壊れゆくブレイン(114)
ぼくは沈み行く夕日を見ていた。何度か来ていた家から二時間ほど離れた潮の匂いのする町。横には雪代がいた。最初に来たとき、ぼくはまだ十代で仕事だけをして働く大人ではなかった。自分の稼ぎを家族のために使うということも実践していなかった。そもそも、自分がどのような大人になるのか、その結果がぼんやりとも分かっていなかった。あれから、時間がかなり早いスピードで経過していた。
あのときと現在では夕日に違いがあるのかと問われれば、外見上はまったく同じであった。ただ、見るものの意識によって壮大に見えることもあれば、反対に己のちっぽけさを痛感させられることもあった。その大きさゆえに対決するということは考えられもしない。そして、いまのぼくは、自分がハムスターにでもなっていたかのように、小さなゲージのなかだけで動き、ジタバタし、些細なことに拘りすぎていたようにも思えていた。しかし、それも仕様がない。達観などという言葉はぼくにはなかったのだ。今後もないのだろう。ただ、そのときの場面ごとにまじめに取り組むしかなかった。それで得るものもあれば、当然、失うものもあった。
ぼくらは立ち上がり、なんの気なしにお尻の砂を払うような仕草をした。
歩くと、屋根のある商店街がみやげ物を売り、シーズンから外れていたためそこは思いのほか閑散としていた。少し路地に入ると、そこの住民のための総菜屋や肉屋が良い匂いを発していた。まだ後方では潮の匂いも途絶えることがなかった。
ぼくらはある店に入る。今日のぼくはなんとなくふたりで過ごして来た時間を貴く感じていた。なぜなのだろう。その証明をするかのように、ぼくはひとりで無為に休日を過ごしつづける日々もあったのだということを思い巡らせた。十年近く前に最初の妻が死に、それでこころを閉ざすのをずっと無心に守っていたら、この日のような安らかな時間を持つことはできなかったのだ。雪代がぼくの荒んだ生活を軽んじることなく、彼女なりの仕方で関わってきた。その結果がどうなるか誰にも分かっていなかった。ぼくらは中断した関係を回復する意図などなしに、ただ、自分の未来にとって互いを必要とするという無意識な気持ちを、それこそ無計画に実行した。
「若いとき、ここに来たね」
ぼくらは料理を注文し終わり、それをテーブルで待っている間に雪代が訊いた。
「覚えてるよ。まだ、ぼくは大学生だった」
「その関係が、こんな風につづくとは理解できていなかった。望んでいたのかもしれないけど」
「うん。別のひとと結婚もしたしね」
「その産まれた子も、わたしをいつか必要としなくなる。もう、なっているのかもしれないけどね」
「いいことだよ」
「淋しいけど」
だが、ふたりは一緒に暮らしているときも、それほど密接な関係は保っていなかった。しかし、離れてみるとそれぞれが依存しあい、間柄を貴重なことと考えているらしいことは実感できた。その点で、ぼくはある意味では他人だったのだ。二度目の妻に、義理の娘。だが、同時にぼくはこれまでの時間を、そのような事実を考えることなく深く関与してきた。ぼくにそのような機会を与えてくれたふたりにも感謝していた。大昔、ここに座っていた大学生のぼくに、そのふたりを仮に紹介するとしたら、どんな言葉を使えばよいのだろう。目の前に座っている女性とぼくは二十代の半ばに別れることになる。それから、傷つけてしまった、もちろん、その事実のため自分も傷ついた以前の交際相手と東京で結婚することになる。彼女は若くして亡くなる。ぼくは、大学生の彼の前に座っている未来の女性と再婚する。その娘は、ぼくの人生をも愉快なものにしてくれた。大学生の彼はその漠然とした気持ちをすべては把握してくれないだろう。でも、それも仕方がない。あれから、二十年以上もかかってぼくはその毎日毎日を歩みつづけてきたのだ。数分だけの説明で納得してもらいたくもなかった。
「淋しくないだろう・・・」
「なんで、淋しいよ」
注文した料理が運ばれてきた。ぼくは、大学生の自分がなにを食べたか覚えていない。一昨日の食事すら覚えていないぐらいだ。でも、その都度、ぼくの栄養になってくれたことには変わりはない。雪代と過ごした月日も同じようにぼくに満足感を与えてくれた。例えば、それがどこだと問われれば返答にも困るかもしれないが、指摘できなくてもその幸福と安堵は奪われることはなかったのだ。
「また、ここに来るのかな?」と雪代がしみじみと言う。
「孫でも連れて、海水浴に来るようになるかもしれない」
「あのひろし君がラグビーボールじゃなくて、うろうろ走り回る子どもを追いかけるようになるんだ」
「足がからまって、転倒して・・・」
「それも、いいかも」
「無様だけどね」
「誰も覚えてないよ」
「そうだね」
「あの活躍した日々のこと、まだ、わたしは覚えてるよ」
「若かったときの記憶は、なかなか消えてくれないものだよ」
そのようないくつもの思い出が、ぼくにも手付かずのまま残されていた。それを手放す方法も思いつかず、いつか着るかもしれないと思いつづけた衣服のように、ただタンスのなかで眠りながら古びていく将来が待っているのだろう。あながち、間違ってもいないのだろう。古いものを捨てることだけが正解でもなかった。とくに物質として目に見える形で存在しているものでもなければ。
