HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

女性を解放するシルクって何なのだろう。

2013-09-14 15:10:37 | Weblog
 ユニクロがこの秋、シルクで製造したアイテムの販売を始めた。素材から開発する同社にとって、シルクはウール、コットン、リネンに次ぐ天然繊維となる。果たして吉と出るのか、凶と出るのかは、市場の反応を見るしかない。
 ただ、アパレルで仕事をしてきた人間からすれば、この素材について言っておきたいことがある。シルクは「繊維の女王」と呼ぶにふさわしい素材だ。光沢、 風合い、肌触り、色合いなど、他の繊維を寄せ付けないと言ってもいいだろう。

 素材の中ではいちばん価格が高く、ポピュラーなアイテム「ブラウス」にすると、売価は2万円以上付けなくてはならなかった。ゆえに、専門店系アパレルにとって、高級ブティックやアーリーオピニオンを狙うには、格好の商材となったのである。
 もともとは着物の素材でもあったわけだが、戦後のライフスタイルの変化で、アパレルファッションの分野では伸びていった。ある時期まではである。

 シルクはいわゆる「蚕」が吐く糸を原料とするのは、多くが知るところだと思う。動物性であるがゆえに素材は「タンパク質」で、その分子は引っ張ると引き伸ばされて小さな繊維の束になる。蚕が作る繭は、蚕が分子を引き伸ばし、それを揃えて作る2本の繊維の表面をタンパク質が被った組織構造と言える。 繭ひとつでとれる繊維はだいたい1,000m~1,500mだから、それだけ長くつながった長繊維でもある。 つまり、シルクの構造は、蚕が糸を吐くことで1本の繊維を作り、それを2本揃えてタンパク質で接着させたものなのだ。

 そのためコットンのように硬すぎず、化繊のように柔らかすぎず、適度なこしをもつ。繊維が細いのでドレープ性が出せる。つまり、トップアイテムにすればそれだけ存在感があるというわけだ。また、天然素材で吸湿性がある一方、水分を発散するので、服飾素材としての機能性も兼ね備えている。これは化学の授業で出て来た「親水基」が分子に数多く含まれると言えば、理解できる諸兄も多いだろう。親水基は直接染料をつなぎ止める働きをもつため、いろんな染料で着色できるのである。これもプリントなどファッションアイテムに向く理由だ。

 また、シルクは繊維が天然、動物性ということで、均等に揃っているわけではない。だから、糸に束ねられた時、繊維と繊維の間に多くの空気を含む。それがバリアとなるため、外部からの熱を通しにくく、逆に保温性も高いのである。特に湿気を吸収するとき、熱を発散して温度を保つから、外部の急激な温度変化にもいたって柔軟に対応できる。
 そして、一番の特徴が光沢や風合いが優れていることだ。肌触りがよく、下着にもOK。アレルギーの人がシルクに変えた途端、治ったというのはよく聞く話しだ。

 ただ、長所ばかりではない。小説や歌のフレーズによく使われる「衣(きぬ)ずれ」が起こる。シルクの糸や紐を手でもむと、キュッ、キュッと音がするが、あれは「絹鳴り」。衣ずれとはシルクの布と布が擦れ合って出る音のこと。天然繊維で組織に凹凸があるため、布が擦れると音がでるのである。これが意外に気になって嫌だと言う人もいる。でも、そうした特徴は小説や歌に登場すると、ドラマのシチュエーションにもなるのだ。

 また、糸が細く長いため、耐摩耗性、摩擦強度は高くない。長く着ていると、すれてケバがたち、酷くなると穴があいてしまう。ブラウスで言えば、袖口や肘がいちばん摩耗しやい。そして、時間とともに黄ばんでくる。「純白のシルク○○○○」と言えば、カッコいいのだが、経年とともに変色する。この原因は熱や光によるものだが、熱はアイロンをかけるときに注意できるが、光酸化反応の防止は光を当てないこと。きちんとたたんで引き出しにしまうしかない。汚れについては、中性洗剤を使って水洗いするか、専門のクリーニングを頼むということだ。

 ある専門店の店長からこんな話を聞いたことがある。「シルクタフタのブラウスは高級アイテムだから、販売したお客さんにはアフターケアまで受け持つ」と。あるお客からブラウスにシミを付けたと相談されると、専門の職人がいるクリーニング店に持っていき、染み抜きをしてもらっていたという。仕事はいつも完璧で、新品と遜色ない仕上がりだったそうだ。ところが、ある時、同じように依頼したところ、いつものような出来映えとはいかなかったとか。理由をたずねると、店主である染み抜きの職人が亡くなり息子が後を継いだのだが、先代の技とまではいかなかったようである。

 シルクという素材はそれだけ奥が深く、デリケートなのである。それゆえ、紡績から紡織、染色までで手間がかかり、その素材を使って作り上げられる服は、それだけの価値を有している。養蚕の段階からいろんな人間が関わっているのだからコストがかかり、それが最終の売価に跳ね返るのは当然だ。さらにデリケートゆえケアに手間をかけ、気を配ることが必要になる。先に「ある時までは」と言ったのはバブル崩壊まではのこと。それまでは高級品のシルクアイテムは、売っていたし、売れていた。

