27歳-42
希美は帰省している間に、幼なじみと再会したようだ。もともと同じ風景を基礎とする相手を無意識に彼女は探していた。さらに外国での生活がより自分の周囲を、いわゆる原体験のようなもので覆いたかったのかもしれない。そうなると、ぼくは部外者として当然のこと、はじき出される。
ぼくは淋しさが押し寄せてくるのに無防備でありながら、同時に重荷が降りたという解放感もあった。ぼくを思いの底辺のどこかで信頼していなかったのかもしれない。ならば、ぼくを心底から信頼してくれるひとを見つける必要があった。早急に。いないかもしれないが性急に道を変えないと、ぼくはだらだらと、間違った道であり、行き止まりが確実な道から抜け出せなくなってしまう。
ぼくは自分に選択権があったようなずるい言い回しをしている。加害者であるような素振りだが、完全に受け入れられない恋のさらに受け身の立場だったのだ。ぼくは本気だったのに。
ぼくは合併の直前で、破談になった会社のニュースを目にする。計画は棚上げされた。お互いの強みを結び合わせることによって収益も上がり、将来性も加速される。だが、どこかの小さな一点でも疑いがあれば、歯車は狂う。一致させるのは困難になるのだ。もとはお互いが異なった個性があり、特有の歴史もある変遷も別々の会社なのだ。利益のみを主体に行動することもむずかしくさせるときもあるのだろう。
これは、ぼくと希美の話でもあった。
好意だけではスタートを切るだけの勇気を得られなくなった年代の話なのだ。点検と事前チェックを怠ることを許さない性分は、もちろん、失敗を前提に結婚などできない。
ぼくは無駄になってしまった期間のことを追慕する。ぼくは外国で働く希美を熱心に待っていた。あのときにぼくに告白してくれた女性もいた。彼女も素敵だった。ぼくは当然のこと断らなければならない。別の選択はなかった。今更、あの告白がいまだに有効であるのか確認する術もない。彼女の悲しみを癒すのは、もうぼくの役目ではない。憎まれているのか、とっくに忘れられているのかも分からない。ぼくはあの前に別れていることもできたのだろう。だが、しなかった。したくもなかった。
ぼくは、共通の友人からふたりの写真を偶然に見せてもらう。特別、ハンサムでもないし、リッチそうでもない。ぼくも客観的にならなくても、同じグループだった。すると、ふたりに大きな差はない。しかし、幼少期の風景が一致するという土台は、かなり大きな要素でもあるのだろう。同じ過去を有している。それより、未来を同じ方向に向いている、という方がより大事だと思うが、ぼくらのその視野はカーテンでふさがれた。
友人たちはぼくに気をつかう。ぼくの気持ちは隠さなくても知れ渡っていた。また、隠す必要もなかった。ふたりのした小さな約束はいつまで有効なのだろう。どちらも忘れられない類いのことも数種類あるはずだ。だが、関係が終わればどちらも踏みにじってよいのだ。非難するひとも、訂正を求めるひとも、行使をつめ寄るひともいない。ゼロ。
希美の幸せをのぞみながら、ぼくのそれとは一致せずに、関わりもなくなってしまった事実にぼくは単純に驚いていた。それをすり合わすという行為をぼくらはずっとつづけていたはずなのだ。それが、まったくの無関係になった。その開いてしまった幅がぼくの胸の痛みと等しかった。
スポーツでチームで戦ったこともあるが、基本的にぼくはひとりで訓練して、ひとりで負けから這い上がろうとした。その基準は失恋でも恋の終わりでも同じだった。ぼくは、自分を隔離して、束の間だが友人たちとも疎遠になった。その身分はどこかで安らかだった。気をつかうこともなく、やはり、いくらかの解放感があった。解放感を永遠に味わうことなど誰もできはしない。責任や役目を負ってこそ社会の一員として成り立つのだ。だが、ぼくは仕事が終われば腑抜けになった。翌朝に目を覚ますまで、そのことを責める資格あるひとはいなかった。
写真のなかのぼくの後釜は、順番など一切無視して、とても幸せそうだった。希美にはそういう貴重な価値があるのだ。その宝石のようなものを認識しているのは彼だけではなかった。手に入れられなかったぼくもその気分だけは同じでいる。
ぼくはひとりで残業していた。この状況は、常に捗るということを約束された時間だったのに、きょうはまったくぼくの側にいてくれなかった。少し先で消防車のサイレンの音がする。どこかで鎮火しなければならない場所があるのだろう。音は段々と大きくなり、その場所が近いことをあらためて教えてくれる。
ぼくは窓のそばまで行き、出火や煙の所在を確認しようとした。突進する車上からの信号を無視する放送まで聞こえてきた。たどり着くべきところは、このぼくの胸の奥なのだと思おうとした。ぼくのこころを鎮火させるのだ。無駄になってしまった愛の灰をどこかで蒔かなければならない。その灰は何かの栄養になる。ぼくの栄養では決してない。ぼくの腐敗。ぼくの澱み。ぼくの堆積。どう呼び替えても、美しくはならなかった。いつか、それでも美しいものと変化する確率はある。彼女がぼくを選ばない理由を見つけるぐらいと同等の確率なのだろう。出火は止んで。
