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BL小説・風のゆくえには~グレーテ30

2018年07月31日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【真木視点】


『真木さん、何だか辛そうだけど、大丈夫、ですか?』

 ビー玉みたいな目でこちらを見上げてきたチヒロ。初めて出会ったときには、そのビー玉には何も映っていなかったけれど、今では綺麗な色が煌めいている。

(この子には嘘をつけないな……)
 思い返せば、チヒロには素の自分をさらけ出してしまうことが多かった。そばにいることが当然のような、温かい優しいぬくもり。この子と離れるなんて考えられない。

 だから……だから。おれはこの道を行く。



***



 両家顔合わせ。

 俺の方は、両親と兄2人が出席する。母と仲の良い次兄が大阪から母のことは連れてきてくれるそうで、父と長兄は東京での仕事が終わり次第、こちらにくると言っていた。
 環の方は、父親だけだそうだ。母親は数年前に亡くなり、兄弟もいないらしい。環は父親を苦手だと言っていたけれど、父一人子一人ではなおのこと逃げ場がなくて大変だろう。環が結婚したい理由は、父の元から逃げ出したい、ということなのかもしれない。


 待ち合わせの30分前に店に着いたところ、環はすでに来ていて、オレンジジュースを飲んでいた。いつでもアルコールを摂取している彼女が珍しい。

「飲まないんですか?」
「さすがにまだ飲まないわよ」

 苦笑いした環。緊張しているのか顔が固い。

「こんな個室があったなんて知らなかったです」

 初めて通された店の奥の個室。広めで白基調ではあるけれど、3方壁に囲まれた空間は少し息苦しい。座る気にもなれず、意味もなく、壁に飾られた絵を一つずつ見ていたところ、

「失礼します」
 扉が開き、フロアマネージャーのミツルが入ってきた。手には俺が店に入った時に注文したシャンパンがある。

 ミツルは無言でテーブルの上にシャンパンのグラスを置くと、

「……環さん」
 すっと、環の真横に立って、静かに言った。「環様」ではなく「環さん」と。

「なに?」
 驚いた様子もなく、ミツルを見上げた環。
 しばらく無言で見つめあっていた二人。先に口を開けたのはミツルだった。

「何でオレじゃダメなんですか?」

 切羽詰まった声。そしてミツルは俺を指さすと、

「環さん、こんな人のこと別に好きじゃないでしょ? だったらオレでもいいじゃないですか」
「………」

 こんな人、とはずいぶん失礼な言い様だ。すっかりフロアマネージャーではなく、一人の男になっている。
 ミツルは真剣な表情のまま環に一歩近づいた。

「医者じゃなくちゃダメだっていうなら、オレ、これから医者になりますよ」
「なにそれオモシローイ」

 真面目なミツルに反して、環はあくまでヘラヘラとしている。

「面白くないです。本気です。医学部って6年でしたっけ? だからあと7年くらい待っててください」
「7年……私49になるわねえ」
「それが何か」
「…………」
「…………」

 また、無言になった二人。でもすぐに、環が「ダメダメ」とふざけたように手を振った。

「ダメだね。とにかくダメ。ダメダメ。ミツルは絶対にダメ」
「なんでっ」
「理由は簡単」

 環がピッと指さした。

「ミツルは私のこと好きだから」
「え」
「だから、ダメ」
「なんで……っ」
「なんでって」

 すっと真面目な顔になった環。

「幸せになれないから。私はミツルを抱くことも抱かれることもできない。だからダメ」
「じゃあ、嫌いになればいいですか?」
「…………」
「…………」

 三度目の無言の見つめ合い……
 今度も環が沈黙を破った。

「そんなの、無理なくせに」
「……っ」
「ミツルは一生私のことが好き。でしょ?」
「………」

 ぐっと唇をかみしめたミツル。
 環はオレンジジュースを飲み干すと、真っ直ぐにミツルを見上げている。

「じゃあ、オレはどうすればいい? あなたが他の男と結婚するのを黙ってみてろと?」
「何言ってんの? 男の子は紹介するのに、結婚は嫌なわけ?」

 環からの問いかけに、ミツルは眉を寄せた。

「そりゃそうですよ。分かってるでしょ? デートクラブは夢の世界。でも結婚は現実です。現実であなたが他の男のものになることに我慢ができない」
「意味分かんなーい。そんなの知らなーい」

 また、環の口調がふざけたものに戻ってしまった。

「そんなことより、飲み物持ってきて」
「…………」

 ミツルはふっと視線を外すと、「かしこまりました」と丁寧に頭をさげ、空いたグラスを手にとった。その手がわずかに震えていたことは見なかったことにしてやる。


「環さんは、あのフロアマネジャーの子を買ってたってことですか?」

 ミツルが出て行ったのを見届けてから言ってみると、環は軽く肯いた。

「10年くらい前かな……あの子がまだ大学生になりたてのころから、2年くらいね」

 10年……。なるほど、昨日ミツルは『真木様よりもずっと前から親しくさせていただいてますので』と偉そうに言っていたけれど、本当に『ずっと前』だったんだな。

「あの子、今ではあんなに落ちついちゃってるけど、10年前は田舎から出てきた男の子って感じですごく可愛かったのよ」
「…………」
「でも、まあ……ハタチになるころには、すっかり大人びちゃって。私が無理になっちゃってね」

 ミツルは大学在学中はデートクラブにも所属していたけれど、卒業してこの店に就職してからは除籍したそうだ。そして、デートクラブの管理を任されるようになり、今では環に男の子を紹介しているらしい。

(……歪んでるな)

 好きな女性に男を紹介する……。どんな心境だそれは。俺なら我慢できない。

「あの子ねえ。一生私のこと好きなんだって。私を満足させるためなら何でもするんだって」

 ポツン、と言った環。

「バカよねえ。あの子、今、28よ。いい加減、目覚ませばいいのに」
「…………」

 ああ……そうなのか、と思いついた。
 この結婚は、父親から離れるため、ということもあるのだろうけれど……、もしかしたら、ミツルから離れるため、でもあるのか? いや、もしくは……

「俺は、当て馬ですか?」
「え?」

 キョトン、とした環。無自覚なのか?

