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(BL小説)風のゆくえには~南の告白(南視点)

2014年11月30日 11時27分34秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切

 人には誰しも、人生を変えた一言、というものが存在する。
 私にとっての一言は、確実にこれだ。
 親友であり、オタク趣味の同志でもある天野っちのこの一言。

「南ちんのお兄さんって……おいしいよね」

 この一言によって、兄は「目の上のたんこぶ」から「観察対象」へと変化し、私は人生が生きやすくなった。


 私には姉と兄がいる。
 姉は10歳も年上だからあまり関係ないのだが、兄は一学年上(4月生まれと3月生まれなので歳はほぼ2歳差だけれど学年は1つしか違わない)のため、その存在は常に私について回ってきた。

 兄はきれいな顔をしている。母と姉も美人で有名だが、兄は男のくせにあの顔だから厄介だ。
 そして運動神経もいい。しょっちゅうリレーの選手など何かの選抜選手に選ばれる。
 それに頭もいい。毎回5段階評価の『5』がほとんどを占める成績表をもらってくる。
 奴の弱点は、背が低いことぐらいといえるが、その弱点を補って余りある、顔の良さ・運動神経の良さ・頭の良さがあり、周りは背が低いことなどたいした問題としていない(本人はすごく気にしているけど)。

「南ちゃんのお兄ちゃんってかっこいいよね」
「南ちゃんのお兄ちゃんってすごいよね」

 もう耳にタコができるくらい聞いてきた。これを言われるたびに妹としてはフクザツな気持ちになる。
 裏を返せば「お兄ちゃんかっこいいのに妹は…」「お兄ちゃんすごいのに妹は…」なんでしょ? って卑屈になる。

 私は、綺麗な二重の母親似の姉兄とは違い、父に似て切れ長一重の目をしている。姉兄妹で私だけ顔が違う。そして生まれつき体が弱く、小学校低学年までは入退院を繰り返していて、スポーツも勉強も遅れがちだった。
(私がそんな状態だったので、兄は両親からあまり構われずに育ったらしい。兄のことは姉が育てたようなものだそうで、そのせいで、兄はかなり重症なシスターコンプレックス(シスターっていっても姉のほうね)である)

 兄という比較対象さえいなければ、私も私でそれなりだったはずなのだ。
 遅れがちだった勉強も、体が丈夫になってきた小学校高学年からは皆を追い越すくらいになってきたし、顔もそんなに不細工ではないのだ。
 でも、完璧な兄がいるせいで、私はいくら頑張っても周りから否定されている気がしていた。

 兄のことは嫌いではない。家族内では私のほうが立場が上だし、兄自身も嫌な奴でもなかった。
 ただ、一歩家から出ると………邪魔。
 そう、邪魔、だった。存在そのものが私にとっての「たんこぶ」だった。


 せっかく小学6年生の時は、学校内で兄と比較されることのない平和な一年を過ごせたのに、中学に上がってまたしても、「渋谷さんのお兄さんかっこいいね」攻撃を受けることになる。
 6月の球技大会、兄はバレーボールをしていた。奴はバスケ部のくせに、バレーボールも上手だった。
 同じクラスの女の子たちが、「あの人かっこい~~」「渋谷さんのお兄さんなんだって!」「うっそー似てないねー」とワキャワキャ言っているのを、辟易して聞き流していたところ、

「南ちん、南ちん」
 同じクラスで、同じ文芸部員の天野っちが声をかけてきた。そして、くだんの一言を言ったのである。
「南ちんのお兄さんって……おいしいよね」
「ほえ?」
 なんのこっちゃい、と思った私の横に天野っちは座り込み、耳元で小さくささやいた。
「南ちん……客観的に、お兄さんを観察してごらん。すっごくおいしいから」
「おいしい……?」

 天野っちと私はこの4月に文芸部で出会い、ある趣味で意気投合してあっという間に仲良くなった。
 その趣味とは、いわゆる同性愛ものの漫画や小説を読んだりすること、である。
 私は入院生活が多かったこともあって、息をするように本を読んで暮らしていた。幼いころから対象年齢以上の本を読むこともしばしばだったため、気がついたら大人向けの本も読み漁っていて、気がついたら、どっぷりと同性愛ものの本にはまっていた。
 天野っちは、大学生のお姉さんの影響らしい。そのお姉さんは本当に本格的で、自分でも本を書いて自費出版までしているそうだ。

 天野っちの言葉を受け、私は視界に入れないようにしていた兄の様子を見てみることにした。
 すると……
「……おお?」
「ね?」
 私の驚きの声に、天野っちがニヤリとする。
「いや……これは……」
「でしょ?」
 私たちは校庭の隅で、うひひひひ、と怪しげな声で笑いあった。

 砂ぼこりの舞うバレーボールコート。トスを上げ続けるセッターの美形の男子。背、低め(←ここポイント)。点数が入るたび、仲間とハイタッチ。試合終了後、皆からハグされる。頭をなでられる。肩を抱かれる。などなどなど。

「絵になるのお……」
 天野っちがホヤ~という。
「これは……おいしいわ」
 納得。うんうんうなずく私。

 この日から、兄は私の「観察対象」となった。


 「観察対象」となってからは、私の兄に対する「たんこぶ感」は消え失せた。
 まわりから「お兄さんかっこいいね」といわれても、「女子に人気のある彼であったが……」と妄想の文章が頭をめぐり、へらへらしてしまうほど、私の心は以前とは180度変わっていた。


 兄には特別に仲の良い友人はいないようだった。バスケ部のみんなとつるんでいる感じだ。
 そのことに関して、天野っちは「組み合わせ自由で楽しいじゃな~い」なんて言っている。
 天野っちのおすすめは、上岡武史さんだという。でも、武史さんは本気で兄と仲が悪い(兄が姉に話しているのを聞いたが、レギュラーの座を巡って目の敵にされていて、色々嫌がらせもされているらしい)ので、それはナイと思うんだけど、天野っちは「その関係性がいいんじゃないの~」と言っている。天野っちにかかると、どんなことでも「そっち」に結び付けられてしまうのでスゴイ。

