか、誰の物でもねーし。つか、それ以前に、物じゃねえし!」
「それは…………」

 そうだけど……

 う、と詰まっていたら、哲成はますます口を尖らせて…………その口をキスをせがむみたいにこちらに寄せてきたので、ちょっと笑ってしまった。途端に、哲成が怒りだした。

「笑ってないで、しろよ!」
「キス?」
「そう」

 なんか、可愛い。言われるまま、チュッと軽く唇を合わせると、哲成は満足したようにうなずいた。

「やっぱり、お前にはしてほしいがたくさんだ」
「……そうか」

 それは何だかくすぐったい。
 オレは特別。哲成の特別……。

「キョウ、もっと」
「うん」

 せがまれ、また、唇を合わせる。柔らかい、愛しい感触……

「キョウ」
「うん」

 背中に回ってきた手が、ぎゅうっと抱きしめてくれる。愛しい。二度と離したくない……

「な、キョウ」
「うん」

 耳元で、哲成が囁くように言った。

「……したい」



--------

お読みくださりありがとうございました!
と、いうことで。次回かその次あたりに〈完〉をつける予定です。
続きは金曜日に。どうぞよろしくお願いいたします。

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BL小説・風のゆくえには~続々・2つの円の位置関係24

2019年08月23日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続々・2つの円の位置関係

【亨吾視点】

 朝、ベーコンの焼ける良い匂いで目を覚ました。視線を少し上にやると、コンロの前に立っている哲成の姿が見える。ここは、哲成が一人暮らしをしている都内のマンション。1DKなので、キッチンもすぐ近くだ。

(そういえば、大学のはじめの頃もこんな感じだったな……)

 大学入学と同時に一人暮らしを始めたアパートに、はじめの頃は、哲成はよく泊まりにきてくれていたのだ。朝はコーヒーだけでいい、というのに「それじゃ大きくなんねえぞ!」とか言って、朝食を用意してくれたりして……

(それから、哲成が森元真奈と付き合うことになって、泊りがほとんどなくなって……、オレが結婚してからは、こうして家で会うこともなくなって……)

 オレ達はどれだけ遠回りしてきたんだろう。望んでいたことは、こういう些細な日常だったのに……

(でもこれからは、その日常が手に入る……)

 哲成の後ろ姿。朝ご飯の匂い……
 幸せなのに、なぜか、泣きたい気持ちが胸の中に溢れてきて、ぐっと手を握る。……と、

「キョウ! 起きろ! メシできたぞ!」
「…………」

 こちらの感慨なんてお構いなしの元気な声が聞こえてきた。

「今日は電気屋めぐりして、その後、ソファとかも見たいんだから!」
「…………」
「開店と同時に突撃かけるからな! ほら、起きろって!」
「あー……」

 容赦なく、布団を剥がされた……

「メシ! せっかくの半熟が固まっちまうだろ!」
「…………うん」

 手を伸ばすと、「しょうがねえなあ」と言いながら、引っ張り上げてくれた。立ち上がるのと同時に、覆いかぶさるように、ぎゅうっと抱きしめる。

「わ、なんだよ……っ」
「うん………」

 哲成の感触……何よりも愛しい。ずっとずっと前から、そんなこと、知っていた。哲成の背中、哲成の髪……

「哲成……おはよう」
「あ? ああ、おはよう?」

 背中に回された手がポンポンと叩いてくれる。

「さっさと食おうぜ?」
「………うん」

 この幸せが、もうすぐ日常になる。


***


 色々と検討した結果、築17年の中古マンションを購入することにした。私鉄の駅から徒歩7分。2SLDK。角部屋。緑が多く、環境も良い。近くに公園もあるので、花梨ちゃんを外で遊ばせられる。哲成の実家からは徒歩20分弱の場所にある。

 引っ越しは、哲成の夏休みに合わせて8月の頭にすることになった。それまでに家具や家電の手配をすることになっている。同時進行で、会計事務所開業の準備も進めている。こちらは9月開業予定だ。

 この会計事務所兼ピアノ教室兼自宅(実際にここに住むのは歌子だけだが)は、市営地下鉄の駅から徒歩5分のところにあり、マンションからは徒歩30分弱かかる。車や自転車を使うことも考えたけれど、夜オレがいないことに気が付かれるのは安全上良くないので、徒歩で通おうと思っている。健康維持のためにも良いだろう。

「大変じゃないか?」

と、哲成は心配してくれたけれど、近所の手前、生活圏が同じ場所は避けたかったので、ここがベストだと思う。最寄り駅も違うし、川を挟んでいて、区も違うので、大丈夫だろう。

