夢幻泡影

「ゆめの世にかつもどろみて夢をまたかたるも夢よそれがまにまに」

狸 8

2006年05月01日 21時41分33秒 |  河童、狸、狐
さて、肝心のワイフ狸のお産だけど、犬のお産から二週間ほどたったころに始まった。でもこれは軽くいった。
母犬がお返しとばかりに、狸の巣に入り浸っていたけど、こちらとはテレパシーが通じないので、コミュニケーションがとれない。
ワイフ狸の気持ちの支えにはなったようだけど、こちらにはあまり役には立たなかった。
まあこの犬のお産でこちらのやることがまだ鮮明に頭に入っていたことが一番の功績だったんだろう。

何日かすると狸の赤ん坊も陽の当たるところへでてきた。
こちらは三匹。ワイフ狸も犬の母親と同じような満足そうな目で赤ん坊たちを見ている。
でもそれからしばらくするとワイフ狸は出産の祝いに来たり、古狸を訊ねてくる狸たちの接待にかかりっきりになって、子供たちの世話をあまりしなくなった。
子狸たちを巣穴から出してくるのも母犬だし、子犬と子狸を一緒に遊ばせて見ているのも母犬。
そんなありさまをみて、古狸はちょっと苦い顔をして、まだ若いから母親の自覚がないのかなってこぼしていたのだけど、私の目にも犬の母親の子犬への態度と比べると雲泥の差に見えてしまう。
でもそれを見ていながら思い出した。

昔、飼っていた猫が子供を産んだ。お腹が大きくなっていくのがわかっていたし、出産間際には人のそばに来てふうふう言っていたので、押入れに箱を置いてやったら、そこで子供を産んだ。二三日した時、子猫を一匹づつ加えて人の前に一列に並べ、「みゃあ」って鳴いて、見ていてくださいって頼んでから出かけていた。最初の時には五分もしないうちに「みゃあ」と鳴きながら帰ってきて、しばらく私と子猫が遊んでいるのを見ていて、それから子猫をまた口に銜えて箱に戻していた。
それからは天気のいい日には子猫を巣から連れ出して、庭で遊ばせていた。そのときには必ず「みゃ~」って人を誘うので、この親子の遊びに付き合っていた。
この猫は結構母親としては厳しい躾をしていて、子猫が何か悪いことをすると「ぎゃっ」と泣き声をあげるくらい強く噛まれていた。でも噛んだ後、両手でその子猫を抱えるようにして、みゅ~、みゅ^と泣いている子猫の頭をぺろぺろとずっと舐めてあやしていた。

その話を古狸にすると、母親が恋しくなって涙がでそうな話だなってしんみりしていた。

それとはまったく性格の異なる猫がいた。ものすごい甘えん坊で、寝るときも絶対に私の右の腕を枕にしないと寝ないような子だったけど、この子のときも押入れで箱の中で子供を産んだ。
でも産んだ直後も、外へ出かけたくなると勝手に出て行ってしまい、遊び疲れないと帰ってこなかった。

この猫は気のいい猫で、飢えている野良猫がいると自分の食事に連れてきて、その猫に分けてやっていた。そうしているうちに家に住み着いた猫がいた。
この猫は野良の性格が残っていて、どうしても人間が怖い。だから寝るときも、上の猫のまねをして一緒に寝室には来るのだけど、布団のすみでしか寝なかった。
この猫が同じころにやはり子供を産んだ。このときにはお腹が大きくならなくて、子供がいることに気が付かなかったのだけど。ある日珍しく人の布団に入ってきて、腕に頭を乗せて寝始めた。変だなっておもっていると、なんとなく胸の辺りがぬるぬるする。失禁したのかって布団を挙げてその猫をみると、なんと子供を産み始めていた。
吃驚して、箱を押入れに用意し、猫を移し、この猫もやはりそこで子供を産んだ。

ということで、家には二匹の親猫とその子供たちが居つくことになったのだけど、最初の親猫は前述したように子猫の面倒を見ない。
後から来た野良猫が全部の子供の猫を遊ばせたり、面倒を見ていた。

ある日いつものようにこのら猫が家の外で子供たちを遊ばせていたら、犬を散歩させている人が通りかかった。野良猫は毛を逆立てて、子猫たちと犬の間に入り「フー」と威嚇の声をだした。
そのとき、どこにいたのか、家の猫がまるでバスケットボールみたいに体中の毛を逆立てて、ギャーというような声を出して、子猫を守っている野良猫と犬の間に飛び込んできて、体中を低くして、犬に向かってうなり声を出した。

犬も飼い主もその剣幕に恐れをなして回れ右をして帰っていった。
様子がわからなくてけろっとしている子猫たちとは別に、その野良猫と家の猫はしばらくは警戒心をとかないで、犬の帰った後をにらみつけていた。
近頃の若い母親はって思いで彼女を見ていたので、ちょっと感動して、二匹を抱いてやったが、二匹とも腕の中でしばらくはぶるぶると震えていた。

「どんな世の中になっても母親は母親だよな、俺はそれを信じたいよ」
古狸はしんみりとつぶやいた。


今日も岬は風のない、暖かいいい日になった。




                         05/01/2006 10:04:01


狸 7

2006年05月01日 20時58分05秒 |  河童、狸、狐


その晩はその母犬の出産でまたまた岬の静かな生活は台無しになった。
体が弱っていたせいだろうか、かなりの難産らしかった。
「かった」というのは、ワイフ狸が古狸や私を決して産室には近づかないように釘をさしたからだった。
子供を生むのは女の仕事、男が近づいてはいけない、でも用があるから、呼べば何時でもこれるところにいてって念を押され、男たちは産室を遠巻きにしてうろうろと顔を見合すばかり。

その間も、ワイフ狸は産室から顔を出しては、水だ、柔らかい布が欲しいだと、用を言いつける。そのたびにこちらは大慌になっていた。気持ちが高ぶっているのだろう、目の前にあるバケツが目に入らなかったり、水を床にこぼしてみたり、布を出すのにダンボールの箱を幾つもひっくり返したり、普段の私が見たら、大笑いに笑うようなバカなことが演出されていた。

そわそわ、うろうろしている古狸へ
「なあ、お前は自分の子供の何千頭もの出産に立ち会った経験者だろうし落ち着けよ。お前の子供じゃないじゃないか」って、自分の気を休めるために軽口を叩いていたけど、そういう私も褒められた状況じゃないことは判っていた。
でもやはり出産という種の大事に心平穏でいられる奴なんかいるわきゃないか。

