台北からバスに乗る。30分ほど乗る。時には一時間ほど乗るらしい。時には20分で着くらしい。その時間の違いは、バスの運転手さんの本気度らしい。
港町、基隆。キーロンと読む。港に着くと、街を見下ろす山にハリウッドばりのKEELUNGの文字。
海の匂いがする。昭和の時代の海の匂い。
緑色に濁った川の水が注ぎ込むキーロンの海は、やはり緑色に濁っている。
喧騒の街。
細い路地を入いる。
狭い道。
急な階段。
中国が攻めて来た時のために用意されたたくさんの防空壕。
人気のない家並。
寝そべる猫。
その丘の頂上あたりにオールドマンションという名の廃墟がある。
汗をかきながら登った。
誰もいない。
廃墟の入り口に腰をかける。
誰もいない。
丘の上には気持ちの良い風が吹き抜けている。
きっと、今日も35度を超えている。
誰もいない廃墟ほど心地の良いものはない。と僕は思う。
誰かがいる廃墟というのは、すこし居づらい。
誰かがいるような気がする廃墟は、ちょっと怖い。
廃墟から、キーロンの街が見渡せる。ハリウッドばりのキーロンの文字も見える。
きっと、ここが、キーロンで一番素敵な場所だ。
そして、ここには誰もいない。
やがて、カップルが丘の上へ登って来た。
廃墟の入り口を占領している僕に遠慮してかしなくてか、廃墟の周りをくまなく見回し、廃墟のあらゆる場所で記念撮影をしている。
本物な廃墟マニアがやって来た。
そろそろ行くかな・・・と僕は腰をあげる。
階段に猫が座っている。
廃墟には猫が良く似合う。
帰り際に僕とすれ違った箒を持ったおばあちゃんは、実在するのだろうか?と僕は考えている。僕が降りようとすると階段を、箒で掃きながら通せんぼをした。あのおばあちゃんは実在しないんじゃないのか?
そんなことを思いながら、僕はキーロンの道を歩くのである。