【享吾視点】
松浦暁生を殴ったことにより、自宅謹慎処分となった。
……ということになっているけれど、正確に言うと、「昨日の今日で学校に出てくると騒ぎになるから」と、担任の国本先生から欠席することを勧められて、金曜日と土曜日を休むことにしただけだ。処分ではないから、内申書には書かれないので安心して、と言われた。
「村上君が暴力をふるうなんてよほどのことがあったのよね?」
先生にだけは本当のこと話して? なんて、目をウルウルした国本先生にも聞かれたけれど、本当のことなんて言うつもりはない。
「松浦君は『言葉の行き違い』って言ってるけど、そうなの?」
「…………」
言葉の行き違い、か。じゃあ、そういうことにしておけばいい。
あの時、保健室に移動する前に、松浦はさりげなくオレの横に身を寄せて、オレにだけ聞こえるように低く言い放ったのだ。
『余計なこと言うなよ? まあ、言ったとしても、オレの言うこととお前の言うこと、みんながどっちを信用するかなんて、分かり切ってることだけどな?』
松浦の言うことはもっともだ。でも、そんなこと言われなくても、本当のことなんて言うつもりはなかった。そんなことをしたら、村上哲成が傷つくだけだ。
**
週が明けた月曜日……
案の定、オレが入るなり、教室の中は、一瞬、シンッと静まり返り、それからコソコソコソっとあちこちで内緒話がはじまった。……けれども。
「おー! キョーゴ! 良かったー。謹慎とけたんだ?」
そんな嫌な雰囲気をものともせず、ぴょんぴょん跳ねながら村上哲成がこちらにやってきた。松浦を殴った後は、先生と親がいて何も話せなかったので、話すのも少し久しぶりだ。
「休んでた間のノート、貸してやろーか? 数学けっこう進んだぞ?」
「…………ありがとう」
眼鏡の奥のクルクルした目が、なんの惑いもなく見てくれることが嬉しい。
「享吾君、これ、金曜日の学級委員会で配られたプリント」
「……西本」
同じく眼鏡の西本ななえ。こちらの眼鏡の奥の鋭い瞳も、いつもと変わらず真っ直ぐに向いてくれていることが有り難い。……と、思ったら、
「で? 松浦君との喧嘩の原因は、テツ君を巡っての三角関係のもつれってことでいいんだよね?」
「は?!」
いきなりのわりと核心をついた言葉に、思いっきり叫んでしまった。三角関係というのは語弊があるけれど、村上哲成を巡って、というのは本当のことで……
「えっそうだったんだ?!」
「何それっマジの話?!」
まわりでオレのことを遠巻きにみていたクラスメートから、ドッと笑い声があがった。
「うわー知らなかったー」
「でも享吾に勝ち目はないかなーテツと松浦は小学校からの仲だもんなー」
「いやいや、同じクラスっていう利点は大きいかも」
一気に嫌な雰囲気が笑いに変わってくれて、ホッとする。
「で? 本当のところは?」
「……………」
西本に聞かれ、肩をすくめてみせる。
「ノーコメント」
「えー」
ムッとしている西本を置いて自分の席にいく。当たらずといえども遠からず、なんて言えるわけがない。
「なー、キョーゴ」
「……………」
原因の張本人の村上哲成がオレの机の前に座りこんで、机の上にアゴをのせてきた。
「お前、何で暁生のこと殴ったんだよ? 暁生に何言われたんだ?」
……………直球だな。
「暁生に聞いても、ハッキリしたことは教えてくれなくて」
「…………そうか」
ハッキリしたことは教えてくれない、ということは、漠然としたことは言ったということだろう。
「松浦は何て言ってた?」
「んー……」
何かの置物みたいに、村上の頭が机の上でユラユラゆれるのが面白い。思わず、人差し指でこめかみのあたりをつついてやると、村上がニヘラッと笑った。
(ああ……いいな)
胸の奥の方が温かくなる。やっぱり、村上の笑顔はいい。……と思っていたのに、村上はふっと眉を曇らせた。
「なんかな……暁生が、キョーゴは嘘つきだから仲良くするなっていうんだよ」
「…………」
「でもオレ、お前に嘘つかれたことないし、仲良くしない意味わかんねえし」
眼鏡の奥の瞳がクルクルしている。
「だから、暁生の前ではあんま仲良くできないけど、他では今まで通りにしたくて……」
「……………」
松浦の頼みは何でも聞きたい、と言っていた村上の最大の譲歩なんだろう。
(やっぱり村上の一番は松浦なんだな……)
オレが松浦を殴った時に、真っ先に松浦に駆け寄った村上の横顔を思い出して、胸が痛くなる。あんな奴でも、村上は松浦の方が大切なのだ。オレは余計なことをしただけで……
「オレ、暁生ともキョーゴとも仲良くしたくて、だから、その……」
「村上」
なおも言い募ろうとした村上の顔の前に手をかざし、止める。
別に、村上を困らせるつもりはない。
「別に今までと変わらないだろ」
「え?」
きょとんとこちらを見返した村上に肩をすくめてみせる。
「元々、オレと村上は仲が良いわけでもないし。今までと変わらない」
「えー……」
途端に、村上は分かりやすくショボンとうつむいた。
「オレは結構仲良しのつもりだったんだけど……」
「…………」
きゅっと胸が締め付けられる。
オレだって結構仲良しのつもりだった。特に、村上の前でピアノを弾く時間は、自分自身に戻れる大切な時間で……。でも、オレにとって大切でも、村上にとっては松浦との時間の方が大切で……
だから。だから……
「オレは、仲良しのつもりはない」
きっぱりと言い切ってやる。と、
「……そっか」
村上は小さく言って、少し笑った。その笑顔は切ないほど寂しそうで……
(………村上)
抱きしめたくなったけれど、そんなことはしない。
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