9月11日、国連の安全保障理事会が北朝鮮に対する制裁強化決議案を全会一致で採択した。これには北朝鮮の主要産品である繊維製品の輸入を禁止する条項が盛り込まれたが、日本ではすでに「北朝鮮輸出入禁止措置を講じており、今回の採択が日本と北朝鮮との繊維貿易に与える影響はない」との見方が支配的だ。
日本繊維輸入組合は「組合企業による北朝鮮からの繊維品輸入は17年1〜6月でゼロ」と、発表している。また、アパレルメーカーも「北朝鮮製スーツの輸入はコンプライアンス面から休止。開城工業団地に進出した韓国企業も工場の操業を停止したことから、日本と北朝鮮との繊維製品の貿易は廃れてしまった」と語る。それが「影響無し」の根拠のようだ。
しかし、本当にそうなのだろうか。中国などを経由した「迂回ルート」がいくらもあるのにだ。おそらく、今回の北朝鮮への制裁強化について、アパレル製造流通の内幕を熟知する諸兄なら「北にはさほど影響ないのかも」と、冷めた目で見ているのではないかと思う。
そもそも、端から「北朝鮮製」「Made in North Korea」と表示するアパレルがあるのか。筆者は海外ブランドでも一度も見たことがない。実際に北朝鮮で製造したと言っても、中国で仕上げなど一部加工を施せば、それは堂々と「中国製」としてまかり通る。
アパレル業界では原産国表示に対し、大手アパレルやアパレル産業に携わる団体が「アパレル業界における原産国表示マニュアル」を制作している。 それによると、「不当景品類及び不当表示防止法など関係法令に定められた原産地不当表示の禁止を徹底する」と規定されている。また、団体は「原産国表示のマニュアルを整備し、誤表示を防止するための運用ガイドラインの整備を図る」と宣言している。
ただ、それらは「法的にはお客さんに誤認を与える表示をしてはいけない」という意味であって、原産国表示を明確に義務付けるものではない。誤認される怖れがなければいいというわけだ。それ以上に、ヤングを主体にお客さんの方が自分が好きなブランドやテイストなら、それほど原産国にはこだわらなくなってきている。そうした背景も純然たる原産地表示を曖昧にしているのではないだろうか。
アパレル業界側も明確に「どこどこ製」と表示していれば、それ以前のトレーサビリティを厳密にチェックしているとは考えにくい。メーカーがダイレクトに生産工場に製造委託するならいざ知らず、間にOEM、ODM業者、アパレル商社などが何社も介在していれば、どこで製造しようと、末端の小売りが知る由もない。まして、お客さんにわかるわけがないのである。
そう考えると、日本のアパレル企業が生産を中国のアパレル業者に丸投げした場合、北朝鮮の縫製工場に外注されてもおかしくない。中国の遼寧省丹東、吉林省琿春にはアパレル企業がたくさんあり、世界中のブランドと取引している。
それらが北朝鮮の縫製工場に製造を委託しているのは紛れない事実であり、中国製と表記したブランドタグを縫い付けて、中国経由で輸出すれば現実的に縫製がどこで行われたのかはわかるはずもない。つまり、国連の制裁強化も限定的ということである。
もっとも、中国当局は北朝鮮産の鉄、鉛、海産物などの輸入を全面禁止する国連制裁決議以前から、「Made in China」と表記されたブランドタグが縫い付けられた北朝製繊維製品の輸入禁止措置をとっている。現に中朝国境の各税関では、北朝鮮からの輸出入製品に対して調査を厳密に行い、通関できない状況が続いており、丹東の保税倉庫には製品が山積みになっているとの情報も伝わってくる。
ところが、ここでも抜け道はあるようだ。それは「密輸」という手段があるのだ。中国各地の役所は北京の中央省庁がコントロールするが、地方に行けばそれだけ眼が行き届きにくく、腐敗の温床になりがちだ。アパレル業者が賄賂を出せば、通関の書類なんかいくらでも偽造できるだろうし、税関を通さずに密輸することも決して難しくないと言われている。
北朝鮮から陸路で中国にアパレル製品を運ぶ場合、平安北道の新義州から遼寧省の丹東、あるいは北東部の羅先から吉林省の琿春には、鴨緑江や豆満江にかかる橋をを渡ることになる。だから、中国側の税関で差し止めされると製品の行き場はない。