 そんなこんなで一年が過ぎ、兄、中学三年の夏。
 膝の故障により、兄はバスケ部を他のメンバーより少し早く引退することになった。ずっと頑張ってきたバスケを取り上げられた兄の心中は計り知れない。
 その上、兄の主治医となった近藤先生が、いつの間にやら姉とお付き合いすることになり、シスコンの兄は相当に荒れた。
 口数も減り、あのキラキラ感もなくなり、常にムスッとしていて、美形パワーが半減した。中学三年の多感な時期に、二つも大事なものを奪われたのだから当然といえば当然だ。

 それでもお勉強はちゃんとしていたようで、しっかりと学区内トップ校であり、県内でも1,2位を争う高偏差値である白浜高校に入学。
 はじめのうちは死んだ魚のような目で帰宅後も勉強ばかりしていたのに、3週間ほどたったある日、急に今までまったく触ろうともしなかったバスケットボールを物置から出してきて、シュート練習なんぞしはじめた。ずっと避けていた姉とも話すようになったし、キラキラ感も復活してきて、これは何かあったな、と家族の誰もが思っていた。

 そして、連休明けの木曜日。私は映画のように美しいシーンを目撃することになる。

 あの日、私は2階の窓を閉めようとたまたま窓辺に寄った。
 ふと、うちの前につながる一本道を二人乗りをした自転車が走ってくることに気が付いた。こいでいるのは男子高校生。後ろにいるのも男子高校生と気が付いた私は、内心おお!と歓声をあげた。
「男子高校生の二人乗り、いいじゃなーい」
 自転車が近づいてきて、その後ろに乗っているのが我が兄だと気が付き、再びおおお!?となった。
「……こ、これは……」
 気づかれないように、カーテンの影に隠れて様子をうかがう。
 家の前についた二人は、自転車から降りて何やら話をしていた。時々聞こえてくる言葉に「バスケ」という単語があり、兄が急に練習をはじめた原因はこの男子高校生にあるんだな、と直感的に思った。
 相手は、兄よりも背が高く、爽やか。優しそう。
「いいじゃないの……」
 お似合いだ。お似合いすぎる。私は兄にはこういう人が似合うと思っていた。
 別れ際、その男子高校生は兄に手を差し出し、ぎゅーぎゅーと握手をすると「また来週」と言って自転車にまたがった。
 そして……
 兄は、その男子高校生の背中を、見えなくなるまでずっと見送っていた。まるで映画のワンシーンのようだった。
 夕日に映えたその横顔は、切ないほど美しかった。私はこの時の兄の姿を一生忘れないだろう。


 その翌日から、その男子高校生……桜井浩介さんはしょっちゅう兄を訪ねてきたり送ってきたりした。
 夏休みはうちにも毎日のように遊びにきたので、私も少し話をするようになった。
 浩介さんは見た目を裏切らず、誠実で優しい人のようだった。

 私は一応受験生なので、夏期講習にも行ったりした。でも、志望校は天野っちと一緒の女子高と決めていたので、そんなに本気で勉強もしていなかった。担任や塾の先生にはもっと上位の高校を狙えるのに……と残念がられたけれど、天野っちと一緒にその女子高の文芸部に入るという私の決意は固い。そこの文芸部はレベルが高いのだ。


 兄観察は学校が違う分あまりできなかったけれど、様子を見る限り、2人はすごーく仲の良い「親友」という感じ。
 まあ、普通に考えてそれ以上になることはないので、そこは天野っちと妄想の世界だけで楽しんでいたんだけど……。

 でも、私は気がついてしまった。

 あれは、天野っちと一緒に兄の学校の文化祭に行った時のことだ。
 バスケ部は校庭のバスケットゴールでゲーム大会をしていた。
 5回中、何回ゴールを決められたかで、もらえる景品が変わってくるらしい。

 その様子を天野っちと私は少し離れたベンチに座って綿あめを食べながら見ていた。夏休み以降あまり観察できていなかったので興味深い。
「あ、南ちんのお兄さん、やるみたいよ」
 小柄な高校生がボールをつきながら出てきた。 
「渋谷ーお前ハンデありでやれよーっ」
 上岡武史さんが叫んだ。天野っちが「おっ」と嬉しそうな顔をする。天野っちはまだ武史さんを推しているのだ…。
 ハンデあり、というのはシュートを打つ位置を普通の人より遠くにすることだ。現役バスケ部員はみなハンデありの位置で打つらしい。
 兄は何か言い返していたが、結局ハンデありになったらしく、浩介さんが出てきて兄をハンデありの位置まで誘導した。
「………あ」
 ドキリとした。兄の肩に手を置き、何か耳打ちをした浩介さん。浩介さんを見上げて笑う兄の、その顔……。
「…………」
 兄がすっとボールを構えた。久しぶりにみるボールを手にした真剣な兄の姿。
 ボールは5球とも、すんなりとゴールした。
 わっと歓声があがる。
 一番近くにいた浩介さんが、ギュウッと兄を抱きしめた。その後飛び出してきたバスケ部員たちに囲まれて兄の姿はすぐに見えなくなったが……。
「わあっ南ちん南ちんっ」
 天野っちが興奮して背中をバンバン叩いてくる。
「なんですかあれはっなんですかーー!!」
「い、痛いよ、天野っち……」
 気持ちは分かるけど落ち着いてっ天野っち。
 バスケ部員たちにもみくちゃにされそうな兄を、浩介さんが庇って引き続き抱きかかえている。
 天野っち、大興奮。
「南ちん!私も今から鞍替えする。浩介慶派になる!」
「う、うん………」
 うなずきながらも、私もドキドキしてきた。
 真っ赤になっている兄の顔。浩介さんを見上げる目。
 それは……恋する人そのものだよ。お兄ちゃん。

