爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
日常は「系列作品」から
http://snobsnob.exblog.jp/
へ変更

Untrue Love(11)

2012年09月23日 | Untrue Love
Untrue Love(11)

 大学も休みでバイトもない日に実家に帰った。いまのアパートからもそれほど離れていない。うまく乗り継げば40分ほどの距離だった。その40分でささやかな自由が手に入れられた。

 父親は大きな会社に勤めており、その関係の副産物として多くの友人がいた。もちろん、ぼくにその状態の素晴らしさを引き継いで欲しいようだが、反対に多くも望んでいないようだった。どこかで煩わしさを感じているのかもしれない。また期待をかけることを躊躇させるなにかがぼくにあるのかもしれない。

「あの野球の試合のチケット、手に入らないかな?」ぼくは、それとなくお願いしてみる。秋も終わりに近づき、さまざまな試合がシーズン終了後に行われる予定だった。
「デートか?」
「まあ、そんなようなもんだよ」

「知り合いにお願いしてみるよ。もしあったら、電話をするから仕事帰りにでもどっかで会って渡そう」父にはそういう自然な面倒見の良さがあった。それで誰かに利用されないのかと心配もするが、これといってトラブルのない人生らしかった。ぼくは、それだけで実家に来た目的を果たした。当面の用事が終われば直ぐにでも帰ってかまわないが、それではあまりにも現金なので、ぼくは母といらぬ話をしている。

「デートする相手なんかいるんだ?」
「もう大人だからね」
「可愛い同級生や後輩とか?」
「ちょっと違うけど」
「騙されないでよ」母は同性に温かい目を持っているのか、冷たい判断をしているのか分からなかった。
「騙すより、騙されたほうがいいぞ、オレみたいに」父はそう言った。母はそれにたいして無視を決め込んだ。
「じゃあ、騙されてみる」

 母はシチューを作っている。父はそれをつまみに酒を飲んでいる。ほかに緑色を多く含んだサラダがあった。実家にいることがはっきりと分かる料理だった。そして、ぼくはコップにビールを貰った。
「バイトどう?」
「もう運動を辞めたから体力を使うのにちょうどいいよ」
「お金を稼ぐのって、大変だろう?」父が質問をする。
「まだはじめたばかりなんで分からないね。ずっと、でもこれを継続するのは大変だよ。毎日、毎日」
「だから、好きなものを見つければいいんだよ。じゃないとつづかないぞ」
「そうだね」

「わたし、料理するの好きじゃないけど、つづけている」母がぼそっと言う。
「好きでもないことでも毎日していれば、ものになるっていうのも正解だな」と、父が言った。彼は外食をあまり好んでいない。仕事柄、そういう機会も多々あったが、家でくつろいで晩御飯を食べることを喜んでいた。ぼくは、そうでもなかった。最近も、女性たちと外食ばかりしていた。これは誰の遺伝だろうかと考えている。どこかに自分に似たひとがいるのだろう。

「いつか、デートをする子を連れてきなさいよ」と母が言った。ぼくは家に呼べるようなひとと付き合っていない。まだ、誰とも確定した仲でもない。ぼくの前には三人がいた。ひとりは小さな飲食店を経営している。ひとりはデパートで靴を売っていた。もうひとりは、ぼくの髪を切ってくれた。古い音楽を愛していることも知った。ぼくは彼女の家でそのメローな音楽を聴く。

「気が向いたらね。でも、採点しないでくれよ。減点方式はひとのやる気を殺ぐもんだから」
「うちの若い社員との付き合い方も変えた方がいいのかな。お前を見ていると」
「どうして?」
「自分の個性とか、なんだかそういう意見が好きだろう?」
「そうだね」ぼくはユミという女性の服装のことが思い浮かんだ。彼女は、あれを着込んで彼女になる。いや、あの洋服がなくても彼女はやはり彼女以外ではないことを証明するような気もした。
「個性なんてやつは、押し殺しても、どうしても表面にでてきてしまうものが個性だろう。踏みつけても、それに負けない、消滅しないものが自分だよ」
「頑固おやじに聞こえるね。そういう意見」

「それでもいいよ。これ、お前も飲むか?」父は戸棚からちょっと高目のお酒を用意した。断る理由はまったくない。ぼくは黙ってコップが満たされるのを眺めていた。いまの自分は、断ることがなにに対しても見つからないようだ。木下さんと遅い時間に映画を見た。誘われるがままに。いつみさんと野球を観戦する約束をした。ユミと路上で会って話す。最近、大学の同じ年頃の女性が、なんだか別次元の生き物に思えている。彼らは、ぼくが見ている生きた女性たちの範疇の外にいた。輝きが一段階低かった。もちろん美しかったし、それなりに着飾った外見をしていた。だが、ぼくは求めていない。どうしてだろう。求めるなら自分のことを知っていて、いや、知らなすぎるほど無頓着で、無防備なのかもしれない。その垣根やフェンスの低さをぼくは感じ取り、その低さを利用して首を突っ込み、彼女たちとの時間をもちたいと願っているのだろう。しかし、明日は早くから講義があった。机のうえでの学問もそれなりに重要なのだ。同世代の友人も必要だ。敢えて避けることもない。母と父の会話が遠くに感じる。酔ってしまうまえにぼくは自分の住処に戻ろうと思っていた。ささやかな自由がある住処に。