「おとなしくあなたに男を差し出してくるあの子に、一歩進ませるための、当て馬かな?と」
「………何言ってるの?」

 環の顔がこわばった。

「言ったでしょ? 私は成人男性は無理なんだって。一歩進まれたところで進むことなんてできないの」
「それは性行為の話ですよね? 人生のパートナーとして彼を……」
「綺麗ごと言わないでくれる?」

 バンッとテーブルを叩かれた音が室内に響いた。

「求められても応えられない辛さ、あなたに分かる? どんなに好きでも交わることのできない苦しさ、分かる?」
「…………」
「私はもう、その場その場だけの快楽を得られればいいの。そうやって生きてくって決めたの」

 涙目の環。
 ああ……そうか。前に「私は幸せになれない」と言っていたのはそういうことだったのか。

 けれども………

「『どんなに好きでも』って、それ、オレのこと?」

 聞こえてきた声にビクッとはね上がった環。俺は振り返って、入り口に立っているミツルに深くうなずいてやる。

「まあ、話の流れからしてそうなるね」
「ですよね」

 ミツルは環のために持ってきたオレンジジュースを静かにテーブルに置いた。

「環さん」
「……………」
「オレ、間違ってた? 環さんが満足できるならそれでいいって思ってたんだけど。まあ………ホントは嫌だったけどね」

 ミツルは優しい瞳を環に向けている。

「環さん。違う道、探させてよ」
「……………」
「オレ、一生、環さんのこと好きだから」

 そして、うつむいたままの環を包み込んだ。

「…………ミツル」
「うん」
「あんた、バカじゃないの?」
「うん」


 そして………と、思いきや。


「ええと? これはどういう状況?」
「!」

 突然聞こえてきた呑気な声に、環とミツルが飛び離れ、俺ものけ反ってしまった。いつの間に次兄が立っている。その上……

「もしかして『卒業』? やだ、英明ってば、花嫁取られちゃう側?」
「お………母さん」

 母もいたって呑気にそんなことを言いながら、部屋の中に入ってきた。


***


「なんかおかしいと思ってたのよね……」

 母が頬に手をあてながら言った。
 兄と環がそれぞれ『両家顔合わせ』中止の連絡の電話をするために、部屋から出ていったため、今、俺と母の二人きりだ。

「お見合いすすめようとしてた矢先に急に結婚する、だなんてタイミング良すぎるなあって……」
「…………」
「結婚に焦った英明が騙されたってこと? それとも、英明も納得の上? 私達を騙してたってこと?」
「…………」
「怒らないから正直に言って?」
「…………」

 子供の頃のように優しく言われて……もう、体中の力が抜けてしまいそうになる。

「あなたのことだから、何か理由があるんでしょう?」
「…………」

 こうやっていつも俺のことを信じてくれる母……

(嫌いになれたらいいのに……)

 でも、そんなことできない。俺は家族の期待を裏切るなんてできない。俺のお菓子の家。なんでも与えてくれた甘い甘い家……

 でも……

「俺……、本当は好きな人がいるんです」

 言えることだけを言おう。そう思って、なんとか言葉にする。

「そう……なの?」

 きょとんとした母にうなずいてみせる。

「でも、その人とは、結婚とかできなくて……それで……」
「不倫、とか、そういうこと?」
「………」

 ああ、なるほど。そういう発想になるのか。まさか相手が男だから、なんて思いもしないよな……。
 なんて余計に沈みそうになっていたところで、

「あ、もしかして」
 母がいきなり、パチンと手を叩いた。

「もしかして、『チヒロ』さん?!」
「!」

 心臓が止まるかと思った。何を……っ

「よく電話かかってきた人よね? やっぱりそうなんじゃないの。私言ったわよね?」
「…………」

 ああ、そういえば前に言われたな。『チヒロ』は男でも女でもある名前だ。母は当然、女性だと勘違いしていた。

「やっぱりね。あなた自分では普通にしてたつもりだったかもしれないけど、『チヒロ』さんからの電話の時、頬が上がってたわよ?」
「頬?」
「そう」

 母が妙に楽しそうにいった。

「あなた、昔から嬉しいことがあると、頬のあたりがあがるのよね。自分では隠してるつもりなんだろうけど、お見通しだから」
「え……」

 そう……そうか。さすがお見通し、だな。
 でも、その『チヒロ』が男だということまでは見通せないらしい……

「それで、どうするの?」
「どうする?」

 母を見返すと、母の真剣な瞳がそこにはあった。

「諦めるの?チヒロさんのこと」
「…………」

 諦める? そんなことするわけがない。俺はあの子の温もりを手放したくない。愛しいあの子とずっと一緒にいたい。

 でも、それは、この母を騙して隠れて関係を続けるということで……

 だから。俺は……俺は。

「俺……」

と、何かを言いかけたときだった。

「失礼します!」
「!」

 ドアが勢いよく開き、チヒロ本人が飛び込んできた。


***


 仕事着ではない、いつもの可愛らしい私服のチヒロ。ということは、仕事ではないということだ。

「真木さんっ」

 チヒロはツカツカとすごい勢いで俺の目の前までくると、

「真木さん。僕と逃げてください」

と、強い口調で言い切った。


(逃げる?)

 え? と戸惑っている俺にまた一歩迫ってきたチヒロは、今度は叫ぶように、言った。


「僕が真木さんのグレーテルになりますっ」
「………っ」


 グレーテル……
 お菓子の家の魔法使いに捕まった兄ヘンゼルを助け出した勇敢な女の子。

 チヒロの瞳は今までみたことがないくらいキラキラと輝いている。

(チヒロ……)

 その輝きに魅せられて動くこともできない……。

 と思っていたら、

「真木さんのお母さんですか?」

 チヒロがクルリと母の方を向いて、ピョコンっと頭を下げた。

「はじめまして。僕、宮原チヒロです。真木さんの恋人です」
「え?」

 目を見開いた母には構わず、チヒロは一気に言葉を発した。

「真木さんはおうちの人が大好きでおうちの人を悲しませたくないから僕のこと隠して環様と結婚するんですけどそれはとても辛そうなので僕が連れて逃げることにしました」
「え?」

