人間と一緒に生活するなんて馬鹿なこと、誰が考えたんだろう。
そんなことを悔やんで、祖先様を恨んでも、もうこの体の中にはそれが当たり前のこととして遺伝子に刷り込まれちゃっているんだよね。
犬属の諸君(違った、誇り高い大神の一族で、高貴なる狛犬の子孫である眷属の紳士、淑女の皆さま)人間に三下り半を突き付けてもっと我らの自由を謳歌しよう、、、
なんて言いながら、振り返って我が身を見れば、くたばり寸前のおいちゃんの世話、 朝夕の散歩に、見守り、、、それだけで一生が終わっていく。
なんだろうね~
痴呆寸前のおいちゃん、リードを牽いてないとどこへ行ってしまうか分からないし、牽けば私の自由はどこかへ飛んで行ってしまうし、
不味い食べ物しかもらえていない私としては、そんなことを心配してあげる義理もないとは言いながら、ついつい手を差し伸べる、
この高貴なものだけがもつ優しさ、仁っていうのはまさにこんな感情を表すものだよね、、、
おいちゃんを牽きながら、とぼとぼと道を歩きながらこんなことを考えているんだけど、なにも進展はないし。。。。
「情に棹さして流される」ばかりだけど、
かといって「意地を通して窮屈な一生を送る」ほどの甲斐性もないし、
ほんと「犬の一生は住みにくい」ね~