創作小説屋

創作小説置き場。BL・R18あるのでご注意を。

月の女王-短5

2014年11月28日 11時25分53秒 | 月の女王(要約と抜粋と短編)

「月の女王」の主人公・斉藤香は、特になりたいものも見つからないまま、短大に進学し、就職活動をし、ごくごく普通の会社に就職します。いわゆるお茶くみコピー取りから始まる事務職です。
当時、就職氷河期と呼ばれる時代で、就職できればどこでもいい!って雰囲気満載での就職でした。
そして、女性の社会進出も今ほど盛んではなく、香の就職した会社も、女性は結婚したら、もしくは結婚して子供ができたら退職する、というのが慣例となっていました(産休・育休も最低限の保障しかなかったし。今みたいに総合職でバリバリ働く女性がこんなにたくさんになる時代がくるとは思わなかったなあ)。そんな時代のお話です。
携帯はチラホラ持つ人が出てきてましたが、まだ主流はポケベルかな……って感じです。


-------


一人言(七)のノートより



『永遠を、待ってる』


「…………ふううううっ」
 斉藤香は自室に入るなり、バタリとベットに寝転んだ。そうしなければならないほど疲れているのだ。肉体的にも精神的にも。
「……なーにやってんだろ、私……」
 天井を見つめながらぼんやりとつぶやく。
 今日は四月の二回目の金曜日である。つまり香が就職をし、働き始めてから十日目というわけなのだ。
 はじめの一週間は緊張のし通し、新しいことに目を奪われっぱなしで、あっという間に過ぎてしまった感じだったのだが、二週間目にもなると周りが見え始め、会社の嫌な部分も目に止まりはじめる。
 だが、一番精神的にこたえていることは別にあった。
 それは……
「香ー? クリスくんから電話よー?」
 突然、母親が電話の子機を持って部屋に現れた。ニヤニヤと冷やかし気味に笑っている。
「やーっぱりかかってきたわねー香。嬉しいでしょ?」
「うっるさいなあ、もおおっ」
 があっと電話を受け取り、キッとにらみつける。
「余計なこといってないでしょうね?!」
「会いたがってるわよって言っといたわよ」
「だーれがよっ。たかが一週間で……」
 香の二つ年下の恋人、クリス=ライアンは一週間ほど前から強制帰国させられているのだ。電話をかけることも禁止されているので、一週間、声も聴いていない。
「じゃ、ごゆっくりねー香ちゃーん」
 ふっふっふっと笑いを残して出ていく母親をもうひと睨みしてから、香はあわてて電話をつないだ。
「もっもしもし?!」
『香?』
「………っ」
 カーンっと頭の中で何かが響いたような感覚に襲われる。
『香? 聞こえてるか?』
「う……うん」
 軽く首を振り、息を整える。
「大丈夫なの?電話なんかして。見張りとかは?」
『いない。大丈夫だよ』
「そう……」
 一週間ぶりに聞くクリスの声が胸の隙間に広がっていくようである。静かにやさしく体中に浸透していく。
『香、お前こそ……大丈夫なのか?』
「なにが?」
『なんか……疲れた声してる』
「……ん」
 ごろんと再びベットに寝ころび目をつむる。
「少し……疲れた、かな」
『香……』
「ん……」
 クリスのやわらかい声が心地よい。
『……香。仕事、つらいのか……?』
「ん……というかね……」
 まぶたの裏にクリスの姿を浮かべながら香は答える。本人が目の前にいるときよりも何十倍も素直になっていることに香は気づいていなかった。
「仕事がつらいとか……疲れるとか……そういうんじゃないの。そんなことより一番こたえてるのは……」
『こたえてる、のは?』
「……永遠、かな」
 言ってしまってから、ふっと気が遠くなる。
 今までは、小学校は六年間、中学・高校は三年間、短大は二年間と終着点がしっかりと見えていたのだ。しかしこれからは、終着点が決まっていない。毎日「このままでいいのか」「何をしているのだろう」と考えている。「今」の状態に納得していない。……いや、納得しようとしていない。納得したくないのだ。
「私ってなんなんだろうとか思うの。このまま終わりが見えない状態でいていいのかな、とか……」
『香……』
 心配そうなクリスの声に涙が出そうになる。
 香は本当にいつになく素直につぶやいていた。
「……会いたい、な」
 言葉にしてみて、あらためて認識する。
「すごく……会いたくなる。こんなとき」
 会って抱きしめてほしくなる。「心配ないよ。オレがいるから大丈夫だよ」といつものように言ってほしくなる。
「……なんていってもしょうがないけどさ」
『オレも会いたいよ。香。会いたい。お前に』
「クリス……」
 ポロリと涙がこぼれた。
 それに気付いたのか、クリスはあわてたように、
『なあ、香。そしたらさ、東側の窓、開けてみろよっ』
「東側の窓?」
 東側の窓というと、ベットの真横の窓になる。
「なーに?『この空はオレがいるアメリカにまでつながってるんだぞー』とかいうわけ?」