 ところが、ファッションの低価格化に伴って、高級品であるシルクはだんだん市場から求められなくなった。高級ブランドや縮緬などで一部は残ってはいるが、デザインの多くがおばちゃん向けでとても若者をひきつけるようなファッションではない。さらに、シルクに似せて企画された化学繊維では、素材のバリエーションが広がった。ビスコースやポリノジックの登場である。これらはプリント加工もしやすく、肌触りも適度にいい。まして、価格競争力はシルクの比ではない。こうしてシルクを主力に扱っていったアパレルでは倒産の憂き目にあうところ、後ろ髪を引かれるように化繊オンリーにシフトしたところが少なくない。



高級素材の敷居を低くしたいとの意図はわかるが…


 そんな状況から20年ほどが過ぎ、ユニクロというSPAがシルクにチャレンジするという。成功するのか、失敗するのかを語るのは時期尚早だろう。しかし、シルクの製造過程を考えると、相当のコストがかかっている。それを低価格を売りにするユニクロが販売するというのは、どこかにカラクリがあるのは、多くのアパレル関係者が思うところだ。養蚕、絹織物はかつては日本の基幹産業だった。ゆえにシルクは日本を代表する繊維でもあった。しかし、その構造はもはや中国に移り、シルクの紡績紡織の8割を占めるようになったと聞く。それはユニクロが参入を決めた理由でもあるだろう。

 化繊慣れした昨今の消費者にすれば、あまりピンこないだろうが、シルクは化繊よりはるかにスタイリッシュな着こなしができる。事例をあげておこう。70年代の後半、米国のニューヨークに端を発した「キャリアウーマン」スタイルが世界中に広がった。その一コーディネートに、ボトムは細身でくるぶし丈のパンツでハイヒールを履き、トップスはシルクのオーバーブラウスを着て、ウエストをベルトでマークし、ブラージングするのが流行った。このスタイルはブラウスの身幅が細くなり、肩パットが取れたくらいで、今でも世界中のモード誌を飾るほど定番になっている。

 シルクのブラウスを仕入れてくれた専門店には、よくこのスタイリングを店頭ディスプレイで提案したものだ。時間がたっても、形がくずれることはない。シルクという繊維にこしがあり、摩擦があるから可能なのである。ところが、長く飾るとウエストあたりに皺がよるため、バイヤーや店長は売りものだからと、あまりしたがらなかった。でも、什器にハンギングしたり、たたんで棚に置くだけでは、シルクの良さはわからない。これが化繊のブラウスだと確かに皺はよらないが、時間の経過とともに繊維の重みで下に下がていく。ブラージングは消えて、ウエストマークのベルトのみのストンとしたスタイリングになる。

 同じことをモデル撮影でも経験した。モデルに同じようなスタイリングをして、リハーサルやドライなどで時間を要しても、シルクのブラウスだとブラージングが消えることはない。これが化繊のブラウスなら、撮影に前に何度も手直ししないと、スタイリッシュな着こなしにはならない。それだけシルクが優れた素材ということの裏返しでもある。こんなこと、そこらの三文スタイリストは、気づく由もないだろう。繊維を知り、服を企画し、それをプロモーションし、販売して来た人間だからわかることである。

 最後にシルクを販売するユニクロのコピーについても、論じておこう。サイトには「ユニクロは『シルク』を、世界中の女性たちに解放します。」とある。この「解放」は何を意味しているのか。つまり、高級素材であるシルクを値ごろ感のある商品として女性に提案します。あるいは従来は女性にとって高かったシルクの敷居を下げます。ということだろうか。それが真意ならば、解放ではなく、「開放」の方が適切ではと言うアパレル関係者もいる。

 「解放」というフレーズで思い出したのが、70年代半ばにコピーライティングの世界にエポックを起こした「ラングラーギャルズ」のシリーズ広告だ。コピー年鑑やADCのクロニクルでは、デニムの帽子を目深に被った外国人モデルがしかめっ面をしているビジュアルが有名だ。そのキャッチコピーは、「ケネディーは好きだったけど、ジャックリーンは嫌いだ…」だった。他には「自分に正直になれるほど、女は評判が悪くないのです…」「初めてブラをつけた時より、捨てた時の方が嬉しかった…」「別れるとき、涙がいっぱい溢れてきたけど、心の中ではベロを出していた…」である。

 それまで、家庭や職場で抑圧されてきた女性が社会で解き放されることが、この広告のコンセプトだったと思う。女性に解放という言葉がつながると、どうしてもこんな風に考えたくなってしまう。当のユニクロは価格が高かったシルクについて、値ごろな商品として女性に解放するという意味で解釈したのだと思う。でも、今どきの女性がそれにどこまで共感を持ってシルクを購入するのだろうか。しばらく様子を見守りたい。
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