やっと朝方には全部の子供が産まれた。ワイフ狸のお許しがでて、産室に行ったが、産まれたのは六匹の可愛い子犬たち。母犬は子犬たちを満足そうに、誇らしげに見渡していたがそのうち疲れ果てたのだろうすやすやと眠り始めた。
そっと産室を出て、古狸と顔を合わせ、
「安心したんだな、出産って言うのは凄い労働だよな。
それでもメスは自分の好きな相手の子供を産もうとするんだな。
凄いな。
それにしてもお前の子供のときはどうするんだ、そんなに先の話じゃないだろう。
他人の出産でさえあんなにおろおろしていたんだから、お前パニックになるんじゃないか」
「なに、あいつはちゃらちゃらしているみたいで、芯は強い。その場になったら大丈夫だよ」って口先では安心しているようにいう。
「女は強いよ。でもお前が参っちゃうんじゃないかと、それが心配になってきた」
「そのときはこの辺のメス狸を呼び寄せるよ」古狸は、だから付き合いも必要なんだなって口の中でぼそぼそといっていた。

水と餌を毎日取り替えに産室まで行っていたが、4,5日すると赤ん坊たちがよろよろと庭に方へ出てくるようなり、母犬も外に顔をだすようになった。

母親と母親予備軍の犬と狸はその子供たちの遊ぶ様子をなんともいえないような幸福そうな顔をしてみていた。

私のテレパシーのレッスンは、どうするのかが決まらないためにまだ開始されていない。

古狸は付き合いの必要を感じたのだろう、彼を訪ねて狸たちが何匹も訪れるようになり、ワイフ狸は客の応接に暇が無かった。

太陽は空にかかり、雲がゆっくりと太陽を拭いていく。
蛙の声や鳥の声以外には、何も聞こえないこの岬の一日が、雲の流れよりも遅くゆっくりと過ぎていく。
世はこともなしか。

「痛たっつ」足元の痛みに下を見たら、子犬が私の足に噛み付いていた。
母犬は「ごめんね」とでも言うかのような顔をして見せながら、それでも満足そうなくすくす声を抑えていた。

                               05/01/2006 09:37:39

狸 6

2006年05月01日 20時05分51秒 |  河童、狸、狐
狸 6


昨日の寝しなのメッセージで何となく気持ちいい目覚めができた。
ただのコギャルかと思ってたけど、みんないろいろ考えることがあるんだね。

さて今日は念願のテレパシー教室の始まり始まり。


目を瞑って、額の真ん中に意識を集中しろ。お前はすでにテレパシーを感じられるのだから、意識の中心を右から左、上から下へと動かしてみて、どこかで何か感じるところがあると思うからそこの位置を覚えろ。これが狸師匠に最初に言われたこと。
朝からずっとそれをやっているけど、何も感じないじゃないか。
古狸は暖かい太陽の下で、ワイフ狸に毛繕いさせて目を細めてうとうとしている。
「ちぇ」すぐにでも強力なテレパシーの能力が得られるのかと思っていたから、改善の兆しもない努力をするのがあほらしくなってきた。

古狸はそんな私を見て、へらへらと笑いながら、なら自分の思っていることを額の中心から吐き出してみろっていう。
そんなら、ってことで「たんたん狸の。。。。」って頭に浮かべたら、ワイフ狸が身をよじって笑い出した。
古狸はしぶい顔をして「不謹慎な」って言ったけど、目は笑っていない。それどころかたいそう驚いた顔をしている。
「どうしたんだ」って聞くと、考えられないくらい凄いパワーでテレパシーが出ているという。自分にはその力が出たことさえ感じられないのだけど、テレパシーの能力のないワイフ狸にすら私の思ったことが通じたのだから、そうなんだと思わざるを得なかった。

そんなパワーがでるんだったら、美登里にも伝わるかなって、美登里に伝えるメッセージが何かあるか考えた。うん、いいのがある。
私はそのイメージを頭に浮かべ、美登里の顔を思い出そうとした。
「ぎゃー、止めて止めて」って美登里のあせった大声が聞こえる。
「これ貴方なの。どうしたの。貴方のメッセージは今まで弱くって薄いブルーの色をしていたのに、今のは凄く強力でピンクよ。
それに私のおっぱいなんか宣伝しないでよ。恥ずかしくって人に会えなくなるじゃない」
古狸はそれでもかなり深刻な顔をして、美登里と話を始めた。

「こいつ以前からこの手の力を持っていただろうか」
「そうね、前にもいろいろあったことを話してくれたし、どうかしたときに凄い力をふっと感じさせるときがあったわ。でも力を閉ざせないし、コントロールできないから、何も教えてはいない」
「物凄い可能性を感じるし、テレパシー以外にも、能力があるみたいだな。もしかしたらとんでもない相手に教えようとしているかもしれない。どうしようか。俺一人では決められないかもしれない」
「手に負えなくなったら、私のおじいちゃんにも手伝わせて頂戴。おじいちゃんも彼の力には気がついていたと思うから、言えばすぐにわかるわ」
「判った」

私が何がテレパシー以外の能力だって聞くと、古狸は吃驚したような顔をして、今の話が判ったのかという。
「はっきり聞こえたよ」って答えると、
「今の話はお前には聞こえないようにブロックして話していたのだけど、たった額の中心に意識を集めるって言ったあの言葉だけでお前の力が鋭敏になってきている」って答えた。
額の中心には目やテレパシーの送受信のアンテナだけでなく、さまざまな能力の中心になっているところで、どうも俺にはその力がありそうだという。

「おれは少し怖くなってきた。河童の長老や狐のボスと話をするからレッスンはちょっと待ってくれ」という。
まあ、師匠がそういうのなら、弟子としては無理強いはできないなって思いながら、今日もレッスンは中断かと思っていると、上から郵便屋が来るのが見えた。
「郵便屋が来るぞ」っていうと狸たちは家の影に隠れた。
郵便を受け取り、配達夫が帰ると、古狸が出てきて、お前には郵便屋が見えたのかと聞く。「うん」と答えると、「お前はずっと目をつぶっていただろう」って聞くから、そうだ目を瞑れというから、瞑ってたなと今になってあれっと思う。

第三の目が開いたんだ。だから目を瞑っていても見えたんだって、古狸はちょっと興奮気味に教えてくれる。それがどうしたことなのかよく判らないけど、「そうなんだ」って答えると、そのそっけなさにちょっといらいらした様子だった。
いずれにしろ、皆と相談する。それまではあまりテレパシーで交信することを考えるな。今物凄く強力になっているから、お前の考えていることが誰にでも判ると思う。テレパシーをコントロールする力をつけることがまず必要だっていう。「判った」って答えてふと上を見ると、今度は犬が入ってきた。

「おい、犬が来た」っていうと古狸は慌てて、
「犬は来ないって言ってたじゃないか」っていうから、
「来たもんはしょうがないじゃないか」って答えるしかない。

犬は上から降りてきて、ちょうど狸が昨日作った巣のあたりで地面の匂いを嗅ぎ、狸の巣の方へ歩いていく。
ワイフ狸が悲鳴を上げる。「私の巣」
古狸はぐ「ぐー」ってうなり声を上げながら、犬の方へと走りよる。
犬は、狸と私を見て「うー」とうなり声を上げるが、声が小さく、目には哀願するような光がある。
ワイフ狸がふっと犬の方へ行く。
古狸は慌てて止めようとするが、ワイフ狸は犬の鼻先に行って、「くー」と鳴く。
犬も「くー」と鳴いて、鼻を狸の鼻に近づける。

