創作小説屋

創作小説置き場。BL・R18あるのでご注意を。

BL小説・風のゆくえには~続・2つの円の位置関係6

2019年03月29日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続・2つの円の位置関係

【亨吾視点】


「もう終電間にあわないから、今日は泊まる」

 あっさりと哲成に言われ、内心かなり動揺したけれど、得意のポーカーフェイスで「分かった」とうなずいた。
 
 この半年、哲成は時々うちに遊びには来ていたものの、泊まりはしなかった。しかも、森元真奈と付き合い出してからは、スキンシップも控えているので、哲成に対する免疫がかなり落ちている。一緒のベッドで寝て、理性を保てるかどうか……

 そんなこと知るわけがない哲成は、ご機嫌で自分で買ってきた品物をテーブルに並べはじめた。

「これはどっちも食べたかったから、半分こな。包丁包丁~」
「…………」

 チーズケーキとエクレアだ。おいしそうだな。
 いつもと変わらない哲成。こいつは何も思ってないんだな……
 哲成が勝手に包丁を持ってきて半分に切っている様子をフクザツな気持ちで眺めていたら、

「どうかしたのか?」

 キョトンと哲成に聞かれた。

(どうかしたって……)

 それはこっちのセリフだ。
 ずっと泊まらなかったのに、何で今日は泊まるんだ?

 …………なんてことを言って、帰られるのも嫌だから「別に」とだけいって、皿とフォークと、カップも用意する。

「コーヒー? 紅茶? アップルティー?」
「アップルティー!」

 ニカッとした哲成にキュッとなる。まるで森元真奈と付き合う前に戻ったみたいだ。抱きしめたり手を繋いだりキスをしていたりした……幸せだったあの頃に。

(…………いや、でも……)

 今だって幸せだ。こうして一緒にケーキを食べて笑い合って。哲成と一緒にいられることがオレの幸せなんだから、だから……だからそれ以上は望まない。


**


「……オレな」
 ケーキを食べ終わったところで、哲成があらたまったように言った。

「西本ななえに聞かれた」
「…………」

 西本……何を言ったんだ。

「何を?」
「うん……」

 哲成は言いにくそうに下を向くと、ポツリと言った。

「恋愛とか……分かるようになったのかって」
「…………」
「真奈のこと、本当に好きなのかって」
「…………」

 それは……オレが一番聞きたかったことだ。
 哲成は中学の頃から「恋愛が分からない」と言っていて、中学卒業の時に告白したオレに対しても、「分からない」と答えていた。
 でも、森元真奈と付き合うことにしたってことは、森元のことが好きになった、ということなのか……と

「で?」
 口の中が乾く。アップルティーを飲み干して、先を促した。

「お前は何て?」
「うん」

 すいっとこちらを見上げた哲成は、真剣な顔でハッキリと、言った。 

「そんなのは分かってるって。もう中学生じゃないんだからって、答えた」
「…………っ」

 グッと胸が痛くなる。想像以上の痛さだ。哲成を直視できず、視線をそらした。

(好きだよ)

 想いが溢れてくる。

(オレは、お前のことが好きだよ)

 言いたくても言えない言葉の数々。

(でも………)

 変なことを口走る前に、慌てて立ち上がった。

「お茶入れ直すけど、何がいい?」
「あー……うん」

 返答はないけれど、さっさと食器を持ってシンクへ持って行く。冷静になるために、皿を洗いはじめる。

(『そんなのは分かってる』か……。オレもそんなこと、分かってたのにな)

 いざ、突きつけられると、冷静でいられないものなんだな……

 しばらくすると、哲成の気配が近づいてきた。

「…………キョウ」
「…………なんだ」

 後ろから聞こえてきた哲成の声にも、振り向かない。振り向けない。冷静を装って、そのまま皿を洗い続ける。

「なあ…………キョウ」
「だから、なんだ」
「あの……」
「!」

 心臓が止まるかと思った。
 いきなりぎゅっと抱きつかれたのだ。

「哲…?」
「今だけ」

 哲成の震えるような声。

「今だけ、本当のこと言わせて」
「え」
「で、朝には忘れてくれ」
「何を……」

 振り向いた途端に、ふわりと優しい感触が唇に触れた。

「哲成……?」
「好きだよ」

 哲成のクルクルした瞳がこちらを真っ直ぐに見つめている。

「オレ、キョウのことが、好き」

 出しっぱなしの水の音に混じって、透き通る声が聞こえてくる。

「ずっと、ずっと言いたかった」
「哲……」
「好きだよ」
「…………」

 それは…………

「でも…………」

 哲成の手が伸びてきて水道を止めた。途端に部屋がシーンとなる。

 静まり返った部屋の中で、哲成がはっきりとした声で、言い切った。

「最初で最後。一生一緒にいるために、もう言わない」

 その瞳は今まで見たことのないほどの綺麗な綺麗な光を放っていた。 



------------

お読みくださりありがとうございました!
次回は哲成過去話を……

ランキングクリックしてくださった方、読みに来てくださった方、本当にありがとうございます!今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へにほんブログ村

BLランキング

ランキングに参加しています。よろしければ上二つのバナーのクリックお願いいたします。してくださった方、ありがとうございました!



