爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
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Untrue Love(15)

2012年09月27日 | Untrue Love
Untrue Love(15)

「ユミだけど・・・」家でくつろいでいるとアパートの電話が鳴った。ぼくは、そんなには電話番号を周りのひとたちに教えていない。それで、ぼくは鳴ったことによって、あらためて部屋に電話を設置していたことを思い出したぐらいだ。「勉強でもしてた?」
「ううん、とくには。バイトをして、シャワー浴びて、ぼんやりしてた。どうかした?」
「なんだか、誰かとしゃべりたくなって。家族とかでもなく、親友とかでもなく」
「ある程度、距離がある関係みたいなひととだね」
「まあ話していると親しくなるきっかけも生まれてくると思うけどね。自然に」
「仕事場でいっしょにいるひととは無理なんだ?」
「なんとなくね。順くんは、バイト先とか学校の友だちとは親しい?」
「バイトのときは終わったらみんな早くに帰っちゃうし、学校では早くバイトに行かなければとか考えてるかな」
「忙しいんだね」彼女は話が途切れたことを嫌うように笑った。「今度、どっか行かない? また」
「いいよ、どこにしよう」

「わたし、ほんとのところ、こっちあんまり知らないんだ。順くんは、はじめてデートしたときは、どこに行った?」
「ぼくたちは、大体、電車に乗って横浜をぶらぶらするんだ。港に出て、もう少し大人になったら中華でも食べると思うけど」
「今度、連れてってよ」
「満足するかな?」ユミは満足するであろう理由をいくつも並べた。ぼくは電話を通してそれを確認する。しかし、それは実行しないと正解かは分からない。それで、ふたりで確かめようという話になった。それから、電話を切り、彼女の無邪気さがぼくに伝染したことを知る。疲れていたのに、ベッドに横になってもいつまでも眠れなかった。それで、ぼくはまた電気を点灯させ本を開いた。すると、眠りは直ぐにやってきた。

「順平、服買った? なんか最近、ちょっとおしゃれに目覚めたとか?」
 翌日、大学に行くと友人が声をかけてきた。早間雄太郎。となりには彼女もいた。
「ほんと。誰かに見せるため?」その女性も意見に同調した。
「いや、そんな気はないよ。ただ、バイト代が入ったからね」
「じゃあ、今度、それでおごってくれよ」しかし、彼はバイトをする必要もないほど小遣いをもっていた。それに稼ぐという行為にも無関係でいられるほど裕福そうだった。

「そこまではない。安い時給だから直ぐに底がつくよ」
「そうか。じゃ、またな」彼らはふたりで消えた。ぼくはその関係をうらやましいとも思っていた。普通に横にいる関係がそこにはあった。ぼくは、自分で働いているひととしか最近、関わっていない。それゆえに時間のやりくりも不都合が見え隠れし、夜通し遊ぶという学生にとっての日常も皆無だった。しかし、正直にいえばうらやましくもないとも言えた。ぼくが最近、会っている数人は自分自身で好悪を判断できるひとたちだった。それを他人任せにしない意地のようなものもあった。だからこそ、ぼくは彼女たちとの時間を楽しみ、少ない時間ながらもそれを見出していたのだ。その影響でぼくも自分に必要なものが何なのか探すようになったのかもしれない。

 でも、歩きながら負け惜しみの理由をいくつも並べ立てているようにも思えてきた。せっかちに考えをまとめても仕方がないので、ぼくは横浜のことや最初のデートのことも考えていた。いまより女性に対して圧倒的にシャイだった。いつみさんと接しているときのような気楽さはどこにもなかった。それに、となりにいる女性がなにに興味があるのかまったく分からない。分からないならば質問をするとか、問い尋ねればよかったが、なぜか敬遠した。それで、彼女にとってみれば、つまらないひと時に付き合わせてしまったという懺悔のような気持ちが残った。でも、あれはあれで、ぼくなりに楽しかったのだから、彼女も楽しかったのかもしれない。しかし、回答はどこにいってもない。その事実を払拭するように、ただユミとの次の機会を楽しめばよいのだと自分自身を納得させる戦法を考えていた。

 大学から駅まで歩き、時間があったので駅ビル内の本屋にいると早間の彼女がひとりでいた。手持ち無沙汰のように雑誌をめくっていた。
「まだ、帰らなかったんだ?」
「ああ、順平くん」彼女は雑誌をもとにあった場所に重ねて置いた。栗田紗枝。
「あいつは、どこ?」
「もう、帰ったよ」
「なんだ、いっしょじゃないんだ」

「なんか用事があるとか言ってた。最近、どっか冷たいんだ」それは最近にはじまったことではないことをぼくは知っていたが、言う必要もなかった。それにその冷たさを知りつつも彼のことをそれなりに認めている自分もいたのだ。
「そんなことないでしょう! 紗枝ちゃんみたいなひとには」彼女は返事をしない。
「今日もバイト?」
「そう、地道に稼ぐ」
「偉いね。わたしも雄太郎もそこそこ遊んで暮らせるからね」
「悪くないよ」ぼくも脛をかじることに関してはそれほど遠い距離にはいない。家から通える範囲だがひとりで住ましてもらっている。親孝行など念頭に浮かんだこともまだない。車の免許の資金ももらった。彼らの方が、ちょっとだけ余分にもらっているに過ぎないのだ。それにバイトを通してぼくは新たな関係を構築できているという喜びもあった。それに、横浜にも行ける。「さてと、ぼくはそろそろ地道な作業に向かうよ。また、明日にでも」

 紗枝は雑誌をさっきまで握っていた手をふった。真っ白な手。生活感のない手。目を移すと前に置かれた雑誌も生活とは呼べそうもない表紙であるように思えた。