鴨川市広場に鎮座される「須賀(すが)神社」。御祭神は『須佐之男命、罔象女神(みずはのめかみ)、 源義家』
社伝によれば【創立年代は不詳であるが天正(1573年~1593年)のころ京都より勧請したといわれる。鴨川市広場地区の鎮守。明治6年村社に列し、さらに大正14年神饌幣帛供進指定社となる。明治14年同町内にあった「水神社」「白幡神社」を合祀した。】
拝殿前より神域を守護されるのは二対の狛犬さん、関西系の顔立ちなのに尾は流れています。 顔の大きさに比して体は小さく、手足もこじんまりと短いのが何とも言えない不思議な雰囲気。
もう一対は先の狛犬さんより一回り小さく、阿吽の判別がわかりにくい江戸流れの仔狛づれ。 彫りは精緻とはいえないものの、かもし出す雰囲気はとても穏やかで好感が持てます。
良さそうな狛犬が見えたので急遽参拝を決めた神社ですが、拝殿の彫刻に思わず目が釘付け。 向拝の懸魚にいるのは大きく翼を広げた「鳳凰」、弧を描いて流れる尾は美しく軽やか。
向背の「龍」は長くしなやかな胴をくねらせて、波間から天上の高みをめざし駆け上がり・・
向背の上では真っ白に輝く「麒麟」が、波打つ瑞雲を蹴立てて駆け抜けようとしています。 しなやかに力強く、その吐く息は天上の香りに満ち、振り向くその先の何かを待っています。
これ以上ないほど鋭い歯をむき出し、決して離すものかと通し柱に噛み付く「獅子噛み」。 何もかもが素晴らしい!!、もしかしてこの神社に立ち寄ったのは、この彫刻たちに呼ばれたのかも?
さらに、寺社彫刻の顔とも言える貫の「獅子と像」、とにかく迫ってくる迫力に圧倒されっぱなし。
持ち送りの細部にいたるまで丁寧に彫り込まれており、出来うるならもう少し広範囲で・・ もっと多くの角度から画像を残したかったと、今になって悔やんでも仕方ないのに、やっぱり残ってしまう後悔😓
嘉永3年(1850)に修築された御本殿、もう少し日差しが欲しかったのですが・・・ 計画して訪ねた神社ではないので色々仕方ないなと思いつつ、裏手に廻って、変わった説明を発見しました。
何と御本殿の真後ろに絵馬が貼り付けられ、その横に「目の神」と題した説明が貼られています。
「時不肖なれど目を患いし氏子あり 其者 め 二文字の絵馬をここに奉り治癒を祈願す 以来目の神と崇拝するもの多数あり」
不思議な神社参拝はこれで終わりなのですが、何とブログを書き始めた今になって驚きの事実を知りました。 拝殿の見事な彫刻の数々が、何と見たいと念願した「波の伊八」の作品!! 名人と呼ばれる人の作品は、それを望む者が近づいた時に、呼びかけてくれるものなのかもしれません。 嘉永5年(1852年)、三代目波の伊八『武志伊八郎信美』 三十六歳の時の作品です。
最期に境内にあった碑・・多分歌碑だろうと思われますが、長い時間の中で磨耗してしまい、その内容は一切わかりません。
参拝日:2014年5月23日
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