狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

好き勝手に生きることは、遠回りの自殺行為、その日が来るから酒を飲むんだよ

2023-07-15 14:05:09 | 年金・老人・身辺雑感
 

先日、久しぶりにイオンライカム店に遠出し、焼肉ランチを食った。

焼肉ランチにはサラダバーが付いていたが、野菜サラダは程々にして、脂気たっぷりのカルビランチで堪能した。

80代の高齢世代に突入すると、食べ物は脂ものは控えて、野菜類など健康に良い食べ物で節制すべき、など有難い忠告を受ける。

だが、逆に残り少ない人生だ。

好きなものを飲み食いして余生を過ごしたいと思う。

ところが幾つになっても、好きなもの、美味しいものは健康に悪いと言われるものが多い。

やれ、背脂いりのラーメンは、スープは残せ。 塩分が濃い。油が多い。好きな甘いお菓子を食うと、太るから控えろ。

さらにアルコールは健康に悪いから控えた方が良い。

大名行列じゃあるまいし。

控え、控えは勘弁して欲しい。

けっきょく、好きなものを飲み食いして好きなように余生をすごすことは、自分の健康を切り売りしながら余生を過ごすことになる。

控えて堪るか!

好き勝手な余生を過ごすということは、「遠回りの自殺行為」と言えなくもない。

しかし、間違いない事実がある。

だれにでも「その日」は来る。

その日が来るから酒を飲むんだよ

【おまけ】

だれでも、お金があった方が良いに決まっている。

だが、年齢は人を変える。

悟りを開いたわけではないが、80代になるとお金に対する執着が減ってくる。

年齢に反比例して、金の使い道が減ってくる。

そして一歩を踏み出すのに億劫になる。

チャップリン 

下を向いていたら、虹を見つけることは出来ないよ」、「死と同じように避けられないものがある。それは生きることだ

「人生は恐れさえしなければ素晴らしいものになる。必要なのは勇気と想像力…そして少しばかりのお金だ」

 

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安倍元首相銃撃事件後、メディアは「死んでいた」

2023-07-15 06:00:57 | 政治
 

安倍元首相銃撃事件後、メディアは「死んでいた」

安倍元首相の一周忌の様子(UPI)
安倍元首相の一周忌の様子(UPI)

連鎖的テロに無警戒

メディアは死んでいた―。北朝鮮による日本人拉致報道はこう呼ばれる。1980年に産経の阿部雅美記者が「アベック蒸発事件」をスクープしたが、他紙は報じず、北朝鮮のスパイ活動を容認した。増長した北朝鮮は次々とスパイを送り込み拉致を繰り返した。阿部氏はこうした拉致報道を検証し『メディアは死んでいた』を上梓している(産経出版、2018年刊)。

今も産経は「教科書が教えない拉致問題」を連載し、25回目の8日付では「『無法』許した国家の穴を埋めよ」とスパイ防止法の必要性を説くが、朝日などの左派紙は同法つぶしに狂奔してきた。だから「メディアは死んでいた」だけでなく「拉致を幇助(ほうじょ)」し、拉致被害者で仮に亡くなった方がおられれば「メディアに殺された」も同然ではなかろうか。

では、安倍晋三元首相銃撃報道はどうか。筒井清忠・帝京大学教授は「メディアが生んだテロ」と産経2日付の寄稿で断じている。「暴力の恐怖をもって社会に迫るのがテロ」なら、安倍氏事件もテロと呼ぶべきで「連鎖的テロを引き起こす危険の高い重大事件」だったのに「マスメディアとそこに登場する有識者たちは、このことにあまりに無警戒であった」と筒井氏は振り返る。

同情的な報道に終始

戦前にも同様のテロがあった。大富豪の安田善次郎の暗殺事件で新聞は犯人に同情的に報道し、それに触発された18歳青年が数カ月後に原敬首相を刺殺した(大正10年)。原敬は今では「平民宰相」として評価されているが、生前は安倍氏と同様に「独裁者」と激しく批判され、青年は「毎日の新聞に原内閣の秕政(悪政)が盛んに攻撃されているので、大いに同感」(予審判事記録)しテロに及んだ。

れを筒井氏は「マスメディアの影響力が決定的に大きくなった大衆社会ならではのテロ」とし、安倍氏銃撃事件も「きわだったマスメディア有名人である安倍氏にターゲットを絞ったことは暗殺者の自己アピールという目的ならば、大衆社会化時代において適合的な戦略」と指摘する。

ところが、メディアは「暴力の支配が何をもたらすか国民は過去の戦争で経験しており、現在の社会には暴力への批判が多く存在するからこの事件は戦前のような政治的な暗殺の連鎖にはつながらない」といった趣旨のコメントを掲載するなどテロリストに同情的な報道に終始し、それが次なるテロ(岸田文雄首相襲撃事件)を呼び起こした。

それで筒井氏は最大のテロ防止策は「暴力による自己主張は認められないという風潮を社会が作り上げていくこと」とし、メディアはその責任を自覚せよと訴えている。

同情的な報道に終始

戦前にも同様のテロがあった。大富豪の安田善次郎の暗殺事件で新聞は犯人に同情的に報道し、それに触発された18歳青年が数カ月後に原敬首相を刺殺した(大正10年)。原敬は今では「平民宰相」として評価されているが、生前は安倍氏と同様に「独裁者」と激しく批判され、青年は「毎日の新聞に原内閣の秕政(悪政)が盛んに攻撃されているので、大いに同感」(予審判事記録)しテロに及んだ。

これを筒井氏は「マスメディアの影響力が決定的に大きくなった大衆社会ならではのテロ」とし、安倍氏銃撃事件も「きわだったマスメディア有名人である安倍氏にターゲットを絞ったことは暗殺者の自己アピールという目的ならば、大衆社会化時代において適合的な戦略」と指摘する。

ところが、メディアは「暴力の支配が何をもたらすか国民は過去の戦争で経験しており、現在の社会には暴力への批判が多く存在するからこの事件は戦前のような政治的な暗殺の連鎖にはつながらない」といった趣旨のコメントを掲載するなどテロリストに同情的な報道に終始し、それが次なるテロ(岸田文雄首相襲撃事件)を呼び起こした。

それで筒井氏は最大のテロ防止策は「暴力による自己主張は認められないという風潮を社会が作り上げていくこと」とし、メディアはその責任を自覚せよと訴えている。

 
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