しかし、新義州にしても羅先にしても、漁船に(運送品の内容を偽装した)荷物を積んで西朝鮮湾や日本海を経由すれば、中国まで運ぶことは必ずしも不可能ではない。琿春からだと一旦ロシアを経由したり、対馬海峡、済州海峡を経由すれば手間はかかるが、儲かることなら何でもする中国のアパレル業者にとっては、決して吝かではないはずだ。極論すれば、秘密裏にシベリア鉄道で運んでロシアや東欧で売り捌くという手もあるだろう。
北朝鮮は貿易統計を一切公表していないが、東アジア貿易研究会は北朝鮮が2015年に繊維製品の輸出で稼ぎ出した外貨は、約8億ドル(約880億円)に達すると見ている。北朝鮮と輸出入取引がある国や地域の対北朝鮮輸入額合計(北朝鮮から見ると輸出)は44億1,577万ドルと(約7,948億円)なっている。
アパレルは北朝鮮の総輸出額の約5分の1程度で、国連の制裁措置が北朝鮮の外貨収入を大きく減少させるという意見もある。だが、抜け道がいくらもあるわけで、実際のところは不確かなのである。
話はずいぶん前に遡るが、2002年9月の小泉純一郎総理の訪朝で、日朝平壌宣言が発表された。10月には拉致被害者5名の帰国が実現した。その時、筆者は羽田空港に到着した政府専用機からタラップを降りる蓮池薫さんを見て、はたと思った。着ていた黒のスーツが某紳士服量販店に置いているものと、生地の光沢や風合い、袖や襟の始末が非常に似ていたからだ。「北朝鮮でも既製品のスーツを量産しているのか」。
ニュース映像を見たくらいでそんなものがわかるのかと、言われるかもしれない。でも、筆者はアパレル業界で長年服を見てきた経験から、感覚的に形や質感を見ただけで、どのくらいのクオリティの生地を使い、どの程度の工場で作られているのかは、だいたい想像がつく。テレビ映像やネット画像の質が格段にアップしたこともあるだろう。
フォルムは肩幅がやや広く、身幅も大きめ、着丈も長い。メンズスーツの原型パターンに近い印象だった。当時、日本で出回り始めたスーツは細身になり、着丈は短くなっていた。蓮池さんのスーツは間違っても洗練されたデザインとは言えなかったが、作りはしっかりしていて確かな縫製が施してあるように感じた。
拉致被害者の帰国からだいぶ後になって、経済誌系メディアは紳士服量販店が格安スーツを商社経由で発注したケースで、「北朝鮮で縫製していたものもある」と、シラッと報道していた。このニュースを目にした時、「やはり、な」と確信した。
2000年始めの日本はバブル経済の崩壊、平成不況を脱していなかった。消費はデフレの影響で価格の安い商品に向いていた。アパレル業界では、アジア生産が急速に進み、スーツも例外ではなかった。多くが中国生産だったが、紳士服量販店のマーケットでは北朝鮮で縫製されたものがかなり出回っていたということである。
現在ではどうなのだろうか。アパレル業界では数年前から「中国の人件費が高騰してきており、ベトナムやバングラデシュなどに製造委託しなければ、利益が出ない」と言われている。中国の業者からしても、自国の人件費アップは間違いないのだから、製造コストの安い国に外注するのは当然のこと。北朝鮮は選択肢の一つなのだ。なのに相変わらず「中国製」「Made in China」で通っていることに疑念を抱かずにはいられない。
この秋、セレクトショップが全面に打ち出すレザーのライダースでは、3万円台のほとんどが中国製だ。原価率30%とすれば、材料費を除くと2000〜3000円が縫製工賃だろうから、もしかしたら北朝鮮で製造されているのではとさえ思ってしまう。
経済産業省は今年4月、「外国為替及び外国貿易法に基づく北朝鮮輸出入禁止措置の延長」を公表した。北朝鮮を仕向け地とする全ての貨物の輸出禁止及び北朝鮮を原産地または船積地域とする全ての貨物の輸入禁止等の措置を講じている。期間は今年4月14日から19年の4月13日まで続くということだ。
日本はこうした経済制裁を北朝鮮に課している関係から、貿易を一切行っていないことになっているが、それはあくまで書類上である。
某紳士服量販店が店舗展開を拡大する時、その出店費用が破綻した「朝銀から低利で融資されていた」というのは、業界では有名な話だ。また、二代目社長の顔立ちを見ると、何となく金一族系統に似ている感じもするが、気のせいだろうか。それはともかく、日本のアパレル業界が間接的に北朝鮮に手を貸しているという意味では、何ともやるせない気持ちになる。
中国のアパレル業者に丸投げを続けていれば、製造履歴の確認は何ともしようがない。業者が製造を北朝鮮の工場に委託し続ける限り、北朝鮮は経済的に追い込まれることなく、今後も核・ミサイル開発費の原資を稼ぎ続けるだろう。日本のお上がいくら輸入禁止措置が講じたところで、「影響無し」はむしろ北朝鮮の方かもしれない。
