映画「リリーのすべて」は細部まで味わい甲斐があると思って2度見ました。そして公開のタイミングで発売されたこの本にも手を出してみました。ゲルダの描いたリリーの絵が見たかったからです。
そしたら絵だけでなくゲルダとアイナとリリーの物語も詳しく書かれていました。映画の原作小説とも違います。20世紀の女性文化研究のためセクシーなモダンガールのイラストをパリの古本から探していた著者が、ゲルダの作品に魅せられて収集しつつ、彼女と夫の話も発掘したのでした。
ところで、映画「リリーのすべて」が『きれいごと過ぎる』という感想をネットで見かけたことがあります。この本を読むと、映画はまさしく「奇麗にまとめてある」ことは事実だと思います。
例えば、この本を読んで衝撃だったのは、
ゲルダはセンスがよく進歩的な女性で同性愛者(バイですよね)だったかも知れない
ゆえに夫の女性化に寛容だった
アイナは男性機能と女性機能が混在する本当に両性または未分化だったかも知れない
画家として売れたのは最初からゲルダだった
しかし今で言うイラストレーターやグラフィックデザイナーのような仕事の需要が多かった
その絵はファッション画だけでなくエロチックなイラストがとても多い
ゲルダが大黒柱として夫婦の主導権を握っていただろう
性転換手術は、なんと出産を目的に子宮移植まで試みていた
・・・と、映画では語られなかった、お金の話と性の話満載。
古い言い方だと倒錯的な、今風ならマイノリティなセクシュアリティーはゲルダにもあった可能性が高いんです。ゲルダのイラストにレズビアンのベッドシーンは多くでてきますので。そしてアイナの両性説は、100年前の医学なので女性ホルモンが検出されたから、とかあまり信憑性はないと思います。でも記録によれば手術でアイナの萎えた子宮に若い女性の子宮をつなげたというんですね。どこまで本当かわからないけど、なんと無謀な。
そして、映画の印象だと、俳優のせいか清純派カップルに見えたこのふたりは、実はもっとエロチックな世界に生きていたのかなあ、それが奇麗ごとからは見えて来なかったんだなと思いました。もっとも、20年代のパリそのものがエロチックだったからで、だから女装したアイナの出番があったのでしょう。
それと奇麗ごとに入れない話題としてもうひとつ、パリのモテモテ女子としてのリリーの危機に「年齢」というものもあったと。性転換手術に踏み切ったのは、若い女性の子宮を移植することで、女としての若々しさも手に入れられると医者に言われたとあります。・・・しかし矛盾するのは子宮が欲しかったのは子供を産んで本当の女性になりたかったのも事実らしい。それを信じて手術を受けたようです。映画では、リリーが入院した病院で会った若いお母さんに「赤ちゃんは?」ときかれて「いつかはね」みたいな返事をしていたので、自分が子供を産めるようになるとは思ってなかったのかと私は解釈してしまいました。
事実は映画のようにきれいなことばかりでないけれど、映画「リリーのすべて」はこれでいいと私は思っています。メジャーなヘテロ恋愛映画だって、ほぼ現実にはいない美男美女が演じてきれいでおもしろく作ってあるんですから。
リリーの時代に比べてセクシャルマイノリティーへの理解も医学の進歩もある現代ですが、それでもまだまだトランスジェンダーへの差別や蔑みの多いのが現状です。スキャンダラスにせずに「愛の物語」として普通のシネコンで見られる映画として作ったことは正解だと思います。