 着々と、着々と準備は進んでいる。それなのに、なぜか、不安感が消えない……

「それはマリッジブルーってやつじゃないの?」

 大真面目な顔で歌子に言われた。そんなバカな、と言いかけたけれど、思い直して、素直に肯く。

「そうかもしれない」

 ずっと望んできた哲成との人生……
 中学三年生の時から、ずっと、望んできた。
 それが手に入る、となって、怖気づいているのかもしれない。

(中学三年生か……)

 あの頃は、哲成の隣にはいつも松浦暁生がいたんだよな……
 学級委員で頭も良くて野球部のエースで。何でもできる優等生だった。そんな松浦に、哲成はいつも尽くしていて……。松浦、今頃何してるんだろう……

 そんなことを考えていたから、呼び寄せてしまったのかもしれない。偶然、バッタリと、松浦に再会してしまったのだ。場所は家の近くのショッピングモールのフードコートだ。

「テツ? 享吾?」
「え?」

 問いかけの声に驚いて振り仰ぎ……もっと驚いて、二人で叫んでしまった。

「松浦?!」
「暁生?!」

 中学生の時とまったく変わらない松浦暁生が立っていたのだ。坊主頭のガタイの良い中学生。

「おお。久しぶり」

 でも答えたのはその中学生の横にいる男性で……当たり前だけど、こっちが松浦だ。程よく年齢が加算されている。と、いうことは……

(……そっくりだな)

 この中学生は、間違いなく、松浦の息子だろう。


---------

お読みくださりありがとうございました!
最終回まであと少し。続きは火曜日に。どうぞよろしくお願いいたします。

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BL小説・風のゆくえには~続々・2つの円の位置関係23

2019年08月20日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続々・2つの円の位置関係

【亨吾視点】

「オレはさ、お前ともっと……あの、恋人、みたいになりたいんだよっ」

 そう必死な様子で言った哲成の顔は、これでもかというくらい真っ赤で……

(か……かわいい)

 どうにもこうにも口元が緩んで困った。そんなこと思っていてくれたなんて、全然知らなかった。むしろ、友達のままでいたいのか?と思うくらい、素っ気ないことが多かったのに。

 その上、ずっと気になっていたけれど、聞けなかった真実を教えてもらえた。

「真奈は関係ねえだろ。ただの友達なんだから。んなことお前だって知ってるだろ」

 大学の時に、森元真奈と付き合うのは、家族のことが理由だと聞いてはいた。でも、そのわりにはその後もずいぶん長い期間付き合っていたし、結婚を考えている、とも言っていたので、きっかけはどうあれ、正式に付き合っているんじゃないかと疑っていた。肯定されるのが嫌で今まで聞けなかったのだ。

 それが結局、ただの友達でしかなかったなんて。そんな嬉しいことはない。

 オレも結婚はしているけれど、妻の歌子との間に夫婦の営みは無い。歌子とはそういう形の「家族」なのだ。

 結婚したきっかけは、あの店を譲り受けるためだった。でも、共に過ごす時間が増えたことで、元々一緒にいて楽だった歌子の存在は、空気のように、あって当然のものとなっていった。

 その包容力には何度も助けられた。哲成との別離で精神的におかしくなった時も、何も言わず支えてくれた。

 オレの母は、腫れ物にさわるように接しないといけない人だったので、歌子は初めて心を許せた唯一の女性と言える。
 母とは一度縁が切れている。今のように、普通の親子のようになれたのは、歌子が緩衝材になってくれているおかげだ。歌子がいなければ、オレは親とも家族に戻れていなかっただろう。

 哲成は哲成で、ずっと「家族」にコンプレックスを抱いていたけれど、先日、妹の梨華ちゃんと姪の花梨ちゃんと、あらためて「家族」ということを確認することができて、ようやく一皮向けたようになった。

 哲成にとって「家族」は特別だ。だから、オレは、哲成と家族になりたい。

「一緒に、暮らそう」

 オレの本心を、誠意をこめて伝えると、哲成はようやく「うん」とうなずいてくれた。


***


 それから、陶子さんがいつの間に置いてくれた、2杯目のカクテルとピザをつまみながら、スマホで一緒に物件を探してみることにした。住みたい地区は決まっているので、すぐに絞れそうだ。

「実は梨華には、夏休みが始まるまでには絶対に引っ越してきてって、うるさく言われてて……」

 ポツリと言われ驚いてしまう。そんなの初耳だ。

「だったらどうして今まで、オレが家の話しようとすると、誤魔化してたんだよ?」
「…………お前と金の話したくなかったんだよ」

 言いにくそうに、思わぬことを言われて、更に驚く。

「金の話?」
「権利の比率とか……」
「? 一対一じゃダメなのか?」

 オレは半々と思っていたんだけど……と言ったら、哲成が軽く手を振った。

「お前は毎日帰ってくるわけじゃないだろ? それなのに半々出されるのって、何かホントに囲われてるというか……」
「何いってんだ?」

 囲われてるってなんだ? 意味が分からなくて首を傾げる。一緒に住もうっていってるのに、なんで帰ってこないことになる?

