囲碁きちの独り言 Ⅱ

趣味の旅行、うたごえ、囲碁の事や日常の出来事を記録する。

私は「国葬」に反対です!

2022-07-22 08:47:11 | 囲碁きちのつぶやき

私は「国葬」自体に反対です。

「国葬」が法的な根拠がなく、法的根拠のないことを「閣議決定」で強行することは、私は憲法に違反すると考えています。

「国葬」で国費を使い、私の税金も使われることにも反対します。

私は「叙勲制度」にも反対です。人間にランクをつけて勲章を与えるのはおかしいと思います。

 

ネットでこんな記事を見ました。参考めでに転載します。

 

安倍氏の国葬は「死の政治利用」と専門家。明治以降の歴史から読み解く、政府関与の“公葬”の危うさ

安倍晋三元首相の国葬が秋に行われる見通しに。国葬の歴史に詳しい中央大の宮間純一教授は、「政府が関わって、『国家に特別な功績があった』とされる人を弔う葬儀はいずれも政治的な意図を持って行われてきた」と強調する。
 
 
<picture><source srcset="https://img.huffingtonpost.com/asset/62d13037210000ef9f5f018d.jpg?cache=fX4CMEoB57&ops=scalefit_720_noupscale&format=webp" type="image/webp" />安倍晋三元首相=2020年8月、首相官邸[代表撮影]</picture>
 
 
安倍晋三元首相=2020年8月、首相官邸[代表撮影]
時事通信社

参院選の応援演説中に銃で撃たれて亡くなった安倍晋三元首相の「国葬」が秋に実施されることについて、賛否の声が巻き起こっている。

国葬とは、政府が主催し、国費で行われる葬儀のことだ。戦後、首相経験者の国葬は1967年の吉田茂氏の一例のみで、秋に実施されれば55年ぶりとなる。

近年は内閣と自民党による「合同葬」が主流。一方で過去には、鳩山一郎氏や池田勇人氏、石橋湛山氏らの「自民党葬」など、首相経験者でも政府が関わらない形での葬儀が執り行われたケースも少なくない。

国が主催する公的な葬儀には、どんな問題があるのか。

『国葬の成立』(勉誠出版)の著書があり、政府が関わる葬儀の歴史に詳しい中央大の宮間純一教授(日本近代史)に聞いた。

過去には「戦時体制の強化」に利用も

ーそもそも「国葬」は、日本でいつから始まったのでしょうか。

国葬の始まりは、明治11年(1878年)に士族たちによって暗殺された大久保利通の国葬に準ずる葬儀でした。

当時は反政府勢力が国内に多くおり、盤石な政府ではなかった頃。天皇の名の下に、国家を挙げて大久保という人物に対し哀悼の意を示すことで、反対派の動きを封じ込めるという政治的な目的がありました。国として一つのまとまりを作っていくために執り行われたのです。

その後、岩倉具視や島津久光、三条実美などの国葬は天皇の特旨(特別な思し召し)として行われ、国家を挙げて一人の人を悼む葬儀が完成していきます。

岸田首相は記者会見で、安倍氏が選挙中の襲撃事件で死去したことを踏まえ、国葬を執り行うことで「我が国は暴力に屈せず、民主主義を断固として守り抜くという決意を示す」と発言しました。

国葬の実施と民主主義を守ることがどうつながるのか理解できませんが、この発言はまさに大久保を国葬した際の明治政府の意図に通じるものと考えます。

ー1926年の「国葬令」は、法令として国葬について初めて定めています。

天皇の勅令で国葬令が定められると、天皇や皇后などの他、「国家に偉勲ある者」(国家に特別な功績があった人たち)もこれに基づき国葬を天皇から賜りました。

戦前の国葬は、『天皇や国家に尽くした人を国を挙げて悼む』という論理のもと、天皇の支配イデオロギーや国家の統制を高めるための方法として利用されました。

わかりやすいのが、1943年に戦死した山本五十六の国葬です。

当時は戦局が著しく悪化している時期であり、戦時体制を強化するという明確な目的があって行われています。

 
<picture><source srcset="https://img.huffingtonpost.com/asset/62ce4bc721000031445efdc5.jpg?cache=F09bccYBPf&ops=scalefit_720_noupscale&format=webp" type="image/webp" />吉田茂氏の国葬で、献花する参列者(東京・千代田区の日本武道館)=1967年撮影</picture>
 
 
吉田茂氏の国葬で、献花する参列者(東京・千代田区の日本武道館)=1967年撮影
時事通信社

ー戦後、「国葬令」は廃止となりました。一方で、その後も吉田茂氏の国葬のほか、内閣と自民党による合同葬など、政府が関与する形での首相経験者らの公的な葬儀は行われ続けています。

国葬の始まりやその後の歴史から分かるように、政府が関わって、「国家に特別な功績があった」とされる人を弔う葬儀は、いずれも政治的な意図を持って行われてきました。

国葬というのは、民主主義社会においては国家が主体となり、国民も政府も納得した上でその人を顕彰するために行うべき儀礼ですが、そのような対象はあり得ないはずです。

安倍氏に限らず、その人の業績を良く思わない人がいる中で、国として「偉大だった」と評価を固めてその死を重要だと認定することには疑問が残ります。

国や政府が主催し、多くの税金を投入する国葬などの公葬はもう時代に合わないのではないでしょうか。有志で執り行うのではなく、必ずしも追悼したくないという国民も公費負担という形である意味、強制的に巻き込むことには問題があります。

