【渡辺恵視点】
せっかく、私と王子、山田さんと三ツ谷君のダブルデートだと思ったのに……なぜか、王子の親友・桜井浩介がくっついてきてしまった。
『今後、彼に色目を使うようなことがあったら、容赦なく虫扱いです』
と、桜井浩介から、真面目な顔で冷たく言われたのは数ヶ月前のこと。
『彼を守ることが僕の使命なので 』
とも言っていたので、もしかして、この策略がバレて王子を守りに来たのだろうか……と身構えていたら、そうではなかった。王子・渋谷慶君が無理を言って、桜井浩介に同行をお願いしたそうだ。
「おれ、洋服とか全然わかんないからさ……」
と、困ったように言った渋谷君の言葉に、「ぐぬぬぬぬ……」と声なき声が出てしまう。
今回、このダブルデートを無理矢理2月14日に設定する理由として、
『山田さんの彼氏・三ツ谷君のスーツを一緒に選んで欲しい。今月末に高校時代の先輩の結婚式に参列するんだって!』
というものをあげていた。
『スーツのお直しの時間も考えると、2月14日より遅らせるわけにはいかない』
『男性の意見も聞きたいんだけど、他の人にはバレンタインで約束があるって断られた。渋谷君は彼女いないし、バレンタイン暇でしょ?』
という自然な理由。かしこい私。……と、思ったのに、まさか、こんなことになるとは。ぐぬぬぬぬ……。
桜井浩介は、ニコニコと、突然の飛び入り参加になったことを侘びた上で、
「おれも洋服とか分からないけど、彼女の友達が店長やってる店があって、おれもスーツはいつもそこで作ってて……」
と、愛想よく、山田さんと三ツ谷君に説明している。
渋谷君は渋谷君で、
「おれも何回かそこで服買ったことあるんだけど、こいつと一緒にいくと、割引してもらえるんだよ」
と、自慢げに言って、桜井浩介の腕に腕をからめた。そして、「な?」と、上目使いで桜井浩介を見上げ……
(………かわいい)
めちゃめちゃかわいい……なんだよそれ反則級のかわいさだよ……
思わず、うううっと詰まっていたら、山田さんがアッサリと「それじゃ、そこでお願いします」と、うなずいた。三ツ谷君も元気よく「お願いします!」と返事している。
(くそー……山田め。断れよ!)
とも思ったけれど、まあ、冷静に考えてこれは断れない。断れないからしょうがないか……と思いながら、山田さんを見返したら、なぜか山田さんは、三ツ谷君と目と目で会話して、ニヤリと笑いあっている。
(………なんなの!?)
せっかくダブルデートだったはずなのにーー!!
***
桜井浩介が連れて来てくれたのは、有名なアパレルブランドのお店だった。『彼女の友達』という店長さんも、とてもお洒落で素敵な人だった。しかも、桜井浩介の彼女も、ものすごい美人だということが発覚した。店内のコルクボードに、写真が貼られているのを、渋谷君が教えてくれたのだ。学生時代にモデルをしたことがあるそうで……
「ものすごい美人……」
「だろー?」
なぜか、渋谷君が自慢している。
「どこかで見たことあるような……」
「ああ、おれらと大学一緒だったから、見たことあるかも」
「そっか……」
そうかもしれない。……なんてことはどうでもよくて。
「っていうか、桜井さんは、今日、彼女いいんですか? バレンタインなのに」
さっさと帰れ、の気持ちをこめて、桜井浩介を振り返ると、桜井浩介は軽く肩をすくめた。
「今日、仕事らしいので」
「…………そうですか」
あー、なんかイチイチムカつくんだよな。この男……。なんでこんなにムカつくんだろう……。
そんな私の内心をよそに、みんな真剣に三ツ谷君のスーツ選びをしはじめた。
あーでもないこーでもないと好き放題言っていたけれど、結局、店長さんが薦めてくれた2つのうちのどちらかに……ということになり、三ツ谷君が試着室に入った。それと同時に、王子はワイシャツのコーナーに行ってしまった。
(……渋谷君、何か買うのかな?)
それは……チャンスじゃないの! 私、選んであげちゃう!!
やったー!と思いながら、そーっと、後ろから王子に近づいた……けれど。
「お前、これでいいんじゃね? 今持ってるのの色違い」
「そう?」
王子が桜井浩介に話しかけているのが聞こえてきた。
「うん。これ、ラインが細身で似合ってるから」
「慶がそういうならそれにしようかな」
「おう。そうしろそうしろ」
距離の近い2人……
「慶も何か買う?」
「あー、欲しいけど、金欠……」
「プレゼントするよ」
「でも」
「バレンタインだし」
「あ、そっか」
…………。
…………。
…………………は?