「ねえ、天野っち……」
「おお、なに?」
 ワクワクしている天野っちに、私はたった今、衝動的に決めたことを告げた。
「私、女の友情より、情熱を選んでもいいかな」
「情熱? 情熱とは?」
 ほう?という天野っちの横でビシッと指さす。その先にはお兄ちゃんと浩介さん。
「私、もっと間近で2人を観察したい」
「と、いうことは……」
「志望校、白浜高校に変更する」
「おおっ」
 天野っちは、ガシッと私の手をつかみ、ぶんぶん振り回した。
「是非そうしておくれ! それで逐一報告しておくれ。私はあいにく白高行く頭ないから無理だけど、南ちんなら受かる!」
 ニコニコの天野っち。
「ごめんよ。天野っち。同じ文芸部に入るって約束してたのに」
「いいのいいの!」
 天野っちは引き続きぶんぶん振り回し続け、
「実はちょっと申し訳ないと思っていたのだよ。南ちん、もっとランク高い高校受けられるのにって。だからこれは神の啓示。神様が二人を観察しなさいといっているのだよ」
「天野っち……」
 変わらぬ友情に感謝。
 私はその日から猛勉強をはじめ、春には兄と浩介さんと同じ白浜高校に合格した。

**

 そこまで話すと、守はキョトン、いうか、ポカーンとした顔をして、
「そんな理由で、あの難関、白浜高校受験して……受かったのかよ?」
「そうよ?」
「うわ~~参考になんね~~」
 もやしのひげをポキポキ折りながら守が言う。
「なんでよ~~立派な動機でしょ」
「意味わかんねーよ」
 私の夫の息子である守は、もうすぐ中学3年生。志望校を決められないとかで、私に白浜高校を受験した理由を聞いてきたのだ。
「南ってやっぱ変だよな」
「変じゃないわよ。情熱よ情熱。世の中を動かしているのは情熱なのよ」
「意味わかんね」
 けっと守は言うと、
「はい、もやし終わった」
 ひげがなくなってすっきりしたもやしの入ったボウルを渡してくれた。
「おお。ありがと」
 守はなんだかんだと手伝いをしてくれるので助かっている。
「あとは?」
「これ、ドレッシング作ってくれる?」
 レシピのメモを顎でさすと、守は無言であちこちから調味料を出してきていたが、
「南ってさあ……」
「うん?」
「ブラコンだよな」
「え?」
 鶏肉をオーブンの天板にひきつめていた手を止める。
「ブラコン? 私が?」
「二回りも年上の父さんと結婚するくらいだから、この人ファザコンなのかな?って思ってたけど、話聞けば聞くほどブラコンだって思えてきた」
「ブラコン……そうかしら」
「そうだよ。お兄さん大好きだろ?」
「うーん……嫌いではないけど……」
 大好き、とは違う気がする。
 しばし、うーんとうなってから、真面目に答える。
「お兄ちゃんのことなんかより、沢村さんや守のことの方がよっぽど大好きよ?」
「は?」
 守はイヤ~~な顔をした。
「なんだよそれ。父さんはともかくオレを入れんなよ」
「なんでよ。私、守のことも大好きよ。前から言ってるじゃない」
「……意味わかんね」
 再び、守はけっと言うと、
「そういうこと言ってて恥ずかしくねーの?」
「あら。思いは言葉にしないと伝わらないのよ。ちゃんと言葉にしないと」
「ああ、そのセリフ……」
 記憶力の良い守は、前に私が話した話をきちんと覚えていた。
「あれだろ? 南が浩介さんをけしかけたときに言ったっていうセリフだろ」
「そうそう。よく覚えてるわね~」
 思い出す。私が高1、お兄ちゃんたちが高2のクリスマスイブの前日。ギクシャクしてしまった二人が一歩も二歩も前進したのは私のおかげなのだ。その後も私は影となり日向となり二人を支えてきた。
「影となり日向となりって?」
「聞きたい?聞きたい? ちょーっと中学生には早い話かも♪」
「………遠慮しとく。はい。ドレッシングできた」
「ありがと~~。とりあえずこれで終わりです! あとはオーブンにお任せ。お疲れ様でした!」
「ああ」
 手を洗って出ていこうとする守を呼び止める。
「守」
「なに?」
「志望校、決められないなら、一番偏差値の高い高校にすれば?」
「なんで?」
「自慢になるから」
「…………」
 ふっと守が笑った。こういう顔、沢村さんとよく似ている。
「父さん今日早いの?」
「予定では」
「じゃ、父さんに相談する」
「………あっそ」
 むーっと口をとがらせてみせると、守はひらひらと手を振りながら出て行った。
「………お兄ちゃん、失礼ね~?」
 問いかけると、タイミングよくお腹の内側がポコポコとした。
「影となり日向となり、の話、あんた聞きたい?」
 お腹をさすりながら言ってみる。
「何年後だったら話せるかな~~」
 その時のことを想像すると楽しくなってきた。
「さて。締切まであと一週間。頑張らないと!」
 私の人生、順風満帆。
 それはすべて天野っちのあの一言のおかげだ。


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月の女王-短5

2014年11月28日 11時25分53秒 | 月の女王(要約と抜粋と短編)

「月の女王」の主人公・斉藤香は、特になりたいものも見つからないまま、短大に進学し、就職活動をし、ごくごく普通の会社に就職します。いわゆるお茶くみコピー取りから始まる事務職です。
当時、就職氷河期と呼ばれる時代で、就職できればどこでもいい!って雰囲気満載での就職でした。
そして、女性の社会進出も今ほど盛んではなく、香の就職した会社も、女性は結婚したら、もしくは結婚して子供ができたら退職する、というのが慣例となっていました(産休・育休も最低限の保障しかなかったし。今みたいに総合職でバリバリ働く女性がこんなにたくさんになる時代がくるとは思わなかったなあ)。そんな時代のお話です。
携帯はチラホラ持つ人が出てきてましたが、まだ主流はポケベルかな……って感じです。