日本繊維輸入組合は「組合企業による北朝鮮からの繊維品輸入は17年1〜6月でゼロ」と、発表している。また、アパレルメーカーも「北朝鮮製スーツの輸入はコンプライアンス面から休止。開城工業団地に進出した韓国企業も工場の操業を停止したことから、日本と北朝鮮との繊維製品の貿易は廃れてしまった」と語る。それが「影響無し」の根拠のようだ。
しかし、本当にそうなのだろうか。中国などを経由した「迂回ルート」がいくらもあるのにだ。おそらく、今回の北朝鮮への制裁強化について、アパレル製造流通の内幕を熟知する諸兄なら「北にはさほど影響ないのかも」と、冷めた目で見ているのではないかと思う。
そもそも、端から「北朝鮮製」「Made in North Korea」と表示するアパレルがあるのか。筆者は海外ブランドでも一度も見たことがない。実際に北朝鮮で製造したと言っても、中国で仕上げなど一部加工を施せば、それは堂々と「中国製」としてまかり通る。
アパレル業界では原産国表示に対し、大手アパレルやアパレル産業に携わる団体が「アパレル業界における原産国表示マニュアル」を制作している。 それによると、「不当景品類及び不当表示防止法など関係法令に定められた原産地不当表示の禁止を徹底する」と規定されている。また、団体は「原産国表示のマニュアルを整備し、誤表示を防止するための運用ガイドラインの整備を図る」と宣言している。
ただ、それらは「法的にはお客さんに誤認を与える表示をしてはいけない」という意味であって、原産国表示を明確に義務付けるものではない。誤認される怖れがなければいいというわけだ。それ以上に、ヤングを主体にお客さんの方が自分が好きなブランドやテイストなら、それほど原産国にはこだわらなくなってきている。そうした背景も純然たる原産地表示を曖昧にしているのではないだろうか。
アパレル業界側も明確に「どこどこ製」と表示していれば、それ以前のトレーサビリティを厳密にチェックしているとは考えにくい。メーカーがダイレクトに生産工場に製造委託するならいざ知らず、間にOEM、ODM業者、アパレル商社などが何社も介在していれば、どこで製造しようと、末端の小売りが知る由もない。まして、お客さんにわかるわけがないのである。
そう考えると、日本のアパレル企業が生産を中国のアパレル業者に丸投げした場合、北朝鮮の縫製工場に外注されてもおかしくない。中国の遼寧省丹東、吉林省琿春にはアパレル企業がたくさんあり、世界中のブランドと取引している。
それらが北朝鮮の縫製工場に製造を委託しているのは紛れない事実であり、中国製と表記したブランドタグを縫い付けて、中国経由で輸出すれば現実的に縫製がどこで行われたのかはわかるはずもない。つまり、国連の制裁強化も限定的ということである。
もっとも、中国当局は北朝鮮産の鉄、鉛、海産物などの輸入を全面禁止する国連制裁決議以前から、「Made in China」と表記されたブランドタグが縫い付けられた北朝製繊維製品の輸入禁止措置をとっている。現に中朝国境の各税関では、北朝鮮からの輸出入製品に対して調査を厳密に行い、通関できない状況が続いており、丹東の保税倉庫には製品が山積みになっているとの情報も伝わってくる。
ところが、ここでも抜け道はあるようだ。それは「密輸」という手段があるのだ。中国各地の役所は北京の中央省庁がコントロールするが、地方に行けばそれだけ眼が行き届きにくく、腐敗の温床になりがちだ。アパレル業者が賄賂を出せば、通関の書類なんかいくらでも偽造できるだろうし、税関を通さずに密輸することも決して難しくないと言われている。
北朝鮮から陸路で中国にアパレル製品を運ぶ場合、平安北道の新義州から遼寧省の丹東、あるいは北東部の羅先から吉林省の琿春には、鴨緑江や豆満江にかかる橋をを渡ることになる。だから、中国側の税関で差し止めされると製品の行き場はない。
しかし、新義州にしても羅先にしても、漁船に(運送品の内容を偽装した)荷物を積んで西朝鮮湾や日本海を経由すれば、中国まで運ぶことは必ずしも不可能ではない。琿春からだと一旦ロシアを経由したり、対馬海峡、済州海峡を経由すれば手間はかかるが、儲かることなら何でもする中国のアパレル業者にとっては、決して吝かではないはずだ。極論すれば、秘密裏にシベリア鉄道で運んでロシアや東欧で売り捌くという手もあるだろう。
