狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

教科書問題は中国との情報戦争だ!

2007-11-03 19:58:31 | 教科書

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≪かつては自分の領土だと思っていた島の住民の「10人に1人」が、一か所に集結して反政府運動で拳を天に突き上げた!≫

このように派手に報道されたら中国が黙って拱手傍観するわけが無かった。

狂乱の「9月29日・11万人集会」から一ヶ月経過した、10月28日。

中国の抗議船が尖閣上陸を目指し、日本の領海を侵犯した。

中国の抗議船が尖閣諸島に接近(10/29)

 

これを排除した日本政府に対し、劉建超報道官は「日本側の行為は国際法違反で、中国の主権侵害」と声明を発表した。

中国、尖閣問題で日本批判http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20071030AT3S3001L30102007
.html

 中国外務省の劉建超報道局長は30日の記者会見で、尖閣諸島(中国名・釣魚島)の領有権を主張して日本領海を侵犯した中国船を日本の海上保安庁が阻止したことについて「釣魚島とそれに付属する島は中国固有の領土だ。日本の行動は国際法違反で、中国主権の侵犯だ」と批判した。(中国総局)(日本経済新聞 10月30日 00:43)

この声明の裏には「尖閣は中国のもの。 尖閣が属する沖縄の潜在主権は中国にある」という中国の野望が潜んでいる。

中国は沖縄での「11万人集会」の全国的大報道を見極めたうえで、日本に揺さぶりをかけている。

「11万人集会」の主催団体及び協賛団体が、反日・左翼と媚中派で占められているのが、このことを証明している。


「沖縄戦集団自決・軍関与」は歴史の捏造であり、これを教科書に記述することは情報戦争で中・韓「近隣諸国」に敗北したことに通じる。

その結果として中国による沖縄併合を促すことになる。

何しろ中国は昔の交流を楯に沖縄に「潜在主権」を言い続けてる国なのだ。

尖閣諸島は沖縄県石垣市の行政区域。

沖縄を併呑すれば当然の帰結として宝の山の尖閣諸島も中国のものになる。

沖縄県民が気がついているかどうかはともかく、教科書問題で沖縄が反日的行動で騒げば騒ぐほど、中国はちょっかいを出してくるだろう。

沖縄と尖閣は中国にとって「鴨ネギ」なのだから。

これに対して沖縄の地元紙は黙して何も語らない。

「11万人集会」については連日叫び続けているのに。

おりしも今朝の読売は「11万人」集会にも触れたGJな社説を書いている。

11月3日付 沖縄集団自決 禍根を残しかねない政治的訂正 
(読売社説)
 政治的思惑を背景とした一連の動きは、将来に大きな禍根を残すことにもなりかねない。

 来年度から使用される高校日本史教科書の沖縄戦・集団自決の記述について、教科書会社4社が文部科学省に対して、日本軍の「強制」に関する記述を復活させる訂正申請をした。

 今春の教科書検定では、5社の7種類の教科書から、「強制」の記述が削除されていた。残りの1社も近く同様の訂正申請をすると見られる。文科省は教科用図書検定調査審議会に諮る。

 政府が訂正申請に「真摯(しんし)に対応する」と方針転換する契機となったのは、9月29日に沖縄県宜野湾市で開かれた検定意見の撤回を求める県民大会だった。「参加者11万人」と主催者発表の数字が伝えられた。渡海文科相は「沖縄県民の気持ちにどう応えるか」と語った。

 しかし、県民大会の俯瞰(ふかん)写真に写っている参加者を1人ずつ丹念に数えた東京の大手警備会社は、1万8000~2万人と指摘している。主催者発表の5分の1以下だった。

 検定で「日本軍に集団自決を強制された」などの記述が削除されたのは、近年の様々な証言などを通じて、集団自決の際に軍の「強制」や「命令」があったか否かが、必ずしも明らかではなくなったためだ。

 「沖縄戦の実態について誤解する恐れがある」との検定意見が付けられた。

 日本軍が、集団自決に一定の「関与」をしたことについて、否定しているわけではない。

 政府は検定意見は撤回せず、教科書会社による自主的な訂正申請の形で手続きを進めようとしている。

 検定済みの教科書の訂正申請は、誤植や脱字、誤った事実の記載が発見された場合など、省令に定めるいくつかの理由に該当する場合に限り行われる。今回は事実についての誤りではなく、「学習を進める上で支障がある」ことが理由として挙げられた。

 例えば「『集団自決』においこまれ」という記述の前に「日本軍によって」が加えられた。

 訂正しないと、なぜ学習上の支障が生じるのか。検定意見と辻褄(つじつま)が合わない訂正申請が認められるなら、教科書検定結果は政治介入で覆せる、という前例を残すことになる。

