「介護録」とユルユル日記

介護終了、ブログタイトルかえました。

上がったり、下がったり

2009-05-25 | ●介護録(~2015.2月)

先日、ラジオの人生相談の締めくくりにこんな言葉が…

「頑張っても、頑張っても満たされないのは自分に見合った目的がないから」

介護者が、ドヨンと落こむ時ってこんな心理状態かな…

ガンバル…というと、周りの人々が、「ガンバルな」とか「頑張りすぎるな」と言うので
……正直に言うと、これが私はうざったい……
「頑張っても」というより
介護で最低限しなくてはならないことをやるためにある程度のガンバリが必要で
でも、その最低限のガンバリも自分のためではないので満たされない

と、いうことだろうな~~~と、思うのです。

世の中の人々(ここでは介護してない人たちの意味)が
忙しい、疲れた、時間がない、○○が大変だ……と言っていても
それは、仕事だったり、自分の目的のためだったり、子供のためだったりすると
その大変さは「幸せな大変」だよ…と自虐的に思ったりしてしまうのね

何かの目的のためにガンバルのは幸せなこと

介護にはその目的ってのがまったくない

私の場合、無職でシングルなので、まあ、自分次第で時間を有効に使える…とか
仕事していれば人間関係で疲れるし、体調か悪くても休めないし…とか
そんなことを考えて、プラス面を自分にいいきかせたる

そして、気持を浮上させる

浮上してきたら、考えるのは…

人にはそれぞれ、「今」の「役目」があるのかもしれないな~ってこと

バリバリ仕事して社会貢献するのが役目の人がいたり
専業主婦なら子供を育て家族をサポートするのが役目
私は今、母を看ることが役目なんだろう

ただ、介護がキツイのは、期限がワカラナイから
人は老いていき、認知症は進行するから

マイナス面を考え出すとどこまでも落ちていきそうだから
役目、役目…と呪文を唱えながら
母が受け取る遺族年金をお給料だと思いながら
それでも私は生きているのだー……とか心の中で叫んだりして

……虚しい

でも、生きてるのはマチガイナイ

人は、悲しいとか、切ないとか、ツライとか、寂しいというだけで
そうそう簡単に精神がどうなるものでもなく、死ねるものでもない

今、階下が空き屋なので、下に移ろうか…などと考えつつ、結論は出なくて
でも
引っ越すなら、アレとアレは処分して、この家具はこっちの部屋に置いて……
なんてことを考えるのが、案外楽しい私
図太い


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ぴよこさんへ (ビゴ)
2009-05-28 10:24:55
こんにちは、はじめまして。

「脳の病気としての割り切り」…私はしてないように思います。
そういう割り切り方をすでになさって介護者として一歩前進したと言えるのはたいしたものですね。

アルツ型の認知症って、脳の病気?老化?…何を聞いても読んでも、曖昧な感じ。
健常者でないことだけは確かなんだですけどね。

うちの母は、認知症軽度だった時期が短く…というか、その時は日付を忘れる程度だったので認知症だとは思いもしてなくて……その後に、かなり激しく記憶の混乱が始まって、最初の診断で中程度認知症といわれました。
ただ、軽度だの中程度だのという線引きは母の場合は当てはまらず、○○能力しっかりしている、××は軽度、でも、△△は中程度に進んでる…という感じで、それが介護初心者の自分には辛かった。

しかし、その母の進行は緩やかで、中程度のまま静かにゆっくり進んでいる感覚です。

受け入れるしかないから受け入れている私は、介護者として何も変わってない。
ただ、慣れただけ…そんな気がしてます。
返信する
初めまして (ぴよこ)
2009-05-27 00:30:06
初めまして。いつも拝見させていただいてます。私もシングルで高齢の両親と暮らしてます。
母は二年前から足腰が悪く軽度認知症です。私はこれをきっかけに仕事もできなくなりました。最近やっと、母は脳の病気なのだと割り切ることができるようになり介護者として一歩前進です。高齢の父もいるため、介護とは違う微妙な悩みもありますが、こちらのブログを重度認知症の実母を抱える女性先輩のご意見として読ませていただいてます。
ビゴさんが時々書かれている本音、よく分かります。まだ大変な介護は体験してない未熟者ですが、お気持ちは想像できます。
同じような気持ちでビゴさんを見守っている女性がいることをお伝えしたくて書きました。
これからも頑張ってください。いえ、お互い頑張りましょう。前向きに頑張るしかないのですものね(^^)。幸い私も基本はポジティブな性格なので、ビゴさんを見ていると乗り越えられるようなそんな気がしています。

返信する

コメントを投稿