今回はニューヨークの話題を取り上げよう。1980年に初めて渡り、その後何度となく訪れ、90年代半ばに現地で生活した身としては、日本のメディアがノーマークな些細な流行や変化にもアンテナを張ってきたつもりだ。初渡航時はまだまだメジャーな都市とは言えなかったが、この街は常に新たな流行を生み出し、それを世界に発信する能力には長けていた。
それらは一過性のムーブメントで終わることもあれば、ビジネスとして孵化したり、公的で社会性を持ったり、文化として根付いたりする。例えば、ストリートミュージシャンがそうだ。NYは人種のるつぼと言われる。世界中からやってきた人々が行き交う街中では、聞こえて来る音楽も多種多様だ。ケルト系、UKロック、フレンチテクノ、アフリカンパーカッション、カリビアン、カントリー、ジャズ等々。ストリートミュージシャンの演奏レベルは高く、人気者は1日に数百ドルのチップを稼ぐ。彼らのパフォーマンスに感動したと思えば、それなりの対価をさりげなく渡す。それがニューヨーカーの流儀だ。

彼らのステージは人通りが多くて目立ちやすい街角なのだが、地下鉄のコンコースやホームでも堂々とパフォーマンスを繰り広げる。日本ではまず「多くの人が往来する地下鉄構内で演奏、しかも収益を上げるなどまかりならん」と、許可されない(路上ライブの開放計画がある街はあるが)だろう。ニューヨークでも公共の場での違法行為は同じだろうが、強制的に排除しようとしても次から次へと取り締まりの網をかいくぐって、演奏を行う輩が出て来るのは言うまでない。
ならば、発想を変えてストリートミュージックをニューヨークの観光拠点、ひいては音楽文化の発信と位置付け、そのハードルを上げてはどうか。地下鉄を運営する「MTA(Metropolitan Transportation Authority)/メトロポリタン交通公社」は、ストリートミュージシャンに対して演奏と収入確保を認める代わりに、主催するオーディションを勝ち抜くことを条件とした。ここではオーディションについての詳細は控えるが、これもニューヨークの新たなサブカルチャーになったわけだ。
一方で、富める者と貧しい者の差が際立つのも、ニューヨークである。五番街やマディソンアベニューには有名百貨店や高級ブランド店が軒を並べるが、通りのそこかしこで物乞いをするホームレスや生活用品の一切合切を袋に入れて持ち歩くバッグレディに出くわす。平均気温が華氏10 °F(摂氏─10℃以下)にもなる真冬は、スチーム暖房が効く地下鉄構内で夜明かしするホームレスやバッグレディも少なくない。
路上生活に至るのは麻薬やアルコール依存、病気や精神疾患、DVや離婚、勤労意欲の無さなどの個人的なものから、レイオフやリストラ、家賃や住宅価格の高騰、医療問題など社会的な要因までと様々だ。だが、筆者が初めて訪れた1980年代初頭は、まだまだ福祉政策や支援制度が十分に確立していなかった。87年にようやく「ホームレス支援法」が成立し、所管する行政庁から補助金がおりて州政府や支援団体に予算が配分された。

州や都市、NPOはこれを原資に路上生活者に対してシェルターを提供したり、食糧支援、子どもたちへの教育などを行うようになった。現在、ニューヨークには200以上のシェルターがあり、路上生活者に対して宿泊場所や食事の提供から、リハビリ補助、医療ケア、衣類の支給まで、最低限の生活を送れるようにサポートを行っている。
シェルターの中には、運営経費のほとんどを民間企業からの「寄附」で賄うところもあるが、こうした支援によって活動がサスティナブル=持続可能になり、就労や社会復帰に道筋がつけられるようになっている。米国では議会で予算の成立が難航すると、政府機関が一時的に閉鎖されることもあるからだ。


ニューヨークのアパレル業界がこうした活動に参画しているのは、多くが知るところ。その一翼を担うのが「Thrift Store」である。直訳すれば、「倹約店」。この街はthriftless=浪費するイメージが強いが、Thrift Storeは、「セコハン」の品物を引き取って販売し、売上金をホームレスなどの支援団体に寄附する業態を指す。
セコハン。日本でも昭和の時代にはよく使われた言葉。英語のSecondhandを日本風に読んだもので、「中古品」を意味する。平成に入ると古着ブームの到来で、雑誌メディアがユーズドを浸透させたため聞かれなくなったが、 英語圏では今も堂々と使われている。Thrift Storeが引き取るセコハンは、必要でなくなったブランドの衣料や雑貨、ヴィンテージ家具などで、個人からだけでなく有名アパレルの在庫やデザイナー・サンプル、中にはアナ・スイのような若者に人気のブランドもある。