…………バレンタインだし?
「…………なんで?」
なぜに、バレンタインでプレゼント? 誕生日とかならともかくバレンタインって……
「なんで?」
「なにが?」
横でボソッと言われて、「おわっ」と飛び上がる。いつのまに山田さんが隣にいた。
「いるならいるって言ってよ!」
「何が、なんで、なの?」
私の文句なんてものともせず聞いてくる山田さん。ほんとマイペースなんだよな……。じっと見てくるので、しょうがないから答えてあげる。
「いや……、桜井さんが渋谷君に何か買ってあげるって言ってて。で、それが、バレンタインだからって言ってるように聞こえたんだよ」
「……へえ」
きらーんと山田さんの目が光った。そして、「それは……」と何か言いかけたけれど、
「山田せんぱーい」
三ツ矢君の声が聞こえると、私を置いてさっさと行ってしまった。おいこら。
「ああ、三ツ矢君、着替え終わったんだ」
「あ、ホントだ」
何て言いながら、王子と桜井浩介も三ツ矢君の方に行ってしまい…
それから三ツ矢君のファッションショーが始まって、みんなでまたあーでもないこーでもないと言って……、気が付いたら、いつのまに桜井浩介は自分の買い物を済ませてしまっていた。
「何買ったんですか?」
と、聞いてみたけれど、「自分のシャツです」と答えられてしまい、
「さっき、渋谷君に何か買ってあげるとか言ってませんでした?」
と、ぶっちゃけてみたけれど、「そんなこと言ってません」としらっと言われてしまい……
(あーーー、モヤモヤするーーー!!!)
絶対聞いたのに、こうもハッキリ否定されては、何ともしようがない。
それから5人でホテルのケーキの食べ放題に行って、楽しく盛り上がり(渋谷君のケーキを取ってあげようとしても、すべて桜井浩介に邪魔されたけど…)、約束の夕方が来て、解散することになった。
帰り際、
「今日はせっかくバレンタインだからチョコ持ってきたのっ」
なんとか隙をみて、コッソリと渋谷君に渡そうとしたけれど、
「ごめん、受け取れない」
と、アッサリ断られ、「じゃ、また明日!」と爽やかに手を振られ……
そうして、桜井浩介と肩を並べて歩く渋谷慶王子の後ろ姿を見送って、私の今年のバレンタインは終了した。
…………。
…………。
…………。
なんなんだーーー!!
「ナベちゃん」
「何よ!?」
山田さんの声に思い切り振り返ると、山田さんは苦笑しながら言った。
「これからどうする?」
「は?」
「私達は、ちょっと散歩でもしてお腹減らしてから、夜ご飯食べに行こうと思ってるんだけど……」
「…………」
「…………」
「…………」
いつもながらの無表情の山田さん。その横でニコニコしてる三ツ谷君。
今日はバレンタイン。このまま二人と一緒にいたら、私がお邪魔になる。そんな屈辱的なことするわけがない。
「もう帰る」
「そう?」
「帰って作戦練り直す」
「ふーん……」
軽く肩をすくめた山田さん。
「じゃあ、頑張って」
「…………」
いつもは気にならない山田さんの冷静な言い方が、上から目線に聞こえるのは、私の心の問題なんだろう……
「また明日」
「ありがとうございました!」
「じゃあね」
お似合いなんだかお似合いじゃないんだかよく分からないカップルに手を振り、帰路についた。
「あーあ。せっかく上手くいくと思ったのに……」
帰り道、延々と頭の中で反省会をする。でも行き着く結論は、どうしてもこれだ。
今日の失敗は、すべて桜井浩介のせいだ!
あの王子の王子をどうにかしないことには話が進まない。
「桜井浩介……」
絶対に攻略してやる!
と、心に誓ったバレンタインの夜だった。
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お読みくださりありがとうございました!
1ヶ月かかった(T_T)しかも定期の火曜日7:21に間に合わなかった…
でも、今日中にあげたいのであげちゃいます!
書けなかったこと……
慶が浩介の「彼女」をナベちゃんに自慢していたのは、実はナベちゃんに対する牽制だった、とか。(浩介には彼女いるからちょっかい出すなよ!っていうね……。自分が狙われているという自覚がない鈍感王子)
あとは、山田さんの彼氏・三ツ谷君は腐男子なので、二人で浩介&慶を観察して楽しんでいた、とか……。
そんな感じで、また……
読みにきてくださった方、クリックしてくださった方、本当に本当に本当に!ありがとうございます!