ワイフ狸は、こちらを振り返り、この犬はもうすぐお産する。お腹も空いているし、体も弱っている。命も危ないかもしれないという。
「だがそこは、俺たちの巣だ」って古狸がいうと
「子犬が産まれるのよ、そんなことを言っている場合じゃないでしょう」ってぴしゃりと答える。
「私のお産までにはもうちょっとあるは。私たちの巣はこの下の家にもう一度作りなおせばいいわ。そして貴方、水と食べ物を持ってきてあげて。とにかく力をつけなきゃ、死んじゃう」ワイフ狸の剣幕に、古狸と私は言われたとおりのことをするしかなかった。
母親は強い。



                            05/01/2006 00:56:57

狸 5

2006年04月30日 19時50分37秒 |  河童、狸、狐
    いやいや僕ちゃんの天才の片鱗を見せればそれで止めようと思ってたんだけど、なにやらこれを入れてくれっていったようなリクエストまで出てきたりして。
    とにかく陽気な狼はおだてられると煙突の上の上まで登っちゃう。
    困った性格はどうしても直らない。後で落っこっても知らないから。

翌朝、狸に起された。
「いつまで寝てるんだ、もうお天道様は上まできてるぞ。テレパシーの訓練をやるんじゃなかったのか」って頭の中でがんがんと声が響いてくる。
眠り足らない目をしょぼしょぼさせながら家をでると、二匹の狸が玄関のところで待っている。
「ごめん、ちょっと寝過ごした。昨日があんまり楽しかったから」
「いや、実を言うと、わしももう少し寝たかったんじゃけど、ワイフがな、そのスーパーというところを見てみたいってせがむモンじゃから」って起したときの声の割には低姿勢。
「お前は俺から物を教わるんじゃから、わしは、お前の師匠じゃな。師匠の言うことはちゃんと聞かなきゃ。それにワイフが言うには何か教わるのにただってことはないだろうとな、まあ、こういうんじゃよ」
「なるほど、どこの世界でもメスは計算高い。そうじゃないと子供を育てられないモンな。しかたない。でもその格好では行けないよ」
「人間に化けりゃいいだろう。こいつにも化けさせるから」
「ふん、それならいいけど」
「じゃ、ちょっと待っててくれ」
「いいよ。こちらも仕度するから」
ということで、顔を洗い、仕度して、出てみて驚いた。

古狸は茶色の紬の着物に黒い帯、ワイフ狸は単衣。あっけに取られて、
「なに。それ」って聞くと、
「ワイフが着物を着てみたいというから、こっちもそれに合わせたんじゃがいかんかなあ」って自信なさそうにいう。
「いや、別にいいけど、その辺のスーパーに買い物に行くのに、ちょっと大げさすぎない。それにこっちはジャージにTシャツだよ」っていうと、
ワイフ狸が、「運転手ならそれでもいいでしょう」ってうそぶきながら嬉しそうに着物の袖を見ている。
狸でいるときにはしょぼしょぼ狸だけど、人間に化けるとこの古狸なんでこんなに腹が出てくるんだろう。どうみても信楽の狸ジャンか、おれ嫌だなこんなのと一緒に出歩くのはと思ったけど、仕方がない。
「まあ、いいや。とにかく乗って」って車に押し込み、下のスーパーまで買い物に出かけた。

スーパーでのワイフ狸のはしゃぎようったらなかった。美登里だってはしゃいだけど、こうまでじゃなかったなと思ったけど、どこかのコギャルに金を持たせてブランドショップに連れて行ったのと同じような効果。
幸いスーパーではいくら買われても、破産するほどのものは置いていないので、助かったけど。メスはメス。世界のどこに行っても、人間でも動物でも変りようがないんだなってしみじみオスの悲哀を感じた。
モーパッサンだったけ、文章作法を覚えようとしたらオス猫をさそうメス猫の動作を観察して文章に書けって言ったのは。それがしみじみと理解できた。
助かったのは古狸も最初は目を輝かせていたけど、しばらくしてワイフ狸のはしゃぎようをみて、しょぼしょぼしだして、もう二度と連れてこないだろうと思われたことくらいだったかな。

まあ、それから車で岬の町のあちこちを案内して、やっと放免されて家にたどり着いたときには古狸も私もグタグタの状態だった。

「今日のレッスンは取りやめ、明日にしような」って古狸からメッセージが頭に届いて、うんうんとうなづいて、そのまま昼寝に直行。ベッドにバタンと倒れこんだ。

しばらくして、古狸の声がした。
「起きてるか」
「疲れすぎて眠れない」
「ありがとうな。いい人間に出会ったって感謝している。
あいつは今度が初産だから怖いんだよ。おれが代わってやることはできないしな。
それにあいつに俺の子を産んで欲しいし。
女にとって、お産って生死をかけたもんだからな。
昨日、今日みたいに、あんなに子供みたいにはしゃぎまわった彼女を見たことがないんだよ。
さっき「これで決心ができた。死んでも満足だわ。
あなたとこんなに楽しい思い出を作れたんだから」
って言いながら眠ったよ」
「そうか、よかったな」
枕から頭を上げて外を見ると、十六夜の月がそらに上がって、虫の声がジーンと胸にまで響いてきた。




ということで、今日はこれまで。

「お疲れねぇ」ってどこかから美登里の声が聞こえてきた。


04/30/2006 21:49:11

狸 4

2006年04月30日 18時30分22秒 |  河童、狸、狐
さて、ご一行様をお連れしての小ドライブ。
雌狸様にはいたくお気に召したご様子。
窓に張り付いて、流れる景色を大喜びで見ていた。
なんか、親父のところにいた柴犬をドライブに連れてきているような懐かしい風景。

古狸はと見ると、なんとか威厳を保っていようと必死に努力している様子だけど、その目線があちこちに飛んでいるのを見るとこれもかなり興奮している様子。

人間仲間の超エリートと同席すればこちらもかなり緊張を強いられるかもしれないけど、同じ超エリートとはいいながらも狸ならなんとなく対等でいられるというのが嬉しい。なんて思ったら、この古狸、こちらを不機嫌そうな顔をしてちらっと見た。
先ほどまでは死にそうに腹ペコなんてくたびれた古狸がエリート意識を取り戻したのかなって思ったけど、彼にはあまりそんな気持ちはないみたいで、周りの景色に気を取られている。

