【浩介視点】
「なんかさあ……、最近、さらに月日が過ぎるの早すぎんだけど」
4月28日金曜日。慶の誕生日の夜の食卓。オムライスを前に、慶が溜息まじりに言った。
「ついこないだ、誕生日にこのオムライス作ってもらった気がするのに……」
「本当だねえ……」
今年も「あのオムライスを」と言われて、卵トロトロのオムライスを1年ぶりに作ったのだけれども、体感的には、3ヶ月くらい前のことのような気がする……
「こういう現象のこと『ジャネーの法則』っていうんだよね」
「あー、なんか聞いたことある。フランスだかの哲学者が提唱したんだよな……って、うわあーやっぱこれ、うめーなー」
「………」
ものすごく嬉しそうに食べてくれる慶の横顔に、こちらも笑顔になってしまう。大好きな慶の誕生日に一緒にいられることが本当にうれしい。
慶は今日で49歳になった。あのキラキラな渋谷慶があと1年で50歳になるというのだから、時の流れは恐ろしい。でも相変わらず若々しいので、30代と言っても誰も疑わないだろう。
(ああ、40代もあと1年で終わりかあ。早いなあ……)
39歳の誕生日の頃は、二人で東南アジアのとある国で暮らしていた。
忙しくて、一緒にいられる時間は今よりも少なかったのに、今よりも「慶を独占できている」と感じられたのは、異国で二人で暮らしていたからだろうか…
29歳は、おれがアフリカに行って一年目、離れ離れになる3年間のはじまりの頃。この頃のことはあまり思い出させたくないのが本音だ。
そして、19歳の時は、慶が浪人生。おれが大学一年生。初めて体を重ねたのがこの頃……
(あれから何度、一緒の夜を過ごしただろう……)
今日は……どうするのかな。
と、ちょっと真面目に考える。
ここ最近、昔に比べて回数が減っている(とはいえ、月に2回はあるから、この年齢にしては多い方らしいけど)のは、年齢が上がったから、ということももちろんあるのだろうけれど、コロナ禍で慶が心身ともに疲弊していることと、それを思って誘いにくい、ということもある。それに、寝室を別にしていることも影響していると思う。
(コロナ前は、自然な形ではじまること多かったのになあ……)
今は、声かけが必要というかなんというか……
(連休明けには、5類に移行するっていうし……。5類って季節性インフルエンザと同じ扱いなんだよね? そしたらもう、寝室も一緒でいいんじゃない?)
言いたいけど……言えない。あえて、この手の話題は避けているので、医師である慶の考えは、聞いたことがない。
(慶……どう思ってるんだろう)
もう3年も、寝室を別にしている。もしかして、一人の方がのびのび寝られて快適、とか考えてたり……
(……したらどうしよう……)
うーん……。と、ご飯を食べる手が止まってしまう、と。
「どうした?」
ぽん、と腿の上に手を置かれた。コロナ禍になってからは、リビングでソファを背もたれにして横並びに座って食べているので、膝と膝もくっついている。それは嬉しくていい。
「なんかあったか?」
「あ……、うーんと」
心配そうに言ってくれる慶に、咄嗟に言い訳を探しだして返す。
「ゴールデンウィーク、結局どうするか決めてないな、と思って」
「ああ、そうだな」
疑う様子もなくうなずいてくれた慶。
「こどもの日は、町会のイベントだよな。晴れそうで良かったよな」
「だね」
昨年末に慶も町会に加入したため、以前よりもさらに町会に関わることになった。慶のコミュニケーション能力の高さは相変わらずだ。
「まあ、ゴールデンって言っても、結局、仕事入ってるから、純粋に二人とも休みなのは、明日明後日と、3日と5日だけだもんなあ」
「うん。最後の7日の日曜日は、6日の土曜日が仕事だから、普通にいつもの日曜日と一緒って感じだしねえ」
そして、8日の月曜日からはコロナが5類に移行しますが……、と言いたいところをグッとこらえる。
「明日どこか行く?」
「そうだなあ……、でも、人出多そうだしなあ……」
「…………」
やっぱり人出が多いところは避けたいってことか……。
当たり前だけど、まだまだ慎重ってことだ。
と、いうことは、やっぱり5類に移行したところで変わらないってことだ……。
(だよね……)
一緒のベッドで寝るのはまだまだ、夢のまた夢……
ずーんと落ち込んで、黙ってしまっていたら、
「あ、ごめん」
慶が慌てたように言葉を継いだ。
「お前出かけたかった? おれに遠慮して我慢するのやめろよ? おれそういうの本当に……」
「あ、違う違う」
おれも慌てて手を振って言葉を遮る。
(やっぱり嘘や誤魔化しはよくないよな……)
変な誤解をされる前に、本当のことを言おう。
「あのね……」
「おお」
本当は……
「……慶と一緒に寝たいな、と思ったの」
「寝る?」
「うん」
「………」
「………」
慶はパチパチパチと、綺麗な瞳を瞬かせると、
「えーと? 寝正月のゴールデンウィーク版ってことか?」
「…………」
違う。
……けど、まあ、それでいっか。
「うん。寝ゴールデンウィーク」
「なるほど。楽しそうだな」
「うん」
ふふふ、と笑い合う。
「なんか映画とか観ようよ」
「おお。いいな」
「でね、お昼はピザ取るっていうのどう?」
「おー!賛成!」
「決定!」
思わず、学生の頃のように、手と手をパンッと合わせて打ちならし、笑いだしてしまう。
「あー、良いゴールデンウィークになりそうだなー」
「そうだね」
49歳になったけど、少しも変わらない、大好きな大好きな慶。
「ご飯食べ終わったら、誕生日ケーキだすからね?」
「お。サンキュー」
嬉しそうに笑った慶が、愛しくて愛しくてたまらない。
一緒に寝られる日はまだまだ先になりそうだけど……こうして一緒にいられる。笑い合える。それだけで、満足しよう。
「お誕生日おめでとう、慶」
心をこめてささやくと、慶は照れたように笑った。
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お読みくださりありがとうございました!
慶君、昭和49年生まれ49歳です!時が経つのは早いですね〜💦
浩介ってば、嘘や誤魔化しはよくないっていいながら、結局、本当のこと言わなかったな……
まあ、本音を全部言えばいいって話でもないしね……
私、長編はちゃんとプロット立てるのてすが、このくらいの短編は、お題だけ与えてあとは彼らに勝手に話してもらうので、どんな話をするかいつも楽しみなんです。
まさか今回、ベッドの話をするとは、ちょっとビックリというかなんというか。いや〜そうだよねえ。まだ別々だもんねえ……。早く一緒に寝られる日が来ますように!
ということで、読みに来てくださった方、ランキングクリックしてくださった方!本当にありがとうございました!
いつになるか分かりませんが、また次もよろしければ、よろしくお願いいたします。