高齢者の貧困とは
高齢者の貧困問題は、まもなく2025年問題に直面し、少子化、高齢化が進む日本において、日々その深刻さを増している。そこには、ジェンダーの問題や社会保障の構造的問題など複数の要因が絡み合っている。この問題は、女性の貧困などと並んで相対的貧困問題のひとつとしても、近年問題視されている。
高齢者の貧困は、単にお金がないだけではなく、健康問題や、社会的孤立につながり、個人の尊厳や幸福度にダイレクトに直結する問題だ。そのため、早急に解決が求められる社会問題だが、解決策を考える前に、まずは高齢者の貧困の現在地を知っておく必要がある。
高齢者の貧困率とは?
厚生労働省による2022年国民生活基礎調査によると、65歳以上の高齢者世帯全体の貧困率は約20%だ。これは高齢世帯全体の貧困率であり、単身高齢者のみの場合、さらに貧困率は上がる。
65歳以上の男性単身高齢者の貧困率は30%で、女性単身高齢者の貧困率は44%。実に半数近くの単身高齢女性が貧困に陥っていることがわかる。
特に女性は貧困に陥りやすい傾向が強く、特に、シングル女性や離婚、死別後の女性は貧困リスクが高いことが指摘されている。
高齢者の貧困の原因
次に、高齢者が貧困に陥る原因についてみていこう。
男女の賃金格差。ピンクカラージョブ問題
高齢者の貧困は性別関わらず陥る可能性のある問題だが、男女格差が大きいのもまた事実だ。女性の場合、単身高齢者の半数弱が貧困に陥る。原因のひとつは、男女の賃金格差だ。日本は、先進国の中では特に男女の賃金格差が大きい国として知られており、正社員の場合でも、女性は男性の7〜8割程度の賃金しか得られていない。
女性の社会進出が進んだと言われる昨今だが、女性労働者の約半数は非正規雇用で働いている。非正規雇用ゆえに、不安定で安価な賃金しか支払われておらず、厚生年金も受け取れないケースも多い。特にバブル崩壊後の「失われた20年」に働いていた世代は、非正規労働の拡大や上がらない賃金ゆえに貯蓄ができず、老後に貧しくなるリスクが高まっている。
また、専業主婦として家事や育児を担ってきた女性の年金の受給額が少なく、離婚や夫との死別後に貧困状態に陥るケースも多々ある。家事や育児という無償労働は女性が担うべき、という性別役割が、老後の女性の貧困のリスクを高めている。
さらには、「女性の仕事」とされがちな保育士などの仕事の給与が低く抑えられている現状があるため、フルタイム勤務をしているのに、現役時代から十分な賃金が得られず、貯蓄が難しくなる実態もある。このように、「女性の仕事」とみなされ、賃金が低い仕事をピンクカラージョブと呼ぶ。
女性高齢者の経済的困窮は、長年の性別役割やジェンダー不平等に起因していると言えるだろう。
年金の不足
非正規雇用や短時間労働に従事していた高齢者は、年金額が低くなる傾向がある。現役時代に非正規雇用に従事していた人は、老後のために貯金をする余裕がない人も少なくない。働いているにもかかわらず貧困に陥ってしまう状況はワーキングプアとも呼ばれ、彼らは貯金がなく、年金だけでは生活が立ち行かなくなり、老後も貧困に陥るケースが多い。
思いがけない出費がかさむ。医療・介護費の負担増
老後のためにお金を貯めていたけれど、予期せぬ出費が続き、貧困に陥るパターンもある。高齢になれば、医療費や介護費が必要になり、家計を圧迫するケースも増えている。特に、要介護認定を受けた高齢者は、当人だけではなく家族も費用負担が大きくなり、貧困リスクが高まる。
非正規雇用の拡大。労働者のうち3割以上が非正規
契約社員、派遣労働者、パート、アルバイト、業務委託、フリーランスなどの、正社員でない雇用が増加したことも高齢者貧困問題の一因だ。
最新の労働力調査によると、役員を除く全国の雇用者約5千万人のうち、36.3%にあたる1,870万人が非正規労働者だという。非正規雇用の割合は、ここ20年、右肩上がりだ。
また、非正規労働者のうち、7割以上が、1年や、三ヶ月といった雇用期間の定めのある有期雇用であることも注目すべきだろう。有期雇用の契約を繰り返したのち、ある日突然雇い止めとなるケースもある。
非正規雇用の拡大によって、年収200万円以下のワーキングプアといわれる人々は、1990年の769万人から、2011年には1,069万人に増加している。こういった状態では、満足に老後の貯金ができないことも想像に難くない。