「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら

「2つの円の位置関係」目次 →こちら

「続・2つの円の位置関係」目次 →こちら
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

BL小説・風のゆくえには~続・2つの円の位置関係5

2019年03月26日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続・2つの円の位置関係


【享吾視点】

 大学生になると同時に一人暮らしを始めた。家族で住んでいたマンションを引き払うことになったからだ。

 オレの母親は、オレが中学3年生の時に、精神を病んで数ヶ月入院し、退院後は実家に戻っている。祖母は、亭主関白だった祖父を看取って、ようやく自由な時間を得たばかりだったというのに、今度は娘の世話をすることになるとは思いもしなかっただろう……

 母の記憶は入院時とかわらず、結婚当初に戻っているため、オレと兄は混乱を避けるために会うことは許されず、父だけが週末に会いに行くようにしていた。

 それから約3年……、母の世話をしている祖母の気力と体力が限界にきていたこともあり、オレが高校を卒業したのを機に、父が母の実家で同居することになったのだ。

「落ちついたら会わせるから、それまで待っててくれ」

と、父は申し訳なさそうに言ってくれた。

 兄は父にはにこやかに「大丈夫だよ」と答えていたけれど、オレに対しては「別に二度と会わなくてもいいんだけどな」と吐き捨てるようにいっていた。兄の母に対する気持ちは相当複雑のようで、オレには理解することはできない。オレはただ……

(お父さん、すごいな)

 という思いが強い。父は病気になった母を懸命に支えようとしている。そして母はそんな父を心から信頼しているらしい。母が入院するまでは、ごく普通の両親としか思えなかったのに、実はこんなに強い絆で結ばれていたということを知って、『羨ましい』とまで思っている。

 そんな風に思えるのは、哲成のおかげだろう。哲成がいなかったら、オレは母に忘れられたことにもっとショックを受けただろうし、母を恨んだりもしたかもしれない。でも、家族よりも愛しいと思える哲成の存在が、オレを救ってくれる。オレも、哲成にとって、母にとっての父のようになりたい。



 哲成はあいかわらず義母と上手くいっていないらしい。週に2回はオレのアパートに泊まりにきて「息抜き」をしている、という。

「いっそのこと、ここに住んだらどうだ?」

と、誘ってみたけれど、

「そうしたら本当に取り返しがつかなくなる気がする」

といって断られた。まだ、新しい家族を諦めていない哲成がいじらしい……


 哲成とは、高校時代と同様「友達以上恋人未満」を続けていた。シングルベッドで二人並んで寝ていても、何もしない。でも、何となく手は繋ぐ。何となく軽いキスはする。それだけだ。

 正直に言うと、我慢できずにベッドを抜け出してトイレで処理することもある。でも、それでも、この心地のよい関係を壊したくなかった。


「キョウ……ピアノ聴きたい。次のバイトいつ?」
「明日」
「ん。じゃ、明日行く」
「分かった」

 額にキスをする。ぎゅっと抱きしめる。それだけで、充分幸せだ。


***


 ピアノの生演奏を売りにしているレストランでアルバイトをすることになったのは、一つ年上の音大生・笹井歌子との出逢いがきっかけだった。

 大学に入学した直後、いつものようにコッソリと、渋谷の楽器店のピアノを拝借してピアノの練習をしていたところ、

「君、アルバイトしない?」

と、歌子に声をかけられたのだ。これから2時間後にレストランで演奏しなくてはいけないのに、うっかり指をドアに挟んでしまって、指先に血豆ができてしまった、という。

「閉店後にピアノの練習してもいいから」
「…………」

 時給の良さよりも何よりも、その条件に気持ちが傾いた。即答でコックリ肯いてしまったら、歌子は「よかった」とほっとしたように笑った。

 後から聞いたことによると、歌子は何度かオレが練習しているのを見たことがあったそうで、この日、血豆ができて代わりを探さなくてはならない、となった時に、真っ先にオレのことが思い浮かんだそうなのだ。

 その日の演奏は、まあ、特に問題なくこなせたようで、歌子の父親だというオーナー兼シェフに、

「ウェイター兼時々ピアニストってことでどう?」

と、誘われた。それで「営業時間外にピアノの練習をしてもいい」ということを条件にアルバイトをすることになった。

(これで哲成にピアノを聴かせられる)

 高校時代のように音楽室を借りるわけにはいかないので、どうしようかと思っていたから、それが一番嬉しかった。


 その店では、夕方6時から計5回、一時間毎に20分間ピアノの生演奏をする。

「誰でも何となく知っている曲」というのが、選曲の条件となっている。初日は急だったこともあり、自分の弾けるクラシック系の曲しか弾かなかったけれど、その次からは、ジャズやポップスの曲を弾くよう楽譜を渡された。

 あまり弾いたことのない系統の曲は、新鮮で面白い。でも、自分のものにできないもどかしさもある。

「え? そんなことないだろ。普通に上手だったぞ?」

 聴きにきてくれた哲成はそういって褒めてくれたけれど、自分的には全然納得がいかない。いつか自分でも納得のいく演奏ができるようになるだろうか。


 哲成は時々店に来てくれる。来るのはたいてい、夜10時の最後の演奏時間前だ。そして、毎回飲み物だけを注文する。毎回違う飲み物を注文するのは、全部制覇するつもりだからだそうだ。成人したらアルコールのページも頼めるようになる、と嬉しそうに言っていた。


 哲成が聴いている回は、ついついクラシックの曲を増やしてしまう。そして、ついつい熱も入ってしまうようで、弾き終わってピアノを離れる際に、お客さんからそれを指摘されることもあるし、笹井歌子からも冷やかされた。

「享吾君の『月の光』の解釈は正しい」
「…………。どういう意味ですか?」

 ドビュッシーの月の光。哲成のお気に入りの曲なので、哲成が来ると必ず弾くのだけれども……

「この曲って、月の光の情景を描いたんじゃないんですって。享吾君のそれが当たりみたい」
「だからそれって何ですか?」

 意味が分からない。眉を寄せて聞き返すと、歌子はニッと笑った。

「切ない思い、みたいな?」
「え」
「切ない感じが溢れてて素敵よ」
「………………」

 思わずムッとして見返すと、歌子は「褒めてるのに」とまた笑ってから、小さく付け足した。

「ちょっと、羨ましい」
「羨ましい?」
「私には出せない音だから」
「出せない?」

 どういう意味だ?

