それから諒と侑奈とオレの三人は、いつも一緒にいた。
登下校も毎日一緒。そして、放課後も毎日のように侑奈のうちに遊びにいった。
三人でいる時間は穏やかでとても心地がいい。三人三様に好きなことをしていられる。
侑奈は他の女子みたいにキャンキャンうるさくないところがいい。オレ達と波長が合うようで、一緒にいてすごく楽だ。それに何より顔が可愛いところが気に入っている。人形みたいで見ていて飽きない。
「優真、侑奈ちゃんのこと好きでしょ!?」
「うん」
姉達に聞かれて素直にうなずくと、二人は、きゃあっと声をあげた。
「やっぱりね~可愛いもんね?」
「これでお母さんも安心するね!」
「?」
お母さんが安心するって、何?
聞くと姉達はアハハと笑って、
「お母さん結構本気で優真のこと心配してたからさー」
「あんたずっとお隣の諒君にベッタリだからー」
「優ちゃんがそっちの道に行ったらどうしようって」
「そうなったら……」
きゃ~~とまた笑う姉達……
意味が分からない……
「そっちの道って何?」
「そっちはそっちよ~~」
「まあとにかく侑奈ちゃんなら安心!」
「頑張ってね!」
「???」
姉達の言うことはよく分からないことが多い。
でも、侑奈を「好き」ということは、歓迎されることなんだ、ということは分かっていた。
さすがにオレも5年生なので「恋愛」というものが世の中にあるということくらい知っている。そして、それは、男子は女子に、女子は男子に抱く感情だということも分かっている。
だから、諒に<一目惚れ>したと思ったのは間違いだってことも分かってる。諒のことが大好きで大好きで、ずっとずっと一緒にいたいって思っているオレのこの気持ちが「恋愛」ではないってことも分かっている。だって諒は男だから。
「泉は好きな女子いる?」
学校でクラスメートに聞かれた時、すぐに頭に浮かんだのは侑奈だった。侑奈は他の女子とは違う特別な子。だから、
「オレはユーナだな」
そう答えたら、みんなに、おーとか、わーとか騒がれて、がんばれーと言われた。「好きな女子」がいることは、すごいこと。大人っぽいこと。いない奴はガキ。そんな感じ。
だから、お母さんが安心した、というのは、よくわからないけど、とにかくいいことのようだ。
「諒は? 好きな女子は?」
「…………よくわからない」
ある時、諒にコッソリ聞いてみたら、諒は慎重な様子で言った。
「一番好きなのは優真なんだけどな」
「ばーか」
可愛い可愛い諒。グリグリと頭をなで回してやる。
「そんなのオレだって諒が一番好きだけどさ~それは違うだろ~男なんだからさ~」
「そうだよね」
くすぐったそうに笑う諒。頭を撫でられて嬉しそう。昔から全然変わらない。
「オレは侑奈にしたぞ。侑奈、顔が可愛いからな」
「ふーん。そっかあ……」
すごいなあ、優ちゃんは。もう好きな人がいるんだあ、と、尊敬の眼差しで見上げてくる諒。やっぱり諒は可愛い。大切で大好きでたまらない。いつまでも一緒にいて、いつまでも守ってやりたい。オレが守ってやるんだ。
そう、思っていたのに……
6年生初めの身体測定で、諒がオレよりも3センチも背が高くなっていることが発覚した。背の順も、諒が一番後ろ、間に一人挟まって、3番目にオレ、になってしまった。
その後も、諒は一人だけ時間の進みが早くなったみたいに、どんどんどんどん背が伸びていった。成長痛で膝が痛くて、体育を見学することが何度もあったくらいだ。
そして、4月からずっと続いている風邪みたいな症状が、声変わりによるものだと気がついたのは夏になってからだった。元々そんなにお喋りではない諒は、声がひっくり返ることを気にして、ますます話さなくなってしまった。
華奢だった肩のラインも妙にしっかりしてきて、儚げだった面差しも大人びてきて……
(………どうしよう)
オレは焦っていた。
諒がオレの腕の中から出ていってしまいそうで……嫌だ。
***
6月下旬。体育の水泳授業の初日。
クラスのバカな奴ら数人が、諒の着替え用のタオルを取り上げようとしていることに気がついて、あわてて助けにいった。
諒の下半身は、オレ達とは違う大人びたものに変化していたので、みんな興味津々なのだ。
「そんなに人のもんみたいんなら、オレの見せてやろうか~?」
そういってふざけて皆を追い払い、何とか守ってやれたけど、諒はほとんど泣きそうだった。
その後の水泳の時間中も、奴らは、イヤらしい話をして盛り上がっていて、
「やべ~~女子の水着姿みてたら、オレ~」
「オレもオレも!」
ゲラゲラ笑いながら股間を押さえたりしていて……。
諒はオレの横に逃げてくると、オレの腕をぎゅっとつかんで、
「ああいうの、ヤダ」
ボソッと言って、唇をかんだ。
諒は下ネタが嫌いだ。そして、自分の体の変化もものすごく嫌がっている。オレも早く同じになって安心させてやりたいのに………