 くすくすと笑いながら、香はベッドの上で立ち上がった。そして窓に手をかける。
「今日は天気がいいから星が見えるかもしれないな。そっちの天気はど………」
 窓を開き……言葉を止めた。いや、止まってしまったのだ。見覚えのありすぎる愛おしい金色の髪が真下の公園で月の光を受け輝いている。
「………クッ」
 絶句した香に向かってクリスはひらひらと手を振ってみせている。
「な……っなんで……っ」
『いやあ、香に会いたくて、見張りぶん殴って出てきちまったんだよ。そうでもしなくちゃ日本に帰ってこられそうもなかったからさ』
「あ、あんたねぇ……」
 言いつつも、怒っているのか笑っているのかわからないような表情になってきてしまった。
 あんなに会いたかったクリスがすぐそこにいる。
 すぐ、そこに。
『香。飛び下りてこいよ。今度はちゃんと受けとめるから』
 電話の声と肉声が入り混じって響いてくる。
『お前を……今すぐ抱きしめたい』
「クリス……」
 ストーンっと胸のつかえが外れた。そのまま両腕を広げているクリスの元に……飛び下りる。
 マンション二階分の重力を感じたのも束の間、一瞬後には求めたものの中にいた。
「クリス……っ」
 香はクリスの首に勢いよくしがみついた。
「会いたかった。香……」
 耳元で本物のクリスの声がする。
「うん……」
 力強く抱いてくれる腕に安心して身をまかせる。
「……あのさ、香」
「ん?」
「四年、待ってくれ。四年」
「……え?」
 首元に埋めていた顔をおこし、真正面からクリスの青い瞳を見つめ返す。
「四年?」
「前に言ったときには、信用できないって言われたけど……」
「それは……」
 ちょうど一年ほど前、五年待ってほしい、と言われた。でも香は「高校生の言うことなんて信用できない」と答えたのだ。
 実際、その時のクリスはまだ高校三年生になりたてで、子供じみた夢を語っているにすぎなかった。しかしこの件をきっかけに、クリスは漠然としていた将来のことを本気で考えるようになり、ホワイト家とも今後のことについて話し合いを進めているらしかった。
 背がさらに伸びたせいもあるが、クリスはこの一年で着々と、精神的にも外見的にも少年から青年へと変化を遂げていた。
「四年後にはオレ、必ずみんなに認められるようになるから。だから……会社勤めのお前の終わりは四年後ってことで。四年待ってくれ」
「四年たったら……?」
「四年後からは、オレと一緒に『永遠』をはじめよう」
「……永遠」
 思わず口の端に笑みがのぼる。
「……考えとくわ」
「あ、香。オレ本気だからな。今度こそ信用してくれよ」
 あわてたように言うクリスの頭をかき抱く。
「ん。分かってるわよ」
「それならいいけど……。でも、いいな。たまには、さ」
「何が?」
「しばらく会わないと、香ちゃんが甘えてくれるっ」
「……なによそれ」
 いいつつも香はクリスの首から手を離さない。
「ほら、こういう風に香が抱きついてくれるなんてめったにないでしょー?」
「……だって。あ、やだ、離さないでよ?」
「か、お、り、ちゃーん?」
 にやにやとクリスの顔がだらしなく緩んでいく。
「いーのかな? それ、そういう意……」
「だああっ。ちっがーうっ」
 香は寄ってきたクリスの頬を思いっきりつねり上げた。
「ちがうちがーうっ。離さないでねって言ったのは、靴履いてないから地面に降ろさないでって意味ーっ」
「え? くつ?」
 部屋から飛び降りてきたので、香の足はストッキングにしか包まれていないのだ。
「ありゃあ……どうしよっか。司邸の時みたいに、このまま抱いたままで家まで連れていくってのは……」
「絶対いや」
「……だろうから、ちょっと待ってろ。靴取ってきてやる」
 クリスは器用に香を抱いたままハンカチをベンチにひくと、そこに香をおろした。
「すぐ戻ってくるから待ってろ」
「……ありがと」
 香は足をブラブラさせながらクリスの金色の頭を見送ろうとしたが、ふ、と彼を呼び止めた。
「ねぇ……クリス」
「なんだ?」
 振り返ったクリスを香はまぶしげに見上げ、
「………待ってる、ね」
「? おお」
 不思議そうな表情をしてクリスは走って行った。その後姿を見つめながら香は小さくつぶやいた。
「……四年後の『永遠』。待ってるから、ね」
(1995.8.13,14)
ふー超久しぶり。せっかく夏休みなので書きました^^ 就職して二週目の木曜日ごろできた話。うーん、私もクリス欲しいなあ……。


↑と、当時20歳。就職したての私が書いてます。
超久しぶり、と言っても、前回は4月末に書いてるんですけどね。

この時、香は(というか、私も)、結婚が終着点、と思っていた。結婚さえできれば幸せになれる、みたいな……
それから二年後……↓↓こんな感じに考えは変わっていきます。世の中の流れも変わってきたんだよね。



