【慶視点】
ここ数週間、浩介の様子がおかしい。
外に出たがらない。近所の買い物は避け、遠くに行こうとする。しかも夜に出かけようとする。
前に理由を聞いた時には「なんとなく…」と返され、その時は深く考えもせず、それ以上のツッコミはしなかったけれど、今日は、普段は歩きで行っているスポーツジムに「車で行く」と言いだしたので、さすがに見逃せなくなった。
「お前、本当は何かあるだろ?」
「…………うーん」
聞いてみると、浩介は困ったように、こめかみのあたりに手をやった。
「ちょっと……頭痛いというか……」
「は?」
頭痛い?
「それならジム行ってる場合じゃないだろ」
「あー……、て、わ、慶っ」
力ずくでソファーに座らせ、おでこに手を当ててやる。
「……熱はないな」
「…………うん」
コクリとうなずいた浩介。顔色も悪くはない。
「どんな風に痛い?」
「あの……」
浩介は何かいいかけて……それから、「ごめんなさい」と謝ってきた。
「お医者さんに紛らわしいこと言っちゃダメだよね」
「紛らわしい?」
「うん……痛いっていうのは、比喩表現的に痛いっていうか……」
「…………」
「だから、大丈夫。ごめんね」
「…………」
……こいつ、適当なこと言って誤魔化す気だ。そうはさせない。
ばんっとソファーの背もたれに手を付き、真正面から見据える。
「じゃあ、答えろ。何があった」
「………」
「………」
無言で見つめていたら、浩介が軽く両手を上げた。降参、のポーズだ。
よし、と思って、隣に座った。が、
「やっぱり言いたくないかも……」
なおも言い淀む浩介。
「なんでだよ?」
「言っても解決しないというか……慶が不快な思いするだけというか……」
「は?」
なんだそれは。
「いいから言え。余計気になるだろ」
「うーん……、やめてやめて!くすぐったい!」
脇腹を掴んでやったら、浩介はすぐにまた降参のポーズをした。
「分かった。話すけど……気にしないでね?」
「…………」
そんなのは聞いてからじゃねえと分かんねー、と思ったけれど、ああ、とだけうなずくと、浩介はようやく話しだした。
ここ数週間の、困った話を。
今おれたちが住んでいるマンションの部屋は、浩介の友人のあかねさんの持ち家で、浩介があかねさんと賃貸契約を結んで、格安で借りている。(一部屋はあかねさんの荷物部屋になっているので、その差引分ということもあるらしい)
町会(おれの地元では「自治会」とか「町内会」という名称だったけれど、このあたりでは「町会」というらしい)にも、浩介だけが入っている。あかねさんが入っていた関係で、入れ替わりで入ることになったらしい。おれと浩介は世帯が違うので、本来はおれも別で入会すべきなのだろうけれど、なんとなくそのままになっている。
(ちなみに、マンションの管理組合は賃貸のおれたちには関係ない。あかねさんは、おれたちに貸す2年前に理事をやったそうなので、理事もしばらくは回ってこないらしい)
全国的には年々加入率が低下している自治会・町内会だけれども、ここの町会はそれなりの加入率を誇っているそうで、活動も活発。コロナ禍でもできる限りのイベント等を開催している。
浩介は今年度は班長をしているため、回覧板を回す以外にも時々仕事を振られている。数週間前の11月3日も祭りがあって出かけていたけれど……
「11月3日のお祭りの受付をね、担当だったおばあさんが、やりたくないっていうから代わりにやったんだけど……」
「ああ、そういやそんなこと言ってたな」
あの日は帰ってきてから妙に元気がなくて、「ものすごく疲れたから出かけたくない」というので、結局、出前を取ったんだった。
(記念日なのに珍しく出かけなかったんだよな……)
それで妙に甘えてくるので、今年の「愛してると言う」ミッションは、その流れでわりとすんなりできたのだった。(浩介は色々な記念日を作っている。11月3日は「愛してる記念日」だそうで、毎年「愛してる」とシラフで言う約束なのだ…)
「実はね……それでおれ、役員の男の人にものすごく怒られちゃって」
「?怒られた?なんでだ?」
代わってあげたのに?
首をかしげると、浩介はコクコクとうなずいた。
「そうやって代わってあげたら、外に出てこなくなるだろうって。フレイル予防には、外との繋がりが大切なのにって」
「あー……」
「やるなら、全部代わるんじゃなくて、本人も来るようにして、その上で手伝うべきだって。出来ることを奪うなって」
「あー……なるほどなあ……」
それは確かに。フレイル(虚弱)にならないためには、栄養・運動・社会参加が大切、と言われている。フレイル予防には医師会も取り組んでいて、健康長寿を……って、フレイル予防はひとまず置いておいて。
「で?その話が、お前が出かけないこととどう繋がるんだ?」
「うん………」
浩介は大きくため息をつくと、言いにくそうに言葉を継いだ。
「あの……ご本人はそのつもりないんだろうけど、その人、高圧的に怒鳴る人で……」
「…………」
怖い、ということか。
浩介は昔から高圧的な男性が極端に苦手だ。おそらく子ども時代の記憶のせいもあるのだろうが……
「……なるほどな。その人に会いたくないから、近所を歩きたくないってことか」
「うん………」
膝に置かれていた手を両手で包み込む。
(それじゃあ、しょうがねえな……)
大丈夫。大丈夫。と念が伝わるように、包み込む。
「分かった。まあ……確かにお前が嫌な思いをしてるってことに『不快』にはなるけど、気にしないようにはできるぞ?」
さっきの浩介のセリフを思い出し、振り仰いで言うと、
「あー……あの……」
浩介は困ったように眉を寄せて、手を握り返してきた。
「この話、続きがあって……」
さらに大きくため息をついて浩介が話しだしたことは、確かにおれがものすごーく『不快』で『気になる』話、だった。
後編に続く
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お読みくださりありがとうございました!
気がついたら8000字越してしまっていたので、分けることにしました💦
いつもながらの「日常」のお話で。友達の友達の友達の話、くらいな感じでお読みいただけていると嬉しいです。
読みにきてくださった方、クリックしてくださった方、本当にありがとうございます!続き……まだ何も書いていないのですが、そのうちに………