 今後、検定を終えた教科書の記述に中国政府などが抗議した場合、政府はどう対応するのか。記述に誤りがなくとも、抗議する人々の「気持ち」に応えて訂正するのだろうか。

(2007年11月3日1時51分  読売新聞)

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完結、「真珠湾」以前に日本と戦った米兵

2007-11-03 07:32:18 | 歴史
 
何年か前、スピルバーグ監督の「プライベート・ライアン」を見た。
このタイトルを「私的なライアン」と思い込み、首をかしげた記憶がある。
 
だがこの場合の「プライベート」は「兵卒」「二等兵」の意味である事を後で知って納得した。
 
戦場で行方不明になった「一兵卒」に過ぎない「ライアン」の捜索に捜索隊が派遣されると言うアメリカ得意のヒューマニズムを訴える戦争映画だと知って腑に落ちたわけだ。
 
アメリカの兵役についても「ドラフト」とか「ボランティア」と通常に日本語化された用語なので、つい誤解の迷路に迷い込む。

◆アメリカの兵役
ドラフトと聞くと飲兵衛なら生ビールを想像して生唾を飲むだろうし、野球ファンなら八重山商工の大嶺や北海道苫小牧の田中の顔を思い浮かべるだろう。

英単語「draft」を新グローバル英和辞典でも検索すると、
 
先ず「描くこと, 線描」と有るし、勿論「生ビール」もあるが、

5番目に「糧食・軍勢・資金の)調達, 徴発;((the ~))徴兵[徴募]制度;((集合的))徴募兵;《スポーツ》ドラフト制 」とある。

つまりアメリカでは徴兵のことをドラフトと言う。

だが、現在のアメリカに徴兵制(ドラフト)は無い。

イラクでの戦死者が3000人に達したアメリカの兵役は徴兵制ではなく志願兵でまかなっていると聞くと驚く。

現在泥沼に入り込んでいる「イラク戦争」に更に二万人余の派兵をするというが、アメリカではこれを志願兵で対処していることになる。

志願兵はアメリカでは、ボランティア(volunteer)と言い、しばしば日本語の「義勇軍」と言う言葉に置き換えられる。

だが「義勇軍」という日本語の定義を誤ると歴史を見誤る。

スペイン戦争の折、ヘミングウェイ等の知識人が参加したことで知られるように、「義勇軍」とは 「戦争・事変の際に、人民が自発的に編成する戦闘部隊」のことを指す。

日本では1873年に国民皆兵を目指す徴兵令が出され、幾多の戦争を専ら徴兵で乗りきって来たので、志願兵とか傭兵、或いは義勇兵という言葉はあまり馴染みがない。

                 ◇

◆ファシズム対民主主義の戦い

戦後民主主義で育った者は次のように歴史を習った。

第2次世界大戦はファシズム対民主主義の戦いである。

例として高校用世界史の教科書である山川出版の『新世界史』(昭和61年3月5日発行)の記述を覗いて見る。
 
    「1920年代から30年代にかけて,とくに世界恐慌が先進工業諸
    国をおそってから,イタリア・ドイツ・日本にあいついでファ
    シズムやそれに似た政治体制がうまれ,民主主義をとる国々と
    の対立が激しくなり,世界はふたたび,さらに大規模な世界戦
    争に突入した」(313頁).「独ソ戦が始まるとソ連と米・英関
    係が好転し,イギリスはソ連と軍事協定を結び,アメリカは大
    量の戦略物資をソ連に送った.…こうして全体主義に対する民
    主主義の戦いという戦争の政治的性格が強まり,交戦諸国の戦
    意も高まった」(342頁).

驚くべきことに,殆どの教科書にはソ連の参戦を戦争の民主主義防衛の共同戦線だとして平気で記述している。

数々の新資料の公開で、ソ連が多くの自国民を平気で虐殺し,ナチス顔負けの全体主義国家であったことが今では歴史的事実として認識されている。

◆真珠湾の7ヶ月前に日本爆撃計画

日本の真珠湾攻撃の7ヶ月も前に、米軍が 蒋介石軍に荷担して、日本爆撃を計画し、陸軍長官、海軍長官、 そしてルーズベルト大統領自身が承認のサインを与えていた書類 が明るみに出た。

この作戦には350機のカーチス戦闘機、150機のロッキー ド・ハドソン爆撃機を使用するとし、また大阪、神戸、京都、東 京、横浜の爆撃には木造住宅の多い日本民家に効果のある焼夷 弾を使用すべきとする内容もあった。

後の本土空襲の原形がすでに考えられていたのである。

だが実際には、欧州戦線への爆撃機投入を優先したため、この計画 は実施が遅れて、その前に真珠湾攻撃となった。

この計画が突飛なアイデアでない証拠として、すでに米軍の最新鋭戦闘機とパイロット約100名、地上要員約200名 のフライング・タイガースと呼ばれる一隊が、義勇兵を装って、蒋介石軍に参加していた事実は前に書いた。

上記の爆撃計画は、この戦闘機部隊に爆撃機を加えて、日本本土を直接攻撃しようという拡張案なのである。

これに対してフライング・タイガースはあくまでも中国軍に自主的に参加した義勇軍であり、アメリカの正規軍ではないので何の問題も無いと主張する論もある。

フライング・タイガースは正式名をアメリカ合衆国義勇軍(American Volunteer Group,AVG)と言うが、その実体は志願兵(Volunteer)によるアメリカ軍であった。

ボランティアと聞くと無償の善意の集団を想像しがちだが、フライング・タイガースは高額の条件で政府の募集に応じた志願兵集団であった。

フライング・タイガース生みの親クレア・リー・シェンノートは、蒋介石に乞われ重慶に着任後、

「日本軍航空隊に対し中国軍は優れた戦闘機100機とそれを操縦する優れたパイロットを持つことで、中国空軍はこの脅威を退けることが出来るでしょう」とのアドバイスを行い、

この意見は蒋介石に承認され、アメリカ合衆国にも承認されている。

派兵計画は当初、大統領直属の官僚であるLauchlin Currieが指揮し、資金融資に関してもフランクリン・D・ルーズベルト大統領の友人であるトミー・コルコランが作り上げたワシントン中国援助オフィスを経由して行うといった形をとった。

また中立上の立場から直接の軍事援助を行わず、中国国民党軍が資金を使い部隊を集める形式を取った。

1940年の夏にシェンノートは中国空軍増強の目的で優れたパイロットを集めるためにアメリカ合衆国に一時帰国した。(ウィキペデリア)

アメリカ本土に到着したシェンノートは早速、ルーズベルト大統領の後ろ盾を受け100機の戦闘機と100名のパイロット、そして200名の地上要員をアメリカ軍内から集める権利を与えられ、アメリカ軍隊内で早速パイロットの募集を募った。

シェンノートの理想は当然、メンバーは戦闘機乗りであること、飛行錬度は高いことが条件であった。

またアメリカの中立という立場から(義勇兵)という形で集められたアメリカのパイロットは計100名。

しかし形こそは義勇兵としていたが、実質はアメリカ空軍のパイロットが殆どでありかれ等は元の階級への復帰を保証されていた。

世界の目を誤魔化すためにパイロット達全員は義勇の目的からアメリカ軍を一旦退役する必要があった。

さらにAVGとしての活動中、パイロット達には下記の条件が与えられた。

軍退役後は全メンバーに一時金500ドルを支給
中国での軍務の終了後、元の階級での空軍復帰を約束
毎月600ドルを全てのパイロットに支給
月支給プラス敵機を1機撃墜するごとに500ドルを支給

またAVGパイロット全員のフライトジャケットの背中には中華民国軍を援助する米国人飛行士であることを示す認証が縫い付けられた(ウィキペディア)。

正式に日本に宣戦布告したアメリカにとって義勇軍の意味はなく、1942年7月3日、軍はAVGに対して正式に解散命令を出した。

だが、これは完全な中立義務違反で、これがが国際法上許されるなら、たとえば台湾が中国に攻撃された場合、自衛隊を一旦除隊させて「義勇兵」として台湾に送れば、日本は中国と台湾に対し「中立」と「平和憲法」を維持したまま、実質的に参戦できることになる。

何よりもフライング・タイガースが所謂「義勇軍」ではなかったという証拠は、日本の真珠湾攻撃の7ヶ月も前に、米軍が 蒋介石軍に荷担して、日本爆撃を計画し、陸軍長官、海軍長官、そしてルーズベルト大統領自身が承認のサインを与えていた書類が明るみに出たことである。

シェノートが最初に中国入りした時期がルーズベルトの大統領就任時期より前だった、ということを根拠にフライング・タイガースはアメリカ正規軍ではなく、義勇軍だという説があるが、

少なくとも1941年初頭から始まった大統領命付きの「義勇軍募集」に応募した軍人達は、如何に「義勇軍」の名に隠れても米国正規軍の世を忍ぶ仮の姿であった。

the American Volunteer Groupがサンフランシスコ港をオランダ船で出発した1941年7月10日の直前には、二回目のAVGの派遣時の「100人のパイロット」「181人の射撃手」を1941年11月までには中国に到着するよう派遣すると言う大統領の承認を得ている。(★)

それだけではない。

さらに驚く事には、フライング・タイガースによる日本爆撃計画推進者の推進者だったロークリン・カリー大統領補佐官(当時)は、実はソ連と極秘情報のやりとりをしていたことが、当時の米暗号解読機関によって確認されていた。 

≪この文書はVENONA資料と呼ばれ、1940年代後半、ニューヨークとワシントンにあるソ連代表部とモスクワ間の交信記録を米特殊機関(戦後の国家安全保障局=NSA)が暗号解読したものだ。

カリー補佐官はカナダ生まれの経済学者で、39年から45年まで 大統領補佐官(経済担当)をつとめた。

41年初頭には対日戦略を調整するため米国の中国支援担当特使に任命され、ルーズベルト大統領と中国国民党の蒋介石主席(当時)の橋渡し役をしていた。

48年にソ連スパイだったことを告白した政府職員、エリザベス・ベントレーによる「カリー氏もスパイだ」という訴えをきっかけに、カリーは米下院・非アメリカ委員会の追及を受けた。
 
しかし最後まで容疑を否定し、50年に米国市民権を放棄し、南米コロンビアに移住、93年に死亡している。

ソ連がスパイを送り込んで、日本と蒋介石軍との戦いをアメリカに支援させていた動機は容易に理解できる。

両者が戦えば、毛沢東軍が漁夫の利を占めることになり、中国共産革命が近づく。

さらに日米戦争ともなれば、ソ連にとっても日本からの軍事的脅威はなくなり、ドイツと日本から挟撃されるという最悪の事態を避けられる。まさに一石二鳥の見事な謀略なのである。≫(「国際派日本人講座」http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_2/jog116.htmlよりの引用)

光あるところに影がある。

表面に見える歴史の奥底には人知れぬドラマが潜んでいる。

フライング・タイガースは今まで歴史の闇に埋もれ、民間人の冒険野郎の単なる「冒険物語」としての伝説から、アメリカ正規軍としての歴史の表舞台に登場したのである。

The first contingent (of pilots) of the American Volunteer Group left San Francisco on July 10, 1941, aboard the Dutch ship Jaegersfontaine.  Just before leaving, Chennault received confirmation of Presidential approval for the second American Volunteer Group of bombers with a schedule of 100 pilots and 181 gunners and radio men to arrive in China by November, 1941, and an equal number to follow in January, 1942. (HISTORY: American Volunteer Group (Flying Tigers) http://www.flyingtigersavg.com/tiger1.htm

◆フライング・タイガースの公式ウエブサイト(http://www.flyingtigersavg.com/

◆参考: Air Force A BRIEF HISTORY WITH RECOLLECTIONS ANDCOMMENTS BY GENERAL CLAIRE LEE CHENNAULT 

◆関連エントリー:

続「真珠湾」以前に日本と戦った米兵

真珠湾攻撃以前に日本と戦った米兵

 

【追記】 緊急のお知らせです。

東京近郊の方、「高田馬場の決闘」です。(中山安兵衛を知らん方には意味不明?)

祝祭日は都の西北に集結して下さい。

                   *

昭和の日本は民族の誇りをかけて闘い抜いてきました。先人たちに想いを馳せ るべく、昭和を満州事変から大東亜戦争そして東京裁判までの激動の時代に焦点 をあて、パネル展示で振り返ります。また、外圧によって捻じ曲げられようとし ている歴史的事件の真実を明らかにします。

 早稲田大学唯一の保守系学術サークルによる、特別展示企画です。


 いよいよ本日展示発表です。

展示発表は 10時から17時まで行いますので、皆様お誘い合わせの上、是非ご来場下さい!

 
●展示内容 

 ・満州事変
 ・昭和維新
 ・昭和の外交政策
 ・治安維持法と共産党
 ・支那事変
 ・大東亜戦争
 ・東京裁判
 ・B.C級戦犯裁判
 ・南京大虐殺はウソだ
 ・沖縄集団自決軍命令の嘘
 ・従軍慰安婦「強制連行」はなかった
 ・靖国神社の真実
 ほか 

 日時:11月3・4日(祝・日)
 両日とも10時~17時

 場所:早稲田大学西早稲田キャンパス1号館405号室
 (早稲田大学正門を入って、すぐ右の校舎。大隈講堂の向かいです。)

 主催:早稲田保守研究会

 交通アクセス:早稲田大学西早稲田キャンパスまで
 ・地下鉄 
 東西線早稲田駅下車徒歩5分

 ・都バス
 高田馬場駅より都バス早大正門行乗車、終点早大正門バス停下車、徒歩0分
 ・都電
 都電早稲田駅より徒歩5分

 早稲田祭公式ウェブサイト http://www.wasedasai.net/
 お問い合わせはgut0345@yahoo.co.jp(漆原)までお願いします

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