来年のレジデンスに向けて調査に来たスイスの作曲家とオランダのビデオ作家が今日離日する。昨夜いろいろと話をしたけど、長文になるけど、その感想を載せておきます。
まず今回の来日に関しては、予定の成果を上がられたようだ。来年は彼女の日本での作曲と日本人のダンサーとのコラボレーションでステージを作ることの二つを目玉とする企画をつめるということで、今後のアドバイスを頼まれた。
今後彼女が企画をつめ始めるとこちらにも余波が押し寄せてきそう、彼女の嬉しそうなきらきらした目を見ながら、この2年ほどの間、彼女と何百通も行き来させたメールの論争などを思い出し、よかったと思う反面、ちょっと気が重くなってきたのも正直な感想。
アーティスト・イン・レジデンスがまだ日本で知られていない時期、1980年の初めころから、このような形態でのプレゼンテーション、制作活動があることを知ってもらいたいために日本の各地で自治体と提携して、レジデンス活動をやってきた。
今は公立の立派な施設や素晴らしい受け入れプログラムがたくさん建てられ、レジデンスと名を打たないけど窯業試験場などの同様のサービスをするところも合わせればかなりの数のレジデンスが存在する。
でも25年以上も海外の作家へのレジデンスの紹介や、仲介をやってきていると、作家側からの要望やその変化と日本のレジデンスの受け入れが必ずしも一致しないし、その差がだんだんと大きくなってきていることが感じられる。
その大きなものは、まずアーティストの活動がものすごくクロスオーバーしてきていること。上の作曲家は演奏もするけど、目的の大きなものはダンサーとのコラボレーション。ビデオ作家にいたっては、自分でも何がメインなのかわからないって言うくらいに、とにかく何でも手を出す人。分野にレッテルを貼って、それしか受け入れないというような日本のレジデンスではかなり受け入れが難しいだろう。
また、日本にはないレジデンスへの希望もある。その最たる例が文筆。ライターズ・イン・レシデンスというものはヨーロッパなどではその専門のレジデンスもあるけど、日本にはなく、比較的柔軟に分野を決めてくれるところに紹介するしかない。ただこの場合作家側からは、場所への希望が強く出されることが多い。東京とか、京都とかっていうと、公立のレジデンスではもう手当てができない。
アーティストのプロジェクトのために情報収集やネットワークを広げるための来日とか、アーティストではないけど、キュレーターたちも同じような希望を持っているとついつい仲間意識で何とかしてあげたいと思ったりもする。
特に公立のレジデンス側が希望する、地元民への還元。レジデンスをしている作家との交流や、制作をみるということも、デジタル関係では難しいことも多い。
また、期間も問題。この数年の問い合わせを見ていると、半年とか一年という希望が大半を占める。でも日本のレジデンスでこのようなプログラムを組めるところはない。3年前にはレジデンスの掛け持ちで、愛知、東京、佐渡、京都と渡り歩くプログラムを組んであげたこともあった。
この問題をいうとレジデンス側からはビザの問題を言われるけど、3年前のケースでは今私が所属している団体がギャランティして、文化ビザを発給してもらったことがあるし、道がないわけではない。
また時期の問題。レジデンスの殆どは、それぞれの受け入れプログラムをきちんと持っていて、それにあわせて募集をする。それはそれで素晴らしいことだけど、逆に私の所に入ってくる希望は、作家が自分の制作スケジュールにあわせて組んだスケジュールが多く、彼らもプロとして活動している限り、そのスケジュールを変更することがかなり難しいことも多い。レジデンスを見ているとプログラムが活動していないときには殆ど空き家状態になっているところが多いのだけど、どうしてもっと柔軟に受けてくれないのだろうかって、悲しくなることもある。
でも作家にしてみれば、希望が充分に満たされていなくても、とにかく日本に行って制作してみたいと無理に自分の希望をレジデンス側のプログラムに当てはめて来日するケースが殆ど。プログラムによっては渡航費や生活費、制作費などまで含めたサービスを提供されるアーティストにとっては面と向かって不満を言える人はないだろうけど、レジデンスとしてもアーティストの希望を掴む努力をして欲しいし、またそれ以上にもっと柔軟な対応が出来る小型のサロンみたいなものが増えて、活発化していって欲しいなとも思う。
来日するアーティストのためにレジデンスの情報を提供するブログを開いたことがある。スパムのコメントやトラックバックがあまりにも多すぎてその削除に悲鳴を上げる毎日だったので今は閉鎖してしまった。このブログにはレジデンスに来日したアーティストは返事を書いてくれるスタッフとして招待したけど、日本のレジデンスのマネージャーたちの参加はお断りした。そのようなさまざまな問題をもっとフランクに話し合う場が必要だと思ったから。