 見返すと、歌子は再びニッと笑った。

「でも、私にしか出せない音もある。だからいいの」
「………?」

 歌子の言うことは、時々意味が分からない。分からせる気もないようだ。

(切ない思い……)

 切ないつもりなんかない。オレは今のままで充分だ。充分なんだ。


***

 夏休み中は、哲成がサークルとバイトで忙しそうだったので、ウェイターのシフトを増やしてもらった。でもそんな中でも、海、花火大会、お祭り、映画……と、高校生の時と同じように一緒に過ごせたので、オレ的には充実した夏休みだった。

 夏休みの終わりには、バイト先に父が母を連れてきた。
 父と一緒に住むようになってから、母の記憶は少しずつ整理されていったそうで、オレと兄のことも思い出したらしい。でも、密に接するにはまだ時間が必要なので、とりあえずオレのことを「見に来た」そうだ。

 久しぶりに見る母は、少しふっくらして、前よりもずっと健康そうだった。母が幸せならそれでいい、と思う。

 それ以来、時々、両親は店を訪れるため、必然的に、哲成とも会ったらしい。10月に入ってから、哲成に言われた。

「店の前でキョウのお父さんとお母さんに会ったぞ? お母さん、元気そうだった」
「ああ……うん」
「良かったな」
「…………」

 その時の哲成の表情は、どう解釈したらいいのか分からない。遠くを見るような目で……何となく、不安になった。何が不安なのかは分からないけれど、不安……


 不安が的中したかのように、その頃から、哲成が泊まりにくる回数が減った。一緒にご飯を食べたり遊びにいったりはするけれど、泊まりはめったにしない。

 あまりにも泊まらない日が続いた時に、理由を聞いたところ、哲成は少し言いにくそうに答えてくれた。

「なんかな、せっかく最近、ママさんの当たりが柔らかくなってきたから……」

 ママさん、というのは、哲成の父親の再婚相手のことだ。哲成はずっと彼女に邪険にされていたのだ。

「何で? 何かあったのか?」
「あー……うん」

 哲成は頬をかくと、ポツン、と言った。

「たぶん……森元がうちに遊びにきてから、なんだけど」
「………………」

 森元……森元真奈。
 高校の時に塾が一緒だった、哲成に言い寄っていた女子だ。まだ繋がっていたとは知らなかった……

(っていうか、「うちに遊びに」って……)

 そんなに親しいのか、と、愕然としてしまう。それなのに、そんな話、聞いたこともない。

(でも……それをとやかくいう権利はオレには無い)

 あらためて、そのことに気がつく。オレは結局、哲成の友達でしかないのだから。

「そうか……じゃあ、梨華ちゃんとも遊べてるのか?」
「うん!オレのこと『テックン』って呼ぶんだよ!超可愛い!」
「…………」

 そうか。妹とも遊べてるのか……。お互い家族の話なんてしないから、まったく知らなかった。知らなかった。けど、でも……

「…………良かったな」
「うん」

 お前が笑顔でいられるなら、良かった。

 だから、秋の終わりに、

「オレ、森元と付き合うことにした」

と、哲成から報告をうけた時も、

「良かったな」

と、同じように言った。それ以来、キスはしていない。



***


 そこまで話したところ、西本ななえは、しばらくの沈黙のあと、

「…………なんかよく分かんないなあ」

と、ボソッと言った。


 大学2年生の6月。中学3年生の時の同窓会で再会した西本ななえに、中学を卒業してから今までのことを話せ、と詰め寄られ、促されるまま延々と話してしまったのは、やはり誰かに聞いてもらいたい、と思っていたからかもしれない。


「亨吾君はこれでいいの?」
「これでって?」
「なんかモヤモヤしない?」
「…………」

 眼鏡の奥の鋭い瞳がジッとこちらを見つめてくる。

「結局、テツ君って亨吾君のことどう思ってたの?」
「それは……」

 友達、だろ。

 そう言うと、西本は鼻で笑った。

「普通、友達にキスとか許す?」
「…………」
「それ以上に進もうとしない亨吾君にヤキモチ焼かせるために女に走った、とかじゃないの?」
「それはないだろ」

 そんなことが理由だとしたら、さっさと別れてるはずだ。でも、哲成と森元真奈はもう半年以上も付き合ってる。

 二人は上手くやってるようだし、オレと哲成の友達関係も今も変わらず続いている。ただ……過剰なスキンシップがなくなっただけだ。

 そう説明すると、西本は「まー、いいや」と、軽く肩をすくめた。

「私、片方からの情報だけでは判断しないことにしてるの」

 ハッキリキッパリ言う西本。

「だから、テツ君にも聞いてみるね」
「やめてくれ」

 何を聞くっていうんだ。

 眉を寄せてみせたけれど、西本はまったく取り合わず、「亨吾君から聞いた話はしないから安心してー」と言いながら、入口の方を見た。

「あー、テツ君早く戻ってこないかなー」

 哲成は今、森元真奈を送りにいっている。家まで行くだろうから、そんなに早くは戻ってこないだろう。


 案の定、同窓会がお開きになった直後に、哲成はようやく戻ってきた。

 でも、オレが他のクラスメートに囲まれて「二次会に行こう」と誘われている間に、哲成と西本ななえは消えてしまって……

(西本、変なこと言ってないだろうな……)

 非常に心配だけれども、二人の行き先も分からず……

 しょうがないので、二次会に途中まで参加してから、一人アパートに帰ることにした。

 西本に色々話したせいか、いつもよりも更に、頭の中で哲成との思い出がグルグル回っている。二次会で飲んだ酒のせいもあるかもしれない。

 だから、アパートに着いて……

「おせーよ」

 ドアの前、小さくしゃがみこんでいる哲成が、こちらを見上げて文句を言ってきた姿を見た時には、酔っているせいの幻覚かと思ってしまった。


-------------


………長っ!
この長文を耐えて読んでくださった方、本当に本当にありがとうございます!
「1」までどうしても戻りたくて、切らずに行ってしまいました。
次回はこの続きから……

ランキングクリックしてくださった方、読みに来てくださった方、本当にありがとうございます!おかげでこの長文も書ききりましたっ。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へにほんブログ村

BLランキング

ランキングに参加しています。よろしければ上二つのバナーのクリックお願いいたします。してくださった方、ありがとうございました!



