![]() | 母 -オモニ- (集英社文庫) |
姜 尚中 | |
集英社 |
本屋でパラパラと立ち読みしてたら、やめられなくなってそのまま買ってきた本。
姜尚中氏が自分の両親のことを事実に基づいて物語にしたものだと思います。
父親は戦前東京に働きに。母親は父親とお見合いして単身日本にやってきます。そして戦時下の東京から愛知へ疎開、そこで空襲にあって生まれたばかりの子供を亡くし、敗戦濃厚の日本にいても仕方がない、故郷に帰ろうと考えて、その途中、熊本にいた(父親の)弟にひと目会っていこうと訪ねます。
その弟がいたのが健軍。
姜尚中の両親は終戦間際の昭和20年夏、焼け野原になった熊本で、ボロボロになって健軍神社にたどり着きます。
ここのくだりを立ち読みして、どうしても続きが読みたくなりました。
会話の殆どは熊本弁で進んでいくので、もしかすると他の地方の人には読みにくいかもしれませんが、面白いです。
両親のことを書くのだから、相当感情的なものがあると思いますが、作者は客観的に書こうと努めていると感じました。たしかにこういう家族がいて、こういう暮らしがあったんだ。と実感させてくれます。
私は韓国語を勉強したり、韓国旅行をしたりして韓国にはそれなりの関心を持っていますが、在日の人たちとは親しく知り合う機会もなく、これまでその暮らしに関心を持つことはありませんでした。
そのため、この本に書いてあることは知らないことばかり、色々驚くことがありました。
まず、両親が訪ねていく熊本の弟は日本軍の「憲兵」です。そして、戦時中は憲兵特権で物資を横流ししたり、貯めています。それでも玉音放送を自宅のラジオで聴き、自決する覚悟です。
また、戦後の闇市で生きていく朝鮮の人々同士が日本語(熊本弁)で会話しています。家庭内でも日本語です。これは、ホントなのかな……?日本人がいないところでも日本語を話し、日本名で呼び合うのは意外でした。
姜尚中氏は生まれたときに、日本名と民族名の2つ命名されます。大人になって、民族名を名乗ろうと決めて、母親に相談します。母親はもちろん賛成してくれるのですが、自分にとっては「テツオ」という日本名がお前の名前だと言う話が出てきます。これも意外な感じがしました。
学生の頃、韓国語購読の課題の本は抗日運動の歴史でした。そこで学んだ創氏改名などの歴史は、民族の名前がいかに大切か、アイデンティティの問題として理解していたので、逆に戦後、帰国の自由もある中で家庭の中でも日本名を使っていたというのが意外でした。(両親は朝鮮戦争が起きなければ帰国するつもりでいたらしいので)いろいろな家庭があるのでしょうね。
そのほかにも、終戦直後の朝鮮の人々の間に広がる開放感、帰還熱、そして朝鮮戦争勃発に至る不安な日々。日本にいる間に祖国が分断されて、国籍選択をせまられるとか、在日の人々の中でも北と南で争うとか、日本生まれの二世は日本語しか話せないからもう国には帰らないとか。
家族史を通してリアルに語られます。
そして、終戦直後の熊本の様子も。
大人になってフェイスブックをはじめてから、中学のクラスメートにも在日の人がいたんだなと気が付きました。その人も大人になってからか、民族名を名乗るようになったようです。とても身近なことだったの、全然意識してこなかった。この本は熊本が舞台ということもあり、ぐんぐん引き込まれてあっという間に読み終えました。
おすすめです。