 久しぶりに聞いたチヒロの平坦な一気喋り。言うだけ言うとチヒロは俺の腕を掴んだ。

「真木さん、行きましょう」
「待………、チヒロ君、行くってどこに?」
「分かりません」

 あっさりと言ったチヒロ。

「でも僕は真木さんと一緒にいられるならどこでもいいです」

 チヒロの黒々とした瞳がまっすぐにこちらをむいている。

「あ………、そう」

 そっか。そうだな……

 深く深く、うなずく。

 俺も君と一緒にいられるなら、どこでもいい。

 俺の勇敢なグレーテル。一緒にここから逃げ出そう。本当の俺になって。そうすれば、もう、隠れる必要なんてなくなるんだ。

「チヒロ……」

 ぎゅっと抱き寄せる。愛しい愛しい温もり。何があっても、絶対に離さない。



「で? だから、これはどういう状況?」
「………………あ」

 先ほどとほぼ同じセリフを次兄に投げかけられるまで、俺はすっかりこの場に母がいることも忘れて、チヒロのことを抱きしめ続けていた。



***


 1ヶ月後。
 いつものバーでチヒロと待ち合わせをした。

 チヒロが来るまでの間、いつものように、カウンター席でバーのママと話をする。

「それで、出発はいつ?」
「来月の頭には」
「そう……さみしくなるわ」

 ママが残念そうに言ってくれたのに、ニッコリと微笑みかける。

「帰国した時には必ずくるよ。だから長生きして」
「なにそれ失礼!まだそんなこと言われる歳じゃないわよ!」

 ぷんぷん、と言葉に出していうママ。と、そこへ、

「真木さん、ママを口説くのやめてくれる? チヒロに言い付けるよ」

 ムッとしたコータに咎められた。現在、コータはママを口説いている真っ最中だそうで、「迷惑してるの」とママは言っているけれど、まんざらでも無さそうだ。


 人生何が起こるか分からない。


 古谷環とミツルがどうなったのかというと……………どうもなっていない、らしい。ただ、環はデートクラブの利用をやめたそうだ。

「まあ、進む道、ゆっくり見つけるわよ」

と、環は言っていたけれど、どうするつもりなのかは知らない。

 父親には、俺との結婚が破談になった理由を「やっぱり何か違う気がする」と説明したそうで、「お父さんが結婚を急かせるからこんなことになった」と、父親に責任転嫁して、大喧嘩になり、今は冷戦状態、だそうだ。

「結果的に良かったわ」

 環はそう言って「ありがとう」と結んだ。だからそれで良しとする。


 一方、俺の方はというと、あの後、父と長兄にも店に来てもらい、チヒロを紹介した。
 その結果、父は黙認、母は容認、長兄は反対、次兄は応援、となった。

「せめて子供達が大人になるまでは、隠してほしい」

 そう、長兄に言われ、家族内で話し合った結果、渡米を決めた。
 その後、高校時代の友人のツテで、製薬会社に就職も決まった。医師の仕事に意欲の面で精神的限界を感じていたので、ちょうど良かったのかもしれない。

「僕は真木さんと一緒にいられるならどこにでも行きます」

 チヒロは、渡米の件もアッサリと了承してくれた。

 チヒロ君のやりたいこともあちらで見つけられるといいね、と言うと、

「僕のやりたいことは、真木さんを癒すことです」

と、またアッサリと言った。そして、

「だから、アロマセラピーの勉強をしたいです」

と、付け足した。そういえばチヒロは「匂い」に敏感だった。以前、俺の好きなところを聞いたら「匂い」と言っていたくらいだ。

「それはいいね」
「真木さんのことたくさん癒します」
「充分、癒されてるよ?」

 チュッとキスをすると、チヒロは嬉しそうな笑みを浮かべて………



「真木さん?お待たせしました」

 トン、と腕に温もりを感じて振り向くと、俺の愛しいチヒロが立っていた。

「真木さん、頬が上がってました。何か嬉しいことがありましたか?」

 小首をかしげたチヒロ。頬の件は、母から聞いたらしい。

「嬉しいこと、あったよ」

 腰を抱いて引き寄せる。

「君に会えた」

 そう。君に会えた。俺のグレーテル。本当の自分でいる勇気をくれた大切な人。

「僕も真木さんに会えて嬉しいです」

 ニッコリとしたチヒロが可愛すぎて、我慢できずにこめかみにキスすると、

「イチャイチャするなら帰って!」
「イチャイチャするなら帰れ!」

 ママとコータに同時に怒られた。そのシンクロ具合に笑ってしまう。

「じゃ、行こうか」
「はい」

 そうして並んで歩き出す。
 行き先はどこでもいい。二人で一緒にいられるのなら。

「チヒロ……大好きだよ」

 そっと頬にキスをすると、チヒロは蕩けるような笑みを浮かべてくれた。





---


お読みくださりありがとうございました!
ついつい長くなってしまいました(^-^;

で。これで終わりも寂しいので、エピローグをくっつけることにします。
あと一回、お時間ありましたらお付き合いいだけると幸いです。
金曜日更新予定です。


クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!
おかげで最終回までこぎ着けることができました。本当にありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします!

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BL小説・風のゆくえには~グレーテ29

2018年07月27日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【チヒロ視点】


 フロアマネージャーのミツルさんから追加の買い物のリストを受け取って、真木さんと一緒に買い物に出かけた。
 ミツルさんと真木さんは何だか険悪な雰囲気だったけれど、それよりも気になる事がある。