-------


一人言(七)のノートより



『永遠を、待ってる』


「…………ふううううっ」
 斉藤香は自室に入るなり、バタリとベットに寝転んだ。そうしなければならないほど疲れているのだ。肉体的にも精神的にも。
「……なーにやってんだろ、私……」
 天井を見つめながらぼんやりとつぶやく。
 今日は四月の二回目の金曜日である。つまり香が就職をし、働き始めてから十日目というわけなのだ。
 はじめの一週間は緊張のし通し、新しいことに目を奪われっぱなしで、あっという間に過ぎてしまった感じだったのだが、二週間目にもなると周りが見え始め、会社の嫌な部分も目に止まりはじめる。
 だが、一番精神的にこたえていることは別にあった。
 それは……
「香ー? クリスくんから電話よー?」
 突然、母親が電話の子機を持って部屋に現れた。ニヤニヤと冷やかし気味に笑っている。
「やーっぱりかかってきたわねー香。嬉しいでしょ?」
「うっるさいなあ、もおおっ」
 があっと電話を受け取り、キッとにらみつける。
「余計なこといってないでしょうね?!」
「会いたがってるわよって言っといたわよ」
「だーれがよっ。たかが一週間で……」
 香の二つ年下の恋人、クリス=ライアンは一週間ほど前から強制帰国させられているのだ。電話をかけることも禁止されているので、一週間、声も聴いていない。
「じゃ、ごゆっくりねー香ちゃーん」
 ふっふっふっと笑いを残して出ていく母親をもうひと睨みしてから、香はあわてて電話をつないだ。
「もっもしもし?!」
『香?』
「………っ」
 カーンっと頭の中で何かが響いたような感覚に襲われる。
『香? 聞こえてるか?』
「う……うん」
 軽く首を振り、息を整える。
「大丈夫なの?電話なんかして。見張りとかは?」
『いない。大丈夫だよ』
「そう……」
 一週間ぶりに聞くクリスの声が胸の隙間に広がっていくようである。静かにやさしく体中に浸透していく。
『香、お前こそ……大丈夫なのか?』
「なにが?」
『なんか……疲れた声してる』
「……ん」
 ごろんと再びベットに寝ころび目をつむる。
「少し……疲れた、かな」
『香……』
「ん……」
 クリスのやわらかい声が心地よい。
『……香。仕事、つらいのか……?』
「ん……というかね……」
 まぶたの裏にクリスの姿を浮かべながら香は答える。本人が目の前にいるときよりも何十倍も素直になっていることに香は気づいていなかった。
「仕事がつらいとか……疲れるとか……そういうんじゃないの。そんなことより一番こたえてるのは……」
『こたえてる、のは?』
「……永遠、かな」
 言ってしまってから、ふっと気が遠くなる。
 今までは、小学校は六年間、中学・高校は三年間、短大は二年間と終着点がしっかりと見えていたのだ。しかしこれからは、終着点が決まっていない。毎日「このままでいいのか」「何をしているのだろう」と考えている。「今」の状態に納得していない。……いや、納得しようとしていない。納得したくないのだ。
「私ってなんなんだろうとか思うの。このまま終わりが見えない状態でいていいのかな、とか……」
『香……』
 心配そうなクリスの声に涙が出そうになる。
 香は本当にいつになく素直につぶやいていた。
「……会いたい、な」
 言葉にしてみて、あらためて認識する。
「すごく……会いたくなる。こんなとき」
 会って抱きしめてほしくなる。「心配ないよ。オレがいるから大丈夫だよ」といつものように言ってほしくなる。
「……なんていってもしょうがないけどさ」
『オレも会いたいよ。香。会いたい。お前に』
「クリス……」
 ポロリと涙がこぼれた。
 それに気付いたのか、クリスはあわてたように、
『なあ、香。そしたらさ、東側の窓、開けてみろよっ』
「東側の窓?」
 東側の窓というと、ベットの真横の窓になる。
「なーに?『この空はオレがいるアメリカにまでつながってるんだぞー』とかいうわけ?」
 くすくすと笑いながら、香はベッドの上で立ち上がった。そして窓に手をかける。
「今日は天気がいいから星が見えるかもしれないな。そっちの天気はど………」
 窓を開き……言葉を止めた。いや、止まってしまったのだ。見覚えのありすぎる愛おしい金色の髪が真下の公園で月の光を受け輝いている。
「………クッ」
 絶句した香に向かってクリスはひらひらと手を振ってみせている。
「な……っなんで……っ」
『いやあ、香に会いたくて、見張りぶん殴って出てきちまったんだよ。そうでもしなくちゃ日本に帰ってこられそうもなかったからさ』
「あ、あんたねぇ……」
 言いつつも、怒っているのか笑っているのかわからないような表情になってきてしまった。
 あんなに会いたかったクリスがすぐそこにいる。
 すぐ、そこに。
『香。飛び下りてこいよ。今度はちゃんと受けとめるから』
 電話の声と肉声が入り混じって響いてくる。
『お前を……今すぐ抱きしめたい』
「クリス……」
 ストーンっと胸のつかえが外れた。そのまま両腕を広げているクリスの元に……飛び下りる。
 マンション二階分の重力を感じたのも束の間、一瞬後には求めたものの中にいた。
「クリス……っ」
 香はクリスの首に勢いよくしがみついた。
「会いたかった。香……」
 耳元で本物のクリスの声がする。
「うん……」
 力強く抱いてくれる腕に安心して身をまかせる。
「……あのさ、香」
「ん?」
「四年、待ってくれ。四年」
「……え?」
 首元に埋めていた顔をおこし、真正面からクリスの青い瞳を見つめ返す。
「四年?」
「前に言ったときには、信用できないって言われたけど……」
「それは……」
 ちょうど一年ほど前、五年待ってほしい、と言われた。でも香は「高校生の言うことなんて信用できない」と答えたのだ。
 実際、その時のクリスはまだ高校三年生になりたてで、子供じみた夢を語っているにすぎなかった。しかしこの件をきっかけに、クリスは漠然としていた将来のことを本気で考えるようになり、ホワイト家とも今後のことについて話し合いを進めているらしかった。
 背がさらに伸びたせいもあるが、クリスはこの一年で着々と、精神的にも外見的にも少年から青年へと変化を遂げていた。
「四年後にはオレ、必ずみんなに認められるようになるから。だから……会社勤めのお前の終わりは四年後ってことで。四年待ってくれ」
「四年たったら……?」
「四年後からは、オレと一緒に『永遠』をはじめよう」
「……永遠」
 思わず口の端に笑みがのぼる。
「……考えとくわ」
「あ、香。オレ本気だからな。今度こそ信用してくれよ」
 あわてたように言うクリスの頭をかき抱く。
「ん。分かってるわよ」
「それならいいけど……。でも、いいな。たまには、さ」
「何が?」
「しばらく会わないと、香ちゃんが甘えてくれるっ」
「……なによそれ」
 いいつつも香はクリスの首から手を離さない。
「ほら、こういう風に香が抱きついてくれるなんてめったにないでしょー?」
「……だって。あ、やだ、離さないでよ?」
「か、お、り、ちゃーん?」
 にやにやとクリスの顔がだらしなく緩んでいく。
「いーのかな? それ、そういう意……」
「だああっ。ちっがーうっ」
 香は寄ってきたクリスの頬を思いっきりつねり上げた。
「ちがうちがーうっ。離さないでねって言ったのは、靴履いてないから地面に降ろさないでって意味ーっ」
「え? くつ?」
 部屋から飛び降りてきたので、香の足はストッキングにしか包まれていないのだ。
「ありゃあ……どうしよっか。司邸の時みたいに、このまま抱いたままで家まで連れていくってのは……」
「絶対いや」
「……だろうから、ちょっと待ってろ。靴取ってきてやる」
 クリスは器用に香を抱いたままハンカチをベンチにひくと、そこに香をおろした。
「すぐ戻ってくるから待ってろ」
「……ありがと」
 香は足をブラブラさせながらクリスの金色の頭を見送ろうとしたが、ふ、と彼を呼び止めた。
「ねぇ……クリス」
「なんだ?」
 振り返ったクリスを香はまぶしげに見上げ、
「………待ってる、ね」
「? おお」
 不思議そうな表情をしてクリスは走って行った。その後姿を見つめながら香は小さくつぶやいた。
「……四年後の『永遠』。待ってるから、ね」
(1995.8.13,14)
ふー超久しぶり。せっかく夏休みなので書きました^^ 就職して二週目の木曜日ごろできた話。うーん、私もクリス欲しいなあ……。


