久々にパリの話題について書いてみる。先日、ユニクロがフランスで販売するUTコレクションの「北斎ブルー」がパリで大ヒットしていると、報道された。
日本で唯一、手摺木版の和装本を刊行する出版社「芸艸堂」の版録をもとに、葛飾北斎の代表作「冨嶽三十六景」の絵柄をモチーフにしたUTコレクションの一つだ。ユニクロフランス公式通販サイト(https://www.uniqlo.com/fr/fr/femme/collections-speciales/ut-collection-graphique/hokusai-blue」と銘打って代表的な絵柄がプリントされたTシャツやスウェットが並んでいる。

HOKUSAI BLUEとは言っているが、これはカテゴリーの名称で、ベースとなる色は白やグレー、ネイビー、ブルー、レディスではピンクなんかもある。浮世絵がプリントされたカットソーや裏毛のトレーナーで、日本でも観光客向けのスーヴニールには昔から置いてそうな商品だ。しかし、パリジェンヌが飛びついたのは、ユニクロFRの企画スタッフが持前の感性でモチーフの位置取りや大きさ、カラーなんかを現地好みにバランス良く仕上げたからだと思う。
普通、ブランドTシャツのプリントと言えば、ロゴやキャラクターなどが胸元に大胆にあしらわれるケースが多い。だが、HOKUSAI BLUEの絵柄は胸ポケットやヘムにプリントが施されるなど、捻りがある。レディスではフロント全体の絵柄はそれほど大きくなく、ジャケットのインナーに着るといい塩梅で柄が見える。その辺がパリジェンヌ、パリジャンのセンスにあったのだと思う。
そもそも、企画に至った背景は何か。欧米人が日本古来の絵柄に好感をもつ点がある。始まりは19世紀後半に欧州で起こった「ジャポニズム」の嵐だ。このムーブメントはそれ以前に流行った東方趣味や異国情緒といったオリエンタリズムとは異なり、浮世絵に見られるフラットな色彩構成、俯瞰や裁ち落としで描く斬新な構図、波や樹木といった自然の様式的表現などの描法面で、当時の欧州画壇に多大な影響を与えている。


印象派のゴッホは「耳に包帯をした自画像」でバックに浮世絵を、マネは「エミール・ゾラの肖像」で浮世絵風の版画が入った額を描いた。これらが契機となり、次の段階では、カサットが「入浴」で背景を描き込まずに簡単な線と陰影のない色面で構成し、クリムトが「期待」で平面化と同時に背景に金箔を貼ったように装飾性を高めたりと、 明らかに浮世絵の影響を受けた描法を採るようになった。

葛飾北斎の冨嶽三十六景で、最も有名な「神奈川沖浪裏」は遠近法を駆使し、非常に優れた描写をしている。画面を遮るように前景に大浪、中景をカットして遠景に冨士山を描き、遠近を極端に対比させる表現が特長だ。ホイッスラーは「ノクターン」でこうした遠近法を取り入れ、画面に奥行きを出す工夫をしている。この絵は筆者も好きで、「青と金色」という副題からすれば、「ホイッスラーブルー」と言っていいかもしれない。
浮世絵が欧州の芸術に影響を与えたことから、ジャポニズムに造詣があるパリジェンヌは北斎をクールなアートとして受入れるだろうし、ファッションアイコンにしても存在感を発揮できると感じたのではないか。それがパリにおけるHOKUSAI BLUEのヒットに繋がったと思う。ファッションも芸術の一分野と考えるフランス人らしいところだ。
型数はメンズ10、レディス5(Tシャツのみ)で、価格はTシャツが14.90€、スウェットが24.90€。近々のレートで換算すると、1800円、3000円程度と手頃なところもヒットした要因だろう。もともと、スタイリングに色んなデザインを取り入れるのが上手いパリジェンヌのことだから、HOKUSAI BLUEのアイテムも上手に着こなしていくと思う。これから春にかけてサン・ミシェル通りあたりを闊歩する彼女たちが着る定番アイテムになってもおかしくない。
そこで、「日本では販売されないのか」である。ユニクロフランスの限定企画だろうから、そこまではしないと思う。日本の公式通販サイトにも掲載はされていない。ただ、このアイテムをそのまま日本に持って来ても微妙だろう。 日本風の柄が好きな人は着こなすかもしれないが、決して万人受けはしない=マスにはならない点で販売は難しい。仮に発売されても、パリのようにヒットアイテムになるかと言えば、それは違うと思う。
外国人観光客向けの企画としては、日本の景勝地や文化財を浮世絵風に表現したアイコンのプリントTシャツは、ありだろう。すでに商品化している観光地もあると思うが、ユニクロとコラボレーションすればブランド力を背景に違った意味でのインバウンドニーズを発掘できるのではないか。ユニクロがそこまで考えているかどうかはわからないが、以前はユニフォームなんか別注を受け付けていたはずだ。ある程度のロットは必要と思うが、有名観光地を抱える街はインバウンドにも期待するだけに、商品企画でタッグを組んでも面白いと思う。
パリでヒットしたもう一つの要因は、UTのブランドカテゴリーとして打ち出した“HOKUSAI BLUE”というタイトルではないか。フランス語で「青」は、bleuと綴るので、このタイトルは英語表記だ。サイトにはCette collection s'inspire de son oeuvre unique.(このコレクションは彼(北斎)のユニークな作品に触発されています)とあり、HOKUSAI BLUEにそのまま魂が揺さぶられたのだろう。
もっとも、ユニクロの製品だけにメイド・イン・チャイナには変わりない。フランスは18年第2四半期で失業率が9.1%と深刻だ。雇用創出と国内産業の発展には、「メイド・イン・フランスがカギになる」と、フランス世論研究所の調査で国民の93%が自国産を選びたいと答えている。でも、フランス製のHOKUSAI BLUEではコストがアップするし、パリジェンヌが簡単に飛びつくとは思えない。公的機関の発表を額面通りに受け取るわけにはいかないので、フランス製への回帰も希望的観測の域は出ないのではないか。
ところで、◯◯ブルーですぐに思いつくのが、「キタノブルー」だ。映画「ソナチネ」「HANA-BI」が国際的な映画祭で高評価を受けたビートたけしこと北野武監督は、色彩にこだわるのが特長と言われる。画面の全体的なトーン、小道具の色などに「青み」を使うことで、熱狂的なファンがそれをキタノブルーと名付けたのである。


山本耀司が衣装をデザインした「ドールズ」までは、このキタノブルーが欧州では非常に注目された。それこそ、HOKUSAI BLUEがキタノブルーに触発されたどうかはわからないが、奇しくもビートたけしは2018年に「KITANOBLUE」(https://kitanoblue.co.jp/)というファッションブランドをプロデュースし、発売している。これは偶然の一致なのだろうか。それとも、欧州におけるトレンドを仕掛けたいのか。
KITANOBLUEでは、ビートたけしの感性をより多くの方へ感じて欲しいという思いを込め、北野映画の特長でもあるキタノブルーをブランド名、カラーに採り入れたという。プリントデザインではたけし自身が描いた絵もあるが、浮世絵の写楽や神奈川沖浪裏をパロディ化した点は、いかにもたけしらしい。
企画されたのがほぼ同時期とすれば、HOKUSAI BLUEにKITANOBLUEが影響したのか、またその逆があったのか。まあ、詮索してもあまり意味はないと思うが、双方とも欧州への影響力があることでは共通する。「◯◯ブルー」と付けば、仏ウケする企画になるかもしれない。でも、二匹目の泥鰌が捕まえられるほど甘くないと思うが。果たして…