「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら

「2つの円の位置関係」目次 →こちら

「続・2つの円の位置関係」目次 →こちら
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

BL小説・風のゆくえには~続・2つの円の位置関係4

2019年03月22日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続・2つの円の位置関係

【享吾視点】


 高校三年生。クリスマスイブ前日のことだった。

「あ!キョウ!待ってたぞ!」

 塾に着いた途端、久しぶりに、跳ねるように村上哲成がこちらにやってきた。最近は学校でも暗い表情をしていることが多いので、その明るい様子にホッとした……のも束の間、

「あのな、明日の夜、森元の家でパーティーやるんだって!」
「…………は?」

 森元、の名前に、ピキッと自分の顔が固まったのが分かった。

(森元……真奈)

 明らかに哲成に気がある女子だ。計算高くすり寄っているのに、鈍感哲成は全然気が付いていない……

「森元のうちってすげー金持ちだから、すげー旨い物出てくるんだって!」
「…………」
「キョウも一緒に行こうぜ!」
「え」

 一緒に? それは……

 聞きかえそうとしたところ、スッといつの間に、哲成の横に人影が寄ってきていた。

「キョウ君も是非来て、ね?」
「……っ」

 寄り添うように哲成の横に立った森元真奈の姿に、毛が逆立つような感覚に襲われた。

(喧嘩売ってんのか?!)

 ………。

 なんてことをオレが思っているなんて、哲成含め、誰も思わないだろう。その証拠に、森元が笑顔で言葉を続けてくる。

「あのね、ミナちゃんもサユリちゃんも、みんなキョウ君と仲良くなりたがってるの」

 誰だそれ。そんな奴ら知らない。

「もちろん、真奈もキョウ君とも仲良くなりたいし」

 キョウ君「とも」。とも、というのは、もちろん哲成「とも」ということで……

(ああ、ムカつく。その甘ったれた話し方も、自分のことを名前で呼ぶところも)

 何もかもがムカつく。けれども……

「な?な?行こう行こう!」
「…………分かった」

 哲成に腕を引っ張られ、小さく肯いた。
 元々、今年のクリスマスイブに関しては、どう過ごすか結論が出ていなかったのだ。哲成の父親は飲食店に勤めていて毎年クリスマスは朝まで帰ってこられないため、オレは去年も一昨年もその前も、哲成の家に泊まりにいっていた。でも今年は、義母と妹がいるのでそれは無理で……

(哲成……家にいない理由ができてホッとしてるってところか)

 哲成の心中を慮って、苦しくなる。抱きしめたくなる……

 そんなことを知らない森元が「わあ!良かった!」と手を打った。

「テツ君、真奈、クッキー作るから楽しみにしててね!」
「おー楽しみ楽しみ」

 ニコニコしている哲成。その横に森元がいることは受け入れられないけれど、哲成の顔が久しぶりに明るいことだけは嬉しい。

「あ!ミナちゃん!サユリちゃん!」

 森元が、入室してきた女子二人に向かって大きく手を振った。

「二人とも来られるってー!」
「わあ!良かった!」

 きゃあっと華やかな声を上げて手を繋いでいる女子3人。その隙に、

「………哲成」
 哲成の耳元にそっとささやく。

「今年で4回目だな。一緒に過ごすクリスマス」
「おお。そうだな」

 ニカッと笑った哲成に、きゅっと心臓が掴まれたみたいに痛くなる。哲成、哲成………

「来年も……」

 来年も、その先も、ずっと、一緒に過ごしたい。

 そう言いたかったけれど……

「テツくん! ピザ選んで!」
「え?! ピザ?!」

 哲成の目がキラッと輝いた。

「やった! ほら、キョウも! わ~どれがいいかな~」
「真奈、これ好きー」
「オレもオレも!」

 森元真奈と一緒に盛り上がっている哲成の様子を、オレはぼんやりと眺めることしかできなかった。


***


 森元真奈の家は、想像以上に大きかった。テレビや映画で見る『金持ちの家』そのものだ。オレ達を含め、森元の友人が10人も客としているのに、少しも狭さを感じさせない広いリビングには、グランドピアノまで置いてある。

「わーグランドピアノ!キョウ、弾いて!」

 哲成に目を輝かせて言われたけれど、速攻で首を振った。哲成以外の奴に聴かせるつもりはない。

 しかし、この広さといい、高級そうな家具の数々といい……

「本当に金持ちなんだな……」
「お母さんが、何だっけな……何とかっていう有名な化粧品会社の社長さんなんだってさ」
「お母さん?」

 お父さん、ではなく、お母さん?