『明日、ご予約承っております。両家の顔合わせをなさるということで』

 ミツルさんが真木さんに言った言葉……。これは、やっぱり、本当に本当に真木さんと環様が結婚するってことで……

 そんなことを悶々と思いながら、黙って真木さんの横を歩いていたら、

「チヒロ君」

 突然、真木さんが立ち止まった。

「こないだ電話で、会った時に話すって言った話、するね?」

 人通りの少ない道だけれども、シャッターの閉まったお店の前に寄せられた。

 しばらくの沈黙の後、

「俺、古谷環さんと結婚するから」

 真木さんが、ポツリと言った。

「環さんとは利害が一致してね。お互い、家のためというか……世間体のために結婚するんだよ」

 淡々としてるけど、何だか辛そうな真木さん……

「でも、お互いのプライベートには口出ししない約束になってるから、チヒロ君と恋人を続けることはできる」

 真木さんの瞳がまっすぐこちらに向いた。

「チヒロ君、それでいい?」
「え………」

 えと……えと……

「僕は真木さんの恋人でいられるなら……」
「良かった」

 ニッコリとしてくれた真木さん。でも……

「真木さん」
「なに?」

 引き続き微笑んでいる真木さん。でも……

「真木さんは、それでいいんですか?」
「…………え?」

 大きく見開かれた真木さんの目に問いかける。

「真木さん、何だか辛そうだけど、大丈夫、ですか?」
「…………」
「…………」
「…………」

 真木さんは時間が止まったみたいに、動かなくなって……、それから、大きくため息をついた。

「辛そうに見える?」
「はい。とても」

 正直に答えると、ぽん、と頭に手をのせられた。その温かさが嬉しい。でも、真木さんは真面目な顔をしたまま、言葉を継いだ。

「俺はね……これが最善の道だと思ってる。家も裏切らない。君にも会える。だから……」
「家……、お菓子の家?」

 ふと、以前話したことを思い出して言葉に出すと、真木さんはちょっとビックリしたような表情をしてから、くしゃくしゃと僕の頭を撫でた。

「そうそう。お菓子の家。でも、俺は魔女を倒したりしないよ。うちの魔女はとてもいい人達だからね」

 いい人達……。それならどうして、真木さんはこんなに辛そうなんだろう?

「ああ、ごめん、髪の毛せっかくセットしてたのに、崩しちゃったね。直すよ」
「あ……はい」

「仕事仕様の君もなかなかそそられるね。結婚の件が落ちついたら、仕事仕様の君とデートしたいな」
「…………」

 真木さん……笑ってるけど、笑ってない。

「君は何がしたい?」
「僕は……」

 ああ、こんな時、僕は何をしてあげられるんだろう……

「僕は……真木さんのことマッサージしたいです」
「…………そう。それは嬉しいな」

 真木さんの手が、そっと僕の頬を撫でてくれた。

 僕は真木さんのために、何ができるのだろう……



***



 次の日。

 夜に、真木さんと環様の『両家顔合わせ』が行われるらしいけれど、僕は仕事がお休みなので見ることはできない。でも、見れなくて良かった、と思う。真木さんと環様はお似合いなので、見ているとどうしてもモヤモヤしてしまうのだ。


 夕方になって、ママがうちに来た。
 一応、10年待ち続けた人なのに、正直、有り難みがなくなっている。それはアユミちゃんも同じなのか、最近では「何しに来たの?」とちょっと迷惑そうに言ったりする。

 でも、それもそのはず。ママが来るとろくなことがない。何か食べさせてとか、洋服貸してとか、カバン貸してとか、アユミちゃんは散々被害を受けている。

 でも、今日のターゲットは僕だった。不機嫌そうに眉間にしわを寄せたママに詰めよられた。

「チーちゃん、明田様のこと断ったんですって?」

 肯くと同時に、盛大にため息をつかれた。

「どうしてそういうことするの? こんなチャンス二度とないかもしれないのに」
「でも……」
「何よ?」

 苛ついたママの口調に反射的に身がすくんでしまうと、ママは更にイライラしたように、

「あーあ、あんな条件のいい人なかなかいないのに。もったいない」
「でも……」
「でも、何?」

 強く言われて、何も言えなくなってしまう。すると、ママはまたため息をついた。

「いい加減、その口下手なところ、どうにかならないの? 中学生じゃないんだから」
「……………」
「これじゃ、たとえデートしたとしても呆れられちゃうわね」
「……………」

 でも、真木さんは、僕が無口なところ、気に入ってくれてる。

「あいかわらずチヒロはダメな子ね。まあ、また紹介してあげるから、今度はちゃんと頑張りなさいよ? ………ねえ、聞いてる?」

 黙っている僕にますます苛ついたように、ママが僕を小突いてくる。

「お店の仕事もしっかりね? あんたなんかどこも雇ってくれないわよ? ああもう……モデルの事務所辞めさせられた後、ママがいなかったらどうするつもりだったの?」
「……………」

 真木さんは、事務所をやめることになった時、真剣に言ってくれた。

『一緒に考えよう。君がこれから何をしたらいいのか』
『そうだな……好きなこととか得意なことを活かした仕事につけたら一番いいんだけど……』

 それなのに僕は、結局ママの言うなりに今のお店で働くことにした。
 別に、今の仕事が嫌なわけじゃないし、仕事なんてなんでもいいんだけど、でも……

(真木さん……)

 今さら、本当に今さら、気がついた。
 真木さんは、僕のこと、全部包み込んでくれていた。僕の将来のことまで、一緒に考えようとしてくれた。

(真木さん……僕は……僕は……)

「チヒロ!聞いてるの?」
「!」

 目の前にママの瞳。小さい頃からずっとこの瞳の言うことを聞いてきた。

 でも……でも。真木さん。僕には真木さんがいる。真木さんはママと違う。自分の考えを押し付けたりしない。僕自身の生きる道を考えてくれてる。

 だから……だから。

「僕には恋人がいるので紹介されてもデートはできません」

 ハッキリと、キッパリと宣言してやる。
 ママが「は?」と言って固まっているけれど、気にせず続ける。

「僕は恋人以外とそういうことしたくないし、それに、お店のお給料だけで充分足りてるし、花岡さんも無理してやることないって言ってくれたし、それに………」
「チヒロ!」
「!」

 バシャッと手元のお茶を顔にかけられた。生ぬるいお茶だから熱くはなかったけれど、アユミちゃんがビックリしたように悲鳴をあげた。

「チーちゃん!大丈夫?! ちょっとママ!」

 アユミちゃんがママをキッと睨んでから、僕にティッシュを取ってくれた。

「チーちゃん、髪も濡れてる。お風呂入ってきな。もうママっひどいよっ」
「…………アユミちゃん」

 初めてだ。子供の頃、アユミちゃんは僕がママにつねられたりするのを、嬉しそうに眺めていたのに、こんな風に怒ってくれるなんて……

 アユミちゃんは変わった。容姿だけじゃなくて、心の中も。それはやっぱり、真木さんのおかげなんじゃないかなって思う。真木さんのおかげで、ナンバー3になれて、アユミちゃんは変わった。アユミちゃんも、真木さんと出会えて良かった。

(全部、真木さんのおかげだ……)

 アユミちゃんとママの喧嘩を背中に、僕はお風呂に向かった。

 
***


 シャワーの隣についている鏡に映る自分の姿をジッと見つめてみる。少しだけ太った気もするけれど、まだ骨が浮いている。
 真木さんが最後までしてくれないのは、まだまだ痩せてるからかな……