-----------



『将来の夢』


(私の将来の夢はなんだろう?)
 最近、斉藤香はそんなことを考えることが多々ある。
 入社して丸二年たち、社内でも中堅どころに仲間入りする三年目。それなりに責任のある仕事も任されており、毎日忙しい。入社当時とは打って変わり、残業も増え帰りも遅い。休日も疲れていて遊びに行く気になどなかなかならない。
(私の将来の夢ってなんだろう?)
 あと数年すればきっと結婚し、会社も辞めるだろう。
(結婚するのが夢?)
 否。香は小さく首をふる。
(クリスのことは愛してる。もちろん。結婚するんだったら彼とじゃなきゃダメだもの)
 でもそのクリスとも実は目下喧嘩中。原因は約束していたデートをキャンセルしたからである。どうしても出かける気になれなかったのだ。
(私、このままでいいのかな……)
 このままなし崩し的に今の会社で勤め、自分のしたいこと(何をしたいのかはまだわからないが)もせず、そのまま何年かたち、なし崩しに結婚。それで終わり。
(私、何をしたいのかな……)
 まだ、わからない。でも何かしたい。「何か」したいのだ。その「何か」を見つけたい。このままでは会社に従属し、クリスに従属し、「自分」をもたないまま終わってしまう。
(みつけなくちゃ。探さなくちゃ、だよ)
 自分、を。まだ今年で23歳。いくらでも可能性はある。
「………よし。行こう」
 香はゆっくりとベットから身を起こした。
(1997.8.16)
…2年ぶりだよいろんなことあったねぇ…2年たつと会社や恋人に対する目もこんだけ変わります


-------

これを最後に、「一人言」のノートは終わっています。ようやくシュレッターかけられる~。

これから17年かあ。色々あったねえ……。でもあっという間だったよ。
まさに今現在、従属人生を満喫している私のことを、当時の私は何というだろう


私、今回、これを読み返すまで、クリスと香は普通に結婚して幸せに暮らしましたとさ、おーしーまい。なのかと思ってました。
でも、どうもそうでもなさそうなの?なんなの?って気がしてきました。

あ、でも、クリスと香が結婚するってことは確定です。
2人の間の子供(女の子と男の子の双子)が小人のアル・イーティルと出会って……ってベタな話も漠然と考えてたし。

そのうちその後の話を書くかもしれないし、書かないかもしれないし。

今は「風のゆくえには」を書きたくてうずうずしてるので、そちら優先で。
んで、二本書いたら今年は終わりにします。

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月の女王-短4

2014年11月27日 13時31分17秒 | 月の女王(要約と抜粋と短編)
一人言(七)のノートから


『関係ないでしょ』


「おっじゃまっしまーすっ。おーい、香ー?」
 玄関の鍵が開いていたので、勝手に入ってきてしまったが、
「………香?」
 ばりばりっぼりっガサガサガサ……という聞きなれない音に、クリスは思わず立ち止まった。
「か、香………?」
「ここ」
 ソファーの向こうから香の声がする。近づいてみて、
「な、なに、お前……っ。どうしたんだよ?!」
 思わず叫んでしまった。
 香がソファーに座り込み、大きな袋に入ったおせんべいをボリボリ食べているのだ。しかも、テーブルの上にはクッキーやポテトチップスの空き袋がいくつも転がっている。
「お…前、これ全部、お前が食ったのか?」
「うん。いけない?」
 いいながら、香はおせんべいを食べる手を休めようとしない。
「せんべい類はニキビができるから食べないんじゃなかったのか? それにポテトチップスも。……クッキー、これ12枚入りの箱、二つとも? いつも太るからとかいってあんまり食べなかったじゃねえかよ。……何かあったのか?」
「………別に」
 香はムッと口をゆがめ、ちらりとクリスを見ると、
「なんか急に……自分をいじめたくなったの。それだけ」
「自分をいじめる……? ってお菓子いっぱい食べるのっていじめることになるのか?」
「さあ? ……あ、終わっちゃった。あーああっ」
 せんべいの袋をぎゅっとしばり、テーブルに放り投げると、香は大きく伸びをしてソファーの肘掛けに頭をあずけた。
「あーああっ。いっぱい食べちゃった。油ものいっぱい食べたし、吹き出物できちゃうやーっ。あーやだやだ」
「……そう思うなら食べなきゃいいのに」
 クリスがボソリといい、香の横に腰をおろすと、香は寝そべった格好のままクリスをにらみつけ、
「だから、自分をいじめたくなったって言ってるでしょっ。あ、そうか。やっぱり私が太ったり吹き出物がブツブツできたらやーなのねー。ふーんっそうっ別にいーけどっ」
「なーんでそういうことになる? 何も言ってないだろ」
「だーって、そーでしょーがーっ。別にいーけどさっ」
 ふんっと香はクッションに顔を埋めてしまった。クリスはやれやれと肩をすくめると、
「なーに? 機嫌悪いなあ? 何かあったのか?」
 ぐりぐりぐりと香の頭をかきまぜた。
「話してみろよ。食べ物に八つ当たりしないでさ」
「やつあたりなんかしてないもん。あーもうやだっ」
 香はむくりと起き上がり、クッションをバシバシたたいている。
「今度はクッションに八つ当たりか? ったく、しょうがねぇな」
「なーによっ。関係ないでしょっ」
「………ふーん。そう。オレ、関係ないんだ? ふーん……」
「……なによ?」
 わざと冷たく言うと、香の瞳が不安そうに揺れた。
(………こういうところがさあ……)
 たまらなくかわいいんだよなぁ……とクリスは思ったが、あえて口には出さなかった。怒るに決まっているからだ。
「……別に関係ないっていうのは、そういう意味じゃ……」
「だって関係ないんだろ?」」
「だから……っ、クリ……。……クリス?」
 言いかけた香をそっと引き寄せる。柔らかい感触が腕に胸に直接伝わってくる。
「クリス……?」
「……安心した。お前の機嫌の悪さにオレは関係ないんだろ? よかったよかった」
「………ったく。あんたはっ」
 いきなりグイッと押しのけられた。そして香はクッションを元の位置に戻すと、がさがさとテーブルの上のお菓子の空き箱などを片付けはじめ、
「……コーヒー、紅茶、お茶、何がいい? 入れるわ」
「あ? あ、ああ、じゃ、紅茶」
「ん。ちょっと待ってて」
 そしてガタガタとキッチンへ消えていってしまった。
「……なんだ?」
 オレなんか悪いこといったかなあ……と頭を悩ませたところに、すっとカップをつきつけられた。
「あ、サンキュ。なあ、お前さ……」
「……ごめん。八つ当たりして」
「-----はい?」
 思わず思いっきり聞きかえしてしまった。こうも素直な態度に出られると……気味が悪い。
「お前、今日どうしたわけ? 変だぞ?」
「……そうだね。でも……なんか……落ち着いた」
「?? なんかよくわかんねぇけど……ま、食べたいときに食べたいだけ食べれば? オレもつきあうぜ?」
「……ありがと。でも嫌じゃない? 私が太ったら」
 横目でちらりとみられて、クリスはニッと笑ってみせた。
「なーんだ、そりゃ? 太ろうが痩せようがお前はお前だろ? 関係ないだろ?そんなこと。……と、香?」
 コツンッと肩に香の頭がのせられる。クリスはカップをテーブルに置くと、香をそっと抱き寄せた。