五分ほど走って、家への最後のアプローチにかかる。
「ここからが家の入り口だよ。この狭い道を通っていくと突き当りが家なんだ。
この丘に十軒ほど家がある。このアプローチから先には6軒だな。でも何時も人がいるのは入り口の家だけ。後はもう一軒がたまに来るくらい。他の四軒は何年も人が来たことはない」って説明すると、狸たちは身を乗り出して、周りの様子を見ている。
どうも古狸のテレパシーには信号をスルーさせる機能があるようで、必要なことはそのまま若狸に伝わるようだ。雌狸自体はテレパシーの能力がないのだけど、古狸にはそれを伝える力があるようで、何もいわなくても雌狸も理解している様子だった。

突然、犬はいないのって女の声が聞こえた。吃驚して雌狸を見ると「ミュウ、ミュウ」としゃべっている。多分古狸が雌狸の声をそのままテレバシーで伝えてきたのだろう。
「いない。ここの両側はかなり急な崖だから、そこから何かが上がってくる事もない。もし何かが来るとすればこの道からだけだ」っていうと狸たちは安心したような様子を見せた。

家に着いて車を止めると古狸は、
「いいじゃないか、ここは素晴しい。特にこの家は気に入った。周りが木が切ってあって、草っぱらになっていて、太陽の光も届くし、崖には木がたくさん生えている。ここだと餌にも困らないだろうし、危険な動物もいないようだから安心だ。ここなら安心して子供を育てられる」っていうから、吃驚して、子供がいるのかと聞くと、まもなく産まれるって答える。
「おじいちゃん、やるじゃん」って冷やかすと、照れたような顔をして、その辺の家にもぐりこめるところを探すからって二匹で散策に出かけていった。

家に入るときに、いつものように入り口のドアを閉めたら、彼らが帰ってきても判らないかなって一瞬思ったけど、なにテレパシーがあるんだった。テレパシーならドアを閉めようが関係なく伝わってくるから、用があれば話してくるだろうて思って、なんて便利なんだろうと今更ながら思った。
よし、この力をもっと訓練しよう。

家に入って片づけをしていると、古狸から「ちょうどいい場所が見つかった」って連絡が来た。見に行こうかっていうと、いや巣を作るので忙しいから来ないでもいいとの返事。なら出来上がったら知らせてくれと頼んで、こちらも自分の家の掃除や、洗濯に掛かることにする。

家の中の仕事が一段落ついて、食べ物を買いにでようと車をだすと、雌狸はちょっと車に乗りたそうな素振りを見せたけど、口には巣穴用の材料だろうか、何かを銜えていて、それどころではなく忙しそうだった。いやいや、親になるって大変だねと思いながら、がんばっていい巣穴を作りな、今日からのお前たちのベッドだからって口の中でつぶやいて食料の買出しに出かけた。

夕方客がいるからと、バーベキューのセットを道に持ち出し、買って来た魚を網で焼きながら、ワインをあける。狸たちはその匂いを嗅ぎつけて私の周りにやってきた。鼻をちょっと上げて、くんくんと匂いをかいでいるのは犬とそっくり。
食べるかって焼けたいわしを取り出すと、バケツに入っている生のほうがいいという。
そうだ美登里も都会が好きになってきたけど、食べ物だけは生ものがまだ好きなんだ。
最初に東京に来たときなんか一緒にスーパーに行って買い物したんだけど、目を輝かせて魚を欲しがって、それを買って帰ると丸ごとむしゃむしゃやりだした。
結局、自分の分は自分で三枚に下ろし、刺身醤油と山葵をつけて食べたのを思い出した。
バケツ一杯のいわしが200円だから買ってきたけど、食べきれないから好きなだけ食べなっていうと嬉しそうにメスに食べさせる。いい旦那だと思ってみていると、照れくさそうに「元気ないい子供を産んで欲しいからな」って言い訳をしている。
「別に言い訳なんかする必要はないじゃないか。いい親父だって、感心しているんだから」というとクククって笑う。
「腸が嫌なら、取ってやろうか」っていうと
「とんでもない、そんな贅沢に慣れるとお前がいなくなった時に困るから」って断ってきた。よく判っているじゃない。人間だってすぐに贅沢に慣れてしまうのに。

美登里に感化されて私の味覚は随分と薄味になったけど、これ以上薄味になると人の作った物が食べれなくなる。
生ものを生ものとして美味しいと思えるのは岬の生活の一番の幸福なのかもしれない。
人間は材料の味を生かすって言っても、どうしても人工の味で調理をしてしまうし、ものによっては食材の味もないくらいの別な味にしてしまう。
京都の料理はまだ薄味だけど、フランス料理はソースなんかで味をつけてしまう。それが文化なのかもしれないけど、私にはそんな文化は余計なものとしか思えないときもある。イタリアンやスペインの海岸の方の料理が私の口に合うのもそんなこと。新鮮な野菜や魚がいつでも手に入ると、どんな高級料理屋さんでも行く気がしなくなる。採れた手の、時期時期の旬のものを食べる幸福なんて都会の人間がどんなに高級を気取っていてもわからないだろうと思う。

ところでワインは二匹とも気に入った様子。こいつらは飲まないだろうと思って、ちょっといいワインを買ったのに、ぺろぺろと舐めている。
「こんど猿酒を探してきてやる。山に入ると果物が醗酵して酒になるんだ。人間には探すのが難しいかもしれないけど、こいつはちょっといけるぞ」ということで、今日のワインのお返しは猿酒だな。確かに山に入る人が幻の酒といっているのを聞いたか読んだかしたことがあるから、自然人を気取る前に、一度は試飲しておかなければ。彼らがそのチャンスをくれるというならワインなんか安いものだ。でもどうやって持ってくるんだろう。

なんて考えていると、
「なんなのこれ」って美登里の声が聞こえてきた。
「美登里、どこにいるの」
「今、郡山。猪苗代湖のそば、誰なのそばにいるのは」
「変な狸のカップルが家のそばに住みつくことになったんだ、今日はその引っ越し祝いをしているんだよ」
「だれその狸って」
「美登里か、久しぶりだな」
「甚平おじいさんなの、お久しぶり。最近若い狸と添い遂げたって聞いたけど」
「それがね、もうすぐ子供が産まれるんだって、だから家のそばに巣をつくったんだよ」
「それはそれは、お年を召しても矍鑠として」美登里の声がなんか変。
「ねえ家なんか、子供の兆しもないわよ。ちゃんと教えてやって頂戴」
甚平狸は例の上目使いでこちらを見ながら、えへらえへらと笑って、
「あまり仲がいいと子供ができないっていうよ」って答えている。
「まあ、楽しんで頂戴ね、家の人に虫がつかないように見張ってて」と言いながら美登里の声は聞こえなくなった。

「だろ。テレパシーって、どこにいても繋がるんだ。だからわずらわしいときもあるんだよ。特にお前みたいに年がら年中頭に思っていることを放送していると、お前のことを気にしている相手には全部判ってしまう。だから閉じたり、出力を弱くしたり、人のシグナルを聞かない様にすることも覚えなきゃな」
「そうだね、よく判った。明日から教えてくれよ」