「……真木さん」
 真木さんが教えてくれたように、自分のものを手に取ってみる。

『可愛いね』
 耳元で何度も言ってくれた言葉が頭の中で再生されて、へにょんとしていたものが力を持っていく。

『チヒロ君、鏡見て? 気持ちよくなっていくところ、覚えて?』
 真木さんが教えてくれたこと、真木さんの手を思い出しながら、動かしていく。緩やかに快楽が迫って来る……

 今までは一人でできなかったこと、真木さんが教えてくれたからできる。

 僕は今まで何も一人でできなかった。お仕事もママに言われたからやっていて、学校の勉強もいつもあゆみちゃんに助けてもらっていた。周りにいわれるまま、自分では何も考えないでずっと生きてきた。『チーちゃんはママのいう通りにしてればいいのよ』と、小さい頃から言われ続けてきたから。

 でも……違う。もう、そうじゃない。
 僕はもう、自分の意思で自分の道を選べるんだ。

「………………んっ」

 白濁が勢いよく鏡に向かって吐き出された。ドロッと落ちていく……

(……………出来た)

 それが床に落ちるのを確認してから、ふううっと大きく息を吐いた。 

「真木さん……」

 僕、一人で出来たよ。真木さん。
 真木さんのおかげで、出来たよ。
 真木さんのおかげで、色々なことを知ったよ。

「だから真木さん」

 今度は僕が、真木さんのために出来ることをしたい。辛そうな真木さんを救いだしたい。




 お風呂から出たら、ママはもういなくて、アユミちゃんだけが、野菜ジュースを飲んでいた。アユミちゃんは週の半分は夜ご飯をこのジュースで済ませてしまう。

「アユミちゃん」
「何?」

 振り向いたアユミちゃんはいつもより優しい目をしていた。

 その瞳に決意表明をする。

「アユミちゃん………僕、行ってくる」
「………。略奪?」
「うん」

 アユミちゃんが前に言ってくれた。

『真木さんのこと、奪う覚悟があるなら、早めに奪いなよ? 結婚してからじゃ、不幸な人が増えるだけだよ』

 だから、今晩がラストチャンスだ。
 真木さんの辛そうな瞳、僕が救う。でもそうすることでお店に迷惑がかかるかもしれない……

「…………。アユミちゃん、もしかしたら僕、お店辞めることになるかもしれない。そうしたらママがすごく怒るかもしれないけど……」
「そしたらチーちゃん、この家出ていっちゃえばいいよ」

 あっさりと言ったアユミちゃん。

「さっきね、ママ、なんて言ったと思う? 『やっぱり男の子は手元から離れていくからつまらない。アユミを生んでおいて良かった』だってさ!」

 あはははは、とアユミちゃんは、わざとらしく笑った。

「小さい頃、さんざん蔑ろにしておいてよくいうよね。ホント勝手」
「アユミちゃん………」
「だからさ」

 アユミちゃんがグーで胸のあたりを突いてくれた。

「チーちゃん、ママのことなんか気にしないで大丈夫。この家に帰ってくる必要もない」
「……………」
「奪っちゃいな」
「…………。うん」

 二ッとしたアユミちゃんに、コックリとうなずく。

 僕は行く。真木さんをお菓子の家から救いだす。

 僕が、真木さんのグレーテルになる。




---


お読みくださりありがとうございました!
ようやく表題「グレーテ」にたどり着きました。
次回最終回(たぶん💦)
火曜日に更新予定です。お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。

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BL小説・風のゆくえには~グレーテ28

2018年07月24日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【真木視点】


『真木さんもお幸せに』

 そう言ってくれた慶の笑顔が頭から離れない。

 それは慶に対する未練とか劣情とか、そういうものではなく、彼のあの真っ直ぐな瞳に恥じない道を、俺は選んでいるだろか?という疑問……焦り、みたいなもののせいだ。


 環との結婚で得られるものは大きい。
 両親を安心させられる。周りの圧力から逃げられる。社会的信用を得られる。そして何より、妻公認で男の愛人を持つことができる。

 それが、俺とチヒロの幸せな将来なのだと信じて、1ヶ月もチヒロに触れることなく計画を推進してきた。

 でも………

『お幸せに』

 幸せ………幸せ?

 両親を騙し、兄達を騙し、世間を騙し、人の目から隠れて二人の世界を作ることが、俺の……チヒロの幸せになるのだろうか?



***



 5月の連休中に、両家顔合わせをすることになった。早くした方がいい、と強く言ったのは、次兄の嫁の智子さんだ。

「子供のこともあるしね。お母さんも、英明君の子供、早く抱きたいでしょ?」

 智子さんは兄の一つ年下だけれども、姉さん女房の風格を漂わせたシッカリ者だ。言いたいことをなんでもハッキリと言う。

 母も「そうねえ」とおっとりうなずいていたので、

(結婚の次は子供か………)

と、内心うんざりしながら、俺も「そうですね」なんて適当に言っていたのだけれども………

「今日、智子さんが言ったこと、気にしないでね」

 その日の晩に珍しく母が俺の自室にやってきて、困った感じに言ってきた。

「友達とかはね、孫は可愛い、孫は可愛いっていうんだけど、私は正直言って、子供の方が可愛いのよね」

 お兄ちゃん達には内緒よ?と、苦笑した母。

「やっぱり孫はお嫁さんのものって感じがしてねえ。もしかしたら、娘の子供だったらもっと可愛かったのかしらね?」

 母は、冗談めかして言ってから、すっと真面目な顔に戻った。

「私は、英明が幸せならそれでいいから」
「…………っ」

 母の言葉に、胸が詰まったようになる。

 母はいつもこうして、俺のことを見守ってくれていて………

(嫌な人だったらいいのに)

 時々、思う。
 憎い。顔もみたくない。と思うくらい嫌な人になってくれたら、俺はこの家から出ていって、二度と戻ってこない、という選択ができるのに。

(失望させたくない。悲しませたくない。心配かけたくない)

 居心地の良い俺の家。小さな頃からたくさんの愛に包まれていた。

(本当に、お菓子の家だな………)

 ありったけの愛情。ありったけの財力。これだけのものをもらったのに、逃げ出すなんて出来るわけがない。俺はこうして殺される。

(でも……)

 環との結婚を選べば、チヒロと会うことはできる。まわりに隠れてだけれども、会うことはできる。それはたぶん幸せな未来……?


