マンションの1室の賃貸借契約において「賃借人が賃料を滞納した場合、賃貸人は、賃借人の承諾を得ずに建物に立ち入り、適当な処置をとることができる」旨の特約は、公序良俗に反して無効であるとして争われた事案において、賃貸人から委任を受けたマンションの管理会社が賃料を滞納した賃借人の部屋に立入る等したことが不法行為にあたるとされた事例(東京地裁 平成18年5月30日判決 一部認容・一部棄却 確定 判例時報1954号80頁)
1 事案の概要
平成15年12月、賃借人Xは、不動産会社Y2からマンションの一室(以下「本件建物」という。)を賃料月額11万円、期間を1年とする約定で借り受けた(以下「本件賃貸借契約」という。)。なお、本件賃貸借契約書には次の趣旨の特約(以下「本件特約」という。)がある。
① 賃借人が賃料を滞納した場合、賃貸人は賃借人の承諾を得ずに本件建物に立ち
入り適当な処置をとることができる。
② 賃借人が賃料を2カ月分以上滞納した場合は、賃貸人は賃借人に対して何らの
通知・催告を要することなく直ちに本件賃貸借契約を解除することができる。
③ 賃借人は賃貸借契約が終了した場合、破損・汚損箇所の修復費用を負担する。
また、XはY2に対し、本件特約を承諾する旨の書面(以下「本件承諾書」という。)を差し入れている。
Xが2カ月分の賃料を滞納したため、平成17年7月、Y2から本件賃貸借契約に基づく未納賃料の請求及び契約解除に関する事項の委任を受けていた管理会社Y1は、Xに対し「賃料の滞納が2カ月に及んでおり、本件賃貸借契約を直ちに解除する」旨の内容証明郵便を送付した。同年8月29日にY1の従業員はXの不在中に本件建物の扉に施錠具を取り付け、8月30日には本件建物に立ち入り、窓の内側に施錠具を取り付けた。Xは、その後9月10日に本件建物を明け渡した。
Xは、賃借人の承諾を得ずに本件建物内に立ち入ったり、その玄関扉を施錠したりすることは違法な私生活の侵害であり、本件特約及び本件承諾書は公序良俗に反して無効であると主張し、Y1に対し慰謝料100万円を請求した。これに対しY1、本件特約及び本件承諾書には合理性があり立ち入りは適法であり、Xは内容証明郵便を無視し悪質な占有を継続していたと主張した。Y2はXに対し平成17年9月分の未払い賃料と汚損修復費用を請求した。
2 判決の要旨
裁判所は以下のように判示し、Xの請求を一部認容した。 Y1が本件建物に立ち入ったり、施錠具を取り付けたりしたことがXの平穏に生活最近の判例から
賃料滞納の場合に、賃貸人が貸室へ無断立入りできるとする特約が無効とされた事例(東京地判 平18・5・30 判時1954-80)する権利を侵害するものであることは明らかである。
本件特約の文言は、賃料を滞納した賃借人に対して賃料債務の履行や本件建物からの退去を間接的に強制することを意図したものである。そうすると、本件特約はY2がXに対して賃料の支払や本件建物からの退去を強制するために、法的手続きによらずにXの平穏に生活する権利を侵害することを許容するものというべきであり、緊急等特別の事情がある場合以外は原則として許されないというべきである。したがって本件特約は、特別の事情があるとはいえない場合に適用される時は、公序良俗に反して無効である。
XがY1からの連絡に応答せず、本件賃貸借契約の解除が有効であるとしても、Y1が法的手続きを経ることなく賃料債務の履行や本件建物からの退去を強制できる特別の事情とはいえない。
以上によれば、Y1の従業員が本件建物に立ち入り等したことはXの権利を侵害する違法な行為であり、Y1は民法715条に基づき生じた損害を賠償する責任があるというべきである。Xの精神的苦痛に対する慰謝料の額は5万円と認めるのが相当である。
Y2は本件建物の汚損回復費用を請求するが、Y2が示した写真からは本件建物の汚損が通常の損耗の範囲を超えていると認めることはできない。よってY2の請求は、Xが本件建物を退去した月の日割り賃料の
限度で理由がある。
3 まとめ
自力救済について最高裁判所は「法律に定める手段によったのでは、権利に対する違法な侵害に対して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない必要な限度の範囲内で、例外的に許される。」(昭40・12・7)と判示している。
例外的に許される場合は厳格に限定されており、これに反する特約は無効とされる。賃貸人が賃借人不在中に建物に立入り、鍵を取替え、賃借人の使用を妨害することは、賃借人の生活の拠点を強制的に奪うことになり、違法な行為として許されない。自力救済に関する契約条項が否定された事例として、実務上、参考となる。