ブログは再開したいし、して欲しいとの話も来るけど、あのスパムをどう遮断するかそれが解決できなければ今はちょっと無理だろうと思う。
ネット環境さえあれば在宅で出来る仕事なので、ボランティアでブログ(もしくはウエブサイト)のシスオペ(おそらく殆どがスパム対策になってしまうと思うけど)と質問の回答への情報収集(英語)を手伝ってくれる人がいないかなって痛切に思う。
そうなればブログなり、新しく作るウエブサイトを少しづつ拡充していけるのだけど。
こういう作家と受け入れ側の希望の差をみていると、レジデンス活動を紹介してきた私としては、日本の受け入れの現状は残念な現実であるとしかいいようがない。それでも希望者が多いからって変更の必要はないってレジデンス側では思っているようだ。
でも昨日の話でもヨーロッパのアーティストの目は今中国に転じようとしているってことがわかる。この傾向は数年前からあった。上のライターのケースでも日本で受け入れるところがなく中国でレジデンスをやった。
このような狭間を埋めるものとしては実はアーティスト・イン・レジデンスよりもっと前からヨーロッパではサロン形式のものが存在した。
日本でも国際交流基金のデータベースには載らないけど(例外的に載っているものもある)京都や東京で昔からこのようなものが存在してきている。上のダンサーに紹介した施設は全部がレジデンスではなく、このようなサロン。今回の音楽家たちを受け入れてもらったところもそう。私の活動ではこの手のサロンへのお願いがこれからもどんどんと増えていきそう。
日本だけじゃなく、世界的に見ても、これらは規模が小さく、殆どが個人ベースの活動なので、出来ては閉鎖になるところも多々あるのも事実。
これらの活動が知られたり、レジデンスの情報網に引っかかってくることはないだろう。
2年ほど前にオランダの作家向けに世界のレジデンス情報を流しているTransArtistsの機関紙がオランダ国内のそのようなレジデンスの紹介をしたことがあるけど、ひとつの国のまとまったデータベースというのはこれ以外は見たことがない。
このサロンは多くが閉鎖的、また脆弱なものが多いのだけど、サロンのオーナーなり、マネージャーがもっと横の連絡を取り合い、助け合っていければ、もう少し永続的、広範囲な活動が出来ると思う。
でもこれより大きなレジデンスでさえ、マネージャーやオーナーたちのネットワークが出来ては潰れして影が薄い状況を見ると、サロンのネットワークを組むことは、もっと難しいことなのだろう。
まず今回の来日に関しては、予定の成果を上がられたようだ。来年は彼女の日本での作曲と日本人のダンサーとのコラボレーションでステージを作ることの二つを目玉とする企画をつめるということで、今後のアドバイスを頼まれた。
今後彼女が企画をつめ始めるとこちらにも余波が押し寄せてきそう、彼女の嬉しそうなきらきらした目を見ながら、この2年ほどの間、彼女と何百通も行き来させたメールの論争などを思い出し、よかったと思う反面、ちょっと気が重くなってきたのも正直な感想。
アーティスト・イン・レジデンスがまだ日本で知られていない時期、1980年の初めころから、このような形態でのプレゼンテーション、制作活動があることを知ってもらいたいために日本の各地で自治体と提携して、レジデンス活動をやってきた。
今は公立の立派な施設や素晴らしい受け入れプログラムがたくさん建てられ、レジデンスと名を打たないけど窯業試験場などの同様のサービスをするところも合わせればかなりの数のレジデンスが存在する。
でも25年以上も海外の作家へのレジデンスの紹介や、仲介をやってきていると、作家側からの要望やその変化と日本のレジデンスの受け入れが必ずしも一致しないし、その差がだんだんと大きくなってきていることが感じられる。
その大きなものは、まずアーティストの活動がものすごくクロスオーバーしてきていること。上の作曲家は演奏もするけど、目的の大きなものはダンサーとのコラボレーション。ビデオ作家にいたっては、自分でも何がメインなのかわからないって言うくらいに、とにかく何でも手を出す人。分野にレッテルを貼って、それしか受け入れないというような日本のレジデンスではかなり受け入れが難しいだろう。
また、日本にはないレジデンスへの希望もある。その最たる例が文筆。ライターズ・イン・レシデンスというものはヨーロッパなどではその専門のレジデンスもあるけど、日本にはなく、比較的柔軟に分野を決めてくれるところに紹介するしかない。ただこの場合作家側からは、場所への希望が強く出されることが多い。東京とか、京都とかっていうと、公立のレジデンスではもう手当てができない。
アーティストのプロジェクトのために情報収集やネットワークを広げるための来日とか、アーティストではないけど、キュレーターたちも同じような希望を持っているとついつい仲間意識で何とかしてあげたいと思ったりもする。