『真木さんもお幸せに』
『私は、英明が幸せならそれでいいから』


 幸せ……幸せ。
 幸せって、なんなのだろうか。



***



 顔合わせ前日。俺だけ一日早く上京して、チヒロの勤めるバーを訪れた。
 母が顔合わせの場所にここを希望したため、明日も来るというのに、今日もまた来てしまったのは、チヒロの姿を一目でもいいから見たかったからだ。

(依存症だな。本当に………)

 自分でも呆れながら、店のある階のエレベーターを降りたところ……

「!」
「あ!」

 偶然、当の本人が立っていた。それで、

「真木さん!」

 キラキラッと嬉しそうに目を輝かせられてしまっては……、抱きしめるな、という方が無理な話だ。



「チヒロ……っ」 
 ぎゅうっと力強く抱きしめる。と、チヒロもグリグリッと額を押し付けてきた。

「真木さん。真木さん……」

 チヒロの甘い声。この一ヶ月の間に一度だけ聞いた店用の他人行儀な声ではなく、チヒロの本当の声。単調だけどその中に含まれる甘さを俺だけが知っている。

「チヒロ君……少し太った?」
「はい。真木さんと恋人続けられるためにいっぱい食べてます」
「………そっか」

 ああ、良かった。この子はまだ俺の恋人のつもりなんだ。

 俺らしくもなく、そんなことを思ってしまった。俺も相当弱気になっているな……

「チヒロ君」
「はい」

 見上げてきたチヒロの黒々とした瞳。キスするな、という方が無理な話で……

「チヒロ」
「ん」

 ちゅっと軽く唇で唇に触れる。と、チヒロが蕩けるように微笑んだ。

(ああ、欲しい………)

 この子が欲しい。この子と共に生きたい。このままどこかに連れ去って、それで……それで。

(なんて、できるわけがない)

 でも…………でも。

 俺は………俺は。

「チヒロ君……このまま二人で逃げようって言ったら……」


 君はどうする?


 そう、真剣に聞いたけれど、チヒロはキョトン、として、

「今、お買い物を頼まれて買いにいくところなので、それを済ませてから早退できるかどうか確認してみますが、今日は人数が少ないからちょっと難しいかもしれません」
「………………」

 まあ、相手はチヒロだ。そう言うだろうな……

 笑いたくなってくる。

「……じゃ、せめて買い物、俺も一緒にいくよ」
「え!」

 またキラキラと瞳が輝いた。

「嬉しい。真木さんと一緒に買い物なんて」
「……………」

 そういえば、チヒロと会うのはいつもホテルの部屋の中で、行っても時々外食をするくらいだ。

(これからも、そうなるのか……?)

 家族の目から、世間の目から隠れて、こうしてコッソリと………

 それで良いのか?
 チヒロ、君はそれで………

「ねえ、チヒロ君………」

と、言いかけたときだった。

「失礼します」

 冷たい声に遮られた。

「うちのスタッフに手を出すのはお止めください」
「……………」

 振り返ると、フロアマネージャーの男の子が立っていた。

「先日もお伝えしましたが、ヒロはリストには入っていません。火遊びがしたいということなら、リストをお持ちしますが」
「………………」

 本人は冷静なつもりかもしれないけれど、明らかに声に怒気が含まれている。

(何なんだろうな……)

 前から思っていたけれど、この子、俺に対する態度が他と違う。

「………。別に火遊びするつもりはないよ」
「そうですか? 奥様は今日も火遊びなさってるので、別にしても大丈夫だと思いますよ?」
「……………」

 敵意があからさまになってきたな………

「まだ奥様じゃないよ?」
「でも近々奥様になるんですよね?」
「……………」

 ジッとまっすぐこちらを見つめてくるフロアマネージャー。地味だけれども、なかなか綺麗な顔をしている。

「明日、ご予約承っております。両家の顔合わせをなさるということで」
「……………」

 環、そんなことまで話しているのか……

「………君と環、仲が良いよね」
「はい。真木様よりもずっと前から親しくさせていただいてますので」
「……………」
「……………」

 ああ、そうなんだ。

 ふっと笑いそうになってしまう。

 この子、環のことが好きなのか………


---


お読みくださりありがとうございました!
次回、金曜日に更新予定です。お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。

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BL小説・風のゆくえには~グレーテ27

2018年07月20日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【真木視点】


 2003年4月28日。
 慶の20代最後の誕生日の夜、当直勤務中の慶に会いに行った。

 思えば半年ほど前、慶に触れられない苛立ちを癒すために、チヒロを求めたのだった。でも今日は、チヒロに会えない淋しさを慶で紛らそうとしている。
 たったの半年で、こうまで変わるなんて、人生何が起こるか分からないものだ。



 あいかわらずの美青年の慶は、俺の姿を見つけると、サッと走りよってきて、いつものキラキラした瞳を向けてきた。

「真木さん!お久しぶりです!」
「………………」

 う、と詰まりそうになる。そのキラキラは本当に凶器だって……。

「慶君、誕生日なのに当直なんだね。彼女かわいそうに」

 くらくらするのを誤魔化すために茶化していうと、慶はほんの一瞬だけ、唇をかんでから、ちょっと笑った。

「どうせ会えないからいいんです」
「え?」

 会えない?

「なんで? 何かあった?」
「………あー、あのー……」

 慶は頬をかくと、他のスタッフに背を向けて、俺だけに聞こえるように、小さく言った。

「あいつ今、アフリカにいるんです。だから現在、遠距離恋愛中、です」


***


 渋谷慶の親友兼恋人、桜井浩介は、4月のはじめからケニアに行っているそうだ。

「慶君、よく許したね」
「まあ……あいつの気持ちも分からないでもないというか……」

 誰もいない休憩室の隅で缶コーヒーを飲みながら、慶はポツリと言った。

「おれもあいつも一人前になりたいんです。だから、一人で頑張ることにしたんです」

 慶の瞳の奥に熱い光が灯っている。何だろう。この輝き。俺には仕事にそんな情熱、一生持てない気がする……

「だから、あいつが帰ってくるまでに、おれも一人前の医者にならないと、と思ってて」
「えー……」

 何だかなあ……と思わず呟くと、慶が「何ですか?」と首をかしげたので、

「俺はそんな風に恋人と離れるなんて無理。と思って」

 正直に言う。と、慶がキョトンとした。

「あれ?真木さんって恋人いるんでしたっけ?」
「………………いるよ?」

 今は会えないけど。会えなくて辛くて、気を紛らすためにここに来たのに、やっぱり思い出して淋しさが増してる。
 そんな内心を隠して「最近出来たんだよ」と付け加えると、