(1995.2.19,20)
なんか無性に食べたくなる時ってあるよね……自分をいじめたくなるというか……。そういうことです。おわり。


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だそうです。当時20歳の私。↑この気持ち、40歳の今の私にはまったく理解できん^^;
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月の女王-短3

2014年11月25日 11時04分37秒 | 月の女王(要約と抜粋と短編)
一人言(六)のノートより


あ、今、見て気が付いた。
そうそう。前は、成人の日は1月15日、固定だったんですよ!!
これ書いたの1995年の1月なので、当然1月15日だったわけです。



「成人の日」


 今年の1月15日は、芸術的な形の雲が2,3個浮かんでいるだけの快晴であった。成人式日和である。
 某市民ホールの前は、晴れ着姿の20歳の若者たちでごった返していた。女性はほとんどが振り袖姿で、男性は数%紋付袴姿の者もいるが、大半がスーツ姿である。
 そんなカラフルな群衆の中で、一際目立つ青年が白いユリの花束を手に立っていた。黒いカシミヤのコートの下がラフなセーター姿であるところから、成人式に参加した者ではないことがわかる。
「ねぇ、ちょっと……」
「か、かっこいい……」
 まわりの女の子たちが肘をつつきあい騒いでいることには目もくれない。そういわれることに慣れているかのようだが、実は本人気が付いていないだけなのだ。
「………まだかよ。おっせえな」
 青年はぼそりとつぶやいた。明るい金髪にあざやかな碧眼。どこをとっても日本人ではない様相であるが、そのつぶやきは流暢な日本語である。しかしその異国人という外見のせいで、まわりの人々は彼が日本語をつぶやいたということには気づかなかったようだ。
「あ、あのっ、エキスキューズ、ミーッ」
 わらわらわらっと近くにいた振り袖姿の女の子三人が彼に話しかけてきた。真っ赤な顔をして写真を撮る手振りをしながら、
「あ、あの、プリーズ、テイク、ピクチャー、ウィズ、ミー」
「ピクチャーピクチャー」
「ウィズミー、ウィズ、ウィズ……、一緒に写真とってくださいっ」
 必死の形相の三人を、彼はキョトンとした表情で見下ろしていたが、
「え? 写真? 一緒にとるの? なんで?」
「………やだぁあ、日本語……っ」
 女の子たちが華やかに笑い出した。
「日本語、話せるんですかぁ?」
「うわ、すっごいはずかしいっ私達ーっ」
「やだぁもうーっ」
 女の子たちは三人でひとしきり盛り上がっていたが、
「あの、写真を一緒に撮ってください」
 初めに話しかけてきた子がぺこりと頭を下げた。
「だからなんで? オレ別に芸能人でも何でもないよ」
 彼が首をかしげると、女の子たちは口ぐちに、
「でもモデルさんみたいじゃないですかっ」
「こんなかっこいい人と一緒に写真とれたら超ラッキーッ」
「みんなに見せびらかせるんですっ。ぜひ、ツーショットでっ」
「……うーん……」
 彼はうなってしまった。同じ学校の女子にはこういうことを言われたことはあるのだが、見ず知らずの女性からは初めてなのだ。(隠し撮りされたことは何度もあるのだが、やはり本人気が付いていない)
「うーん……いいけど……二人でっていうのは遠慮させてくれる?やっぱりそれは……」
「彼女に申し訳ない、とか?」
「申し訳ないというか、自分が逆の立場だったら絶対嫌だから」
 きっぱりと言い切られ、三人は顔を見合わせた。
「じゃ、交代で2人ずつ三回、いいですか?」
「うん。ごめんね」
 にこりと謝られて、三人は同時に赤面した。
「え、そ、そんなっこちらこそっ」
「すみませんっ、じゃ、すっすぐ……っ」
「じゃ、私のカメラから……っ」
 わたわたとカメラを用意する。
「いきまーすっ。はいっチーズッ」
 彼を中央にして、両側に女の子が並ぶという配置で三回、組み替えをしながら大急ぎで撮り終わった。
「どうもありがとうございましたっ」
「家宝にしますっ」
「彼女によろしくっ」
 きたとき同様、キャーキャーと女の子たちが去っていく。
 道々彼女たちは、あんなにかっこいい外国人を彼氏にしている女の子はどんなに幸せだろう。きっとかわいい子なんだろうな、などと大声で話しまくっていたのだが……
「………ったく………」
 それを聞き、非常に複雑な表情になった振り袖姿の女の子がいた。「あんなにかっこいい外国人を彼氏にしている女の子」こと、斉藤香である。
 「あんなにかっこいい外国人」ことクリス=ライアンと付き合い始めて、2年5ケ月になるが、一緒に歩いていて人にじろじろ見られることにはまだ慣れていない。