高齢者の貧困の解決策
高齢者の貧困を解決するには、複数の対策を同時に進める必要がある。
年金制度の見直し
日本の年金制度は、高齢者の生活を支える重要な柱となっているが、近年、その柱の脆さが指摘されている。非正規雇用者は、生活して行くのに十分な年金を受け取ることができない。また、長年、専業主婦・主夫として家事を担ってきた人も、年金額は少ない。非正規雇用が拡大している今、非正規雇用者も安心して老後を過ごせるような年金制度を確立する必要があるだろう。
賃金格差の是正
日本は、正社員と非正規の賃金格差が大きいことでも知られている。例えば、イギリスでは非正規社員は正規社員の85.1%の賃金を受け取っているが、日本では64.8%しか受け取れていない。非正規雇用が増加している今、正規、非正規の賃金格差を解消することも大切だろう。また、男女賃金格差の是正も急務だ。
悪質な雇用形態の摘発・周知
企業側が、労働者を安価に雇用するために、悪質な雇用形態を推進するケースも見られる。
「偽装請負」などがその一例だ。「偽装請負」とは、実態は労働者派遣や社員のような雇用状態にあるにもかかわらず、会社と労働者の関係を、発注者と受託者の関係にある請負契約として偽装契約をしている状態を指す。
例えば、運送会社を契約している社長が、社員である労働者に、「業務委託にならないか」と持ちかけた、とする。業務委託にすることで、雇用保険などを支払う義務がなくなるため、労働者の手取りは増える。メリットを感じた労働者は業務委託契約に切り替える。しかし、この労働者が仕事中に怪我をするなどし、働けなくなった場合、会社はこの怪我に対して責任を免れ、労災などの費用を支払わずに済むことになる。
実質は、社員と労働者という実態を維持しながらも、「業務委託になったから」という名目で、労災などの費用を支払うことを免れ、人件費を削減することができるのだ。実態は社員と同じであるにも関わらず、業務委託契約を結ぶことは、「偽装請負」という立派な犯罪だ。しかし、労働者は「偽装請負」が犯罪であることに気がつかず、安価に労働力を搾取され、老後に苦労することも珍しくない。
こういった悪質な雇用形態が横行していることを周知し、労働者の待遇を改善することも必要だろう。
高齢者雇用の促進
老後は働かずにゆっくりしたいと考える人は多いだろう。一方、定年後も働き続けたいと考える高齢者も存在する。そういった高齢者に居場所を作ることも必要だろう。シニア世代が生涯を通じて収入を得られるように、リスキリングや職業訓練を提供することも大切かもしれない。
しかし、高齢者をいつまでも働かせることを「高齢者の貧困対策」としてしまっていいのか、議論の分かれるところだ。
医療費や介護費の負担軽減
低所得の高齢者が安心して医療、介護などのサービスに繋がれる仕組みを作ることも大切だ。現状では、70歳から74歳までの者は2割、75歳以上の者は1割の医療費負担となっているが、医療が必要となることが増加する高齢者にとっては、この負担も家計に重くのしかかる。ただ少子高齢化が加速している日本において、これ以上高齢者の医療費負担を軽減させることは現実的に難しいというのも現実だ。
生活保護へのハードルを下げる
高齢者世代は、「生活保護を受けるのは恥」など、生活保護に対してマイナスイメージを持つ人も少なくない。しかし、経済的に困窮しているなら、生活保護などの支援を頼るのは合理的な道だ。生活保護への偏見をなくし、必要な時に必要な助けを求められる風土を作ることも貧困や孤立対策の一助となるだろう。
さいごに。高齢者が安心して暮らせる社会を実現するために
高齢者の貧困は、さまざまな要因が絡み合って発生しているため、ひとつの解決策では不十分だ。
高齢者が安心して暮らせる社会を実現するために、男女や正規・非正規の賃金格差、不安定雇用、医療や介護費の負担など、さまざまな問題に対し、一つひとつアプローチしていく必要があるだろう。老後の経済的な不安を取り除くような社会構造やシステムを構築することは、高齢の方の生活環境を改善するだけでなく、若い世代が未来に悲観しすぎない健全な社会を築くことにもつながるはずだ。
参考サイト
2022年国民生活基礎調査|厚生労働省
東京都人権啓発センター|公益財団法人
小前和智「非正規雇用者の賃金が低いのは世界共通なのか?―国際比較からみた日本」|リクルートワークス研究所