「おお~。どんな人ですか?」
「どんな人………。うーん……そうだな………」

 どんな人、と言われたら、どんな人、と答えればいいのだろうか? チヒロはどんな子だ? チヒロは………

「俺のこと癒してくれる子、だよ」

 最高の癒しをくれる子。いつでも一緒にいたい。抱きしめてこの手から離したくない。そんな風に思った初めての子。

「………真木さん、幸せそうですね」
「え」

 慶がふわりとした笑顔でこちらを見ている。

「いいなあ。おれも浩介に会いてえなあ……ってまだ1ヶ月もたってないのに、何言ってんだって話ですね」

 あはは、と笑った慶。感心してしまう。

「君達は強いね。それが11年半の絆なのかな?」
「ですね。あ、親友歴は13年ですけどね!」

 自慢気に言う慶は、やっぱり天使のようにかわいらしい。なんだか少し元気をもらえた気がする。

「じゃあ、頑張ってね」
「はい! 真木さんもお幸せに」

 慶は最高の笑顔で、俺を見送ってくれた。

「お幸せに……か」

 慶と浩介の選んだ道は茨の道だ。でも、その先に幸せがある、と慶は信じている。その強さが眩しい。

 俺も『環との結婚』という道が最良だと思って、この1ヶ月ほど動いてきた。

「………幸せ?」

 しかし、それで俺とチヒロは本当に幸せになれるのだろうか……?


***


 環との結婚話は、計画通り順調に進んでいる。

 まずはじめに、母と仲の良い次兄に電話で相談し、取り急ぎお見合いの話をストップしてもらった。まだ先方にきちんと話をする前だったそうで、「ギリギリセーフ」と次兄には言われた。迷惑をかける前に話ができて良かった。

 その後、長兄とあの店で食事をした。

 長兄と環は数年前に、ある先生の還暦祝いのパーティーで一緒になったことがあるそうだ。その席で環に絡んできた男を兄がうまく追い払った、というのが、環が言うところの「借りがある」の話らしい。

 普段厳しめの長兄も、環の前では穏やかだった。

「あの時、『弟さんが一人の女性に落ち着かないのは、運命の相手に出会えていないからじゃないですか?』なんて言ってた古谷先生が、英明の運命の相手だったとはね」
「お兄さんより歳上でごめんなさい」

 環が言うと、兄は「たったの一歳でしょう」と苦笑した。

「両親も会いたがってるから、大阪の家に是非遊びにきてください」
「はい。是非」

 涼やかに微笑む環は、やはり相当の美人だ。その上、聡明で話も上手い。きっと両親も次兄も気に入るだろう。

 あとは、俺が環の父親の眼鏡にかなうかどうかだったが、それもその数日後に無事クリアした。

 環は父親と会っている間、ずっと顔を強ばらせていて、

「苦手なのよ」

 父親が帰った後、吐き捨てるようにそう言った。環の父親は、愛想が良くにこやかなのに、目の奥が笑っていないような人だった。ちょっと何を考えているのか分からない感じだ。娘の結婚相手を値踏みしているせいかと思ったけれど、環に言わせると「いつでもそう」らしい。

「………で、約束通り、話してもらえますか?」

 環に切り出してやったのは、環の性的対象の件だ。ずっとはぐらかされていて、先日ようやく「父親に会ってから」という約束を取り付けていたのだ。

「話すけど…………」

 環は眉間の皺をますます深くして言葉を継いだ。

「聞いて、やっぱりこの話なかったことに、とか言わないでよ? もう後戻りできないからね?」
「わかってますよ」
「引くと思うけど、本当に……」
「だからわかってますって。覚悟はできてますよ」

 こっちだって、後戻りなんかできない。環がどんな嗜好を持っていようが受け入れてやる。

 ジッと見つめてやると、環は大きく息をはいてから……ポツリ、と言った。

「エフェボフィリア、というと若干語弊があるんだけど……」
「……………」

 エフェボフィリア。

「ああ……なるほど」

 17才以下のティーンエイジャーにしか興味がない、ということだ。それで、俺は性的対象から完全に外れているって言ったんだな。

(別に引きはしないが……)

 その欲望を忠実に実現しようとすると、犯罪になる。……と、

『私のは……絶対に幸せになれないやつ。だからギリギリのところで、あの店利用してるってわけ』

 ふっと思い出した環の言葉。あれはどういう意味だ?

 疑問を口に出してみると、環は苦笑いを浮かべながら、言った。

「この店ね、裏ではデートクラブもやってるのよ」
「え」

 デートクラブ?

「そこで一応18歳以上で、そうは見えない男の子を指名してるってわけ」
「ああ……なるほど」

 それで、ギリギリのところでってことか。
 俺が咎めることがないことに安心したのか、環がホッとしたように言った。

「真木君も興味あったら、リスト持ってきてもらおうか? ここはどんな嗜好も法律内でなら叶えてくれるよ?」
「いや、俺は……」

 首を振ろうとして……ふと嫌な考えに囚われ、止めた。

(まさか……チヒロもリストに入ってたりしないよな?)

