高雄という街にいる。
台湾語読みはカオシュン。台湾第二の都市である。
毎日よく歩く。僕の脚はいつでも棒のようだ。
暑さの中、歩いては休み、歩いては休み、休んでは歩く。
電車にも乗るし、バスにも乗るが、乗り物を降りれば、また自分の足で歩く。
高雄は、静かでいい街だ。悪くない。人もそれほど多くない。第二の都市なのに、静かで人が少ない。
僕はガイドブックを持っていない。地球の歩き方を持たずに海外を旅するのは初めてかもしれない。ガイドブックを持たずに旅をするのも初めてかもしれない。
ネットの情報で旅をする?
今はネットの時代であり、ガイドブックに載っている情報は全て、ネットに上がっている。それは事実だ。
そうか、だから僕はガイドブックではなく、時代に合わせてネットで色々と調べながら旅をしていると・・・
ノンノンノンである。
台湾に来る前に、七冊の本を読んだ。
一冊は司馬遼太郎が書いた台湾紀行。台湾の歴史が綴ってある。
三冊は、台湾を旅した人が書いた本。使えそうな情報を抜粋して、メモしたりメモしなかったり、
今、僕のバッグの中には三冊の本が入っている。
その三冊の本を頼りに旅をしている。その三冊の本は、ガイドブックではない。では何か?
一冊は、温泉天国台湾という本である。台湾で温泉に入ろう!と持ってきた。しかし、この本は・・・なかなか使い物にはならない。なぜならば、台湾の温泉はほとんどが山奥にあり、行くのにお金の時間がかかり過ぎる。
残りの二冊は同じ人が書いた本。なんの本か?
ずばり、食べ物の本である。
地元の人、つまり台湾人しか行かないディープな食堂や屋台などの情報が書かれているエッセイのような本である。
エッセイを頼りに旅をする人がいるだろうか?
いる。僕がそうだ。毎日、エッセイを頼りに旅をしている。
今日は、高雄の街の外れにある港の近くの、暗い裏通りにポツンとある食堂の扉を開けた。
もちろん、日本語も英語も通じない。ははは。
ワンタンと小籠包を頼んだ。本に、ワンタンと小籠包を食べたという話が載っていたからだ。
僕が小籠包らしきメニューを指差すと、コワモテの女将さんが、中国語で「ない!」という。
本だけを頼りに旅をしているので、ないといわれるとすごく困る。
仕方がないので、ワンタンをワンタン麺に切り替えて、空芯菜の炒め物を頼んだ。
しばらくして、コワモテの女将さんがテーブルにやって来て、空芯菜はないから地瓜の葉の炒め物でいいか?というようなことを言ってきた。たぶん。地瓜の葉ってなんだ?と思いながら、うなずくしかない。食べられればなんでもいいってのもある。
もう、夜である。たぶん、食堂を閉める時間である。お客さんは僕しかいない。小さなお店の中にいるのは、僕と、女将さんのお父さんと思われる白いランニングシャツを着たおじいさんと、隅のテーブルで宿題らしきものをしている女将さんの娘だと思われる中学生くらいの女の子。女将さんは店の前の厨房で僕のワンタン麺と地瓜の葉の炒め物を作っている。
シーンとしている。気まずくないのか?と言われれば、結構気まずい。
しかし、あれだ。エッセイを頼りに旅をしていると、もう、開き直るしかない。これを達成しなければ、エッセイを頼りに旅をする意味がなくなってしまう。つまり、僕が旅をする意味がなくなってしまうではないか。という思いもある。
だから、どんなに入りにくい店でも、扉を開けるしかないのである。
しばらくして、ワンタン麺にと地瓜の葉の炒め物がテーブルにやってきた。
地瓜の葉とは、サツマイモの葉っぱである。初めて食べるサツマイモの葉っぱである。 食べてみる。・・・驚いた。美味しい。ほうれん草のようで、ほうれん草にあるアクがまったくなく、少しネットリとしている。
うそ・・・サツマイモの葉っぱって食べられるんだ?驚いた。すごく美味しい。
ワンタン麺の麺をすする。 台湾の麺・・・麺に関しては日本の麺の勝ちだと思う。台湾の麺には、基本的にコシがない。柔らかい。まぁ、よい。
ワンタンを食べてみる。驚いた。
僕は食レポ職人ではないので、ワンタンの味を説明することはできない。ものすごく美味しかった。ずーっと食べていたい・・・そんなワンタンだった。
僕が持っている本に載っていたのは、ワンタン麺ではなく、ワンタンである。僕が勝手にワンタンをワンタン麺に切り替えてしまったのである。結局、本が正解だったと・・・。さすがです。
食べ終えて、お金を払って店を出る。
コワモテの女将さんにお礼を言う。
すると、コワモテの女将さんがニコッと笑うのである。ずっとコワモテで、早口の中国でまくしたててきた女将さんが、ニコッと笑って「バイバイ」と言ってくれるのである。
この旅をしていて、一番嬉しい瞬間が、この時である。
台湾の人は、みんな優しい。
帰り道、食堂から宿はものすごく遠い。電車に乗ろうと思うのだが、電車の駅もすごく遠い。ここから何キロもの道のりを、どちらにしても歩くのか・・・。
台湾には台湾が生み出した、台湾が誇る、ユーバイクというシステムがある。それは知っている。
ユーバイクってのは、自転車貸し出しシステムである。日本でも導入されているところもあると聞く。
ユーバイクは知っているが、使ったことがない。
トコトコと、ブラブラと、川沿いの道を歩きながらつぶやくのである。「遠いなぁ」。
そこにユーバイクの停車場があった。
「自転車なぁ。自転車があれば簡単に帰れそうだなぁ」
ユーバイクの貸し出し機の画面を見つめながら、「どうやって借りるのかなぁ・・・自転車」と思っていると、一人のお姉さんがユーバイクに乗って現れた。お姉さんはユーバイクをその停車場に返しに来たのである。
お姉さんはユーバイクを返す手続きをするので、機械の前に立っている僕が邪魔なのである。
「あっ、すみません、どうぞどうぞ」と場所を譲るのである。
すると、お姉さんが言う。
「あなた、ユーバイクを借りたいの?」綺麗な英語で。
「30分までなら無料で借りられるわよ。返す場所はここじゃなくてもいいの。あなたが返したい場所に返せばいいのよ」
「クレジットカード、持ってる?ここに入れてごらんなさい」
「押して、押して、押して、はい、借りられたわよ」
お姉さんは「バイバイ」と言って去っていった。
台湾の人は、ほんとに優しい。
そして、僕は高雄の街をチャリンコに乗って走るのである。
日本と違って右側通行の国だし、自転車専用レーンがあったりなかったり、スクーターはめっちゃ多いし、車の運転は乱暴だし、自転車の交通ルールはまったく知らないし・・・。でも、自転車は速い。歩くのよりもずっと速い。スーッと進む。脚も痛くない。
そうして、僕は宿の近くの公園にあるユーバイクの停車場に自転車を返すのである。30分以内なので無料なのである。
いいなぁ、ユーバイク。もつと早く使えば良かった。街がもっと広くなる。僕が動ける街が、もっともっと広くなる。