北朝鮮は貿易統計を一切公表していないが、東アジア貿易研究会は北朝鮮が2015年に繊維製品の輸出で稼ぎ出した外貨は、約8億ドル(約880億円)に達すると見ている。北朝鮮と輸出入取引がある国や地域の対北朝鮮輸入額合計(北朝鮮から見ると輸出)は44億1,577万ドルと(約7,948億円)なっている。
アパレルは北朝鮮の総輸出額の約5分の1程度で、国連の制裁措置が北朝鮮の外貨収入を大きく減少させるという意見もある。だが、抜け道がいくらもあるわけで、実際のところは不確かなのである。
話はずいぶん前に遡るが、2002年9月の小泉純一郎総理の訪朝で、日朝平壌宣言が発表された。10月には拉致被害者5名の帰国が実現した。その時、筆者は羽田空港に到着した政府専用機からタラップを降りる蓮池薫さんを見て、はたと思った。着ていた黒のスーツが某紳士服量販店に置いているものと、生地の光沢や風合い、袖や襟の始末が非常に似ていたからだ。「北朝鮮でも既製品のスーツを量産しているのか」。
ニュース映像を見たくらいでそんなものがわかるのかと、言われるかもしれない。でも、筆者はアパレル業界で長年服を見てきた経験から、感覚的に形や質感を見ただけで、どのくらいのクオリティの生地を使い、どの程度の工場で作られているのかは、だいたい想像がつく。テレビ映像やネット画像の質が格段にアップしたこともあるだろう。
フォルムは肩幅がやや広く、身幅も大きめ、着丈も長い。メンズスーツの原型パターンに近い印象だった。当時、日本で出回り始めたスーツは細身になり、着丈は短くなっていた。蓮池さんのスーツは間違っても洗練されたデザインとは言えなかったが、作りはしっかりしていて確かな縫製が施してあるように感じた。
拉致被害者の帰国からだいぶ後になって、経済誌系メディアは紳士服量販店が格安スーツを商社経由で発注したケースで、「北朝鮮で縫製していたものもある」と、シラッと報道していた。このニュースを目にした時、「やはり、な」と確信した。
2000年始めの日本はバブル経済の崩壊、平成不況を脱していなかった。消費はデフレの影響で価格の安い商品に向いていた。アパレル業界では、アジア生産が急速に進み、スーツも例外ではなかった。多くが中国生産だったが、紳士服量販店のマーケットでは北朝鮮で縫製されたものがかなり出回っていたということである。
現在ではどうなのだろうか。アパレル業界では数年前から「中国の人件費が高騰してきており、ベトナムやバングラデシュなどに製造委託しなければ、利益が出ない」と言われている。中国の業者からしても、自国の人件費アップは間違いないのだから、製造コストの安い国に外注するのは当然のこと。北朝鮮は選択肢の一つなのだ。なのに相変わらず「中国製」「Made in China」で通っていることに疑念を抱かずにはいられない。
この秋、セレクトショップが全面に打ち出すレザーのライダースでは、3万円台のほとんどが中国製だ。原価率30%とすれば、材料費を除くと2000〜3000円が縫製工賃だろうから、もしかしたら北朝鮮で製造されているのではとさえ思ってしまう。
経済産業省は今年4月、「外国為替及び外国貿易法に基づく北朝鮮輸出入禁止措置の延長」を公表した。北朝鮮を仕向け地とする全ての貨物の輸出禁止及び北朝鮮を原産地または船積地域とする全ての貨物の輸入禁止等の措置を講じている。期間は今年4月14日から19年の4月13日まで続くということだ。
日本はこうした経済制裁を北朝鮮に課している関係から、貿易を一切行っていないことになっているが、それはあくまで書類上である。
某紳士服量販店が店舗展開を拡大する時、その出店費用が破綻した「朝銀から低利で融資されていた」というのは、業界では有名な話だ。また、二代目社長の顔立ちを見ると、何となく金一族系統に似ている感じもするが、気のせいだろうか。それはともかく、日本のアパレル業界が間接的に北朝鮮に手を貸しているという意味では、何ともやるせない気持ちになる。
中国のアパレル業者に丸投げを続けていれば、製造履歴の確認は何ともしようがない。業者が製造を北朝鮮の工場に委託し続ける限り、北朝鮮は経済的に追い込まれることなく、今後も核・ミサイル開発費の原資を稼ぎ続けるだろう。日本のお上がいくら輸入禁止措置が講じたところで、「影響無し」はむしろ北朝鮮の方かもしれない。