HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

最速は価値になるのか?

2017-04-26 07:26:52 | Weblog
 日本一の商業地、銀座。高校の時に初めて訪れ、社会人になってからもよく出かけた街だ。高級ブランドや老舗専門店には縁がなかったが、伊東屋のステーショナリーやマツヤギンザのデパ地下は御用達だった。だが、バブル景気が弾け、さらにリーマンショックに晒されると、ユニクロやニトリなどの低価格の業態が進出した。それでも、街の雰囲気は変わらず、ここに来て高級店が戻って来ている。その代表格が4月20日にオープンした「GINZA SIX/ギンザシックス」だ。

 国内外のラグジュアリーブランドから有名デザイナーの新業態、アート&カルチャー、飲食までとフルラインの品揃え。ヨウジヤマモトの「グラウンドワイ」、ヘアアクセサリーの「アレクサンドル・ドゥ・パリ」、英国のアウトドアブランドの「バブアー」、アメトラの「フリーマンズ・スポーティング・クラブ」など、注目店にも事欠かない。それだけ銀座という街に期待が集まる証左だろう。

 小売り業界はデフレが解消したとは言い難く、個人消費は依然として低迷が続く。いくらネット通販が伸びていると言っても、実店舗は苦戦を強いられている。差し引きすれば、プラス成長とは言い難い。その意味では、日本一集客力のある街に誕生した新店だから、お客を「行ってみよう」という気持ちにはさせるはずだ。筆者のように地方に住みながらも、銀座への思い入れが強い人間なら、なおさらである。

 今から20年ほど前、米国ニューヨークのあるレストランオーナーはこう言った。「人間は外出したい。だから、お客さんはやって来る。要は工夫次第だ」と。買う買わないは別にしても、ギンザシックスでは実店舗というリアルな空間、接客を受け試着できる環境、肉声と人膚によるふれあいなど、お客は買い物の原点に立ち返ることができる。すっかり死語となった「銀ぶら」を復権させるきっかけに、なってほしいものだ。

 運営するJ.フロントリテイリングにとっても、百貨店がジリ貧状態にあるだけに、ギンザシックは生き残るための最後の砦かもしれない。不動産業として手当り次第にブランドをかき集め、日本初、旗艦店、新業態といった冠をつける陳腐なやり方だが、これ以外に目新しい方法が見つからないからしょうがない。だからこそ、最上級の銀座コンシェルジュという価値提案で、百貨店を超える業態に育てていかなければならない。



 現実に目を向けると、ひとつ気になることがある。ギンザシックス6階に出店する蔦屋書店が取り扱う洋書の価格だ。すっかりネット通販のamazon.comが浸透した中で、内外価格差があり過ぎるのは、競争力としてどうなのだろうか。
 同書店では5月4日、ニューヨークのメトロポリタン美術館で開幕する「Rei Kawakubo/Comme des Garcons Art of the In Between」に合わせて、特別編集した洋書のアートブック(同タイトル)をオープン初日から「世界最速」と銘打ち「先行販売」している。価格は8,424円(税込)だ。



 コムデギャルソンからすれば、Tシャツ1枚程度の価格だが、アートブックの次元からすれば、決して安くはない。たぶん、ブランドファンの若者なら真向かいユニクロ裏のドーバーストリートマーケットで、ウエアや靴を選ぶだろう。アートブックに興味があるのは、筆者のようにデザインに携わる人間か、カメラマンやスタイリスト、ディスプレイとして楽しむギャラリーや店舗のオーナーくらいだと思う。

 でも、どれほどが「世界最速」「先行販売」に惹かれるかである。特に洋書やアートブックに興味がある人間ほど、amazonを利用すると思う。発行部数が限定され、シリアルナンバーがつくような書籍なら、希少価値を想定し転売目的で購入する人間がいるかもしれない。おそらくネットオークションでは倍掛けくらいで出品されるはずだ。ただ、4月25日の時点でamazonのマーケットプレイスも、ヤフーオークションも出品はされてはいなかった。

 筆者もそうだが、多くが買いたいアートブックは、amazon.com、amazonジャパン 、国内の洋書店で、価格を比較するのではないか。amazon.comは送料がかかり、マーケットプレイスに出品されるものは、中古品でもレア価値の載っけられる。それを考慮しながら、このRei Kawakubo/Comme des Garcons Art of the In Betweenの価格を調べてみた。