希美は帰省している間に、幼なじみと再会したようだ。もともと同じ風景を基礎とする相手を無意識に彼女は探していた。さらに外国での生活がより自分の周囲を、いわゆる原体験のようなもので覆いたかったのかもしれない。そうなると、ぼくは部外者として当然のこと、はじき出される。
ぼくは淋しさが押し寄せてくるのに無防備でありながら、同時に重荷が降りたという解放感もあった。ぼくを思いの底辺のどこかで信頼していなかったのかもしれない。ならば、ぼくを心底から信頼してくれるひとを見つける必要があった。早急に。いないかもしれないが性急に道を変えないと、ぼくはだらだらと、間違った道であり、行き止まりが確実な道から抜け出せなくなってしまう。
ぼくは自分に選択権があったようなずるい言い回しをしている。加害者であるような素振りだが、完全に受け入れられない恋のさらに受け身の立場だったのだ。ぼくは本気だったのに。
ぼくは合併の直前で、破談になった会社のニュースを目にする。計画は棚上げされた。お互いの強みを結び合わせることによって収益も上がり、将来性も加速される。だが、どこかの小さな一点でも疑いがあれば、歯車は狂う。一致させるのは困難になるのだ。もとはお互いが異なった個性があり、特有の歴史もある変遷も別々の会社なのだ。利益のみを主体に行動することもむずかしくさせるときもあるのだろう。
これは、ぼくと希美の話でもあった。
好意だけではスタートを切るだけの勇気を得られなくなった年代の話なのだ。点検と事前チェックを怠ることを許さない性分は、もちろん、失敗を前提に結婚などできない。
ぼくは無駄になってしまった期間のことを追慕する。ぼくは外国で働く希美を熱心に待っていた。あのときにぼくに告白してくれた女性もいた。彼女も素敵だった。ぼくは当然のこと断らなければならない。別の選択はなかった。今更、あの告白がいまだに有効であるのか確認する術もない。彼女の悲しみを癒すのは、もうぼくの役目ではない。憎まれているのか、とっくに忘れられているのかも分からない。ぼくはあの前に別れていることもできたのだろう。だが、しなかった。したくもなかった。
ぼくは、共通の友人からふたりの写真を偶然に見せてもらう。特別、ハンサムでもないし、リッチそうでもない。ぼくも客観的にならなくても、同じグループだった。すると、ふたりに大きな差はない。しかし、幼少期の風景が一致するという土台は、かなり大きな要素でもあるのだろう。同じ過去を有している。それより、未来を同じ方向に向いている、という方がより大事だと思うが、ぼくらのその視野はカーテンでふさがれた。
友人たちはぼくに気をつかう。ぼくの気持ちは隠さなくても知れ渡っていた。また、隠す必要もなかった。ふたりのした小さな約束はいつまで有効なのだろう。どちらも忘れられない類いのことも数種類あるはずだ。だが、関係が終わればどちらも踏みにじってよいのだ。非難するひとも、訂正を求めるひとも、行使をつめ寄るひともいない。ゼロ。
希美の幸せをのぞみながら、ぼくのそれとは一致せずに、関わりもなくなってしまった事実にぼくは単純に驚いていた。それをすり合わすという行為をぼくらはずっとつづけていたはずなのだ。それが、まったくの無関係になった。その開いてしまった幅がぼくの胸の痛みと等しかった。
スポーツでチームで戦ったこともあるが、基本的にぼくはひとりで訓練して、ひとりで負けから這い上がろうとした。その基準は失恋でも恋の終わりでも同じだった。ぼくは、自分を隔離して、束の間だが友人たちとも疎遠になった。その身分はどこかで安らかだった。気をつかうこともなく、やはり、いくらかの解放感があった。解放感を永遠に味わうことなど誰もできはしない。責任や役目を負ってこそ社会の一員として成り立つのだ。だが、ぼくは仕事が終われば腑抜けになった。翌朝に目を覚ますまで、そのことを責める資格あるひとはいなかった。
写真のなかのぼくの後釜は、順番など一切無視して、とても幸せそうだった。希美にはそういう貴重な価値があるのだ。その宝石のようなものを認識しているのは彼だけではなかった。手に入れられなかったぼくもその気分だけは同じでいる。
ぼくはひとりで残業していた。この状況は、常に捗るということを約束された時間だったのに、きょうはまったくぼくの側にいてくれなかった。少し先で消防車のサイレンの音がする。どこかで鎮火しなければならない場所があるのだろう。音は段々と大きくなり、その場所が近いことをあらためて教えてくれる。
ぼくは窓のそばまで行き、出火や煙の所在を確認しようとした。突進する車上からの信号を無視する放送まで聞こえてきた。たどり着くべきところは、このぼくの胸の奥なのだと思おうとした。ぼくのこころを鎮火させるのだ。無駄になってしまった愛の灰をどこかで蒔かなければならない。その灰は何かの栄養になる。ぼくの栄養では決してない。ぼくの腐敗。ぼくの澱み。ぼくの堆積。どう呼び替えても、美しくはならなかった。いつか、それでも美しいものと変化する確率はある。彼女がぼくを選ばない理由を見つけるぐらいと同等の確率なのだろう。出火は止んで。