トランプ大統領は米国第一主義を掲げた結果、米中貿易摩擦という火種を抱え、株価は乱高下するものの、2018年9月の失業率は3.7%と69年以降では最高水準となった。全米小売業協会の調査でも、同年10月の売上げは前年同月比で5.6%も増えている。米国の景気そのものは底堅いのだ。大統領の地元ニューヨークも、有名ブランドの旗艦店が閉鎖されるなど逆風が吹いているが、欧州のラグジュアリーから米国の高級ブランド、百貨店に並ぶモデレートな商品まで、コンスタントな売上げではないかと思う。
当然、新しい商品が数多く売れると、中古に出回る品も増えていく。いくら高級ブランド、上質な商品と言ってもファッションである以上、流行がある。それらの購入者は着用してもせいぜい2〜3年だろう。当然、所有者はまだまだ着られるのだからと、再利用を考える。e-Bayなどに出品して換金する人もいるだろうが、高額所得者になるほどThrift Storeを選ぶわけだ。もちろん、中産階級以下、ワーカークラスにとっては、Thrift Storeにブランドが並んでいると、新品では買えないものが購入できる。そうしたブランドと倹約がトレードオフの関係となり、業態として成り立つのである。
ニューヨークは別名「Jew York」と揶揄され、全米ユダヤ教徒の30%、160万人近くが集中する。この中には慈善や寄附といった博愛精神も持つ人々もいるだろうが、Thrift Storeでは寄付をした証明として、税控除の申告書を貰えるので、利用するケースもあるようだ。高額な所得があると、支払う税金も高くなる。ならば、高額所得者は節税のために寄附をする。中産階級の人々に至っては、セコハン品の購入=倹約のもとに社会に貢献できるということだ。これもニューヨークのスタイルなのである。
日本でも、ゾゾタウンが「ZOZOARIGATOメンバーシップ」という有料会員サービスを始めた。これは年額3000円(税抜き)または月額500円(同)の利用料を支払うと、会員は出店ブランドを「常時10%オフ」で購入でき、その割引額の一部または全額を同社が指定する「団体への寄附(日本赤十字社、ワールドビジョンジャパン、国境なき医師団など)」や購入先への金額還元として使用が可能になるというものだ。
ただ、寄附という社会貢献の側面を持たせつつも、どうしても常時値引きが先に立つ。このサービスは出店者にとってECや店頭との価格差を生み、正価販売をなし崩しにする。オンワードホールディングが先陣を切って撤退を明らかにしたのも、そうした理由からだ。ゾゾタウンの前澤社長はこれまで月旅行や球団経営を口にし、新春にはお年玉として現金1億円をプレゼントするなど、話題づくりにご執心な様子。しかし、ここまで来ると、やることなすことが世間の注目を集める手段としか思えず、上場企業の経営者としてはあまりに下品な売名行為に映ってしまう。
メリカリもスマートフォンを利用した個人同士のブランド売買に道筋をつけ、中古衣料流通を活性化した点は評価される。だが、創業者はこうしたビジネスモデルで上場を果たし、キャピタルゲインを得る手段にしたと言えなくもない。ファッションビジネスで立志伝中の人物は、どうしてもthriftなところが感じられないのだ。それは日本が米国に比べると、まだまだ真の金持ちがいないからだろうか。
ただ、日本は高額なブランド衣料の流通は縮小傾向で、リユースやサブスクリプションがますます増えていくと言われる。一方で、人気がないブランドはいくら高額で購入したと言っても、リサイクルショップでは二束三文の値段しか付かない。ZOZOTOWNが行っている買取サービスでも、ユニクロ、GU、ギャップ、無印良品、Forever21、H&Mなどは対象から外されている。メルカリでは昨年、ユニクロの取扱量が最多だったようだが、多くのお客はブランドによって中古品が値踏みされるのを学習したのか、処分まで考えてブランドを購入する傾向が強くなっている。
筆者は日本では買いたいファッション衣料がほとんど無くなり、ごくたまに見て欲しくなるのは前から素材や色、テイストが好きなブランドに限られている。知名度が高くそこそこの価格なので、中古品でもいくらかの金額で買い取ってもらえるはずだ。ならば、対価は寄附に回しても構わない。今は素資材にコストをかけない低価格衣料が溢れている。そうした商品を求めない人間からすると、日本でもThrift Storeが身近にあれば、着なくなったブランドを社会のために役に立てられるのにと、思うばかりである。
