爪の先まで神経細やか

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繁栄の外で(12)

2014年04月28日 | 繁栄の外で
繁栄の外で(12)

 昼はバイトをして、夜は彼女と電話をしたり会ったりするのが、ぼくのすべてになった。

 バイトでは、当然のように違う年代のひとと関わるようになる。それにしても、先ほど高校をやめたばかりの人間をいっぺんの偏見もなく受け入れてくれたことなどを、あらためて考えてみれば凄いことのようにも思える。世の中は、さまざまな考えで満ちているのだ。

 ぼくが、学校を辞めたことを知っている同級生の親が、わざわざうちの母に、「最近、学校どう?」とぼくの心配をするようにみせかけて質問してくることがあったそうだ。ぼくは、悪意というものが世界に存在することを厭なかたちで知ってしまうことになる。でも、すべての人に、その人にも安らかな眠りがあってほしい。

 夜は、その彼女と電話した。ぼくは、誰かとあのように熱烈なかたちで(でも表面にはそうでないらしい)会話をすることなどしらなかったように思う。その時間は、いつも長くなって、2、3時間かかることも多くなった。両方の家庭で、「もういいかげんにしたら」というような軽い叱責の声が、ぼくらの会話を一時的に中断させた。いまから考えれば、15分と離れていないところに住んでいるのだから、会えば良いようなものだが、会話だけで成り立たせ、深めていくことがらも厳然とあるのだろう。

 もちろん会って目の前に彼女の姿があることの喜びも多くあった。ぼくは、異性を深く理解するきっかけとしても、彼女が存在していることをあとあと知る。女性というものが、どのように考え、どのように振る舞い、どのように親しみを表してくれるのかなども、彼女を通じて感じ始めていたのだろう。

 その当人のことで一般的なことに振り分けたくはないが、意外と確固とした考えがあり、柔らかそうな雰囲気とは別に芯がしっかりしていて、そして、愛情のかたまりが体内にたっぷり内在されているような印象をもった。当然のごとく、その後もそのような女性観を宿してしまった自分は、それ以外の価値観を大幅に変更することは、自然と避けてしまうようになってしまったことを痛感する。だが、それはもっと歴史の先のはなしだ。

 友人も同時期に、同級生と付き合い出し、四人ですこし離れた動物園に行った。

 彼女たちは、サンドイッチを作ってきてくれ、それはお世辞抜きにおいしいものだった。よくきくと、彼女は自分の学校のときでも、昼ごはんを自分で作っていくらしいことを知る。すべて、母親任せにし、それも男性3人兄弟のなかで暮らしている自分は、それをとても驚異的なことのように思った。

 遊園地も併設され、そこでも遊んだ。彼女はしっかりとしていたので、派手なアトラクションも好きかと思っていたが、どうにも高低差のある乗り物が怖いらしく、揺られつつ乗りながら身体を小さくさせていた。そのことを、ぼくは愛おしく思ったことを昨日のことのように思い出せる。

 時間もたっぷりと過ぎ、秋の空は思ったより早く暮れ出した。その明かりが点々としている中を、彼女の指先はぼくの手の中にあり、それはどこにも離れることがないのだろうな、と永遠という観点が入ってきたことを知った。それは、とても喜ばしいことだった。ぼくにも、そのような自然な暖かさがあって、そのことが今後もつづいていくはずだ、という認識の中で、その夕暮れの中を歩いていく。

 その後、家まで送り、いつものような一瞬の寂しさもしるわけだ。でも、それも直ぐに消え、ぼくは全世界に大声でこの喜悦の状態を叫びたいような気持ちになって、自分の家まで歩いた。

 その前に、バイトをして給料がぼくの手に入る。その中のいくらかで、弟へゲームを買って帰った。兄もたぶん、最初の給料でぼくになにかを買ってくれたはずだ。それが、ぼくの気持ちの中でしきたりのようになっていた。それを忠実に守り、弟のよろこんでいる姿をみることも大人への一段階だったのだろう。

 このように、ぼくはいろいろな選択のあやまりなどを通過しながらも幸せな状況でいられた。誰かの存在が、ぼくを暖めてくれるなんて、一年前は知らなかったかもしれない。だが、自分を愛すること以上に、誰かの喜びを最優先させるということも学んでいった。もしかしたら、それは遅すぎたのかもしれないが、ぼくにとってはちょうど良いタイミングであったとも言えるし、また彼女の存在があったからこそとも言えた。

 電話をして今度会おう、数日先に会うことにしようと言ったときに、電話の向こうで彼女の喜んでいる姿が感じられた。誰かに好意的に必要とされる満足感が、そのときのぼくにはあった。
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