 なんて不思議に思っていたところ、

「テツ君!」

 小柄な女子が跳ねるように駆け寄ってきた。森元真奈だ。

「来て来て!パパに紹介するから!」
「え、あの」

 有無を言わさず、森元は哲成の腕を引っ張っていく。その先には、小柄で優しそうな眼鏡の男性…………

「…………え」

 その姿を見て、思わず声をあげてしまった。

(…………似てる)

 その場にいた10人全員がそう思っただろう。
 森元真奈の父親と哲成は、容姿も雰囲気も、驚くほどよく似ていた。 


***


 森元の家にいる間は、哲成には森元がピッタリとくっついていて、オレの周りには森元の友達がずっといたので、あまり二人で話すことができなかった。

 でも、今日はこのまま、哲成はうちに泊まりに来ることにしたので、二人でマンションに向かっている。もうすぐ22時になる夜道は、人通りもなく静かだ。

 そんな中、いつもは騒がしい哲成がなぜか森元の家を出てからずっと口数が少ないのが気になった。どうしたんだろう……

「どうかしたのか?大人しいけど」
「別に」
「…………」
「…………」

 こんな哲成は珍しい。何となく、沈黙が気まずくて、

「ようは、ファザコン、なんだろうな」

 話題の糸口を探してみた。

「ファザコン?」
「森元のことだよ」

 チラリと隣を歩く哲成を見下ろす。やっぱり似てる。きっと哲成が歳を重ねたらああなるのだろう……

「森元がお前に付きまとうのは、父親に似てるからなのかと思って」
「付きまとうって」

 眉を寄せた哲成。

「そんな……」
「付きまとってるだろ。今日もずっと隣にくっついてて」

 思わず、普段からのイライラが言葉に出てしまう。

「明らかにお前に気があるよな、森元」
「…………」
「…………」
「…………」

 哲成……どう思ってるんだろう。
 さすがに、今日の様子を見れば、森元が自分に気があることくらい気がついただろう……

 また、沈黙が続く………

 と、ふいに立ち止まられた。

「哲成?」

 振り返り…………ギクッとした。

(え?)

 なんだ、その目。怒ってる……?

「て……」
「どうせオレはそうだよ」

 絞り出すみたいな、聞いたこともない低い声に、息を飲んだ。哲成はこちらを睨んだまま言葉を継いだ。

「どうせオレなんか好きになる奴なんかいなくて」
「え」
「どうせオレなんかお前の引き立て役で」
「な……」

 何を言ってる?

 哲成は怒りの表情のまま、淡々と続けた。

「今日来てた女子は全員お前目当てで、唯一オレ目当ての森元も、父親に似てるからって理由で」

 それは……

「いいよなお前は。背も高くて顔も良くて」
「…………」 
「いいよな。第一志望東大で」
「…………」
「バスケ部のエースで」
「…………」
「女にモテモテで」
「…………」

 哲成…………

「お前、何言って……」
「何言ってるって、そのままだよ。お前が羨ましいって話」
「…………」
「今日も女子達が言ってたよ。亨吾君はなんでテツ君なんかと友達なんだろうってさ」
「な……っ」

 そんなこと……っ

「哲成……っ」
「ああ…………ごめん」

 ふっと、冷たい目のまま、哲成が一歩下がった。

「オレ……変だな」
「…………」
「なんか疲れたから……帰る」
「哲成……」

 帰る……帰るって。お前、今日はあの家には帰りたくないだろ……

「じゃあ……ごめんな」
「…………」

 視線を下げたまま、背を向けた哲成。その背中はとても……とても寂しそうで……

「哲成……」

 なんだよ。お前らしくない。
 お前はいつだって、人に何を言われようと真っ直ぐ前を向いていて……オレはそんなお前に何度も救われて……

「哲成」

 オレはそんなお前と一緒にいたくて。どうしても、一緒にいたくて……

 なのに、遠くなっていく。遠くなっていく……

(嫌だ……)

 離れていく……

(嫌だ……)

 離れて……

「……哲成っ」

 たまらず追いかけて、腕を掴んだ。

「え」
「行くなっ」

 驚いた顔をした哲成を強引に抱きすくめる。

「行くな……っ」

 哲成の頭をかき抱き、ぎゅうっと抱きしめる。

「ここに、いろ」

 容赦なく力いっぱい抱きしめる。

 ここにいてくれ。オレの腕の中にいてくれ。

 そう強く強く願いながら、抱きしめ続ける。

 ……と、ふっと哲成の力が抜けた感じがした。身を預けてくれてる……

「哲成……」

 そっと頭を撫でてやると、

「キョウ」

 ぐりぐりっと胸のあたりに額が擦られた。

 哲成はしばらくそうしてから、ポツンと言った。

「オレ……お前と釣り合わないよな」
「え」

 何を言って……

「なんか……今日あらためてそう思った」
「そんなこと……」
「あるよ」

 こちらを見た哲成は、寂しげな笑顔を浮かべている。

「お前、完璧だもん。見た目もだけど……東大目指してるとことか、バスケ上手かったこととか……」
「それは違う」
「違くない」
「ああ、違うっていうか」

 どう言えば、分かってくれるだろう。
 どう言えば、この腕の中にいてくれるだろう。

「オレが東大目指せるのは、お前のおかげなんだよ」
「おかげって」
「おかげなんだって。何もかも、お前のおかげなんだよ」

 オレは、必死になって言葉を継いだ。

 中学の時は、母親の意向で本気を出せなかったこと。それが、哲成のおかげで本気を出せるようになったこと。勉強も、部活も、合唱大会も、受験も、哲成のおかげで本気で挑めたこと。高校生活も哲成のおかげで毎日楽しいこと。

「オレは、お前がいなかったら、何もできない……っ」
「キョウ………」

 哲成は、丸い目をますます丸くして……それから、手を伸ばして、オレの頭を撫でてくれた。

 この日、哲成はオレの部屋に泊まりにきてくれて、眠りにつくまで手を繋いでいてくれた。

 冬休みもずっと一緒にいたし、受験も一緒に乗り越えた。卒業式には二人でお祝いをした。クリスマスイブにケンカをしたことなんて、なかったかのように過ごしていた。

 だから、このまま、大学が違っても、穏やかな日々が続くとばかり思っていた。

 思っていたのに……


「オレ、森元と付き合うことにした」


 そう、哲成が言ったのは、大学1年の秋のことだった。

 

---

お読みくださりありがとうございました!
あっという間に大学生…

gooブログさん25日(月)6時~12時はメンテナンスのため閲覧もできなくなるそうです。

ランキングクリックしてくださった方、読みに来てくださった方、本当にありがとうございます!
あいかわらずの真面目な話ですがお付き合いいただけると幸いです。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へにほんブログ村
↑ブログ村のバナー、ブログ村リニューアルに伴い、変更になりました
BLランキング
ランキングに参加しています。よろしければ上二つのバナーのクリックお願いいたします。してくださった方、ありがとうございました!