↑と、当時20歳。就職したての私が書いてます。
超久しぶり、と言っても、前回は4月末に書いてるんですけどね。

この時、香は(というか、私も)、結婚が終着点、と思っていた。結婚さえできれば幸せになれる、みたいな……
それから二年後……↓↓こんな感じに考えは変わっていきます。世の中の流れも変わってきたんだよね。



-----------



『将来の夢』


(私の将来の夢はなんだろう?)
 最近、斉藤香はそんなことを考えることが多々ある。
 入社して丸二年たち、社内でも中堅どころに仲間入りする三年目。それなりに責任のある仕事も任されており、毎日忙しい。入社当時とは打って変わり、残業も増え帰りも遅い。休日も疲れていて遊びに行く気になどなかなかならない。
(私の将来の夢ってなんだろう?)
 あと数年すればきっと結婚し、会社も辞めるだろう。
(結婚するのが夢?)
 否。香は小さく首をふる。
(クリスのことは愛してる。もちろん。結婚するんだったら彼とじゃなきゃダメだもの)
 でもそのクリスとも実は目下喧嘩中。原因は約束していたデートをキャンセルしたからである。どうしても出かける気になれなかったのだ。
(私、このままでいいのかな……)
 このままなし崩し的に今の会社で勤め、自分のしたいこと(何をしたいのかはまだわからないが)もせず、そのまま何年かたち、なし崩しに結婚。それで終わり。
(私、何をしたいのかな……)
 まだ、わからない。でも何かしたい。「何か」したいのだ。その「何か」を見つけたい。このままでは会社に従属し、クリスに従属し、「自分」をもたないまま終わってしまう。
(みつけなくちゃ。探さなくちゃ、だよ)
 自分、を。まだ今年で23歳。いくらでも可能性はある。
「………よし。行こう」
 香はゆっくりとベットから身を起こした。
(1997.8.16)
…2年ぶりだよいろんなことあったねぇ…2年たつと会社や恋人に対する目もこんだけ変わります


-------

これを最後に、「一人言」のノートは終わっています。ようやくシュレッターかけられる~。

これから17年かあ。色々あったねえ……。でもあっという間だったよ。
まさに今現在、従属人生を満喫している私のことを、当時の私は何というだろう


私、今回、これを読み返すまで、クリスと香は普通に結婚して幸せに暮らしましたとさ、おーしーまい。なのかと思ってました。
でも、どうもそうでもなさそうなの?なんなの?って気がしてきました。