特に公立のレジデンス側が希望する、地元民への還元。レジデンスをしている作家との交流や、制作をみるということも、デジタル関係では難しいことも多い。
また、期間も問題。この数年の問い合わせを見ていると、半年とか一年という希望が大半を占める。でも日本のレジデンスでこのようなプログラムを組めるところはない。3年前にはレジデンスの掛け持ちで、愛知、東京、佐渡、京都と渡り歩くプログラムを組んであげたこともあった。
この問題をいうとレジデンス側からはビザの問題を言われるけど、3年前のケースでは今私が所属している団体がギャランティして、文化ビザを発給してもらったことがあるし、道がないわけではない。
また時期の問題。レジデンスの殆どは、それぞれの受け入れプログラムをきちんと持っていて、それにあわせて募集をする。それはそれで素晴らしいことだけど、逆に私の所に入ってくる希望は、作家が自分の制作スケジュールにあわせて組んだスケジュールが多く、彼らもプロとして活動している限り、そのスケジュールを変更することがかなり難しいことも多い。レジデンスを見ているとプログラムが活動していないときには殆ど空き家状態になっているところが多いのだけど、どうしてもっと柔軟に受けてくれないのだろうかって、悲しくなることもある。
でも作家にしてみれば、希望が充分に満たされていなくても、とにかく日本に行って制作してみたいと無理に自分の希望をレジデンス側のプログラムに当てはめて来日するケースが殆ど。プログラムによっては渡航費や生活費、制作費などまで含めたサービスを提供されるアーティストにとっては面と向かって不満を言える人はないだろうけど、レジデンスとしてもアーティストの希望を掴む努力をして欲しいし、またそれ以上にもっと柔軟な対応が出来る小型のサロンみたいなものが増えて、活発化していって欲しいなとも思う。
来日するアーティストのためにレジデンスの情報を提供するブログを開いたことがある。スパムのコメントやトラックバックがあまりにも多すぎてその削除に悲鳴を上げる毎日だったので今は閉鎖してしまった。このブログにはレジデンスに来日したアーティストは返事を書いてくれるスタッフとして招待したけど、日本のレジデンスのマネージャーたちの参加はお断りした。そのようなさまざまな問題をもっとフランクに話し合う場が必要だと思ったから。
ブログは再開したいし、して欲しいとの話も来るけど、あのスパムをどう遮断するかそれが解決できなければ今はちょっと無理だろうと思う。
ネット環境さえあれば在宅で出来る仕事なので、ボランティアでブログ(もしくはウエブサイト)のシスオペ(おそらく殆どがスパム対策になってしまうと思うけど)と質問の回答への情報収集(英語)を手伝ってくれる人がいないかなって痛切に思う。
そうなればブログなり、新しく作るウエブサイトを少しづつ拡充していけるのだけど。
こういう作家と受け入れ側の希望の差をみていると、レジデンス活動を紹介してきた私としては、日本の受け入れの現状は残念な現実であるとしかいいようがない。それでも希望者が多いからって変更の必要はないってレジデンス側では思っているようだ。
でも昨日の話でもヨーロッパのアーティストの目は今中国に転じようとしているってことがわかる。この傾向は数年前からあった。上のライターのケースでも日本で受け入れるところがなく中国でレジデンスをやった。
このような狭間を埋めるものとしては実はアーティスト・イン・レジデンスよりもっと前からヨーロッパではサロン形式のものが存在した。
日本でも国際交流基金のデータベースには載らないけど(例外的に載っているものもある)京都や東京で昔からこのようなものが存在してきている。上のダンサーに紹介した施設は全部がレジデンスではなく、このようなサロン。今回の音楽家たちを受け入れてもらったところもそう。私の活動ではこの手のサロンへのお願いがこれからもどんどんと増えていきそう。
日本だけじゃなく、世界的に見ても、これらは規模が小さく、殆どが個人ベースの活動なので、出来ては閉鎖になるところも多々あるのも事実。
これらの活動が知られたり、レジデンスの情報網に引っかかってくることはないだろう。
2年ほど前にオランダの作家向けに世界のレジデンス情報を流しているTransArtistsの機関紙がオランダ国内のそのようなレジデンスの紹介をしたことがあるけど、ひとつの国のまとまったデータベースというのはこれ以外は見たことがない。
このサロンは多くが閉鎖的、また脆弱なものが多いのだけど、サロンのオーナーなり、マネージャーがもっと横の連絡を取り合い、助け合っていければ、もう少し永続的、広範囲な活動が出来ると思う。
でもこれより大きなレジデンスでさえ、マネージャーやオーナーたちのネットワークが出来ては潰れして影が薄い状況を見ると、サロンのネットワークを組むことは、もっと難しいことなのだろう。