「俺たちは夜型なんだ」という狸たちにつられて、その日は本当に遅くまで飲んだり食べたり、しゃべったり(?)して過ごした。
おりしもその日はあつらえ向きに満月。もう少しで古狸の腹太鼓が聴けそうだったんだけど、若女将が古狸の腹を噛んで、それは止めさせた。
そしてもう酔っ払いすぎているから失礼しますって古狸のテレパシーを通じてメッセージを送って、古狸を追い立てながら新居に帰っていった。

空には朧の月。
くちくなったお腹を抱えて私もよろよろとベッドまで足を引きずって歩いていったらしいけど、殆ど覚えがない、、、、



04/30/2006 12:22:19

狸 3

2006年04月30日 12時25分52秒 |  河童、狸、狐

    さてさて、風任せ、波任せで船出した狸も三回目を迎えます。
    果たしてどこへ辿りつくのやら、たどり着いたときには船頭の私は生きているのかはたまた白骨死体でサルガッソウの帆船状態になっているのやら、神のみぞ知るでございますけど、、
    まだ書いているということは白骨にはなっていない、あるいはゾンビになっているのかな。それすら定かではなくなってきておりますよ。


メスって馬鹿だからって言葉を聞いて、いくら妖怪狸とはいえ、狸から人間が馬鹿にされたのかなってあまりいい気持ちではないなあと思っていると、狸はボソッと
「まあな、狸のメスだって、力があったり、頭がよかったり、俺のようにエリートだったりするのに魅かれるからな。メスの考え方なんじゃないかな」という。
「そりゃな、人間だって同じだよ。
ただ人間の場合はもっと社会も環境も複雑になっているから、力や金の象徴が車だったりとちょっとストレートにでてこない。
おまけに人間の場合は妊娠して、子供を育て上げるまで他の動物とは比べ物にならないくらいに長くて、一生モンだからメスの生き方はもっと深刻なんだ。
それに人間の場合はメスでも仕事をするのが増えてきているから、仕事のために相手を選んだりするのもいるし。
一緒に寝たからって子供ができないようなやりかたも進歩してきたしな。だから一生をともにする相手でなくても、たまたま好きになったり、力を貸してくれそうだったりしたらその相手と寝る事だってできるようになってきたからな。
メスはそれを自由になったって言っているけど。

でもそれ以上に物事を複雑にしているのが、この頭だな。
今でも金とか、目的や、利益で相手を選ぶってのが、不純だって、どこかで誰かが決めたみたいで、心の底では相手の金や力に魅力を感じても、自分では決してそれに気がつかないし、そうは思わない。あくまで純粋に相手を好きになったからって感じようとするんだよな。

相手の子供を生み、育てるメスとしては、先も見えない相手と、ただただ相手が好きだからで一緒になるのは失格だろうし、
自分の本当の気持ちの奥底が判らなくて、純粋に相手を好きだと思うのはもっとバカだろうな。
でも、今の社会では、自分の気持ちの奥底が判って、相手の金に魅かれたなんてこうげんするのはそれ以上に馬鹿。
本当に頭のいいメスは、自分の気持ちの奥底が判ってもそれを自分の目からは蓋をすることができる子だな」

「若いのに随分と辛らつじゃないか」古狸はにやにや笑いながらいう。
「そりゃ、お前さんみたいな妖怪狸からみれば、私は若造だろうけど、でも人間にして見れば結構歳を食ってるからね。これくらいは判るよ。
それに俺はオスだから、メスのことだけを言っているけど、オスだって同じだよ、ちっとも変らない。だからこそ人間が絶滅しないで生きてこれたんだからね」

それにしてもって古狸に聞いた。
「お前の言葉は俺にも、お前の連れ合いにも判るけど、お前の連れ合いの言葉は俺には判らないし、俺の言葉もお前の連れ合いには判ってないようじゃないか」
「それはお前と俺がテレパシーで話しているからだよ。お前が河童と会ったときにはテレパシーで話しただろう。お前は人間にしては珍しくその才能があるんだよ」

そう言われて、俺は特別な才能があるのかって喜んだら、
「もともと動物にはその才能はあるんだ。人間は理性を発達させていく間に逆にそれを失ってしまったんだ。理性的に理解できないものとしてな。だからお前は人間より動物に近いんだ」って言われてしまった。

「そう言えば河童と話をしているときにはテレパシーで話したけど、美登里とは普通に言葉で話しているよな」
「それは美登里って言うお前の河童の彼女が賢いからだよ。
人間の世界に住んで、お前とテレパシーで話していたら変に思われるだろう。
それにそれ以上にお前と彼女がテレパシーで繋がれば、隠し事が難しくなる。岬と東京に離れててもテレパシーは距離には関係がないんだから」
「でもテレパシーって頭で考えることがそのまま相手に伝わるんだろう」私は河童の長老に始めてあったときの失敗を思いだしながら聞いてみた。
「いや、そうじゃない。テレパシーも言葉と同じだよ。頭で考えてそれが口から出て行く。テレバシーも頭で考えることと発信することは別なんだ。ただお前がテレパシーに慣れていないので、その辺の区別がつかないだけだよ」
「へえ、じゃテレパシーってどこから出るんだ」
「額の真ん中にその発信と受信のモジュールがあるんだ」
「ああ、お釈迦様のあれね」
「そうだ、その能力があってちゃんと使いこなせる人にはそれが判るんだ。お前もテレパシーを使いこなせればだんだん判ってくるよ」
「そうか、ならお前たちが家のそばに来れば、俺もお前からテレパシーの使い方を教えてもらえるな」
「まあ、お前と話すときには使わざるを得ないから慣れてくるだろうな。でも慣れと判ることは違うけどな。お前が頭がよければ判るかもな」

狸に馬鹿にされるのはあまり気持ちのいいものではないけど、でも相手は何百年も経た妖怪狸、ここはしょうがないかと諦めながら、
「それならそろそろ家まで出発しようか」と狸を促す。



狸 2

2006年04月30日 11時27分55秒 |  河童、狸、狐
04/30/2006 00:25:03

    狸の続編がでないってお叱りを受けた。
    今までの書き物は、コンセプトがあり、粗筋を作り、それから始まる。今回のは、思いつきの出たとこ勝負で書いているので、気分がのらないとなかなか先へ進まない。
    途中、前の部分を変えたくなって書き換えをするかもしれない。それよりも行き詰る可能性のほうが大きいかもしれない。
    でも、まあ行けるところまで行ってみましょう。
    なんとなく自分の人生みたい。お先真っ暗ですね。