 クリスは金髪碧眼白皙、整った顔立ち、180センチ近くある均整の取れた体つき、というものに加え、人目をひくオーラみたいなものを持ち合わせているのだ。ただ歩いているだけなのに、老若男女問わず、かなりの数の人がクリスに目を止める。
「香っ」
 突然呼ばれて我に返った。いつの間にか目の前にクリスが立っている。
「夕子ちゃんは? 一緒だったんじゃないのか?」
「なんか小学校の時同じクラスだった人たちと集まるんだって。だからさっき別れたの」
「そうか。じゃ、二人でメシ食いにいこうぜ。裏の駐車場に車停めてあるから、ほら」
「ちょ、ちょっとまった」
 思わず肩に置かれた手を振り払ってしまった。
 眉を寄せてクリスが振り返る。
「なに? どうかしたのか?」
「どうかってねぇっ。一人で勝手に話進めないでよっ。私、式が終わったらすぐ家に電話するって言ってあるのよ。迎えにきてくれるっていうから」
「ああ、それなら大丈夫。オレ、お前の家に電話して、夏美さんにオレが迎えに行くって言っといたから。そしたら、夕飯におじいちゃんおばあちゃん招待したから、それまでに戻ってきてくれってさ」
「……そ」
 そんなに遅くまでこの窮屈な格好をしていなくてはならないとは少々うんざりするものがある。
「じゃ、行こうぜ」
 再び肩を抱かれる。まわりの人々が好奇の目で見ているような気がして、香はまたその手を振り払った。
「……なんだよ?」
 びっくりしたようにクリスがこちらをみている。
「だって……」
 まわりの目など少しも気にならないクリスに説明のしようがない。ふてくされたようにうつむいていると、
「なーに、機嫌悪いなぁ。どうかしたのか?」
「……別に機嫌悪くなんかないわよ」
「じゃ、なに? なに怒ってんだよ?」
「別に……ただ……」
「ただ?」
「あんたが目立ちすぎるのが悪いのよね」
「何だよ、それ……って、ああ……」
 クリスは思い当たったようにポンと手を打つと、
「さっきの写真のことか? しょうがねぇだろ。オレ頼まれると嫌っていえないんだよ」
「そのわりには鼻の下伸びてたわよ」
「鼻の下? なにそれ?」
「デレデレしてたってことよ。女の子に囲まれて。そりゃあ嬉しわよねぇ。結構かわいかったもんね。あの子たち。べーつにツーショットで撮ったって私、かまわなかったのに」
 ツーンッとそっぽを向くと、クリスはニヤニヤと、
「あら、香さん。焼きもちですか? 嬉しいですねぇ」
「だーれーがー焼きもち?! っと、きゃっ」
 赤くなって怒鳴るのと同時に、目の前に白いユリがつきつけられた。
「び、びっくり……」
「はい。お姫さま。成人、おめでとうございます」
 ニコニコとクリスが笑っている。
(ったく。こいつは……っ)
 いくら怒っても、横を向いても、クリスは必ずそばにいて受け止めてくれるのだ。不安になるほど、自分だけを見つめていてくれる。そのことは香が一番分かっている。
「………ありがと」
 とりあえず素直に受け取る。白いユリが香の着ている山吹色の着物によく映えている。
「やっぱりいいな。着物ってさ。すごく似合ってるよ」
「………」
「惚れ直した。なーんか、みんなに見せびらかせたくなってくるなーっ。この子がオレの恋人でーすってさ」
「……頼むからそれだけはやめて……」
 がっくりと肩を落としながらも、褒められて、そう悪い気はしない。着物を着ることも化粧をすることもとても面倒だったのだが、クリスにそういわれると着てよかったなぁと思えてくるから不思議だ。少しは自分もきれいになって、クリスと釣り合うようになった気さえしてくる。
「じゃー昼飯食べに行こうぜ。腹減っちまった」
 言いながらクリスが背を向ける。二度も手を払いのけられたから、もう肩を抱こうとしないのか。
「……………」
 香は、成人式でもらった記念品などの入った紙袋の中に自分のポーチを放りこむと、
「ね、ね。これ持ってくれる?」
「あ? ああ、悪い、気がつかなくて」
 ひょいとクリスがその袋を右手に持ったことを見届け、香はユリの花束を左手に持ちかえた。
「………クリス」
「……え?」
 立ち止ったクリスに小走りにかけよると、
「!」
 きゅっと右手をクリスの左手に絡ませた。
 クリスが驚いたようにこちらを見下ろしている。
「………ありがとう、クリス」
「え、いや、その、あの……」
 こんな人前で香の方から手をつないでくるなんて初めてのことだ。
 耳まで真っ赤になったクリスに、香はやさしく微笑み、
「だって、もちろん、今日のお昼はあなたのおごりよね?!」
「…………。はい」
「やったぁっ。なーんにしようかなっ。ありがとー」
「……お前な」
 やれやれとクリスがため息をつく。そして二人で顔を見合わせ笑い出した。
 手をつないだ温かさが嬉しい、成人の日であった。


