あらゆる職業で、人手不足が叫ばれている。だが、仕事には好き嫌いがあるし、職種には向き不向きもある。せっかく採用しても長続きせずに辞めていかれることもある。企業もメディアも、ミスマッチの一言で解釈しようとするが、本当にそうなのか。そもそも賃金が低ければ、昨今の求職者が働きがいを感じるはずもない。風通しのいい職場だの、福利厚生に注力しているだのと御託を並べたところで、人が集まらない原因は自明の理なのだ。だからこそ、賃金アップがトレンドであるのは間違いない。
アパレル業界はどうだろうか。メーカーでは企画デザイン、MD、生産管理、プレス、営業と、経験者の通年採用が行われている。一方、厳しい経営環境に置かれている中、退職金を割り増ししても、希望退職者を募るところがある。高い能力を持つ即戦力の人材が欲しい反面、生産性が上がらない中堅社員を辞めさせたいのが本音なのか。デザイナーになる夢、ブランド開発の志望、独立・起業といった野望を抱かない限り、大して報酬が良いわけでもない業界、企業に自ら飛び込もうというのはもはや少数派ではないか。
アパレル小売業はさらに厳しい。教祖のように崇められたカリスマ販売員も信者離れで威光は消えた。世界を駆け巡るバイヤーも、いつかはなれるがそのいつかがわからない。群をぬく認知度のブランドでは、ホスピタリティを備えた販売員。商品チョイスと編集能力が優れたセレクトでは、高い接客応対のショップスタイリスト。量販MDのもと売り切って収益を上げるチェーン店では、管理能力に長けたマネージャー。もちろん、お三方ともデジタル知識の習得は必須。それでも、人材が追いついていかないのが現状だ。
ECが小売りに浸透したことで、若者では通販サイトの制作スタッフを志望する傾向が強苦なっている。販売では売上げの高さと高額な報酬は相関関係にあり、それには販売力や顧客獲得が必要だ。でも、経験を積んだからと、誰もが得られるものではない。Web制作なら場数をこなせば、ある程度の技術が身に付く。HTMLを理解し、タグを打ち込み、写真の加工を行えば、サイトのデザインは完成する。独立して自分で作った商品を自分で売ることも可能だ。
Webに詳しくなると、次はアプリの開発へ。スタートアップの光景が見えてきて、その先には株式上場のイメージも。大学だろうが、専門学校だろうが、卒業間もない若者なら近い将来の立ち位置を想像する。キャピタルゲインがある株の方が事業より富を得られることは、薄々理解できているはず。上から下まで流行りのアイテムを着込んで売場に立っても、税金、保険に社販のローンを差し引かれると、手取りはわずか。そんな仕事より稼げるかもしれないと、妄想だけは働く。実際に儲かるかどうかは別にして、若者が靡くのも当然だろう。
それでも、ブランドをアピールするには実店舗が不可欠で、販売員不足は深刻な状況だ。東京では次々と再開発ビルが開業し、一部は物販ゾーンとなりテナントが誘致される。若年層の転出より転入が多い東京なら、販売員の潜在人口はあるかもしれない。しかし、地方では人手不足で出店に二の足を踏むテナントが少なくない。そこでデベロッパーが苦肉の策として考え始めたのが、AIに接客を任せる「デジタル実店舗」の運用である。
店舗には、40インチほどのモニターが設置され、画面にはAIアバターが接客スタッフとして来店客に語りかける。AIカメラがお客の性別や年齢を認識し、画面上にお客が望む選択肢を表示しながら、レコメンド商品を紹介する。外国人にも対応するため、英語や中国語、韓国語への切り替えも可能だ。モニターに話しかけると、ファッション情報を学習した生成AIがお客のニーズを汲み取り応えてくれる。まさにAI接客、デジタル販売員とでも言おうか。
それだけではない。お客が棚やラックの商品を手に取ると、センサーが感知して説明を始める。さらに商品の詳しい説明を必要とすれば、店内のタブレットPCを利用してブランドの本部にいるスタッフとのビデオチャットができる。もちろん、商品はその場で試着や購入が可能。プロの販売員は必要でなく、支払いや品出しではデベロッパーのスタッフでも事足りる。
テナント側も出店のために新たに販売スタッフを採用する必要がない。それでなくても販売員へのなり手不足は深刻だ。デジタル実店舗、AI接客は人件費などの削減だけでなく、業界が抱える課題を解決する手段になり、店舗展開がスムーズに進むことへの期待は大きい。
むしろ改革途上の量販店が導入すべき