ちゃんと針をつけて釣り糸をたらすなんて私にはとても稀な経験だけど、でも幸運に恵まれたのだろうか、立て続けに二匹の魚が釣れた。それを狸にやると、狸は口に銜えて、さっと後ろの草むらへと駆け込む。
来るときには、今にも死ぬかと思うほどよたよたしていたのに、現金だなと思いながらも、妖怪みたいな狸だけど、流石に野生の魂があるんだ、食べるところは人間には見せないんだなと妙に感心もした。家の猫だって赤ん坊のときから育てないと取ってきた獲物を簡単に渡さなかったから、野生の動物にとって食べ物って言うのは命の糧なんだ、人には渡さないんだなと思いながら見ていたのだけど。

腹が満腹になればもう帰ってこないのかなと思っていたら、草むらから出てきてまた私のそばに座る。
三匹目が釣れる。もう食べないかと思いながら狸にやると、今度は私のそばでがつがつと食べている。
「お前、小さな体で結構大食いなんだな」って聞くと、
「俺にだって、養わなきゃいけない家族がいるんだ」って答える。
「じゃ、今の魚は家族にやったのか」って聞くと、
「あの草むらに女房がいるんだ」ってこたえる。
「だってお前の300歳かなんかの女房は交通事故で死んだんじゃないか」って聞くと、へらへら笑いながら、
「そりゃモトカノジョの話だろう、今は普通の狸だけど、若くて結構可愛いのと一緒にいるんだ。でもさっきの話は今の彼女の前ではするなよ、やきもち焼きだから大変になるからな」って目じりを下げる。
狸すらちゃんと見たことがないのに、狸が目じりを下げるのが判るなんて、おかしいと思うけど、でも何となく判っちゃった。

「お前がどんな人間か判らないから一緒には出て来れなかったんだ。大丈夫だと判ったからもうすぐあいつもここへ来るだろう」
「なんか、自慢しているようだな。それにしても危険は自分で背負う。餌もまず女房に食べさせる。立派じゃないか。狸の中の狸だな」って褒めると、
「そうかな、メスに食べさせるのはオスとして当たり前のことじゃないか。だからこそメスだって俺に就いて来るんだから。メスに食べさせてもらうほど落ちぶれちゃいないよ。そうなったら俺は山の奥に入って一匹で暮らすよ」
「そうとう愛してるんだな」って聞くと、
「まあな、前の奴ほどじゃないけど。前の奴は特別だったんだ。でも特別な奴じゃなくても、オスは何時も誰かがいないと駄目だろう。オスはしょうがないんだよな」

そんな話をしていると狸がもう一匹草叢からやってきて、この古狸のそばにぴったりとくっつき、こちらを見ている。
「これがお前の女房か」って聞くと、古狸はニヤッて笑って、そうだと答えながら、メスの首を甘噛みする。
メスは目を細めてミュ~ともミョウともつかない甘い泣き声をあげる。
「おいおい、目の毒だよ」って言うと
「お前には人間のメスはいないのか」って聞くから、いないっていうと吃驚したような顔をして、何故って聞く。
「人間の社会って、いろいろ進歩しているから、特にメスがいなくっても困らないんだよ」
「そんな問題じゃないだろう。心の問題だよ」って狸が大真面目で話す。
なんとなく、男女の真理を狸に説教されているようでむずがゆい。

「まあな、あまりそのことを突っ込むなよ。美登里が怖いよ」って答えると、
「河童だって結構雑婚だよ。河童のメスならそんなことは理解するよ」って答えるから、
「いや、美登里は駄目だろう。人間の世界に慣れちゃったから」って答えると、
「不便なもんだな。それともそれがいいのかな」って考え込む。

私のうちはどんなところにあるんだ、って熱心に聞くから、山の端の崖の上にあって、回りには何軒か家があるけど、誰も来ないっていうと、人間の社会を見たいから私のうちに連れて行けという。
一人でいると寂しいから犬とか猫を飼いたいと思っていたけど、留守にすることが多く諦めていたので、その代わりに狸が近くにいればそれもいいかと思い、いいよって答えて、釣道具を片付けたら、車で帰るから、乗っていけばいいと答えるとメス狸は目を輝かせて、車に乗るのは始めてって嬉しそうにはしゃぎだす。
「人間のメスも車でオスをえらんだりするんだよ」って古狸にいうと、馬鹿馬鹿しいって顔をして、メスって言うのは本当に馬鹿なんだなってボソッと答える。


まだ途中ね、、、

狸 1

2006年04月26日 10時56分26秒 |  河童、狸、狐
岬の河童のことはお話しましたよね。
あぁ、声をださないでください。
美登里が後ろで聞いていますから。

彼女もあの頃はまだ可愛かった。
思い出すと、貴方が今までの男の中では一番素敵なんてうるうるだったし、もう貴方なしでは私が生きている意味もないわなんて言っていたのですよね。
そのころは人間の社会についても、いろんなことに新鮮な驚きを示して、見ているだけで可愛いなって思えたんですけど。
でもやはり人間の社会に毒されたのでしょうかね。

今も新しい着物を買うんだとかで、隣の部屋で家計簿とにらめっこしてます。
貴方が来なきゃ、今頃は稼ぎが悪いってはっぱをかけられているところですよ。

まあ、今日は愚痴をいうのが目的じゃなくって、貴方のお望みの狸の話をいたしましょう。

あの河童たちと会った所から、夷隅川をそう2,3キロ上流に入ったところ。
河童たちのいた所だって川岸は名前もしらないような草や木が生い茂っていたのですから、もうその辺では人の姿を見ることさえできないような緑の、そうアマゾンの川を遡ったりしているような雰囲気がありました。
えっ、アマゾンに行ったことがあるかって、とんでもない、私は蒸し暑いところと、虫と、蛇が大嫌いなんで、あんなところ頼まれてもいきませんよ。
テレビですよテレビ、テレビで見たんです。いや、こんなとこには仕事でも行かないよって思いながら見てました。

まあ、話は戻りますけど、そこにちょっとした釣のスポットがありましてね、よく行ったものです。釣りっていっても、ご存知のように私の釣は魚を釣るためじゃない、ただぼけ~とする時間を持ちたいために行くんですよね。だから小船を出して、船の中で寝そべっていたり、川原で昼寝をする、それにちょうどいい場所ってことなんですけど。
川が曲がっていて、よどみになっていて、片側は高い崖。反対側の岸は低い草が生い茂っていて、崖の上とこちらの岸は木々が生い茂って影を作ってくれる。ちょっと暑い日なんかに船をこの辺に留めて川面の小さな波が船を揺らしているとすごくいい気持ちで眠れるんです。結構風も来ていて涼しいし。船を出さなくても川岸で心の中を真っ白にしてぼけっとしていると本当に幸福な感じになってくる、そんな場所なんです。
釣りをしないんなら釣道具なんか持たなくてもいいと思われるでしょうけど、他に人がいなければいいのですけど、たまたま人がいたりして、何もしないで川面を見ていたりすると、変な人がいるなんて思われて警察に通報されかねませんからね。釣師の格好だけしているのですよ。