それらは一過性のムーブメントで終わることもあれば、ビジネスとして孵化したり、公的で社会性を持ったり、文化として根付いたりする。例えば、ストリートミュージシャンがそうだ。NYは人種のるつぼと言われる。世界中からやってきた人々が行き交う街中では、聞こえて来る音楽も多種多様だ。ケルト系、UKロック、フレンチテクノ、アフリカンパーカッション、カリビアン、カントリー、ジャズ等々。ストリートミュージシャンの演奏レベルは高く、人気者は1日に数百ドルのチップを稼ぐ。彼らのパフォーマンスに感動したと思えば、それなりの対価をさりげなく渡す。それがニューヨーカーの流儀だ。

彼らのステージは人通りが多くて目立ちやすい街角なのだが、地下鉄のコンコースやホームでも堂々とパフォーマンスを繰り広げる。日本ではまず「多くの人が往来する地下鉄構内で演奏、しかも収益を上げるなどまかりならん」と、許可されない(路上ライブの開放計画がある街はあるが)だろう。ニューヨークでも公共の場での違法行為は同じだろうが、強制的に排除しようとしても次から次へと取り締まりの網をかいくぐって、演奏を行う輩が出て来るのは言うまでない。
ならば、発想を変えてストリートミュージックをニューヨークの観光拠点、ひいては音楽文化の発信と位置付け、そのハードルを上げてはどうか。地下鉄を運営する「MTA(Metropolitan Transportation Authority)/メトロポリタン交通公社」は、ストリートミュージシャンに対して演奏と収入確保を認める代わりに、主催するオーディションを勝ち抜くことを条件とした。ここではオーディションについての詳細は控えるが、これもニューヨークの新たなサブカルチャーになったわけだ。
一方で、富める者と貧しい者の差が際立つのも、ニューヨークである。五番街やマディソンアベニューには有名百貨店や高級ブランド店が軒を並べるが、通りのそこかしこで物乞いをするホームレスや生活用品の一切合切を袋に入れて持ち歩くバッグレディに出くわす。平均気温が華氏10 °F(摂氏─10℃以下)にもなる真冬は、スチーム暖房が効く地下鉄構内で夜明かしするホームレスやバッグレディも少なくない。
路上生活に至るのは麻薬やアルコール依存、病気や精神疾患、DVや離婚、勤労意欲の無さなどの個人的なものから、レイオフやリストラ、家賃や住宅価格の高騰、医療問題など社会的な要因までと様々だ。だが、筆者が初めて訪れた1980年代初頭は、まだまだ福祉政策や支援制度が十分に確立していなかった。87年にようやく「ホームレス支援法」が成立し、所管する行政庁から補助金がおりて州政府や支援団体に予算が配分された。

州や都市、NPOはこれを原資に路上生活者に対してシェルターを提供したり、食糧支援、子どもたちへの教育などを行うようになった。現在、ニューヨークには200以上のシェルターがあり、路上生活者に対して宿泊場所や食事の提供から、リハビリ補助、医療ケア、衣類の支給まで、最低限の生活を送れるようにサポートを行っている。
シェルターの中には、運営経費のほとんどを民間企業からの「寄附」で賄うところもあるが、こうした支援によって活動がサスティナブル=持続可能になり、就労や社会復帰に道筋がつけられるようになっている。米国では議会で予算の成立が難航すると、政府機関が一時的に閉鎖されることもあるからだ。


ニューヨークのアパレル業界がこうした活動に参画しているのは、多くが知るところ。その一翼を担うのが「Thrift Store」である。直訳すれば、「倹約店」。この街はthriftless=浪費するイメージが強いが、Thrift Storeは、「セコハン」の品物を引き取って販売し、売上金をホームレスなどの支援団体に寄附する業態を指す。
セコハン。日本でも昭和の時代にはよく使われた言葉。英語のSecondhandを日本風に読んだもので、「中古品」を意味する。平成に入ると古着ブームの到来で、雑誌メディアがユーズドを浸透させたため聞かれなくなったが、 英語圏では今も堂々と使われている。Thrift Storeが引き取るセコハンは、必要でなくなったブランドの衣料や雑貨、ヴィンテージ家具などで、個人からだけでなく有名アパレルの在庫やデザイナー・サンプル、中にはアナ・スイのような若者に人気のブランドもある。