あ、でも、クリスと香が結婚するってことは確定です。
2人の間の子供(女の子と男の子の双子)が小人のアル・イーティルと出会って……ってベタな話も漠然と考えてたし。

そのうちその後の話を書くかもしれないし、書かないかもしれないし。

今は「風のゆくえには」を書きたくてうずうずしてるので、そちら優先で。
んで、二本書いたら今年は終わりにします。

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月の女王-短4

2014年11月27日 13時31分17秒 | 月の女王(要約と抜粋と短編)
一人言(七)のノートから


『関係ないでしょ』


「おっじゃまっしまーすっ。おーい、香ー?」
 玄関の鍵が開いていたので、勝手に入ってきてしまったが、
「………香?」
 ばりばりっぼりっガサガサガサ……という聞きなれない音に、クリスは思わず立ち止まった。
「か、香………?」
「ここ」
 ソファーの向こうから香の声がする。近づいてみて、
「な、なに、お前……っ。どうしたんだよ?!」
 思わず叫んでしまった。
 香がソファーに座り込み、大きな袋に入ったおせんべいをボリボリ食べているのだ。しかも、テーブルの上にはクッキーやポテトチップスの空き袋がいくつも転がっている。
「お…前、これ全部、お前が食ったのか?」
「うん。いけない?」
 いいながら、香はおせんべいを食べる手を休めようとしない。
「せんべい類はニキビができるから食べないんじゃなかったのか? それにポテトチップスも。……クッキー、これ12枚入りの箱、二つとも? いつも太るからとかいってあんまり食べなかったじゃねえかよ。……何かあったのか?」
「………別に」
 香はムッと口をゆがめ、ちらりとクリスを見ると、
「なんか急に……自分をいじめたくなったの。それだけ」
「自分をいじめる……? ってお菓子いっぱい食べるのっていじめることになるのか?」
「さあ? ……あ、終わっちゃった。あーああっ」
 せんべいの袋をぎゅっとしばり、テーブルに放り投げると、香は大きく伸びをしてソファーの肘掛けに頭をあずけた。
「あーああっ。いっぱい食べちゃった。油ものいっぱい食べたし、吹き出物できちゃうやーっ。あーやだやだ」
「……そう思うなら食べなきゃいいのに」
 クリスがボソリといい、香の横に腰をおろすと、香は寝そべった格好のままクリスをにらみつけ、
「だから、自分をいじめたくなったって言ってるでしょっ。あ、そうか。やっぱり私が太ったり吹き出物がブツブツできたらやーなのねー。ふーんっそうっ別にいーけどっ」
「なーんでそういうことになる? 何も言ってないだろ」
「だーって、そーでしょーがーっ。別にいーけどさっ」
 ふんっと香はクッションに顔を埋めてしまった。クリスはやれやれと肩をすくめると、
「なーに? 機嫌悪いなあ? 何かあったのか?」
 ぐりぐりぐりと香の頭をかきまぜた。
「話してみろよ。食べ物に八つ当たりしないでさ」
「やつあたりなんかしてないもん。あーもうやだっ」
 香はむくりと起き上がり、クッションをバシバシたたいている。
「今度はクッションに八つ当たりか? ったく、しょうがねぇな」
「なーによっ。関係ないでしょっ」
「………ふーん。そう。オレ、関係ないんだ? ふーん……」
「……なによ?」
 わざと冷たく言うと、香の瞳が不安そうに揺れた。
(………こういうところがさあ……)
 たまらなくかわいいんだよなぁ……とクリスは思ったが、あえて口には出さなかった。怒るに決まっているからだ。
「……別に関係ないっていうのは、そういう意味じゃ……」
「だって関係ないんだろ?」」
「だから……っ、クリ……。……クリス?」
 言いかけた香をそっと引き寄せる。柔らかい感触が腕に胸に直接伝わってくる。
「クリス……?」
「……安心した。お前の機嫌の悪さにオレは関係ないんだろ? よかったよかった」
「………ったく。あんたはっ」
 いきなりグイッと押しのけられた。そして香はクッションを元の位置に戻すと、がさがさとテーブルの上のお菓子の空き箱などを片付けはじめ、
「……コーヒー、紅茶、お茶、何がいい? 入れるわ」
「あ? あ、ああ、じゃ、紅茶」
「ん。ちょっと待ってて」
 そしてガタガタとキッチンへ消えていってしまった。
「……なんだ?」
 オレなんか悪いこといったかなあ……と頭を悩ませたところに、すっとカップをつきつけられた。
「あ、サンキュ。なあ、お前さ……」
「……ごめん。八つ当たりして」
「-----はい?」
 思わず思いっきり聞きかえしてしまった。こうも素直な態度に出られると……気味が悪い。
「お前、今日どうしたわけ? 変だぞ?」
「……そうだね。でも……なんか……落ち着いた」
「?? なんかよくわかんねぇけど……ま、食べたいときに食べたいだけ食べれば? オレもつきあうぜ?」
「……ありがと。でも嫌じゃない? 私が太ったら」
 横目でちらりとみられて、クリスはニッと笑ってみせた。
「なーんだ、そりゃ? 太ろうが痩せようがお前はお前だろ? 関係ないだろ?そんなこと。……と、香?」
 コツンッと肩に香の頭がのせられる。クリスはカップをテーブルに置くと、香をそっと抱き寄せた。

(1995.2.19,20)
なんか無性に食べたくなる時ってあるよね……自分をいじめたくなるというか……。そういうことです。おわり。


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だそうです。当時20歳の私。↑この気持ち、40歳の今の私にはまったく理解できん^^;
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月の女王-短3