(1995.1.16,17)
成人式出席中に思いついたネタでした…。どうしてこの2人は甘いムードのまま終わらないのだろーか……。クリスは背が伸びたらしい。


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ということでした。
「超」という言葉出ましたね……。
超っていつから使われてたんだっけ?と思って、今まで出せずにいたけど、95年にはもう使われてたのね。
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月の女王-短2

2014年11月23日 11時08分59秒 | 月の女王(要約と抜粋と短編)
一人言(五)のノートより



「いつものぬくもり」



 黒髪の少女が佇んでいた。
 いつものように、さみしげに、はなかげに……
「今……いくから……」
 泣かないで……
 両手を伸ばし、少女に触れようとした、その時、
「…………!」
 少女がふっと消え、そして……
「あ……」
 少年が現れた。やわらかい金の髪の少年だ。
 その少年は横たわったまま、ピクリともしない。
 その青い瞳がこちらを向くこともない。
 なぜなら………この子は死んでいるから。
「……オレが」
 殺した。よく知っている。自分が殺した……。
「……殺した。この手で……」
 おそるおそる、その冷たい頬に触る。髪をなでる。
 しかし、少年は動かない。……死んでいるから……。
「………死んでる……」
 ふいに怖くなり、その場を離れようとした瞬間、
「!!」
 少年の瞳がカッと開いた。しかしそこにはいつもの知った青い目ではなく、血の色をした真っ赤な目が……!
「なんで……っ」
『……おいていかないでよ……クリス…』
 ゆっくりとした動作で少年が立ち上がった。のろのろと、しかし確かな強さで腕をつかまれる。
『クリス……クリスぅ……』
「オ……オレは……、オレはぁっ」
 ふりほどけない。真っ赤な瞳が迫ってくる。
『いっしょにいてよぉ、クリスぅ……』
「や、やめ……っ」
 ありったけの声で叫ぶ。
「やめろぉお!!」

「………!!」
 はっと目が覚めた。体中に冷汗がはりついている。
「……夢か」
「……クリス様、大丈夫ですか?」
 横から心地よい声が聞こえてきた。もちろん声の主は高村である。やさしい包み込むような瞳が自分をのぞいている。
「だいぶ汗をおかきになったようですね。きっと熱も下がったでしょう。お体お拭きします。よろしいですか?」
「あ……う、うん……」
 こわれものを扱うように、高村はパジャマをぬがせ、蒸しタオルで汗をぬぐってくれる。
 クリスは二日前、突然高熱を出し倒れたのだ。12年の生涯で初めての経験である。
「……高村、アリスは……?」
「お部屋にいらっしゃると思いますが? お呼びしますか?」
「いや……いるならいいんだ」
 軽く頭をふり、さっきの夢を追い払おうとするが、最後のシーンが鮮明に思い出されてしまう。
 真っ赤な瞳の弟……アリスの姿が。
「クリス様、何か召し上がりますか?」
「うん……」
 タオルのほどよい熱さと高村の手の温かさが気持ちいい。
 唯一、息をぬいて寄りかかることのできる腕だ。
「……おかゆ、がいいな。前に作ってくれたことあるだろ?」
「承知しました。できるまでお休みになっていてください」
 着替えさせられて、あっという間に取り替えられた新しいシーツのベッドにもぐりこむ。
「おかゆ、は、日本人が風邪ひいたときに食べるんだよな?」
「風邪をひいた時だけではありませんが、まあそうですね」
「じゃあ、あの子も食べたことあるかな」
「ええ、きっと」
 高村はニッコリと笑うと、くるりと背を向けた。
「……あ」
 急に体の奥の方が、ギクリ、とした。妙にかきたてられる、ような……。
 夢の中で見た赤い目が迫ってくる、ような……。
「どうかなさいましたか?」
 小さなつぶやきに高村は耳ざとく気が付いたらしい。
 ふりかえり、優しい瞳を向けてくれている。
「……いや。なんでも、ない……」
 ホッとして、うつぶせになり枕に顔をうずめていると……
「………高村?」
 頭の後ろに温かい手を感じる。
「クリス様……」
 くしゃり、と髪の毛をかきまぜられる。耳元で、低い安心できる声がささやいた。
「……愛してます。クリス様」
「……変な奴」
 思わずクリスは吹き出してしまった。
 高村の方はそれに気を悪くした風でもなく、もう一度クリスの頭をなでると、静かに出て行った。
「本っ当に……変な奴だな……」
 それを見送ったあと、クリスはしみじみとつぶやいた。
「なんでわかったんだろう」
 自分が今、一番言ってほしい言葉を。
「まあ……いっか」
 満たされた気持ちになる。
「……あの子にも、高村みたいな奴がそばにいてくれるといいな」
 海辺の少女に思いをはせる。
 自分がそばにいけるその時まで、誰かいてくれるといいんだけど。温かいぬくもりをくれる誰かが。