それである日のことです、いつものように夷隅川のその川原へ出かけたのです。
太陽も鈍い光を川面に投げかけていて、ちょうど八重の桜も終わり、新緑の匂いが苦しいくらいに満ちてまして、ぼ~とするにはおあつらえ向きの日だったんです。

しばらく針のついていない釣棹を川へだしてました。
すると、草の間から、犬のようなのがちょろちょろって出てきて、釣り糸のほうをみ、こちらの顔を見て、私から一間くらい離れて、川原に座り込んでしまったのです。
そして人の顔を盗みみて、なにやら言いたいことがあるみたい。
あんなあって言葉が聞こえそうで、
「どうしたんだ、何か言うことがあるのか」って聞きますと、この犬、驚いたように、「お前の言葉が判る」っていうのです。
苦笑して、「河童とは毎日口喧嘩もしているし、妖怪たちの言葉も考えている事も判るよ」っていいますと、大きくうなずいて、
「お前だな河童の娘を貰った人間って言うのは」って聞きますので、そうだよって答えると、いや最近何も食べてないので、釣りをしているんだったら、何か分け前をもらえるかって思ったんだって答えるのです。
私の釣り糸には針はついてないよって答えると、不思議そうな顔をして、じゃなんで釣をしているんだ、時間がもったいないじゃないかって聞いてくるから、
「いやただぼ~っとしている時間が欲しいんだよ」って答えると
「仕事もしないで、ぶらぶらしてたら、餌がとれないだろう。腹が減るだろう。
俺なんか一生懸命餌をとろうとしても、最近餌が取れなくって、もう死にそうだよ」って目やにの一杯詰まった目をしょぼしょぼさせている。
「見てくれよ、この毛皮。ぼろぼろになっちゃって。これでも若い頃は、女狸が寄ってきて大変もてたんだけどな~」って昔を懐かしむような顔をして、川面を見つめる。
おかしくなってきて、「じゃあそのボックスに針が入っているから、とってくれよ、魚が釣れたらお前にやるから」っていうと、急いでボックスから針を持ち出してきて、私のそばに座る。

さ~っと風が吹いて川原の葦の葉をさざめかす。
鈍い色の空には、空とあまり区別がつかないような雲が西からゆっくりと動いている。
時々川面で魚が跳ねる。

釣り糸を垂れながら、風を楽しんでいると、狸が
「何か考えているのか」って聞いてくる。、
「いや、何も考えていない」って答えると、
「ならなんで仕事をしない、食べなきゃ死んでしまうだろうに」狸はますます不思議そうな顔をして同じことを聞いてくる。

「いや、年金というのがあってね、若い頃に稼ぎの上がりを預けておくと、年とってからそれがもらえるんだ。もっとも若い頃に預けたのはその時代の年寄りのところに行っちゃって、今貰っているのは若い者の稼ぎなんだけど」って狸なんかには多分判らないだろうと思いながら言うと、
奴は大きくうなずいて、「俺たちにもあるよ。若い物が獲物の一部を届けてくれるんだ」って言う。

年金なんて、人間の発明だから、狸たちなんかに判るもんかと思ってたのが、見事に外れておかしくなってきた。
ちょっと笑っていると、狸は、下を向きながら、ぼそりと「でもな~、わしらの若い頃は年寄りの智慧は皆が尊重してくれたもんだけど、今じゃな~」ってこぼす。
私の不思議そうな顔を見て、
「見てみろよ、こんなに人間が俺たちの縄張りに入ってきて、荒らしまわっている。俺たちの生活は成り立たなくなってきているんだ。
昔は何も変らなかったから、俺たちの智慧が若い者にも役に立った。
今じゃ俺たちが何を言っても状況が違いすぎているから彼らの役には立たないんだ。
二言目には時代が違うって言いやがる。でも奴らのいうことも当然なんだよ。
しかも獲物が少ない、若い者の数は減ってくるってことで、俺たちに貢物を出すような余裕がなくなってきているんだよ。
若い者だけを一概には責められないってのもよく判るんだけど、俺たちも食べていかなきゃならないし。俺たちも大変なのよ」

「この川だって昔は国道なんてものや、車もなくて、あのあたりは河童がうようよいたし、もっと上流に行けば、俺たちと住み分けて狐の領分だったんだ」
驚いて、「お前はいったいいくつか」って聞くと、
「ある程度まで生き延びると死ななくなるんだよ。普通の狸だと10年も生きればオンの字なんだけど、おれはもう何歳になったのかな、もう歳を数えるのも面倒なくらい生きてきたよ」って答える。
「俺の連れ添いなんか、還暦過ぎたら若返って、300歳でまだ子狸だって自分でほざきながら、その辺の若いのを悩殺してたんだ。
ちょっと小太りだったけど、可愛かったよ、ほんとに。あそこの国道で車にはねられて死んじゃったけどな~ まあ、今でも時々思い出すよ」

そんな年寄りがぞろぞろいたんじゃ、高齢者の割合が増えて互助システムなんか機能したいだろうと思いながら、そんな「妖怪」狸がたくさんいるのかって聞きましたら、このときばかりは胸を張って、いるもんかね。本当にひとにぎりだけだよ。万の狸がいても100を超えられるのは一匹いるかどうかだねって答える。

じゃ、本当に狸社会のエリート中のエリートなんだって、このしょぼくれ狸を尊敬の目で見直した。



狸の互助システムや世代の格差の問題は、どこかの国の高齢化社会と年金問題の話を聞いているようで、笑ってしまったけど、この話はまだ続きますね。

河童

2005年11月07日 18時07分30秒 |  河童、狸、狐
以前のブログからの転載です。





国道128号は岬町に入る頃から海と平行に走るようになる。そして夷隅川の橋を渡る。
夷隅川は街中の国道との交差点付近でも堤防には背の高い草や木々が生い茂り、合間に船を下ろすための桟橋などが点在している。

夷隅川の川原にいた。もう釣をするには遅すぎる時間。太陽は西に傾き、茜色の光を両岸の木々に射しかけていた。川面の一部では茜の空と金色の太陽の光を映し、漆黒の闇が間もないことを暗示していた。

川原は土地の人でなければ川原には降りてこれないようなところの筈だけど、今日はあてが外れた。釣り人が数人釣り糸をたらしていて、そばにはバーベキューをしたのだろうかコンロや冷凍ボックスが置かれ、キャンピングテーブルや椅子なども置かれていた。
先客たちに目で挨拶を送り、いつもの場所に釣竿を仕掛ける。「ここは今頃は何がつれるのですか、今のところ誰にも何もヒットしないんですよ。」先客の一人が聞く、「さあ、何がつれるのでしょうか。私は釣りにきているんじゃないんで判りません。この竿には釣針は付けていないんですよ。」
相手は不思議そうな顔をして、それでもそれ以上の質問は失礼と思ったのか黙って引き下がっていった。