 まずamazon.comでは5月30日の発売で37ドル54セント。仮に4月25日の為替レート(終値)110.30円/ドルで計算すると、日本円で4140.66円。送料無料となっているが、海外発送で仮に日本まで10ドルかかっても5200円程度だ。amazonジャパンはそれよりやや高い5596円(送料込み)。蔦屋書店代官山店のサイトでは、ギンザシックスの店舗と同じく8424円(税込、送料無料)となっている。



 amazonは本国、ジャパン社とも予約販売になので、現物は5月30日以降にしか手に入らない。それでも、蔦屋書店よりも3000円〜4000円程度は安くなる。つまり、 世界最速、先行販売ということに、どれほどの価値を見いだすかである。逆にamazon他が発売した後、蔦屋書店は値下げするのか。おそらくそれはないと思う(数年後には在庫消化でディスカウントするかもしれないが)。

 コムデギャルソンという世界的なブランドが発行するアートブックが「レア価値」を生むには、「VISIONAIRE」なんかと同様に数年はかかるかもしれない。とすれば、この価格差はかなり厳しいのではないか。

 蔦屋書店を運営するカルチャーコンビニエンスクラブは、自社のコンセプトをライフスタイル提案としている。増田宗昭CEOも今の日本人は何かが足りないと感じている。それは自分らしさとは何かという欲求で、そんな人が自分らしさを探す場がTSUTAYAだと。TSUTAYAにある音楽や映画、本には、様々なライフスタイルのイメージが散りばめられている。その中から、人々は自分らしさを見出していくというニュアンスを語っている。

 だから、コムデギャルソンのアートブックを世界最速、先行販売することも、その一環ということだ。付加価値で3000円〜4000円を割り増ししても、十分通用するという心づもりなのだろう。もっとも、ビジネスを考えると、銀座という一等地に店を構える以上、相当のコストがかかる。同店のプレス写真を見たが、カネのかけ方が違う。そのコストを吸収するためには高めの価格設定にしていると考えられる。では、本当に付加価値だけで書店として競争に勝てるのだろうか。

 子供の頃、「同じ商品でも銀座は値段が高い」という話を聞かされた。立地がそうさせるのだろうと子供心に感じていたが、バブルが崩壊すると銀座にも価格破壊や低価格業態が押し寄せた。今回のケースではギンザシックスという立地、ハード面の充実はあるものの、純然たる付加価値としては世界最速、先行販売でしかない。ただ、amazonの他に丸善や青山ブックセンターが発売した時点で、その価値はなくなる。この1ヵ月が勝負だが、果たしてどこまで書籍は売れるのだろうか。

 2012年、代官山に進出した蔦屋書店は、緑の中のゆったりしたオープンモールで、書籍の他にDVDやCDを作り込まれた什器で展開し、軽食やワインまで楽しめるなど、これまでにないブックストアとして登場した。東京出張の度に必ず訪れるが、一度も書籍、特にアートブックは購入したことはない。重くて荷物になるというより、価格が高いからだ。ここでも相当コストが載っているだろうと思う。銀座店はビルインでスペースも限られるから、なおさら高コスト構造ではないか。



 2014年11月に発売されたアートブック「YAMAMOTO & YOHJI」は、映画「愛の嵐」で一世を風靡した官能女優シャーロット・ランプリングも寄稿しているので、せひ購入したい1冊だった。発売当時、代官山店では16220円(税抜)。だが、amazon.comは71ドル27セント(Free Shipping)だったので、結局こちらで購入した。念のために昨日、代官山店に問い合わせると、まだ在庫は残っていた。価格も発売当時のままだ。現在、amazon.comでInternational Shippingに対応する書店で一番安いところでは、新品で66ドル29セントまで下がっている。送料を入れても9000円もかからない。内外価格差に利益が上乗せされ、なんと7000円以上もの開きがある。一般の商品なら転売やドロップシッピングがあってもおかしくない。

 蔦屋書店はアートブックがメーンではなく、売れ筋は一般書籍やDVDやCDになるは十分承知の上だ。ただ、それとて、どこまで収益を生んでいるのかと思う。店舗作りやロケーションに拘る以上、初期投資は相当なはずだ。さらに店舗を運営していくにはランニングコストもかかるわけで、ペイしているのかは甚だ疑問が残る。

 同社が総務官僚出身の樋渡啓祐元武雄市長と組んだ「武雄市図書館」のリニューアルは話題を呼んだ。しかし、中古のガイドブックなど市立図書館にふさわしくない書籍がリストアップされているのが指摘された。また蔵書費用として1万冊を1958万円で購入すると見積もりながら、実際には756万円分しか購入していなかったのは、市民から提訴されている。穿った言い方をすれば、都市型店舗の高コスト分を地方の書店作りで回収しているのではないかとも、考えられる。
 
 銀座だからショールームで十分。もはやそれは通用しない。ましてギンザシックスにとっても、売れなければ歩率家賃は入って来ない。リアル店舗のブックストアがネット通販と勝負する上で、価格差を超える価値提案は簡単なことではないと思う。
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