ぼくは沈み行く夕日を見ていた。何度か来ていた家から二時間ほど離れた潮の匂いのする町。横には雪代がいた。最初に来たとき、ぼくはまだ十代で仕事だけをして働く大人ではなかった。自分の稼ぎを家族のために使うということも実践していなかった。そもそも、自分がどのような大人になるのか、その結果がぼんやりとも分かっていなかった。あれから、時間がかなり早いスピードで経過していた。
あのときと現在では夕日に違いがあるのかと問われれば、外見上はまったく同じであった。ただ、見るものの意識によって壮大に見えることもあれば、反対に己のちっぽけさを痛感させられることもあった。その大きさゆえに対決するということは考えられもしない。そして、いまのぼくは、自分がハムスターにでもなっていたかのように、小さなゲージのなかだけで動き、ジタバタし、些細なことに拘りすぎていたようにも思えていた。しかし、それも仕様がない。達観などという言葉はぼくにはなかったのだ。今後もないのだろう。ただ、そのときの場面ごとにまじめに取り組むしかなかった。それで得るものもあれば、当然、失うものもあった。
ぼくらは立ち上がり、なんの気なしにお尻の砂を払うような仕草をした。
歩くと、屋根のある商店街がみやげ物を売り、シーズンから外れていたためそこは思いのほか閑散としていた。少し路地に入ると、そこの住民のための総菜屋や肉屋が良い匂いを発していた。まだ後方では潮の匂いも途絶えることがなかった。
ぼくらはある店に入る。今日のぼくはなんとなくふたりで過ごして来た時間を貴く感じていた。なぜなのだろう。その証明をするかのように、ぼくはひとりで無為に休日を過ごしつづける日々もあったのだということを思い巡らせた。十年近く前に最初の妻が死に、それでこころを閉ざすのをずっと無心に守っていたら、この日のような安らかな時間を持つことはできなかったのだ。雪代がぼくの荒んだ生活を軽んじることなく、彼女なりの仕方で関わってきた。その結果がどうなるか誰にも分かっていなかった。ぼくらは中断した関係を回復する意図などなしに、ただ、自分の未来にとって互いを必要とするという無意識な気持ちを、それこそ無計画に実行した。
「若いとき、ここに来たね」
ぼくらは料理を注文し終わり、それをテーブルで待っている間に雪代が訊いた。
「覚えてるよ。まだ、ぼくは大学生だった」
「その関係が、こんな風につづくとは理解できていなかった。望んでいたのかもしれないけど」
「うん。別のひとと結婚もしたしね」
「その産まれた子も、わたしをいつか必要としなくなる。もう、なっているのかもしれないけどね」
「いいことだよ」
「淋しいけど」
だが、ふたりは一緒に暮らしているときも、それほど密接な関係は保っていなかった。しかし、離れてみるとそれぞれが依存しあい、間柄を貴重なことと考えているらしいことは実感できた。その点で、ぼくはある意味では他人だったのだ。二度目の妻に、義理の娘。だが、同時にぼくはこれまでの時間を、そのような事実を考えることなく深く関与してきた。ぼくにそのような機会を与えてくれたふたりにも感謝していた。大昔、ここに座っていた大学生のぼくに、そのふたりを仮に紹介するとしたら、どんな言葉を使えばよいのだろう。目の前に座っている女性とぼくは二十代の半ばに別れることになる。それから、傷つけてしまった、もちろん、その事実のため自分も傷ついた以前の交際相手と東京で結婚することになる。彼女は若くして亡くなる。ぼくは、大学生の彼の前に座っている未来の女性と再婚する。その娘は、ぼくの人生をも愉快なものにしてくれた。大学生の彼はその漠然とした気持ちをすべては把握してくれないだろう。でも、それも仕方がない。あれから、二十年以上もかかってぼくはその毎日毎日を歩みつづけてきたのだ。数分だけの説明で納得してもらいたくもなかった。
「淋しくないだろう・・・」
「なんで、淋しいよ」
注文した料理が運ばれてきた。ぼくは、大学生の自分がなにを食べたか覚えていない。一昨日の食事すら覚えていないぐらいだ。でも、その都度、ぼくの栄養になってくれたことには変わりはない。雪代と過ごした月日も同じようにぼくに満足感を与えてくれた。例えば、それがどこだと問われれば返答にも困るかもしれないが、指摘できなくてもその幸福と安堵は奪われることはなかったのだ。
「また、ここに来るのかな?」と雪代がしみじみと言う。
「孫でも連れて、海水浴に来るようになるかもしれない」
「あのひろし君がラグビーボールじゃなくて、うろうろ走り回る子どもを追いかけるようになるんだ」
「足がからまって、転倒して・・・」
「それも、いいかも」
「無様だけどね」
「誰も覚えてないよ」
「そうだね」
「あの活躍した日々のこと、まだ、わたしは覚えてるよ」
「若かったときの記憶は、なかなか消えてくれないものだよ」
そのようないくつもの思い出が、ぼくにも手付かずのまま残されていた。それを手放す方法も思いつかず、いつか着るかもしれないと思いつづけた衣服のように、ただタンスのなかで眠りながら古びていく将来が待っているのだろう。あながち、間違ってもいないのだろう。古いものを捨てることだけが正解でもなかった。とくに物質として目に見える形で存在しているものでもなければ。