小春日和の日差しが柔らかく身体を包み、川風がなでる頬が心地よかった。まどろんでいたのはホンのちょっとだと思ったのだけど、気がつくと先客たちはもう帰り仕度を始めたようで、てきぱきと荷物を片付け、上の道に止めた車に運んでいる。眠くなった目で彼らを見ていて、何か不思議な違和感を覚えた。
人の数が多い。彼らは4,5人で来ていたはずだけど、今は10人近くいる。どこから来たのだろう。不思議に思いよくよく見ていると、
「河童?」
絵でしか見たことのない河童が釣り糸を垂れたり、釣竿を肩にかけて歩いてくる。

私のそばにも河童が一人釣り糸を垂れて座っている。
「河童?」私が思わず口にすると、河童は不思議そうな顔をして、
「お前には私が見えるのか」って聞いて来る。いや口にして聞いたのじゃないのかもしれない。私の心に直接響いてきたのだろう。
それが証拠にそこにいる河童たちが皆私たちのほうを見ている。
「何で」って思っていると、私の心を読んだように、
「連中を見ろや、彼らにはわれわれの姿は見えてないだろう」
そうだ、彼らはすぐそばを河童が通り過ぎていっても何も驚かないし、河童の姿が見えてないようだ。

「お前は生まれたての赤ん坊のように白紙の心でいたのだな。だから普通は人間には見えないわれわれの姿が見えたんだろう。でも困ったな。われわれの姿を見てはいけなかったんだ」
河童の困惑とは別に、私は彼の言葉を聞いていて嬉しくなってきた。何も考えないためにここに来て針もつけない釣り糸を垂らしている。だから赤ん坊のような気持ちにもなれたのだろうけど、でもそれで河童が見られたなんて、最高!
思わず唇に笑いが浮かぶのを見ながら、困った河童は頭の皿をぼりぼりと掻きながら考えていたが、「お前今日は時間があるか」って聞く。
「時間は死ぬほどあるよ」って答えると、後で集まりがあるので来て欲しいという。今日の釣も集まりのための肴を用意するためらしい。
「喜んで行く」って答えると、河童は困った声で、
「ことはそんなに簡単じゃないんだ」っていう。

「何も難しく考えることはないじゃない。河童を見たのがいけないのなら、川に引き
摺り下ろしてしまえばいいじゃないか。信じられないような事が目の前に起こっているのに、何もしないで帰るのは面白くないよ。どうせ生きてても後何年生き
られるか判らないのだから、面白そうなことは何でもやってみたいし、見てみたいな」私は河童に熱弁をふるう。河童は呆れたような顔をして私の話を聞いていたが、頭を振り、まあしばらく待っていろという。
彼らの釣が終わり、彼らと一緒に反対側の川岸の洞穴へ移動したのはそれから小一時間ほどしたころ。もうそのころは辺りはすっかり暗くなっていた。

ここに洞穴があるのは前から気がついていたけど、前は川、上は木々の生い茂った崖でたどり着く道がない。それに対岸から見るとすぐに奥が見えているようで、わざわざ洞穴探検をする意味もないと思っていた。
今日はどうしてそこへたどり着いたのだろうか、気がつくと洞穴の入り口にいた。覗き込むと、結構広い。そしてその洞穴には20人ほどの河童が車座になり談笑していた。

河童はその中で一番大きな、腹の突き出た河童の前へ私を連れて行った。
「これが河童? 信楽の狸の化け物じゃない?」って思ったら、途端にその大河童がにやりと笑った。
いけない、考えたことがストレートに皆に伝わるのだと思ったけどもう遅い。「若いの、ずいぶんと不敵なことをいうじゃないか。普通はそんな失礼なことは思わないもんじゃぞ」
「若いってたってもう定年過ぎてるよ、こちらは」「何を言うか、俺はこんなに若く見えてももう200歳だぞ。お前の歳なぞまだ若造だわい」
彼の言葉には彼が面白がっている気持ちが伝わってくる。
「はてどうしようかな、人間に河童の存在を知られるとまずい。川に引き込んで殺してしまうか?」
先ほどの威勢のいい言葉とは裏腹に私の口から出た言葉は
「なんでもしますから、助けてください」だった。

「そうか、何でもするか。」考えていた長老河童は、ポンと手を叩き、「そうじゃ、孫娘をお前の目付けにつけよう。あいつは人間の社会に行きたがっていたし、あいつがそばにいればお前が何をしようとすぐにわかる。いい考えじゃろう」と仲間に伝える。

それを聞いていた私を連れてきた河童が、
「お前は運がいい。殺されずにすんだばかりか、あの子は俺の妹で、この辺の女河童の中では一番器量よし、気立てもいい子だ」って、ポンと私の肩を叩いた。

「お客さん終点ですよ」っていつものセリフが聞こえてきた。
目を開けると美登里の顔が鼻をくっつけるように笑っている。
腰に手をやり、乳房のほうへ手を上げていこうとするとピシャっと手を叩かれ、「今日から岬に行くって言ってたじゃない。こっちは用意は全部済んだわよ。遅くなるから早くでよう。」
「今な、変な夢を見てたんだ。」
その先の言葉も聞かないで彼女は、
「そう。その河童の娘の名前は美登里っていうのよ。」





河童の独り言

2005年10月26日 10時01分15秒 |  河童、狸、狐

空がだんだんと白くなり
真っ暗な闇が少しづつ薄れ
湖と取り巻きの山の襞を形作っていく
湖の表面や山の襞からは乳白色の水蒸気が
周りを浸していく
鳥たちも朝の挨拶を交わす



空はあくまでも青く
山の斜面は秋色に飾られる
風は冬の訪れの消息を伝え
湖の面をなでていく
時折、下へ降りていかなかった鳥たちが
木の実を見つけて、喜びを交わしている。

これから長い冬の準備


そして夜
湖面に何千もの月の破片をちりばめる
空では星たちが私を見守っている
安らかに眠れ、
そして明日がまたいい日でありますようにと


お爺の生まれたところは
ここからずっとずっと川下だったそうだ。
今は団地とかいうものができ、
星の数よりも多い人間のうちが建っているという。

おとうの生まれたところも
ずっと川下。
街や村ができ、
途中にはダムというものが
川を堰きとめている。

おれが生まれたところは
これからちょっと下ったところ。
でも田んぼができ、
農薬とかいう毒を流している。

おれは綺麗な水と魚を求めて
ここまで川を上がってきた。

ここにも人間のうちが建ち始め、
人間がうろつき始めた

でももうこれ以上は上れない。
川も狭く、浅くなる。
魚もいなくなる。

冬もここでは長い。

あの奇妙な人間という代物
頭を飾る皿も持ってなければ
美しい甲羅もない
水の中では生きられないし
力も弱く
群れなければなにもできない存在
彼らは自分が壊しているものさえ気がつかない

そんな人間がおれの棲家を無くしてしまう

孤高を守り
自然を敬い
秘かに生きてきた
われわれはこれからどこに行けばいいのだろう