1月の半ばからデジタル実店舗の試験運用に取り組んでいるのが、福岡を拠点にする鉄道会社、西鉄である。中心部天神では駅ビル、都市型ショッピングセンター(SC )も運営しており、その一つのソラリアプラザ5階では3月末まで「デジタルポップアップストア」を展開中だ。アパレルからアクセサリー、菓子、キャンドルといった店舗が期間限定で出店する。
駅ビルや都市型SCでは、激しいブランドの争奪戦が繰り広げられている。だが、地方では人口減少によるマーケットの縮小で、商業施設そのものの縮小を余儀なくされているところもある。それに人手不足が輪をかけているのだから、デベロッパー側としてはハード面で出店しやすい店作りをするしかないと判断したと見られる。
西鉄もスタッフ採用の心配がなくなれば、東京をはじめ海外からも人気ブランドを誘致しやすいと考えたようだ。デジタル実店舗のプロトタイプが完成すれば、話題性はもちろん実用面でも期待できる。実験に参加したうち1社は奈良県の企業とか。地域に埋もれている商材を発掘し、福岡で孵化することにもチャレンジしたい狙いもある。
デジタル実店舗は、ある程度の設備投資が必要だが、人手不足の解消に繋がるのは確実だ。また、従来はセルフで営業してきた業態にとって、接客サービスが向上できるのは間違いない。むしろデジタル実店舗は苦戦が続く量販店のアパレル、GMSの衣料品売場を改革する第一歩になるのではないかと思う。
量販店では、広島のスーパーイズミが2022年からアダストリアと共同で、30~40代の女性向けの新ブランド「SHUCA(シュカ)」を開発。同年9月から郊外型SC、ゆめタウンの全46施設で展開をスタートしている。ベイシアグループ傘下のベイシアは大手アパレルのワールドと協業し、オリジナルのレディスブランド「YORIMO(ヨリモ)」を開発した。イオンの子会社、イオンリテールは衣料品売場をデイリーカジュアル、セカンドライフ、ネクストエイジなどの6つの年齢別・シーン別に分類した「専門店モデル」を拡大中だ。
イトーヨーカ堂は、撤退したGMSの衣料品平場に対し、アダストリアがヨーカ堂専用のブランド「FOUND GOOD(ファウンドグッド)」を供給し、2月15日から東京の木場店、神奈川の立場店の2店で販売をスタートしている。6月までに64店に導入する計画という。量販各社は専門的ノウハウを持つアパレルと協業し、ファッション性やコーディネート力を高め、量販アパレルのMD改革に乗り出したと見られる。
ただ、アパレル販売は開発した商品を衣料品平場にアソートメントすれば、完了というわけではない。ファッション性を持つ衣料品に注力すればするほど、コーディネートや着こなし、小物使いなどをお客にフルサービスで伝えることが肝心だ。だからと言って、GMSの売場にそのブランドを着た販売員を常駐させることも、セルフを旨とする量販店にはそぐわない。
そこで、カギを握るのがデジタル装備による接客や情報の提供ではないかと考える。シュカにしても、ヨリモにしても、ファウンドグッドにしてもシーズン前にアパレル側が商品開発やMD構築を行う段階で、実際のコーディネートや着こなしも考えているはず。ただ、売場に販売員がいなければ、それを実践して伝えることはできず、販売における説得力を欠く。だから、コーディネートなどのポイントをAIに学習させ、売場に設置したモニターでお客に訴えればいいのだ。
さらにAIカメラがお客の性別や年齢を認識し、似合う色やデザインの商品を紹介するだけで、お客の反応は違うだろうし、売上げにも差が出てくると思う。量販店はあくまでセルフ販売が主体なのだから、商品に詳しいアパレルの担当者がビデオ通話するまでは必要ない。モニターで情報を伝え、AIカメラがお客を認識してレコメンドすれば十分だ。
全国に270店以上のスーパーセンターを展開するトライアルは、すでに同様の手法をトライアルGOで実践している。売場に設置されたモニターで、常時レコメンド商品を紹介する一方、消費期限が短い弁当や惣菜を対象に、AIカメラが陳列棚を常時観察し、商品の売れ行きをモニタリングする。得られた売れ行きデータをAIが判断して消費期限が近いものから自動で値下げ価格を棚札に表示する。同社ではシステムの他社への販売も検討しているというから、アパレルの販売で活用できなくはない。