 まさか……まさかな。

「……やっぱり、見せてもらっても?」
「りょーかい。……ミツー?」

 慣れた調子で環がフロアマネージャーを呼んでいる。

(………不安だ)

 せっかく良い職場だと思ったのに、やっぱり裏があったな、と思う。やはり、あのチヒロの母親は信用できない。



---


お読みくださりありがとうございました!
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BL小説・風のゆくえには~グレーテ26

2018年07月17日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【チヒロ視点】


 真木さんが結婚する、らしい。
 それはきっと、家の事情で決まったことで、真木さんの望みではないと思う。思うけど……

(幸せそう……)

 お相手の環様は長身の美人で、真木さんととてもお似合いで、二人はどこからどうみても幸せなカップルで。

 でも。でも……

『こうして声を聞いたりしたら、会いたくて我慢できなくなるから、電話もしないよ』

 真木さんは切ない声で言ってくれた。

『また、連絡する』

 そう約束してくれた。
 だから僕は真木さんからの連絡を待っている。


***


「チーちゃん♥」

 語尾に♥をつけてママが言ってきた。こういうとき良い話だったことはない。

「花岡さんに聞いたわよ? デートクラブの方も誘われたんだって?」

 花岡さん、ママには内緒って言ったのに、自分が話してる……

「ママは反対。自分の子供にそんな危険なことさせられない」

 そう言いながらも、ママ、笑ってる。何がいいたいんだろう?と思ったら、ママがずいっと顔を寄せてきた。

「でもね、チーちゃんにピッタリの相手に出会わせてくれるっていうなら話は別よね? お見合いみたいなものだものね?」
「……………?」

 サッと前に出されたのは一冊の雑誌。写っているのは、時々お店で見かける明田様。スポーツジムを経営している、ガタイの良い40代の男性。こうして時々、雑誌に載ったりテレビに出たりする人だ。

「この明田さん、チーちゃんとすぐにでもデートしたいって言ってるらしくて」
「…………」
「チーちゃん、とりあえず一度、デートしてみたら?」

 ママはピッと人差し指を立てた。

「お食事したり、お酒飲んだり、色々、ね?」
「…………」

 色々。さっきママは「危険」って言った。先日花岡さんに、女性経験・男性経験の有無を聞かれた。ということは、その色々っていうのは、体の関係を持つってことだ。

「あのね、明田様には新店の出資をお願いしようと思ってるの。だからチーちゃんからもお願いしてほしいなって思ってて」
「……………」

 お願い、は今までアユミちゃんのために、色々な男の人にしてきた。最後にお願いしたのは、真木さんだ。でも真木さんは僕に体の関係なんて求めないで、マッサージを依頼してくれて……

(……真木さん)

 僕にマッサージされながら、気持ちよさそうに眠ってくれた真木さんの姿を思い出して、胸がキュッとなる。

 真木さんの大きな体。吸い付くみたいな肌。抱き締めてくれる力強い腕……

 ああ、真木さんに会いたい。
 僕は、真木さんと一緒にいることが一番の望み。真木さんと一緒にいることが幸せ。真木さんと溶け合って、ずっとずっと一緒にいたい。

『そういう幸せ知っちゃったら、もう、お小遣い稼ぎに他の人と……とか出来ないんじゃない?』

 ふっと思い出した友達のコータの言葉。あの時はよく分からなかったけれど……

『チヒロ、そういう気持ち、何ていうか知ってる? 嫉妬。独占欲。情熱。……恋、だよ』

 そうだね、コータ。
 僕はもう、知っている。コータの言うとおりだ。

 僕は真木さんに『恋』をしている。
 そして、今は真木さんの『恋人』だ。

 だから、仕事であっても、他の人と関係を持ったりしたくない。

 たとえ、それがママの希望であっても。



***


 花岡さんに、デートクラブの件をちゃんとお断りした。怒られるかと思ったけれど、「りょーかい」と軽く肯かれて驚いた。

「大丈夫だよ」
 戸惑っている僕に気が付いた花岡さんがニッコリと言ってくれた。

「うちは秘密厳守のデートクラブだからね。嫌々働いたりしたら、必ず綻びがでるから。皆が納得した上で働いてもらうようにしてるんだよ」

 気が変わったらいつでも言ってね、とアッサリと言われて拍子抜けしてしまった。

「もし、迫られて困ったりしたら、ミツルに助けてもらって?」

 ミツル……フロアマネージャーのことだ。

「あいつそういうの慣れてるから」
「???」

 どういうことだろう? 
 という疑問は、ちょうどこの日、明田様のテーブルについてから解消された。明田様にあからさまなボディタッチをされて困っていたところ、フロアマネージャーがうまく断ってくれたのだ。

「ああいうのも上手くかわせるようにならないといけないよ?」

 控え室で二人きりになったところ、そう注意された。フロアマネージャーはいつも淡々としていて涼し気でカッコいい。この落ち着きで、まだ28歳だと言うからビックリする。

「デートクラブ、断ったんだって?」
「………………はい」

 スタッフにも内緒、と言われていたけれど、フロアマネージャーは知っている話らしい。素直にうなずくと、

「だったら余計に。さっきみたいに、お客様に変な気を持たせたりしないように」

 変な気……。そんなつもりはなかったのに……。
 うーん……と、思って俯いていたら、フロアマネージャーが淡々と言葉をついだ。

「オレ、6年くらい前までやってたんだよ。デートクラブのバイト」
「………………。え?」

 サラリとビックリすることを言われた。

「そう……なんですか?」
「ああ。嫌になって辞めたんだけどね」

 軽く肩をすくめたフロアマネージャー。

「でも辞めた後も、客だった人達に何度も誘われたりしてさ」
「………」

 それで、「慣れてる」だったのか。

「断る時は毅然と。でも失礼のないように穏やかに、アッサリと。今日のチヒロみたいにフワフワフニャフニャしてるのが一番ダメだよ」
「………………はい」

 お客様だからキッパリ拒絶するのは失礼だと思って、ああなってしまってたんだけど……難しい。
 うーん……と再び俯いていたところ、「そういえば」と、ついで、のようにフロアマネージャーが言った。

「環様と真木様が結婚するっていうのは知ってる?」
「あ………………、はい」

 う、と胸が痛くなる。本当に本当に結婚しちゃうんだ。真木さん………
 真木さんが連絡をくれるまでは会うこともできないから、直接話を聞く事はできない。でも、みんなそう言うってことは、本当に本当なんだ……と、落ち込んでいたところ、

「真木さんって、君から見てどんな人?」
「え」

 まっすぐにこちらに目を向けられた。なんだろう? 少し、怖い感じ……。でも、本当のことを答えた。

「とても素敵な方です」
「…………そう」

 ふーん……と言ったフロアマネージャー。いつもの淡々とした大人っぽさが消えてる。別人みたい。これが、「フロアマネージャー」ではなくて「ミツル」さんの顔なのかもしれない。




---


お読みくださりありがとうございました!
ようやく少しずつ成長しているチヒロ君。最終回までにあともう少し成長……できるはず。
そして、今まで地味に数回出ていたフロアマネージャー・ミツル。ようやく喋らせることができました。

次回、金曜日に更新予定です。お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。

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おかげで書き続けることができました。本当にありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします!

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