トランプ大統領は米国第一主義を掲げた結果、米中貿易摩擦という火種を抱え、株価は乱高下するものの、2018年9月の失業率は3.7%と69年以降では最高水準となった。全米小売業協会の調査でも、同年10月の売上げは前年同月比で5.6%も増えている。米国の景気そのものは底堅いのだ。大統領の地元ニューヨークも、有名ブランドの旗艦店が閉鎖されるなど逆風が吹いているが、欧州のラグジュアリーから米国の高級ブランド、百貨店に並ぶモデレートな商品まで、コンスタントな売上げではないかと思う。
当然、新しい商品が数多く売れると、中古に出回る品も増えていく。いくら高級ブランド、上質な商品と言ってもファッションである以上、流行がある。それらの購入者は着用してもせいぜい2〜3年だろう。当然、所有者はまだまだ着られるのだからと、再利用を考える。e-Bayなどに出品して換金する人もいるだろうが、高額所得者になるほどThrift Storeを選ぶわけだ。もちろん、中産階級以下、ワーカークラスにとっては、Thrift Storeにブランドが並んでいると、新品では買えないものが購入できる。そうしたブランドと倹約がトレードオフの関係となり、業態として成り立つのである。
ニューヨークは別名「Jew York」と揶揄され、全米ユダヤ教徒の30%、160万人近くが集中する。この中には慈善や寄附といった博愛精神も持つ人々もいるだろうが、Thrift Storeでは寄付をした証明として、税控除の申告書を貰えるので、利用するケースもあるようだ。高額な所得があると、支払う税金も高くなる。ならば、高額所得者は節税のために寄附をする。中産階級の人々に至っては、セコハン品の購入=倹約のもとに社会に貢献できるということだ。これもニューヨークのスタイルなのである。
日本でも、ゾゾタウンが「ZOZOARIGATOメンバーシップ」という有料会員サービスを始めた。これは年額3000円(税抜き)または月額500円(同)の利用料を支払うと、会員は出店ブランドを「常時10%オフ」で購入でき、その割引額の一部または全額を同社が指定する「団体への寄附(日本赤十字社、ワールドビジョンジャパン、国境なき医師団など)」や購入先への金額還元として使用が可能になるというものだ。
ただ、寄附という社会貢献の側面を持たせつつも、どうしても常時値引きが先に立つ。このサービスは出店者にとってECや店頭との価格差を生み、正価販売をなし崩しにする。オンワードホールディングが先陣を切って撤退を明らかにしたのも、そうした理由からだ。ゾゾタウンの前澤社長はこれまで月旅行や球団経営を口にし、新春にはお年玉として現金1億円をプレゼントするなど、話題づくりにご執心な様子。しかし、ここまで来ると、やることなすことが世間の注目を集める手段としか思えず、上場企業の経営者としてはあまりに下品な売名行為に映ってしまう。
メリカリもスマートフォンを利用した個人同士のブランド売買に道筋をつけ、中古衣料流通を活性化した点は評価される。だが、創業者はこうしたビジネスモデルで上場を果たし、キャピタルゲインを得る手段にしたと言えなくもない。ファッションビジネスで立志伝中の人物は、どうしてもthriftなところが感じられないのだ。それは日本が米国に比べると、まだまだ真の金持ちがいないからだろうか。
ただ、日本は高額なブランド衣料の流通は縮小傾向で、リユースやサブスクリプションがますます増えていくと言われる。一方で、人気がないブランドはいくら高額で購入したと言っても、リサイクルショップでは二束三文の値段しか付かない。ZOZOTOWNが行っている買取サービスでも、ユニクロ、GU、ギャップ、無印良品、Forever21、H&Mなどは対象から外されている。メルカリでは昨年、ユニクロの取扱量が最多だったようだが、多くのお客はブランドによって中古品が値踏みされるのを学習したのか、処分まで考えてブランドを購入する傾向が強くなっている。
筆者は日本では買いたいファッション衣料がほとんど無くなり、ごくたまに見て欲しくなるのは前から素材や色、テイストが好きなブランドに限られている。知名度が高くそこそこの価格なので、中古品でもいくらかの金額で買い取ってもらえるはずだ。ならば、対価は寄附に回しても構わない。今は素資材にコストをかけない低価格衣料が溢れている。そうした商品を求めない人間からすると、日本でもThrift Storeが身近にあれば、着なくなったブランドを社会のために役に立てられるのにと、思うばかりである。