気がつけば4月ももうだいぶ来ている。
春はいつもバタバタしとる。
そんな中のハマりごとは「風呂焚き」。
自分が山から切ってきて積んでおいた木々や竹を集めて風呂を焚く。
最初は刈った木々の処分と思って焚いていたけど
今は「今月のガス代どんなんだろう?」っていうところに焦点があたってる。
焚き口に座ってひとりでもくもくと木々を燃やす。
竹も燃やす。ほんとは竹は火力が強すぎて煙突に悪いんだけど
でもたくさんあるし、活かさない手はないし、生木を混ぜて焚けばいいか。
台所仕事とか挟んで、2時間くらいかかって焚く。
火を見てほけーとして、裏山の樹々とか眺めて、飛んでくる鳥たちを見て
ひとりの時間をつくる、つもりでいた。
ひとりでほけーっとすることはほとんどない。
家事とか子どもと一緒にいるとかとにかく一日ミチミチで。
風呂沸かすって一応仕事なんだけど、ほけーともできる。
いい仕事。
気がつくと10歳児が来て風呂の焚き口にじゃんじゃん木をくべようとする。
2歳児は私のマネしてノコギリを使いたがり、手を切って泣いている。
最近ではここにおやつを持ってきて食べてる。
ひとりの時間はいずこへ?
「 そこの風呂に告ぐ ただちに熱くなれ
他のなにも考えず なにも要求されず 」
~from矢野顕子「そこのアイロンに告ぐ」
そういう生活をしている人があまりにも少数派だということでしょうか。
私も毎日風呂焚きをしています。燃料は知り合いの木工家の端材を貰ったり、近くの工務店のクズの材木を貰ったりです。でも同居人二人(32歳、10歳)が、ガスのシャワーをじゃんじゃん使うのが気に入らない。
一人の時間はそのうち沢山できると思います。私なんかほとんどが一人の時間と言ってもいいくらいです。
うちはあたしが生まれつきケチで「なんとか節約できないか?!」みたいなところで生きてるので、みなそれにしょうがなく従っているような・・・。もともとは環境とか温暖化とかじゃないんですよ、オハズカシイ。
実際うちの近所の「移住者友だち」(地のひとではないのがもひとつなんですが)は「テレビなし、電子レンジなし、肉喰わず、風呂、ストーブは薪」といううちが増えてきてます。うちは電子レンジはまだ捨てられないしテレビもあるしお菓子も買ったりするし、イマイチなところ、かもしれません。
じゃんじゃん使える、ってのいうのは何かに対する「甘え」のような気がしました。私も昔そうでした。自分の頼るものに甘えて、
じゃんじゃん使っていたような気がします。
そうそう、「一人の時間」ですがあっけなくやってきました。
一日数時間なんですが、寂しくて長く感じます。
子離れできてないですわ~。