(1994.7.24,8.5)



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↑約20年前のことなので覚えてませんが、書いたの7月24日だ。わざとかな?月の女王が降臨する予言の日じゃん。

そういえば、アリスって本編にでてきてない。
電話が一回かかってきたくらいか……。

クリスは別にアリスのこと殺してません。それにアリスの目はちゃんと青です。
でも自分のせいでアリスの足が悪くなったことに罪悪感があって、それゆえのこういう夢なんだと。
表面上はすごく仲の良い兄弟ですが、お互い気を遣いあっています。

クリスは、自分のせいでアリスの足が悪くなったこと。
アリスは、自分のせいで母親が亡くなったこと、そして怪我のことでクリスが自分に罪悪感をもっていること、で。

だからお互い、今は離れて暮らすことになってホッとしてるんだろうな~。

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月の女王-短1

2014年11月18日 13時44分43秒 | 月の女王(要約と抜粋と短編)
一人言(四)より

(今から20年前に書いた話。女性の結婚適齢期がクリスマスケーキだった時代です)


「イチゴのショートケーキ」


 学校帰り、クリス=ライアンはいつもは素通りする本屋の前でふと立ち止まった。中で分厚い本を難しい表情で立ち読みしている斉藤香を発見したからである。
「……何読んでんだ?」
「んーーー……?」
 そうっと横にいって声をかけたが、香は驚いた様子もなく、こちらを向くと、
「ちょっとね……。今帰りなの?」
「ああ。お前も? だったらせっかくだからお茶でもどう?」
「んーーーー、あんまり時間ないけどいい?」
「もちろん♪」
 しかしそれから駅近くの店を数件回ってみたがどこも満席で、結局ケーキを買ってクリスの家に行く、といういつものパターンになってしまった。
「紅茶でいい?」
「あーありがとー」
 リビングの大きなソファに埋もれるように香が座っている。
 紅茶を渡しながらクリスはその横に腰かけると、
「就職情報誌、だったな。さっき読んでたの」
「うん……。もう就職活動しなくちゃなんないのよねー……」
 香は短大の二年生になったばかり。入学してまだたったの一年しかたっていないというのに、もう次のことを考えなくてはいけないらしい。現在現役高校生をしているクリスにはちょっと想像がつかない。
「お前……就職すんの?」
「あ、当たり前でしょっ。できなかったらどうしようって悩んでんだからねっ」
「ふーん……」
 カチャリとテーブルにカップを置き、香を覗き込むと、
「あと五年すればなあ……オレが雇うのに」
「五年って……あんたが大学出てからってこと? 大学出てすぐに人事に口出しできるような立場になれるの?」
「いや、そうじゃなくてさ。オレが、オレ個人で雇うんだよ」
「………」
 香がいぶかしげに眉を寄せた。
「起業するってこと?」
「いや、そうじゃなくて……。ま、起業するかはどうかは、置いておいて」
「じゃ、なに? 家政婦とかも無理よ? お金もらえるほどの家事の腕ないし」
「えー家事じゃなくてさー」
「じゃ、なんなのよ? なにしろっていうの?」
「そりゃあ、もちろん……」
 びしっと指さし、にーっこりと笑うと、
「子供。子供育てんだよ」
「子供? あなたの?」
「そ。オレとお前の」
「あなたと私……?」
「そっ」
「…………」
 チクチクチクチク……と沈黙が流れた。
 そして……
(……あれ?)
 おかしい。いつもと反応が違う。
(変だなぁ……いつもならここでバキッと殴られるのがオチなんだけど……)
「………香?」
 心配になって、まだ真面目な顔をしている香を見返すと、
「……ねぇ」
「はっはい?! なに?!」
「あなたと私の子供ってことは、ハーフになるのよねぇ……」
「う、うん」
「いじめられたりしないかなぁ……。あなたみたいな性格の子だったらそんなことないんだろうけど……私に似ちゃったら……」
「お前に似たら、そりゃかわいい子になるだろうな」
 そっと香の頭に手を伸ばし、引き寄せた。香はあらがう様子もなく、クリスの胸に身を預けている。
「オレが守るよ。お前のことも、子供のことも、一生、さ」
「…………」
「だから、五年たったら……結婚しないか?」
「え………」
 香の瞳が驚いたように見開かれる。
「………」
 そのあごをとらえ、ゆっくりと顔を寄せようとしたが……、
「ちょっとまってよ、あと五年っていったわね?」
「え?ああ」
「五年っていったら、私、24、もう25になるじゃないのよっ」
「ま、そういうことになるな。だから?」
「だから?じゃないわよっ。25っていったら適齢期じゃないのっ。そんな歳までそんなあてにならない約束待ってられないわよっ」
「ひっでーなっ。ちったあオレのこと信用しろよっ」
「できないわねっ。コーコーセーのいうことなんてっ」
「ムカッお前言ってはならんことをっ」