でも、こればかりはどうしようもない。
兄ちゃんに聞いた通り、好きな女の子(オレの場合は侑奈だ)のことを考えながら、自分で擦ってみているけれど、気持ち良いような気はしても、期待するようなことは何も起こらず………
そうこうしているうちに夏休みが始まった。
昨年同様、三人で侑奈の家で宿題をしたり遊んだり、プールにいったりしていたら、だいぶそんな変な悩みも忘れることができた。
諒のうちに泊まりにもいった。今年は、諒の両親が長期の海外出張で帰ってこないとかで、昨年よりももっとたくさん泊まることができた。こうして、ずっとずっと一緒にいられることが、何よりもすごく嬉しい。
そんな中………
その瞬間は、突然やってきた。
その思いは、オレの中にストンと落ちてきたのだ。
諒のことが好き。
恋愛感情として「好き」。
それは違う、諒は男なんだから「好き」なわけない。そう何度も否定しようと思ったけれど、体は正直だ。
あの時、一緒のベッドで寝ている諒を寝ぼけて抱きしめていることに気がついて……
そうしたら、腕の中にいる諒が、なんだか妙に色っぽくて……
(………もっと強く抱きしめたい)
そう思った瞬間、ジワリと下半身に熱が集まったような感覚がきた。
『やべ~~女子の水着姿見てたら、オレ~』
そう言ってふざけて股間をおさえていたクラスメートの姿がふっと頭に浮かぶ。
(ちょっと待てよ……まさかこれが勃つとかそういう……)
なんで今? なんで……
思いつつも、諒のオデコがギュッとオレの胸におしつけられていることに、ドキドキしてきてしまう。
(諒………)
可愛い可愛い諒……
ずいぶん背が高くなってしまったけれど、それでもやっぱりオレにとってお前は守ってやりたい相手で……ずっとずっとそばにいたくて……こうして抱きしめていたくて……
(………)
ますますウズウズするような感覚が増えていく。
(……触りたい)
けど、今、手を動かしたら諒にバレてしまう……
でも、でも、でも……
「………諒」
思わず声が出てしまい、あ、と思ったが遅かった。
諒はなぜか、びくっとビックリしたように体を震わせると、オレの腕から抜け出して、部屋から出て行ってしまった。
(なんで……?)
しばらく、ぽかん、としてしまったけれど、思いついてハッとする。
「……まさか、バレた?」
オレが今、勃ちそうになったことがバレたんだろうか……?
『ああいうの、ヤダ』
あの日、下ネタを言って笑っていた奴らのことを、眉を寄せて見ていた諒の言葉を思いだす。
「まずい……」
絶対に言えない、こんなこと。
というか、そもそも、この現象はなんだ。なんで諒を見て、諒を抱きしめて、勃ちそうになってんだオレ。おかしいだろ。諒は男なのに……
「………あ」
諒が戻ってくる音がしたので、慌てて諒の寝るスペースに背を向けて横になる。いつもは仰向けに寝るのだけれど、仰向けたら勃ちそうなのがバレそうなので、横になってすこし身をかがめて隠すようにする。
しばらくしたら、諒が布団に入った気配がした。
諒の熱量、諒の息使いが背中から伝わってきて、愛しい気持ちが溢れて、衝動が抑えられなくなり、こっそり下着の中に手を入れてみた。
(……あれ?)
今まで何度挑戦しても上手くいかなかったのに、今回はしっかりとした芯を持ち続けることに驚く。
(侑奈………じゃない)
頭の中に思い浮かぶのは、侑奈の白皙ではなく……
(諒……)
諒の笑顔、諒のぬくもり、諒の声……
諒は男なのに、だから違うのに。そう何度も否定したけれど、否定してもしても、打ち消す強さで熱を持ち続けるオレのもの……
(ああ、そうだよなあ……)
ストン、と落ちてくる思い……
それはずっと前から知っていたのに、ずっと気がつかなかったこと。気がつきそうになっても全力で否定してきたこと。
諒のことが、好き。
やっぱり出会いの<一目惚れ>は間違いじゃなかったんだ。
(………でも)
この気持ちは絶対に誰にも知られるわけにはいかない。だって、諒は男なんだから……
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お読みくださりありがとうございました!
上のお話の、諒視点が「5-1(諒視点)」になります。
今日が今年最後の更新でした。今年一年、本当にありがとうございました。
おかげさまでとってもとってもとっても幸せな一年となりました。
また来年もよろしければ、何卒何卒!!よろしくお願いいたします。
次回明後日……って、元旦!ですが、しれっと普通に続きを更新させていただく予定でございます。
皆様良いお年を……
今年一年本当にありがとうございました。
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