販売期間のスパンが比較的長いアパレルだから、自動値下げシステムまでの重装備は必要ないと思う。だが、お客への情報提供や売場のモニタリングをデジタル化するのは今や不可欠な要素だ。ここまでやって初めて量販店の衣料品改革ができるし、人がいないことに代わる仕組みになるのではないだろうか。もう小売販売業ではなく、情報技術リテーラー。いない人に代わるものをいかに手当てできるか。そこにかかっている。
アパレル業界はどうだろうか。メーカーでは企画デザイン、MD、生産管理、プレス、営業と、経験者の通年採用が行われている。一方、厳しい経営環境に置かれている中、退職金を割り増ししても、希望退職者を募るところがある。高い能力を持つ即戦力の人材が欲しい反面、生産性が上がらない中堅社員を辞めさせたいのが本音なのか。デザイナーになる夢、ブランド開発の志望、独立・起業といった野望を抱かない限り、大して報酬が良いわけでもない業界、企業に自ら飛び込もうというのはもはや少数派ではないか。
アパレル小売業はさらに厳しい。教祖のように崇められたカリスマ販売員も信者離れで威光は消えた。世界を駆け巡るバイヤーも、いつかはなれるがそのいつかがわからない。群をぬく認知度のブランドでは、ホスピタリティを備えた販売員。商品チョイスと編集能力が優れたセレクトでは、高い接客応対のショップスタイリスト。量販MDのもと売り切って収益を上げるチェーン店では、管理能力に長けたマネージャー。もちろん、お三方ともデジタル知識の習得は必須。それでも、人材が追いついていかないのが現状だ。
ECが小売りに浸透したことで、若者では通販サイトの制作スタッフを志望する傾向が強苦なっている。販売では売上げの高さと高額な報酬は相関関係にあり、それには販売力や顧客獲得が必要だ。でも、経験を積んだからと、誰もが得られるものではない。Web制作なら場数をこなせば、ある程度の技術が身に付く。HTMLを理解し、タグを打ち込み、写真の加工を行えば、サイトのデザインは完成する。独立して自分で作った商品を自分で売ることも可能だ。
Webに詳しくなると、次はアプリの開発へ。スタートアップの光景が見えてきて、その先には株式上場のイメージも。大学だろうが、専門学校だろうが、卒業間もない若者なら近い将来の立ち位置を想像する。キャピタルゲインがある株の方が事業より富を得られることは、薄々理解できているはず。上から下まで流行りのアイテムを着込んで売場に立っても、税金、保険に社販のローンを差し引かれると、手取りはわずか。そんな仕事より稼げるかもしれないと、妄想だけは働く。実際に儲かるかどうかは別にして、若者が靡くのも当然だろう。
それでも、ブランドをアピールするには実店舗が不可欠で、販売員不足は深刻な状況だ。東京では次々と再開発ビルが開業し、一部は物販ゾーンとなりテナントが誘致される。若年層の転出より転入が多い東京なら、販売員の潜在人口はあるかもしれない。しかし、地方では人手不足で出店に二の足を踏むテナントが少なくない。そこでデベロッパーが苦肉の策として考え始めたのが、AIに接客を任せる「デジタル実店舗」の運用である。
店舗には、40インチほどのモニターが設置され、画面にはAIアバターが接客スタッフとして来店客に語りかける。AIカメラがお客の性別や年齢を認識し、画面上にお客が望む選択肢を表示しながら、レコメンド商品を紹介する。外国人にも対応するため、英語や中国語、韓国語への切り替えも可能だ。モニターに話しかけると、ファッション情報を学習した生成AIがお客のニーズを汲み取り応えてくれる。まさにAI接客、デジタル販売員とでも言おうか。
それだけではない。お客が棚やラックの商品を手に取ると、センサーが感知して説明を始める。さらに商品の詳しい説明を必要とすれば、店内のタブレットPCを利用してブランドの本部にいるスタッフとのビデオチャットができる。もちろん、商品はその場で試着や購入が可能。プロの販売員は必要でなく、支払いや品出しではデベロッパーのスタッフでも事足りる。
テナント側も出店のために新たに販売スタッフを採用する必要がない。それでなくても販売員へのなり手不足は深刻だ。デジタル実店舗、AI接客は人件費などの削減だけでなく、業界が抱える課題を解決する手段になり、店舗展開がスムーズに進むことへの期待は大きい。
むしろ改革途上の量販店が導入すべき
1月の半ばからデジタル実店舗の試験運用に取り組んでいるのが、福岡を拠点にする鉄道会社、西鉄である。中心部天神では駅ビル、都市型ショッピングセンター(SC )も運営しており、その一つのソラリアプラザ5階では3月末まで「デジタルポップアップストア」を展開中だ。アパレルからアクセサリー、菓子、キャンドルといった店舗が期間限定で出店する。