「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら
「2つの円の位置関係」目次 →こちら
「続・2つの円の位置関係」目次 →こちら
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

BL小説・風のゆくえには~続・2つの円の位置関係3

2019年03月19日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続・2つの円の位置関係

【享吾視点】


 高校生活は、想像以上に楽しく、充実したものだった。

 生徒の自主性に任された行事の数々は、毎回クラスを上げてのお祭り騒ぎになるし、それでいて勉強も、少しでもサボると順位が下がるので油断できない。

 部活も、バスケ部は上級生の人数が少ないこともあって、入部早々にレギュラー入りし、かなりハードなことを要求されたため、それに応えるのに必死になった。

 村上哲成は、当初の予定通り数学部に入部した。こちらも大会に出場して好成績をおさめるなど、充実した活動を行っていた。部活の話をする哲成は、いつも楽しそうで、鼻を膨らませながら話すのが可愛くて、見ているだけで幸せな気持ちになる。

 クラスは、1年生の時は2組と8組で、棟も階も違ってしまったけれど、2年では1組と2組で隣同士だったので、体育が一緒だったり、修学旅行も部屋が隣だったので、少しは救われた。


 そして3年では、念願叶って同じクラスになれた。同じ国公立志望クラスだ。

 進学校らしく、3年生は学校行事に熱心には参加しない。行事の楽しさを共有できないことを哲成は残念がってくれたけれど、オレ的には哲成と一緒に過ごせる時間が増えたことが、単純に嬉しかった。

 哲成とは軽いキス以上のことはしない、好きとか付き合おうとかは絶対に言わない、あいかわらずの『友達以上恋人未満』な関係を続けていた。それで充分だった。それが楽しかった。

 このまま、そんな充実した日々が続くと思っていた、5月の連休明け……

 その日々に大きな変化が訪れた。村上哲成の父親が再婚したのだ。


***


 高校3年生の5月。哲成の父親が再婚した。ほぼ同時に、妹も生まれて、哲成は妹にメロメロになった。ずっと妹が欲しかったそうだ。

 一見、その新しい家族はうまくいっているように見えたけれど……オレは、再婚相手に違和感を感じていた。

 オレ達より20歳年上の彼女は、物静かな雰囲気の哲成の父親とは真逆の、派手で強引な感じの女性だった。

 哲成の家は、柔らかい色合いのカーテンや木の家具に囲まれた優しい感じのインテリアで統一されていたのに、再婚した途端、ほぼすべての家具が白と黒と赤に替えられた。

 それはまあ、個人の趣味だからいいとしても………ピアノまで哲成に許可なく売るというのはおかしい。哲成の父親だって、哲成の母親が亡くなった後も毎年調律を頼んでいたくらいなのだから、ピアノに対する想いはあっただろうに、手放すことを何も思わなかったのだろうか……。

 そして、哲成の母親の写真も、あの大量にあった楽譜たちも、全部屋根裏部屋にしまわれてしまったそうだ(捨てられなかっただけマシといえばマシか)。

 妹に「兄とは母親が違う」と説明するのが難しいから、というのが再婚相手の言い訳らしいけれど、だからといって、哲成からまで母親の写真を取り上げるのは、どう考えてもやりすぎだと思う。

 哲成も思うことはあるはずなのに、

「オレの心の中に母ちゃんはいる。写真なんかなくても大丈夫」

と、気丈に言った。それが痛々しくて、ぎゅーぎゅー抱きしめた。

「オレもお前の母親の顔、ちゃんと覚えてるからな」
「うん。あ、それにお前、母ちゃんの音、弾けるしな」
「……そうだな」

 以前、オレの弾くピアノの音が、哲成の母親の音に似ている、と言われたことがある。
 だから、哲成が好きだった曲の楽譜を購入して、時々、音楽室のピアノを借りて弾いて聴かせることにした。うちにはピアノがないので、楽器屋のピアノを拝借してこっそり練習したりもした。哲成が喜んでくれるなら、完璧に弾きたかった。

 オレはお前が笑顔になるためなら、何でもする。


***


 悪い予感通り、秋頃から、新しい家族は崩れはじめた。哲成が義母に避けられるようになってしまったのだ。

「なんかなー、梨華と遊ぼうとすると止められるんだよー」

 妹と遊べない、と、明るく愚痴ってはいたけれど、本心はかなり複雑のようだった。

「テツ君は受験生なんだから」

 というのを理由に、哲成を自室に行くよう強制したり、哲成だけを置いて外出したりする回数も増えているらしい。

「家いるのつまんないし、勉強がんばっちゃおうかな~」

 そういって、一緒に通っている予備校の自習室に行く回数も増えた。

 オレも一緒に行ける時は行っていたけれど、母が実家に帰っている関係で、父と兄と家事を当番制にしていたため、全部に付き合うことは難しかった。


 そんな中………


(…………また、いる)