2014年11月25日 11時04分37秒 | 月の女王(要約と抜粋と短編)
一人言(六)のノートより


あ、今、見て気が付いた。
そうそう。前は、成人の日は1月15日、固定だったんですよ!!
これ書いたの1995年の1月なので、当然1月15日だったわけです。



「成人の日」


 今年の1月15日は、芸術的な形の雲が2,3個浮かんでいるだけの快晴であった。成人式日和である。
 某市民ホールの前は、晴れ着姿の20歳の若者たちでごった返していた。女性はほとんどが振り袖姿で、男性は数%紋付袴姿の者もいるが、大半がスーツ姿である。
 そんなカラフルな群衆の中で、一際目立つ青年が白いユリの花束を手に立っていた。黒いカシミヤのコートの下がラフなセーター姿であるところから、成人式に参加した者ではないことがわかる。
「ねぇ、ちょっと……」
「か、かっこいい……」
 まわりの女の子たちが肘をつつきあい騒いでいることには目もくれない。そういわれることに慣れているかのようだが、実は本人気が付いていないだけなのだ。
「………まだかよ。おっせえな」
 青年はぼそりとつぶやいた。明るい金髪にあざやかな碧眼。どこをとっても日本人ではない様相であるが、そのつぶやきは流暢な日本語である。しかしその異国人という外見のせいで、まわりの人々は彼が日本語をつぶやいたということには気づかなかったようだ。
「あ、あのっ、エキスキューズ、ミーッ」
 わらわらわらっと近くにいた振り袖姿の女の子三人が彼に話しかけてきた。真っ赤な顔をして写真を撮る手振りをしながら、
「あ、あの、プリーズ、テイク、ピクチャー、ウィズ、ミー」
「ピクチャーピクチャー」
「ウィズミー、ウィズ、ウィズ……、一緒に写真とってくださいっ」
 必死の形相の三人を、彼はキョトンとした表情で見下ろしていたが、
「え? 写真? 一緒にとるの? なんで?」
「………やだぁあ、日本語……っ」
 女の子たちが華やかに笑い出した。
「日本語、話せるんですかぁ?」
「うわ、すっごいはずかしいっ私達ーっ」
「やだぁもうーっ」
 女の子たちは三人でひとしきり盛り上がっていたが、
「あの、写真を一緒に撮ってください」
 初めに話しかけてきた子がぺこりと頭を下げた。
「だからなんで? オレ別に芸能人でも何でもないよ」
 彼が首をかしげると、女の子たちは口ぐちに、
「でもモデルさんみたいじゃないですかっ」
「こんなかっこいい人と一緒に写真とれたら超ラッキーッ」
「みんなに見せびらかせるんですっ。ぜひ、ツーショットでっ」
「……うーん……」
 彼はうなってしまった。同じ学校の女子にはこういうことを言われたことはあるのだが、見ず知らずの女性からは初めてなのだ。(隠し撮りされたことは何度もあるのだが、やはり本人気が付いていない)
「うーん……いいけど……二人でっていうのは遠慮させてくれる?やっぱりそれは……」
「彼女に申し訳ない、とか?」
「申し訳ないというか、自分が逆の立場だったら絶対嫌だから」
 きっぱりと言い切られ、三人は顔を見合わせた。
「じゃ、交代で2人ずつ三回、いいですか?」
「うん。ごめんね」
 にこりと謝られて、三人は同時に赤面した。
「え、そ、そんなっこちらこそっ」
「すみませんっ、じゃ、すっすぐ……っ」
「じゃ、私のカメラから……っ」
 わたわたとカメラを用意する。
「いきまーすっ。はいっチーズッ」
 彼を中央にして、両側に女の子が並ぶという配置で三回、組み替えをしながら大急ぎで撮り終わった。
「どうもありがとうございましたっ」
「家宝にしますっ」
「彼女によろしくっ」
 きたとき同様、キャーキャーと女の子たちが去っていく。
 道々彼女たちは、あんなにかっこいい外国人を彼氏にしている女の子はどんなに幸せだろう。きっとかわいい子なんだろうな、などと大声で話しまくっていたのだが……
「………ったく………」
 それを聞き、非常に複雑な表情になった振り袖姿の女の子がいた。「あんなにかっこいい外国人を彼氏にしている女の子」こと、斉藤香である。
 「あんなにかっこいい外国人」ことクリス=ライアンと付き合い始めて、2年5ケ月になるが、一緒に歩いていて人にじろじろ見られることにはまだ慣れていない。
 クリスは金髪碧眼白皙、整った顔立ち、180センチ近くある均整の取れた体つき、というものに加え、人目をひくオーラみたいなものを持ち合わせているのだ。ただ歩いているだけなのに、老若男女問わず、かなりの数の人がクリスに目を止める。
「香っ」
 突然呼ばれて我に返った。いつの間にか目の前にクリスが立っている。
「夕子ちゃんは? 一緒だったんじゃないのか?」
「なんか小学校の時同じクラスだった人たちと集まるんだって。だからさっき別れたの」
「そうか。じゃ、二人でメシ食いにいこうぜ。裏の駐車場に車停めてあるから、ほら」
「ちょ、ちょっとまった」
 思わず肩に置かれた手を振り払ってしまった。
 眉を寄せてクリスが振り返る。
「なに? どうかしたのか?」
「どうかってねぇっ。一人で勝手に話進めないでよっ。私、式が終わったらすぐ家に電話するって言ってあるのよ。迎えにきてくれるっていうから」
「ああ、それなら大丈夫。オレ、お前の家に電話して、夏美さんにオレが迎えに行くって言っといたから。そしたら、夕飯におじいちゃんおばあちゃん招待したから、それまでに戻ってきてくれってさ」
「……そ」
 そんなに遅くまでこの窮屈な格好をしていなくてはならないとは少々うんざりするものがある。
「じゃ、行こうぜ」
 再び肩を抱かれる。まわりの人々が好奇の目で見ているような気がして、香はまたその手を振り払った。
「……なんだよ?」
 びっくりしたようにクリスがこちらをみている。
「だって……」
 まわりの目など少しも気にならないクリスに説明のしようがない。ふてくされたようにうつむいていると、
「なーに、機嫌悪いなぁ。どうかしたのか?」
「……別に機嫌悪くなんかないわよ」
「じゃ、なに? なに怒ってんだよ?」
「別に……ただ……」
「ただ?」
「あんたが目立ちすぎるのが悪いのよね」
「何だよ、それ……って、ああ……」
 クリスは思い当たったようにポンと手を打つと、
「さっきの写真のことか? しょうがねぇだろ。オレ頼まれると嫌っていえないんだよ」
「そのわりには鼻の下伸びてたわよ」
「鼻の下? なにそれ?」
「デレデレしてたってことよ。女の子に囲まれて。そりゃあ嬉しわよねぇ。結構かわいかったもんね。あの子たち。べーつにツーショットで撮ったって私、かまわなかったのに」
 ツーンッとそっぽを向くと、クリスはニヤニヤと、
「あら、香さん。焼きもちですか? 嬉しいですねぇ」
「だーれーがー焼きもち?! っと、きゃっ」
 赤くなって怒鳴るのと同時に、目の前に白いユリがつきつけられた。
「び、びっくり……」
「はい。お姫さま。成人、おめでとうございます」
 ニコニコとクリスが笑っている。
(ったく。こいつは……っ)
 いくら怒っても、横を向いても、クリスは必ずそばにいて受け止めてくれるのだ。不安になるほど、自分だけを見つめていてくれる。そのことは香が一番分かっている。
「………ありがと」
 とりあえず素直に受け取る。白いユリが香の着ている山吹色の着物によく映えている。
「やっぱりいいな。着物ってさ。すごく似合ってるよ」
「………」
「惚れ直した。なーんか、みんなに見せびらかせたくなってくるなーっ。この子がオレの恋人でーすってさ」
「……頼むからそれだけはやめて……」
 がっくりと肩を落としながらも、褒められて、そう悪い気はしない。着物を着ることも化粧をすることもとても面倒だったのだが、クリスにそういわれると着てよかったなぁと思えてくるから不思議だ。少しは自分もきれいになって、クリスと釣り合うようになった気さえしてくる。
「じゃー昼飯食べに行こうぜ。腹減っちまった」
 言いながらクリスが背を向ける。二度も手を払いのけられたから、もう肩を抱こうとしないのか。
「……………」
 香は、成人式でもらった記念品などの入った紙袋の中に自分のポーチを放りこむと、
「ね、ね。これ持ってくれる?」
「あ? ああ、悪い、気がつかなくて」
 ひょいとクリスがその袋を右手に持ったことを見届け、香はユリの花束を左手に持ちかえた。
「………クリス」
「……え?」
 立ち止ったクリスに小走りにかけよると、
「!」
 きゅっと右手をクリスの左手に絡ませた。
 クリスが驚いたようにこちらを見下ろしている。
「………ありがとう、クリス」
「え、いや、その、あの……」
 こんな人前で香の方から手をつないでくるなんて初めてのことだ。
 耳まで真っ赤になったクリスに、香はやさしく微笑み、
「だって、もちろん、今日のお昼はあなたのおごりよね?!」
「…………。はい」
「やったぁっ。なーんにしようかなっ。ありがとー」
「……お前な」
 やれやれとクリスがため息をつく。そして二人で顔を見合わせ笑い出した。
 手をつないだ温かさが嬉しい、成人の日であった。