借地借家の賃貸トラブルのご相談は
東京多摩借地借家人組合
一人で悩まず 042(526)1094
1 事案の概要
平成15年12月、賃借人Xは、不動産会社Y2からマンションの一室(以下「本件建物」という。)を賃料月額11万円、期間を1年とする約定で借り受けた(以下「本件賃貸借契約」という。)。なお、本件賃貸借契約書には次の趣旨の特約(以下「本件特約」という。)がある。
① 賃借人が賃料を滞納した場合、賃貸人は賃借人の承諾を得ずに本件建物に立ち
入り適当な処置をとることができる。
② 賃借人が賃料を2カ月分以上滞納した場合は、賃貸人は賃借人に対して何らの
通知・催告を要することなく直ちに本件賃貸借契約を解除することができる。
③ 賃借人は賃貸借契約が終了した場合、破損・汚損箇所の修復費用を負担する。
また、XはY2に対し、本件特約を承諾する旨の書面(以下「本件承諾書」という。)を差し入れている。
Xが2カ月分の賃料を滞納したため、平成17年7月、Y2から本件賃貸借契約に基づく未納賃料の請求及び契約解除に関する事項の委任を受けていた管理会社Y1は、Xに対し「賃料の滞納が2カ月に及んでおり、本件賃貸借契約を直ちに解除する」旨の内容証明郵便を送付した。同年8月29日にY1の従業員はXの不在中に本件建物の扉に施錠具を取り付け、8月30日には本件建物に立ち入り、窓の内側に施錠具を取り付けた。Xは、その後9月10日に本件建物を明け渡した。
Xは、賃借人の承諾を得ずに本件建物内に立ち入ったり、その玄関扉を施錠したりすることは違法な私生活の侵害であり、本件特約及び本件承諾書は公序良俗に反して無効であると主張し、Y1に対し慰謝料100万円を請求した。これに対しY1、本件特約及び本件承諾書には合理性があり立ち入りは適法であり、Xは内容証明郵便を無視し悪質な占有を継続していたと主張した。Y2はXに対し平成17年9月分の未払い賃料と汚損修復費用を請求した。
2 判決の要旨
裁判所は以下のように判示し、Xの請求を一部認容した。 Y1が本件建物に立ち入ったり、施錠具を取り付けたりしたことがXの平穏に生活最近の判例から
賃料滞納の場合に、賃貸人が貸室へ無断立入りできるとする特約が無効とされた事例(東京地判 平18・5・30 判時1954-80)する権利を侵害するものであることは明らかである。
本件特約の文言は、賃料を滞納した賃借人に対して賃料債務の履行や本件建物からの退去を間接的に強制することを意図したものである。そうすると、本件特約はY2がXに対して賃料の支払や本件建物からの退去を強制するために、法的手続きによらずにXの平穏に生活する権利を侵害することを許容するものというべきであり、緊急等特別の事情がある場合以外は原則として許されないというべきである。したがって本件特約は、特別の事情があるとはいえない場合に適用される時は、公序良俗に反して無効である。
XがY1からの連絡に応答せず、本件賃貸借契約の解除が有効であるとしても、Y1が法的手続きを経ることなく賃料債務の履行や本件建物からの退去を強制できる特別の事情とはいえない。
以上によれば、Y1の従業員が本件建物に立ち入り等したことはXの権利を侵害する違法な行為であり、Y1は民法715条に基づき生じた損害を賠償する責任があるというべきである。Xの精神的苦痛に対する慰謝料の額は5万円と認めるのが相当である。
Y2は本件建物の汚損回復費用を請求するが、Y2が示した写真からは本件建物の汚損が通常の損耗の範囲を超えていると認めることはできない。よってY2の請求は、Xが本件建物を退去した月の日割り賃料の
限度で理由がある。
3 まとめ
自力救済について最高裁判所は「法律に定める手段によったのでは、権利に対する違法な侵害に対して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない必要な限度の範囲内で、例外的に許される。」(昭40・12・7)と判示している。
例外的に許される場合は厳格に限定されており、これに反する特約は無効とされる。賃貸人が賃借人不在中に建物に立入り、鍵を取替え、賃借人の使用を妨害することは、賃借人の生活の拠点を強制的に奪うことになり、違法な行為として許されない。自力救済に関する契約条項が否定された事例として、実務上、参考となる。
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