 日曜日の自習室で、哲成の横に座っている女の姿を見つけて足を止めてしまった。

 夏休みからこの予備校に通い始めた、都内の私立高校に通っている同学年の女子だ。
 入校早々から、哲成に近づこうとしている雰囲気を感じたので、さりげなくブロックしていたのに、最近、哲成が一人で自習室に来ることが増えたため、ガードしきれず、2人は親しくなってしまった。

 グツグツと腸が煮えるのを、何とか隠して声をかける。

「………哲成」
「おお」

 ふいっと顔をあげた哲成の顔に、疲れが見えて胸が痛くなる。ああ、抱きしめたい……

「今日、うち誰もいないから、うちに来ないか? 昼も何か作るぞ?」
「おお。いいな。行く行く。……あ、でも」

 哲成は立ち上がりかけたのに、ふいっと隣を見た。

「森元、ごめん。昼一緒に食べられなくなった」
「……え? 何?」

 ニコッとした笑顔で哲成を見上げた、その女……

(お前、今、絶対話聞いてたよな?)

 思わずそう言いそうになったけれど、何とか飲み込む。

(計算高い女……)

 大嫌いだ。森元真奈。



---

お読みくださりありがとうございました!
あっという間に2年が経ち、今回のラストシーンは高校3年生の冬。
暗雲たちこめてきた……

ランキングクリックしてくださった方、読みに来てくださった方、本当にありがとうございます!書き続ける元気いただいてます。
よろしければ、今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へにほんブログ村
BLランキング
ランキングに参加しています。よろしければ上二つのバナーのクリックお願いいたします。してくださった方、ありがとうございました!

「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら
「2つの円の位置関係」目次 →こちら
「続・2つの円の位置関係」目次 →こちら
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

BL小説・風のゆくえには~続・2つの円の位置関係2

2019年03月15日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続・2つの円の位置関係

【享吾視点】

 白浜高校に入学して、自分は井の中の蛙だったのだと、思い知らされた。入学早々の実力テストで、わりと本気をだしたのに、30番台を取ってしまったのだ。

「32番ならいいじゃねーかよ! オレなんか109番だよ!」

 村上哲成がプンプン怒りながら言っているのが面白くて可愛くて、我慢できずグリグリ頭を撫でまわしていると、偶然、同じ中学だった渋谷慶が通りかかった。渋谷にも話を振ってみると、渋谷は綺麗な顔を真っ青にして、ボソッといった。

「おれ、392番……」
「え、マジで?」
「とにかく英語が悪すぎた。エゲツナイあの長文」
「なー。さすが白高!レベル高いよなー」
「だなー」

 小柄な二人が絡んでいる様子を見るのは、中学の頃から好きだった。何だか癒される。思わず、少し笑ってみていると、「何笑ってんだよー!」と村上に横から抱きつかれた。

「いいよなーキョーゴは!英語得意だもんな!」
「だよなー最後の学年末テストも学年一位だったもんなー?」

 二人に口々に言われたけれど、「そんなことはない」と手を振ってやる。

「オレ、今回、英語9位だったぞ」
「え! マジかよ」
「キョーゴが9位って……1位の奴、どんなガリ勉君なんだろうな?」
「なー?」

 すげーな。白高。さすがだよな。

 3人でうんうん肯き合う。肯き合いながらも、楽しくて楽しくてしょうがない。このレベルの高い環境で、自分の実力を試せる。それがどんなに嬉しいことか。
 そして、オレの横には、オレの本気を引き出してくれる村上がいる。

「じゃ、帰ろうぜー? 渋谷はバスだっけ?」
「うん。だからこっちの門。じゃーなー」
「じゃーまたー」
「またな」

 渋谷に手を振り、オレと村上は駐輪場に向かう。

「なーキョーゴー。英語復習したいー」
「そうだな。あ、オレも数学でお前に聞きたいところがある」
「おー。じゃ、うち寄って」
「おお」

 二人で話しながら自転車にまたがり、坂道をおりていく。風が心地よい。

 こんなに、おれは……自由だ。


***


 村上哲成とは言うならば『友達以上恋人未満』の関係を続けていた。

 オレの気持ちは、自分でも清々しいと思えるほど、真っ直ぐに、村上だけに向いている。かといって、村上にそれを強要するつもりがないことは、中学の頃から変わっていない。


 11月の文化祭前に、数人の女子から告白されたときも、キッパリと断った。なんの躊躇もなかった。

「キョーゴ、ホントにいいのか?」

 告白されたことを知った村上に、心配げに言われた。

「オレのせいで断ってるんじゃ……」
「お前が気にする話じゃない」

 グリグリと頭を撫でてやると、村上はあからさまにホッとした顔をして、ポツンと言葉を継いだ。

「オレな、自分でもズルイって分かってんだよ」
「何が」
「キョーゴと一緒にいたいけど、付き合うとかは分かんないって……ズルイよな」
「別にズルくない」

 村上の部屋の中。人の目がないのをいいことに、ギュッと抱き寄せる。と、村上がグリグリと頭を胸に押しつけてきた。

「でも、キョーゴ……告白してきた女子って、あれだろ? 後夜祭に誘ってきたんだろ?」
「ああ……まあ」

 白浜高校の七不思議のひとつ。後夜祭で手をつないだカップルは幸せになれる、という……

「もしかしたらキョーゴ、幸せになれたかもしれないのに……」
「なれない……ああ、いや、なれないんじゃなくて……」

 白い頬を囲って顔を上げさせ、額にそっとキスをする。

「今、お前とこうして一緒にいられることがオレの幸せだから」
「…………」
「これ以上の幸せなんかいらない」
「…………キョーゴ」

 村上は、こうして抱きしめたり、軽いキスをすることには、ほとんど文句も言わない。これが友達としてはおかしなことだということには、目をつむってくれているのだろう。それに甘え過ぎて、一線を越えたりすることはないように気を付けてはいる。