(1995.1.16,17)
成人式出席中に思いついたネタでした…。どうしてこの2人は甘いムードのまま終わらないのだろーか……。クリスは背が伸びたらしい。


-----------

ということでした。
「超」という言葉出ましたね……。
超っていつから使われてたんだっけ?と思って、今まで出せずにいたけど、95年にはもう使われてたのね。
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月の女王-短2

2014年11月23日 11時08分59秒 | 月の女王(要約と抜粋と短編)
一人言(五)のノートより



「いつものぬくもり」



 黒髪の少女が佇んでいた。
 いつものように、さみしげに、はなかげに……
「今……いくから……」
 泣かないで……
 両手を伸ばし、少女に触れようとした、その時、
「…………!」
 少女がふっと消え、そして……
「あ……」
 少年が現れた。やわらかい金の髪の少年だ。
 その少年は横たわったまま、ピクリともしない。
 その青い瞳がこちらを向くこともない。
 なぜなら………この子は死んでいるから。
「……オレが」
 殺した。よく知っている。自分が殺した……。
「……殺した。この手で……」
 おそるおそる、その冷たい頬に触る。髪をなでる。
 しかし、少年は動かない。……死んでいるから……。
「………死んでる……」
 ふいに怖くなり、その場を離れようとした瞬間、
「!!」
 少年の瞳がカッと開いた。しかしそこにはいつもの知った青い目ではなく、血の色をした真っ赤な目が……!
「なんで……っ」
『……おいていかないでよ……クリス…』
 ゆっくりとした動作で少年が立ち上がった。のろのろと、しかし確かな強さで腕をつかまれる。
『クリス……クリスぅ……』
「オ……オレは……、オレはぁっ」
 ふりほどけない。真っ赤な瞳が迫ってくる。
『いっしょにいてよぉ、クリスぅ……』
「や、やめ……っ」
 ありったけの声で叫ぶ。
「やめろぉお!!」

「………!!」
 はっと目が覚めた。体中に冷汗がはりついている。
「……夢か」
「……クリス様、大丈夫ですか?」
 横から心地よい声が聞こえてきた。もちろん声の主は高村である。やさしい包み込むような瞳が自分をのぞいている。
「だいぶ汗をおかきになったようですね。きっと熱も下がったでしょう。お体お拭きします。よろしいですか?」
「あ……う、うん……」
 こわれものを扱うように、高村はパジャマをぬがせ、蒸しタオルで汗をぬぐってくれる。
 クリスは二日前、突然高熱を出し倒れたのだ。12年の生涯で初めての経験である。
「……高村、アリスは……?」
「お部屋にいらっしゃると思いますが? お呼びしますか?」
「いや……いるならいいんだ」
 軽く頭をふり、さっきの夢を追い払おうとするが、最後のシーンが鮮明に思い出されてしまう。
 真っ赤な瞳の弟……アリスの姿が。
「クリス様、何か召し上がりますか?」
「うん……」
 タオルのほどよい熱さと高村の手の温かさが気持ちいい。
 唯一、息をぬいて寄りかかることのできる腕だ。
「……おかゆ、がいいな。前に作ってくれたことあるだろ?」
「承知しました。できるまでお休みになっていてください」
 着替えさせられて、あっという間に取り替えられた新しいシーツのベッドにもぐりこむ。
「おかゆ、は、日本人が風邪ひいたときに食べるんだよな?」
「風邪をひいた時だけではありませんが、まあそうですね」
「じゃあ、あの子も食べたことあるかな」
「ええ、きっと」
 高村はニッコリと笑うと、くるりと背を向けた。
「……あ」
 急に体の奥の方が、ギクリ、とした。妙にかきたてられる、ような……。
 夢の中で見た赤い目が迫ってくる、ような……。
「どうかなさいましたか?」
 小さなつぶやきに高村は耳ざとく気が付いたらしい。
 ふりかえり、優しい瞳を向けてくれている。
「……いや。なんでも、ない……」
 ホッとして、うつぶせになり枕に顔をうずめていると……
「………高村?」
 頭の後ろに温かい手を感じる。
「クリス様……」
 くしゃり、と髪の毛をかきまぜられる。耳元で、低い安心できる声がささやいた。
「……愛してます。クリス様」
「……変な奴」
 思わずクリスは吹き出してしまった。
 高村の方はそれに気を悪くした風でもなく、もう一度クリスの頭をなでると、静かに出て行った。
「本っ当に……変な奴だな……」
 それを見送ったあと、クリスはしみじみとつぶやいた。
「なんでわかったんだろう」
 自分が今、一番言ってほしい言葉を。
「まあ……いっか」
 満たされた気持ちになる。
「……あの子にも、高村みたいな奴がそばにいてくれるといいな」
 海辺の少女に思いをはせる。
 自分がそばにいけるその時まで、誰かいてくれるといいんだけど。温かいぬくもりをくれる誰かが。

(1994.7.24,8.5)



---------------



↑約20年前のことなので覚えてませんが、書いたの7月24日だ。わざとかな?月の女王が降臨する予言の日じゃん。

そういえば、アリスって本編にでてきてない。
電話が一回かかってきたくらいか……。

クリスは別にアリスのこと殺してません。それにアリスの目はちゃんと青です。
でも自分のせいでアリスの足が悪くなったことに罪悪感があって、それゆえのこういう夢なんだと。
表面上はすごく仲の良い兄弟ですが、お互い気を遣いあっています。

クリスは、自分のせいでアリスの足が悪くなったこと。
アリスは、自分のせいで母親が亡くなったこと、そして怪我のことでクリスが自分に罪悪感をもっていること、で。

だからお互い、今は離れて暮らすことになってホッとしてるんだろうな~。

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