「毎日帰って来るに決まってるだろ?」
「は?」

 途端に、ピキッと哲成の眉間に皺が寄った。

「オレ、言ったよな? 歌子さんと離婚してほしくないって」
「ああ、うん。それは……」

 オレもちゃんと考えているし、歌子とも話し合っている。と、言おうとしたけれど、哲成の勢いは止まらない。

歌子さんとの結婚生活も大切にしつつ、一緒に暮らす方法を模索したいと思ってるんだよオレは!」
「それは分かって……」
「分かってねーよ!」

 すごい剣幕でまくしたててくるから口を挟む余地がない。

「例えば、週末は2週間おきとか、平日は1日おきとか、何かしらルールを決めて、なるべく平等に過ごせるようにしないと」
「だから」
「それに、食費のこととか、光熱費のこととか、そこら辺もきちんとしないと、後々……」
「だから、ちょっと待てって」

 哲成の前に手をかざすと、「なんだよ!」とすごい勢いでキレられた。

「人が真剣に話してるのに!」
「ごめん。でもちょっと待て」
「待たねーよ!ここらへんは大事な……」
「だから、待てって」

 このままキレさせてもしょうがない。結論を先に言おう。

「オレ、今の家の二階に事務所を構える予定だから」


***

 
【哲成視点】


「………………。え?」

 勢いついていたのが、挫かれた。

「事務所?」
「どこかで借りたりするより、資金面でも現実的でな」
「…………」
「そんなに手広くやる気もないし、ツテと口コミとネットで何とかと思ってて」
「え…………あ」

 え? あ、え? えと……

「そうすれば、今まで通り、二人であの家維持していくことになるし、平日1回は必ず顔出すだろうから、安全面を考えてもいいのかな、と
「………」
「ああ、それと、ピアノ教室は土日もあるから、週末を特別扱いする必要はないから」
「あ……そっか」
「ああ」
「………ふーん」

 なんだ……そっか…………
 亨吾は会計士の資格を持っている。そのうち独立して仕事を始めるつもり、とは先月聞いてはいた。それがいつの間にそんなことに……

「それで歌子さんいいって……?」
「いいというか、元々その提案したのは彼女なんだよ」
「……そっか」

 なんだ……オレが一人でグルグルしてる間に、亨吾と歌子さんはちゃんと二人で話し合ってたんだ……

 なんか……すごい、疎外感……

「ちゃんと考えてたんだな……」
「まあ、うん」

 亨吾はコクリとうなずいた。

「必死だからな」
「必死?」

 って何? と見返すと、亨吾は静かな瞳をこちらに向けてきた。

「お前と一緒に暮らすために、必死」
「…………」

 …………。

「お前の気が変わらないうちにさっさと家買って、逃げられないようにしようと思ってて」
「…………逃げねえよ」
「そうか」

 それは良かった、と、亨吾は少し笑って、スマホをスクロールさせた。

「これなんかどうだ? わりと駅近、2LDK。一部屋は花梨ちゃんが泊まりにきたとき用にして、もう一部屋は」
「オレ達の部屋?」

 そっと亨吾の膝の上に手を乗せると、亨吾はビックリしたように目を見開いてから……

「そうだな」

 幸せそうな笑顔を浮かべて、オレの手の上に手を重ねてくれた。胸がいっぱいで……苦しいくらいだ。


---------

お読みくださりありがとうございました!
予定通り、8月中に最終回を迎えられそうです。
続きは金曜日に。どうぞよろしくお願いいたします。

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BL小説・風のゆくえには~続々・2つの円の位置関係22-2

2019年08月16日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続々・2つの円の位置関係

【哲成視点】

「心置きなく、恋人気分を味わってちょうだいね?」

 そう、バーのママの陶子さんは言ってくれたけど……
 どうすれば、恋人気分になるんだろうなあ、と思って、コの字型の反対側のカウンター席にいる、渋谷と桜井の様子を盗み見てみた。

(…………距離が近い)