駅ビルや都市型SCでは、激しいブランドの争奪戦が繰り広げられている。だが、地方では人口減少によるマーケットの縮小で、商業施設そのものの縮小を余儀なくされているところもある。それに人手不足が輪をかけているのだから、デベロッパー側としてはハード面で出店しやすい店作りをするしかないと判断したと見られる。
西鉄もスタッフ採用の心配がなくなれば、東京をはじめ海外からも人気ブランドを誘致しやすいと考えたようだ。デジタル実店舗のプロトタイプが完成すれば、話題性はもちろん実用面でも期待できる。実験に参加したうち1社は奈良県の企業とか。地域に埋もれている商材を発掘し、福岡で孵化することにもチャレンジしたい狙いもある。
デジタル実店舗は、ある程度の設備投資が必要だが、人手不足の解消に繋がるのは確実だ。また、従来はセルフで営業してきた業態にとって、接客サービスが向上できるのは間違いない。むしろデジタル実店舗は苦戦が続く量販店のアパレル、GMSの衣料品売場を改革する第一歩になるのではないかと思う。
量販店では、広島のスーパーイズミが2022年からアダストリアと共同で、30~40代の女性向けの新ブランド「SHUCA(シュカ)」を開発。同年9月から郊外型SC、ゆめタウンの全46施設で展開をスタートしている。ベイシアグループ傘下のベイシアは大手アパレルのワールドと協業し、オリジナルのレディスブランド「YORIMO(ヨリモ)」を開発した。イオンの子会社、イオンリテールは衣料品売場をデイリーカジュアル、セカンドライフ、ネクストエイジなどの6つの年齢別・シーン別に分類した「専門店モデル」を拡大中だ。
イトーヨーカ堂は、撤退したGMSの衣料品平場に対し、アダストリアがヨーカ堂専用のブランド「FOUND GOOD(ファウンドグッド)」を供給し、2月15日から東京の木場店、神奈川の立場店の2店で販売をスタートしている。6月までに64店に導入する計画という。量販各社は専門的ノウハウを持つアパレルと協業し、ファッション性やコーディネート力を高め、量販アパレルのMD改革に乗り出したと見られる。
ただ、アパレル販売は開発した商品を衣料品平場にアソートメントすれば、完了というわけではない。ファッション性を持つ衣料品に注力すればするほど、コーディネートや着こなし、小物使いなどをお客にフルサービスで伝えることが肝心だ。だからと言って、GMSの売場にそのブランドを着た販売員を常駐させることも、セルフを旨とする量販店にはそぐわない。
そこで、カギを握るのがデジタル装備による接客や情報の提供ではないかと考える。シュカにしても、ヨリモにしても、ファウンドグッドにしてもシーズン前にアパレル側が商品開発やMD構築を行う段階で、実際のコーディネートや着こなしも考えているはず。ただ、売場に販売員がいなければ、それを実践して伝えることはできず、販売における説得力を欠く。だから、コーディネートなどのポイントをAIに学習させ、売場に設置したモニターでお客に訴えればいいのだ。
さらにAIカメラがお客の性別や年齢を認識し、似合う色やデザインの商品を紹介するだけで、お客の反応は違うだろうし、売上げにも差が出てくると思う。量販店はあくまでセルフ販売が主体なのだから、商品に詳しいアパレルの担当者がビデオ通話するまでは必要ない。モニターで情報を伝え、AIカメラがお客を認識してレコメンドすれば十分だ。
全国に270店以上のスーパーセンターを展開するトライアルは、すでに同様の手法をトライアルGOで実践している。売場に設置されたモニターで、常時レコメンド商品を紹介する一方、消費期限が短い弁当や惣菜を対象に、AIカメラが陳列棚を常時観察し、商品の売れ行きをモニタリングする。得られた売れ行きデータをAIが判断して消費期限が近いものから自動で値下げ価格を棚札に表示する。同社ではシステムの他社への販売も検討しているというから、アパレルの販売で活用できなくはない。
販売期間のスパンが比較的長いアパレルだから、自動値下げシステムまでの重装備は必要ないと思う。だが、お客への情報提供や売場のモニタリングをデジタル化するのは今や不可欠な要素だ。ここまでやって初めて量販店の衣料品改革ができるし、人がいないことに代わる仕組みになるのではないだろうか。もう小売販売業ではなく、情報技術リテーラー。いない人に代わるものをいかに手当てできるか。そこにかかっている。