さらに、安倍氏を国葬の対象とすることは、ひいては安倍政権を評価し、自民党政権を肯定することになります。そうなると、国葬を亡くなった人のために行うというより、現政権のために行うということになり得る。そこに多額の税金を投入することは「死の政治利用」とも言えます。

ー今回の国葬の実施について、岸田首相は閣議決定が根拠だと主張しています

閣議決定が根拠になるんだという解釈だけで進めることは、非常に問題があります。

国が主体となり、その上全額が公費負担となるからには、国民が選んだ代表者たちが国会の場で審議し、開かれた形で議論を行い、民主的な手続きを経て決定するべきです。

<取材・文=國崎万智@machiruda0702/ハフポスト日本版>

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えっ! 脳梗塞?

2022-07-20 15:42:36 | 日記

最近、時々ろれつの回らないことがあります。子どもたちにも指摘され、検査を受けるように強く言われました。そこで、近くの病院の脳神経外科に行きました。

いつもは、私が付き添いをするのですが、今日は連れ合いが電動車いすで付き添いをしてくれました。

難聴の私が、診断結果など医師の言うことを聞き漏らさないためです。

医師の問診を受けた後、MRI検査を受けました。

検査後の画像を見て、医師が言いました。

「小さいが脳梗塞を起こしたの症跡が見られる」「最近のものではない」と。

何のことはない、すでに脳梗塞を起こしてしまっていました。

結果、今後は経過観察をすることになりました。

連れ合いが「日常生活で気をつけることは?」と聞きました。

当然のように医師に言われました。

「塩分は控えめ、暴飲はしない。適度な運動」、耳の痛いことばかりです。

既に降圧剤、血液サラサラの薬は飲んでいるので新たな薬は必要ないとも言われました。

経過観察をすることになりました。

脳梗塞の発症を防ぐためには医師の指示に従わざるを得ません。

辛い日々になりそうです。

次回診察は、3か月後です。

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所沢・平和のための戦争展 見に来てください。

2022-07-20 07:46:02 | 囲碁きちのつぶやき

昨夜は第33回 所沢・平和のための戦争展の実行委員会でした。

チラシも出来上がり、準備も本格化しています。

私は「学童疎開」の展示を行います。

みなさん、都合をつけてぜひ、見に来てください。

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もう、高原は無理・・・

2022-07-19 14:10:15 | 連れ合いの病気

家族にホローされながら連れ合いは蓼科高原に行きました。目的のひとつは白駒の池に行くことでした。木道を車いすで行けば何とかたどり着けると思いました。

現実は残酷でした。車いすでは木道の段差を乗り越えることが出来ず、白駒池は諦めました。

山小屋に荷物を運ぶ運搬車とすれ違いました。馬力も車輪の大きさもまるで違います。後方は車いすを諦め歩いて駐車場に戻る連れ合いです。

ここまでも大変でした。午前6時に自宅を出発、携帯酸素の残量が少なくなったので、11時過ぎに宿泊の宿に直行しました。

酸素の業者の方に予め宿に届けてもらってあった酸素の親機から携帯酸素の子機に酸素を詰め替えるためです。

その携帯酸素を携えて、標高2000mのところをウロウロしました。

電動車いすですから行動は可能です。でも、標高が高いとどうしても肺機能が十分働かず、すぐ動悸がします。

それを防ぐためには携帯用酸素の使用量を増やします。使用量を増やすと使用可能時間がどんどん短くなります。悪循環です。

連れ合いは7年前までは趣味でハイキングをしていました。その頃の意識の切り替えが出来ず、今でも高山の花々を見るのが大好きです。

でも、今回の体験からもう標高の高いところには行けないこと悟りました。

次回は、「標高0の海辺の宿に行く」と言っています。私は海辺で美味しい魚でお酒を飲むのは大歓迎です。

でも、やはり淋しい気持ちでいっぱいです。

 

 

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夏の家族旅行・・・

2022-07-18 11:38:16 | 旅行

全国的に続く不安定な天気の合間を縫って?蓼科高原に家族旅行に出かけました。

人気の観光スポット白駒の池に行きました。

みんなは池一周コースを廻り苔の美しさを堪能しました。

車いすの連れ合いは行けないので国道を麦草峠に行きました。

曇天で助かったです。ピーカンの天気だったらこの道は車いすでは通れません。

私たちは麦草ヒユッテで待機していました。

ヒユッテ前の園地にはいろいろな花が咲いていて連れ合いは大喜びでした。

テレビで有名になった御射ガ池にも行きました。

ここから宿へ向かう道中で本降りの雨になりました。

宿では卓球に興じたりしました。

ここでも私たち夫婦は見学です。

ゲームもしました。

何やら新しいゲームでここでも見学でした。

翌朝は朝早く女神湖を散策しました。

夜来の大雨は上がり蓼科山が姿を現しました。

電動車いすの連れ合いを先頭に一周しました。

長門牧場に行き牛やヤギと戯れ、名物のソフトクリームも食べました。

蓼科湖にもよりました。

彫刻公園で美術鑑賞です。

車2台での行動でしたが私たちが乗った車は全行程、孫が運転しました。

覚悟はしていましたが、帰路の大渋滞には辟易としました。

それでも、子や孫の介護付きの小旅行はとても楽しかったです。

 

 

 

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