 メニュー表を一緒にみているのだけれども、ほとんど頭と頭がくっついているように見える……。

(人目があるところでは、あそこまでできないよな普通……)

 でも、渋谷達と、もう一組、カウンターにいる女性のカップルは、すごく距離が近い。なるほどあれが恋人の距離……

 ふーん、と思っていたら……

「恋人気分って、なんだ?」
「………」

 享吾の冷静な声にビクッとしてしまった。そういえば、享吾には目的を言わず、だまし討ちのような形でここまで連れてきてしまったんだった……

「いや、あの……」
「渋谷達と4人で飲むって話は……」
「あー……それは、また今度、ということで……」

 う……気マズイ……

 何ともいえず、うつむいていると……

「こちら、サービスね?」

 カウンターの内側から、すっと綺麗なブルーのスパークリングカクテルを差し出された。その美しさに目を奪われてしまう。

「何か適当に出しましょうか?」
「あ、はい……それで……」

 お願いシマス……語尾が小さくなっていくのにも構わず、陶子さんは軽く肯くと、スッといなくなってしまった。すごい美人なのに、気配がしない、不思議な人だ。

 とりあえず、そのサービスのカクテルを飲む……けれど、微妙な沈黙が続いてしまい……

「あの……」
 沈黙に耐えかねて、今日の目的を白状することにした。

「あのな……この店って、男はカップルじゃなくちゃ入れないんだって」
「ああ、店の前に貼り紙してあったな」
「え、あった?」

 そんなの見てない。だけど、享吾はアッサリとうなずいた。

「ああ。ミックスデーのため男性入店OK。ただし男性はカップルに限るって」
「あ……そうなんだ」

 気が付かなかった……さすが享吾は色々なところに目がいく。

「だから入れたんだろ?」
「うん……」
「………」
「………」

 だから、オレ達はカップル認定されてて、だから、安心して恋人みたいにふるまってもよくて……ああ、「みたい」じゃなくて、本当の恋人なんだけど……

 なんて色々頭の中グルグル回るけれど、上手くいえない。

 オレ達は今までずっと友達だった。今はそれよりも一歩進んだ関係になれるのに、進もうとしないのは……それは、享吾がそれを望んでいないってことかもしれなくて……

「………」

 引いてしまいそうになり、ぐっと立ち止まる。胸に手を当てる。前に渋谷に言われた言葉をおもいだす。

『自分の心に正直に。あなたの思った通りにしなさい』

 今この瞬間は一度しかないんだから後悔しないように……

「あのなっ」
 ぐっと、カウンターの上にあった、享吾の右手を掴む。

「オレはさ、お前ともっと……あの、恋人、みたいになりたいんだよっ」
「え」

 キョトンとした亨吾の様子に挫けそうになったけれど、何とか言葉をつなぐ。

「それで渋谷達に相談したら、この店を紹介されて、ここでだったら恋人でいても大丈夫だっていわれてっ」
「………」
「それで」
「………」
「それで……」

 ジッと冷静な目で見返されて、ウッと詰まってしまう……

(あー……呆れられたかな)

 何を今さらって感じだろうか。お前いくつだよって感じだろうか。

 でもオレは自慢じゃないけど、まだチェリーなわけで(渋谷と桜井の家で、さくらんぼを出された時には、嫌味かと一瞬疑ってしまったほど、かなりのコンプレックスだったりする)、一方、享吾は、結婚19年目なわけで……

 何も言わない享吾に不安が募る。

「もしかして……引いた?」
「あ……いや」

 ふっと、享吾の目が笑ったので、ホッとした、のと同時に、なんか……腹が立ってきた。馬鹿にされてる気がする……

「なんだよ……馬鹿にしてんのか?」
「そんなわけないだろ」
「笑ってんじゃん」
「いや……」

 享吾はオレが掴んでいない方の手で、自分の口元を覆うと、

「かわいいな、と思って」
「………」

 口元がにやけてる……。本格的に馬鹿にする気だこいつ。

「はー、どーせオレは、魔法使いを越えて仙人になれるからなっ」
「仙人?」
「30過ぎても経験なければ魔法使いに、40過ぎたら仙人になれるって言うだろっ」
「え、でも」

 森元真奈は?

 と、小さく言った享吾に、はああ?と詰めよってやる。

「真奈は関係ねえだろ。ただの友達なんだから。んなことお前だって知ってるだろ」
「あ……そうなんだ」

 結局、そうなんだ。そうか……そうか……

 と、またしても、口元を押えてニヤついている享吾。なんだこの余裕。ムカつく!!