 いつか、村上がオレのことを「好き」だと思ってくれたら……そうしたら……

 それまでは、これ以上のことは、望まない。今のままで充分だ。


***


「オレ達だけの、特別な呼び方を決めよう!」

 村上が、いきなりそんなことを言いだしたのは、文化祭の数日後、村上の部屋に遊びに行ったときのことだった。

「特別な呼び方って?」
「あのなあのなあのな!」

 興奮したように村上が言う。

「あの渋谷が『慶』って呼ばれるのオッケーした奴がいるんだよ!」
「え」

 それは驚きだ。『慶』と呼んだ奴は歯が折れるまで殴られるという噂もあるのに。

「ほら、渋谷がバスケ教えてやってるバスケ部の……」
「桜井?」
「そう!桜井!あいついつの間に『慶』って呼んでて!んで、渋谷に聞いたら『特別だからいい』んだって!」
「へえ……」

 前から渋谷と桜井は妙に仲が良いとは思っていたけれど、そこまでとは……

「で、渋谷も桜井のこと名前で呼んでてさ。名前……なんだっけ?」
「桜井浩介」
「そうそう、『浩介』!」
「ふーん……」

 桜井は部活内でも『桜井』と呼ばれている。『浩介』と呼ぶのも渋谷だけなんだろう。

「良くね!?」
「ああ……でも」

 中学のバスケ部の奴らは、オレを『亨吾』と呼ぶし、村上だって、みんなから『テツ』って呼ばれてるし……

と、言うと、村上は「それが問題なんだよ!」と言いながら、レポート用紙を机に広げた。

「まず、『きょうご』はみんなが呼んでるからバツ」
「じゃあ、『テツ』もバツ」

 オレも真似して横からレポート用紙に書き込む。

「んじゃさ、あだ名的なものは?」
「あだ名?」
「例えば……」

 村上はニッとしてから、ペンを滑らせた。

「キョンキョン」
「却下」

 速攻で『キョンキョン』の字に大きくバツをつけてやる。

「えー、かわいくね?」
「かわいくてどうする」

 意味が分からない。
 村上は「うーん」と言いながら、再び書き込んだ。

「じゃあ、キョンちゃん」
「嫌だ。キョンから離れろ」
「じゃあ、キョウちゃん」
「それは、親戚のおばさんが呼んでる」
「もしかして、キョウ君もいる?」
「いる」
「あーそっかあ……」

 キョウちゃん、キョウ君、と書いてバツ。

「あ、じゃあさ」

 ポンッと村上が手を打った。

「そんな、余計なものは付けないで………」

 クルクルした瞳がこちらをのぞき込んでくる。

「キョウ」
「……………」

 キョウ……

 なんだろう。すごく……すごく胸に響く音。
 思わず、ほとんど無意識に、村上の唇に唇を落とした。柔らかい、愛おしい感触。村上の唇は、いつもいつも柔らかくて、愛おしい……

「…………って、こら!」

 頬を染めた村上から、ゴッと額にゲンコツを当てられた。

「人が真面目に考えてるのに!」
「ああ、ごめん」

 素直に謝っておく。

「それ、すごくいいなあと思ったら、つい、なんとなく……」
「でた!お前『ついなんとなく』でキスするの、ホントやめろよ!」

 村上はプンプン怒ってから、「あれ?」と首を傾げた。

「すごくいいって、『キョウ』が?」
「そう。それ、誰も呼んでないのに、なんかすごくシックリくる」
「おお! じゃ、決定な!」

 さっきまで怒っていたことは忘れたように、村上が「イエーイ」と手を打ち合わせてくる。

「じゃ、お前は?」
「オレもさ、シンプルに名前呼びつけでいいのかも」
「名前、呼びつけ?」
「そう!」

 村上は少しおかしそうに笑うと、

「オレの名前『哲成』なのに、親も親戚も友達もみんな『テツ』とか『テツ君』とか呼ぶんだよな。実は『哲成』って呼んでる奴が一人もいないってことに、今さら気が付いた」
「ああ、そういえばそうだよな」

 そうか……哲成。哲成……か。

「呼んでみて!呼んでみて!」

 はしゃいだように言う村上の顔を、真顔で見つめ返すと、村上もハッとしたように真顔になった。

 しばらくの沈黙の後、息を吸って……吐いて、その名を呼んだ。

「…………哲成」
「………」
「………」
「………」

 大きく瞬きをした哲成……

 それから、ふわっと笑顔になって、小さく、言った。

「キョウ」
「……………」

 グっと胸が押されたように痛くなる。『好き』が溢れだして、苦しい……

「哲成……」
「…………」

 その痛さから逃れるために、再び唇を重ねる……と、

「このキスはなんだ?」

 クルクルした目がこちらを見上げてくる。

(……これは『好き』のキスだよ)

 なんて、本当の気持ちは、困らせるだけだから言わない。だから………

「つい、なんとなく」

 しれっと答えると、哲成は「だと思った」と、小さく笑った。


 この日以来、オレ達は、

「キョウ」
「哲成」

 と呼び合うことになった。



---

お読みくださりありがとうございました!
ラブラブ全開過ぎの二人。
ちなみに。入学直後の実力テスト、英語学年1位を取ったガリ勉君は、桜井浩介君です^^

ランキングクリックしてくださった方、読みに来てくださった方、本当にありがとうございます!
よろしければ、今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へにほんブログ村
↑ブログ村のバナー、ブログ村リニューアルに伴い、変更になりました
BLランキング
ランキングに参加しています。よろしければ上二つのバナーのクリックお願いいたします。
してくださった方、ありがとうございました!

「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら
「2つの円の位置関係」目次 →こちら
「続・2つの円の位置関係」目次 →こちら
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする