狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

米兵、記者に銃口問題 官房長官、米側が否定と説明 訓練「地元への影響最小限に」

2022-04-04 11:48:49 | マスコミ批判

 

  • [大弦小弦]銃と向き合うカメラ
  • 沖縄タイムス 2022年4月4日 05:00有料

 カメラで銃と向き合った。戦場ではなく那覇市のど真ん中、那覇軍港でのできごと。一人の米兵がフェンスの外にいた琉球新報のジャン松元記者(59)を見据え、銃を構えた

▼「やはり恐怖心もあった。でも沖縄の記者として、現実から目をそらすことはできなかった」と松元さんは語る。シャッターを切り続けた勇気によって、沖縄の異常な日常の写真記録が残る

▼米軍は2月にも軍港で「NO WAR(戦争反対)」のプラカードを持つ市民に銃で対峙(たいじ)する訓練をした。報道とデモへのむき出しの敵意。その銃口は沖縄に向けられている

▼日本政府は抗議して自国の民主主義を守るのではなく、米軍と一緒になって敵視している。陸上自衛隊が「予想される新たな戦いの様相」の例として「反戦デモ」「報道」を挙げた資料が、国会で明らかにされた

▼防衛省は反戦デモについては撤回したが、「事実に反する意図的な報道」は該当すると今も説明する。何を認定するかは政府次第。資料が記者勉強会で配られた2年前の時点で、メディアが民主主義の危機を報じるべきだった

▼権力者が主権者の意思という鎖をちぎろうとする。敵の脅威をあおり、反戦デモや報道に「回し者」のレッテルを貼って無効化を試みる。あまりにもロシアと酷似している。日本の現実からも、目をそらせない。阿部岳

              ★

>敵の脅威をあおり、反戦デモや報道に「回し者」のレッテルを貼って無効化を試みる

ここでいう「反戦デモ」とは、「反国防デモ」であるから、これを支援する沖縄メディアが中国の工作員の巣窟と言われるのだ。

中国ならスパイ罪適用、琉球新報記者「基地内を撮影していたら米兵に銃口を向けられました」2022-04-02

沖縄タイムス+プラス ニュース

「記者に銃口」報道、米側は否定 那覇軍港の訓練「記者を指していない」

沖縄タイムス 2022年4月2日 08:27

 在沖米陸軍が3月31日に那覇港湾施設(那覇軍港)で基地警備訓練中、基地フェンスの外で写真撮影していた琉球新報社の写真記者に、兵士1人が銃口を向ける場面があったと同社が報じた件で、米側は1日、「武器は記者を指していない」と報道内容を否定した。沖縄防衛局の照会に答えた。

 防衛局によると、米側は望遠レンズで撮影した同記者と兵士は「250メートル離れていた」と説明。「銃を持ち体を左右に回転させる標準的な警備をしていた」とした。「写真で、当該兵士は照準器をのぞいていない。つまり、狙っているわけではなく、訓練で警備するべきエリアを確認していた」とした。弾薬は入っていなかったという。

 さらに「250メートル先からズームレンズで撮った者からすれば、武器がその方向を指していたように見えたかもしれない」と推察。「武器は記者を指していない。記者に武器が向けられていた場合、武器の側面が見えることはない」とした。

 記事で、兵士が記者と目線を合わせたとしていることには「250メートルの距離では不可能。兵士と記者の間にいた米側の人員ですら、携帯電話カメラのズーム機能を使わなくては記者が視認できなかった」とした。

 松野博一官房長官は1日の記者会見で、「米軍の訓練に当たっては地元への影響が最小限となるよう、引き続き米軍と連携し、適切に対応する」と述べた

 

米側は望遠レンズで撮影した同記者と兵士は「250メートル離れていた」と説明

>記者に武器が向けられていた場合、武器の側面がみえることはない

250メートルも離れた場所から撮影した銃の側面が見え写真で「記者に銃口」とは、琉球新報はよくこんなデタラメな因縁記事を書いたもんだ。

  • mww*****

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    銃口向けても良いんじゃないでしょうか?
    琉球新聞記者に扮した中国共産党員とか北朝鮮のスパイが米軍の危機管理の調査や警備員の配置とか調べている可能性もゼロではないので、不審者には相応の対応しても問題ないと思うご時世ですし。
    あとテレビでやってたけど、ネバダ州のエリア21ではフェイスに近づいただけでジープがやって来て銃を構えながら拡声器で「立ち去れ」って言ってましたよ。これがアメリカの普通なんじゃないの?

  • avb*****

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    米軍側がまたいつもの発作だなと思って大事にするつもりはなさそうだからよかったものの。最悪外交問題に発展しかねない愚行なわけだが。
    新聞社にペナルティはないのだろうか。

  • rhu*****

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    記者ならカメラをもって写真か動画でも撮っておけと言いたい。
    カメラでなくても、スマホでも十分に撮れるはずだ。

    つまり証拠もない、ただの「言いがかり」だとすぐに分かる。

  • yos*****

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    日本とアメリカの分断を図りたい中共の想いを忖度して、悪意を持ってミスリード記事を書いたとしか思えない。報道機関ではなくて工作機関だよね。

  • ppm*****

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    > 記者に銃口問題

    250m先で「目があった」という主張はあり得ないわけで、
    ・記者もしくはカメラマンの被害妄想
    ・意図的なフェイク
    なのに”銃口問題”と言い張り続けるは無理があるよ。

    「恥の上塗り」って言葉を知った方が良い。
    「盗っ人猛々しい」も

  • うさぎちゃん

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    琉球新報は日米政府とは別の筋から依頼があって〝取材〟と称してるだけなので。
    まぁ端的に言うと国益を著しく毀損するスパイ活動。
    段々と日本国内に居場所なくなるのはどう言う気持ちですかぁ笑?

 

 

コメント (2)

★今年の4月28日は「屈辱の日」60年節目の年

2022-04-04 11:35:51 | 資料保管庫

 

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 政府主催の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」開催に抗議する「4・28政府式典に抗議する『屈辱の日』沖縄大会」(主催・同実行委員会)が28日午前11時、宜野湾市の宜野湾海浜公園屋外劇場で開かれた。始まる前から多くの県民が会場に続々と集結し、サンフランシスコ講和条約によって沖縄が日本から切り捨てられた「屈辱の日」の政府式典開催に怒りの拳を突き上げた。

大会では「沖縄県民の心を踏みにじり、再び、沖縄切り捨てを行うものであり、到底許されるものではない」などとする決議を採択する。
 沖縄大会に連動し、宮古島市や鹿児島県奄美市などでも抗議集会があるほか、東京都内では抗議の市民集会が複数開かれる。
 沖縄大会では冒頭、沖縄返還運動などで歌われた「沖縄を返せ」を「沖縄に返せ」と題名と歌詞を変えてテーマ曲とし、参加者全員で合唱した。
 共同代表の喜納昌春県議会議長、「沖縄の平和創造と人間の尊厳回復を求める100人委員会」世話人の高良鉄美氏、県女性団体連絡協議会会長の伊志嶺雅子氏があいさつした後、中部地区青年団協議会代表が決意を述べる。
 連帯のあいさつでは、名護市の稲嶺進市長、座間味村議会の中村秀克議長、式典に反対の意思を示す紺色リボンの着用を呼び掛けている沖縄戦の元女子学徒隊有志「青春を語る会」の中山きく代表らがあいさつし「主権回復の日」式典に異議を唱える。
 共同代表の東條渥子県生活協同組合連合会長が大会決議とスローガンの提案・採択をした後、同じく共同代表の崎山嗣幸沖縄平和運動センター議長、仲村信正連合沖縄会長、新垣繁信県統一連代表幹事、中村司県労連議長、新川秀清第三次嘉手納基地爆音差止訴訟原告団長が「がってぃんならん五唱」で政府への怒りを表す

 

「4・28主権回復の日」に賛否両論

2013-04-27 14:29:53 | 県知事選

 

沖縄テレビ 04月26日 18:55

4.28抗議集会 仲井真知事は出席せず

 あさって政府が開催する主権回復式典。
 これと同じ時刻に県内で開かれる抗議大会への出席を求められていた仲井真知事は、きょう、大会に参加しない意向を示しました。

 政府は、サンフランシスコ講和条約が発効した4月28日を「主権回復の日」だとして式典を開催しますが、県内では、沖縄が日本から切り離された「屈辱の日」だとして抗議大会が開かれます。
 抗議大会の実行委員会の共同代表5人はおととい県に対し仲井真知事の集会への出席を要請していました。
 仲井真知事はこれまで、抗議大会への出席に慎重な態度を示していましたが、きょう、大会を欠席する意向を明らかにしました。
 仲井真知事は東京で開かれる政府主催の式典にも出席せず、県は代わりに高良副知事を出席させることにしています。
 一方、県議会野党・中立会派の議員らはきょう、那覇市内でチラシを配り抗議大会への参加を呼びかけました。
 主権回復式典に抗議する沖縄大会は、あさって午前11時から宜野湾海浜公園で開かれ、実行委員会では1万人規模の大会を目指していま
ニュース映像

県知事が「出席か欠席か」で、保革両陣営で綱引きをしていた「4.28屈辱の日」抗議大会に仲井真県知事が欠席を表明した。

では、「県知事欠席」という重要ニュースを今朝の沖縄タイムスはどのように報じたか。

ん?、ない。

・・・と思ったが、それもそのはず、2面の目だたぬ場所に、人目を避けるようなこんな見出しが。(涙)

知事、抗議大会も欠席

行政の長の立場理由に

「行政の立場」が欠席の理由と言うことは、付和雷同で抗議大会に参加する市町村長を批判したことになる。

「自治体の長として、いかがなものか」として暗に批判しているのだ。

正論である。

                      ☆

笛を吹いて、県内首長を踊らせる発狂新聞の手口は、こうだ。

いかがわしいアンケートによる県内首長の恫喝の後、それをネタにした異常なキャンペーンによる「世論操作」。 

そして県議会や各自治体の議会決議による「県民の総意」や「オール沖縄」という虚構の捏造。

最後は、お決まりの「県民大会」へとなだれ込んでいく。

この手法は、「11万集会」に「成功例」を見ることができる。

「11万集会」とは、2007年の「9・29歴史教科書検定意見撤回要請県民大会」のことだ。

実際は2万人前後といわれる参加人数を、大幅水増しの「11万人」とし、時の政府を恫喝した。

そして「軍命削除」の代わりとして、「軍の関与」という曖昧な記述を勝ち取った。

最近では、明日に控えた「4・28屈辱の日」の常軌を逸した大キャンペーンである。

ところが、新聞が連日大発狂しても、「県民大会」開催の話が盛り上がらなかったのは何故か。

「自民党系議員や県知事が参加しない県民大会の乱発は信用を失う」からだという。

反日サヨク複合体が乱発する「県民大会」、「オール沖縄」、「県民の総意」などのいかがわしさに、県民が気がつき始めたのだ。

笛は吹けども踊らない県民にイラつく沖縄2紙は、内外の識者を総動員でこの有様。

 

琉球新報4/26、記事原文はこちら

 

「4・29屈辱の日」に「抗議の声をあげるのは県民の総意」などと印象操作に懸命だが、世界日報が沖縄紙にとって「不都合な真実」を報じた。

■世界日報 2013年4月24日

政府主催式典に賛否両論―28日「主権回復の日」

野党主導で反対集会予定も盛り上がらず

条約発効当時は主権回復を歓迎

 日本は1952年4月28日に発効したサンフランシスコ講和条約によって、連合軍の占領下から独立し、国際社会の仲間入りを果たした。政府はこのほど、4月28日を「主権回復の日」として、天皇、皇后両陛下の御臨席のもとに憲政記念館で「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」を開催することを決定した。沖縄県では、講和条約後も米軍の施政権下に置かれたことなどから、式典開催に賛否両論がある。仲井真弘多知事は欠席を決めた。県議会野党・中立系会派など一部の組織、団体は開催に反対、抗議の意味を込めて同日に宜野湾市で反対集会を開く予定だが、今のところあまり盛り上がっていない。

(那覇支局・豊田 剛)

 「主権回復の日」式典開催が決まって以来、沖縄では革新議員、市民団体、地元マスコミを中心に、式典開催反対の声が上がった。サンフランシスコ講和条約発効で、連合軍の占領下にあった日本は独立し、国際社会の仲間入りを果たしたものの、安全保障上の理由などから沖縄、奄美、小笠原諸島が米軍の施政権下に置かれた。当時は、沖縄県でも歓迎され、同講和条約発効は、本土復帰の原動力になったといわれている。しかし、ここ数年、共産党がこの日を「屈辱の日」と断罪。県内の革新政党や教職員組合など労組がこれに同調し、「主権回復の日」に異議を唱えている。

 沖縄県議会は3月29日、式典開催に対する抗議決議を全会一致で可決したが、自民党会派は退席した。決議文では、「主権回復の日」について「沖縄の人々にとって『屈辱の日』にほかならない」とし、式典開催についても「県民の心を踏みにじり、2度目の沖縄切り捨てを行うもので到底許されるものではない」と左翼思想の強いものになっている。決議は基地問題にも言及、「県民は今日なお米軍基地から派生する
騒音や事件・事故に苦しめられている。さらに県民総意の反対を押し切る形でオスプレイ配備、辺野古基地建設に向けた手続きが進められている」と反米、反基地の主張になっている。

 決議をめぐっては、県政与党の自民と公明の対応が割れた。公明案を野党側がのむ形で可決された。自民党は当初、決議そのものは必要ないとのスタンスだったが、「県民世論に逆らえないとの考え」から「抗議」や「反対」という言葉を入れない文言で調整していたが、採用されなかったことで退席を選んだ。

 仲井真弘多知事は「熟慮の上」(県幹部)、政府の式典には参加せず、高良倉吉副知事を代理で送ることを決めた。欠席について「政府には、県民にさまざまな意見があることをご理解いただきたい」と文書を通じてコメントした。式典を非難する姿勢を示していない。一部県民の反発を考慮し、県民の代表として「欠席はやむなし」との判断だ。

 一方、県内では政府の式典と同日同時刻に、宜野湾市海浜公園で「政府式典に抗議する4・28『屈辱の日』沖縄大会」が開催される。喜納昌春県議会議長、県内革新系労組を束ねる沖縄平和運動センターの崎山嗣幸議長(県議)ら6人が共同代表に就任、18日の実行委員会発足式では1万人の動員を目指すことを確認した。

 県議会で意見が分かれたように、県民の大会への盛り上がりはいまひとつだ。16日付琉球新報によると、県内41市町村のうち、自発的な参加を表明しているのは6首長にとどまる。県議会も自・公は不参加を表明。革新政党、労組、マスコミ主導の左翼集会の様相を呈している。

 そもそも、当時の沖縄県には「屈辱の日」という論調はなかった。1951年4月26日付「沖縄タイムス」は社説で「日本復帰の明るい希望」、さらに同月29日には1面トップで「『新生日本』の門出」の見出しで歓迎する記事を掲載した。「琉球新報」も同28日、1面トップで「独立日本国際社会へ 近代国家の基礎成り」と喜びを伝えている。

 安倍晋三首相は沖縄に対する配慮を忘れていない。5日の衆院予算委員会で、5月15日の「沖縄本土復帰の日」に関し、「どういうタイミングでやるか、われわれも当然考えなければならない」と述べ、政府式典の開催に前向きな意向を示した。


式典抗議決議に反対―宜保安孝・豊見城市議

「世論に迎合しない」

 ――豊見城市議会(定数24人)では、主権回復の式典開催に関する抗議決議はどのように採択されたのか。
 共産党市議団が、「辺野古地先埋め立て申請に対する抗議」「TPP交渉参加中止を求める意見書」「4月28日主権回復の日の中止を求める意見書」の三つを一度に提案した。

 私を含めて3人で成る保守系会派「大晴会」が異議を唱えて反対した。全会一致での採択を防ぐことができたのは良かった。ただ、決議が全会一致でなかったことを地元紙は報じていない。

 ――抗議決議に反対した理由は何か。

 主権回復当時は沖縄、奄美、小笠原諸島はまだ占領下にあったのも事実。政府はしっかりと配慮することを約束している以上、ここで式典開催中止の声を上げるのは政府を批判するためだけの政治的イデオロギーのキャンペーンでしかない。

 他の市町村が意見書や抗議の声を上げたからうちもしなければいけないということであってはならない。世論に迎合せず、自分の目と頭で物事の本質を捉えて、言うべきことは言い、行動するように心掛けたいと訴えた。

 ――手応えはどうか。

 最大会派の自民党から賛同してくれた議員もいた。声に出さないが、応援してくれる議員や市民が多いことを実感する

                     ☆

■豊見城市のサムライ議員・宜保安孝氏

>声に出さないが、応援してくれる議員や市民が多いことを実感する

先ず言っておきたい。

政治家は声を出し、意見を発信してこそ、何ぼのもの。

声に出さず密かに応援するのは、何もしないに等しい。

そんな中、沖縄紙の恫喝を撥ね退け本音で行動するサムライ政治家が増えつつある。

豊見城市議の宜保安孝氏もサムライ議員として認定しておこう。

笛吹けど踊らず、新聞が騒ぐわりに「4・28屈辱の日」抗議大会は、盛り上がりに欠ける。

そこで「9・2911万人集会」の「成功例」に習って、那覇市や与那原市など自治体が会場までの無料バスを準備したり、なりふり構わぬ様相である。

さらに学校に動員のための政治ビラを配布し子どもたちの動員を計る手段に打って出た。

「11万人集会」のときは、当時の県教育長が校長会で、生徒の動員を指示した。

今回は各県立高校に「屈辱の日」の解説書を配布するとのこと。

このような政治ビラが教育現場に配布されても・・・

現在の沖縄では、

赤信号、皆で渡れば怖くない、

がまかり通る。

「屈辱の日」広がる拒絶 高校生向けに解説資料

沖縄タイムス  2013年4月25日 09時38分

 政府が28日に開く「主権回復の日」の式典が迫る中、本土と異なる歴史をたどることになった「屈辱の日」を思い起こし、式典に抗議する動きや、若い世代に歴史認識をつなげる取り組みが広がっている。

 県高教組教育資料センター(知念優子事務局長)は、サンフランシスコ講和条約が発効した「4月28日」を高校生に知ってもらおうと、資料「『4・28』について考える」を作成した。知念事務局長は「今も続く沖縄問題のもとになった日について、多くの生徒が関心を持つきっかけになればいい」と話している。

 資料はA3サイズの1枚紙に両面刷りで、講和条約を中心に沖縄戦や復帰、政府が28日に開く記念式典までの戦後史の流れをたどる内容。同センターでは19日までに2万5千枚を準備、要望のあった高校に配布した。

 資料では、1952年4月28日を「沖縄の米軍統治が合法化された『屈辱の日』」と位置付け、祖国復帰運動のきっかけになった日と紹介。

 政府が4月28日に「独立を認識する節目の日」として式典を開くことについて、「新たな『屈辱の日』。沖縄が切り捨てられた日に式典を開くねらいは何なのか考えてみましょう」と呼び掛けている。

 知念事務局長は「4・28だけでなく、復帰を知らない若い教師が増えている」と危ぶむ一方、「基地のない平和な沖縄をつくる気持ちは今でも変わらない。なぜ沖縄に今でも基地があるのか、4・28の歴史をよく知って考えてほしい」と問題提起した。

                ☆

問題の資料は、「4:28について考える」と、「主権回復の日? 主権喪失の日?」という資料の二枚。

クリック拡大
屈辱の日配布文書-1


屈辱の日配布文書-2

記事ではもっともらしく書いているが、資料の内容はまるで政治ビラだ。

主権回復の日を「屈辱の日」と呼び、自国の総理大臣のことを茶化した漫画を掲載。

「首相の欲望を象徴」というおかしな記事を掲載し、一方的な偏った内容で、どこぞの国の機関紙そのものだ。

特に「屈辱の日」を「天皇メッセージ」に結びつけたつぎの記述には驚かされる。

<○1945年5月

1945年5月、米国政府は沖縄を日本本土から切り離し、長期的に保有して基地の拡大を図る政策を決定した。 これによって沖縄を「太平洋の要石」に変貌させられることになる。 
だが、この政策は、米国が一方的に日本に押し付けたものではなかった。 琉球諸島の長期保有をアメリカ側に求めた「天皇メッセージ」でも明らかなように、日本側の意図が強く働いていたのである。 日米両政府は、本土の独立によって平和憲法に基づく非軍事化と民主化を実現するため、沖縄に軍事基地を押し付けたのである。>

谷沢永一関西大学名誉教授が、著書『「正義の味方」の嘘八百―昭和史のバランスシート』でこんなことをいっている。

生まれた子供を全て育てられる豊かな時代になって、昔の条件に論評を加えることは、歴史意識の欠如というものであろう。その時代にはその時代の条件というものがあり、その条件に即さなければ、人間は生きて行けなかったのである>

<江戸時代の「間引き」に、現代から論評を加える前に、想像力を駆使して、当時の「水子供養」や「石地蔵」に思いを致すことの方が先決であろう

現在の感覚を、過去にそのまま当てはめ、評価を下す史家は、常に歴史を過つ

講和条約発行当時の日米両国の力関係を、現在の両国の関係に置き換えて考えると、上記資料のような大きな過ちを平気で書くことになる。

現在でも日米安全保障条約という片務条約のせいで、日米の力関係は米国主導で動いているいわれる。

講和条約が締結された1950年前後といえば、日本は敗戦直後の敗戦国であり、一方米国は戦勝国の中でも経済力、軍事力がともに世界一で最強の戦勝国である。

両国力関係が通常の二国間の関係ではなく、戦勝国と敗戦国の関係であり国際法上は依然として戦争状態が続いていたことになる。

1951年、講和条約直前にダレス米国国務省特使が吉田茂首相にこういった。

ダレス米国務長官
講和条約に関する日本政府の立場を君(吉田)は誤解している。 この件は米国政府が義務からではなく、好意と善意をもって進めているので、日本政府は相談を受けるだけの資格しかないのだ」

このような戦勝国アメリカに対し圧倒的に弱い立場の日本が「天皇メッセージ」により、たとえ結果とし、米軍統治下になったとしても、「潜在主権」による期限付き租借(リース)という当時の日本の政治家の誰もが考えも付かない奇手で米国の「信託統治の提案」に牽制をかけたことはまぎれもない事実である。 「天皇メッセージ」こそが、国際的に弱い立場の当時の日本が出来た精一杯かつ最善の意思表示だった、と言うことができる。

講和条約が結ばれるまでは戦争が継続していた。 したがって戦闘は終わっても、戦争中だったのですある。

主権回復記念制定は、教育の課題としては、日米は「それまでは国際法上は戦争中だったのだ」と言うことをしっかりと児童生徒に教えるために制定するもの。
 

1952年4月28日、確かに沖縄は日本から分離された。 

しかし歴史をいま少し仔細に見れば、日本政府が沖縄の祖国からの分離を避けようと模索しながらも、結局アメリカ軍部の厚い壁に阻まれて、やむを得ず沖縄が本土から切り離された、というのがわかる。(これについては続編で詳述の予定)

 また、当時の沖縄タイムスや琉球新報が「講和発効の日」をどのように報じていたかは何度も述べたが、屈辱だと感じている様子はまったくない。

むしろ、祝賀の様子が見て取れる。

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補聴器専門店 ブルーム 六甲店
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コメント (1)

★パールハーバーは日米和解の象徴!真珠湾攻撃のパイロットが日米友好の証しに

2022-04-04 00:32:15 | 資料保管庫

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飯田房太中佐、どんな人? 真珠湾攻撃のパイロットが日米友好の証しに

真珠湾攻撃で戦死したゼロ戦パイロットが、日米友好の証しとなった。
 
 
 

飯田房太中佐

12月27日午前(日本時間28日朝)、真珠湾攻撃の犠牲者を慰霊した安倍首相は所感表明の中で、旧日本海軍の飯田房太中佐について触れた。前日、ホノルル市内のカネオヘ海兵隊基地を訪問して、飯田中佐の記念碑に献花し、黙祷を捧げたことを受けて次のように語った。

昨日私は、カネオへの海兵隊基地に、一人の日本帝国海軍士官の碑(いしぶみ)を訪れました。その人物とは、真珠湾攻撃中に被弾し、母艦に帰るのをあきらめ、引き返し戦死した戦闘機パイロット、飯田房太中佐です。彼の墜落地点に碑を建てたのは、日本人ではありません。攻撃を受けた側にいた米軍の人々です。

死者の勇気を称え、石碑を建ててくれた。碑には、祖国のため命を捧げた軍人への敬意を込め「日本帝国海軍大尉」と当時の階級を刻んであります。

The brave respect the brave.

「勇者は、勇者を敬う」

アンブローズ・ビアスの詩(うた)は言います。戦い合った敵であっても敬意を表する。憎しみ合った敵であっても、理解しようとする。そこにあるのは、アメリカ国民の寛容の心です。

飯田房太中佐は安倍首相と同じく山口県の出身。真珠湾に向かって空母「蒼龍」から出撃した零式艦上戦闘機(ゼロ戦)のパイロットだった。真珠湾攻撃後に被弾して燃料切れとなりながら、同基地に突入して戦死した。28歳の若さだった。

飯田中佐の勇敢さを讃えたアメリカ軍が、真珠湾攻撃から30年目の1971年にカネオヘ海兵隊基地内に記念碑を建立した。現在も米海兵隊により維持・管理され、1981年以降は毎年法要が行われている。産経WESTは以下のように報じている。

昭和16年12月8日、零式艦上戦闘機の搭乗員だった飯田中佐は、空母「蒼龍」から出撃し真珠湾攻撃に参加。米基地を攻撃中に燃料タンクに被弾し、帰投できないとして基地の格納庫めがけ突っ込み戦死した。享年28。攻撃参加時は大尉だったが、戦死後に2階級特進し中佐となった。米海軍も軍人として最後まで向かってきた飯田中佐をたたえ、遺体を基地内に埋葬。46年には記念碑を建立し、今も海兵隊が維持・管理している。

(産経WEST「零戦で戦死、飯田中佐の記念碑慰霊 『喜んでいる』遺族、感慨深く」2016/12/28 06:30)

■関連スライドショー(真珠湾攻撃)

真珠湾攻撃

真珠湾攻撃

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補聴器専門店 ブルーム 六甲店
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六甲の地に開店し早や6年が経ちました。多くのお客様にご来店いただき、心より感謝いたしております。地域に密着したお店作りを目指してやってまいりました、多くのお客様より、「六甲口バス停のまん前だし、気軽に補聴器の調整・クリーニングに行けて便利」というお話をいただいており社員一同、皆様にさらに喜んでいただける、明るい雰囲気の店作りに励んでまいります。聞えでお悩みの方、是非お立ち寄り下さい。お待ちいたしております。

取扱メーカー:ワイデックス、シグニア

取扱サービス

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