「ホントのことでしょっ」
 つーんと香がそっぽを向く。
 たった二年、されど二年。二人とも社会人になってしまえば気にならない歳の差だが、片や社会人、片や学生となってしまうのは結構厳しい。
「……香」
「………」
 拗ねた様子で香がこちらをむく。こうしているとこっちのほうが年上のように思えるのだが……
「オレが五年って言ったのは、学生のうちは結婚が許されないだろうからだ。でも許される方法が一つだけある……」
「なによそれ?」
「そりゃあっもっちろーん」
 ガバッと元気よく香に抱きつくと、
「子供作っちまうんだよっ。子供作ろーぜっ」
「ちょっとっ何考えてんのよっばかっスケベっ」
「いーじゃねーかよっ。へるもんじゃなしっ」
「へるわよっ。減るに決まってるでしょっ」
「……へ?」
 きょとんとしたすきに、香がさささささっとソファーの隅まで逃げてしまった。
 クリスは首をかしげ、
「何が減るんだ?」
「減るわよ。新鮮味がっ」
「シンセンミ?」
 ますます意味がわからず聞きかえすと、香が怒鳴り返してきた。
「新しい鮮やかな味よっ。それにそうよっ。こんな風に毎日会ってたりしたらそれこそ新鮮味なくなっちゃうじゃないっ」
「……? なくなるとどうなるんだ?」
「……飽きがくるわよ」
「あき? あきって、飽きるのあき?」
「……そ」
 ふうっと大きく香が息をついた。ますます意味が分からない。
「なあ、それって、お前がオレに飽きるってことか?」
「ちがうわよっ。私があなたに飽きるわけないでしょっ。こんなに好……じゃないっ違うっ今の取り消しっ違うからねっ」
 香は一人で言って一人で盛り上がっている。クリスの方は今の香の思わぬ発言にニヤニヤと、
「へぇぇぇぇそっかああ。香ってばそんなにオレのこと……」
「うるさいうるさいっ。私が言いたいのは……っ。こんなに毎日会ったりしてたらあなたが私に飽きるんじゃないかってことっ」
「あ? なんでオレがお前に飽きなきゃなんねえんだ?」
「だって……っ」
「こんなにお前のこと好きなのに? こんなに好きで一分でも一秒でも多く一緒にいたいって思ってるのに?」
「……」
 絶句、という顔で香は口をパクパクさせている。
「お前、まだオレのこの言葉信じてくれてないのか? なら何回でも言ってやるぜ? オレはお前のこと何よりも大切に想っているし、一生かけて守りたいと思ってる。誰よりもお前のことを愛して……」
「わ、わかった……っ。わかったからもういいっ、やめてっ、恥ずかしい」
 真っ赤ーーになって香が叫んだ。クリスはにっこりと、
「分かってくれた? じゃー飽きがどーのって話は……」
「……それとこれとは別よ。いくら好きでも飽きはくるわよ」
「なんだよそれっ」
「だって、例えば……あんたはイチゴのショートケーキすごく好きよね? でもそれを朝昼晩のご飯として毎日毎日食べることになったらどう? 絶対に飽きるわよ」
「………」
「私はそれが怖いのよ」
 寒いかのように香が震えた。両腕で自分を抱きしめている。
「いつか……あなたが私に飽きて……他の女の子を好きになることが。あなたにはわからないよね。あなたはいつでも自分に自信あるから。私は……あなたのことずっとずーっと繋ぎ止めておける自信、ないもん。あなたが私のそばからいなくなったとき、私どうなっちゃうのかな、とか思っ……ちょ、ちょっと、何す……っ」
「香……」
 引き寄せてぎゅっと抱きしめた。黒い髪に顔を埋める。
「ちょっ……離し……」
「……大好きだよ。香。絶対に絶対に離れたりしない」
「………クリス」
 固くなっていた香の体から力が抜ける。
 頬を囲み、額に口づける。
 自分のこの気持ちが香に届くだろうか。こんなにも愛おしいと思っている心が。
 絡ませた指から、寄せた頬から、伝わるだろうか……。
「大好きだよ……」
 ささやき、唇をよせようとした、が、
「あ! 時間!!」
「いてっ」
 いきなり香が立ち上がったので、香の頭とクリスの鼻がぶつかった。
「あ、ごめん」
「な、なんなんだよ……」
 クリスが鼻を押さえながら文句を言うと、
「だから時間ないっていったじゃない。私、これから夕子と会う約束してるのよ。これ、もらっていくね」
「え、え、え?! 香?! ちょっと……」
「んじゃ、ごちそうさまーっ」
「こっこらこらこらこらーーっ。オレの分のケーキまでっ」
 叫んだがむなしく部屋に響いただけである。
 クリスはやれやれと息をつくとぽつりとつぶやいた。
「イチゴのショートケーキなら、毎日食べても飽きない自信あるけどなあ、オレ」

(1994.3.17,18)
 はああ眠い…ただ今AM1:26。ふーっ。その後の話ですねえ。この2人にはこういう感じになってほしいんですよねー。さあいったいいつのころやらー


↑って当時19歳の私が書いています。
いったいいつのことやらーって、約20年後です!!当時の私もまさか20年後に完結するとは想像もしていなかっただろう。
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