「あああムカつくっ馬鹿にしやがって!」
「馬鹿になんかしてない」

 亨吾はケロリとして言った。

「お前が仙人ならオレだって仙人だし」
「は?」

 何言ってんだ?

「お前、意味分かってる? 経験……」
「オレも、ないから」
「は?」

 ないって……

「何言ってんだよ? お前、結婚……」
「だから、彼女とはそういうんじゃないって言っただろ」
「え?」

 言った? え? 言ったっけ……

「彼女は大きな愛の持ち主で……オレ一人とどうこうっていうのはないんだって」
「………」

 ………。

 確かにそれは聞いた。だからオレは、亨吾の気持ちがオレにあることを、歌子さんが承知する代わりに、歌子さんが他の人と関係を持つことを享吾が容認するって意味なんだと思ってたんだけど……

「もしかして……」

 桜井の元カノ同様に、歌子さんも同性愛者で、それを隠すために亨吾と結婚した、とかいうのだろうか。

「もしかして、結婚したのって、親を騙すためのカモフラージュなのか? 桜井と元カノみたいに」
「え? 桜井の元カノってそういうことなのか?」
「うん。そうらしい」

 二人でソファ席にいる桜井の元カノに視線をやる。彼女の周りにいる女性達は皆、頬を紅潮させ、瞳をキラキラさせている。アイドルみたいだな……

「親の手前、10年も恋人のフリしてたんだって」
「へえ……」
「だから、お前と歌子さんもそういうこと? 夫婦のフリしてるってこと?」

 正直ちょっと嬉しくなりながら言ったのだけれども……、亨吾は「いや」と首を振った。

「フリをしているつもりはないな……」
「あ………………そう」

 じゃあ、何なんだよ。

 思わず口を尖らせると、亨吾は軽く首を振って呟くように言った。

「こういう家族の形もあっていいんじゃないかって思ってる」
「え………」

 家族の、形……?

「お前と梨華ちゃんと花梨ちゃんみたいな家族がいるみたいに」
「…………」

 確かに梨華達とは、兄と妹、伯父と姪っていう関係だけれども、オレ達は「家族」だと、梨華はこないだ言ってくれた。

 それじゃ、亨吾と歌子さんは、体の関係のない夫婦……家族、だと……?

「だから、哲成………」
「……っ」

 ふいに手を掴まれて、ドキッとなる。
 引っ込めようとしたけれど、ぎゅっと掴まれて離れない。

 真剣な瞳の亨吾が囁くように、言った。

「オレはお前と……家族になりたい」


***


「家族……?」

 言われた言葉が脳に到達するまでに、少し時間がかかってしまった。

「家族って……」
「一緒に暮らしたい」
「…………」

 う、と詰まってしまう。それは……

「哲成、この話をしようとすると誤魔化すから、全然できなかったけど……」
「う………」

 そうなのだ。オレはこの話題をずっと避けてきた。先月、マンションの購入費を半分出す、と言われて……それはどういうつもりなのか、オレを愛人として囲うつもりなのか、と、聞きたかったけれど、結局聞けずにいて……

 それに、

『享吾は幸せね。村上君がいてくれて』

 そう言ってくれた亨吾のお母さんにも申し訳なくて、歌子さんとの結婚生活に影響があってはいけない、と思って、泊りも極力避けていた。

(どうせ手、出してこないから、泊まられても逆に空しいっていうのもあったけどさ……)

 ううう……とさらに唸っていると、享吾は掴んでいた手を掴む、から、撫でる、に切り替えてきた。その官能的な動きに、顔に血が上ってくる。

「哲成……」
「…………」

 目のやり場に困って、渋谷と桜井を盗み見る。と、なぜか、猿の毛繕いみたいに、桜井が渋谷の髪の毛をいじっていて………

「恋人みたいだな……」

 思わず呟くと、亨吾もそちらを見て、

「オレ達もやろう」
「え」

 撫でていた手を離して、頭に回してきた。

(うわ……っ)

 優しく優しく髪をすかれて、ふわふわ気持ち良くなっていく。

「……哲成」
「うん」
「哲成……」
「うん」

 すー、すー、と音が聞こえる。なんて愛しい……

「…………哲成」
「うん」

 ぴたり、と手が止まった。
 そして亨吾がまた、真剣な瞳で、言った。

「一緒に、暮らそう」
「…………」

 こんな状況で「否」と答えられるわけがない。

「…………うん」

 小さくうなずくと、亨吾は嬉しそうに笑ってくれた。



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お読みくださりありがとうございました!
ようやくちょっと話せた二人。
続きは火曜日に。どうぞよろしくお願いいたします。

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